その日も男は有能な冒険者を追放した   作:ギル・B・ヤマト

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六話 光

「イタイ」

 

 リッカの肩から赤い液体が垂れていく。

 

「イタイ……イタイッイタイ」

 

 いつもは優しげな表情をしていた彼女が目をいっぱい開いて、耐えきれないように悲鳴をこぼす。

 

「イタイ痛いイタイいたいイタイイタイ痛いいたいイタイイタイイタイイタイ!!!!」

 

 彼女は確かめるように右腕を左腕の方へ動かすが……そこにあった彼女の片腕はもう存在しない。

 

「イタイ……!!!」

(ッ……リッカ!!)

 

 リッカの悲鳴が響いても始まった狩りが止まらない。むしろその悲鳴を聞いて歓喜に満ちるディピィグルヴェルフ(卑劣な狩人)がエリスに爪を振るった。

 

 やった事はそれだけ。

 

 だというのに振り始めた瞬間に爪は見えなくなり、腕に内包されている魔力量もガウスヴェルフと比べて桁違いだ。

 

 一つの動作ではっきりと分かってしまった。

 改めて嫌な事実を叩きつけられてしまう。

 

 絶対に勝てない。

 

(マズイ!)

 

 無詠唱の風魔法を中断して、片手だけで剣を咄嗟に引き抜いて受け流す。できるだけ衝撃を和らげようとしたが相手の力が強すぎる。受け流せずに軽く吹き飛ばされてしまった。

 

 だがエリスだってただ吹き飛ばされるだけではない。

 受け流している時に取り出したネズミ色の玉を無造作に投げる。

 

 地面に直撃すればディピィグルヴェルフ(卑劣な狩人)の周りが煙だらけに。それも視界だけではなく、匂いも視界も魔力も全て遮断するそれは、確実にエリス達を守っていた。

 

 とはいえ所詮は煙。

 爪を震えば視界を奪っていた煙は掻き消された。

 

 エリスと魔獣の近くで蹲っていたリッカの姿も、跡形もなく消えていたが。

 

『?』

 

 古の森跡に太い木が沢山生えている事にどれだけ感謝する日になるのか。大人二人でもすっぽり入る程に太い木の後ろでエリスとリッカは隠れていた。

 だがリッカは冷静になれる訳でも正気で居られる訳でもない。

 

「いたいったすけてっ……!」

「静かにっ………………!」

 

 ショックと痛みに耐えられずバタバタ体を動かし、危機的状況でも口を動かそうとするリッカをエリスは抑えた。

 出発時は綺麗な僧侶の服も今では赤い点々が付いていて台無しだ。特に一番酷い部分……ガウスヴェルフによって欠けた左肩にエリスは手を当て、もう片方の手で口を塞ぐ。

 

「━━! ━━━━━━!!?」

(ごめんリッカでも今は黙ってて!)

 

 ゔー、ゔぅーと大きな声を手で無理やり抑える。

 魔力も乗せて強い力で抑えている。なのに暴れている体を完全に止められない上に、涙も流れるまま。

 

「━━━━!!!! ━━━━!」

(静かにして……お願いっっ!!)

 

 地面を足で何回も叩きつける低い音が聞こえる。大きい音ではないが、気付かれてしまうかもと心配になる程度の音。

 けれど回復魔法の効果が出たのか一秒、二秒と時間が経つにつれて悲鳴も押さえつけられながらも暴れる音も静かになっていった。  

 

「……………………あくまで応急処理しかできてないけど、話せる?」

 

 風でも吹けば消えそうな、けれど密着しているリッカには聞こえる程度の小声で問う。

 帰ってきたのは僅かな頷き。

 暴れていた時よりも理性的だが、同時に回復魔法でも完全に中和できない痛みのせいで苦悶の表情を浮かべていた。

 

「エ、リスさん。すみません。もう大丈夫です……」

「謝るべきなのは私だよ……いや今はそうじゃない。後でいくらでも償うから」

「先輩。これからどうすれば良いんでしょうか……?」

「大丈夫。全滅する事はないから。……リッカの腕を守る事はできなかったけど」

 

