仮面ライダーツルギ Triangle Victim SPiral 作:大ちゃんネオ
ミラーワールドから戻り、美玲先輩は何も言わず早足でどこかへと向かおうとしていた。
僕は必死に、美玲先輩の名を呼びながら追いかける。
それしか、出来ない。
「美玲先輩……! 待ってください!」
美玲先輩が何をしようとしているか、本当は理解出来ている。
射澄さんがあんなことになったのだ。
美玲先輩は、射澄さんの……。
「咲洲」
小柄な、お団子頭の女子が美玲先輩の前に立ちふさがった。
射澄さんと一緒に戦っていたライダーだと声で分かった。
「……退きなさい、石墨」
「咲洲、お前がやろうとしていることは、神前の意志に背いている。分かっているだろう? 神前はお前が戦うのを止めようとしていたんだぞ」
小柄ながらに、鋭い迫力を放つ人だ。
射澄さんともそれなりの関係だったことは、彼女の言葉から想像出来る。
「……射澄が私を止めようとしていたのは射澄の勝手でしょ。私は私の勝手で動く。止められる筋合いはない」
「そんな、美玲先輩……。心にも思ってないことを、言わないでください」
美玲先輩の言葉に、自分でも驚くぐらい素早く反発していた。
射澄さんの死を射澄さんが勝手したせいだと言ったことに反感を持ったのではない。
美玲先輩が、嘘をついたことが僕には認められなかったのだ。
だって、今この場で誰よりも射澄さんの死が悲しくて辛いのは美玲先輩のはずだから。
「なに、それ……。私のこと、分かってるつもり?」
「美玲先輩……」
「だって、射澄なのよ……。射澄が、死んで……!」
「美玲先輩……!」
小さく、肩を震わす美玲先輩を抱き寄せる。
胸の中で啜り泣く声がして、ひた隠していた感情が堰を破ったようだ。
泣きたい時に泣けなかったらきっと、もっと辛いだろうから。
「……御剣燐君といったか。君もライダーバトルから降りるべきだ。それが神前の願いでもある。二人のデッキを渡してほしい」
石墨さん、だったか。
手を差し出し、デッキを渡すように促してくる。
射澄さんと関係があったのなら、ライダーでもそう悪い人ではないのだろう。
デッキを渡せば、ライダーではなくなる。ライダーバトルと関わらなくて済む。
だけど……。
「石墨……。あなたもライダーであるように、私もライダーとして叶えたい願いがある。だからデッキは渡せない」
美玲先輩は石墨さんに目を向けていた。
涙声に震えながら、彼女の提案を拒絶する。
「そのために、神前が死んでもか」
「ええ。私は、止まれない。仮に願いが叶ったとしても……私は、戦わないといけない」
涙に震えたとしても、その決意は揺るがないものだと理解させられる。
何がそこまで、美玲先輩を突き動かすのかまでは分からないけれど。
「草葉の陰で神前は泣くな」
「まさか。射澄は泣かない。こんな私を見て、呆れるだけ」
「……そうか。健闘を祈る、とは言えない。私にも叶えたい願いがあるからな。まあ、せいぜい……生き残れとしか言えないな。それでは、お熱いお二人さん」
背を向け、去っていく石墨さんの最後の言葉が引っ掛かった。
お熱いお二人さん……?
