仮面ライダーツルギ Triangle Victim SPiral 作:大ちゃんネオ
「この愚図! 変態! ド変態! 我慢することも出来ないの!?」
「うぐっ!? はあ……はあ……! もっと……!」
夕陽に染まった教室の中、久遠綾姫が氷梨麗美を罵倒し、痛めつけていた。
見えるところに傷をつけては目をつけられてしまうかもしれないと、仰向けに寝そべる麗美の腹部をとにかく踏みつける。
「本当……どうしたらこんな変態が生まれるんだか」
上履きを履き、手近なところにあった椅子を引っ張り腰を下ろした綾姫が呆れた口ぶりで言った。
呆れてはいるが、この二人は共生関係にある。
嬲りたい綾姫と、痛めつけられたい麗美。
ライダーバトルの中で出会った二人は、互いを欲望の発散に利用していた。
綾姫はそれで満足していたが、麗美の方は少しばかり物足りない。
「愛して……愛してあげる……!」
ゆらゆらと立ち上がった麗美の様子は違っていた。
前髪で隠れていた左目が綾姫を恍惚と見つめている。
次は自分の番だと、綾姫に襲いかかる……が。
座ったままの綾姫の蹴りで、突き飛ばされてしまった。
「何回も言わせないでよ。あんたと違って痛め付けられる趣味なんかないんだから。あんたは黙って、私に嬲られてればいいの」
「……」
そんな言葉を聞きながら、麗美は床を見つめていた。
だが、ある音を耳にしてハッと窓硝子の方を向いた。
綾姫にも聞こえていたようで、嬉しげに口角を上げて窓硝子から校庭を見下ろす。
しかし、本当に見ているのは外ではなくミラーワールドの中の校庭。
三人のライダーが、刃を交えていた。
「良かったわねぇ麗美。たっぷり暴力振るえるわ」
「たくさん愛せる……!」
二人並ぶと綾姫は赤の、麗美は黒のデッキを窓硝子へと翳した。
Vバックルが二人に巻かれ、綾姫は右腕をゆらりと上げて鏡に指を差す。麗美はデッキにキスをすると左の頬に当て────。
「変身っ!」
「変身……!」
綾姫は赤い双角のライダー、仮面ライダーヘリオス。麗美はヴェールで仮面を覆う黒のライダー、仮面ライダーウィドゥへと姿を変え、窓硝子からミラーワールドへと入場していく────。
「なんだ、こんなとこで寝てるなんてらしくないじゃん」
校舎の屋上は本来は立ち入り禁止であるが、そんなことは関係ない二人の少女がいた。
制服の上に黒のパーカーを羽織った少女の名は金草遥。
遥が訪ねた屋上の先客は、せっかくの銀の髪をなんの遠慮もなしにシーツ代わりにして寝転んでいた。
彼女の名は、喜多村遊。
「ヘッドホンとラブホ女と……あと初めて見る奴が校庭のど真ん中でやり合ってんのに不貞寝とか、本当に喜多村遊さんですかぁ?」
「むうー……」
軽いジョークを飛ばした遥であったが、遊の様子が本当におかしいと怪訝に思った。
喜多村遊はライダー達の中で知らない者はいないぐらいの有名人。
彼女の戦闘狂っぷりと、数々のライダーを撃破してきた強豪っぷりは全てのライダー達から警戒されているほど。
そんな彼女が、すぐそこで起きている戦いに駆けつけないとはどういうことだと、遥は改めて問いただした。
「え、マジでどうした」
「……取られた」
「え?」
「取られたのデッキ! フーキイインに! うわーん!!!」
子供のように泣きわめく遊をよそに遥はフーキイイン……あ、風紀委員かと一人納得していた。
納得したら、笑いがこみ上げてきた。
「ぷっ……あはは! はぁマジで言ってんのそれ!? あはぁ!!!」
「笑うなぁ! 人が本気で困ってるのにぃ!」
「笑うなとか無理無理! えーあの喜多村遊が! 風紀委員にデッキを取り上げられた! こんなん他のライダーみんな知ったらマジで爆笑だって! M-1でろってM-1!」
「仕方ないだろー! 抜き打ちで持ち物検査とかされてさー! 相手は堅気だから手ぇ出せないしー? 今必死でどうやって取り戻そうか考えてたんだよー!」
