火星の名の知れぬ土地。
発展した火星都市 クリュセから相当の遠方に位置し、人気すら無いそこはハーフメタルという特殊金属の発掘場として運用されていた…………少し前までは。
発掘場として存在していた施設に、複数の機影が立つ。人の姿をした巨大な機械────それは、『
『────現時刻より、秘匿作戦を開始する』
通信を受け、短く答えたグレイズ達はすぐに動き出した。発掘場の最深部にあるエリア─────モビルスーツが通れる程の大きさの通路に、踏み込んでいく。
遠くから覗く、複数の視線には気付かずに。
◇◆◇
『…………あの、隊長どの。我々は何のためにこんな場所にいるのでしょうか』
『そうだな。ここならば会話も探知される可能性はない。少しは話しても良いだろう』
深層に続く道を進むグレイズを操るパイロットの声が、先導する指揮官機へと向けられた。疑問の声を受けた隊長は少し考えた後に、口を開き始めた。
『我々の目的は、この未知のエリアの調査だ。それがお前達に伝えた事実だ、覚えているな?』
『は、は………。それは承知であります。しかし、何故アリアンロッドの精鋭である我々が動く必要があるのですか?』
月外縁軌道統合艦隊 アリアンロッド。
この宇宙で最も立場の強い組織であるギャラルホルンの艦隊。それこそが、彼等の所属であった。
ギャラルホルン内でもエリートである彼等が、わざわざ火星の近郊にある謎のエリアの調査をしなければならないのか。半分疑問半分不満が、彼等の中にはあった。実力と共にプライドも育っているため、無理もないことだろう。
しかし、隊長が次に出した言葉により、全員の気が引き締まった。
『────この作戦は、ラスタル様により出された極秘のものである』
『し、司令官がっ!?』
アリアンロッドの司令官 ラスタル・エリオン。
エリートである彼等すら、立ち会うことも難しいギャラルホルンのトップに位置する一人。その司令官から出された極秘任務。その事実が、彼等の両肩に重くのしかかった。
『このエリアは、数百年も前に造られたものと仮定されている。あの「厄祭戦」の時期に出来たと思われるこの場所に、何かが眠っているとのことだ。それを回収する為に、我々は派遣された─────理解できたか?』
『………何かとは、何なのでしょうか』
『────モビルアーマー、とかだろう』
隊長の言葉に絶句する部下達。彼等もエリートであるため、厄祭戦のことは大体知っている。過去の人類の多くが、モビルアーマーという無人兵器に殺されたのだ。半信半疑であったが、彼等とてそれを唾棄できるほど無能ではない。
いや、事前に厄祭戦の説明を受けていなければ、信用しなかっただろう。今のセブンスターズすらも、厄祭戦の実情に詳しくないと聞く。
『我々の目的は、このエリアに存在するモビルアーマーの確認。可能ならば回収。危険ならば破壊だ。全員、気を引き締めるように』
『は、はい!』
『────着いたぞ』
広い空間に辿り着き、グレイズの一団が脚を止める。彼等の目の前に広がっていたのは─────聖域のような場所であった。無数の機械が並んだ工場地帯には思えない程の神聖さに、全員が言葉を取られていた。
そして、彼等の動きが止まるのはもう一つ。無数の機械に嵌め込まれた、とある機械の存在である。
『隊長殿………これは、一体』
『まさか、モビルワーカー………いや、これがモビルアーマーか? 接近しても反応しないのを見るに、壊れてるかもしれんな』
モビルスーツよりも小型な、特殊な機械。彼等はモビルワーカーと推定したが、実際は違った。その事実に彼等が気付くのは少し先のことだ。
周りを捜索していたグレイズの一機が、ふと足を止める。視界に広がるモニターの隅に、何か光る物が見えたのだ。
『………?』
不用意に距離を詰める一機のグレイズ。普通であれば迂闊だと分かるのだろうが、目の前に広がる景色と目に止まった物への好奇心が、彼の考えを狭めることになった。
壁に鎮座したように眠るソレを、唖然と見上げる。
『なんだ、これは─────モビルスーツなのか?』
深紅と漆黒が特徴的な機体。特殊な装置に取り付けられたヒト型の兵器。それは従来のモビルスーツに見えるようで、全くの別物であった。機能停止したままで沈黙したその機体の目の前に、光を発した物体が差し込まれているのが見える。
