フェンリル横浜支部「team coyote」   作:ざま菓子

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交錯

 

 

    横浜支部神機保管庫 休憩室

 

 

 廃工場掃討作戦の直後、間とソフィア以外のチームコヨーテのメンバーは、天野に呼ばれて神機保管庫に来ていた。天野が盆にのせた紙コップを全員の前に差し出している。時刻は午後9時を回っていた。

 天野は盆を仕舞うと、ソファに座って口を開いた。

「さて……と、チームコヨーテの諸君、君らを呼んだのは他でもない、ざまさんとソフィアちゃんについての異常点だ……と言っても言わなくても大体わかるよね? 現場にいたんだし」

「まぁ、確かに妙だったよな……今日のざまさんとソフィアちゃん」

 佐々木が眼鏡を拭きながら答えた。

「そう、実はあの時私こっそり皆の神機状態をモニタリングしてたんだけど……奇妙なことが起きたんだよ」

 天野は作戦中、現場の状況をモニターしつつ、全員の神機の状態をリアルタイムで分析していた。基本的には出力や神機そのものが受けたダメージ、使用者とのオラクル適合率、使用者へのオラクル浸食率等を見る。

 天野が観測を始めて間もなく、間とソフィアの神機のデータ数値が極端に増幅したのだ。それはチームコヨーテが作戦地域に降下した直後のことで、元の数値に戻ったのは作戦終了時だった。

「まるで狙ったかのように作戦終了直後、数値が平常に戻ったんだよ……平常って言ってもあの二人は平常の時点で数値が高いんだけどさ」

 天野は手に持った巻物のような書類をテーブルに広げる。何かのログのようで、ジグザグした線が三本ほど端から端まで続いていた。

「これは作戦開始から終了までの神機の総合数値の記録。緑色の線がざまさんの、青がソフィアちゃん、オレンジ色が佐々木の総合数値だよ」

「これが!? あの二人、俺より数値が馬鹿みたいにたけぇじゃんか!」

 藤牧達も記録を覗き込む、確かに佐々木の言うとおり、緑と青の線は揃って高い所に引かれているが、オレンジ色の線は比較的低い所に引かれていた。二人の神機は作戦当時、極めて出力が高かったということになる。

 ふと、青桐が記録の一か所を指し示した。

「数値が高いのはここからなんだな」

「よく気が付いてくれたね。皆ここを見て」

 天野と青桐が指さしたのは、記録の最初の方だった。そこまでは三本の線の間が狭まっていたのだが、青桐の指示した地点で一気に距離を離している。そこからはずっと数値が高い値を示したままだった。

「この時何かあったん?」

「それだよ、情けないことにカメラを回さなかったもんだから、何がきっかけで数値が上がったかわからないんだよぉ」

 山ノ丈の質問に、びしっと指さした天野が弱弱しく答えた。天野がチームコヨーテを呼んだのはこのためだった。数値が不自然に上がったあの瞬間、二人に何があったのか? 藤牧達の質問が思いつくままに発せられる。

「バーストしたわけじゃないよな? そんな様子無かったし」

「うん、バーストしたらこっちの画面にもそう出るからね、そうじゃない」

「じゃあ、増強剤の類じゃね?」

「うーん、模擬解放剤(強制バースト薬)にしては数値がでかすぎ効果が長すぎ、筋肉増強剤とかは使用者自体に作用するから、神機の数値にここまで影響しないと思うんだよなぁ……」

「神機そのものに二人がなんか仕掛けた!」

「それもどうかな、直前に整備してたのは他ならぬ私だし、細工するなら移動中だけど?」

「じゃぁありえねぇわ。ヘリに乗る前はそんな動きしてなかったし、乗った後は神機をいじってない、俺と丼が保証する」

 ヘリの神機倉庫の入口付近で将棋をやっていた二人が、倉庫が一度も開かれていないことを保証した。つまり、降下した時点では間違いなく神機は通常通りだったのだ。今度は山ノ丈が補足した。

「第一、神機に細工するなんて素人じゃ無理だからな、知り合いの神機整備士の人ですら難しすぎてよくわからないとか言ってるぐらいだから」

 世間の都合上神機に関する研究や教育が急ぎ足になっている今、神機について熟知している人間もそう多くない。そんな知識を心得ている若者がいるのだろうか。

「バーストでもなし、増強剤でもなし、神機の細工でもないとくると、神機そのものには異常がないんじゃないか?」

 青桐が紙コップに注がれた<青春ジュース:乙女汁>を喉へ通し、結論づけるようにそう言うと、その場にいた全員が思考時間に入ったかのように静まり返ってしまった。

青桐(やっぱり気になるのはソフィアがざまさんの腕輪に触れたあの瞬間だ。あの時からざまさんはおかしくなった。ソフィアもやたら強くなってたし……そして最後、テスカトリポカを完食したってのは……?)