美玲先輩を見下ろして、その意味を理解し即座に距離を取った。
「あの美玲先輩、すいません! その、抱き締めるような真似をして……」
自分でも分からないほどに、自然と美玲先輩のことを抱き寄せていた。
頭を低く下げて謝罪する。
とにかく、とにかく謝罪だ。
「……誰にでもこういうこと、するの?」
「え? いや、そんなことは……!」
「どうだか。自然過ぎて、手慣れてる感じした」
「ち、違いますって! その、泣いていたので……」
「泣いてる女子がいたら抱き締めて慰めてあげるのね。とんだプレイボーイ」
「だから、違います!」
「最低」
言葉とは裏腹に、穏やかな口調でそう言うと美玲先輩は僕の胸に飛び込んできた。
「もう少しだけ、お願い……」
「美玲先輩……」
手を回す。
その細い身体に寄り添うように。
海風のせいだけではない、冷たくなった彼女を暖めるように。
涙を流す彼女を、一人きりにさせないように。
『どう、して』
鏡の中、一筋の涙を溢す少女がいた。
どうして。
疑問符。
否、絶望。
遠目に眺める少年と少女の光景に、アリスは絶望していた。
身を寄せ合い、少女の涙を受け止める少年。
アリスは、少年に恋をしていた。
『可哀想なアリス。脳が破壊されるってやつ?』
涙を流すアリスの背に纏わりつくように、白い女の影が現れる。
ぼやけた白くしなやかな指が、アリスの涙を拭いながら頬を撫で回す。
『コア……!』
アリスは女の影、コアを振り払い睨み付ける。
涙を湛えた瞳は屈辱にまみれて、怒りに震えていた。
『おかしいじゃないですか! どうして、どうしてこうなるの!?』
『人間のことを私に聞かないでよ。それより、やることはまだまだあるでしょう? この戦いはあなたのためのものなのだから。泣いている暇はないわよ』
妖しい笑い声を残しコアは霧が晴れるように消え去った。
一人取り残されたアリスは唇を噛み締め、抱き締めあう少年と少女に背を向け歩き出した。
少女二人の溜まり場は繁華街である屋戸岐町の開店前のスナックであった。夏音鳴羽の母が営む小さなスナックである。
ソファーにドカッと腰を下ろした愛舞穂は不満を口にしていた。
「なんで次の奴にはななるだけ行かせんだよ~。アタシも行かせろっつの」
「なんかーちゃんと理由があるみたいー」
回転椅子に座り、くるくると回っていた鳴羽がそう答えた。
「理由? どんな」
「なんかー、メタ、なんだってー」
「メタ。なにそれ?」
「あーしもよくわからんけどー。まあ、やることは同じじゃーん」
「なんだよ、ななるばっかりー!」
『そう言うと思っていました!』
突然、店内の鏡という鏡に黒の少女アリスが現れ声を弾ませる。
アリスの登場に、愛舞穂はテンションが一気に上がった。
「きたきたきたー! なになに? どいつ殺ればいい?」
『ごめんなさいラブちゃん!』
突然の謝罪。両手をあわせたアリスに愛舞穂は面食らった。
「え、なに? 殺れねえの」
『ごめんなさ~い。今度のお願いは、殺れはしないんです~。でも、きっと楽しいことになりますよ』
「ふ~ん。で、なにすればいいわけ」
『ふふ、道徳的でみんなの模範的な良い子を~。あなた達の仲間にしちゃうんです』
妖しく微笑むアリス。
鳴羽と愛舞穂はアリスの言っている意味を掴みかね、顔を見合わせるのだった。
射澄さんの死から一週間が経った。
この一週間はライダーバトルで大きな動きもなく、モンスターを何体か倒した程度に留まっている。
僕の知らないところで、ライダー同士が戦っていたかもしれないと思うと歯痒いものもある。
ライダーバトルを止めるために、戦っているのに。
知らないところで犠牲者が出て、手遅れなんてことになっていたらと考えると……。
助けられる命なら助けたい。
こんな戦いで奪われる命なんてあっていいはずがない。
それでも────。
視界に映る街はいつも通りに回っている。日々、モンスターに襲われた人やライダーと思われる少女が失踪として扱われても、街という大きなシステムは個人が毎日数人ずついなくなっても機能していく。
街行く人を眺め、寂しさを覚える。
確かに、この街で生きていたというのに。その人がいなくなって涙を流す人もいるというのに。
美玲先輩も今週は学校を休んでいた。
毎日、連絡は取り合っていたから無事なことは確認している。
お家に寄って様子を見たこともあったけれど、出てきてはくれなかった。
そんな悲しみに暮れる人もいるというのに。
街は、無情だ。
人がいなければ街は空虚な箱だというのに。
視線を空へと移す。気持ち悪いぐらいの青空が広がって、綺麗だ。
人の手でどうにもならない、理不尽ともされる自然というのはある種の美しさを帯びて、神秘を宿す。
例えば雷。
稲妻が迸る瞬間、雷鳴を伴い放たれる光。
古代の人々が神の怒りと思っても仕方がない。それだけの尊敬を、畏怖を集めるに相応しい。
それと同じくらい、僕はこの青空というものが怖くて、好きだ。
雷と違って、特別感のない気候かもしれないが、それ故に。
いつも頭上に広がる鮮明なブルーに惹かれて、いつか吸い込まれてしまいそうで、怖くて、好きなのだ。
空は段々と夏の気配を潜め、秋の空へと移り変わっていくところ。
「海は少し、肌寒いかもしれないな」
海風に震えるかもしれない。
一枚、なにか羽織るものを持ってきても良かったかもしれない。
ライダーバトルやモンスターのこともある最中ではあるが、今日、僕は夕花ちゃんと海に行く。
先週、夕花ちゃんと約束したから、約束は果たさなければならない。
もう、こんな風に外に出て遊ぶなんてことも出来ないかもしれない。
いや、そんな考えはよせ。
医者が余命をあと一年と宣告しようが、夕花ちゃんが病気を治して、健康になって、何度でも遊びに行けるようになるって信じてあげないと。
そうしたら、何度だって、どこにだって付き合ってあげるんだ。
健康になって、友達がたくさん出来たら誘われなくなっちゃうかもしれないけど……。それでも、僕は絶対に約束を守るんだ。
駅の改札を抜け、先週水族館へ行くのに使った路線へ。
病院から一緒に行くつもりだったけれど、夕花ちゃんたっての希望で現地集合することになった。
「ぜったい! ぜ~ったい海で待ち合わせだよ! 昔、いっしょに行った梅島海岸!」
なかなかの迫力に押し切られてしまい、現地集合となった。
夕花ちゃんは車でお母さんに送ってもらうことになっているから、今頃車の中だろう。
電車の扉が閉まる。
梅島海岸駅までは30分ほどかかる。席についてスマートフォンで時間を確認。約束の時間にはちょうどいい。
電車が揺れ出すと共に、僕は目的の駅まで瞳を閉ざすことにしたのだが、タイミング悪くスマートフォンがメッセージを通知した。
「美玲先輩?」
どこにいる?