 リッカの口を塞いでいたエリスの手は、そのまま道具袋の中を探っていた。そんな事をしている中でエリスは口を開く。

 

「リッカ、まず貴方は冒険者ギルドにあの魔物の事を報告して」

「……あの魔物から逃れる方法があるんですか?」

「あるよ。この石を使えばすぐにエンコウン街へひとっ飛びできる」

「それって、え、飛行石ですか?」

 

 エリスの道具袋から出たのは青色の魔法石。ダイヤモンドの形をしたそれは木の日陰の中でも綺麗に輝き、二人を照らしていた。希望の象徴の様に。

 

 取り出した宝石の名は『飛行石』

 

 使えば登録された場所へ一瞬でワープする神秘の塊。

 危険時の退避アイテムとして一番と言っていいほどに優秀だが、その貴重性故に高額で並の冒険者には一生縁が無いものだ。

 

 冒険者なら誰しもが憧れる飛行石の事をリッカは知っていたそうで、顔の驚きが顕になる。

 希望の一筋が見えた彼女は弱々しくなりながらも、顔が喜びの色へ段々と染まっていた。

 

 けれど喜んでいる時間は一瞬だけ。

 

 一つの事実に気付いてしまったリッカは、上がっていた口角を止める。

 受け止めたくない現実を見てしまったが故に。

 

 

 エリスが取り出した飛行石は……一つしかなかった。

 

 

「先輩……飛行石は一個だけですか?」

「うん。前に師事してくださった人から貰ったんだけど、あくまで私の為にプレゼントしてくれた物だから」

 

 エリスがそう言い終えると重い空気が沈黙が続く。

 

 飛行石の効果の対象は()()()()

 つまりどちらかはここに残らなければならない。

 残った者はゴールド冒険者でも倒せるか怪しい相手に、たった一人で立ち向かうか逃げるしか無いのだ。

 

 そんな自分から死にに行く様な━━

 

「その飛行石は先輩が使ってください」

 

 小さくけれどはっきりとした声でリッカが言った。

 恐怖に押しつぶされそうになってもそれに抗った上で、己が言った意味を理解した上で彼女は言った。

 顔色は悪いままだが、その事を忘れてしまいそうになる程彼女の目に宿る意思は強かった。

 

「いいや。これはリッカが使って」

 

 その上でエリスは冷静にリッカの覚悟を否定する。

 

「でも……!」

「情けじゃない。今回は誰かが時間稼ぎをしないといけない。リッカが残っても役に立たないだけ」

 

 今回のクエストが初めての新人冒険者と、シルバーといえど歴代二位の速さで昇格した冒険者。力量差は明らかだろう。

 ただ逃げるのではなく戦う。そこにリッカは疑問を抱いた。

 

「……逃げないのですか?」

 

 リッカが質問すればエリスの表情が少し暗くなる。

 事態の深刻さを表すように。

 

「……アイツはアンタを襲った時笑っていた。その後は私が抵抗がしたけど、それを考慮してもあの魔獣はリッカを殺すタイミングはいくらでもあった」

 

 こう言ってはなんだが腕が無くなっただけで済んだのはラッキーな方だ。相手が本気ならリッカはこの世にいない。

 

 腕を吹き飛ばしたあの時の笑顔。

 弱者を痛ぶる事に快感を覚えて歪になる笑顔。

 

 あの魔獣は……人を痛ぶって楽しんでいる。

 

「楽しんでる……それって、絵本で本で描かれていた━━」

「そう、魔王によって生み出された魔物のみが持つ特性。その魔物達の名前は」

 

 

──破壊の使者(ディストルポス)

 

 

 自分が生きる為に、死なない為に戦うのではなく、

 人間を殺す為に、殺して楽しむ為に戦う存在だ。

 

 勇者の本でも他の魔物達とは一戦を画す存在であり、同時に人類にとっても一層凶悪な存在として描かれていた。

 木の後ろで彼女達を殺そうとしている存在がソレと一緒だとして、古の森跡の近くにあるエンコウン街はどうなる?

