仮面ライダーツルギ Triangle Victim SPiral   作:大ちゃんネオ

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Final Gate

 金網が揺れる。

 苛立ちを隠せない片月瀬那が殴り付けたからだ。

 

「くそ!」

「瀬那……」

「金草の奴、あいつの目的は喜多村をまたライダーにすることだったんだ」

 

 相方である撒菱茜にそう言うと、瀬那は金網のフェンスに身体を預けた。

 苛立ちと戦闘での疲労による脱力感があり、忌々しげに夜空になりつつある空を見上げた。

 

「でも、喜多村とツルギで潰しあってくれればさ!」

「共倒れするようなタマじゃねえよ。あいつら。どっちかって言えば喜多村と金草が潰しあってくれるのが一番いい。金草は、自分が戦うために喜多村のデッキを奪い返したんだろうしな」

 

 あのクソゲーマーめと吐き捨てて、瀬那はフェンスの反動を利用してフェンスに預けた背を離すとそのまま歩き出した。

 その後を追いかけて隣に立った茜が瀬那の顔を覗き込み、瀬那の仏頂面とは打って変わりニコニコと笑う。

 

「んだよ、気色悪い」

「気色悪いとは失礼な! 暗い雰囲気より明るい方がよっぽどいいんだよ!」

「……ふん」

「ねーねー、それより、晩ごはん何にする?」

「……ナポリタン」

「ふふっ、好きだねぇ」

 

 そう言うと思ったと言う茜。

 瀬那はお見通しとでも言いたげな茜にほんの少し腹を立て、茜の臀部に蹴りを放つのだった。

 

 

 

 

 

 

 窓越しの夜空に、メタリックグリーンのデッキを浮かばせる。

 全国展開している喫茶店の窓際の席に彼女達はいた。

 

「うおー! 愛しのデッキちゃん! 戻ってくるなんて、これからは絶対何があっても君を離さないぜー! ムチュッ!」

 

 銀髪を風に靡かせ、喜多村遊は自身のデッキに情熱的な口付けしていた。

 愛しい愛しい闘争のために必要なデッキ。これなくしてライダーバトルはあり得ない。

 

「取り返してやったんだから、お礼のひとつでもしてよ」

「もちろん! いいものあげるからさ」

 

 そう言って、大きなグラスに注がれたメロンソーダを一気に飲み干す遊に遥は怪訝な視線を向ける。

 いいものとは、一体。

 期待しているわけではないが、果たして何なのかと気になって仕方ない。

 遥は自分のコーヒーに手をつけ、遊は大きなカツサンドを頬張り今度はお冷を飲み干す。

 

「はあー食べた食べた。さて、お腹を満たしたところでいいものをあげよう! 手ぇ出して」

「あん? ……ほい」

 

 遊に向けて右手を差し出した遥は訝しむ。

 今この場で何か渡せるようなものを果たして遊が持っているのかと。

 そして、遊はテーブルの上に置かれた紙切れを一枚、遥の手に乗せると立ち上がって、笑顔を向ける。

 

「それじゃ、よろしく!」

 

 スタスタと去っていく遊から紙に目を落とす。

 紙を裏返すと、商品名と金額が記されていた。

 総額2750円。

 

「伝票じゃん! 」

 

 咄嗟に遊を追いかける遥はなんとかして遊に自分の分を支払わせるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 愛、とは。

 子が親から受けるものが愛ならば、氷梨麗美にとっての愛とは。

 

「やめっ……!」

 

 殴る。

 柔らかい肉が拳に纏わりつくような、それでいて硬い骨に当たるのが絶妙なハーモニーを奏でている。

 

「いっ!? もうやめてくださいお願いしますお願いしますお願いしますお願いします」

 

 どうして、みんな謝るのだろう。

 痛いのは、愛なのに。

 照れ屋さんが多いのかな。

 

「次は綾姫の番だよ。ほら、殴って」

「ひっ……ごめんなさい! ごめんなさい!」

 

