特級呪物『夏油傑の変な前髪』   作:鳴倉

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【第1話】

 

 

 呪術高専東京校、その医務室で家入硝子はいつものように仕事に忙殺されていた。目の下の隈は濃くなっていくばかりだが、今日も寝られそうにない。時計を見るともうすぐ日が変わりそうだったが、眠気を覚ますためにエナジードリンクでも飲もうと立ち上がると、扉が開いた。

 

「これ、いるかい?」

 

 そう言いながら入ってきたのは家入が想像もしなかった人物だ。夏油傑、2カ月ほど前に起こった百鬼夜行の首謀者にして彼女の元同級生だ。そしてその時に死亡したはずだが、当たり前のように高専に入ってきている。眠すぎてついに寝落ちしてしまったかと思ったが、夏油は手に持っていたエナジードリンクを彼女へ投げ渡した。冷えた缶の冷たさが彼女にこれが現実だと教える。

 

「や。相変わらず忙しそうだね」

 

 夏油はまるでいたわるかのような発言をしているが、百鬼夜行で負傷した者の治療や死亡した者の死体の処理、それらに関する書類の整理など、彼が起こした事件のせいで家入の仕事は一時的に大幅に増えた。そういえば、こいつもクズだったなと家入は思い出した。

 

「テロリストじゃん。何か用?」

 

 家入がかつて追われる身となった夏油に会った時と同じようにそう言うと、

 

「現状確認ってとこかな」

 

 彼もその時と同じように返しながら、近くの椅子に座った。

 

「ふーん。一応聞くけど偽物だったりする?」

 

「ないね。残念ながら」

 

 何が残念ながらだよ、と内心ツッコミながら話を続ける。

 

「じゃあ重ねて一応。なんで?」

 

「受肉をして復活を遂げたんだ」

 

「ははは、意味わかんねぇ」

 

 簡潔にしようとしすぎて、逆に必要な部分をそぎ落としたような返答だった。

 

「教師じゃないんだ。理解できるまで教えようとは思わないさ」

 

 彼女はここまでの一連の流れで前のように五条に連絡しようと思ったが、やめた。多分今回は自分に用があると思ったからだ。

 

「そうやって半端にしか説明しないのは昔と同じだな。でも、今のやりとりでなんとなく分かった。お前は確かに夏油だ。で、本当に何の用だ?」

 

「私の死体を君が処理したのかが気になったんだ」

 

「処理してる訳ないだろ。お前死んでないんだから」

 

 家入は五条から夏油を殺したことまでは伝えられたものの、その死体がどこへ行ったかまでは聞かされていない。てっきり五条が変に気を使って別の人間に処理を任せたと思っていたが、そもそも死んでいなかったとは考えもしなかった。

 

「そうか。やっぱり悟が気を使ったのか」

 

 ところが、夏油はたった今正したと思っていた認識に相反することを言い出した。

 

「話が見えてこないんだけど」

 

「話をしてもいいんだけど、その前に他言無用の縛りを結んで欲しいんだ。もちろん、私のことも含めてね」

 

「いきなり押しかけておいて随分と自分勝手だな。まぁいいけど」

 

「いいんだ」

 

「だって殺されたくないし」

 

「別に殺したりはしないんだけど……」

 

 他言無用、具体的には夏油の生存およびこれから話すことを禁ずる縛りだ。すでにそのことを知っている相手に話すならば何のペナルティーもないが、そうでなければ何かしらの厄災が訪れる。これが縛りであると明言し、それを家入が承諾したことでここに縛りは結ばれた。

 

 それから夏油は話した。乙骨の呪力砲の直撃を食らう前に、特級仮想怨霊『化身玉藻前』の術式で自分の前髪を呪物化して高専に隠したこと、自分が死ぬようなことがあればそれを回収するようにミゲルに言ったこと、そして計画通りに復活したことなどを詳細に。

 

「……本当は、あの時そのまま死んでもいいと思ったんだ」

 

「……じゃあ死ねば良かっただろ」

 

「はは、辛辣だね。使いこなせていないとはいえ、相手は呪いの女王を使役するんだ。保険はいくらあってもいい。それに、死んでもいいと思ったのは悟に会ってからだよ」

 

「で、私に何をしてほしいんだ? まさかスパイをしろとか言わないよな」

 

「そんなことさせないよ。ただ、死体を処理できる技術を持っていて、呪術界の上層部とつながりがある術師を見つけてほしい」

 

「それならある意味私もそうだけど」

 

「じゃあこう言い換えよう。私の死体の処理を誰が担当したのかを調べて欲しい」

 

「情報の漏洩を気にしてるのか?」

 

