仮面ライダーツルギ Triangle Victim SPiral   作:大ちゃんネオ

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Another World

 合わせ鏡が無限の世界を形作るように、現実における運命も一つではない。

 同じなのは欲望だけ。

 全ての人間が欲望を背負い、そのために戦っている。

 そしてその欲望が背負いきれないほど大きくなった時、人は────ライダーになる。

 ライダーの戦いが、始まるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 静寂の中に挿し込む、吹き込む風のような音。

 それ以外の音は不自然なまでに響かない。

 生命の一つたりとも、世界に存在しないかのよう。  

 

『ッ……!』

 

 海岸沿いのとある洞穴。入り口には立ち入り禁止の看板が立てられているが、その文字は鏡写しに反転したものであった。

 ここは、鏡の世界。

 ミラーワールド。

 仄暗い洞穴の闇に灯る紅いバイザーが不規則に点滅していた。

 乱れた心臓の鼓動のようでいて、徐々にその光が弱まっていく。

 黒い剣士、仮面ライダー刃の命が今にも尽きようとしていた。

 

『ぐっ……ぁ……アリス……』

 

 艶のない黒刃の太刀を支えにするも、膝をついて立ち上がることもままならない。

 肩を激しく上下させ、呼吸。だが、それが余計に刃の身体を死へと近付ける。

 黒い鎧は無数に穿たれ、血が溢れ出ていく。

 

『はあ、手間取らせてくれましたね』

 

 闇の中に妖しく光る紫の瞳が刃を見下ろしていた。

 紫、桜、金で彩られた華美な鎧が砕け散るようにして変身が解除されると、長い黒髪を揺らす黒いセーラー服の少女が露となる。

 その少女の大きく黒い瞳もまた、仮面ライダー刃を見下していた。

 

『無駄に力をつけて……。それも結局、彼のものですが』

『……』

『製造責任ってやつです。生んでしまって、ごめんなさいね』

 

 仮面ライダー刃を蹴飛ばし、一瞥もすることなくその場を後にする少女アリス。

 力なく倒れる仮面ライダー刃の命の灯火は今にも消えようとしていた。

 だが、だからこそ。

 この火を消させはしないと最後の抵抗を。

 運命への反逆を。

 洞穴の天井が砕け、舞い降りるは白き刃の飛竜。ドラグスラッシャー。

 

『これ、を……あいつに……』

 

 最後の力を振り絞り、白いカードデッキをドラグスラッシャーへと託す仮面ライダー刃。ドラグスラッシャーは器用にデッキを口で受け取ると、その様子を見た仮面ライダー刃は満足し、身体から全ての力が抜けてなくなる。

 仮面ライダー刃の身体が粒子となって消滅していく。

 ミラーワールドで命を落とすとは、こういうことである。

 仮面ライダー刃の消滅を見届けたドラグスラッシャーは羽ばたき、遺言を守るために空を飛ぶ。

 ミラーワールドに、この世界に、仮面ライダーを生むために。

 

 

 

『さぁて、そろそろあちらも動く頃合ですが……』

 

 洞穴を抜け、山林の中を歩くアリス。余裕ありげな歩みは少しずつ歩調が乱れていき、ついには立ち止まりアリスは顔を歪ませ左の脇腹をおさえた。

 黒いセーラー服に薄らと滲む赤いもの。

 脇腹をおさえていた左手は、血で濡れている。

 

『出来れば、自分の目で見ておきたいのですが……。流石に、骨が折れました……』

 

 刃との戦いでついた傷が開き、アリスの顔は汗ばむ。

 やがて足から力が抜けて、その場に崩れたアリスは瞳を閉ざし闇の中へと落ちていく。

 

『燐、くん……』

 

 気絶と覚醒の狭間、少女は少年の名を口にする。

 無意識下で出た名前ということは、アリスにとってその少年が特別であることを意味していた。

 

 

 

 

 

 

 

 放課後の学舎は運動部のかけ声や吹奏楽部の演奏で賑やか。

 我らが聖山高校はどこにでもある普通高校のようでいて、ちょっと変わった学校である。

 やたらと部活が多いのだ。

 運動部も文化部もたくさん。入学から半年近く経つけれど、未だに初めて存在を知る部活があるぐらいなのだから。

 特に、夏休み明けの文化祭間近のこの時期の熱量は半端ないと先輩達から聞いていたが、想像以上の熱気だ。

 夏の暑さだけでなく、人の、生徒の文化祭へと向かう気持ちがどこか浮わついた雰囲気を校舎に纏わせている。

 だが、そんな楽しい気分とは裏腹なニュースが目に入る。

 