 どうして謝るのだろう。

 愛し愛されたいだけなのに。

 

「麗美、この女はもっと愛が欲しいんじゃないかしら? 欲張りさんねぇ」

「瑠美。そっか、そうすれば愛してくれるかな私達のことも」

「きっとそうよ麗美。だから、情熱的にいきましょう」

 

 一人、交互に話しているようにしか見えないが、たしかに会話しているのだ。

 異様な光景に見たものを恐怖させ、綾姫はもう壊れる寸前であった。

 まるで生活感のないマンションの一室に閉じ込められてどれほど時が経ったか分からない。

 そんな中で暴行を加えられ続ければ、人は容易く壊れる。

 肉体も精神も。

 しかし、そこを上手くコントロールしているのが麗美であった。

 食事は与える。

 睡眠を取らせる。

 トイレや風呂も当然使わせている。

 特別意識しているわけではないが、両親にそうされてきたから、麗美もまた同じことをしているに過ぎない。

 また、逃げようとすれば麗美と契約しているモンスターに喰われてしまうことは実証して見せたので綾姫に逃げるという選択肢はなかった。

 蜘蛛の巣に捕らわれたら、逃げられはしないのだ。

 そうして、また愛を受け止める。

 歪な愛を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 繁華街のベンチに座っている愛舞穂のもとに男のグループが声をかけていた。

 ナンパ、ではなく知り合いのようで気軽なやり取りを交わしている。

 

「おっ、ラブちゃん元気〜? 最近見ないからさ、心配だったよ〜」

「本当か〜? どうせ他の子達とよろしくやってたんでしょ〜」

「いやぁ、最近物騒だから女の子達大体お家に引っ込んじゃってさ〜」

「そうそう。お外で遊ぶんじゃなくてお家で遊んでたよね!」

「外でも家でもやること変わんないっしょお前ら〜」

 

 ゲラゲラと人目も憚らず笑い声を上げる男達と愛舞穂。

 ひとしきり笑うと、男の一人が愛舞穂を誘った。

 

「これからアツシんちで飲むんだけど来る? ミナとかも来るよ」

「未成年を酒に誘うなし〜」

「真面目だ! 俺、真面目な娘好きなんだよ」

「え、じゃあ行くわ」

「おいこら! わはは、とりま行こうぜ〜」

「でもな〜アツシの部屋汚ねぇからな〜」

「それな! 掃除しろよ!」

「してるわ! お前らが汚してくんだろうが!」

 

 そうして、愛舞穂は男達に連れられてマンションに入った。

 時間が経つにつれ、飲みの参加者が増えていく。

 男も女も馬鹿騒ぎ。

 そんな調子なので、隣室の住人が抗議に出た。

 眼鏡をかけた中年の男性が眉間に皺を寄せインターホンを鳴らす。

 乱痴気騒ぎがドア越しに聞こえてくる。

 誰も出る様子はなく再度インターホンを押す。

 やはり、出ることはない。

 いよいよ男性は我慢ならず、扉を強く叩いた。

 

「ちょっと! あんたらうるさいよ!」

 

 すると、途端に部屋の中は静まり返ったようだった。

 いよいよ、誰か部屋から出てくるかとでも思ったが誰も出てこない。

 物は試しと男性はドアノブに手をかけると、開いた。

 恐る恐る扉を開けると玄関には男物も女物も関係なく靴が散乱しており、予想以上の人数が部屋にいるらしいが様子がおかしい。

 人がいる気配がないのだ。

 

「誰か、いませんか」

 

 返事はない。

 だが、冷たい風が入り込んでいた。

 窓を開けているのか、恐る恐る部屋に入っていく。

 リビングには、酒の入ったグラスや缶が散らばっていた。

 鞄や来客達のアウターなども床に投げ捨てられているようだった。

 人がいた形跡はあるが、人がいない。

 様子がおかしい。

 これだけの人数があれだけ騒いでいたのが忽然と消えたようだ。

 あり得ない。

 普通ではない。

 男性が恐怖を感じた瞬間、背後で床の鳴る音がした。

 

