横浜支部 情報管理室
「お前がここのアシスタントで良かったよ」
「ホントだよ、感謝しろや」
佐々木と山ノ丈はそう話しながらフェンリル横浜支部の情報管理室というフロアにいた。フェンリルの従業員の個人データ、通貨の管理、過去ログ、レーダーの本体設備、コンピューターの処理サーバー等、支部内の電子情報のほとんどがここで管理されている。当然、パソコンや情報機器の類が多数設置してあり、情報部員なら認証付きで入ることが可能である。
本来パソコンスキルが高い山ノ丈は、情報業務の助手としても働いており、それ故担当員以外で例外的に認証コードを持つ人間なのだ。ちなみに情報管理室は腕輪又はカードによる認証の他に数字パスによる認証が必要になるなど、他の部屋よりセキュリティが強い。
任務から帰還した佐々木と青桐は自室に寄ることなく山ノ丈を呼び出した。昼寝中――といっても、時刻は既に夕方を回っているので昼寝という時間ではなかったが――だったのか眠そうな声で電話に出た彼に急用の旨を伝えると、渋々といった感じで自室から出てきた。山ノ丈は二人分の一時的な特別認証カードを発行して二人を部屋へ通した。
「……でだ、俺らが持ち帰ったのはSDカードが数枚、IDカードっぽいのが一枚、スマートフォン一つか」
「そうだ丼さん、このSDカード大丈夫かな? ケースに入ってるから汚れてないと思うんだけどさ」
「どれどれ……」
山ノ丈は佐々木からSDカードケースを受け取り、パカッと開けて中を検分する。
「これなら問題ないんじゃね? 中にちょっと血が入っちゃってるけどSDカードには触れてないみたいだし」
「じゃあ中身開けるよな? 早く見ようぜ」
青桐が急かすが、山ノ丈は何かに思い至ったように顔を上げた。
「確かにこのパソコンでデータは開ける、でもそれは【SDカードが無害で、かつセキュリティがかけられていない場合に限る】からなぁ」
「セキュリティかぁ……確かに、パスワードなんか知らないしな」
佐々木は腕を組んでボリボリと頭を掻きながらぼやく。山ノ丈はしばらく考えた後、一つの案を打ちだした。
「物によるけど、俺が以前作ったアンチセキュリティソフトが使えるかもしれんな、ウイルスチェックは普通のソフトに任せる。念のため回線は切っとくけどな」
「どのくらいかかる?」
「それも場合による、万事OKならそうだな……何枚かあるっていうのも考慮に入れてもせいぜい15分から30分、でも十中八九セキュリティか何かかけられてるから長く見積もって1時間と見積もっとくか」
「んじゃ、それまでは時間つぶしてるか、休みたいし……それでいいよな青さん?」
佐々木が振り向くと、青桐は近くの棚を見ていた。声をかけると、若干驚いたように振り返ってきた。
「ん? あぁ、いいんじゃねーの?」
どこか上の空な青桐に佐々木は少しだけ不審に思ったが、今は聞かないことにした。
「じゃあ、頼むぜ丼さん。出来たら連絡してくれ、また来るわ」
佐々木はそう言って青桐と共に部屋を出た。前を向いたまま後ろにいる青桐に聞く。
「そういえばさっき、青さん何してたんだ?」
「さぁ何のことだか? 一応の用心だぜ」
二人がそう話しながら廊下を歩いていると、不意に後ろから声がかけられた。
「隊長」
「ん? ……あ」
二人が振り向くと、そこには今回のミッションオペレーターだった赤島が立っていた。ゆったりとしたジャージズボン、パジャマのような上着の間から除くシャツは何故だか独特の色気を感じさせる。最も、本人にはそんなつもりなどさらさらないのだろうが。
「高堂支部長に今回の事を伝えておきました。至急支部長室に来るようにとの事です。ご案内します」
「わかった、行こうぜ」
「え、俺も行くのか?」
「はい、青桐先輩も呼ばれております。参りましょう隊長」
赤島に連れられ、佐々木と青桐は支部長室へと向かった。青桐は一回だけ、情報管理室の扉を見やった。
支部長室
「ご苦労だった赤島君、君も残ってくれ」
赤島、佐々木、青桐の三人が扉を通るや否や聞こえてきたのは高堂支部長の声だった。高堂は部屋の置物をしきりにいじっている最中で、しばらくして気が済んだように三人の前に腰を降ろした、三人も促されるままにソファへ座る。高堂は一呼吸置くと真剣な表情になった。
「さて……報告は聞いた。任務中にソフィアがさらわれたというのは一体どういう事かな?」
問い詰める様な感情は伝わらない。ただ純粋に疑問を解決したいという思いが口調から伝わってきた。佐々木が代表して答える。
「そのままの意味ですよ、任務中に武器を持った武装集団が現れて発砲してきた。しばらく交戦した後にソフィアちゃんをさらって逃げやがった」
「君達ほどの実力者なら、全滅させない程度に足止めすることはできたはずだが……?」
「それが……」
言葉に詰まった佐々木に青桐が助け船を出す。
「彼らは車になんらかの細工を施したようで、こちらのオラクルバレットがほどんど無効化されちまったんですよ、支部長」
「何? オラクルバレットの無効化……?」