「それもあるけど、美々子と菜々子が私を名乗る術師に接触されたそうなんだ。多分だけど私の死体を使っている」

 

 夏油は『家族』と称している術師達の中でも、ミゲルとラルゥ、美々子と奈々子の4人にしか自らの生存を明かしていない。当初は時期を見計らって残り全員にも伝えようと思ったが、偽物が現れたことで状況が変わった。

 

「人の死体を操る術式か?」

 

「いや、どうやら呪霊操術を使えたそうなんだ。普通の死体じゃこうはならない。十中八九、他人の体を乗っ取る術式だ。2人にはスパイをしてもらってるけど、何かの計画のために相当に入念な準備をしているようだ」

 

 偽物は最初は夏油になりすまして話を進めようとしたが、2人に見破られたことで、逆に自分が偽物であることをあえて提示した上で、体を返して欲しければ協力することを迫った。しかも、2人だけにとどまらず夏油一派のほとんどにその旨を伝えた。当然、他言無用の縛り込みだ。

 

 ただし、身内の範囲を夏油一派としたために、2人はそこに含まれる本物の夏油には話すことができたのだ。

 

「つまり、もう一人お前がいるってことか。最悪だな」

 

「君たちにとっては私よりも最悪かもしれない。場合によっては百鬼夜行以上の被害が出る」

 

「なら私だけじゃなく五条にも伝えるべきだろ」

 

「いや、それがね。どうにも目的が五条悟の封印みたいなんだ」

 

「は?」

 

「具体的な方法は分からないけど、算段はついているんだろうね。問題はこっちが向こうの目的に感づいていると悟られたら、私の家族が危ない上に雲隠れされる可能性がある」

 

 夏油が思うに、相手は相当老獪な術師だ。他人の体を乗っ取ることができるのだとしたら、既にどのくらい生きているのか、そしてまだどの程度生きていられるのかが分からない。つまり、相手には五条悟が寿命で死ぬ、もしくは衰えるまで潜伏するという選択肢もあると夏油は考えた訳だ。その手を使われてしまうと問題を先延ばししただけになる。

 

「居場所がわかるなら話は別だが、姿を現したのは最初の時だけらしいんだ。これでは襲撃をかけることもできない。だから、偽物が確実に出てくる計画実行のタイミングに私も表に出ることにした」

 

「それまでは秘密裏に動くってこと? 目立ちたがり屋のお前らしくもない」

 

「いずれ硝子にも接触しに来るかもしれないから、気をつけたほうがいいよ。特徴は額に縫い目があることだ」

 

 それだけ伝えると彼は立ち上がった。

 

「さて、そろそろ時間だ。私はお暇させてもらうよ。さっきの件、何か分かったことがあったら手紙か何かで伝えてくれ。こうして高専に侵入するのも楽じゃないんだ」

 

「なんで誰にも気づかれずに入ってこれたのかと思ったら、その呪具のおかげだったのか」

 

「まぁね」

 

 夏油は手に黒い紐を持っていた。ミゲルの故郷の術師が編み込んだ呪具だ。手首に巻く、もしくは手に持っていると呪力探知に引っかからなくなるという効力を持つ。呪具そのものもしばらく近くにいてようやく気づく程度に呪力が抑えられている。

 

 ただ、かなり燃費が悪い。使っていると紐の両端から少しずつなくなっていくが、1mほどの長さのものを作るのに少なくとも30年はかかるそうだ。今回夏油は30cm分巻いてて、家入と会話した時間は30分程度。それが2、3cmくらいしか残っていない。

 

「 ……あいつ、仕事を増やして行きやがった」

 

しばらく眠れない日々が続きそうだなと思いながら、家入は渡されたエナジードリンクを飲み干した。

 

────────────────────────

 

「待たせたね、ミゲル」

 

「話ハ終ッタカ、夏油」

 

「あぁ。ひとまず私の死体を横流ししたのが誰かまでは掴めるだろう」

 

「ソノ為ダケ二コノ呪具ソンナニ使ッタノカ!」

 

「運が良ければ偽物のところまで繋がるよ。居場所がわかれば、あとは悟に丸投げできる。まぁ実際にはそうはならないだろうけどね」

 

「納得デキル理由ハアルンダロウナ」

 

「私が黒幕だったら硝子のことは多分警戒しない。なにしろ、戦闘能力の点においては歌姫先輩にも劣るからね。でも、だからこそ注目されずに動きやすいんだ。忙しそうなのに、仕事を増やしてしまったのは悪いと思うけどね。じゃあ次に行こうか」

 

 




続きは漏瑚の極ノ番『隕』で燃え尽きました。
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