「いけないんだぁ、おじさん。勝手に入っちゃダメでしょ〜」

 

 振り向くと、空崎愛舞穂がにこやかな顔で立っていた。

 

「き、君は……他の人達はどこに行ったんだ……。たくさん、いたんだろう」

「うん。みんないたけど、騒がしいから違うとこに行ったんだ〜。誰の迷惑にもならないところに」

「ち、違うところ……うっ!?」

 

 突然、男性の横腹に強烈な痛みが走る。

 俯けば、巨大な赤い牙が男性を挟み込んでいた。

 そして、断末魔を上げる間もなく男性はガラス戸へと吸い込まれていく。

 マンションから立ち去った愛舞穂は鏡に映る建物に目を向ける。

 マンションには愛舞穂が契約しているムカデ型モンスター、ピードレッドラーが張り付いて、無数の足で自由自在に駆け回っていた。

 

「ごめんね〜。ライダーバトルに勝つためだから、さ」

 

 力を蓄え、愛舞穂は激戦を生き抜くつもりでいる。

 願いのために他のライダーを殺すのも、モンスターにそこらの人を与えるのも同じこと。

 自分のために、愛舞穂は往く。

 この狂った闘争を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぼんやりとした意識の中でもはっきり分かる、とても良い香りがした。

 甘いけれど、過剰ではない。女性的な、上品な香り。

 そういえば、どこかで嗅いだことがあるような……。

 どこで、だったか。

 考えていると、美玲先輩の顔が浮かび上がった。

 たしか、水族館に行った時にふわりとこの香りを感じ取った覚えがある。

 

「起きた? 燐」

「え……えっ」

 

 意識がようやくはっきりした。

 目の前に浮かび上がっていた美玲先輩の顔はイメージではなく確かにそこにあったのだ。

 美玲先輩はベッドの傍らに椅子を置いて、僕の様子を見ていたようだ。

 なんで、そんなことに?

 とにかく状況を整理する。

 どうやら寝かされていたらしく、身体を起こす。

 いい布団とベッドで、よく眠れた満足感が身体にはあるが浸っている場合ではない。

 なにより自分のベッドでもなければ、ここは自分の部屋ではない。

 

「大丈夫、燐?」

「えと、その、なんで僕は……」

 

 何から尋ねていいか分からず言葉が詰まる。

 そんな僕の様子を察して、美玲先輩が説明してくれた。

 

「街を歩いてたら燐がふらついていたから、家に連れて寝かせていたの」

「ってことは、ここは……」

「私の家……の、私の部屋」

 

 えっ、と言いそうになったのを堪える。

 あまり部屋に物がなくて、美玲先輩の部屋というイメージがなかったからだ。

 机とベッドと結構大きめな収納スペースだろうか? 壁に戸があるぐらいで、机もベッドも飾り気のないシンプルな部屋。

 強いて言うなれば、壁にドライフラワーが飾られているぐらいだろうか。

 いや待て。

 僕は美玲先輩のベッドに寝かされているのか……!?

 

「すいません美玲先輩! すぐに出ますから!」

「別に気にしてないから」

「でも!」

「燐なら、いい」

 

 まっすぐな目でそう言われると何も言い返せなくなる。

 そのままでいいからと美玲先輩は前置いて、今度は美玲先輩が僕に質問してきた。

 何が、あったのかと。

 全てを話した。

 仲間が出来たと思ったら、裏切られて、大勢のライダー達から襲われて、戦って、ライダーがまた死んだと。

 

「そう……。それで、また泣いてたのね」

「え……」

「私が燐を見つけた時、泣いてたから」

 

 泣いたって、仕方ないのに。

 涙を流したところでライダーバトルが止まるわけがない。

 そんなことが出来るなら、とうの昔に平和を訴える涙を流した人々のおかげで世界から争いは無くなっているだろう。

 

