仮面ライダーツルギ Triangle Victim SPiral 作:大ちゃんネオ
B.B.
愛した人が遺した青いカードデッキが眼前にあった。
血の海に浸り、鮮血の赤の中にあるそれに手を伸ばす。
触れようという一瞬、指が躊躇った。これを手に取って、どうしようというのだ。
戦えと? あれと? 敵うわけがない。
そもそも全てがそう仕組まれていたのだ。このライダーバトルはアリスという少女が一人でチェスをしていたようなもの。
願いを叶えるという甘い言葉で少女達を誘惑し、駒として盤面に乗せる。盤面に立った少女はただの駒として利用されるのみ。
あとはアリスが勝つだけの遊び。
仮面ライダーはプレイヤーではなく全て駒。仮面ライダーに、盤上の駒に勝つ余地などなかったのだ。僕が止めようと戦ったところで、結局こうなる運命だった。
何も知らない父さんや母さん、妹までも犠牲にして。美也さんも、射澄さんも、夕花ちゃんも。樹さん達、この戦いに願いを懸けたライダー達も。
僕を愛してくれた美玲先輩も。僕が愛した美玲先輩も。
全部、全部、全部全部全部全部全部全部全部全部全部!
奪われて、しまった。僕にはもう、何も残ってはいない。
「あぁ……」
伸ばした手が、デッキの目の前で力なく落ちる。
どろりとした美玲先輩の血溜まりで掌を朱に染めて、わけも分からずその血を顔面に塗りつけた。
「あは、あはは」
あたたかい。
デッキだけじゃない。あなたがのこしたモノは、まだあった。
これはぜんぶ、ぼくのものだ。
ぜんぶ、ぜんぶ、かきあつめて、たいせつにしないと。
だきしめてあげないと。
『燐、くん……。燐くん、何をしているんですか。やめて、やめて燐くん』
「ァァ……あぁ……」
『やめてください!』
だれか、ちかくにいるみたいだけど。
かんけい、ない。
やめろなんて、いわれても。
これは、だいじな————だから。
『燐くん!』
燐。
ああ、僕のことか。
そう呼んでくれた人がいたけれど、もういない。
血染めの顔で空を見上げても、赤い空しか目に入らない。
もう、正しい色なんて分かりはしない。
だから、暗黒に閉ざされたとて、視界は全部赤かった。
どれだけ時が経ったのだろう。
真っ赤な視界のまま、随分と長い間身動きが取れなかったような気がする。
実は一日しか経っていないのかもしれない。
もう時間なんて分からない。
いつか、誰かから、そんな話を聞いたことがある気がする。
あれはなんという話だったか。
たしか、帰ってきたら時間が経ち過ぎていたとかで、お爺さんになってしまう物語だ。いや、花が咲くんだったか?
とにかく、御剣燐という人間の機能はほとんど壊れてしまって当てにはならない。
「燐くん? 落ち着きましたか」
「……」
「そうですか。よかった。ふふ、ケーキを焼いてみたんです。一緒に食べましょう?」
「……」
歩いた、のかもしれない。
誰かに手を引かれたような気もする。
長らく稼働しなかった肉体が、突然の作動に悲鳴を上げてくれれば分かりやすいものの、どうやらそうした警鐘すらも響かなくなったらしい。
御剣燐という器に入っているのに、まるで三人称のように自己を見つめている。
見つめているといっても、視界は未だ赤いのだが。
「ふふ、マスカットのショートケーキにしてみたんです」
視覚が駄目なら聴覚はどうだろう。
いいや、やはり何も聞こえない。
嗅覚は?
匂わない。
触覚はさっき、何かあったような気もするが、何もなかった気もする。
味覚は、無意味だろう。
食事の時しか役に立たないのだから。
「美味しいですか? よかった。はじめてだから、緊張したんですよ?」
そもそも、僕は何を見たいのだろう。
何を知りたいのだろう。
何を求めて、身体の機能を取り戻そうとしているのか。
まず、身体なんてあっただろうか。
意味など、あったのだろうか。
「またこの世界に接触した人間がいたんです。恐ろしく低い確率で、繋がってしまうこともありますから。そうです、燐くんのように。え? その人間はどうしたのか、ですか? 当然、優しく丁重におもてなししましたよ。ある国の偉い人みたいで、カードデッキを一万個ほど渡したら大層喜んでいました。ええ、まあ、元々それが狙いだったようで。これで何人目でしょうか」
人を人たらしめるもの。
それは肉体という器か。精神、心、魂という中身なのか。
そのどちらも備えなければいけないのか。
もしも、両方あってこそというのなら、今の僕は果たしてなんだ?