高堂も関心を惹かれたらしく、少し身を乗り出して先を促した。
「え、ええ……無効化なのかダメージ軽減装甲なのか知りませんがとにかく神機による攻撃が通用しなかったんすよ」
高堂はソファから立ち上がり、室内をウロウロと歩き回りながら独り言のように話し始めた。
「今回の任務は東京本部長、夏美さんの発注した任務だった……車や武装集団の存在が単なるイレギュラーではないとすれば、それは夏美さんの意図である可能性が高い……しかし、夏美さんがソフィアをさらう理由はなんだろうか……?」
「支部長は何も知らないんですか?」
「知ってたら世話ないよ」
ですよね、と佐々木が返すと、高堂は苛立たしげに机の前を行ったり来たりした。青桐も何か考え込み始め、赤島は最初から「私は皆さんの判断に従うだけです」と言わんばかりに目を閉じ、不動姿勢を保っている。沈黙の中、佐々木はとりあえず考えているフリをするしかなかった。
長い沈黙を破ったのは、意外にも青桐だった。
「支部長、ソフィアさんについて質問があります」
「なんだね青桐伍長?」
「ソフィアさんは、ざまさ……いや、間と同じ症状を持っていますか?」
「!」
高堂は驚きの表情を隠さなかった。むしろ、気づいてしまったか、という失念を悔やむ感情が読み取れた。
「……どうしてそう思う?」
「間はところどころ、普通の神機使いとは違う特殊な点を持っている。それは許容したとして、ソフィアさんは間と同じような特殊点を持っているように思えます。間の身に起きている異変は間自身が話してくれたんだ」
高堂は立ち止まり、一呼吸おいてから机の椅子へ座りなおした。「そうか……彼が自分で話したのか」と独り言のように繰り返すと、ようやく返事を返した。
「その通りだ、間とソフィアは同じ異変をその身に宿している。そこまではわかっているんだが、それがどういう異変なのかは全く知らないんだ。何せ相手は本部長だからね、下手に詮索を入れられない」
しかし……、と高堂は話を区切るように呟くと、さらに一呼吸置いて続けた。
「間とソフィアの二人は夏美さんの手でこちらに送られた……ソフィアが配属されてから夏美さんからの依頼も多くなった。そして先日間がソフィアと一緒にいる際に意識不明となり、今日は夏美さんからの任務の遂行中ソフィアが謎の武装集団に拉致された……全て夏美さんが中心に立っている。何か関わりがあるはずだ」
高堂の表情が苦いものになってくる。
「だが……だとすると厄介なことになる。当然だが本部長は支部長より格上だ。異議を申請するにはそれなりの手続きがいる、その間に証拠が抹消されたりしたらどうしようもない。それに上層部に知られたら解雇にも匹敵する処分が与えられる可能性がある。それも長い期間をかけてだ……第一まだ証拠がない。大体夏美さん相手にどうしろっていうんだ」
佐々木は既に、高堂から悪い宣告が下されるのが予想できていた。そしてその予想は不幸にも的中してしまう。
「悪いが、現時点では行動を起こせない、騒ぐだけ騒いで結局空振りに終わったらこの支部がなくなることにつながりかねない……それだけは避けたい。余計な混乱を招くのはいただけないからね」
佐々木は高堂の言い回しに苛立ち、立ち上がって身を乗り出す。
「そんな! そんな馬鹿な話あるかッ!? 誘拐事件なんですよ!?」
「ソフィアをさらった集団が夏美さんと関係があると決まったわけじゃない、そもそも私は夏美さんの部下だ、下手に騒げばそれこそバカだ」
「そんな理屈が……!」
「通るんだよ、残念ながらね」
高堂に冷たく言い放たれ、佐々木はソファに落ちるように座り込んだ。
「気持ちはわかる……私だって助けたいんだ……」
「なら……!」
「だが……無理だ、諦めてくれ、どうしてもというなら自己責任だ」
「タロス、ここで押し問答しても始まらねぇぜ」
青桐が冷静にそう告げたのを最後に、話し合いは終了となった。佐々木は乱暴にソファから立ち上がり早足で扉に向かった。青桐もそれに着いていき支部長室を出ていったが、赤島だけが中に残っていた。
「……支部長」
二人が部屋を出た後、数秒待ってから赤島が切り出した。
「なんだね?」
「……嘘、つきましたね?」
それまで黙っていた赤島がそう言うと、高堂はつとめて平常を装い聞き返す。
「ほう?」
「支部長は普通の人より隠していることが表に出やすいです、隊長らは間さんとソフィアさんを助けるために動くでしょう。支部長も何か手を打つ気なんですね?」
お見通しか、と高堂は自嘲気味に笑うと、赤島を見据えた。
「手を打つなんてたいそうなもんじゃない、私にできるのは混乱を抑えるだけさ」
高堂は机の上のパソコンに手を伸ばし、素早くキーを打つと、その画面を赤島に向けた。その画面に表示された内容を読んで、赤島はふっと笑う。
「……なるほどね」
画面にはソフィアのプロフィール情報と【遠征のため出撃停止】の文字が映っていた。
「こうしておけば、支部内からいなくなってもそう気にしない、万が一のことがあったら任務中に殉職だとかなんとかで適当な理由付けが可能になるからな」