腹を抱えて笑う遥に遊は弁明していた。
ライダーバトル以前から不良達との喧嘩に明け暮れる日々を送る遊には、堅気には手を出さないという誓いと矜持があった。
それが今、枷となっている。
なので、必死に頭を回して、穏便にデッキを取り返す方法を模索していたのだ。
「というかなに!? 今そんな楽しそうな戦いやってんの!? 見せて見せて!」
「鏡無いんだけど」
「じゃあ鏡あるとこに行こうぜ!」
遥の腕を引っ張り、遊は屋上を降りて4階へ。
誰もいない三年生の教室に入り、遥のデッキに触れながら校庭を見下ろす窓硝子からミラーワールドを覗き込む。
三人のライダーが剣を交える戦いを食い入るようにして遊は見ていた。
「……強いな、白いの」
「うーん、いいねぇ。いいけど……」
「何が不満?」
「殺す気がないよねぇ、あの子。殺気があればねーもっと楽しくなれそうだけど」
「ふぅん……ま、剣は銃には勝てないよ」
デッキを遊から取り上げ、変身しようとする遥に遊が普段はしない可愛らしい声を出した。
「ねーねーお願いがあるんだけどー」
「やだ」
「まだ何も言ってないゾー!」
「どうせ変身させろ、でしょ」
「うん!」
「だから嫌だって。私も戦いたいっての。……変身」
遥の肢体を藍色のスーツが覆い、艶のない黒のアーマーを纏う。
他のライダーと違い機械的な意匠が施され、ベルトには銃型のバイザーがマウントされていた。
「じゃあね」
「ズルいゾ~!」
鏡に吸い込まれるようにして遥=仮面ライダーカノンはミラーワールドへと転移していく。
次々とライダー達が戦場へと向かっていく────。
二人の仮面ライダーと睨み合う。
ここで退くわけにはいかない。
もう、誰も死なせないためにも。
「戦いを止めろぉ? いきなり出てきてなに言い出すかと思えばさぁ……!」
紫のライダーが百足のような剣を振るい、駆け出してくる。
言葉だけではどうにもならないのか……!
振り下ろされる剣を半歩前に進んで回避し、剣を握る手を掴み押さえつけた。
「やめてください!」
「避けんなよ!」
身を捩り、紫のライダーは僕の拘束から逃れると振り向き様に剣を振るう。
後方に飛び退いて胸部アーマーに紙一重、切先が触れるか触れないかというギリギリの回避。
「あーしもいるんですけどー」
背後から虫の羽のように透き通った刃の双剣が迫る。
メタリックグリーンのライダーの斬撃。
避けられないと身体が反応して、腰に提げたスラッシュバイザーを抜刀し双剣を受け止める。
「お、やるねぇツルギくんー。あーしはバンジィよろしくねー……!」
「仲良くなろうとしてんじゃねーよー!」
「チッ……!」
僕とバンジィの間に割って入るように百足の剣が振り下ろされる。
バンジィを突き飛ばして回避させるも、百足は横薙ぎに剣を振るい僕ら二人を追撃。
これもまた紙一重で躱す。
三つ巴の戦い。
百足のライダーは果敢に攻めてくる。
流石にスラッシュバイザーでは厳しいか……。
「やる気になったぁ!」
デッキからカードを引き抜くと、百足のライダーが喜ぶように言った。
【SWORD VENT】
飛来してきたリュウノタチを手にし、百足の剣を受け止め、流す。
「戦う気なんて……!」
「変身しといてよく言うよ!」
「ッ……!」
駆けながら百足のライダーと斬り結ぶ。
そこへバンジィも加わり、二人のライダーの斬撃をいなしていく。
また、厄介なことにこの二人も味方同士というわけではないので隙あらば互いのことも狙っている。
駄目だ、誰も殺させはしない。
百足のライダーがバンジィを狙った斬撃を弾き、隙の出来た百足のライダーを狙うバンジィを刃で阻む。
「剣一本でよくやるじゃーん」
「名前負けはしないって? ……ムカつく」
