仮面ライダーツルギ Triangle Victim SPiral 作:大ちゃんネオ
「消しちゃおうよ、邪魔な奴はさ」
甘い空気、甘い内装、甘い蜜。
パンケーキにメープルシロップをかけながら、愛舞穂は言った。
店内の喧騒は物騒をかき消し誰も気には止めない。
各々、映えるスイーツに夢中なのだから。
「それー自分以外は結局邪魔じゃーん?」
マシュマロのひとつを頬張り、鳴羽はけたけたと嗤った。
そうじゃなくてと否定しながら愛舞穂はパンケーキを食べやすいサイズにカットしている。
「嫌な奴等がいるじゃん? 神前とか……白い奴とか」
「あー、ツルギ君ねー。最近結構話題だよー。あ、パンケーキワンカットとマシュマロ交換しよー」
「ダ~メ! 釣り合わないっしょ。食べたきゃ取ってこいよ」
「ケチー」
「石墨とかもさ~何考えてるか分かんないし。邪魔する奴等は、マジメにバトルしてるみんなで潰してこ~じゃん?」
勢いよくフォークをパンケーキに突き立て、口に運ぶ愛舞穂の耳に拍手の音が聞こえた。
鳴羽にも聞こえているが、周囲で拍手をしているような人物は見当たらない。
そして、二人に話しかける声が聞こえたことで誰が拍手していたのか判明する。
『素晴らしい! ライダーバトルに積極的で私とっても嬉しいです!』
水の入ったグラスに映るアリスが笑顔でパチパチと手を叩いていた。
愛舞穂はグラスを持ち上げると、ジトっとした目でアリスを見つめた。
「ちょっと~。盗み聞きはよくないと思うんだけど~」
『そんなつもりはなかったんです、ごめんなさい。でも~、お二人にとってもいい話をお持ちしましたので~』
いい話?と愛舞穂は聞き返し、鳴羽と顔を見合わせる。
そんな中、アリスは丸いチョコをつまみ上げて噛み付いていた。
聖山市民が聖山駅で集合するとなった場合、指定する場所がある。
ステンドグラス前。
これで聖山市民には大体伝わる。
改札前のスペースでは京都物産展が行われており、名物や銘菓が並んでいる。興味は惹かれるけれど、どうせなら京都の物は京都で買いたい。何もなければ来年の修学旅行で京都に行くわけだし、スルーだ。
物産展をかき分け、ステンドグラス前へ。
みんながここを集合場所にするので、人だらけのステンドグラス前。
連絡を取り合っているのか、はたまた暇潰しか。スマートフォンに目を向ける人が多い。
「美玲先輩は……」
まだ来ていないのだろうか。
美玲先輩らしき姿は見えな────。
「燐」
あれだけたくさんの人がいると思ったのに。
その人しか視界に入らなくなってしまった。
ステンドグラスを背景に、美人がいると思った瞬間。
美しい女性の口から、自分の名前が告げられた。
「どうしたの?」
「え、ええっと、おはようございます。美玲、先輩……?」
「おはよ。なんで疑問系?」
言えない。
美玲先輩だと一瞬分からなかっただなんて。
学校で見る制服姿の美玲先輩を見慣れていたので、そのイメージでいたのだ。
私服も見たことはあるけれど、あの時はラフな格好だった。
でも、今は。
「お、オシャレですね」
「そう? ありがとう」
少なくとも、僕の周りにはノースリーブニットを着こなす女子はいなかった。
着ている人はいたけれど、なんというか着られている感じが強かったと思った。もう少し大人が着るものだと。
しかし美玲先輩は違った。白いノースリーブニットに裾に透きの入った紺色のフレアスカート。少しヒールの高いオシャレなサンダル。
サンダルなんて、ちょっと近所を歩くぐらいのラフな物だと思っていたのに。
美玲先輩にかかればあんなオシャレなものになってしまうのか。
白いショルダーバッグを提げ、日傘を持つ美玲先輩は様になっていた。
うっすらとだが化粧もしているみたいで、その加減もまた大人びていた。
髪型もサイドを編み込んでハーフアップにしていて、美玲先輩の小顔ぶりがより強調されている。毛先の方はカールをかけて、普段とはがらりと違う印象だ。
「ひとまず行くわよ。バスの時間もあるし」
「は、はい」
すたすたと改札へ向かい歩き始めた美玲先輩を追う。
美玲先輩が目の前を通り過ぎた時、ふわりと柔らかい香りがした。
香水をつけているみたいだ。
ひどい偏見もあるのだが、僕は香水というものに良い印象がない。
幼い頃、母さんの知り合いの女性に会った時のことだ。やたらと強い香水の匂いに気持ち悪くなってしまったことがあった。それ以来、しばらくの間は香水の匂いで具合が悪くなると思っていたのだけれど……今のは純粋に良い香りだと思えた。
「いや……いやいや……」
「どうかした?」
「いえ、なんでもないです」
怪訝な顔を浮かべる美玲先輩に悟られないようにする。
ファッションとか見た目をとにかく凝視してしまったし、その上匂いまで。