怪我のため出撃不可能と書いてしまえば、病室にソフィアがいなければならない。任務中殉職や任務中行方不明と書くとかえって混乱を招く。一番無難な理由づけだった。
「なかなか悪知恵ですね」
「こんなことしかできないんだ、あとはもう……内々で、ひっそりと処理するしかないんだ、夏美さんが何を思っていたとしてもね」
「そんな支部長にこれをあげます、どうぞ」
そう言って赤島が懐から出したのは、小さいスピーカーだった、長方形で、下の方にイヤホンを差し込む端子口がある。
「これは?」
「簡易的な盗聴器です。といっても実態はただの遠隔式スピーカーですが。隊長の胸ポケット近くにマイクを仕込みました。彼らからの情報を頼りに行動していけばいいんじゃないですか、高堂支部長?」
「……君、駄洒落言ったかい?」
「さぁ? なんのことでしょうか?」
高堂はそう言いつつも口元には微笑が浮かんでいた。
「すまないな、赤島」
「支部内は既に、ソフィアさんの事を悪く言う人達の方が多くなってしまいました。ソフィアさんに何かあったらさらに酷い状態になりかねません、最も、佐々木隊長や青桐伍長に何かあっても同じことですが…………彼らなら、きっと何かしでかしてくれるでしょう」
表沙汰にはできない、しかし、事態は決して軽くない。これは既に事件なのだ……見過ごすわけにはいかない。それが例え未知の……禁忌的領域だとしても。
「それから支部長、ちょっと気になることが」
「?」
「隊長らは情報管理室から出てきました。もしかしたら、何か情報を掴んでいるかもしれませんよ?」
「良い情報だ赤島、早速聞いてみようじゃないか」
高堂は赤島の向かいに座り、スピーカーを取り外してテーブルに置いた。そこからは、佐々木達の音声が流れてきた。
「くそっ! 支部長めッ! ごたごた言った挙句結局面子の問題じゃねぇかッ!」
「まぁ気持ちはわかるけどな……」
佐々木と青桐はどこに行くともなく廊下を歩いていた。心なしか佐々木の足音が大きい。
「あれ、天野さん」
「お、青さん。タロスも」
廊下の向かい側から天野がひょこっと顔を出した。相変わらず白衣はくたびれ、顔には疲れが出ている。しかし、どこかそわそわしていた。
「天野さん……」
「どうしたの青さん?」
青桐は一瞬ソフィアの件について話そうか迷った。しかし間の事も含めて今まで一緒に調査し、その都度世話になった人物、隠すメリットはない。
「ソフィアさんが……さらわれた」
「え……ソフィアちゃんが!? どうしたの、何があったの!?」
さらわれたと聞くなり天野は質問をぶつけてきた。青桐はそんな天野を抑え、奥の自販機のベンチに天野を座らせる。
青桐と佐々木が任務中に起きた出来事を事細かに話した。二人が話すのを天野は口を挟むことなく静かに聞いていたが、話し終えると彼女はゆっくりと情報を吟味し始めた。
「なるほど…………謎の武装集団…………神機が効かない装甲…………ソフィアちゃんの変化………………」
話に出てきた単語をいくつか復唱する天野、青桐と佐々木はただ黙って、彼女が思考を進めるのを待つ。しばらくして、天野が口を開いた。
「これは他言無用だって言われてるんだけど、これしか考えられない。二人ともよく聞いて」
青桐と佐々木も天野を挟むように座った。彼女は慎重に、思い出すように話し始めた。
「私、本部長の夏美さんとは前々から面識があったんだよね。一緒の管轄にいたこともあってか結構話す機会があったの。で、その会話の所々から読み取れる情報がいくつかある。まず夏美さんは元々凄腕の軍人だったんだよ。同じ軍の中では知らぬ人はいないってくらいにね、当然それ相応の収入があった。それに加えて、今はフェンリルからの収入も入ってる。少なくとも現時点では、相当な財産が夏美さんの手中にあると考えていいと思う」
青桐は天野と一緒に東京本部に出向き、夏美に会った時の事を思い出した。確かに軍人と言われても納得できそうな活気があったような気がする。
「で、その資金を利用して、夏美さんはちょっとした私設軍事組織――民間軍事会社(PMC)――を持ってるらしいんだ。そのソフィアちゃん誘拐に夏美さんが絡んでいるなら、誘拐の実行犯はその私設軍のはず、それも神機やアラガミに関する知識を多少なりとも兼ね揃えた人員の寄せ集め……言っちゃえば【神機を持たないフェンリル】って感じかな。もちろん、ほとんど確証がないんだけど」
「私設軍……」
青桐がポツリと復唱した。今や警察や政府の支配などないにも等しいこの極東……日本で、そんなアメリカンな事があるのだろうか、しかし……夏美が元軍人ならコネがあるだろうし、アラガミに対抗する組織と言えば参加を拒む人間が多いわけがない。現に、アラガミ討伐の意欲がある人間でも、適合試験に合格できなければフェンリルへの所属はできないのだから、そう言う人達を集めたとしたら……その人たちに、フェンリル極東本部長として得た知識や技術を夏美が流していたとしたら……?