山ノ丈(いつものざまさんとは様子が違うのはなんとなくわかった……でもどこがどう違うのかよくわからない……ソフィアの神機から何か出ていたのが気になるな……)

藤牧(さっぱりわかんねぇや……ざまさんが強くなっちゃいけないってわけじゃないけど……)

佐々木(テスカやボルグカムランの群れををたった二人で制圧してさらに巨体を食いつぶしたってのがどうも胡散臭ぇなぁ、本当に倒したのか? でも反応は消えたしなぁ)

天野(神機をモニターしていた私の観測を逃れて神機の数値が上がったというのは引っかかる。私の整備に不備はなかったはず…………そもそも故障というより暴走に近い形だったけど、普通神機が暴走すれば使用者が無傷でいられるわけがない。でもそんな通信報告はなかった。何故……?)

 長い沈黙が場を支配する。なんてことはない、要するに全員わからないのだ。

「なぁ」「んー」「なぁ」「まぁ」「ねぇ」

 一斉に言葉を発して一斉に詰まった。

「どうぞどうぞ」「いえいえお前から」「いやいやお前からだろぉ」「そうだそうだ」「そうじゃそうじゃ」

 これでは話が進まないではないか。

 天野以外の佐々木達が適当に自分の意見を述べ、最後に青桐の番が回ってきた。

「いや、実はさ、作戦が始まった時ソフィアちゃんがざまさんの腕輪に触れるのを見たんだよ、その時からざまさんの様子がおかしくなったような気がするんだよな」

「へぇ? 腕輪に触れた……?」

 天野が興味を示しつつコップを取る。天野が飲んでいるのはただの栄養ドリンクだ。

「あぁ、腕輪に手を添える感じでな」

「手を……添える……?」

 天野はピタリと動作を止め、さらに熟考する様子を見せると、何かに思い至ったように切り出した。

「皆は【感応現象】って知ってる?」

「感応現象……?」

 藤牧がはて? と言わんばかりに小首を傾げる傍らで山ノ丈がPDAを取り出した。

「感応現象って確か……新型同士でマレに起こるっていわれてるアレか? 都市伝説でしょ?」

「まぁおおまか正解かな、でも都市伝説じゃないの……あれは実際に起こっている現象だよ。といってもつい最近になって発見され始めた現象だけど」

 新型神機自体、まだ普及も知名度も広まっていない個体だ。横浜支部のチームコヨーテは例外的に新型が多く配属されている事になったが、極東の他の支部はほとんど旧型神機(近接式か遠距離式のどちらか一方のみ)のままとなっている。それ故新型神機使いはモルモット(実験動物)のような扱いに近く、新型に至ってはわからないことがほとんどである。

 天野は栄養ドリンクを口に含み、こめかみをおさえて唸る。

「感応現象……新型同士で記憶や意識の交錯が起こる未知の現象……都市伝説と言われるのも無理がないほど発生率が低く、そもそも発生条件もわかっていない。感応現象の研究については一部の人間にしか知らされてなくて…………私はその研究に携わっている人と知り合いだったからちょっとは知識があるんだけど」

「ちょっと待てよ、ざまさんとソフィアちゃんとの間に感応現象が起こったって確証は……ないだろ?」

 青桐が異論を唱えるが、その力は弱かった。

「感応現象がどうであれ、二人の間に何かあったのは事実だしな……で、その二人はどこいったんだ?」

 佐々木の質問で、全員が一斉に我に返る。そうだ、本人に聞くのが一番早いではないか。

 で、その二人は一体どこにいるのだろうか?

 

 

 

 

 

     数分前 旧大さん橋 

 

 

 横浜港大さん橋国際客船ターミナル、通称大さん橋と呼ばれていたこの場所は、当時は海外・国内の大型客船が出入りし大勢の人が行き来していた。しかし今はアラガミによって大破し、船どころか人がなんとか入れるような面影しか残していなかった。

