第十回 書いてみたいけどなかなか書きだせないお話を短編で書いてみたステークス 作:雅媛
今年も春がやってきて、トレセン学園は希望に満ちあふれた新入生で一杯になる。
桜が満開に咲いたトレセン学園で、俺とリズちゃんはシニア2年目の春を、ルジェさんはシニア3年目を迎えていた。
俺は先週、3月末に開催された大阪杯に出走した。そこで念願のG1勝利を得たところだ。
リズちゃんは4月の後半で天皇賞(春)に出走予定。これは昨年に引き続いての出走で、有力なライバルが多い中で思うような成績を残せるか耳目を集めている。
そしてルジェさん。彼女は去年の宝塚記念で痛めた脚も既に癒えて、今年の宝塚記念で念願の優勝を勝ち取るべく地道なトレーニングを続ける日々だ。そろそろ実戦で調子を掴みに行こうという話にもなっている。
そんな結果を受けて今後の方針についてトレーナーと話し合っていたのだが、それもおおむね固まって今は雑談の時間。
「そういえば
「うーん、どうしようか。
でもそろそろ考えないとね。ルジェントはシニア3年目でさすがに卒業が見えてるし。ドーロとリズの2人もシニア2年目となればいつ卒業って事になってもおかしくないしね」
「その言い方だと、まだ考えていないって事です?」
「いや考えていないって事はないんだけどね、検討はしているよ。うちのチームに合う娘はいるかなぁって、データを見ながら物色しているところさ」
白埜トレーナー率いる、チーム《メンカリナン》。チーム《カペラ》のサブトレーナーだった白埜トレが独立することで、2年半前の秋に発足した。
白埜トレは独立前、カペラの中でルジェさんとハクタイセイ先輩を受け持っていたのだが、そこに俺とリズちゃんが合流したことで人数要件を満たして、新チーム発足となった経緯があった。ハク先輩はその年の冬でレースを引退、学園も卒業していったが、チームメンバーは増える事なくこの3人で2年ほど続けてきた。
だからそろそろ新しいメンバーが加入しなければ白埜トレーナーもこの先困るんじゃないかと思うのだが、端で見ている限りなんとなくのんびりした雰囲気だ。
「うちは中距離が中心だからね。新しくスカウトするにしても中距離が走れる娘になると思う」
「それはやっぱり指導のし易さとか?」
「そうだね。普段のトレーニングでもそうだけど、併走するときに走れる距離の近い方がお互いやりやすいでしょう?」
そんなトレーナーの言葉に頷き返す。
今このチームに所属しているウマ娘は3人。中距離がメインの俺と、マイル寄り中距離のルジェさん、そして中距離でも長めのクラシック距離からそれ以上が得意なステイヤーのリズちゃんだ。3人とも中距離が得意範囲になるので、普段の練習ではリズちゃんだけ長距離メニューを別に組むくらいで、3人ほとんど同一メニューでトレーニングを続けていた。
「トレーナーさん。今年の新入生さんにすごく大きな
普段通りのおっとりした口調でルジェさんが話に混ざってきた。
「よく知ってるね、ルジェント」
「他の娘より頭2つくらい大きいですからねえ。とっても目立っていますからあ」
「ええと……ああ、あった。名前はヒシアケボノだね。身長は……180センチ、確かに頭ひとつ以上大きいね。で……ウソだろ、中等部1年だって?」
「ええ? あの娘あの大きさでまだ中等部なんですかあ?」
「僕も驚いたけど、そうみたいだね。で、距離適性は……、うーん……入学したばかりでデータはあんまりないけど、過去データの傾向としては短距離マイルなのかな」
「短距離ですかあ、それじゃうちに来ることはないですよねえ」
「そうだね。今のところ可能性は低いね」
その時はそんな感じで話が終わり。そのままヒシアケボノの事は頭の片隅に追いやられていたのだが。
ある日の午後のこと。