それだけの文章。
チャットアプリを起動して返信を打つ。
梅島に向かってます。前に話した入院中の友達と遊びに行きます。
送信すると、すぐに既読がついた。
チャット画面を開いたままにしていたのだろう。
そして即座に。
そう。
たったこれだけが返ってきた。
大丈夫ですか? 送信。
既読はついたが、返信はない。
少し待ってみたが返信がなかったのでスマートフォンをスリープさせ、僕もまた同じく目を瞑ることにした。
「ちょっと早かったんじゃない?」
お母さんがそう言うけれど、問題ない。
早くつきたかった。
それで、りんちゃんを待ちたかった。
「だいじょうぶ。お母さんはどこかでゆっくりしてて。あとは若い人達同士でって言うでしょ」
「そんなお見合いみたいな……。最近調子いいとは言っても心配だし……」
「だいじょうぶ! わたし、むきむきだから。……へくしゅっ」
思わず、くしゃみをしてしまった。
天気予報では26度もあって夏日と言っていたのに、海の近くは風があって涼しかった。
一枚、なにか羽織るものを持ってきても良かったかもしれない。
白いワンピースに白い帽子。
精一杯のおしゃれをしてきたけれど、りんちゃんはなんて言うかな。
「大丈夫? 約束の時間まで30分くらいあるし、そこのカフェにでも入って……」
「だいじょうぶだって。お母さん心配しすぎだよ。それに、そこのカフェはりんちゃんと入るって決めてるんだから。計画が崩れちゃう」
「そう……? 分かった。ひとまず約束の時間までは車にいなさい。燐くん来たら、お母さんは遠くで見守るから」
相変わらず心配性なお母さん。
それに、娘のデートを見守るなんて。
……それもこれも、わたしの病気のせい。だから、わたしが願いを叶えればお母さんも心配しないで済むし、みんな喜んでくれるよね……?
「……生きたいのなら、戦わない方がいいでしょう」
青いライダーから言われたことを思い出す。
あの人の言ってることは、正しい。
わたしは普通には戦えないから、まともに戦ったら、ほかのライダーに殺されてしまう。
生きたいのなら、死にに行くようなライダーバトルなんてしない方がいい。
そんなことは分かっている。
それでも、わたしは。わたしが望むのは、もっと生きること。
普通に生きること、だから。
そのためには、やっぱり戦わないといけない。
わたしが健康になれば、お母さんもお父さんも喜んでくれる。
りんちゃんだって。
りんちゃん、ずっと暗い顔をしてる。
誤魔化してるけど、わたしには分かる。
りんちゃんには笑っていてほしいから、辛い思いをさせたくないから。
だから、絶対に勝つんだ。
「あ……」
頭に響いた音。
モンスターが近くにいる。
「お母さん、わたしトイレに行ってくるね」
「分かった」
車から降りて、人気のない場所へ。
観光センターの窓カラスにデッキを映して。
「変身」
紫色の鎧と羊のような角を持った仮面を纏い、ミラーワールドへ。
反転した世界。クロスボウ型の召喚機を片手にモンスターを探索。
すると。
『ジジジジジッ!』
「きゃっ!?」
飛来してきたコバルトグリーンのモンスターに怯み、尻餅をついた。
羽音を鳴らし、空を旋回したモンスターは一人のライダーの傍らでホバリング。
ライダーはモンスターと同じコバルトグリーンの鎧を纏い、いつか図鑑で大きく載っていたセミの顔に似た仮面を纏っている。耳元は大きく膨らんでおり、ヘッドフォンをしているようにも見えた。
「ライダー……」
「あんたが仮面ライダーメアー? あーしは仮面ライダーバンジィ。よろしくー」
はめられた。
さっきのはわたしを誘い出すための罠だったんだ。
でも、なんでわざわざこんなところまで……?