 そんな旧大さん橋に、緑のジャンパーを着た男が座っていた。海に向けて足を投げ出し、上体を前後に揺らしている。その表情は……何も表していなかった。

 今日の任務で自分に起きた異変は、本人が一番わかっていた。わかっているはずなのに…………何もわからない。

「…………。」

 ふと腕輪を見て、そっと触れる。冷たい鉄のような感触が指先に伝わる。

 自分の命はこの腕輪に握られている、そう思うと、おちおち水もかけられない程用心深くなる。増してや会って数日の他人に触らせるなんてもってのほか……のはずなのだが。

「ここにいたんだ、ざまさん」

 間は背後から聞こえた声に若干の嫌悪感を覚えつつ、上体を後ろへ倒す。そこには躊躇なく自分の腕輪に触った神機使いであり今やコヨーテの一人、ソフィアの姿があった。

「…………何か御用?」

 間はなるべくいつも通り接する。ソフィアは任務前と同じように明るく、可愛らしい声で話しかけてきた。

「いえいえ、今日の任務お疲れ様でしたって、ざまさんは私の教官ですから!」

 そういえばそういうことになってるんだっけ、と間はぼんやりと昨日からの会話を思い出す。ふと、自分やソフィアに起こっている事を思い返し、ソフィアを見た。

(……例えば、私も彼女も……神機を何らかの形で悪用しようとする未知の第三者Xに利用されているだけだとしたら…………どんなに気が楽だろう)

 そんな考えが脳裏をよぎった。しかし、それがどんなに希望的な考えなのかを再考したとき、さらに複雑な気分に落ち込んだ。

 ソフィアは間の考えを理解してかせずか、間の隣に座った。上体を起こした間の顔をじっと覗き込む。

「だ、大丈夫……? 顔色悪いよ?」

 誰のせいだ、と間は毒づきそうになる。でも言われてみれば、さっきから頭痛や吐き気がする。それでも困ったことに食欲だけはあるんだから最悪の体調だ。

「まぁ、確かに体調が悪いな……今日の任務以降」

「本当に大丈夫……?」

 間は、ソフィアの態度に少しだけ、心を許そうと思った。

「……なぁソフィアさん」

「はい?」

「お前さん、普通の神機使いじゃないんだってな?」

 ソフィアは核心を突かれたという風に下唇をかむと、首を横に振って、諦めたように呟いた。

「そうなんです……やっぱりざまさん知ってたんだ」

「これでも実質的なリーダーだからな……資料はほとんど回ってる」

 間は自分と同じということに共感を持っていた。まずは自分から、境遇を話す。

「私は気づいた時にはもう神機使いだった。東京にいる時は何故か周りから恐れられ、こっちに来たときにはいきなり少尉だ……まるで皆よそよそしくしてるみたいで」

 ソフィアは少しずつ身を寄せ、間の顔をじっと見た。

「私も同じなの……」

「同じ?」

「私もそうだった……周りから怪物を見るような目で見られて……いじめられて…………ずっと独りだった」

 孤独……その言葉が間の心を深く包んだ。深く、冷たい共感が間を包み込み、心を開いていく。

「そうかお前さんも私と同じか、なんというか……似た者同士だな」

 間は初めてソフィアの顔を真正面から見つめる。二人の顔には悲しみと嬉しさが混ざった。複雑な表情を浮かべていた。

「そうですね、似た者同士です……化け物と呼ばれた者同士」

 神機使いの中の化け物。そんな称号がいつの間にかついた者同士、そんな仲でも、親しくなれそうだと間は思った。

「普段なら、こんな事人には話せない、似た者同士のソフィアさんだけだ」

「お互い様、こっちだってそうだよ」

 ニコッとソフィアが笑うと、手を差し出してきた。間はそっと、それに応えるべく右手を差し出した。

「あっ……!」

 ソフィアが身体のバランスを崩し、間に向かって倒れこんだ。

 その時、ソフィアを抱え込もうとした間の右手が、偶然にもソフィアの腕輪に触れてしまった。

「……ッッ!!」

 間の意識が、異次元に入り込んだ。

 

 

 

 

 間の意識に、他人……ソフィアの記憶が入ってくる。間はどこかの資料で読んだ【感応現象】について思い出した。しかし、それを完全に思い出すような冷静さは今、持ち合わせていなかった。

 凄まじい勢いで入り込んでくる意識に、間は吐き気すら覚え、目を固く瞑る。目の前に見覚えのない映像が現れる。

 

 

薄暗い倉庫のような空間

その真ん中に置かれる粗雑な装置

装置の上に置かれる禍々しい色の神機

やめろ……そんなものに触れるな……!