いや、まず、僕とはなんだ?
「本当に人間は愚かです。力を渡すだけで、簡単に滅びに向かうのですから」
誰もあなたのように人類のため、世界のために犠牲になろうとはしなかった。
そう続けられた言葉に、言いようのない寂しさを覚えたのは何故だろう。
「もうまもなく、あちらの世界は終わりを迎えます。え? あちらの世界が終わったら、ここはどうなる? たしかに、あちらが終わればこちらも終わるのでしょう。正確には、終わりを映すだけですが。なので、新しく始めましょう。私と燐くんで。アダムとイヴ、ですね」
御剣燐、とは。
僕、だ。
僕のはずなんだ。
誰だ。
なんだ、これは。
違う、人?
人なのか。
違う、あれは御剣燐というヒトガタの何かだろう。
ああ、ああ、そういうことか。
何かおかしいと思ったのだ。
この視界を埋め尽くす赤は————。
大切な、人の、血では、なかったか。
明滅する。
赤の先に薄らと、見えたものは。
仄暗い、洋室のようだった。
そして、正面にいる少女、は。
「……っ」
息が漏れる。
ずっと詰まっていた、使われていなかった器官が、活動を始める。
「燐、くん……?」
ああ、ようやく、まだ自分が生きていると実感が持てた。
「燐くん、燐くん……!」
「ぁ……り、す……」
何億年ぶりに声を発したかのよう。とうに朽ち果てた木が、再び水を吸い出したみたいに血と水が体内に満ちていくのを感じる。
「燐くん……私は、キョウカ、ですよ」
その少女は勢いよく立ち上がり、古びた木の椅子が倒れるのに目もくれずこちらへと駆け寄り、膝をついて僕の手を取る。
懐かしむような笑みを少女は浮かべていた。
キョウカ。
……ああ、その名前には聞き覚えがある。
何故、忘れてしまったのか。大切な友人の名前を。
「キョウカ、さん……」
「燐くん……燐くん!」
名前を呼ばれた喜びか、少女は涙を流した。
薄暗い部屋の中、開け放たれていた窓に風が吹き込んでカーテンが舞い上がる。淡い白い光が照らす少女の顔は。
仇敵のものだ。
全て、奪われた。
大切な人達を。
なのに、どうしたものか、もはやあの少女に向けるべき憎悪なんてものはなくて、何も思えなくて。ただ、かつて友人であったという記憶だけが呼び起こされて。
それでも、彼女に対する情のようなものもなくて。
ただ、ぼうと見つめることしか出来ない。
天に一人浮かぶ月を。
ミラーワールドにあっても、月は月のまま浮かんでいた。反転したとしても、月が月以外の別の何かに変わることはないのだという事実だけが嬉しかった。
たとえミラーワールドの存在になってしまったのだとしても、御剣燐は御剣燐なのだと確信を持てる。
「あとは、どう、する、か……」
何も出来ない。
僕にはもう、何の力もない。
それに、一人でどうこう出来るというわけでもなかった。
あの月に手を伸ばした時、窓の外には見えない壁があるようで外に出ることは不可能となっていた。
特別外に出たいと思ったわけではないけれど、何故かその事実に酷く落ち込んだのが30分ほど前のこと。
逃げ出したいのか、僕は。
逃げてどうする、僕は。
もう、逃げられないのだろう。
彼女の願いは叶ってしまったのだから。
「願い……」
彼女の願いは、僕を手に入れること、だったのか。
何故?
どうして、そんなことを願ったのか。
こんな、僕を。
あれだけの命を犠牲にしてまで。
少女達の命と僕が等価なわけがない。
一体何人分の命の上に今の僕は立っている。
「燐……」
咄嗟に振り向いた。
ひどく愛しい声に呼ばれた。
「燐、か……」
人の子につける字ではない。
屍が放つ光。
酷い意味だ。
少女達の命によって、今の僕があるというのは、自分で自分を許せない。
ああ、なんてことだろう。
彼女には怒りを抱かなかったのに、今の僕自身に対しては怒りを覚えることが出来た。
何故だろう。彼女が、友人だったから?