それは流石にヤバいだろうと、理性がブレーキをかける。
分かりやすく言えば、キモいぞ自分。
改札を通り抜けると同時に気持ちを切り替える。
聖山駅の在来線の構内は長い。
水族館方面を走る聖石線は八番線。構内の一番奥にあたる。
更に、ホームに降りるのにこれでもかという長さと傾斜のエスカレーターを下る。
目の前には美玲先輩の後頭部がある。
一段あけて後ろに並び長いエスカレーターで運ばれていく。
「そういえば」
不意に振り返る美玲先輩に驚かされた。
甘い匂いが鼻腔をくすぐり、心臓が跳ねる。
「わっ」
「なに……?」
「いえ、別に」
努めて平静を装った。
「燐も、お洒落してきたのね」
そう言われて、あははと乾いた笑いしか出なかった。
これに関しては母さんと妹に感謝しなければいけない。
家を出る前に遡る。
今からおよそ一時間前だ。
朝食を食べ終え、身支度をある程度済ませて早めに家を出ようとした。
「あら燐。もう出るの?」
「うん」
スニーカーの靴紐を結びながら返事をした。
「……水族館、行くのよね?」
「うん」
「誰とだっけ?」
「美玲先輩と」
靴紐を結び終え、立ち上がる。
振り向いて、母さんにいってきますと言おうとしたのだが。
「待ちなさい」
「なんで」
「その服で行くつもり~?」
そう言う母さんの眼は、あり得ないものを見ているようだった。
実の息子をそんな目で見るなんて。
「え。なんか、変?」
白いTシャツと黒のチノパン。
変なところなどないはずだけど。
「変ではないけど……無難すぎる」
「問題ないってことじゃん。いってきまー」
「だから待ちなさい」
腕を掴まれ、取り押さえられてしまう。
息子の行く手を遮るなんて。ひどい母である。
というのは冗談。
「あのねぇ燐。もうちょっと女心ってもんをね、理解しなさいよぉ」
「なに、いきなり」
「女の子の先輩が水族館に誘うなんて……デートでしょうそれは」
それは、そうかもしれないけど。
たしかに美玲先輩からチケットを貰った時は内心舞い上がったのだけれど、時間が経つにつれ、今日という日が近付くにつれ、頭はスンと冷静になっていった。
なにを舞い上がっているのだ貴様はと。
「いやぁ、チケットが余ったから誘ってくれたんじゃない?」
「お馬鹿!」
ぴしゃりと叱りつけられる。
「チケットが余ったなら他の人誘うでしょう。女の友達とか」
「そうかなー。美玲先輩、友達少ないって言ってたし」
「ああもうつべこべ言わない! ほら、着替える!」
「えぇ……」
「あのねぇ、そーんな無難な格好で行って、その美玲先輩ちゃんがお洒落してきてたらどうするの! 美玲先輩ちゃんが今の燐を見たらきっと、ああデートだと思われてないんだ……ってショック受けるわよ!」
そんな馬鹿な。
あの美玲先輩が、そんなことでショックを受けるわけ。
僕がどんな格好でいてもきっと美玲先輩には関係ないだろう。
「そんな……それになんか張り切った格好で行って、美玲先輩がお洒落してきてなかったらどうするのさ。なんか変にカッコつけた服着てきたわねとか思われるの嫌なんだけど」
「その時は燐が恥かくだけで終わりでしょ」
「息子が恥かくのはいいわけ!」
「女の子に恥かかせる息子の方が嫌よ私は! 女の子と二人きりで出かけるなんて時にそんな無難な格好で行くような、無難無難なブナシメジ男に育てた覚えはないんだから!」
圧がすごい。
ただ、たしかに美玲先輩に恥をかかせるのは申し訳がないと思える。
それにしても、なんなんだブナシメジ男って。
靴を脱いで母さんに部屋へ連行されながらブナシメジ男を想像する。
マスコットになりそうだ。
「でもさ、僕の服なんて大体同じようなやつだよ?」
大体、無地のTシャツが多い。
シンプルなものが好きなのだ。
クローゼットの中を見ても、私服はほとんどそんな感じ。
「燐と服買いに行ってもこれだからつまらないのよね~。一瞬で終わっちゃうし。もっと色々見たり試着したりしなさいよ」
「お言葉ですが、必要なものを必要な分だけ買ってるんですー。家計を助けてるんだよ」
「はあ……別にそんな切迫してないわよ我が家は。というわけで、こっち」
母さんに促され、ついていく。
父さんと母さんの寝室に入り、戸を開けてクローゼットルームに入る。
かっこつけた言い方だが、要するに物置部屋だ。
もっぱら母さんの服が多いのでクローゼットルームなどと呼んでいる。
「はいこれ」
手渡された紙袋を受け取る。するとまたひとつ、ふたつと紙袋を渡されていく。
「ちょっと、そんなに持ちきれないって。で、なんなのこれ」
「燐の服だけど」
「え?」
紙袋のひとつを開けて見ると、たしかに服が色々と入っていた。
なんで?
