キリング・スカム   作:里見眼窩

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001. ようこそ、新入り君

「ええっと、ここってもしかして……」

 

「見ての通り、屋外プールの女子更衣室だけど。来たこと無い?」

 

「あるわけ無いでしょ……!」

 

 俺は今、何をされているのだろうか。

 

 一旦状況を整理したい。

 

 

 

 ……ものの十数分前、俺はクラスメイトであり生徒会副会長でもある彼女、山辺泉と2人っきりになった。

 

 とはいえ、山辺さんは机に突っ伏して寝ていたため、真に2人っきりかどうかと問われれば微妙なところではあるが。

 

 それで俺は、何の気なしに彼女の髪に付いていた埃を取ろうとして、指先で彼女の体にほんの少し触れたのだ。

 

 そうしたら……偶然にも彼女の過去の記憶(本人の言葉を信じるなら、の話だが)を覗くことになってしまった。

 

 そうして彼女の並々ならぬ威圧に負け逃げることもままならず、周りで生徒たちが楽しげに帰宅していくのを尻目に、俺はここまで連行されてきたのだ。

 

 俺は背後から拳銃(もちろん、本物かどうかは定かでない)を突き付けられたまま、屋外プールの女子更衣室に連れ込まれ、そこに設置された用具室の扉に向かわせられている。

 

 そして今、山辺さんは取り出した鍵を使ってその扉を開けた。

 

 これが今の俺の状況。

 

 中からはカビの臭いがほのかに漂ってくる。俺の頭の中で嫌な予感が沸き上がる。

 

 

 

「な、なにして……まさか、俺をここに閉じ込めるつもりで?」

 

 思わず声が震える。

 

「閉じ込める?」しかし山辺さんは呆れた笑いをこぼす。「一体何のために?」

 

 怖気づく俺に構わず山辺さんは先に用具室の中に入り、こちらを向いて上向きに手を招く。

 

「逃げんなよ。今からお前に、良い景色を見せてやるから」

 

 そう言うと彼女は、部屋の床にあった金属製の跳ね上げ扉を開く。

 

 するとその下、暗闇の中に梯子が長く続いているのが見えた。

 

「ここ、降りるぞ」

 

「は? 何を言って――」

 

「黙ってついてきな」

 

 俺には困惑する余裕さえ与えられなかった。

 

 言われた通り、俺は恐る恐るそこを下る。

 

 こんなところに降りて、俺に一体何をさせたいのだろうと思い、脱水症状を起こすかという勢いで冷や汗をかいていた。

 

 

 

 しかし実際に降りてみると、そこは真っ暗な通路になっていた。

 

 山辺さんは慣れた様子でスマホのライトを()け、俺の前を歩いていく。

 

 梯子の位置から50歩ほど、距離にしておよそ30mぐらいの通路を反対の端まで行くと、灰色のコンクリートの壁に溶け込むようにして存在する扉に突き当たった。

 

「あの、俺は今から地獄にでも連れて行かれるんですか?」

 

 不安から思わず声が震え、自然と丁寧語になってしまう。

 

 山辺さんは懐から何かを取り出しつつ、そんな俺の弱音を一笑に付す。

 

「心外だな。これから私が案内すんのは――」

 

 取り出したICカードのような物が、扉のドアノブの真横の何の変哲もない壁に触れると、小さなビープ音が鳴り響く。

 

 彼女の手がドアノブを掴み、開かれる。

 

 暖かな色の光が漏れ出してくる中で、彼女は俺の方に振り向き、ほくそ笑んだ。

 

 

 

()()()()()()()()()()だよ」

 

 

 

 なんだ、ここは……。

 

 入って一度(ひとたび)驚き、見回して二度(ふたたび)驚く。

 

 広々とした空間、高い天井、不思議なほどに澄んだ空気。

 

 そこは先ほど通ってきた通路とはとても比べ物にならないほど、壁も天井も清潔に保たれ、全体がオレンジ色の電灯によって隅々まで照らされていた。

 

 扉から出た先には広い踊り場がある。見たところ、出口は俺たちが出てきたこの1か所のみのようだ。

 

 それから扉を出て右を見ると、学校の廊下2本分はありそうな広い幅をもった、大きな階段があった。

 