「燐には、笑っていてほしいのに」

「美玲先輩……?」

 

 美玲先輩の白い手が、僕の頬を撫でた。

 細くしなやかな指先が僕という存在を確かめるように触れる。

 

「ライダーバトルのせいで、燐は涙を流すのね……。燐に、こんな戦いを知られたくはなかったのに」

「僕も、美玲先輩にライダーバトルになんて関わってほしくありません」

「燐……」

 

 潤む瞳が、僕を映していた。 

 そうして、少しの躊躇いの後、美玲先輩は意を決したようだった。

 

「燐」

「はい」

「もし、私がライダーバトルをやめる方法があるって言ったら、燐は私の言うとおりにしてくれる?」

 

 美玲先輩が、ライダーバトルをやめる……?

 それは、願ってもないことだ。

 そのために僕に出来ることがあるなら、なんだってしてみせる。

 

「……ごめん。狡い言い方ね」

「そんなこと、ないです。美玲先輩は、僕にとって大切な人ですから。なんだって、力になります」

 

 美玲先輩が息を飲んだのが分かった。その瞬間、何かの堰が破られたような感覚を抱く。

 そうして、美玲先輩が僕に向かって飛び込んできた。

 背中に回された手が、強く僕の背を掴んで離さないようでいた。対照的に僕は自分の手をどうすればいいか分からず泳がせるしか出来ない。

 

「あの、美玲先輩……?」

「……して」

「え?」

「愛して、私のことを。ずっと、永遠に」

 

 ————はい。

 

 口が、何よりも先に動いていた。

 考えるでもなく、本能的に。

 反射的にではない。

 僕はずっと、美玲先輩を。

 咲洲美玲という人を、想っていた。

 それなのに、何故だろう。今の今までこの感情をどこかに置いてきてしまっていたようだ。どうかしている。

 僕は、こんなにも彼女を愛していたというのに。

 抱き締めていた。

 もう二度と離さないと。

 ああ、僕は愚かだ。

 彼女の口からこのような事を言わせてしまうなんて。

 

「燐……! 燐!」

「はい、美玲先輩……」

 

 名を口にされるだけで愛が止まらない。

 名を口にするだけで愛しくて仕方ない。

 

「愛しています、美玲先輩」

 

 彼女の熱が愛おしい。

 暖かく、たしかにそこにあるのだという実感。

 愛し愛されることの多幸感に言葉はいらない。

 

 

 そうして、幾許かして。

 親には友達のところに泊まると連絡を入れた。色々言われたけれど、なんとか許可を取り付けたのでもう心配はいらない。

 部屋の照明を落としたのは美玲先輩の要望だった。

 部屋は閉じ切って、カーテンもしっかり閉めて、鏡には映らないように布をかけた。

 映すものはいま、この部屋には存在しない。

 あるとすれば僕と彼女の瞳だけか。いや、もう瞳には彼女しか映っていないし、彼女の瞳には僕だけが映っていればいい。

 こんな独占欲が自分にあったことに驚きつつも、どこか納得するところがあって、自嘲の笑みが出た。

 

「誰にも、邪魔させない」

 

 強張った様子で、僕に背を預ける美玲先輩が呟いた。

 身体を隠すシーツを握る手も震えている。そんな彼女の手に、そっと僕の手を重ねる。

 

「燐……」

「はい」

「……緊張、しないの」

「えっ。緊張、ですか? えと、してない、です?」

「……してくれないんだ」

 

 僕の顔を見上げ、子供のように小さく頬を膨らませる美玲先輩が可愛らしい。

 いつもは頼り甲斐のある、大人びた人という印象だけれど、こうして寄りかかられると自分との身長差が思ってる以上にあったことに驚く。

 意外と美玲先輩は小さくて、包み込めてしまいそうで、可愛らしい。

 守りたい。

 

