仮面ライダーツルギ Triangle Victim SPiral 作:大ちゃんネオ
約束していた待ち合わせ場所に夕花ちゃんはいなかった。
いたのは、憔悴していた夕花ちゃんのお母さん。それから、交番のお巡りさんもやって来た。
話を聞くと、トイレに行った夕花ちゃんが戻ってこないらしい。探しても、どこにもいないと。
それから、僕も夕花ちゃんを探し始めたのだ。
「夕花ちゃーん! はあ……はあ……」
結構遠くまで来たが見つからない。
最悪の想像ばかりが、現実味を帯びていく。
そんなはずはない。
そんなはずはないと言い聞かせる。
モンスターに、襲われたなんて、そんなことあっていいはずがない。
「……まだ、探してない場所なんてたくさんあるはずだ」
再び、駆け出す。
夕花ちゃんは、生きてる。
ひょっこり顔を出すはずだ。
そしたらもう、ただじゃおかないからな。
こんなに人を心配させて。
「夕花ちゃん! 夕花ちゃーん!」
右手に望むは太平洋。
トンネルを抜け、カーブに差し掛かった道の途中。また、別の最悪が頭を過った。
海難事故。
海に落ちてしまったなんてことは、ないだろうか。
トイレに行って、海を見て……。
「ああ、くそ!」
頭を振る。
とにかく、絶対に探し出すんだ。
再び走り出す。
走って、走って、通りすぎていった人がいた。
同年代の女子、だが。
あまり場所に似つかわしくない、現代的な少女だ。
髪は金に緑のメッシュを入れて、メイクも濃い。ヘッドフォンまでしている。
物珍しくはあるが観光地ではあるから、そういう人がいたっていい。
そんなことよりも夕花ちゃんを探すのが先だ。
『その子の後をつけなさい』
「えっ」
足が、止まる。
頭の中に声が響く。
女性の声だ。知らない、女の人の。
幻聴?
分からない。ただ、なんとなく。
その声に、従うことにした。
つけろと言われたので、息を潜め、足音を消し、気配を殺し、気付かれないよう、尾行を始めた。
『そうよ、それでいい。そして残酷な真実を知りなさい。その果てに、あなたという剣がどうなるか。見せてもらうわ』
ミラーワールドとも違う四方八方が鏡の世界の中。御剣燐を見つめる白い女の影、コアが愉しげに呟いていた。
魔性の存在により突き動かされる燐が辿り着く先とは何なのか。
答えはもうすぐ、明かされる。
梅島についた。
燐にメッセージを送った後、久しぶりに外に出て燐の後を追った。
あの彼女と燐が出会うことに、焦りを感じたというのもある。
それでも、ただ燐に会いたかったというのが一番の理由だ。
約束があるかもしれない。
それが終わった後でもいい。
燐の顔が見たかった。
燐の声が聞きたかった。
また、燐に……抱き締めて、ほしかった。
メッセージを送っても、今はあの子と会っている最中だろう。恐らくいるであろうあたりを探して、遠目から観察でもすればいい。
「……射澄がいたら、立派なストーカーだとでも言いそうね……」
だとしてもいい。
燐に会いたい。
燐は、どこ?