「あながち嘘っぱちとも思えねぇな、それで?」
「夏美さんは奥さんをアラガミによって亡くしてる、私設軍を使って裏でこっそり対アラガミに関する何らかの研究を進めてても……おかしいことじゃないと思わない?」
「……。」
あり得ない話ではない。一般人でも、アラガミに対する復讐心から武装する話は珍しくない。大抵は知識不足や技術不足で断念していくのだが、フェンリルの極東本部長でなおかつ相当な資金があったのだとしたら。独自ながら研究は進んでいくかもしれない。
「じゃあ、ソフィアちゃん……それにざまさんは、その研究に関わってるってこと?」
「憶測だから何も言えないけどね……」
佐々木の問いにも、天野ははっきりと答えられない。その時、佐々木の携帯が鳴った。
「はい、もしもし?」
『あ、タロス? 俺俺』
通話口の向こうから、眠たげな声が聞こえてくる。
「丼さんか? どうなった?」
『解析が完了したぜ、案の定セキュリティがかかってたがとりあえず解除できた。すぐにこっちまで来てくれよ』
「おっけ、ありがと」
電話を切り、青桐と天野に内容を伝える。
「よし、天野さん。一緒に来てくれるよな?」
「もちろん」
青桐が手を差し伸べると、天野は不敵な笑顔でその手を取った。佐々木と青桐は天野を連れて、再び情報管理室へと向かった。
赤島と高堂はスピーカーから視線を上げ、顔を見合わせていた。
「聞きました? 支部長」
「ああ、バッチリ聞いた。私設軍……あの話、本当だったのか?」
「私設軍の話については御存じで?」
「噂程度だ、しかしなるほど……天野が言った通りなら、信憑性は高いな」
「それより、隊長らは情報管理室へ向かいましたよ、話によると何かのデータを見に行くみたいですけど?」
高堂はふむ……と少し考えると、机のパソコンに手を伸ばした。
「確か支部長室のこのパソコンからは、フェンリル内に繋がるネット回線からパソコンを遠隔から監視できるようになっているはずだ、本来従業員の怠惰を防止するための機能なのだが滅多に使ってなかった。まさかこんなことで使うことになるなんてな」
「怠惰防止の機能を怠惰によって使ってなかったってのはどうなんでしょうかね」
軽いため息をつく赤島、返す言葉もない高堂。
「さ、さぁその怠惰防止の機能であいつらの開いている画面を見てみようか、あ、赤島、そのスピーカーをこっちに持ってきてくれ」
高堂は支部長机に座り、赤島を手招きした。赤島は軽くため息をつくが、指示通りにスピーカーを取ってよこす。高堂がパソコンを操作すると、怠惰防止機能を通じて情報管理室のパソコン画面が開かれた。
情報管理室
佐々木と青桐と天野の三人が情報管理室に殺到すると、パソコンの前に座っていた山ノ丈は視線を三人に投げかけ、椅子を横にずらした。画面にはデスクトップの画面が映っている。
「来たな……今全部のファイルが無事に開けるかどうか確認したとこだ。んじゃ早速見てみようぜ」
そう言うと山ノ丈は早速フォルダ画面を開いた。どうやら解析したファイルをいくつかフォルダ分けしていたようで、フォルダにはそれぞれ連番で名付けてあった。一つ目のSDカード、二つ目のSDカード、という意味だろう。
「青さんが持ってきたSDカードは一枚。タロスが持ってきた物の内中身が入っていたのが一枚。スマートフォンからは何も見つからなかった。それからカードなんだけど、磁気反応検査機にかけてみたら見事反応アリだった。これで認証をパスできる物があるってことだ」
天野の情報が事実なら、恐らくそのカードは私設軍の本拠地に侵入するためのカードに違いない。天野と青桐は顔を見合わせて頷き合う。首を傾げつつ山ノ丈は続ける。
「それで、解析したファイルをフォルダわけしたのがあるけど、ファイル名をリスト化したのがこれ」
山ノ丈はマウスを動かしてメモファイルを開いた。そこには簡潔な文章がいくつか並んでいた。その中で、天野が気になるファイルをピックアップした。
[チームコヨーテの皆さんへ]
[検査記録]
[日誌]
[注意事項]
[人造アラガミの扱いについて]
一番上の[チームコヨーテの皆さんへ]というファイルは当然青桐が拾ったSDカードからのファイルだ。他のファイルは全て佐々木が拾ったものだと思われる。
「ソフィアちゃんからのメッセージが気になるな、そっから見ようぜ」
佐々木の要望に従い、山ノ丈は[チームコヨーテの皆さんへ]というファイルをクリックした。文章編集ソフトが開かれ内容が映し出される。四人は押し入るように画面に見入った。
チームコヨーテの皆さんへ
これを読んでいるということは私は既にそこにいないでしょう。願わくばそこに間君がいるといいんですが……。それはそれとして本題に入ります。まずは謝らなければいけないことがあります。