きっと、そうなのだろう。
全部、全部、僕のせいだ。
僕のせいで、彼女は間違ってしまった。
ならば、償うべきだろう————。
少し、張り切り過ぎてしまっただろうか。
目醒めたばかりの燐くんに、ステーキは重過ぎたかもしれません。
「作り直すべき……? いやでももったいない……」
「いいよ。食べるから」
「えっ……!?」
振り向くと、密着しそうなほど近くに燐くんが立っていて、心臓が跳ねる。
身体が熱くなって、どうしようもなくて、言葉を紡げない。
「あの、燐くん……」
「作ってくれたんでしょ。だったら、いただかないと」
「でも、あう……」
暖かい手が私の手を包み、優しく目を細める燐くんの顔が間近にあって、私はもう流されるまま。
この笑顔に敵う日は来るのでしょうか……?
銀のナイフで肉を切る。
我ながら、完璧な火入れと自画自賛。すると、調子が良くなってお喋りになってしまうのがいいことなのか悪いことなのか。
いいえ、いいことに決まっています。
ずっと、私と燐くんはこうだったのだから。
「せっかくデッキを与えたのに、その国ったら私に軍隊を差し向けてきたんですよ。ひどいと思いませんか?」
「そうだね。ひどいね」
「でも、私は強いのでみ〜んなお花に変えちゃいました。これがなかなかの絶景なので、今度二人で行きましょうね」
「……うん、そうだね」
銀のナイフで肉を斬る。
気付かれてはいないようだ。まったく、上手くいった。
あとは、このまま時が過ぎてくれればいい。
幸いにも、彼女はお喋りに夢中で気付いていないようだった。
それにしても。
酷い話だ。
「燐くん? やっぱり、ステーキは辛かったですか?」
燐くんの手が止まっていた。
半分は食べて、そこからは手をつけていない。
どこか、元気もないように見えて、不安になってしまう。
けれど、そんな私の不安を消し飛ばすように燐くんは笑った。
「あはは。ちょっとだけ、食べるの休憩しようと思って。ごめんね、あんなこと言ったのに」
「いえ! 燐くんが謝ることじゃ」
「……ねえ、続き」
「え?」
「話そうよ。前みたいに」
その言葉に私は堪らなく嬉しくなって、たくさんのことを話した。
前は、私が聞くばっかりだったのに。今はほら、こんなに話したいことがたくさんあるんですよ。
滴る。
赤い。
暖かい。
指先から少しずつ力がなくなって、冷たくなっていく。
途中で気付かれてはいけない。彼女には、時を巻き戻す力がある。それで治されてしまっては、全てが台無しになる。
だから、その時が来るまで平然としていなければいけないのだけれど。
ああ、これはなかなか……。
最初に死んだ時のことを思い出して吐き気を催すが、我慢だ。
絶対に、悟られてはいけない。
二人きりの世界。
誰にも邪魔されることはない。
ああ、このまま溺れ続けていたい。
ずっと、ずっとこの世界で一人だった私だから、許される。
燐くんしかいない。私には、燐くんしかいない。
ああ、でも燐くんとの間に子供なんて出来たら……。きっと、過保護になってしまう。
燐くんは絶対に優しいお父さんにもなれるでしょう。
家族なんて、遠い記憶の果てにしか存在しないと思っていたけれど、これからきっと手に入る。
これからも私は幸せに暮らせる。
私の幸せを邪魔する存在が現れても、私を倒せるものなど存在しない。
だから、ずっと、永遠に。
永遠に、私は幸せであり続ける。
「……燐くんは、永遠のこと、どう思いますか?」
「永遠……? そうだな……気が遠くなるぐらいの時間ってことぐらいしか、分からないかな」
「ええ、そうですね。でも、私なら……」
「……永遠なんて、あり得ないよ」
「えっ」
痛かった。
何故だか、とても。
「……どうして、そう思うんですか」
「今この瞬間が、永遠じゃないから」
「今、が……?」
「……ステーキにとっての永遠って、なんだろう」
じっと、燐くんの皿の上に残ったステーキを燐くんは見つめて言った。
「永遠っていうのは、ステーキがこうして残り続けること?」
「……そのままある、というのであれば、永遠と言えるんじゃないですか?」
「腐りもせずに?」
「永遠ならば、変わることもなく、そうなのでしょう」
「じゃあ、食べられないね。永遠のステーキは」
燐くんは私を責めるつもりも批判するつもりもなかったでしょう。
これは感性の話なのだと、私は理解した。
燐くんは永遠を否定した。
そして、燐くんは否定し続ける。
「……永遠って、きっと、すごく孤独だ。有限のものを誰よりも消費し尽くさないといけないから。そうやって、何もかもを食い潰した果てに孤独なら、僕は永遠なんていらない」
「でも、それは燐くんの思う永遠でしょう? 私なら……」
「そう、だね……。でも、僕は……それでも……人並みの時間を、大切に……」
「燐、くん……?」
何か、おかしい。
嫌なものに押し潰されてしまいそうになる。
動けない。すぐにでも、燐くんに駆け寄りたいのに。
そうして、燐くんが静かに瞳を閉ざして、力なく項垂れてやっと私は動き出すことが出来た。
「燐くん」
眠っている、だけ。ですよね?