ヘッドフォンを常用しているのには理由がある。
自分の中で絶え間なく流れ続ける音をかき消すためだ。
音。
幼い頃、父と母は決して良好な関係にあるとは言えなかった。そんな人同士で、どうして一緒に暮らしていたのか子供心にも分からなくて、でも理由を聞くのは怖くて、ずっと父と母の口論に耳を塞いできた。
もし、聞いてしまったら。考えたくもないけど、聞いてはいけない言葉を聞いてしまいそうで。
それが怖くて、耳を塞いでいた。
そんなある日、いつものように口喧嘩をしていた父と母だったが突然、母の声が聞こえなくなった。
口喧嘩が途絶え、もしかしたら仲直り出来たのかもしれない。
幼いあーしはそう思って、扉を開けた。
そこに、いたのは。
父。ひどく、興奮した様子で肩を上下に揺らして呼吸していた。
母。倒れていた。
「ママ……?」
反応したのは、母ではなかった。
そこにいたのは父ではなかった。
獣、とでも言おうか。
血走った眼。
呼吸は荒く、言葉にもならない怒声を上げて、絵本で見た怪物か獣のような存在に命を狙われた。
運良く、隣の人がいつも以上にヤバい事態だってことで警察を呼んでくれていたから、今でもこうして生きている。
ママも幸い命に別状はなく、退院後に父と別れ、好きでもないお酒を客と飲む仕事をして、苦労しながらも親子二人で特別不自由はない生活を送ってきた。
ただ、あれ以来。
あーしの耳にこびりついて消えない。
あの男の。怪物の声が、ずっと聴こえている。
ぼんやりと、海を眺めている。
波。穏やか。
水の音というのは、人間に安らぎをもたらすことが研究で分かっているとかなんとか。
ヘッドフォンを、外してみた。
「っ────」
すぐ、ヘッドフォンをかけ直した。
やはり、駄目だ。
人ごみだとか、雑音があれば多少はあの音に悩まされないけど、こういう静かな場所では鮮明にあの音を聴いてしまって、いけない。
「聴いて、みたいなー」
波音。
まだ、こんなことになる前、ママに連れて行ってもらった海で、貝に耳を当てたことがある。
海の音がする、と。
幼い記憶だけど、あーしはあの音が好きだった。
デッキを手に取り、願いを記したメモリアカードを引き抜く。
SILENCE、静寂。
静けさを、私の中で叫び、唸り、轟くあの音を、あーしは消し去りたい。
そうすれば、きっとまた……。
『仮面ライダーメア。昏見夕花は殺せましたか』
「……アリスじゃーん」
浜に打ち上げられていたガラスの浮き玉に光と共に映りこむアリス。
アリスが現れる時、モンスターが現れる時同様のあの音が響く。この音はいい。私の中の音をよくかき消してくれる。
「殺せはしたと思うけどー。ちょっと逃げられちゃったー」
『そうですか……。まあ、いいでしょう。もともと死に体の身でしたから』
「……報酬がてら聞かせてよー。なんでわざわざこんなことしてるのー?」
神前を殺させ、昏見夕花を殺させ。自分でライダーにして後は自由に殺しあえとか言ってたくせに。
『……ライダーバトルに不要と判断したからです』
「それだけー? 昏見夕花ー? あんなんいつ死んでもおかしくなかったと思うけどー。わざわざ殺せって言うぐらいだから、よっぽどじゃーん?」
よほどの事情がなければ、わざわざこんなことはしないだろう。
アリスははぐらかす気満々で……。
「今、なんて言った」
声がした方を向く。
さっき、すれ違った男の子だ。
『燐、くん……なんで……』
アリスが茫然とした様子で呟いていた。
……ああ、この子は多分、白いあいつだ。
「君がツルギくーん? こんなとこで会うとか奇遇じゃーん?」
「今なんて言ったって聞いてるだろ……! 夕花ちゃんを、夕花ちゃんをどうした!」
まともに話を聞いてくれない系かー。
熱くなりすぎてるし。
こういう手合には真実という冷や水をぶっかけてあげましょうー。
「ライダーバトルで殺しましたけどー。それが何かー?」
「ライダーバトルで……? 夕花ちゃんが、ライダー……?」
「そうだよー。君と違って、戦いを止めるとか言わない真面目なライダーだったよー。まあ、弱いから死んじゃったけどねー」
「ふざけるな!」
「ふざけてないし。真面目だし。ライダーなんだから、殺し殺されの関係でしょー。覚悟の上ってやつー? 自業自得だよねー」
願いのために戦う。
ライダーと戦う、ライダーを殺す。
その点で言えば、あの昏見夕花はツルギくんよりまともなライダーだ。
アリスはライダーバトルに不要だからあーしに殺すよう命じた。あーしに言わせれば、戦いを止めようとするこいつの方がライダーバトルに不要だ。
頭茹で上がってるうちに、殺しちゃおー。
「ほら、ライダー同士なんだからさー。戦わないとだよー」
デッキを見せつける。さあ、どうするツルギくん。
こんな時でも戦いを止めるとか言い張るー?