「燐が無難な服ばっかり着てるから、燐に似合いそ~な服を買ってたのよ。ほらこれ、燐は足長いからダボっとしたのよりこういうタイトな感じで……」
「えー? でもスキニーはおっさん臭くない?」
いつの間にか様子を覗いていた妹の美香が口を挟んできた。
「なに? 私のファッションセンスが古いって言いたいの?」
「いやー? いかにもお母さん世代って感じ~」
「世代とか関係ないのよ! ほら、燐は私に似て顔がいいから何着ても似合うわよ」
「え、じゃあ何着てもよくない?」
母さんが言ったことはつまりそういうことに繋がる。
僕の顔はさておき、今のは最早ファッションの否定だろう。
「か、顔が良くても服がダメじゃダメよ」
「でもさっき何着ても似合うって」
「いいから! それより遅れるわよ! さっさと着替える!」
「お兄ちゃん、おっさん臭くならないようにコーディネートしてあげる」
最近反抗期気味の美香はいちいち母さんを煽る。
そんな美香を窘めつつ、姿見の前に連行され、そんなこんなで現在に至る。
「いやぁ、その、まあ……」
「今はこういうシャツ流行ってるものね。色味も合わせやすくて良さそう」
白いTシャツの上に羽織った、くすんだベージュのシャツを見て、美玲先輩はそう評した。
結局のところ、母さんと妹のコーディネート合戦に付き合った果てに辿り着いたファッションは、最初に僕が着ていたものにこの半袖のシャツを羽織るだけのものとなった。
あとは靴を真っ白なスニーカーにしたぐらい。
「男子のファッションって、どういうところで決めてるの? ファッション誌とか読まないでしょ?」
「えっと、服屋に行って適当に選びます」
「適当って、適当?」
適当というと、適したものという意味か雑に選んだという意味か。
うーん。
自分が着ても変な感じにならないだろうという物を選ぶという意味では前者の、正しい意味での適当だろう。
ただ、何着も試着したり手に取って吟味したりして選ぶというほどでもなく、サイズがあっていればいいか。ぐらいの感覚で選んでもいるので、後者のテキトーとも言える。
「まあ、テキトウです」
「ふぅん……」
突っ込まれるかと思ったけれど、案外すんなりと受け入れられた。
「服を買いに行く時は誰と行くの? 一人?」
「母さんと妹と行くことが多いですね。付き合わされてる感じです。荷物持ちとか」
「お母さんと妹さんに服のことで何か言われたりする?」
今朝、言われてきたばかりです。
そう真面目に答えそうになるのをなんとか堪えた。「お母さんに選んでもらったなんて言ったらダメだよ。マザコンだと思われるから」と妹から口止めされているのだ。
まあ、結局のところ自分で選んだ服装プラス1程度なのでほとんど自分で選んだようなものだけど。
「選ぶの早すぎ、とかは言われますね」
「そんなに早いの?」
「ジーンズとかだったら試着するのであれですけど、上だけだったら十分ぐらいで済ませますかね」
「嘘でしょ……」
信じられないものを見てしまったと言わんばかりの目で見つめられる。
そんなにおかしなことを言ったつもりはないけれど、僕は母さんと妹の長い買い物に付き合わされているから知っているのだ。
女性の買い物は長いことを。
そして、美玲先輩もまためちゃくちゃ服に時間をかけていそうだと思うと、長いエスカレーターがようやく下についたのだった。
少し歩いて、短い階段を降りてホームへ。
休日の、誰もが出かけようという時間もあって混雑していた。
電車には乗り込んだけれど、座れはしないだろう……あ。
一人分だけ空いている。
「美玲先輩、座れますよ」
「燐が座って」
「僕は立ってても平気なので。どうぞ」
「そう? ありがとう」
空席に美玲先輩が納まると同時に電車が動き出す。
この電車が走る聖石線という海岸沿いを走り北上する路線である。
海岸沿いとは言うものの聖山市内を走っている内は海から遠いのだが。
市街地を突っ切り、車窓からは自衛隊の駐屯地。前に一般公開で入ったことがある。