「もうやめてください。願いのために人を殺すなんて間違ってます!」
「うわー綺麗事キレー。そしてうるさー」
「そういうのマジいらないから」
百足のライダーが剣先を向けて駆けようとしてくる。
だが、突然轟音と共に地面が揺れる。
『パオォォォン!!!』
「マンモス!?」
「あいつは!」
「ヘリオス……」
巨大な赤いマンモスの上に二人のライダーが立っていた。
恐らく、赤い二本の角を持つライダーがヘリオスであろう。
このマンモスを思わせる意匠の鎧。
そしてもう一人は幽霊のように佇む黒いライダー。
仮面はヴェールに包まれ、その姿は騎士ではなく葬式の参列者のようだ。
「さあ、暴力の時間!」
「いっぱい愛してあげる……!」
マンモスのモンスターがこちらへと突進してくる。
巨体が押し寄せてくる迫力。あんなものに轢かれるか踏まれたりしたら一貫の終わりだろう。
三人散り散りにマンモスを回避すると、マンモスの上から二人のライダーが飛び降りてバンジィと百足のライダーに襲いかかる。
「やめろ!」
バンジィに斬りかかるヘリオス。マンモスの牙のような双剣を太刀で弾く。
それを隙と見たバンジィが反撃に出ようとするが、太刀の切先をバンジィの仮面の前に置いて牽制。
けれどこんなことをしても戦いは止められない。
百足のライダーと黒のライダーは傍らで激戦を繰り広げている。そちらを止めにいこうものなら、バンジィとヘリオスがやり合う。
一人では、どうにもならない。
「くそっ……!」
そう吐き捨てた瞬間、危機を察知した。
己に迫る危機。
咄嗟に振り向き、それを斬る。
風を貫き、僕の頭を狙った銃弾。
発射地点はすぐに分かった。
「屋上にも……!」
校舎の屋上に立つライダーの影。
長大なライフルを手にしているようだった。
「あいつ、銃弾を斬りやがった!? どういう芸当だよ!」
屋上から乱戦を見下ろし、あの中で最も脅威となるだろうと判断しツルギを狙撃したカノンであったが、狙撃は失敗。
避けられる、外すというならまだ分かる。
だが、銃弾を斬られるとはどういうことだと驚愕する。
居合の達人が飛来してきた何かを斬るというのは、テレビなんかで見たことがある。
だがそれは飛んで来ると分かって、構えているから。
不意をつき、完璧な狙撃をしたと自負したカノンの予想を覆す剣捌き。
「やっぱり、あいつはやばい」
カノン、金草遥はいわゆるゲーマー。
ライダーバトルもゲームの一つと捉えている。
そのため他のライダー達とは違い、願いというものに貪欲ではなかった。
あくまでも、これはゲームだと。
そして、この史上最大のスリルを味わえるライダーバトルをずっと楽しみたい。
言うなれば、彼女はライダーバトルそのものが願い。
戦うこと、即ち願いを叶え続けること。
そして、彼女が今日まで生き残ってきたのは彼女自身が持つリスク管理能力の高さゆえ。
死んでは無意味。
コンティニューの出来ないゲーム。
呆気ない最期を迎えるなどあってはならない。
そのためにも、彼女の戦いは細心の注意を払って行われる。
狙撃ポイントは他者からの攻撃を受けないような場所。
撃つ時は確実に仕留められる時。
仮に外しても、ニの矢、三の矢を用意する。
それでも駄目だった場合の逃走経路の確保。
などなど、彼女の戦いはリスクをとにかく潰していくもの。
だからだろうか、ツルギに対して最上級の危機感を覚えた。
「仕留める。仕留めないと、ヤバい」
相手は剣士だ。銃を使うこちらに大きなアドバンテージがある。
そう思っていたが、逆だ。
銃を使うからこそ、あいつを仕留めなければならない。
カノンは理解している。
もし、ツルギが銃弾を掻い潜り間合に入ってきたら。
カノンには、なす術がないと。
こんなこと、他のライダーには思ったこともなかった。
あの喜多村遊にすら。