ツルギくんは俯いて、デッキを見つめていた。
後悔とかしてるのかなー。後悔先に立たずってこういうことだねー。
「お前だけは……お前だけは絶対に許さない……!」
「いい顔になったじゃーん」
鋭い殺意。
こいつも所詮、ライダーってこと。
あーしと同じ、ライダー。
『待ちなさい!』
アリスが止めに入る。
なに言ってるんだろう、こいつ。
さんざん、あーしらを殺し合わせたくせに。
今更止めようとするとかなに?
一言文句を言ってやろうとしたら、アリスはガラスの浮き玉から消えていた。
あの独特の気配も感じられない。
消えた?
まあいい。邪魔する奴がいても仕方がない。
これで心置きなく戦える────!
砂浜の上に立つ二人のライダーが剣を構えて睨みあっていた。
白刃を握り締め、腰を低く落とし太刀のような瞳で敵を睨み付ける白き剣士、仮面ライダーツルギ。
クリアーな蝉の羽のような刃の双剣を気だるげに携え、弄ぶコバルトグリーンの戦士、仮面ライダーバンジィ。
今にも戦いが始まろうとしている。
だというのに。
『どういうことですかコア!』
テーブルを挟み、白い女の影が優雅に紅茶を楽しもうとしている。
『どういうことも何も、私はライダーバトルを円滑に進めようとしているだけよ』
『なっ……! それは全て私が行うと!』
『一人を贔屓して、せっかくの戦いを止めようとしたでしょう。せっかくライダーバトルがもう少しで終わるって頃合いなのに、二の足踏んでる場合?』
『でも燐くんは!』
『彼も仮面ライダー。仮面ライダーは戦わなければならない。仮面ライダーと。ほら、始まるわよ』
映し出される光景を見つめることしか出来なかった。
怒りで剣を振るう燐くんという、痛ましい光景を。
「ぜあぁぁぁッ!!!」
太刀が白い軌跡を描く。
斬撃を防御したバンジィの双剣からは激しく火花が散り、その威力を物語る。
「っ……やばいっしょー……」
「逃げるな!」
縦横に振るわれる太刀を後退し回避しながらデッキからカードを引き抜いたバンジィはヘッドフォン型の召喚機の右耳を叩き、カードを装填する。
【SYNCHRO VENT】
「ふふー」
上段、からの逆袈裟。
バンジィはツルギの剣を読み取り、余裕綽々という風に回避。
「チッ!」
「君の攻撃は当たらないよー」
「だとしても、お前だけはッ!!!」
バンジィはツルギの太刀を回避し左手に持った剣で斬りつける。ツルギはそれを身を捩り容易く回避するが、回避した先を右手の剣が狙っていた。
ツルギの左肩が斬りつけられ、火花を散らす。
「ぐっ!」
「心を読めるって、避けるだけじゃないんだよー」
バンジィにはツルギの考え、行動が手に取るように分かる。
ツルギの攻撃は躱され、回避すれば先を読まれバンジィの攻撃を喰らう。
本来のツルギならば、冷静に対処出来るものではあるが、バンジィへの怒りが、己への怒りが、ツルギを冷静ではなくしていた。
頭に血が昇り、バンジィを倒すことばかり考えるツルギは本来の力を発揮出来ない。
斬撃が、ツルギを襲う。
「剣の腕がすごくてもー心を読まれたら終わりだよねー!」
「ガッ!?」
全身から火花を散らし、砂浜に倒れるツルギ。だが、まだやられたわけではない。
意識は充分。
あいつを、夕花の仇を討つと闘志は滾っている。
けれど、心を読む相手をどうやって倒す。
策はなく、右手には太刀を、左手には砂を、悔しさから握り潰しそうなほどの力がこめられる。