わたしを狙ってるのは確実だけど、理由が分からない。
ライダー同士が戦うのがライダーバトルとはいえ、直接自分が狙われる理由が分からない。
わたしのライダーとしての名前すら、相手に知られている。
底知れない恐怖というものを、味わった。
「ふんー」
バンジィは早速デッキからカードを一枚抜くと、仮面の右耳を叩いてカードホルダーを呼び起こし、カードを装填。
【SYNCHRO VENT】
音声が鳴り響く。
聞いたこともないカードの名前。
武器が来るのか、何か起こるのか、警戒は最大級。
しかし、わたし自身には何も起こらない。
「ふふー。めちゃくちゃビビってんじゃーん」
「そんなこと……!」
どうにか、逃げないと。
「どうにか、逃げないと」
カードをデッキから引く。
シュートベント。ブラッディギフトという、赤い矢を装填するカード。
「シュートベント。赤い矢のカード」
「え……!?」
「ふふー。あーしー、心、読めちゃいまーす」
両手でハートを作ると、バンジィの右目がハートからわたしを覗き込む。
心が、読める。
さっきのカードの効果はそれということ!?
そんなの、どうすれば。
「困ってるねー」
バンジィは更にソードベントを使い、セミの羽のような二本の剣を召喚し、軽くスキップしながらこっちに向かってくる。
とにかく、近付かせたらダメ!
【SHOOT VENT】
クロスボウに赤い矢が装填される。
狙いを定め、トリガーを引く。
放たれる矢は真っ直ぐバンジィ目掛けて飛んでいく、が。
「それー」
矢は、透明な刃の剣に切り捨てられる。
まだ、まだ矢はある……!
急いで装填して、撃つ!
撃つ!
撃つ!
「はい、はい、はーい」
放った三本の矢は避けられ、切り裂かれ。バンジィはまったく臆した様子はない。
これが、心を読まれるということ。
「そんなに怖がらないでよー。あーしも流石にヘコむー」
露ほども思っていないくせに。
とにかく、もう打つ手は……。
「「ファイナルベント」」
ファイナルベント。
これなら絶対に勝てる。
でも、なんで。
心が読めていても、これを使われたらどうしようもないはずなのに。
使うのが一瞬躊躇われる。
でも、使わなきゃ負ける!
【FINAL VENT】
「ふふっ」
契約モンスターのトワイライトシープが現れる。
他のモンスター達と違って、羊のようにかわいい姿の子だけど、この子の鳴き声を聞いたら、誰であろうと眠りにつく。
夢の中のわたしを倒せば目覚めることは出来るという条件つきだけれど、それにだって多少の時間はかかる。
バンジィが眠っているうちに、トドメを刺せば!
『メェェ~』
トワイライトシープが鳴く。
鳴いた。
鳴いた。
鳴いた、のに。
「どう、して……」
「えー。なにその子、めっちゃかわいいじゃーん」
「なんで、起きてるの……!」
まったく、何も起きていないかのように。
いや、実際何も起きていない。
そんなはずは、絶対ありえない!
「絶対なんてないってことだねー。じゃ、あーしのターンッ!」
「きゃ!?」
殺気が走る。
緑の恐怖が迫る。
痛みが、襲う。
右肩から左の脇腹へ、重ねられた二枚刃が身体を削ぎ落とされたような錯覚に陥るほど。
「いっ……!」
痛い、なんて。
痛いなんて、これまでたくさん味わってきたはずなのに。
痛い、痛い、痛い痛い痛い!