間の意思とは無関係に神機に置かれた手

神機から放たれる瘴気と蠢く何か

手から腕へとまとわりつく触手・・・・・・

 

 

研究室のような部屋

徐々に戻っていく意識

慌ただしく動く白衣の人々

奇異な物を見るような視線

身体に取り付けられている機械のコード

 

 

他の神機使い達との戦闘訓練

ずば抜けた成績

それを妬んで行われる執拗ないじめ 

自分の腕と神機に現れる謎の黒い模様

吐き気と頭痛

 

 

アラガミを喰う

それによって高騰する気分

湧きあがる食欲

消失する自我

 

 

フェンリルマークの制服を着た老人

夏美彰

洗脳のように脳内に染み渡っていく老人の言葉

間遼太郎…………組織……失敗作……

ソフィア……秀悦……適合率…………傑作……

間…………抹殺……命令…………

 

 

 

 

 

 間の意識は、虚無に刈り取られた。

 

 

 

 

    横浜支部 病室

 

 

 間少尉が意識不明の状態で発見された、という報告が入った時、佐々木達に言い知れぬ不安感が走った。丁度間の自室へお邪魔しようとしていた矢先の報告だった。

 佐々木達が病室へ飛び込むと、私服のままベッドに横たわる間と、その横に座るソフィアの姿が目に入った。

「あ……ざまさーん、どうしたー?」

 藤牧が動揺を隠し言い寄るが、間は瞳を閉じたまま何も返さない。その静かな姿は、藤牧達に微かな死の香りを匂わせた。

「先生が言うには、軽い貧血だそうです。私が一緒だったから偶然発見や報告が迅速に行われたそうで……幸運でした」

 ソフィアはそう言うと、全員分のイスを用意した。

「ソフィアとざまさんは何を?」

「ええ、神機を携行せずにちょっと外回りに出かけておりまして……」

「神機を携行せずに……?」

 天野の質問にソフィアは詰まることなく答えた。しかし、それが逆に……怪しく思わせた。

「い、いえ……! 私は何もしてません! 本当です!」

「まだ何も聞いてないよ、ソフィアちゃん」

 心中を見透かしたかのように勝手に弁解を始めるソフィア。苦しい弁解だった。ソフィアを見る皆の目が、疑惑に変わり始める。

 天野に諭され、黙り込むソフィア。その瞳には、うっすらと涙が浮かんでいた。

「私は……何も……」

「とにかく、ソフィアちゃんも少し休みなさい。今はこれで失礼させてもらうよ」

 天野は佐々木達に目くばせすると、病室から出た。

 

 

 

 

「どう思う、天野さん?」

 青桐が二本買ってきた栄養ドリンクの内の一本を天野に手渡しながら判断を仰いだ。天野が答えるより先に佐々木が口を開く。

「俺の勘で言わせてもらえばぁ~……ソフィアちゃんは大ウソつきッ!」

「お前の勘は当てにならねぇーです」

「女たらしは黙れ」

 天野と青桐の2方向から反論を受け、佐々木はしょぼんと隅に引っ込んだ。

「あーいや、でもさ。あからさまに怪しいっていうか、あからさますぎてむしろ……みたいな面はあるな」

 藤牧がフォローに入り、天野も考えを改める。山ノ丈は白衣をゆらゆらと揺らしながら大きく欠伸した。

「いずれにせよ、今の状態ではざまさんはおろかソフィアちゃんからも正確な証言を得ることはできなさそうだね」

 天野はふーむ……と唸ると、ちらりと佐々木の方を見た。

「でも、ソフィアちゃんの言ってることが全て嘘、とも限らない節が見当たるんだよなぁ」

「とりあえず今日はもう休まね? また明日考えようぜ」

 山ノ丈の提案で、それもそうかと天野達はバラバラに自室へと戻った。 

 

 

 

 

 

     神機保管庫 休憩室

 

 天野は自室に戻る前に、神機保管庫の休憩室へ寄った。

 同僚におやすみを言いながら、手元の資料を流し読みする。

(ざまさんの容態がまだ安定していないという前提で話を進めるなら、今回の異変には間違いなくソフィアが絡んでいる。そしてそのソフィアと深い関わりがあるのは……思い当たるのは夏美本部長だけ)

 天野は以前夏美にこっそりと渡したメモ書きの内容を思い出した。

(『間遼太郎は只者ではありません。貴方にとって何者ですか? 貴方の狙いは? 天野』単純にして明快なあのメモの答えが、ソフィア・ペパーミント・コーデリアという神機使い? それとも、まだ返答の続きがあると?)

 天野は自分の貧相な胸が騒ぐと共に、夏美に対する不安感を感じながら、資料を白衣のポケットに仕舞い込んだ。

 

 

 

――To be continued―― 

 




今回もちと短めです。話の都合上しょうがないのです。
それと前回の「共闘」にて、冒頭部分に編集時の話番号を消し忘れていたので修正しました。
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