「うわ、行方不明者また増えてる」

 

 最近のニュース記事などが貼られた掲示板に昨今、この聖山市を騒がせている連続失踪事件についてのものがあった。

 夏休み前ぐらいから、ぽつぽつとニュースになっていた行方不明者達。

 夏休みに入ってからその数が増加し、今日の始業式でも話題に挙がっていた。

 性別、年齢、職業など行方不明者に共通点のようなものもなく、犯人の手がかりも見つからない奇怪な事件として警察の捜査は難航しているとの噂を聞く。

 ただ、強いて言うと……行方不明者の割合では女子高生が多いとか。とはいえ、それも微々たる差だというが果たして。

 それに、一介の男子高校生の自分が考えたところでどうにもならないものだ。そう話題に区切りをつけたところで僕が所属する部の活動場所に到着した。

 地学室というだけあり、我が部の活動場所には鉱石だとか化石だとか標本だとかが多い。

 入部したての頃はそういったものに毎日心をときめかせたが、今ではどれもいつもと変わらない日常のひとつの風景となっていた。

 

「おつかれさまでーす」

「お、来たな!」

 

 入室した僕に気付いた男子の先輩が笑顔で近づいてきた。

 

「天才と呼ばれた剣道少女の新たなる挑戦! この記事評判いいぞ~! 燐!」

 

 ご機嫌な我らが聖山高校新聞部の部長が、最新号を片手に笑顔を向ける。

 褒められるのは、純粋に嬉しいことだ。

 

「ありがとうございます! 部長や先輩達のご指導あってこそです」

「ま、俺の指導が良かったというのもあるが、一年でこれだけやれりゃ大したもんだ!」

 

 わっはっはっと本当に上機嫌で笑う部長。

 こんなに上機嫌なのは、僕が先日書いた記事が理由。

 全国大会にも出場するほどの剣道の腕前を持つ、影守美也さんという同級生がいるのだが、一年前に事故で右手を負傷。後遺症が残ってしまい、日常生活なら不自由はないが、剣道など手を使った激しい運動が出来なくなってしまったのだ。

 そんな彼女だが、めげずに様々なことに挑戦していることを知り、取材を申し込み夏休み中密着という形で彼女を挑戦を取材、応援した。

 手を使わないスポーツということで、女子サッカー部に体験入部した姿を追ったのだが、自分も中学時代はサッカー部だったので自主練に付き合ったりもして、今では普通に友達として結構仲良くなれたと思う。

 そして、自分でもなかなかの記事が書けたと自負していたが、こうして周りの人から評価されるとやはり嬉しいものである。

 部長も笑顔だし、人を笑顔に出来たというのは誇れることだろう。

 と、思っていたのだが。

 

「部長」

 

 シンと、どこか背筋に冷たいものが走る感覚がした。

 それは僕よりも、呼ばれた部長の方がより明確に感じただろう。

 

「な、なんだよ咲洲……」

 

 上機嫌だった部長の顔が引き攣り、僕達からは離れた出入口近くの席で何かの雑誌に目を通している女子生徒。

 咲洲。咲洲美玲。

 それが、彼女の名である。

 毛先の方をふわりとさせたボブヘアは乱れなく、ケアに力を入れていることがよく分かる。

 吊目がちで、高校生らしからぬ冷厳さから大人びた印象を与える瞳。左目の下には涙黒子があり、それがチャームポイントだと誰かが言っていた。

 色白で、肌荒れとは無縁そうで羨ましいと他の女子の先輩が言っていたのも覚えている。

 ここまで長ったらしく説明してきたが、簡単に言おう。

 美人である。

 だが、愛想はない。

 

「俺の指導、と言ったけれど。燐の指導係は私なんだけど」

「あ、いや、まあほら俺も部長としてな? 燐とは中学からの付き合いだし……なぁ?」

 

 そこで僕にパスしないでくれ。とも思うが、後輩らしく部長を助けようとした。

 したというのは、先に美玲先輩が口を開いたからだ。

 

「指導したのは、私、だけど」

「……すんません。調子に乗りました」

 

