第十回 書いてみたいけどなかなか書きだせないお話を短編で書いてみたステークス 作:雅媛
アイルランドの首都ダブリン。
アイルランド島東部に位置するこの都市は、アイルランド国民の半数近くが住まう同国一の大都市であり古典アイルランド語で『黒い水たまり』という意味を持つ通り、リフィー川の河口に面した海運の要という顔を併せ持つ。
「ま、なんだ……動画で見たのとさほど変わンねェな。わかってたことだが……」
夕方のダリーマウント・パーク。ダブリンをホームタウンとするボヘミアンFCの本拠地であるこのスタジアムからビビッドな色合いのフード付きパーカーを着たウマ娘が歩み出る。反り込みの入った短い頭髪にピアス。ウマ娘のご多分に漏れず、美形ながらも容易には他者を寄せ付けない刺々しい雰囲気を纏った彼女の名は『エアシャカール』。
20戦4勝、うち2勝は栄えあるクラシック級の皐月賞、菊花賞という2冠ウマ娘……なのだが。それはとうに10年前の話。既にレースの世界からは引退し、今は悠々自適の生活を送っている。
「さて……メシの時間なんだが――」
「シャカール~♪」
……そんな彼女に、唐突に近づく影があった。エメラルドの島というアイルランドの異名にあらわされる通り、アイルランドのあちこちで見かけることから国花と指定されているシャムロックを模した耳飾りを両耳に付けた、見覚えがあり、それでいて懐かしい顔。奇しくもかつての彼女の勝負服を連想させる白を基調とした動きやすいドレスに身を包んだ彼女は、当然のようにSPを置き去りにしながら滑らかに、そしてこれまた当然のごとくシャカールと腕を組んだ。
「うふふっ、久しぶりっ! 驚いたであろう! 存分に『ア゛ァ!?アイルランド王家のお嬢サマがなんで唐突にいンだよ!?』って驚いてもいいよ! シャカール!」
ファインモーション。かつて、トレセン学園在籍時にアイルランドから特待生として留学してきたシャカールの同級生。そして、アイルランド王家の正真正銘のプリンセスであり、現在はその『ロイヤル・ファミリー』の中心的人物として国際的に活躍している才女であった。
「おう。だいたい時間通りだな。どうせラーメンだろォが? といってもこの近くにゃラーメン屋はねえぞ。あとこっちは観光ついでに来てンだ。さすがにパブで飲ませろ」
「え、ええー!? なんで!? これも計算通りなの!? シャカール!!? すごい!!!!!! それも『ロジック』!!!!?」
ダブリンはかねてより文芸や音楽の街であり、現在ではパブ、クラブやライブハウスなども多数あるナイトライフの街としても知られる。今回、ファインはシャカールが学生時代より趣味として行ってきたDTMが高じて、現在では時折『!monad』名義でDJとして活動し、かなりの人気を得ている事を知っており……さらには、ダブリンのクラブシーンにおいてもかなり大規模なフェスに招待されたことを知って、今日この日を今か今かと待ちわび、ついでにサプライズでシャカールを驚かせようとしていたわけだが……そのたくらみは素気もなく対応されてしまった。
「バァカ、テメェの考えてることなんざロジカルに考えるまでもねェ。どンだけテメェに付き合ったと思ってンだ。ほら、案内しろよ」
……方や、気まぐれにDJ活動をしているだけのウマ娘、方や、アイルランドのプリンセス。2人の短い。あまりにも短い『奇妙な冒険』が始まる予感がした。
◆◆◆ マンハッタンカフェは動じない #??? 『アイルランド妖精物語』 ◆◆◆
「……だがなァ、なンでこんなクソ遠い場所までくる必要があンだよ。SP振り切った時点で適当なパブに入りゃよかったろ」
「だってこのお店、すっごく夜景がきれいなんだよ。ダブリン山脈がすっごくよく見えるでしょ? 王家御用達です! えへん!」
知らねェよ。シャカールはため息をつきながらファインの指さす、月明かりに照らされる緩やかな山地をぼんやりと眺めた。結局、やや早めの夕食を取るつもりだったのが、移動に時間を食われだいぶ遅くなり。それに、王家御用達、ということできっちりSPに先回りされて、今はほっと一息をついた彼女のSP隊長が方々に連絡を入れているところだ。普段の苦労がうかがえる。
「ったく」
しかし……多少落ち着かないが、やはり出されたウイスキーは美味だ。『スモーキー』と言われる風味のスコッチよりも飲みやすく、それでいて鋭く、なめらかである。一時期は前述したスコットランドのスコッチ・ウイスキーに押されたものの、ファインの話ではかつては世界で飲まれていたウイスキーの半分以上がアイリッシュ・ウイスキーだったそうだ。近年では再び蒸留所も増えてきており、自慢の品なのだという。そもそもアイルランドはビールでも世界的大企業を排出している。酒飲みの国なンだなァ……と、既に酔いが若干回ってきたシャカールはぼんやりと考えたが、このまま酔い潰されるわけにもいくまい。
「まァ……時間はあんだろ殿下サマ。だいたい今日入れて自由時間は3日か? ほかに見せたいトコがあんなら飯食いながら言っとけ。オレも行きたいところはあるからな。予定を組んどく」
「えっ? そんなことまでわかっちゃうの!? あっ、そうか。ハッキング? ダメだぞ~シャカール~ハッキングは~」
ふふーん、とドヤ顔を見せるファインだがシャカールはケッ、と喉を鳴らして語り始める。
「違ェよ。日夜、外交親善に慈善チャリティ、スポーツ振興やらなんやら。精力的に活動してる『アイルランドのお姫様』が俺がダブリンに来る事を決めてから、急に予定を前倒ししたり、調整したり……必死で日程を開けようとしてるンだ。ンなモン、気づく。どうやったってな……この調子じゃ、SP連中の胃に穴が開いちまう。流石にかわいそうだぜ」