私は普通のゴッドイーターではありません。このことをこのファイルの読者が既に知っていたかいまいかは私にはわかりませんが、とりあえず知らなかったものとして話を続けます。隠していてごめんなさい。
何年か前、私は両親を失い日本の路頭で迷っていました。するとフェンリル東京本部の本部長である夏美氏が私の手を取りました。私はその人に従うまま、ある施設に連れて行かれ神機使いとなったのです。その過程が非公式なものであったことは後から知りました。
私が施設に連れてこられるとほぼ同時に、間君も施設へ運ばれてきました。私と違うのはその時担架に乗っていたこと……間君は何故か意識不明だったのです。意識が回復して動けるようになってからは、ほとんど私と一緒に行動していました……いえ、させられていたという方が適切かもしれませんが。私はその時、そこがなんのために作られた場所なのかわかりませんでした。しかし後に痛感することとなります。
私……いえ、私と間君はフェンリルの管轄下で適合試験を受けていません。施設――というほど立派ではありませんが――で腕輪をはめました。これは間君も同じです。施設は、フェンリルとは独立して作られた非公式な神機使い育成施設だったのです。そこを行き来する人達の多くは、その場所を【レイザー】と呼び、私達のことを【エイペックスプレデター、略してAP】と呼んでいました。
私達……というのも、私と間君以外にも何人か連れてこられていたのです。しかし、皆適合試験やその後の経過で死亡しました。最終段階まで生き残ったのが私と間君の二人だけというわけです。
では、APとはなんなのか……それはよくわかりません。私も正直ところどころ覚えていないのです。ですが、普通の神機使いではないという事だけはわかります。毎日病的な苦しみに苛まれ、神機と同じように捕喰本能が湧きあがる……制御が利かないくらいに強力な捕喰本能。それは最早アラガミと大差ないでしょう。神機を持つ人型のアラガミです。まさしくプレデター(捕喰者)というわけです。
レイザーとは恐らく【強化された神機使いを作るための神機使い改造施設】といったところでしょう。私たち二人は実験台になったに過ぎません。
そろそろ重要な部分へ移りましょうか、私が横浜支部へ来た目的についてです。
間君はある日突然、施設から消えました。私はその時死んでしまったのだとばかり思っていましたが、実際は違ったのです。では消えた理由はなんだったのか? これもわからずじまいです。私はある時、間君がフェンリルの管轄下で生きている。そう伝えられました。そして同時に……ある事を命令されたのです。
私は夏美氏の計らいで横浜支部へ参りました。私は夏美氏にこう言われたのです。『被検体、間遼太郎を抹殺せよ』と。
間君を抹殺する理由などわかりませんが、夏美氏には助けてもらった恩義もあります。やるしかないと思いました。しかし、その場では頷いた私はいざ殺そうと思っても、躊躇してしまっていたのです。何故でしょうね?
私達APは、感応現象をある程度操作できます。覚えていますか? 廃工場での掃討作戦の時、私と間君は妙に動けていたでしょう? あれがそうです。感応現象を引き起こすことにより、私達や私達の神機の奥深くにある捕喰本能を解放する。そうして強い本能と共に神機を解放する仕組みです。私達は強い絆で結ばれている……綺麗に言えばそんな感じです。ちょっと自惚れすぎでしょうかね。
先日、間君を殺害する目的で私は彼に近づきました。しかし誤って彼の腕輪に触れてしまい。運悪く感応現象が起きてしまったのです。意図的ではなく本来の……焦りました、とても焦りましたとも、感応現象が引き起こされたのと同時に何かの記憶が流れ込むような感覚が走り、気づけば間君が倒れてしまったのですから。気が動転した私はそこで殺害するという選択肢も選べませんでした。
命令を遂行できなくなった私は直に施設に回収される。そう思い、そうなる前にこれを書きました。焦って書いたので少々文章が拙いと思われますが、許してください。
ソフィア・ペパーミント・コーデリア
文章を読み終えた時、四人は全員発する言葉がなかった。皆、呆気に取られながら文章を眺めていた。
「なぁ……どういうことだ。これは?」
佐々木は誰にともなくそう聞く。元々彼の親友だった間が、いきなりわけもわからぬ施設によって人体改造紛いの事をされていたという事実を、受け入れられないでいる。
「短くまとめると、『ざまさんは数年間、ソフィアちゃんと一緒にレイザーという施設で非合法に神機使いになり、特殊な訓練や施しを受けていた。その影響で二人は普通のゴッドイーターとは違い、化け物じみた捕喰本能を植え付けられてしまった。その後何らかの理由でざまさんだけ施設から脱出したか捨てられたかで外界に放り出され東京本部に移動、その後横浜支部へ配属された。そのざまさんを抹殺する為にソフィアちゃんが来た』」