それを目にした瞬間、パイロットは言葉を失いそうになった。足元にある小さな物体は、ガラスのケースだった。不思議な液体が満タンに入ったそれには────少年が眠っているではないか。全身に突き刺されたケーブルと液体によって浮かぶ少年は顔にヘルメットのような呼吸装置を取り付けられている。
息はしている。そう判断したパイロットは咄嗟に動いた。民間人であるのならば、そうでなくても保護しなければならない。助け出そうとそのガラスのケースに触れようとした瞬間、
─────目の前に鎮座していたはずのモビルスーツが、突如動いた。呆気に取られたグレイズに踏み込んだ赤黒いモビルスーツの拳が直撃する。五本の鋭利なクローがグレイズのコクピットを抉り、破壊した。
【────】
ピポポポポ、と赤黒いモビルスーツの頭部に光のラインが浮かび上がる。血に濡れた自身の腕を見下ろしたモビルスーツは、目の前に立ち尽くすグレイズに脚を掛け、押し倒した。
ゆっくりと前に踏み込む赤黒いモビルスーツが歩みを止める。その目の前に、複数のグレイズが群を為していた。
『隊長!バイナーがやられました!アレがモビルアーマーですか!?』
『そんな訳あるか!アレはモビルスーツだ!────だが、何故だ!? 何故あの機体から生体反応が感じられない!? 一体誰が乗っている!?』
警戒を緩めることなく、一対多数の陣形を保つギャラルホルンの部隊。それを見下ろした赤黒のモビルスーツは部隊の通信を耳にし、突如無機質な低い声を発した。
【────モビルスーツではない。私はアーゼナル、アーゼナル・ユニットだ】
『アーゼナル、ユニット………?』
【我が内部への侵入行為、会話の内容から目的は我等の強奪と見受ける。────それは望まない。我等に害を為す者は、一人足りとて逃がす道理もない】
アーゼナル・ユニットと名乗った機体がそう告げると同時に、周囲の空間に異変が生じた。無数の機械に組み込まれたモビルワーカーが起動を始めたのだ。自分達を囲むように動き出した無人機達がカチカチと音を鳴らす。
アーゼナル・ユニットは、合図を求める無人機達を呆れたように見下ろしながら、淡々と告げた。
【────殲滅せよ、我が弟たち。ソレは我々の敵だ】
数分後、ギャラルホルンの精鋭部隊は文字通り全滅した。誰一人生き残ることなく、機械の軍団に塵殺されたのだった。
◇◆◇
地下で起きている状況も知らず、数体のモビルスーツが採掘場の最新部へと踏み込んだ。
「…………ここが例の場所?」
「そうそう。ここ、ここ。採掘チームの奴等から教えて貰った面白いモンがあるとこだってさ」
三つの機体と、それを操る三人の少女。彼等は何処の会社にも組織も所属しない、傭兵団以下のチームであった。
元々、ヒューマンデブリ────人間以下の扱いを受ける奴隷同然の孤児───であった彼女たちは、売り捌かれる直前にモビルスーツを強奪して逃げ出した。
少女かつ見た目も良い美少女達であった彼女たちは、高値で売られる予定だった。故に売り手も何人か摘まみ食いしようと考えていたらしい。手を出そうとした隙を突いて、三人はなんとか逃げ出すことができた。
火星の辺境へと降り立った彼女たちは、生き残るために資源を集めることを考えた。回収した残骸を売りながら生活していた彼女たちの元に、有益な情報が流れ込んできたのだ。
────ギャラルホルンが封鎖した採掘場の話。そこにはモビルスーツの残骸があるかもしれないという話もあり、彼女たちはそれを手に入れることを考えた。なんとか盗み出して売り捌けば、生活に困ることはないだろう。
そう提案したのは、少女たちのリーダー格である セスティア・リペラシェイルであった。おっとりとしながら彼女は三人の中で頭が回る人物だ。
ギャラルホルンの精鋭だろうと、地下にあるもの全てを回収する気はないと理解していた。重要なものを回収し離脱した後に、残ったものを手に入れればいいと。
「───分かってますね?二人とも、いつも通り戦闘は避けてください。相手の数は私たちの五倍以上ですから」
「ま、分かってるよ。私たちだって死ぬ気はねーし」
「…………」
二人の少女もセスティアの言葉に異論はない。そうやって、彼女たちは生き残ってきたのだから。無法を選びながらも、無謀な真似は選ばないようにしてきた。
────しかし、今回だけは無謀な選択以前の話だった。
キチキチキチキチッ!!