「ふふ、緊張はしてないですけど、ドキドキはしてますよ?」

「……余裕そうなの、腹立つ。……もしかして、したこと」

「ないですよ」

「じゃあ、はじめてっぽい反応して」

「はじめてっぽい反応って、どんなですか?」

「それは、その……緊張? したりとか」

「美玲先輩もよく分かってないじゃないですか」

「うっさい」

 

 また機嫌を損ねさせてしまっただろうか。

 でも、美玲先輩の新鮮な反応を見るのが楽しくて、ついこんな風になってしまう。

 さっきから悪戯心が鎌首をもたげて仕方ないのだ。

 なので。

 すう、と指の腹で美玲先輩の脇腹を撫でる。

 

「んっ……ちょ……」

「どうしました?」

「……変態」

「美玲先輩が可愛いから、つい」

「ん……」

 

 あれ、もっと色々言われるのを覚悟していたのだけれど。

 

「……燐」

「はい?」

「いい、から」

「何がいいんですか?」

「んん……!」

 

 美玲先輩が身体ごとこちらを向いて密着してくる。

 そのままベッドに身を預けて、倒れ込んで、身体を重ねる。 

 夜が更けて、時間も置き去りにして、熱に身を任せて、愛を刻んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 惨劇、とは。

 悲鳴と、救いを求める声があって初めて成立する。

 幸せを打ち壊してこその惨劇。

 

 痛い、痛い、いや、死にたくない、お兄ちゃん。

 

 そんな声を聴いて、肉体があったならばと悔やんだ。

 きっと、口角が上がって嗤いたくて仕方なかっただろうに。

 人間はこういう時、酒というものを飲むらしい。

 愉悦。

 いつか、浸ってみたいものだ。

 

『いつか、一緒に楽しみましょうね。今日子……。今は貴女と見られないのが残念だけれど、あなたの娘と、あなたが望まなかったから生まれた子が苦しむ様を、ね……』

 

 鏡は笑う。

 少女達を惑わせる鏡が。

 

 

 

 

 

 

 

 部屋がほんのりと明るくなったことで目を覚ました。

 身体を寄せて眠る美玲先輩の寝顔が幸せそうで、こっちまで嬉しくなる。

 そっと起き上がり、美玲先輩の髪を撫でた。

 愛おしい。

 こんなに愛おしい人、世界でただ一人であろう。

 ふと、机の上の時計に目が行った。

 6時過ぎ、か。

 一応今日も学校があるわけで、急な泊まりの連絡を親にしたものだから早めに家に戻った方がいいだろうか。

 

「ん……」

 

 美玲先輩も目を覚ましたようだが、あまりいい目覚めとは言えない。

 朝に弱いのだろう。

 起き上がりはしたけれど、目が全然開いていない。

 

「おはようございます。美玲先輩」

「……りん……おはよ……」

 

 覚醒しきってないようで、美玲先輩は僕の左肩に寄りかかって二度寝を決め込もうとしていた。

 ここは美玲先輩の家なので先輩は二度寝しても構わないだろうけど、僕は一旦帰らなければいけない。

 帰りますよということだけでもしっかり伝えておかないと。

 

「美玲先輩、起きてくださーい」

「……んん……キス、して……」

「はーい」

 

 啄むような口付け。

 寝起きで少し渇いた唇の感触はお互い様だろう。

 それはそれとして……まるで起きる気配がない。

 

「美玲先輩〜?」

「もう一回……」

 

 仕方ないなと再びキス。

 

「しましたよ?」

「ん……ぎゅって、して」

 

 注文が多いけれど、嫌な感じはしない。

 言われたとおり、ぎゅっと抱き締める。

 

「美玲先輩〜?」

「……すう……すう……」

「もう、甘えん坊なんだから」

「……冗談よ」

 

 僕から離れ、すくっと起き上がる美玲先輩だがまだ目は半開きである。

 本当に朝に弱いらしい。

 