スコープ越しに覗く純白の剣士。他のライダーとの戦いに気を取られているが、こちらの位置は晒してしまっている。
だが問題はない。
今、眼下で戦うライダー達全員、カノンは射程の外にいる。
このまま、ヘリオスとバンジィに釘付けされたツルギを撃つ。
呼吸を止める。
体の微細な揺れを抑え、引き金を引く────。
鳴ったのは、銃声。いいや、そんな大袈裟な音ではない。
カノンの耳だけが拾った、風を切り裂く音。
咄嗟にライフルを置いて飛び退くと、コンマの差でカノンがいた場所に青い炎を灯した矢が突き刺さった。
「ハッ……そういえば、あんたがいたの忘れてた。咲洲……!」
夕陽を背に、蒼い翼を広げ弓を構えるライダー。アイズを見上げてカノンは憎々しげに吐き捨てた。
「高所を取ったつもりでも、私の方が高いわよ」
「……ッ!」
早撃ち。
右腰にマウントしていた銃型召喚機カノンバイザーでアイズを撃つ。
しかし、それよりアイズは速かった。
加速し、夕陽を利用しカノンの視界を奪いながら急降下。
カノンの仮面を爪先で蹴りつけ仰け反らせると、アイズはカノンに肩車されるようにしてカノンを両足で拘束。
そのまま飛び立ち、校庭へと突き落とした。
「ぐあっ……!」
地面に叩きつけられたカノンは苦痛に喘ぐ。
悠々と空を舞うアイズを仮面越しに憎悪の瞳で見つめると、背後から殺気を感じて振り向き様にカノンバイザーを撃つ。
「きゃっ! ひどーい! なっちゃん撃つなんて~!」
魚のヒレのようなナイフで素早く斬りかかるライダー。さっきまではいなかったが、この戦いに引き寄せられたのだろう。
零距離ではあるが仕方ないとカノンは魚を思わせる鎧を纏ったライダーの攻撃を捌き、格闘にカノンバイザーを織り交ぜる。
「お前……ああ、なんだっけ。放送のやつ?」
「そうだよ~! 放送部のアイドル玄汐夏蜜柑でーす! よろしくねっ!」
「はっ……お前の声、耳障りだからいつもヘッドホンしてゲームしてるよ」
「……ぶっ殺す!」
「本性見せんの早えよ」
迫る、玄汐夏蜜柑=仮面ライダーテュンノス向けてカノンバイザーが火を噴く。
戦いは激化の一途を辿っていく。
見知った学舎が、戦場になっていく。
ここの生徒である僕達が一日の大半を、とりとめのない穏やかな日常を過ごす学舎が。
日常の象徴とも言える場所が。
特別、学校が好きというわけではないが、なんとも冒涜的だとは思う。
「こいつ、崩せない……!」
「しぶとすぎー」
「もうよせ! こんなことしても無意味だ!」
「燐!」
「美玲先輩!」
迫るバンジィとヘリオスの目の前に矢が降り注ぐ。
あれが美玲先輩のライダー……。
「私もいるよ!」
「射澄さん!」
さらに間に射澄さん、青と白のライダー、ヴァールが三叉槍を振るい二人のライダーを牽制する。
「他のライダー達の戦いには興味ないのだけれど、後輩を一人で戦わせるわけにはいかないね」
「ありがとうございます……!」
「ふふっ、いいね。悪い気はしないね、後輩に感謝されるというのは……!」
迫るバンジィを槍のリーチを活かして間合には入れさせず、凌いでいく射澄さん。
僕は赤い二本角のライダー、ヘリオスを相手にする。
なんとか、戦闘を止めるには力を奪うしか……。
……やっぱり、デッキを壊すしかないのか。
けど、それでまた黒峰樹さんのようなことになったら……。
「考え事? 余裕そうね!」
「チッ……」
双剣の素早い斬撃をよく見て回避していく。
「あんたさっきこの戦いが無意味と言ったわね? 意味ならあるわ、暴力だけが私の意味! 人を、人を痛めつけていたい!」
「なに……?」
「苦痛に歪む顔が見たいの! それでしか充たされないのッ!」
「ふざけるなッ!」
猛攻繰り出す牙のような双剣を受け止め、押し返す。
この赤いライダー、ヘリオスの願いはそれか。
なんとも歪で、なんとも悪趣味。
こんな奴、こんな奴……!