「ふふー。今日だけで一気に2キルー」
「……!」
「どうするー? 君も逃げるー? あの子みたいにー」
「っ……!」
「死にたくないって、さー」
「────」
白き仮面の奥で、瞳が見開かれる。
その言葉を聞いた瞬間。怒りが頂点に達した瞬間、御剣燐の身体を駆け巡る血流が一瞬の停滞。再び、血液が動き出す。
透き通る思考、視野。
見開かれた瞳は切先に似た鋭さを持つものへと変わり、バンジィを睨み付けて威圧。
熱を帯びていた身体は深海に沈んだかのように冷えきり、強張った筋肉は柔軟性を取り戻し、重くなっていた身体は羽のように軽くなる。
「な、に……?」
その異様な気配にバンジィは後ずさっていた。
ゆらりと立ち上がるツルギはまっすぐバンジィを見据え、歩き出す。
「……いや、ビビんなよあーし……。あいつが何をするか、あーしには分かんだから……!」
歩むツルギを凝視するバンジィ。
シンクロベントの効果さえあれば、ツルギが何をしようが先を読んで回避も防御も攻撃だって出来る。
それ故に、バンジィはツルギの心を覗き込み、ツルギの心に耳を澄ませた。
「────」
「っ!?」
馬鹿な、あり得ない。
バンジィに叩き付けられたのは理解不能の四文字。
何も、見えないはずがない。
何も、聞こえないはずがない。
なのに。ツルギの先が、読めない。
心が、読めない。
「────」
「がっ!?」
バンジィは、ツルギに飲み込まれる様を幻視した。
イメージとして、脳が無理矢理理解しようとして作り出した幻像。
純白に飲み込まれていく。
これは闇だ。
真白い闇。
黒かろうが白かろうが、視界を覆い隠すものは全て闇だ。
だが、バンジィに何よりも恐怖を植え付けたのは視界を覆い尽くす白よりも。
無音。
音のない世界。
声のない世界。
声、心の声。
何もかもが聞こえない。夏音鳴羽の魂にこびりついて離れない父の声すらをも純白に還し、夏音鳴羽から音を奪い去った。
「なに、これ────」
耳を押さえ、膝をつくバンジィは恐怖に身体を震わせる。
ジリジリと迫るツルギという存在。
あれはなんだ、人間なのか。
分からない。分からないという恐怖。
未知なるもの。例外。道理から外れたもの。
理不尽。
心を読めなかったライダーなどいなかった。この力でバンジィは多数のライダーを屠ってきた。
無敵の能力と思っていたものが、覗いてはいけないものを覗いてしまった。
そうして理解する。
きっとあれは、ツルギは、心を切り捨てたのだと。
『ふふふ、あははっ! 見なさいアリス! あれが、あれが研ぎ澄まされた者よ!』
無数の鏡に映るツルギを見て嗤う白い影。
嫌、嫌、あんなの燐くんじゃない!
止めないといけない。いけないのに、見えない何かで椅子に縛り付けられているよう。
『離しなさいコア!』
『ダメよぉ。言ったでしょう、仮面ライダーは戦わなければならないって』
『違います! 燐くんは、仮面ライダーツルギは!』
『違わない。彼も所詮、仮面ライダーだってこと』
それは違う。絶対に違う。
だって燐くんは、燐くんは。
叫びたいけれど、喉すらもコアに掌握されて声を出せない。
瞳まで、彼の戦いを強制的に見つめさせる。
意思と裏腹に、私の身体は私のものではなくなっていた。
ツルギの太刀を受け、バンジィの剣は容易く弾かれ剣のみならず身体のバランスすら崩してしまう。
砂の上を滑稽に舞うバンジィを冷徹に追うツルギはバンジィが正面を向いた瞬間、太刀の切先を仮面に向けた。