だめ、死んじゃう。このままじゃ絶対死んじゃう。
絶対なんてない。なんてことはない。今、絶対を感じた。
いやだ、死にたくない。
死にたく、ない。
「死にたく、ない……」
死にたくない。
嫌、イヤ、いや、いや。
生きたい。
生きなきゃ、いけない。
「こらー。逃げんなしー」
【BOMB VENT】
足下に、丸いものが転がる。
気付いた時にはもう、破裂していた。
爆発、ではなく。
炎に包まれるでもなく。
それは、音の爆弾。
脳を無理矢理掴まれて、揺すられているような感覚。
そして、あまりの大音量を前にすると人は、音を失ってしまうのだと知った。
つんのめって倒れる。
耳が痛い。
「なにも、きこえ、ない……」
「いいなー。ウソ、静か過ぎるのは流石にイヤかなー」
倒れたわたしを、バンジィが見下ろしていた。
何か言っているのかもしれない。
けれど、今のわたしにはまったく聞こえない。
セミに似た顔に見下ろされるということが、こんなに怖いこととは思わなかった。
虫のように感情を感じさせない仮面。
両手の剣が、いつでもわたしを殺せることだけ分かる。
逃げないと、逃げないと……。
「まだ逃げるつもりー? 諦めたらー?」
なんでもいい。
とにかく、這ってでも逃げないと……。
体を引き摺って、なんとか立ち上がって、少しでも、遠く……。
ミラーワールドから、出ない、と……。
「ふん……」
その背を見つめ、バンジィはデッキからカードを引いた。
死に体のメアであるが、確実なトドメを刺すべきだと冷静に判断したからだ。
ヘッドフォン状の召喚機、ノイズバイザーの右耳を軽くつつきカードホルダーを起こす。
デッキから引き抜いたカードの絵柄はバンジィの紋章。
すなわち、ファイナルベント。
【FINAL VENT】
セミ型モンスター、ノイシケーダが跳躍したバンジィの背に合体。
空中を縦横無尽に飛び回り速度を上げて宙返り。
その勢いを利用し、バンジィはキックの体勢となってメアの背目掛けて加速。
耳が聞こえなくなったメアに、迫るバンジィの音は届かない。
確実にメアを仕留められる。
はずだった。
『メッ!!!』
「つっ!?」
メアにもう少しで着弾するというタイミングで、トワイライトシープが間に割り込んだのだ。
メアを庇うかのように。
トワイライトシープの身体に直撃したバンジィのファイナルベント。トワイライトシープは爆発を起こし、その衝撃を受けてメアはカーブミラーから現実世界へと戻される。
爆煙が風に流れる。
バンジィは一人佇み、舌を打った。
「まさか、モンスターが庇うなんて。でも、あの傷なら……」
鼻で笑い、バンジィもまたミラーワールドを後にした。
メアを探しに。
メアの、亡骸を確認しに。
誰もいない砂浜に寝転んでいた。
つめ、たい。
指先、身体の末端から熱が失われていく。
さむい。
震えが、止まらない。
さむい、のに。さむいのに、目だけが、あつい。
きれいな青空。
海も青くて、きれい。
「あぁ……こんな、きれいな場所で……死ねるんだ……」
わかってた。
きっと、こんな戦いをしたって、勝てるわけがない。
死んじゃうんだって、わかってた。
それでも、もがいてみたかった。
生きたかった。
一生、病院で暮らすなんて、いやだったから。
お母さんとお父さんと同じ家で毎日を過ごして。
りんちゃんと同じ学校に通って。
普通の女の子らしい毎日を、生きてみたかった。
けど、今はもう。
寒くて、冷たくて、痛くて、痛い。
痛い。
ずっと、わたしの中にあったもの。
忌々しくて、大嫌いだったもの。
ようやく、わたしを連れていくんだね。
会いたい。
ずっと、離れていても忘れたことはなかった、わたしの友達。
りんちゃん。
男の子だったのはびっくりしたけど、小さい時と変わらなくて、かわいい。
でも、やっぱり男の子だから、かっこよく、なってた。
ようやく、再会出来たのに。
「あ、あ……」
最後の力を振り絞る。
身体を起こして、海を眺める。
波が引いて、返ってきて、どこまでも広がる海。
震える足で立ち上がる。
せっかくのワンピースはぼろぼろで、帽子もどっか行っちゃった。
こんなとこ、りんちゃんに見られたくないなぁ。
お母さんにも、見せたくない。
だから、ね。
くるぶしに感じる冷たい感触。
膝に感じる、穏やかだけど力強い波。気張ってないと、もっていかれちゃいそう。
こんな姿で死んでるところを見つかったら、ダメ、だから。
あいつにトドメを刺されるのも嫌だから。
深く、深く。
誰にも見つけられないように、深く。
青の中へ。
青の、青の────。
最後に、見たのは。
白い光。
ちょうど真上に太陽がある。
水の中でも眩しい。
りんちゃん、みたい。
りんちゃんの太陽みたいな笑顔が、すき。
どうか、そのままのりんちゃんで、いて。
ああ……。
まぶしいのが、とおくなる。
くらい、くらい、やみに、しずんで、おちて、ながれて、さよなら────。