「許すものかぁッ!!!」
「ッ!!!」
ニ度目の剣戟。
振り下ろされる双剣を斬り上げて弾き、がら空きとなった胴。
リュウノタチを手のひらの中で回し、逆手に持ちかえ柄を握りヘリオスのデッキを殴り飛ばす。
「なっ……!?」
ひび割れ、砕け散る赤いデッキ。
鎧も砕け、唖然とした表情を浮かべる少女の顔。
見知った顔だった。
演劇部の久遠綾姫さん……。
あんな、穏やかな人が、こんな、どうして……!
「綾姫……」
彼女と共に行動していた黒いライダーが百足のライダーとの戦闘を切り上げ、綾姫さんを抱き抱え撤退していく。
仲間がいるなら、彼女のようなことにはならないだろうか……。
「おらぁッ!!!」
「ッ! チッ……」
黒いライダーがいなくなり、対戦相手を求めて百足のライダーが再び襲いかかってきた。
百足の剣と鍔迫り合う。
「あいつやるなんて、やるじゃん……!」
「あなたも退け!」
「退けないんだよ、願いがあるからさぁッ!」
こいつ……パワーだけならツルギよりも上か。
押し返されそうになる。
「燐!」
矢が飛んで来る。
百足の剣に命中し、剣は弾かれ隙が出来る。
この隙に、デッキを……いや。
視界がこの戦場全体を俯瞰したような感覚。
こいつの相手をしている場合ではない。
「まずはあっちだ……」
銃声のする方へ。
あっちの戦いを止める。
「さっさとやられてよ!」
「ははっ、こんなもんなのお前? 雑魚だね、魚だけに」
「てめぇ! ……なんだ、あいつ」
「は?」
「白い奴が来る……!?」
こっちに気付いたか。
問題はない。
「チッ……なんでわざわざこっち来るんだよ!」
銃撃を躱す、躱す、躱す。
大丈夫だ、問題はない。
弾丸は恐れるに値しない。
距離を詰め、間合をこちらのものに……。
「なんで当たらないんだよ……! くそっ!」
銃のライダーは銃撃を止め、やけに素直に撤退してくれた。
ならいい。
あと、もう一人は……。
「なんなのよあんた!」
「その声、夏蜜柑さん……」
「あ? は? あんた、御剣?」
「なんでライダーになんか……」
「ちょうどいい。秘密を知ってる奴を始末するチャンスね!」
秘密……?