「────」
「っ……! なんなんだ、お前ぇ!!!」
がむしゃらに双剣を振り回すバンジィに対し、ツルギは極めて冷静であった。
否、冷静ではなく慌てふためく心を持ち合わせていない。
ただ、繰り返された攻撃に対応するだけである。
太刀で冷静に剣を跳ね返す。バンジィもただやられるつもりはなく、反撃に転じようとする。跳ね返された勢いを利用し回転。双剣を重ね、ツルギを切り裂こうとするもツルギは後退して回避。更にツルギもまた独楽のように廻る。廻りながら太刀を背に回し、右手から左手に持ち換えると追撃してきたバンジィへとカウンター一閃。
逆手に持った太刀でバンジィの胴を切り裂く。
「がぁッ!?」
「────」
血飛沫のような火花と共に吹き飛ぶバンジィは背中から海面へと叩きつけられる。
立ち上がろうとするが、痛みがそれを許さない。
腹部を押さえ、荒い呼吸を整えようとして、乱れる。
「ぎっ……! い、痛い……!」
「────」
「ひっ……!」
迫るツルギ。
陽光を反射する白刃をだらりと垂らし、一歩、また一歩と歩を進める。
その様にバンジィ、夏音鳴羽は己が死を幻視した。
生きている者が自身の死を見てはならない。
正気など、保てるはずがないのだから。
「あ、ああああああああッ!!!!!!!!」
痛みすら忘れ、咄嗟に起き上がったバンジィはデッキからカードを引き、召喚機へと装填。
【FINAL VENT】
バンジィの契約モンスター、ノイシケーダが飛来。
羽音を鳴らし、バンジィの背に合体。空を舞い、右足を突き出しツルギへと加速。
「やあぁぁぁぁ!!!!!」
「────」
バンジィ必殺のソニックエアレイドを前にしてもツルギの様子は変わらない。
ただ、待ち受けるのみ。
そう、待てばいい。その時を。
太刀が鳴る。握り直し右足を前へ。腰を低く落とし蛇が這うように。いや、龍が翔るように。
ツルギが閃く────!
「────」
陽光煌めき白い光が放たれたかのよう。
バンジィの視界は白に覆われる。
純白の中で、斬。
切り裂くは、バンジィの背に纏わりつくノイシケーダ。
「なっ!?」
勢いそのまま、ツルギの後方へと飛んだバンジィだがノイシケーダは真っ二つ。
ノイシケーダの爆発に、バンジィは巻き込まれた。
砂の上を転げたバンジィから美しいコバルトグリーンの色彩は失われ、灰色のブランク体と呼ばれる姿へ。
爆炎に焼かれ、煤け、爛れた仮面と鎧。
ライダーとしての戦闘力は失われた。
勝敗は決した。
勝敗、とは。
ライダーバトルにおける勝敗とは。
「────」
倒れたバンジィへと、太刀を突き立てる。
ツルギは、その太刀を────。
「燐────!」
「────あ」
少女の叫び声にツルギは、御剣燐は呼び戻される。
道路に備えられたカーブミラーに映り込む、咲洲美玲の姿を見つけ、自分が何をしようとしていたのかを理解する。
「あ、ああ……僕、は……」
よろめき、膝をつき、太刀を手離す。
僕が、殺そうと、した?
そんな、いや、でも。
夕花ちゃんを殺したあいつを殺してやると、そう思った。
「あ、あの……」
あのライダーへと声をかけるが、いつの間にか消えていた。
逃げたのか。
逃げるだろう。
殺されかけたのだから、誰だってそうする。
しかし、深い傷を負わせたはずだ。動くのだって難しいだろう。
僕も現実世界に戻って……。戻って、どうする?