駐屯地も通り過ぎ、あと十分ほど走れば水族館の最寄り駅……という頃。駅に停まった瞬間、美玲先輩がおもむろに立ち上がった。
まだ降りる駅じゃないのに。
「交代」
「えっ」
「私だけずっと座ってるのは悪いから」
「いいですよそんな」
「いいから、座って」
ポンと押されて、席につかされる。
珍しく、美玲先輩を見上げる形となった。
体のラインが出るニットを着ている美玲先輩なので、色々と、危うい。
しかし目線を逸らそうにも正面どこを見ても美玲先輩である。
これはよくない。
残された選択肢は下を向くだけだ。
「燐」
「ひゃいっ」
唐突に呼ばれて驚いてしまった。
美玲先輩を見上げ、目を合わせる。
「髪はあんまり弄らないの?」
「えっ、髪……ですか? 寝癖直すぐらいです」
「そう……」
「はい」
「……これ、持ってて」
美玲先輩にそう言われ、日傘を預かる。
すると、美玲先輩の両手が僕の頭を、髪をくしゃくしゃと弄り始めた。
「み、美玲先輩……?」
「動かないで」
「は、はい……」
揺れる電車の中、美玲先輩はつり革にも掴まらず僕の髪を弄んでいた。
僕の頭がつり革代わりだったのかもしれない。
「いつも前髪下ろしてるから、おでこを出してみて……。まあ、こんなもんか」
はい、と美玲先輩からスマートフォンを手渡される。
画面がミラーとなっていて、前髪を分けられた自分が映っている。
「ワックスがあればもっと色々出来るんだけど」
「わぁ……なんか変な感じ」
「嫌?」
「そういうわけじゃ! 普段と違うので新鮮というかなんというかで……」
美玲先輩にスマートフォンを返しながら言った。
今の僕の言い方は、あまり良いようには聞こえなかっただろうから。
「そう。ま、たまには髪も弄ってみたら。高校生だし」
髪か。
あんまり興味なかったけど、少し雰囲気を変えてみるのもありだろうか。
ぼうと考えていると、カメラのシャッター音が響いた。
美玲先輩のスマートフォンからだった。
「み、美玲先輩。勝手に撮らないでくださいよ」
「なんで?」
「なんでって、恥ずかしいですし、その、ショーゾー権とかありますから」
「燐は私の後輩でしょう。だからいいの」
そんな、ガキ大将じみた理屈!
「見る?」
「見ます」
撮られた写真を確認する義務がある。
なんとも締まりのない顔をしている自分が映っている。なんとも恥ずかしい。
「消してください」
「駄目。悪用はしないから」
「悪用以外にどんな利用方法があるんですか」
「それは、その。いろいろよ」
「いろいろってなんですか」
「燐の成長の記録よ。先輩として後輩の成長ぶりを測るのは当然でしょう」
「今の写真は成長と関係あるんですかねぇ」
話をしている間にもう降りる駅だ。
聖山市と隣市の境である。
電車から降りたら今度は駅から出る水族館のシャトルバスに乗る。
ちょうどいい時間で良かった。
水族館行きと分かりやすくペンギンやイルカなどがラッピングされたバスに乗り込むと車内は家族連れやカップルで賑わっている。
後ろの方の席に座る、サングラスをかけたポニーテールの女性に目が行った。
どこかで、見たことあるような。
「燐」
「あ、すいません。隣失礼します」
美玲先輩の隣に座りながら、さっきの人が誰に似ているのかを考える。だが、すぐに出てこないということは思い過ごしだろう。
バスは発車し、美玲先輩と雑談を始めたらすぐにサングラスの人のことなど忘れ去ってしまった。
時間は少し遡り、燐と美玲を乗せた電車が駅に停まるほんの少し前のこと。
駅前のバスロータリーの日陰の中に立つ、長身でスタイルも良い女性。
長い足にフィットしたタイトなジーンズにVネックシャツというシンプルな出で立ちだが、主張の激しい大きなサングラスをかけていて芸能人がお忍びで来ているのかと思ってしまう。
しかし、彼女は芸能人などではない。
女子高生である。枕に、かなり本が好きな、とつくが。
