呪霊操術の使い手同士の戦いが1対1であるはずがなく、多対多であってしかるべきだ。夏油と偽夏油の戦いもそうだ。ゆえに偽夏油はたとえフィジカルで負けていたとしても、圧倒的な物量で勝てると踏んでいた。何しろ操ることができる呪霊の数の桁が違う。
実際、最初は予想通りに戦いが進んだ。夏油の出した呪霊に対して偽夏油が弱点をつけるものを出す。さらには物理攻撃の効きにくい呪霊の群勢を出し、それを呪力で強化する偽夏油に対して夏油の呪霊の大半は素の力のみで強化がされていない。ここには経験と数の差が如実に現れ、偽夏油が直接戦うまでもなく夏油が押され気味だった。
そんな状況を変えたのは火山の呪霊だった。五条の無量空処による気絶から立ち直り、加勢に来たのだと偽夏油は思った。しかし、次の瞬間には背後から攻撃されていた。無防備な背中に強烈な炎をくらい、右肩から右腕にかけてほとんど焼け落ちたも同然になった。そこだけで済んだのは、後ろから呪力の起こりを感じてとっさに 回避することができたからだ。そうでなければ即死していてもおかしくなかった。
さすがの偽夏油も反転術式による回復に集中しなければならなくなった。これは呪霊を呪力で強化するのが難しくなるということで、偽夏油の呪霊達が夏油の呪霊に押し負けつつあった。
「まさか既に漏瑚を取り込んでいたとは……!」
いつになく生気のない漏瑚の顔を見て察した。彼は既に夏油の支配下にあるのだと。偽夏油は反転術式によって回復しつつ、大量の呪量を盾にすることでなんとか攻撃を防いで時間稼ぎしている。
一方で、偽夏油が最初に出した呪霊の大群はもうほとんど残っていない。夏油は戦いを呪霊に任せて自分は偽夏油へと近付く。間合いに入る頃には偽夏油の傷はおおよそ治っていた。
既に一般人は一人も生き残っていない。二人とも気にしながら戦っていない上に、何百もの呪霊の乱戦で巻き込まないのは無理がある。
「術式を使ったのなら私が気付かないはずがない。いつ取り込んだ?」
偽夏油が尋ねる。獄門彊の発動までに一体いつそんなタイミングがあったのか。
「あの線路の奥で悟の様子を見てたんだろ? 逆に言えばそこしか見ていなかった。だってこの事態は高専側にとっては突発的なもので、計画は漏れていない。だから、君は悟以外を警戒してなかった。この呪霊も無量空処によって動けなくなっていたから、取り込むのは簡単だったよ」
偽夏油の五条を消耗させるという作戦上、彼の様子を注意深く見ている必要がある。そもそも、他に障害となりうるものを想定していなかったために、それでいいと思ったのだ。それに、偽夏油は五条に気付かれないように彼に近づいく必要があったため、領域展開後の299秒も目を離すわけにはいかなかった。夏油はその隙をついたのだ。
「なるほど、あの2人か……。縛りであることを明確にしない間抜けだと油断していたよ。だけど、君はいつからここにいた?」
美々子と奈々子から計画が洩れたことは分かったが、夏油がいつどうやって入ってきたのかが分からなかった。大量の改造人間の暴走と漏瑚による無差別攻撃があった中で地下まで降りてくれば、必ず目立つ。しかし、偽夏油はその様子を確認できなかった。
「最初からさ。この呪具で呪力探知をかいくぐった上で猿どもに紛れていた。お面を付けていれば顔は分からないし、袈裟の上からさらに着込めば、少しばかり違和感があってもそんなこと気にする余裕ないだろ」
家入に接触した時に使っていた呪具と、仮装によって一般人に擬態して最初から地下5階にいたということだ。ハロウィンで仮装していた者は多いため、面を着けている者がいてもおかしくはない。よく見ると、やたら大柄な男がやけに厚着をしている上に顔を隠しているので怪しいことこの上ないが、五条の封印という大仕事において、偽夏油も一般人にまで注意を向ける余裕もなかった。
しかし、夏油も夏油で偽夏油が現れるのを待っていた上に、自分の生存を知らないことを最大限利用しようとして、結果的に五条の封印を阻止できなかった。これは夏油の失敗と言える。
「だとすると君は食らったのか、無量空処を」
しかし、これまでの話が事実なら無量空処の範囲内にいたことになる。
「あぁ。ごく短時間とはいえ、中々しんどかったよ。私も復帰するのに3分近くかかった。だけど、そこから1分半くらいは自由に動けた。悟は特級呪霊達よりも改造された猿を殺しに行っていたからそっちにも気付かれなかった」
夏油のダメージが少なく済んだのは、彼の実力とは別に今の肉体の元々の所有者の魂にダメージの一部を肩代わりさせたからというのもある。ただ、これは夏油にとっても計算外だった。無量空処を受けた時にそこから逃れようとした結果として、無意識に行ったものだ。ゆえに、夏油にその自覚はない。
「キッショ、なんで無事なんだよ。いや、本当に真人をこの場に呼ばなくてよかったよ」
偽夏油は真人には改造人間だけ造らせて別の仕事を与えていた。真人が現場に居る必要はなく、それよりも優先すべきことがあったからだ。しかし、真人がいたなら漏瑚同様夏油に奪われていただろう。そうなれば、偽夏油の目的には大きな支障が出ていた。
「継ぎ接ぎか。あの呪霊も後で取り込みに行くさ」
「そうはさせないよ。君はここで殺す」
ようやく夏油を排除するべき敵と認識した偽夏油は反叉合掌をした。
「領域展開」
続きは伏魔御廚子で切り刻まれました。