また、あの人を────殺そうとでも言うのか。
「燐」
「あ……美玲先輩……」
変身した美玲先輩が、目の前に立っていた。
「何があったの」
「美玲先輩……僕、僕は……!」
「戻りましょう」
優しい声色だった。
そっと差し出された手を掴み、僕は現実世界に連れ帰られた。
海がオレンジ色に染まりつつあった。
夕焼けの中、ベンチに座ってぽつぽつと美玲先輩に何が起きて、自分が何をしようとしたのかを語った。
「夕花ちゃんを殺したって、あいつが言って……それから戦って、殺そうとして……」
「友達を殺されたのよ。そう思ったっておかしくない」
「でも僕は人間を守るために……ライダーバトルを止めるために戦おうって、そう決めたのに……」
「人間に絶対なんてない。人間は感情に支配される生き物だから」
「それでも、僕は……。夕花ちゃんを、守ってあげられなくて……。ライダーだなんて、知らなくて……」
後悔ばかりが胸の中にあって、もうどうしたらいいか分からなくて。
泣く資格もないのに、涙ばかり出てきて。
「そうだ、あの人……あの人、探さないと……。かなりの傷のはずだから……」
「燐! 無茶しないで。燐だって、ボロボロなのよ」
「僕は怪我なんて……」
「怪我じゃない。心の方」
「大丈夫ですから! 僕はっ……!」
抱き締められる。
美玲先輩の胸元に、押し込まれる。
優しく頭を撫でられ、あたたかい。
「燐……」
「美玲先輩……」
「射澄が死んだ時、こうしてくれたでしょ。だから、ね。落ち着くまで、こうしてるから」
「美玲、先輩……! う、うぁぁぁぁ……!」
負傷した身体を引き摺り歩く少女の影がトンネルから出て夕日を浴びる。
乱れた呼吸。壊れたヘッドフォンがずれ落ちるが、鳴羽はそれに気付かない。
「……あ……い、や……」
鳴らない世界。
父の怒声は聞こえない。
あの声を、音を消し去ったが、必要以上に音というものが削がれてしまった。
無音。
鳴羽の耳は、音という波を寄せ付けない。
ノイシケーダの爆発に巻き込まれたからか、それよりも前からか。
ツルギの心を覗き込んだ時にはもう、そうなっていたのかもしれない。
ツルギの心を読み聞こうとして、叩き付けられた虚無。
何も聞こえない。
静寂を望んだ鳴羽だが、何も聞こえなくなることを望んだわけではない。
「ツ……ル、ギ……」
殺意に溺れる鳴羽に映るのはあの純白の剣士。
自分から音を奪い去ったツルギを、殺さなければいけない。
聴覚を取り戻すにしても、ライダーバトルで願いを叶えるしか方法はないだろう。
しかし、メモリアカードに刻んだ願いは静寂。聴覚を取り戻すというものではない。
願いの変更は可能なのか、アリスに訊ねるしかない。
さっきまで話していたアリスはどこへ。戦闘になる前までいたのだ。突然消えたあいつ。
どこに、どこに────。
それは、不運だろう。
だとしても、不運もまた運命。
歩道のない道路。トンネルを抜けたトラックの運転手は余所見をしていた。
気付いた時には遅く、クラクションを鳴らそうとその音が彼女に届くことはなかった。
鳴羽を襲った強い衝撃。宙を舞った鳴羽は海へと落下し、二度と浮上することはなかったという。
ああ、どうして。
何故、こんなことに。
願いを叶えるために始めたライダーバトルのはずだったのに。
戦いを進めれば進めるほど、願いから遠ざかっていく。
なんで、あの女が燐くんを抱き締めるの。
どうして私じゃないの。
私の方が燐くんのことを愛しているのに。
私の方が先に燐くんと出会ったのに。
なのに、どうして。
どうして、あの女が。
『大丈夫よアリス。あなたが願いを叶えれば、今は他の女に想いを寄せようと、いずれあなたのものになるのだから。だから、頑張ってね。アリス』
そう言い残し、コアは消えた。
ミラーワールドに一人。
現実の世界を映し出すこの世界にたった一人。
ずっと一人でいた。
そんな私の前に現れた、運命の人。
御剣燐。
私の友達。
でも、友達は終わり。
それ以上を私は望む。
お願いだから、私を見て。
また、あの時のように私に微笑んで。
それ以外、私はいらない。
私はただ、あなたと共にありたい。
そのためにも────。
『ライダーバトルを終わらせる。私の、勝利で』
桜色のデッキを握り締め、沈む夕日に背を向ける。
終わらせる。
願いを叶える。
これ以上、彼とあの女を近付けさせてはいけない。
我慢ならない。
だから、もう。
燐くんが人間を守るだなんて言わなくていいように。
戦わなくていいように。
私が、勝つ。