「それ、短くまとまってるか?」
天野の見解に青桐がツッコミを入れ、天野はムッとした表情を青桐に返した。
「しっかし『間君』ねぇ……もしかしてソフィアちゃん、ざまさんに惚れてたんじゃねぇの~?」
場を和ませようとしたのか、笑いながら山ノ丈がそう言った。そんな馬鹿なと佐々木や青桐も笑い、場が和んだように思えた。しかし、天野だけは真剣な表情で文章を読み返しながら言った。
「惚れてた……か、丼さん、あながちそれ……間違いじゃないかもよ」
「……え? なんで?」
「非合法な人体改造によって二人は辛い症状を発症していた。男女が二人きりで苦痛に耐え抜き、さらにほとんど一緒に訓練や行動していたんだもん。吊り橋効果で恋の一つもするのが乙女ってもんよ?」
「さっすが、年増は違いますなぁ」
「うっさいわ、あんただって見た目だけは30代のおっさんだろうが!」
茶化す青桐に肘打ちをお見舞いする天野。一歳違いのはずなのにこの二人が並ぶと相当年が離れて見えるのは、お互い年相応に見えない外見だからだろう。青桐がオヤジ臭く、天野が学生に見える……という意味で。
「コホン……それに、暗殺の命令が出ていて実行に移せなかったということは、ざまさんに対し何かしらの思い入れがあったってことになる。今の時代人殺しなんて簡単だよ、殺してアラガミにでも食わせりゃ完全犯罪だからね」
「確かに……ざまさんが倒れたのだってソフィアちゃんの報告あってのことだからな、報告せずに海にでも放り込んでおけばグボロ・グボロあたりが食ってくれたかもしれないのに」
天野の意見に佐々木が乗る。他二人も納得しかけていた。
「ざまさんの方はどうだったか知らないけど、ソフィアちゃんはざまさんに恋心を……いや、恋をしていなくとも何らかの思いがあった。殺害を躊躇うに足りる思いが…………まぁそれはとりあえず置いておいて次に行こう、全部のファイルを見てから検討しても遅くない」
天野の提案に暗に応じた山ノ丈の手はマウスを動かし、[検査記録]と書かれたファイルをクリックした、すると……。
「こ、これは…………!」
先に驚愕の声を上げたのは天野だった。しかし、他三人が見てもいまいち何のファイルだかわからない。タイトルの通り何かの検査結果だということはわかるのだが、それ以上の事は天野にしかわからないようだった。三人の思いを代表するように青桐が尋ねる。
「天野さん、これは?」
「あれ? 見覚えない青さん? これとよく似たものを見せたと思うんだけどな」
「んー? そうだっけ?」
「これは神機やその使用者のメディカルチェックの記録だよ、メディカルチェックと言っても定期検査の方だけど」
青桐は、天野が間のデータを見せてきた時の事を思い出した。確かにあのデータと似ている。
「じゃぁ、向こうの施設にも検査ができる機械があるってことか?」
「うん、それもフェンリルが使うのとほとんど同じ性能か、あるいはそれ以上のものと見て間違いない……本格的な設備……まさかそんなものが民間で作れるとはね……」
驚愕に震える天野の背中をつんつんと突く青桐。
「で? このデータから何が読み取れんだ?」
「えっと……ちょっと待ってね」
天野は画面を正面に見据え、数分間じっとファイルを見つめた。やがてふうっと息をつくと。文章を捻りだすように唸ってから口を開いた。
「まず、全体的な数値が通常の神機のデータ数値の倍以上ある。これはまぁ以前言ったことだから早々驚くことでもないんだけど、どうも不可解なのが……」
天野はパソコンの画面の真ん中をトントンと突いた。
「ここ、この【P91unbalanced diet facter 】って部分、unbalanced dietは偏食、facterは因子だから、これは【P91偏食因子】と訳することができる」
「P91……偏食因子だと……?」
「あれ? 俺達に投与されてるのって何因子?」
「P53だよ、実は以前P73偏食因子っていうのが開発されかけてたって話があるけど……まさかその上を行く偏食因子があったなんてね……」
天野は難しい顔をして画面をスクロールする。
「えーと……P91偏食因子侵蝕率…………制御率…………どうも物騒な数値だな……ヒヤヒヤするようなものばかり……二人分掲載されているようで、片方は割と安全な域っぽいけど、もう片方はギリギリ、首の皮一枚ってレベルだね」
「その片方がざまさん、もう片方がソフィアちゃんってわけか」
「どっちがどっちだかはわからないけどね……他にも色々と読み取れそうだけど、これは後回しにしない? 十分に解析するまでに時間がかかりそうだし」
「おっけ、じゃ次行くべさ」
「待った、日誌はちょっと長くなりそうだから、先に注意事項見ようよ」
山ノ丈がマウスを動かし、次のファイルである[日誌]を飛ばして、[注意事項]を開く、特に何も装飾のなされていない簡潔な文書ファイルだった。