 目測だが、踊り場と階段の下までの高低差は、普通の建物の1.5階ほどもあるように見える。

 

 ここまででも十二分に異常なのだが、さらに問題なのがその階段を下りた先だ。

 

 そこには学校内で見たような作りの廊下と部屋が、かなりの長さにわたって続いていた。

 

 加えて、どうやら廊下は一本だけではないらしく、手前の階段脇と奥の突き当りのそれぞれ左側にさらに道があるようである。

 

 ……こんな場所が学校のすぐ地下にあったとは。

 

 

 

 呆気に取られていると、山辺さんが横から「ぬっ」と覗き込んできた。

 

「これのどこが地獄に見えるって?」

 

「うおっ!? い、いや、全然地獄なんかじゃなかったです……!」

 

「分かりゃいいんだよ。ここが私()の秘密基地だ」

 

 彼女はそう言って愉しげな笑みを浮かべ、階段を下りていく。

 

 俺は黙ってその後ろに続く。

 

 ただただ、この見慣れぬオレンジ色の空間に圧倒され続けながら。

 

 

 

 ◇ ◇ ◆ ◆ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◇

 

 

 

 かくして、俺は階段から一番近い場所にある『96』と書かれた札が表示された部屋に通された。

 

 どことなく、俺がよく見知った生徒会室に似た内装の部屋。

 

 促されるままここまで付いて来てしまったが、よく考えれば、俺はこれから何かとんでもないことに巻き込まれようとしているのではないか?

 

 何か自分の身に危険が及ぶことがあれば、どうにかして逃げなければ。

 

 俺は、かつて学校で受けた不審者対応避難訓練のことを思い出し、いざとなったら何かしらの行動に移る気でいた。

 

 

 

 ところが、次に奥の扉を開けて入ってきた1人の少女を見て、そのような思惑は頭の中からすっきりと抜け落ちた。

 

 

 

「やあやあ! “地下校舎”へようこそ、新入り君っ!」

 

 

 

「!?」

 

 ほとんど物音のしない静かな空間に、突如として快活な声が轟く。

 

 一体誰がやってきたんだと、その制服姿で俺よりもひと回り背の小さい少女の風貌を見て、俺は驚愕した。

 

 ハニーブロンドのミディアムヘアをウェーブをかけ、ふんわりとさせた髪型。

 

 そして極めつけに、向かって左側のもみあげだけを伸ばし編み込んだ独特なチャームポイント。

 

 それは俺がよく知っている……いや、うちの生徒なら知らない者はいない、あの人。

 

 生徒会長の「土師(ともろ)八未(はつみ)」がそこにいた。

 

 

 

「いやあホントにありがと、ずーみ! ()()()()()()()するの、大変だったでしょ?」

 

「いや? 偶然にも教室で私達2人だけになるタイミングがあったから、その隙に、って感じだよ」

 

「それにしてもだよ。いやあ、助かるぅ~!」

 

 屈託のない笑顔を浮かべながら、彼女は山辺さんに向かってサムズアップをして、元気いっぱいに称える。

 

 そしてすでに置いてけぼりになっていた俺にも、苦々しい顔をして話しかけてくる。

 

「春川君もごめんねえ。急に銃を突きつけられて、こんな意味の分からない場所に連れてこられて、怖い思いさせちゃったよね」

 

「そ、そうですね……」

 

 なんだか、喉に過剰に力が入り、まともに発声ができない。

 

 俺はこの場所に対する恐怖とは別の恐怖を感じていた。

 

 山辺さんがまるで別人になったかと疑うくらい態度を一変させたのに対し、土師先輩があまりにも()()()()()()()()のだ。

 

「まあまあ、安心してよ。うちらは別に、君を取って食うためにここに呼んだワケじゃないんだしさ」

 

「それなら……一体何のために?」

 

 だが、俺がそう言った途端、その空間に満ちる静寂がどっと重くなったような気がした。

 

「何のためかっていうとね……君には教えておかないといけない事実があるから」

 

 先輩はさらに「今後のためにもね」と付け加えると、会長席には座らず、机に手をついて話し出す。

 

 

 

「ときに春川君、」

 

 声色がそれまでの浮かれたものから、(ゆる)みのない落ち着いたものに変わる。

 

「『超能力』はこの世に存在すると思う?」

 