チーム練習が早めに終わったので、寮に帰る前にちょっと一息つこうよとリズちゃんに誘われて学園のカフェテリアに立ち寄った。するとカフェテリアの奥の方に人が集まっているようで、なにやらワイワイと騒がしい。大勢が喋る声の響く中、時折『ボーノボーノ』と元気の良い声がこちらにまでよく届いてきた。
「なんだか人が集まってるね、何してるのかな?」
「なんでしょうね?」
そんな疑問を抱えつつ、俺はリズちゃんと共にデザートとドリンクの載ったトレーを掲げて通路を進む。
途中すれ違った同じクラスの娘がその訳を知っていた。
「なんかね、新入生の子がちょっとしたパーティ開いてるんだって」
「パーティ?」
「そ。ほら、あそこに大きな娘いるでしょ? あの娘、料理からお菓子作りまですごく上手なんだって誰かが言い出してね。そしたら新入生クラスで親睦パーティ開いて、今その腕前を披露してるんだって」
「へえ」
俺が軽く返事を返す隣で、リズちゃんはその大きな娘の方をじっと見つめていた。
すると何かに気づいてあっと小さく声を上げる。
「ドーロちゃん」
「ん、なんでしょうリズちゃん?」
「あの大きな娘だよ、前にトレーナー室で話に出たヒシアケボノちゃんって」
そう言われれば気がつく。新入生でなおかつ軽く頭1つ2つ他の娘より大きいとなれば可能性は高いだろう。だがリズちゃんの言い分は俺の予想とは少し違っていた。
「あのね、この間トレーナーさんと話しているときにリズちらっと見ちゃったんだ。ヒシアケボノちゃんの顔写真がパソコンの画面に出てたの。
だから、間違いないよ」
確定事項だった。いつの間に盗み見ていたのか知らないが。
§
その場でクラスの娘と別れて、俺たちはいつものテーブルに着いた。ここからなら周りに悟られる事なくパーティとヒシアケボノの様子をこっそり伺う事ができる。リズちゃんも同じ考えだったのだろう。俺と向かい合いつつもパーティの方を横目で見られるような、そういう位置関係で席に座った。
見たところパーティの人数は30人ほど。1クラス分の人数に少し足りないぐらいで、なるほど新入生の親睦会というのはその通りなのだろうと思えた。そしてその集まりの真ん中でひときわ目立っているのがヒシアケボノだ。
さすがに頭1つ以上周りより背が高ければ、どこにいても分かる。そんな彼女がメインのホスト役を務めているのか、パーティ会場とキッチンの間を忙しそうに往復している様子が見えた。大きい体に似合わずフットワークは軽いようだ。
山盛りデザートをひょいぱく口に放り込みつつ様子を窺ううち、向かいに座るリズちゃんから声が掛かった。
「ねえドーロちゃん、ボノちゃんはキッチンから出てくるたび両手いっぱいにお料理抱えて出てくるけど、調理のお姉さま方がお仕事してる感じは無くないかなぁ?」
「うぇ? それってどういう事です?」
「うーん、もしかしたらなんだけど、あの料理とかって全部ボノちゃんが作っているんじゃないかなって」
そう言われて改めてキッチンの方に目を向ける。
リズちゃんの言う通り、キッチンの中からはランチタイムのような殺気立った雰囲気は感じられない。カウンターに立つお姉さんがあくびをしていたりして、のんびりしたものだ。
そしてその前をヒシアケボノとそれを手伝う娘たち数人だけが忙しそうに立ち歩いていた。
「うえぇ? でもそうだったら彼女の調理の腕前がものすごいって事になりませんか?」
「だからパーティでその腕前を披露することになったんだと思うよ。ほら、それにボノちゃんが入っていくのってフリーに使える生徒用キッチンの方だよね」
「……確かに、そうですね」
料理を次々と大量に作りながら給仕もこなすヒシアケボノ。
リズちゃんの言う通りなら、とんでもない新入生が現れたものだ。
本番どう勝負付けるか思いつかなかったので、この話はここまでなのです。
続き読みたい?
-
はい
-
いいえ