注意事項
・被検体APは非常に繊細であり貴重なデータ源である。くれぐれも用心して扱え。
・暴走した際は速やかに鎮静化しろ。長期間の暴走は周囲のダメージを拡大させるばかりでなく、APそのものの肉体的、精神的ダメージにも繋がる。
・P91偏食因子は極めて未知で不安定な因子だ。取扱いに充分に注意し、また、状態もよく観察せよ。
・P91偏食因子はP53偏食因子と違って定期投与する必要はないが、P53偏食因子の投与は通常通り続けている。
・組織または自分の身分は常に偽装しておき、組織の情報を外部に漏らさぬよう各自工夫すること。
「なんかあんまり重要そうな情報じゃないねぇ」
「そうか?【長期間の暴走は被検体の肉体的精神的ダメージに繋がる】っていうのは結構重要な事だと思うが」
天野と青桐の見解が先に出た。そんな二人を横目に、佐々木は山ノ丈の後ろから画面を見た。
「しっかしこれ、上層部の人間が書いたにしてはちょっと雑で少な過ぎねえ?」
「それだよな、だからこれは講義か何かの時に書いたものなんだろ、途中で飽きてメモもとらなくなったみたいだけどな」
山ノ丈はマウスを動かし、[人造アラガミの扱いについて]というファイルを躊躇なく開いた。
人造アラガミの扱いについて
夏美氏が極秘に開発している人型神機「アルダノーヴァ」は、いわば人造のアラガミである。一般人が扱うと捕喰作用を起こす危険性がある。なるべく素手では触れない事。
また、P91偏食因子の被検体が討伐したアラガミの残骸はオラクル細胞が霧散する前にダストシュートに運ぶこと、アルダノーヴァの食料になる。
アルダノーヴァは夏美氏の入力するコードによって起動する
P.S 最近コードを入力していないにも関わらず起動する事故が多発しているようだ。注意せよ。
感応現象を起こす可能性や、P91偏食因子との相互作用を防ぐため、APはアルダノーヴァに近寄らせてはならない。
「ほほう? これはこれは……」
天野がズイと画面に顔を近づける。
「人造アラガミねえ? そんなのあると思うかタロス?」
「ねぇだろ。理屈的に作れるわけがねえ」
「いやわからんぞ、P91なんとかっていうなんとかを作り出すような連中だ。何を作っても」
「偏食因子だよバカタレ」
天野の肘打ち。青桐のみぞおちが結合崩壊。
「いってぇな……そう、そのバカタレ……じゃなくて偏食因子を作り出すような科学力があるならアラガミくらい作れるんじゃないかなぁって」
「仲良いなあんたら」
山ノ丈はそう言い捨てると、最後のファイルとなった[日誌]を開いた。一番古いものから遡っていき、関連のありそうなところから閲覧していく。
日誌
○月A日 晴れ
被検体がレイザーに到着、ソフィアという可愛い女の子だ。イギリス人だという。両親を失ったというからさぞ心の痛みもあるだろう。しかし、この研究が上手くいけばこの子が親の仇を討つのも容易なことになるはずだ。
○月B日 晴れ
被検体ソフィアにP91偏食因子付き神機の適合試験を行った。試験は無事に終わりなんとか適合に成功したようだ。良かった。ここで失敗したら何にもならない。しかし、あの子は大丈夫だろうか。あれは精神的にも辛い症状が待っているはずだ……。
○月C日 曇り
被検体ソフィアに続いて、もう一人の被検体が運ばれてきた。間という男の子だ。高校生かそこらに見えるが、実年齢はそれ以下だった。どうも夏美氏が開発していたアラガミが不意に暴走し、それに巻き込まれた子供らしい。不幸に見舞われた子だ。この子の適合試験も無事成功すると良いが。
○月D日 晴れ
被検体間も適合試験に合格、しかし、間の適合試験の前に連れてこられた子供たちの内数名が適合失敗により死亡。だからコンピューターによる事前検査はしておくべきだと言ったのだが……上には俺の声など届かない。しかし、ソフィアや間を含めてまだ6人の生き残りがいる。彼らに賭けるしかない。
○月E日 曇り
被検体達の精神も少しは落ち着いてきたようだ、特に被検体である間は適合率が高く、神機の扱いも非常に覚えが良い。もう既に一人前の神機使いのようだ。最も、間を含め被検体達は未だにP91偏食因子の副作用に慣れておらず、青い顔をしているが。
P91の偏食因子は摂取すると、元々の偏食因子であるP53偏食因子と相互作用を起こし、生理学的な副作用を示すようになる。神機の運用にはP53偏食因子が不可欠だったのだ……仕方がなかった。俺には彼らが青い顔をして訓練に臨んでいるのを見ていられない。
○月F日 雨
1週間後、副作用に耐えられなかったのか一人が死亡、もう一人が自殺した。これで残ったのは4人。やはり子供にあんな辛さは非道なのだ。しかし、俺が反対したところで組織から消されるのがオチか。