「燐が朝に強いだけよ……」

「心を読まないでください」

「そんなことしてない。燐が分かりやすいだけ。ともかく、帰るんでしょ。今日も学校あるし」

「そうですね……。ライダーバトルなんてやってる身ですけど、学校行かなかったら行かなかったで色々言われますから」

 

 ベッドから出て、僕も美玲先輩も着替えながら会話する。とはいえ、しっかり服を着込んだのは僕だけで、美玲先輩は淡いブルーの下着姿であった。

 なので必然的に美玲先輩の方が先に着終えていて、暇を持て余したのか、じっと美玲先輩は僕のことを見ていた。

 見られるのはいいとして、やたら真剣な目をしていたから気になってしまう。

 

「えと、何かありました?」

「友達の家に泊まるって、親御さんには言ったのよね?」

「そう、ですけど」

 

 何が言いたいのだろう。

 疑問に思っていたら、美玲先輩は僕に歩み寄って首筋から鎖骨にかけて指を当てた。

 

「朝帰り、キスマーク……完璧ね」

「えっ、えっ、ついてるんですか?」

「そうね。ギリギリ服で隠れるか隠れないかってところ」

 

 美玲先輩はそう言って、悪戯っぽく笑みを浮かべる。

 冬服であれば学ランで隠せただろうが、衣替えまであと二週間もない。

 そんな絶妙な時期になんてことだ。

 親に、特に母さんに見つかったらなんと言われるか!

 

「ふふっ、慌ててる」

「だって、見つかったら絶対、絶対なんか言われるじゃないですか!」

「知ってる? キスマークって自然に消えるまで十日ぐらいかかるのよ」

「怖いこと言わないでくださいよー!」

 

 そんなもの、どうすればいいんだ。

 十日の間、必死に隠し通すなんて生活は嫌だ! 

 絆創膏で隠すのは絶対怪しまれるだろうし、なによりボロを出す自信しかない。

 

「はいはい、隠してあげるから。そこ座って」

「隠す……?」

 

 そう言われ、ベッドに腰掛けると美玲先輩は自分のものであろう化粧道具のケースを机の下から持ってくる。

 中から、黒いケースを取り出す。ケースの蓋を開けると小さなパレットのようだ。

 それと太めの筆を取り出す。

 たしか、コンシーラー、だっけ?

 

「はい、じっとして」

「はい……」

 

 少し、くすぐったい。

 そして、パッと塗ってすぐに終わるかと思えばそうではなかった。

 下地から塗って、徐々に肌色に近づけていって、パウダーまでつけられた。

 

「これで大丈夫」

「そう、ですか? 鏡見てないのでなんとも」

「本当に大丈夫だから。今はからかってない」

「さっきまではからかってたって認めるんですね……」

 

 とにかく大丈夫ということだから大丈夫なのだろう。

 信じることにする。  

 

「でも、これ十日ぐらいはこうして隠さないと、ですよね」

「そうよ。喜びなさい。うちに来る口実が出来るでしょう」

「そんなのなくたって来ますよ。彼氏ですから」

 

 そう言うと、美玲先輩は見たことないぐらい眩しい笑顔を見せてくれた。

 僕にとって、太陽よりも眩しい輝きであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 燐くんの気配がしない。

 どうして、どこに行ってしまったの燐くん。

 燐くんが誰かにやられたとは考えにくい。ミラーワールドであればすぐに分かる。

 けれど分からないということは、あちらの世界で何かあったかもしれないということ。

 まずは燐くんのお家から探す。

 燐くんの家が、家族が羨ましかった。

 明るくて、笑顔が絶えないお家。

 あんな家の一人になれたらと何時思っただろう。

 幼い頃の記憶は霞がかっているが、それでもたしかに私はあちらの世界で生まれ育った。

 母と兄がいたのは確実だ。

 兄に関しては、今では憎いという感情が強い。

 兄がいなければ、燐くんは仮面ライダーになることもなかったのに。

 いえ、ですがこうしてライダーバトルに利用出来る仮面ライダーという存在を誕生させたことは感謝しましょう。

 