「……何ですか、急に」

 

 思っていたのと明後日の方向からのアプローチが来る。

 

 その質問にすぐに反応できるだけの心構えは持ちあわせていなかった。

 

「そのままの意味よ。例えば、何もない場所から突然火を出したり、絵に描かれた物を実体化させたり……()()()()()()()()()()()とかね」

 

「――っ!」

 

 先輩の顔に不敵な笑みが浮かぶ。

 

 彼女の黄金(こがね)色の瞳が、俺の目を捉えて離さない。

 

 俺は視線を逸らそうとした。だがなぜか目が思うように動かない。

 

 瞬きをするので精一杯になる。

 

「まだ確信に至ってないようなら、教えてあげよっか」

 

 彼女の顔に浮かんでいた笑みが消えて無くなる。

 

 気付けば、目の前にいる先輩がいつも通りではなくなっている。

 

 背筋に寒気が走る。

 

「あの時にあなたが見たのは、正真正銘、山辺泉の脳内に蓄積された過去の記憶たちだよ」

 

 視界の端に、山辺さんの感情の読めない目が映り込む。

 

「ねえ、どうして? どうして急にそんなものが見えたんだろうね?」

 

 分からない。

 

「そうだよね、分からないよね」

 

 え? 俺はまだ何も――

 

「でもせっかく来てくれたんだし、今回は特別に教えてあげるよ。春川君、簡単に言うと君はね――」

 

 

 

「他人の記憶あるいは過去を読み取る能力、『サイコメトリー』の能力者なの」

 

 

 

「……さいこめとりい?」

 

 何と言って返事をすればいいのか分からず、俺は椅子の背もたれに体重を預けたまま茫然とする。

 

「そう、SF系の映画とか小説とかに出てくるアレ。君はもう紛れもない『超能力者』なの」

 

 言葉の意味は分かるのに、理解ができない。

 

 存在するというのか? この世界に、超能力というものが?

 

 

 

 

 

「まあ、そんなすぐ信じられるワケないよね」

 

 困惑する俺をよそに、先輩は声音をパッと明るく切り替える。

 

 俺の体を支配していた緊張感が、煮立った鍋の蓋を取ったときに出る湯気のように霧散していく。

 

「私たちと違って、君はごくふつうの人生を送ってきた一般人だったんだし」

 

「それはそうだろ。下手したら、まだ自分が夢の中にいると思ってても可笑(おか)しくない」

 

 先輩が俺と話している間に机の上で手を遊ばせていた山辺さんは、ニヒルな笑みを浮かべ、首をゆらゆらと横に振る。

 

 まさに彼女の言う通りで、俺はまだどこか、これが悪い夢である可能性を信じていた。

 

 あまりにも急に展開が進みすぎる。これが現実であれば、もっと色々な手順やら段階やらを踏むものじゃないのか。

 

 不安で思考がこんがらがる俺をからかうように「あははっ」という朗らかな笑い声が部屋の中に響く。

 

「確かに、もし同じような立場に立たされたら、さすがの私も自分の正気を疑っちゃうかもなあ」

 

 気付けば、先輩の顔にはいつも通りの笑顔が戻っていた。

 

 そして、学生鞄の中からおもむろに物を取り出した。

 

「ゴメンよ春川君! 先に衝撃的なニュースから言っといた方が、後々楽かなあって思ったからさ」

 

「あ、いえ……俺はもう何が何だか……」

 

 なんだかよく分からないまま、俺は目の前に出された黒いカードのような物を受け取る。

 

 見たことがある物のように見えたそれは、山辺さんがこの空間に立ち入るときに持っていたものと同じ物だった。

 

「受け取ってくれてありがと! それはこの地下校舎に入るための鍵、そして私たち『裏生徒会』の会員証でもある、魔法のカードです。というわけで春川君、改めまして――」

 

「あの、今なんて――」

 

 途中で聞こえた謎の言葉が気になる。しかし、俺の言葉が聞き入れられることは無かった。

 

 こっそり席を立っていた山辺さんは机を回り込み、

 

 今、俺の右側に()()()()、左側に()()()()()()が立ち塞がった。

 

 

 

「『裏生徒会』へようこそ」「これからよろしく」

 

 逃げ場はもうどこにも無かった。

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