ああ、バイトのことか……。
そんなことのために殺されてやるわけにはいかない。
ナイフで斬りかかってくる夏蜜柑さんを避けながら、足をかける。
すると、盛大にコケる。
ギャグ漫画のように。
すぐに身体を起こして振り向いた夏蜜柑さんの眼前に切先を向ける。
「つあっ……あんたねぇ……! バカにして……!?」
「してないです。いいから、デッキを渡してください」
「そんなこと出来るわけないでしょ! 願いがあるのよこっちには!」
「だからって人を殺すのはよくないです」
「綺麗事を……!」
「……じゃあ、何を願ってるんですか。あなたは」
人を殺してまで。
それも、一人や二人ではない数を殺すことで叶える願いというものがどんな物か。
僕には、さっぱり見当がつかなかった。
「……あんたの家、綺麗で大きくて良いわよね……」
「なに……?」
「いっつもよ、毎朝いろんな家を見上げるの。みんなまだ寝てるだろうって時間に必死こいて働いて、幸せそうな家庭に新聞届けて……なんなの、なんでウチだけこんななのよ! せっまいボロいアパートで必死に暮らして、あんたに分かる!? ご飯食べられるかどうか分かんない暮らしするってことのひもじさが!」
「……」
「分かんないでしょう!? 毎日何の不安もなく生活してるようなあんたに! こっちは家族みんなで頑張ってんのよ! だからぁ!」
顔面目掛けてナイフが飛んで来る。
ジリジリと、彼女の手がナイフを掴もうとしているのはずっと見ていた。
だから、何の驚きもない。
ナイフの刃を指で挟み、校庭の方に投げ飛ばす。
「あ……」
「……」
「な……なんなのよあんた……! 男のくせにしゃしゃり出て、私の願いを踏みにじらないでよ!」
……太刀を地面に突き刺し、武器を手から放す。
この行動には、夏蜜柑さんも驚いているようだった。
どこまで伝わるか分からない。
けれど……。
「他人の命は踏みにじっていいの」
「……!」
「あなたの家族は、あなたが誰かの命を奪うことを望んでいないはずだ」
「……それ、は……」
「デッキを渡してください。あなたの願いは、こんなことをしなくても叶うもののはずです。苦しいかも、しれないですけど……。でも、絶対にこんなことより正しいやり方があります!」
頑張って、言葉を尽くす。
彼女は久遠綾姫さんとは違う、こんなことをしなくても叶えられるだろう願いだからだ。
無理矢理デッキを破壊するのは簡単だ。
だけど、それは彼女の言うとおり願いを踏みにじるものだろう。
だから、黒峰樹さんは自ら命を絶ってしまった……。
もう、そんなことは繰り返させない。絶対に。
そのためにも彼女自身がライダーバトルから降りることを選択しなければいけない。
何よりも、辛いことかもしれないけれど……。
「私は……」
夏蜜柑さんの手が、デッキに触れる。
震える手で、彼女は……デッキをバックルから取り出した。
青い鎧が割れて、涙を流す夏蜜柑さんの姿が露となる。
「うう……ぐすっ……」
「……ありがとうございます」
夏蜜柑さんに目線を合わせ、彼女の手からデッキを取る。
泣きじゃくり、動ける様子のない夏蜜柑さんを抱えて立ち上がり人目のつかない場所を選んでミラーワールドから現実の世界へ。
誰もいなかった理科室を選んで、夏蜜柑さんを椅子に座らせる。
こちらに戻ってきたからか、変身は解けて改めてちゃんと彼女の目を見て話した。
「辛いことを決断させてごめんなさい。けど、きっとこのまま戦っていたら、そっちの方がもっと辛かっただろうから……」
「……もういいから……構わなくて……」
「……もし、何かあったら相談してください。僕なんかに出来ることは少ないけれど……話を聞くぐらいなら、出来ますから……」
あとはきっと、大丈夫だろう。
デッキを手放す決断を出来た彼女はきっと、強い人だから。
「変身」
まだ戦いは終わっていない。
射澄さんと美玲先輩が戦っている。
あのバンジィと百足のライダーを止めないと……。