 部長沈黙。

 これだけで分かるだろうが、この新聞部においては部長以上に美玲先輩の影響力が大きい。

 だからといって、美玲先輩が牛耳っているというわけではない。

 二度目だが、美玲先輩は愛想がない。

 人間関係も狭く、あまり人と関わっている様子はない。

 別にコミュニケーション能力が低いわけではないのだが、もともと大勢よりも一人でいる方が好きなタイプなのだろう。

 美玲先輩が言ったように僕の指導係は美玲先輩で、美玲先輩に引っ付いて手取り足取り新聞部について教わり、そこで美玲先輩のコミュニケーション術や処世術のようなものはなんとなくは知っているつもりだ。

 愛想がない。というのもここまではっきり愛想がないのは逆にここでぐらいなもので、身内に対してそうなるタイプというのが正確かもしれない。

 取材中や先生、クラスメイトに対してそこまで辛辣になっているわけではないし。

 なんとなく当たりやすい部長や僕。中学からの数少ない友人という図書室の番人こと神前射澄先輩ぐらいだろう、こんなに愛想がなくなるのは。

 

「別に。気にしてはないから」

「気にしてないなら言うか……?」

 

 僕に小声で愚痴る部長。

 しかし、それは危険ですよ。

 

「何か言った?」

「いえ! なにも!」

 

 この通り、美玲先輩は地獄耳だ。

 

「それより、燐」

「は、はい! なんですか?」 

 

 ちょっとこっちと言われたので、美玲先輩のもとへ。

 美玲先輩はスクールバッグを開けて、薄いピンク色の紙袋を取り出すと僕に手渡してきた。

 

「これは?」

「さっき影守さんが来て、燐にって。取材のお礼だそうよ」

「え、いつの間に」

「燐と部長が来る前」

「おいおい。それなら燐が来た時にすぐ渡せば……」

 

 美玲先輩の鋭い瞳が部長に向けられる。

 こうなっては、黙ることしか出来ない。

 そんなことは気にせず、お礼とはなんだろうかと紙袋の中を確認する。

 

「お、クッキーだ。しかも手作り。うわーありがとうございますですねこれは……。お礼言わないとだ」

「どれどれ? おー美味そう! お前これひょっとして、来たんじゃないか?」

「来たって、何がですか?」

「そりゃお前、当然モテ」

「部長」

 

 またも、部長を咎める美玲先輩。

 今日はやたらと機嫌が悪いな。

 いつも機嫌が悪そうではあるけれど、それは雰囲気のせいなのでその実、機嫌の良し悪しが分かりにくい人ではあるのだけれど、今日は一段と機嫌が悪いようだ。

 刺激しないようにしておこう。

 刺激しないようにするには、ここから逃げ出すのが一番良い。

 

「お礼言わないとな~……。ちょっといってきまーす」

「こら燐! 俺を置いていく気か!? いや待て俺も行く!」

 

 部長には申し訳ないとは思っています。

 今の地学室は僕ら三人以外の部員は全員出払っているので、僕もいなくなるのが筋だろう……謎理論だけど。

 あと、今日やることなかったから。

 

「部長は次号の編集あるでしょう。文化祭の準備もあるし」

「う、うす……」

 

 それでは、お疲れ様ですと地学室を出る。

 美也さんを探して……の前に、メッセージでもありがとうって伝えておくか。

 歩きながらアプリを開いて、お礼の文章を打ち込み、一緒に今どこにいるか聞いてと。

 やっぱり、お礼は直接言いたいものだし……送信。

 あ、すぐ既読ついた。

 

「こちらこそありがとう! いい記事書いてもらったし! 今日は入部届出して、これから部室行くところ!」

 

 入部届ということは、正式に女子サッカー部に入るんだ。

 記事を書いていた段階では、もう少し考えてみるってことだったけど、そうか。

 なんだか、僕まで嬉しくなってきた。

 これはちゃんとお祝いしないとな。

 入部届出してこれから部室って行ってたから、職員室の方だな。

 案外すぐ近くにいるようだ。

 東棟と西棟を繋ぐ廊下を渡って、階段を降りてというルートだろうと絞りこんで向かう。

 おめでとうと、頑張ってねという気持ちで胸をいっぱいにしながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつになく陽気で、鼻歌なんかもつい歌ってしまうほどだった。職員室で女子サッカー部の入部届を出して、新しいスタートを切ったことで、ワクワクが止まらないし、御剣くんからメッセージ送られてきたのも嬉しいのに拍車をかけた。