彼女は一般庶民ではなく、公人だ。しかも非常に高い地位にあって、精力的に活動しており国民人気、国際社会の評価も高い。それが3日、予定を開けることがどれほど大変なことか。
「……だって、10年ぶりなんだよ。10年だよ。シャカール」
「……わかってら」
10年。言葉で言えば、たった一秒。しかし、帰国後まもなく、トレセン学園での自由な日々を振り返らず、むしろ忘れようとしている風にすら思えるほど政務や王室の活動に打ち込んでいたファインを、シャカールは見ていた。ファインがどう考えていたのかはわからないが、シャカールは……おそらく、彼女は『おもいで』が苦しいのだろうと推察したし、一般人の自分があまり連絡を取るものでもなかろう、とむやみに連絡を取ることはしなかった。それでも時折、ファインの側から短いメールのやりとりなどはあったものの、それも、次第に疎遠になっていった。彼女も、シャカールの考えを汲んだのだ。ファインモーションというウマ娘は、賢いから。
……そしてふと、シャカールはあの演劇の夜、本当に彼女をさらっていたらどうなっていたのか。などと叶いもしない、やり直しも出来ない想起をしていることに気づいて、まさしく『ベルフェゴールのたくらみ』だと内心苦笑した。
「……だから、シャカールも私に合わせてくれたんでしょう? ホントは、まだ来る予定じゃなかったよね。ちょっとでも『シャカールと長く一緒にいたい』っていう私のわがままを叶えるために」
エアシャカールと言うウマ娘は、優しいから。そんな言葉を吐こうとした矢先、うっせ、と小さくこぼす目の前の友に、ファインはにっこりと笑った。きっと彼女なら、とあえて3日予定を開ければ、彼女はそれを汲んで付き合ってくれた。これが優しくなくて何と言おう。
「…………シャカール」「……ファイン」
「「あ」」
二人は同時に何かを言おうとして、言葉の正面衝突を起こし……妙に気まずくなった。『何』を言おうとしたのか。いや。これは酔いのせいだ。酒に酔うと大抵、言わなくてもいいことを言うのが人間の性だから。シャカールはロジカルじゃねェ……とばかりにため息をつく。
「…………ジャック・オー・ランタンの火が見えるね」
「ア?」
沈黙をごまかすように、ファインが山のほうを見つめ、呟く。すると山地にいくつかの火のようなものがちらちらと見えた。
ジャック・オー・ランタン。最近ではゲームのモンスターだとかでたまにいる火のついたランタンを持ったカボチャのおばけ。関連付けられるハロウィンなどと同じく、アイルランドやスコットランドの伝承であり、もともとはカブ――死者の頭蓋骨を模しているともいわれるそれをくりぬいたランタンを持ってさ迷っている霊界へと入れなかった悪人の霊である、とされるそれ。だが、当然そんなものが実在するわけもなく。シャカールはまず車のヘッドライトか何かかと思ったが、動き方が違うし、あの辺は道路などがあるようには見えない。ほかに考えられるものといえば人間が持てる電灯などだが、そもそもここまで離れていてはいくら鋭敏なウマ娘の感覚でもその微細な光量をとらえることはできない。しかし、いくらでも理由は付けられる。
「バァカ。ああいうのは……いや――」
「……ふふ、続けてよ。その方がシャカールっぽさがあるもん」
この雰囲気で無粋な科学的解説もあるまい、と思ったがファインが笑顔で言う。10年前に戻ったように錯覚する。
「っぽさ、ってなンだよ。オレはオレだ。殿下サマのご命令とあらば解説してやるが、ああいうのは球電やプラズマ、あるいはリンが発光してるンだよ。江戸時代ですら、『狐火』だとかは光の屈折やリンの自然発火って突き止めた科学者がいるんだぜ?」
とはいえ、そもそも球電の発生メカニズムは詳しく解明されていないのだが、じゃあもしかしたら球電そのものがジャック・オー・ランタンのしわざかも!と言い出されるとうっとおしいので、解説はしなかった。
「じゃあね~、あれは『レプラコーンの金壺』が光ってるのかも!」
「あのなァ……解説させといてそれか?」
「ふふふ、妖精レプラコーンは金の入った壺を持っててね! 捕まえると黄金のありかを教えてくれるの。うちの国には『レプラコーン横断注意!』っていう道路標識まであるんだからきっといるよ~」
ジャック・オー・ランタンではなくレプラコーンと来たか。たしかこれもケルトやアイルランドあたりの伝承の妖精でたま~に庭の隅に置いてある小人人形そのまんまの姿をしているようなやつだが、ジャック・オー・ランタンほどゲームなどに出てこないのでそこまで詳しくない。
「そうだ! その標識を見に行こうよ! 今日はもう遅いからまた明日」
「ハイハイ……んじゃ、そいつを明日は見に行くことにするか……」
シャカールは『わざわざ行かなくてもネットで画像検索すりゃ出てくンだろ』と言いかけたが、検索したところ別段ダブリン市街から遠くない。そも、ファインは言い出したら効かないタイプであり、そういうのも込みでシャカールに提案したりもする。なら、適当に見てそれからダブリン市内に戻り他の場所に行った方が断ってぐだぐだと話し結局了承する手間がないぶん楽……そう考え、目の前のにこにこと笑みを浮かべるファインの顔を見てため息をついた。
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※書けているのはここまでです※