射澄、ヴァールの戦いは守りに強い。
槍という武器を充分に活かし、バンジィは攻めあぐねる。
「やりづらー。槍だけにー」
「君もいい加減に退いたらどうだい?」
「いいやー。あーしも叶えたい願いあるんでー」
バンジィはそう言うとメタリックグリーンのデッキからカードを一枚引き抜いた。
「これを使ったあーしは強いよー」
その言葉に身構えるヴァール。
バンジィ仮面、ヘッドホンのような形状のそれは召喚機であった。
右耳側のカード挿入口が開き、バンジィは投げ入れるようにしてカードを装填。
自動で挿入口は閉じ、カードを読み込む。
【SYNCHRO VENT】
カード名が読み上げられる。
ヴァールにとって、それは初めて聞くカードの名であった。
武器が来るのか、はたまた何か起こるのかと警戒心を最大限とする。
だが、何も起こらない。
「ふふーいくよー」
「ッ!」
駆けるバンジィ。
ヴァールは即座に槍を繰り出し、バンジィの接近を許さない。
だが、バンジィは槍の動きが分かっていたかのように身体を捻り接近。
槍の内に入ってきたバンジィはヴァールを斬りつける。
「うあっ!?」
「どうだー」
すぐに距離を取ろうと後方へ飛び退くヴァールだが、まったく同時にバンジィも大地を蹴る。
まったく、ヴァールから離れることはなく、飛び退くヴァールを斬りつけ地面へと叩きつける。
「射澄!」
「あんたの相手は私なんだけどー!」
ヴァールの窮地にアイズが駆け出そうとするも、百足のライダー、テレドラが阻む。
「ねー? 強いでしょー」
「急に動きが……。いや、シンクロベントと言ったか。そういうことなのかな?」
「おー。分かるー? いまー、あなたの考えは全部筒抜けーって感じー」
「厄介だねそれは……!」
「ふふーそれ褒め言葉ー。じゃあーあなたのこと、殺しちゃいまーす」
バンジィはヴァールへと宣言する。
ヴァールは何か手を打たなければとデッキに手を伸ばすが、バンジィにはヴァールが行動する前から何をしようとしているかすぐに分かる。
ヴァールを殴り飛ばし、召喚機である槍も双剣で弾き飛ばしてカードを使用不能に。
そして、バンジィはカードを手にする。
再びヘッドホン型の召喚機にカードを投げ入れ、必殺の構え。
【FINAL VENT】
『ジジジジジジジジッ!』
飛来する、メタリックグリーンの巨大蝉。
バンジィの契約モンスターであるノイシケーダ。
「とおー」
跳躍したバンジィの背にノイシケーダはとまり、翅となると高速で空を飛び回り……校庭の砂を巻き上げながら、一直線にヴァールへと向かいキックの構えを取る。
「射澄!」
「くっ……」
もう、避けられない。
射澄は仮面の下で目を閉ざす。
【SWORD VENT】
「なに……!?」
空から、剣が降ってくる。
剣、それも巨大な。
白い翼のような大剣。
ドラグバスターソード。
ヴァールの目の前に墜ち、大地に突き刺さるとドラグバスターソードは壁となってバンジィのファイナルベント、ソニックエアレイドを阻んだ。
ドラグバスターソードを蹴り、反転したバンジィが着地するとノイシケーダは飛び去っていく。
バンジィは仮面の下、純白の大剣を腹立たしげに見つめた。
「これは……」
「大丈夫ですか射澄さん!?」
「燐くん!」
ツルギがヴァールの隣に駆けつけ、スラッシュバイザーを構えてバンジィを警戒する。
ヴァールの窮地に間一髪、ツルギが召喚したドラグバスターソードがヴァールの命を救った。
「チッ……邪魔ー」
双剣を構えるバンジィ。
絶対にただでは済まさないといった気迫が滲み出ていた。
しかし、ここで戦いは終わりを告げることとなる。
「あー時間かー」
「あんっ?」
バンジィとテレドラの身体がミラーワールドに溶け始める。
もうすぐ、ミラーワールドに存在出来る時間が過ぎようとしている証拠であった。
それはアイズやヴァールにとっても同じこと。
このまま戦い共倒れするわけにはいかないと、それぞれ因縁を交えながらミラーワールドを後にしていくのだった。