暗闇の中から、機械の虫が此方を見据えていた。妖しく光るモノアイが複数、少女たちの駆るモビルスーツを捕捉しているのだ。
「────セスティア!」
「撤退は無理です!囲まれています!」
「クソッ!最初からバレてたのかよ!?」
少女たちは自分達を囲む機械虫の大群に覚悟を決める。各々の武器を構え、最後の抵抗の意思を示す。機械虫たちはカチカチ、と牙らしき部分を鳴らしながら距離を詰めていき、少女達を殺さんと飛び掛かろうとして─────
【─────待て】
その場に降り立ったアーゼナル・ユニットの制止を受け、静止した。統率の取れた動きを取る無数の機械に少女達は絶句しながらも、機体の操作する操縦桿を強く握り締める。
人の形をしながらも、異形の体躯を有した深紅のモビルスーツ。頭部から覗くモノアイで此方を凝視したそれは、回線越しに声を放つ。
【民間人、ではなさそうだな。この領域に侵入した罪は重いが、それはそれとして此方にも事情がある】
「…………私達に、何か要求があるのですか?」
【─────人体に詳しい者。いや、医療に携わる者はいるか。診て欲しい相手がいる】
着いてこい、とアーゼナル・ユニットは促した。当然、少女たちには逆らう理由すらない。下手な真似をすれば、周囲にいる機械たちに殺されることは目に見えている。だからこそ、アーゼナル・ユニットの命に従い、奥深くの通路へと辿り着く。
一際大きなホールに着いた時、ある機械が前に出てきた。その機械にはこの場で到底有り得ないものが乗せられている。
「────人?」
ヘルメットの装着された少年が、そこにいた。特殊なスーツに身を包んだ少年は、機械の上に乗せられたままピクリとも動かない。全身を濡したまま沈黙する少年の姿に、セスティアと呼ばれる少女は声を震わせながら問う。
「………彼に、何をしたのですか」
【我々ではない。侵入者が戦闘の際に、装置を破壊したのだ。強制的に排出されたせいかもしれんが、急に動かなくなった。人体の調子の全てを把握することは出来ん。故に、力を貸して欲しい】
恐らく、ギャラルホルンと交戦したのだろう。だが、彼等は返り討ちにされ、全滅したらしい。周囲に見える残骸を尻目に、セスティアはふとコクピットから飛び出した。
「────私が診ます。医者ではありませんが、医療はある程度身に付けていますから」
セスティアっ!?と焦る仲間達の声に、彼女は振り向かない。軽快にモビルスーツから下り、機械に乗せられた少年の様子を確認する。
「…………大丈夫です。息はしてます。ただ、少し意識が朧気なだけです。何らかの薬品の影響で、まだ肉体が完全に目覚めていないだけで─────彼の身体に別状はありません」
【────感謝する、名も知らぬ少女よ】
医術に長けた彼女だからこそ、少年に命の別状はないことを理解する。深く頭を下げ、感謝を口にする深紅の機兵に、セスティアは意を決し、口を開いた。
「一つだけ、教えて貰っても良いですか」
【………何を聞きたい? 名も知らぬ少女】
「この少年は、何なのですか?何故貴方達は、この少年の事を気に掛けるのですか?」
それは────と、アーゼナル・ユニットが言葉を口にしようとした直後、深紅の機兵が動きを止める。意識を失っていた少年が、目を醒ましたのだ。
「────」
「だ、大丈夫? 無茶しないでっ」
起き上がろうとする少年に、セスティアが駆け寄る。多分、身体を動かしたことがないのだろう、あまりにも弱々しく無機質な動き方に不安を感じるしかなかった。
その時、深紅のアーゼナル・ユニットが動く。ゆっくりと歩み出し、静かに跪いたのだ。王に傅く忠臣のように。無数の機械も同じように頭を下げて沈黙していた。
ただ一人、キョロキョロと周りを見渡す少年にアーゼナル・ユニットが口を開く。
【────久しく、いえ、初めまして。我が主 エイル様】
「……………」
【旧き盟友との約定に則り、我々は貴方の翼であり、剣となる。貴方の意思のままに、我々は悪魔にも天使にも成れる───────貴方は何を御望みか】
セスティアを含む三人の少女も、思わず少年を見つめた。起き上がった状態のまま、周囲全ての視線を浴びる彼は────、
「…………?」
────それはそれは不思議そうに、或いは状況が分かっていないのか首を傾げていた。言葉を発することなく────いや、彼が喋ることすら知らないという事実に、セスティア達は驚かされることになるのは、数分後の話。
◇◆◇
「─────やっぱオジサンの部隊は全滅したみたいだねー。ま、そりゃぬるま湯に浸かってきた自称エリートじゃ、無理かなー」
カラカラと笑うのは、一人の青年。閉ざされた空間の中で座席に背を預けた彼は、手元に置いてあった炭酸飲料を口に含み、呑気に身体を伸ばす。
報告をしてきた部下────艦長らしき男が、画面の奥で不安そうな顔を押し殺そうとして、やはり疑問として口に出した。
『………それより、宜しいのでしょうか?』
「んー、何が?」
『勝手に動いては、火星支部との不和を生みかねません。火星支部と情報共有を、まずは司令に連絡してからでも遅くはないと─────』
「んーー、気にする必要ないんじゃなーい? 俺達はアリアンロッド遊撃部隊。ある程度の自由は許されてるしぃ、オジサンだって一々報告されずとも部下を使って把握してるかもだしー」
しかし、と男が心配を隠さない。青年は中身の飲み終えた缶を戻し、ヘルメットを装着しながら呑気に語る。
「だいじょーぶ、だいじょーぶ。どうせ責任は俺が取るしぃ、君達は待機しといて。君が警戒してる火星支部も、すぐに使い物にならなくなる予定だしー」
『────了解しました。お気を付けて、ゼーラ様』
胸元の空いたスーツを閉め、ちゃんと着直す。目の前の電子版を操作し、明るくなったコクピットの中で青年はスロットルを押し込む。
「さぁて────ゼーラ・バクラザン、フールフール・スカイダー。出るよぉーー」
サイレンの鳴り響く空間の中で、一つの大きな影が動く。直線のカタパルトに両脚を固定させ、勢いに任せて射出していく。宇宙空間に放流されたソレは、全身を鉄板で包み込み、一つの塊となって火星へと飛来する。
その中で、二つの光が妖しく輝きを増すのだった。