 剣道と違う道を往くことにずっと躊躇いがあった。

 これまでの自分を否定するかのようで。

 でも、彼が背中を押してくれた。

 剣道を裏切るわけじゃないと、言ってくれた。

 それが何よりも嬉しくて、柄にもなくクッキーなんか焼いてしまって。

 直接手渡すのがなんだか怖くて、新聞部の部室にいた女の先輩にクッキーを預けてしまった。

 ……美人だったなぁ、あの先輩。

 肌とか髪の手入れとか、かなりしてるんだろうなぁ。

 それに比べて私は、剣道一筋でやってきたから美容とかの方にあんまり興味が持てなくて、大したこともしてこなかったんだけど……。

 階段を降りて、踊場にある鏡に映った自分と目があった。

 うわ、こうして見るとちょっとヤバいな私。

 若いからー!と気にしてこなかったけれど、おでこに出来たニキビが急に恥ずかしくなってきた。

 トレードマークのお団子も毛がぱっさぱさしてるし。

 見れば見るほど気になって止まらない。

 今まで、こんなことなかったのになぁ……。

 なんでだろ。

 ……彼からメッセージもらったから?

 いや、まさか。

 いや待てよと、スマホのメッセージアプリを開いた。

 そういえば、どこにいるか聞いてきたよね。私のこと探してる?  

 え、来ちゃう?

 ヤバいヤバいどうしよう。

 きっと御剣くんのことだから、クッキーのお礼直接言いたいとかだよあの子そういうことするタイプだもん。絶対にアプリでのやり取りだけで済まさないもん。

 どうしようもう食べちゃったかな。感想とか言われたらどうしよう。美味しくなかったとか言われたら凹む自信しかない。

 

「って、ああもう!  落ち着け私!」

 

 平常心、平常心。

 ……すぅ。

 よし。

 剣道で養ったメンタルコントロールが役に立った。

 とにもかくにも平常心。

 いつも通りで挑めば何にも怖くない。そうだよ御剣くんなんて、なんか弱っちそうだし何かされても私が勝つ!

 さあ来い、御剣燐!

 って、その前にニキビ隠そう!?

 お団子は流石にどうしようもないけどニキビだけは見られたくない!

 ええっと、ええっと隠すったってどうやって?

 前髪をもうちょっと左に寄せて……駄目だ元に戻っちゃう!?

 ピン! 

 ピンさえあればどうにかなる!

 

「ピン……ピンどこだっけ……」

 

 鞄を漁り、ピンを探す。

 あれ、あれ、どこだ。そんなことを繰り返している時に、ふと気付いた。

 

「え……。なに、これ……」 

 

 鏡の中の私がおかしかった。

 鏡の中の私に、荊が巻き付いていたのだ。

 どういうことか分からず、咄嗟に自分の身体を見ようと俯く。

 自分の身体に、荊など巻き付いていなかった。

 だが、依然として鏡の中の私には荊が巻き付いている。こんなこと、信じられない。

 なにがどうなっているの?

 パニックが、私の身体を動かさない。

 恐怖が、私の目を鏡から離さない。

 

 そして、鏡の中から荊が飛び出してきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 職員室から一番近い廊下を降りていく。

 ここを利用する人は少ない。先生ぐらいしか使わないようなものなので、部活の喧騒も遠く、さっきまでうるさいぐらいだった吹奏楽部の演奏も遠くにほんのり聞こえる程度。

 

「あれ、これって」

 

 階段を降りて、踊場の鏡の前。

 スクールバッグとスマートフォンが落ちていた。落とし物、にしては落とし過ぎだ。

 忘れ物、にしては乱雑過ぎる。

 不可解な状況。だが、困惑は焦りへと変わった。

 バッグから飛び出していたノートに書かれた名前。

 影守美也。

 

「美也さん……? 美也さん!」

 

 名前を呼ぶ。

 しかし、僕の声は静寂に染み込んでいくようで返事はなかった。

 状況が、異質過ぎる。

 寒気がする。

 おかしい、ここはよく知る学校のはずなのに。

 まるで知らない場所のようだ。

 きっと美也さんが放り投げたに違いないとか、暢気なことを考えたい。

 けれど、浮かぶのは嫌なイメージばかり。

 美也さんは、ここで────。

 

「ぐあっ!?」

 

 突然のことだった。

 後ろから、何かに首を縛られた。痛い、痛い!