きっと、疲れて寝てしまっただけですよね?
そう、ですよね。
疲れて、寝ちゃったとでも言って。
私を安心させて。
その暖かい手で、私に触れ————。
「あ……」
冷たい。
フラッシュバックする、彼の死の瞬間。
なんで、どうして、これが繰り返される。
時間を巻き戻した罰だとでも?
ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな。
「だって、どうやって燐くんが……」
滴り落ちる、血の雫を見た。
燐くんの左手首には、縦に切傷。
「え、あ? え……そんな、はず……燐くんが、自分で……?」
否が応でも突き付けられる。
燐くんは、その身を以て永遠を否定した。
自ら、死を選んだ。
自ら、死を選んだ?
そんなの、おかしい。
おかしいです。
だって、燐くんはそんなことする人じゃ……。
え?
だとしたら、なに?
私の、せい?
死んでまで、あの女のところに行きたかった?
「う……うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!!」
テーブルの上に置かれた食器なんかを衝動に任せて払い除けていた。
こんな、こんな事は認められない。
認めたくない。
「あ、あはは……何やってるんでしょう、私。私には、タイムベントがあるんだから……」
取り出したカードと手鏡型の召喚機を手にし、時計が描かれたカードを挿入。しようとして。
タイムベントのカードが、白紙となる。
「どう、して……!?」
読み込ませてみても、何も起きない。
こんな現象、私は知らない。
ライダーに対してこういうことは出来るけれど、自分自身にするはずが……。
「……永遠を、否定、
そんな、わけ。
そんなわけない、と言えなかった。
私自身がそれを望めなくなってしまったから、こんな事が。
「あ、あはは……はははっ! 夢……夢なのでしょう! ねえ! あはははは!」
目覚めなさい。
目覚めなさいよ私!
こんな悪夢を見続ける趣味など私にはないのだから!
ねえ!
お願いだから!
「あ……」
燐くんが、消滅、している……?
「だめ……だめ! やめて! 私から燐くんを奪わないで!」
抱き締める。
燐くんを。
それでも、消滅は止まらない。
そうして、私は私を抱いていた。
また、失った。
大切な人を。
目の前で。
こんな事にならないようにって、頑張ったのに。
もう、タイムベントもない。
何にも、ない。私には。
もう巻き戻して、やり直すことも出来ない。
「いやぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!」
張り裂けるほどに叫ぶと、床に落ちたナイフに釘付けとなる。
燐くんが、自らを殺すのに使ったナイフを手にする。
ああ、こんなものすら愛おしい。
だから。
「っ!」
同じ、左手首。
銀の刃を血で濡らす。
滴る。
赤い。
燐くんが座っていた椅子に腰を下ろし、ぼうと正面を。私が座っていた方を見つめた。
自らの死を待ちながら、燐くんは何を思ったでしょう。
きっと、滑稽に見えたはずです。乾いた笑いが自然と出てしまいます。
自笑。自傷。
燐くんの流した血溜まりに、私の血を混ぜて。
あなたのいない世界に意味はない。
直に終わる世界に意味はない。
私はあなたと共にありたいだけ。
だから、私も、ここで。
燐くん。あなたと同じように、死にたいのです。
B.B.
Bloody Blade