『燐くんを奪ったもので、燐くんを取り戻す……。それが、私の……』

 

 燐くんの家に到着し、玄関を開けた瞬間。嫌な気配が漂っていた。

 負の感情の渦が発生しているような、感覚。

 

『……! これ、は……』

 

 荒らされた部屋。

 人がいたであろう痕跡はあるが、それよりもどうして。

 

『だって、ここはモンスター達に襲わないようにと……。それが、どうして!?』

 

 扉が開く音が向こうからした。

 

「ただいまー。母さん? 父さん? 美香ー?」

 

 燐くん、今まで一体どこに行って……!

 いや、それよりもこんなところを燐くんが見てしまったら!

 

「え————」

 

 燐くんが、現実のものとしてこの光景を受け止めていた。

 何度も、何度も家族に呼びかけていた。

 

「父さん……! 母さん! 美香! いるんでしょ……ねえ、いい加減出てきて……」

 

 目があった。

 あってしまった。

 絶望に染まりそうな目で、私を見つめていた。

 

『燐、くん……』

「アリス……お前が、やったのか」

『え?』

 

 そう、か。

 この状況は最悪過ぎる。

 誤解されてもおかしくはない。

 

「お前の、せいか?」

『ち、違っ……! 私は!』

「どうして……どうして僕から、こんな……お前はなんなんだ!」

 

 私を映し出す鏡を乱暴に掴み取り、燐くんは鏡を床に叩き付けた。

 飛び散る鏡の欠片に映し出される燐くんの姿は、私の知っている優しい燐くんとは違うもの。

 

『落ち着いて、話を聴いてください! 私は今、あなたを探してここにやって来た時にはもう……』

 

 必死に弁明した。

 けど、言葉は届かなかった。

 割れた鏡から、音もなく現れたツルギの鋭い瞳が私を睨み付ける。

 

『燐、くん……。私じゃない、私がやったんじゃ』

「お前を倒せば、ライダーバトルを止められる。モンスターのことだって、きっと」

『お願いです! 話を聞いてください! 私じゃありません!』

「……信じられるか」

『え……』

「ライダーバトルなんてものを仕組んで、たくさんの人が死んだんだぞ! 無関係な人だって、たくさん、たくさん死んだんだ! お前の言うことなんて……信じられるか!」

 

 彼から向けられているのは確かに殺意と憎悪であった。

 優しい燐くんからは程遠い感情。

 私の知ってる、燐くんは、こんな、こんなこと。

 ツルギが剣を抜く。

 明確な、殺意をもって。

 

「お前だけは殺す。お前は人間じゃない、モンスターだ!」

 

 いや、いや、いや。

 こんな風になるために、ライダーバトルを始めたんじゃない。

 私は、燐くんのためにライダーバトルを始めたのに。

 それなのに、こんな、こんなの……。

 振り上げられる剣を見つめた。

 ああ、本当に殺すつもりなのかと。

 私の知っている燐くんは、こんなことしない。

 そうだ、おかしくなってしまったんだ燐くんは。

 仮面ライダーなんかになって、戦いをするようになってしまったから。

 

 ————だから、私が救ってあげないと。

 

「ッ!?」

 

 床を突き破り、蔦がツルギの四肢を拘束する。

 

「これは……モンスターか! くそっ! うああっ!?」

 

 蔦は伸びて、天井を突き破る。

 天井にぶつけられた衝撃がツルギの脳髄を襲う。

 

「くっ……あ……ッ!?」

 

 揺さぶられた意識を素早く正常にゆり戻す。

 拘束された状態では何も出来ない。

 

「ドラグスラッシャー!」

 