 

 終末事変の二の舞だ。

 

「どうせ勝てない相手なら強い方が残って時間稼ぎした方がいいじゃん?」

「でも━━!」

「お願い。これであの所長さんに事態を伝えて」

 

 リッカが反論しようとしても飛行石を掴んだ手を差し出されて黙ってしまう。エリスの真っ直ぐな目を見て何も言えなくなってしまう。

 

「………………分かりました」

 

 リッカがそう言うと彼女が握っていた飛行石が輝き出す。

 

「エリスさん……私は後輩として教わってない事が沢山あります。後で教えてくださいね」

「もっちろん!」

 

 エリスは親指を立ててそう言ったのと、リッカの姿が魔法によって完全に姿を消したのは同時だった。青い光に包まれて消えていく様はさぞかし魅力的だろう。できればこんな状況で見たくはなかったと思う彼女だった。

 

 けれど現実は余韻なんて優しい時間は与えない。

 ここは破壊の使者(ディストルポス)の支配場で命のやり取りをする場所だ。

 現実から逃げた奴は死ぬだけ。

 今は死んでも戦えと心に活を入れながら、エリスは無詠唱で雪を生み出す。

 

(もう見つかった……)

 

 リッカと別れてから十秒足らず。

 雪を使って自分の剣を磨いていれば、敵の叫び声と共にエリスの前の木に一閃入った。

 なんの歯切れもなく綺麗に真っ直ぐな一線が通ったと思えば、少し遅れて木が軋む音が聞こえた。

 そして滑らかに木の方上半身は横に倒れていき、その後ろから巨大な死神が姿を現した。

 

 リッカを痛ぶった時と同じ笑みを浮かべながら。

 

(さぁてと、どうやって時間稼ぎするか……死ぬ気で時間稼ぐぞ私!!)

 

 無詠唱を連続で行い身体強化は済ませてある。

 切羽詰まった状態で並走作業をする時に無詠唱は便利だなと呑気な事を思いながら、目を尖らせて目の前にいる敵に向けて剣を向けた。

 

 刀身は紅く澄んでいて、透き通る色が刀身一杯にほころびなく塗られている。

 

 どんな時でも冷静であれ。

 

 彼女の先輩からの言いつけを常に守っていた成果だ。

 こんな状況でも彼女は地力を発揮できている。

 

(まだ解除されていない罠は沢山ある。位置も把握できているからそれを使うとして……何分時間を稼げるか)

 

 脳を動かし、思考を時間稼ぎの一点に向かって巡らせて、構えを取る。構えを取る間も一秒以上掛けたが相手は襲ってこない。

 やはり相手は弱者を痛ぶるのが目的であって、本気で殺す気はないらしい。相変わらずこちらを馬鹿にしているような笑顔は消えないまま。

 

(その顔はスゴイムカつくけど、むしろラッキー…………んなわけないでしょ。絶対に後悔させてやる!!)

 

 心の中は激情に駆られ、けれど不必要に表には出さない。感情というエネルギーを適切なタイミングで全力で出す。その事だけに集中して剣を構える。

 

 それは相手も理解しているのか。

 ただゲームを楽しみたいだけなのか。

 構えもせずに堂々と歩いてきた。

 

 一歩目、落ちていた葉っぱを踏む。

 くしゃりと乾いた音が響いた。

 

 

 二歩目、ディピィグルヴェルフ(卑劣な狩人)に付いている宝珠石が、太陽の光に照らされて反射する。

 紫色の光が眩しい。

 

 

 三歩目、エリスが放った斬撃をディピィグルヴェルフ(卑劣な狩人)は軽々と受けた。

 

 

(斬撃を目視で受けたねやっぱ……けど!)

 

 つかさず風魔法を纏った剣でもう一度フル。標的は目の前の魔獣ではなくその手前にある切り株を。

 

(無詠唱魔法はこんな事だってできるんだよ!)