いつもは下ろしている髪をひとつに束ね、そろそろだろうかと腕時計の針を内心ウキウキしながら見つめていた。
そんな彼女へ近付く一人の少女が、話しかける。
「こんなところで何をしているんだ、神前」
「そういう君こそ、こんなところで何をしているんだい? 石墨彩果」
長身な射澄とは対照的に小柄なお団子頭の石墨彩果。
射澄はサングラスを少し上げ、彩果の頭のお団子を見下ろしてサングラスを戻した。
「モンスターを探している。聖山駅前や街の中央ではライダーと遭遇する可能性が高いのでここまで来たが、普通にライダーと出会ってしまうとはな」
「出会ってしまったのが私で良かったねぇ。もちろんやる気はないよ」
「それは助かる。で、神前は何をしているんだ。そんな目立つ格好で」
彩果が訊ねると、射澄は口角を上げて他人にはなかなか見せない笑顔で答えた。
「いやぁ、今日はハレの日だよ。美玲が燐くんとデートするんだ」
「……おめでたいな。で、それと神前に何の関係がある」
「今回のデートのサポートをしたからね。お礼に二人の様子を覗かせてもらおうと思って」
彩果は先日、射澄と図書室で交わした会話を思い出した。
恋愛物を読んでいたのは、まさかこのためだったのかと一人納得する。
「上手くいけば、これで美玲もライダーバトルから降りてくれる。そうすれば、君にデッキを大人しく渡して、私もライダーバトルなんて野蛮なものと晴れておさらばだ」
「なるほど……。とすると、咲洲美玲の願いというのは……」
「そういうことだ。こぉんなものに頼らなくても、いいだろうに……とは思うけれど事情が事情だからねぇ」
射澄はポケットから取り出した自身の水色のデッキを手にして言った。
「ライダーなんてそれぞれ事情があるものだ。私も含めて」
「……じゃ、参考までに。というより、君にデッキを預けるんだ、君の願いを聞かせてもらおうか。正しい願いだろうね?」
「正しい、か……。神前、君にとって、正しさとはなんだ」
「哲学めいたねぇ。正しさが君の願いに関するのかい? 公正を尊ぶ君らしいと言えるが」
「……正しさが人を救うわけじゃない。時に人を傷つける。だが、私はどうしても正しくあることにこだわり過ぎてしまう……!」
細く白い手が赤くなり、震えるほど強く握り締められていた。
射澄がそれに気付かないわけもないが、指摘するほどのことでもないと断じた。
彼女には彼女なりの事情がある。その事情をおおっぴらに話せるかどうかは人それぞれだ。
石墨彩果の願いの表層に触れこそしたが、深層にまで立ち入るつもりは射澄にはなかった。
「私にとっての正しさと言ったね」
「……ああ」
「本だ。神前射澄を占める大部分は本、読書。この二つさえ守られれば、そうだな、他に何を盗られようが構わないだろうね。目の前で盗難事件だろうが殺人だろうが発生しても、私の読書の邪魔さえされなければ些末な事だ。私には関係ない。それとあとは……ほんの少しの友情、かな」
最後に微笑んだのは照れ隠しだと彩果は見抜いた。
そもそもだ。
友人を止めるためにライダーバトルに参加している時点で、神前射澄という少女は友情に生きている。ほんの少しなわけがない。
「おっと、電車が来たな。恐らくこの電車に乗ってくるはずだ」
フェンス越しにホームへと向く射澄。彩果もなんとなくだが一緒にホームを眺める。
「お! 来たようだね、お洒落なんかしちゃって~。ふふふ、青春だねぇ~」
「……あれが、ツルギの……」
「そう、御剣燐くんだ」
「……こう言うのはなんだが、本当にツルギか疑わしいな」
「噂には尾ひれがつくものだ。けれど、まあ……そうだね。言わんとしたいことは分かるよ。戦いに似つかわしくない子だよ、彼は」
遠い目でそう語った射澄はサングラスをかけ直し、フェンスに背を向けた。
「それじゃあ、私はもう行くよ」
「……私も同行していいだろうか」
「えぇ? なんでだい?」
「気になったからだ」
「……そうかい。ま、ご自由に」
そうして、二人は水族館行きのシャトルバスに乗り込んだ。