 契約モンスターの名を叫ぶと、青天を切り裂き白刃の飛竜が飛来する。

 ドラグスラッシャーの翼の刃が蔦を断ち切り、ツルギを救い出すとドラグスラッシャーは落下するツルギをその背に乗せて飛行を続けた。

 それを追いかけ、無数の蔦が地の底から出でツルギを追う。

 後ろからも、左右からも、正面からも、龍の頭のような器官を持つ蔦がツルギとドラグスラッシャーをつけ狙う。

 

「なんだ、これは……! モンスター、なのか!?」

 

 どこまで逃げても、街の至るところから現れる蔦の異常さにツルギは恐怖を覚えた。

 

『ええ、モンスターですよ。ただし、サバイブにより強化されたモンスターですが』

 

 アリスが蔦の上に立ち、空へと上がる。

 そして、一枚のカードを天に掲げ声高らかに召喚する。

 アリスの契約モンスターの名を。

 

『大地を支える龍よ、今こそ隆起せよ。神吞地龍(しんてんちりゅう)ドラグランド・マヤヴィオラ!』

 

 大地が、鳴く。

 空中を飛ぶドラグスラッシャーとツルギにすら伝わる震動。

 聖山の街を八つ裂きにして建物を飲み込み、地底から光を瞬かせ現れしは街一つを容易く飲み込めそうなほど巨大な口を持った翡翠の龍。

 身体のあちこちからは枝のようなものが伸びて、様々な色の花をつけており、植物が龍と化したかのよう。

 最早、身体の九割は頭ではないのかという体型をしているがこれで全貌が明らかになったわけではなさそうだ。

 地底より連なる巨躯が、どこまで巨大かまるで想像出来ない。

 また、顔を守るかのように双頭の龍が炎を吐き、水流を放って街を更地へと変えていく。

 

「こんなモンスターが、地下にいたなんて……! あんなのが現実世界で暴れ出したら……!」

 

 ドラグスラッシャーを方向転換させ、ドラグランド・マヤヴィオラへと向かっていくツルギだが、地底から迫る蔦の猛追によってドラグスラッシャーごと地面へと叩き落とされてしまう。

 

「うあああ!!!」

 

 ドラグスラッシャーは家屋の屋根を突き破り墜落。

 一方のツルギは再び蔦に捕えられ、あたかも十字架にかけられたかのよう。

 

「くそ! 離せ! ドラグスラッシャー!」

 

 ドラグスラッシャーの名を呼ぶが、ドラグスラッシャーもまた蔦によって地面に磔にされていた。

 

「アリスゥ!!!」

 

 怒りに任せて叫ぶと、アリスは一瞬ツルギへと目を向けた。

 その瞳を見たツルギは、燐は、言葉を失くしてしまった。

 なんて、悲しい目をしていると。

 そうして、アリスはツルギへと背を向け少女達を誘った。

 

『少女達よ。終わりの刻、最後の扉はまもなく開かれる。ライダーバトルを始めなさい』

 

 

 

 

 家で朝食を軽く準備していた美玲は突然の頭痛に膝をついた。

 いつもとは比べ物にはならないレベルのミラーワールドからの音は脳を突き刺すような痛みとなって現れた。

 そして、アリスの言葉が響く。

 

「終わり……? 最後の扉……?」

 

 頭を押さえながら言葉を反芻する。

 そして、何よりも大切な人の顔が脳裏に浮かんだ。

 

「燐……!」

 

 きっと、彼は戦いを止めるために行くだろう。

 一人では危険だ。明らかにこれまでの戦いとは違う異様さに危険を告げる警報が最大限と言ったところ。

 自分の願いは既に叶っている。

 けれど、きっと燐は行くと確信した。

 ライダーをやめるというのが嘘になってしまう。

 それでも、これが最後の。

 

「変身」

 

 仮面ライダーアイズとなって、ミラーワールドへと飛び込んでいく。

 ライダーバトルをやめる。

 けれど、燐を助けることをしないとは言っていない。

 燐を一人にはさせない。

 そう決意し、アイズはライドシューターのハンドルを握り締め、発進させるのであった。

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