 

 複数の風の刃を作り放てば、丸太は木片の塊へ早替わり。一瞬の時間稼ぎさえできればいい。

 そう思った通りにディピィグルヴェルフ(卑劣な狩人)の視界は木で一杯になる。

 

 だがそんな事なんの意味があるのだろうか?

 

 精一杯の策を嘲笑うかのように木片は()()()()

 暗色の壁が存在する意義を噛み殺す勢いで極光の死が迫る。  

 エリスから見えるのは己の体を軽く埋める程のビーム。触れれば即死すると嫌でも分かってしまう強力な魔法が彼女を覆ってしまう。

 

 彼女が居た場所は光が通り過ぎ地面を抉っていく。

 相変わらずの威力の高さだがディピィグルヴェルフ(卑劣な狩人)からすれば当たり前の事。

 

 今は目の前の何も無い空間ではなく、彼女がいる真横の方へ見るべきだろう。

 

(やっぱり最初のビームはコイツが放ったわけね……!)

 

 ほらやっぱり。

 隙を与えず放った筈なのに、己の獲物は難なく横に跳んで避けている。

 

 面白い。

 ()()()()()()()()()()()()

 ()()()()()()()

 

(そんなに楽しそうに笑って……てか中途半端な時間稼ぎは無理そうだねっ!)

 

 彼は破壊の使者(ディストルポス)として笑う。

 人類を滅亡する偉大な使命を持った者として。

 

 ただそんな事エリスが知る筈が無く。

 そもそも戦い以外で考える暇は無く、己の位置と太陽の位置を確認する事で精一杯だった。

 

(さっきお前の宝珠石が眩しかった時、良い事を思い出したんだよねぇ)

 

 ディピィグルヴェルフ(卑劣な狩人)が爪を振るうよりも早く、エリスが剣を早く振る。

 

 ただし威力比べをする訳ではない。

 

 

 あくまで目隠しだ。

 

 

 エリスは剣の刀身を見せつけた。

 彼女の先輩から渡された性能の良い剣であり、常に彼女が整備を欠かさずやっていた剣。

 そして雪で磨かれた刀身は自然の景色を一切汚すことなく映す鏡となっていた。

 

 よって太陽の光が当たれば──

 

『!?』

 

 ディピィグルヴェルフ(卑劣な狩人)の目に強烈な光を見せつける事もできるだろう。

 

(よし隙を見せたぁ!)

 

 予想外のタイミング、予期せぬ大勢での怯み。

 エリスの作戦が見事に決まった結果、ディピィグルヴェルフ(卑劣な狩人)は体のバランスを崩すしかなかった。

 

 彼が油断しなければ、目潰しで動揺はしなかっただろう。目潰し程度で体のバランスを壊すなんて恥ずかしい姿も見せる事もなかっただろう。

 傲慢が生んだ結果と言える。

 

「ゥゥゥァアアアア!!!」

 

 女性とは思えない叫び声で彼女は走り跳ぶ。

 狙いは奴の脳天。

 そこに今ある魔力全てを詰め込んだ剣で刺しに行く。

 

 空から真下へ向かっている彼女が見たものは。

 大の字になって倒れている魔獣。

 

 

 ……そして相変わらずの笑み。

 

 

(……笑ってる?)

 

 

 ディピィグルヴェルフ(卑劣な狩人)に付いている無数の宝珠石が紫に輝く。緑を彩った世界が全て紫に侵されてしまう程に。

 

 時の流れが遅くなるのをエリスは感じた。

 目の前にある宝珠石が一つ一つ、順番に光っていく。

 

 いや変わっているのは光だけではない。

 増加。いや爆発と言うべき程の魔力変化が目の前で起こっている。

 

(マズイ、魔力を放出する気だ!)

 

 今の彼女は空中にいる。

 身動きが取れないこの状況で攻撃が来るのは非常にマズイ。

 

(なんとか魔法でぼう──)

 

 

 

 そして彼女が次の行動に移す前に紫色の輝きは最高潮に達し────

 

 

 

 

 

 

 森の一部を掻き消す莫大な光の柱が生まれた。

 

 

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