 首に食い込んで、血が出ている。

 首に縛り付けられたそれから逃れようとそれに触れると、トゲが手に刺さって出血した。

 それでようやく、自分を縛り付けるのは荊であると気付いた。

 荊は僕を後ろへと引っ張っていく。

 おかしい、後ろは壁……鏡しかないはずなのに。

 背中が壁に触れると思った瞬間、身体が何かを通り抜ける感触があった。

 全身がその未知の空間へと引きずり込まれると、そこは一面の鏡面世界。

 上も下も右も左も鏡が乱反射する、未知の世界であった。

 綺麗なのかもしれない。

 しかし、今はそんなことを感じる余裕などない。

 

「うわぁぁぁぁ!!!!!」

 

 鏡の世界を抜けて、飛び出た先は校舎の中。あの踊場であった。

 けれど、おかしい。

 変だ。

 音がしない。

 命の気配がない。

 さっきまで遠くから聞こえていた野球部の声や吹奏楽部の演奏がまるで聞こえない。

 変わりに聞こえるのは、なんと表現すればいいのだろうか。

 甲高い、金管楽器をただ吹かしているだけのような。

 風が狭い穴を吹き抜けていくような。

 ただひとつ言えることは、とにかく不気味な音であるということだけ。

 

『キシャァァ……』

「ッ!?」

 

 更に、不気味な存在が目の前に現れる。

 荊が人の形を得たようなモンスター。こいつが、僕を……。

 

「あっ……!」

 

 荊のモンスターの足下に、それはあった。

 紺色のリボンとズタズタに引き裂かれた白いセーラー服。

 白に、朱色が。

 

「お前が、美也さんを……!」

『キシャッ!』

 

 荊のモンスターは僕を蹴りつける。

 僕をなぶり殺そうというのか、蹴り飛ばされ続けて、気が付けば中庭にいた。

 初めて晒される暴力。

 歩み寄ってくる死の恐怖。

 死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない死にたくない死にたくない。

 こんな奴等に喰われて死ぬなんて、嫌だ。

 

『シャァァァ……』

 

 不幸は続く。

 荊のモンスターの同族であろうモンスターがもう一体現れたのだ。

 もう一体は荊の身体に赤い薔薇をつけていて、勘ではあるがこちらの方が格が上なのだろうと察した。

 どうする。

 一体でさえ死を感じさせるに充分であるのに、二体に増えてしまえばただの死だけで済むのだろうかという新たな恐怖に襲われる。

 嫌だ、死にたくない。

 生きたい。

 僕は、生きたい。

 

 だが、現実は無情だ。

 荊のモンスターが左腕から新たに荊を伸ばして、鞭のように地面を叩きつけた。

 ああ、いよいよ殺されるのだな。

 受け入れたくはないが、受け入れるしかないのだと指先が冷たくなるのを感じた。

 

『シャッ! ……ッ!?』

 

 荊の鞭が僕に向かって振るわれる瞬間。空から、轟音が響いた。

 

『ゴアァァァァァ!!!!』

 

 それは、咆哮。

 空から流星のように降ってきた白いそれもまた、モンスターであった。

 モンスターではあるが、怖さよりもまず神々しさを感じたのは、それがドラゴンであったからであろう。

 正確には、ワイバーンと言うのだろうがこの際なんでもよかった。

 純白の巨躯。白刃の両翼。しなやかさと鋭さを併せる尻尾。少し長めの首は鎌首をもたげ、頭部には金の三本角が生えており、高貴さのようなものを感じる。

 そして刃のように鋭い黄金の双眸は荊のモンスター二体を鋭く睨み付けていた。

 

『シャ……シャァ!!!』

 

 荊のモンスターが無謀にも白いワイバーンへと向かって駆けていく。

 白いワイバーンは尻尾を太刀のように反らせ、その場で一回転。

 鋭い突風が周囲を切り裂き、荊のモンスターを両断。

 爆発が起きて、驚いた僕は尻餅をついた。そんな僕を見下ろす白いワイバーンは頭を揺らして口に何かを入れていたのか、僕に向かって白い何かを投げ渡してきた。

 

「これ、は……?」

 

 白い板状の何か。

 パスケースのようにも見える。

 表面にはワイバーンの顔を象ったのだろうか、三本角の竜の顔が金のエンブレムになっていた。

 ワイバーンはずっとこちらを見つめている。何かを訴えかけるように。

 何を伝えたいのかは分からないが、尻餅をついたままというのも間抜けだと思ったのでおもむろに立ち上がると、腰に銀色のベルトが装着された。

 無骨な鋼のベルト。

 これがファッションのためのものでないのは明白。

 バックルにあたる部分は何かを填めることが出来るようになっていて、ちょうど今、手にしているこのケースがサイズ的にちょうど良かった。

 