戦いを終え、ひとまず図書室で身体を休めていた。
およそ10分間の死闘。
射澄さんも美玲先輩も疲れている様子だった。
「……さっきはありがとう、燐くん」
自販機で買ったスポーツドリンクを飲み干した射澄さんがそう口にした。
「いえ、助けることが出来て良かったです」
「ああ。おかげでこれからも本を読むことが出来るよ」
笑顔を浮かべる射澄さんに連れて僕も自然と笑顔になる。
そんな時だった。美玲先輩が鋭く言い放ったのは。
「今回は無事で済んだけど、燐がいなかったら死んでたわよ。分かってる?」
「もちろんだよ」
「これからも本を読み続けたいなら、ライダーバトルを降りなさい。燐もよ」
「なら美玲も降りたまえ。君だってこんな戦いしていたらいつ死ぬか分からない」
「だから出来ないって言ってるでしょ」
「あの、二人とも喧嘩は……」
険悪な雰囲気になるのを、頑張って間を取り持つ。
……取り持てただろうか。
なんとか、二人は口を閉ざしたけれど……。
沈黙が、痛かった。
けれど、射澄さんが今度はいつもの調子で口を開いて沈黙を打破してくれた。
「燐くんは先に帰りたまえ」
「は、はい……。分かりました……」
「ふふ、ごめんね。今から美玲とガールズトーク、すなわち女子会をやるからね!」
その言葉に、美玲先輩と共に「は?」という声が出た。
というか、美玲先輩も預かり知らない話のようだけれど……。
「ささ、今日は疲れただろうから早く帰ってゆっくり休みたまえ」
「あ、あのー……」
「大丈夫。さっきみたいな話はしないよ」
「それならいいんですけど……」
「ああ、任せたまえ。それじゃあ、さようなら」
射澄さんに背を押され、図書室から締め出される。
……図書室でやるつもりなのだろうか、女子会。
いよいよ図書室の私物化が著しいぞ、射澄さん!
なんて、僕に迷惑がかかるというわけでもないので別にいいけど。
「そうだ、夏蜜柑さん……」
念のため、様子を見に行こう。
近くの階段をそのまま降りていけばすぐ理科室なのですぐに到着。
理科室を覗くと、夏蜜柑さんの姿はなかった。
一人で帰ったのだろう。
「黒峰さんみたいなことは、もう……」
久遠綾姫さんも仲間が連れていったから大丈夫だろう。
恨まれるだろうけれど、仕方がない。
暴力なんて願いを、叶えさせるわけにはいかないのだから。
さっきの戦いだけで、二人のライダーを無力化、脱落させた。
あと何人の少女達がこんなことをしているのだろう……。
「絶対に間違ってる、こんなこと……」
とにかく、ライダー達を止めていかないと。
モンスターから人々を守っていかないと。
胸に重く苦しいものが募る。
……思ったよりも、疲れているのかもしれない。
射澄さんの言うとおり、早く帰って今日は早く休もう……。
「それで、何の用」
「だから、言っただろう? 女子会だよ」
そう言って、射澄は私の対面の椅子に座り、やたら愉しそうにニヤニヤと笑っていた。
はあとため息をついてから、私も席につく。
「女子会ならお菓子の一つでも出したら」
「図書室は飲食禁止なの常識だろう」
「場所選び最悪過ぎるでしょ」
「じゃあ私の家に来るかい?」
「遠いし、今から行くと帰りが遅くなるから嫌」
「じゃあ美玲の家かい?」
「……そこまでして、何がしたいのよ」
急に女子会とか言い出すし、こいつ何がしたいんだ。
中学入学以来からの付き合いだけれど、過去最高に意味が分からない。
「いやぁ、実は最近恋愛ものの作品を洋の東西、古今も構わず読み耽ったのだけれどね」
「まあ、本のジャンル以外はいつもの射澄じゃない」
「ジャンルは問わずに読むよ私は」
「恋愛ものは苦手だって中二の時に言ってた」
「そうだったかな、そうだったかもしれない……。それは過去の私の発言だから、現在の私には適用されない。OK?」
「おーけー」
「よろしい。というわけで……美玲は燐くんのことが好きなのかい?」
「は?」
は?