「……ッ」

 

 恐る恐る、バックルに白いケースを装填する。

 完全に装填されると、バックル上部の赤いクリスタルが光を放ち─────無数の虚像が僕に重なって、実像を得る。

 俯くと、純白のスーツとアーマーが目についた。

 顔も仮面で覆われており、白騎士とでも言いたくなるような姿に変身していた。

 校舎の窓ガラスに映る姿で初めて仮面のデザインを知った。ワイバーンに似た黄金の三本の角を持ち、緑光に輝く鋭いバイザー状の眼。

 ベルトの左腰には変身前にはなかった白い細剣が提げられており、武器を持っていることに安堵する自分がいた。

 剣なんて、握ったこともないというのに。

 

『シャアッ!!!』

 

 薔薇のモンスターが迫り来る。

 不思議と、さっきまで感じていた恐怖は消えていた。

 今、心は鏡のような水面────。

 

 振り上げられる怪人の拳。

 赤い薔薇が袖のようで、お洒落な奴。

 なんて、思えるぐらいには余裕があって、モンスターの動きがスローモーションになったかのように見えて。

 ああ、僕は、今、こいつを斬るんだな。

 

 左手が逆手に腰の細剣を抜いた。柄頭が薔薇のモンスターを打撃。モンスターが後退する隙に細剣を右手に持ち替えて袈裟懸けに切り裂いて、更に横一閃に切り抜いて。

 動ける。淀みなく、動ける。

 なんで、どうしてという疑問の尽くを今は斬り捨てる。

 そう動くことが自然という風に、細剣スラッシュバイザーをくるりと回し左手に持ち替え、ナックルガードの下部を引くと閉ざされていたワイバーンの翼が開いてカードの挿入口が現れる。

 右手はベルトのバックルへ。

 デッキから、カードを引き抜いてスラッシュバイザーの挿入口へカードを挿入し読み込ませる。

 

【SWORD VENT】

 

 電子音声がカードを読み上げると、戦いを見守っていたワイバーンが羽ばたき舞い上がり、ワイバーンから僕に向かって白い太刀が飛来してくる。

 太刀を手にし、だらりと身体から力を抜く。

 構えることもせず、太刀の切先も地面に向けて、脱力。

 ゆらり、ゆらりと薔薇のモンスターへと歩み、間合を詰める。

 僕にかかる労力は少ない。

 僕はただ、こうして待てばいいのだから。

 

『……! シャァ!!!』

 

 恐怖が、敵を突き動かす。

 あとは、斬るのみ────。

 

「……ッ!」

 

 力をこめるのは一刹那の内だけ。

 太刀を振るう一瞬。特に、刃がその肉に触れるその瞬間だけでいい。

 宙を舞う、荊の肉体。断ち切られたことを理解出来ぬまま歩を進めていく足が、通りすぎて向かう先は────。

 爆発。

 斬った、殺した、死なせた。

 あの異形を。

 美也さんを食い殺した奴等を。

 こいつらは……。

 茫然自失のまま足が動いて、窓ガラスから元の世界に戻った。

 僕のすぐ近くで、僕と関わりのあった人が、死んだ。

 誰にも知られずに、行方不明として扱われるんだ。

 今、この街で起きている連続失踪事件の正体はこれだったんだ。

 点と点が繋がって、真実に気付いて、身体が震える。

 あんな鏡の中から襲いかかってくる怪物に人間が対抗出来るわけがない。

 この街は奴等の狩場になってしまっていたんだ。

 

「でも、これがあれば……」

 

 右手に握るデッキケースに目を落とす。

 この力さえあれば、少なくとも自分は安全……。

 いや、自分だけそんなの……。

 

「燐」

 

 誰もいなかった廊下に、その姿があった。

 

「美玲、先輩……」

「燐。そのデッキを渡しなさい」

「え……」 

 

 その言葉に衝撃を受けて、身体が石になったようだった。鋭い瞳が僕を射抜くようで、思考はただ一つに集約している。

 なんで、美玲先輩がデッキのことを。

 放課後の学舎、夕陽に染まる刻。

 青春に勤しむ生徒達の声が遠くなっていく────。

 

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