被検体の間がソフィアの訓練を手伝っているのを少しだけ見た。微笑ましいと言ってはなんだが、このまま頑張ってほしいと思う。
×月G日 晴れ
残った4人の被検体を実戦に出してみたところ、一人が神機を上手く扱えないまま、アラガミに襲われ死亡した。これで残るは3人、間とソフィアは上々な戦果をあげたようだ。やはりこの二人なら……成功するんじゃないかと思う。
しかし、間に関しては非常に好成績でよろしいのだが、どうも神機の制御率やP91偏食因子の侵蝕率が危険レベル一歩前だ。どうしてこれで普通に過ごしていられるのか。
×月H日 雨
どうも組織内が騒がしいと思ったら、ソフィアと間が親密な関係にあるのではないかという話だった。馬鹿馬鹿しい、小学生じゃあるまいし他人の恋愛で騒ぐもんじゃない、みっともない……と、思いきやどうだ。夏美氏まで大袈裟に反応していた。なんだ? 二人が親密な関係になるとそんな大事になるのか? 俺にはわからない。いいじゃないか、恋愛ぐらい好きにさせたって。
△月I日 雨
組織内の人間に神機の刃を向けた被検体が殺された。やれやれ、こんな理不尽な殺人を見るのはあまり快くない。かと言ってやめさせることもできないが。
それにしても、言われてみれば確かにソフィアの間に対する態度が妙だ。恋愛っていうのはあんな感じなのか? 間の方は気づいていないようだが。
その間と言えば、ついに変化が現れ始めた。神機の捕喰形態の形が変わっているようだ。暴走と認識して処置を施してはいるが、戦闘中のあの様子、アラガミを美味しそうに食い潰す様はちょっと異様だ。
△月J日 曇り
間が施設を追い出された。何故かはわからないが、神機ごと放り出されてしまったようだ。事故か、それとも組織の故意か。被検体ソフィアの様子が気になるが、仕方ない。それにしても、最近P91偏食因子の制御が上手くいかなくなってきた。こんなのを研究しようってのか、この組織は。
□月K日 雨
なんだなんだ、どういうことだ。組織内の人間が騒然とした。唯一残った被検体、ソフィアのP91偏食因子の活動が不安定になってきた。組織の人間もこの一触即発ともいうべき謎の偏食因子を取り扱うのを恐れてきたようだ。ソフィアは実戦の際に非常に強大な戦闘能力を表し、猛獣のように見境なくアラガミを喰った。偏食因子の効果なのか、傷を受けても治癒速度が速いようで治りが異常に早い。戦闘が終わると、ソフィアは疲れたようにぐったりと眠ってしまった。こんなか弱い女の子に、俺らは何をしたっていうんだ?
□月L日 雨
被検体を見て唯一わかったことは、このP91偏食因子については組織の人間でさえも全く未知だということだ。開発者が自ら開発した物について無知だったとは……全く笑えたものである。とにかく、今後は様子を見てその都度色々と調整を加えるそうだ。
□月N日 晴れ
被検体ソフィアが夏美氏の手引きによってフェンリルの東京本部へ移動した。夏美氏によれば間は完成直前だったが失敗作で、完成した被検体ソフィアの最終試験として間の暗殺を行わさせるというのだ。馬鹿げてる、ソフィアが本当に間に恋をしていたとすれば、そんな相手を暗殺できるのか? いや、暴走状態ならもしかすると……。それに、間が失踪したのはやはり組織の思惑で、その際一部の記憶を強引に消し飛ばしたらしいじゃないか、何をしたか知らないがそんなことをするぐらいなら捨てなければいいのに、バカじゃないのか。
ソフィアの記憶も一部を消去したらしい。恋愛感情すらもそれで消えてしまったら、悲し過ぎる。
*月+日
被検体ソフィアからの間暗殺の報告がなかなか来ない、やっぱり殺せるわけがないのだ。
*月;日
研究員の先輩に衝撃的な事を聞いた。聞いたといっても盗み聞きだが……被検体は単なるアラガミ掃討機じゃない、暴走すればアラガミと同時に人間にすら襲いかかるというのだ。なんだそれは……それが本当に今の市民のためか? こんなことがあっていいのか……そんな殺戮兵器を作ることがこの組織の目的だったというのか。俺の理想はそんなことだったのか……?
*月*日
上から被検体ソフィアを回収するという任務が下った。実行日は明日。
ソフィアは一体今、どうしているのだろうか。
「ふむ、これは興味深いね」
天野は背を反らしながら誰にともなくそう言った。
「ソフィアの残したファイルの裏付けが出来たわけか、ざまさんは本当に何も覚えていなかった。ソフィアちゃんも一部ではあるけど記憶は無かった」
「ざまさんは自分に起きた事に関して不思議に思ってたけど、記憶が無いから正体がわからない……と」
青桐、佐々木の順に続く。山ノ丈は頬杖をついてファイルを再び読み返す。
「このレイザーっていう組織の人間が書いたものとみて間違いないか……しっかしこのP91偏食因子っていうのは気にかかるなぁ」
「同意見だよ丼さん、研究者として非常に興味がある。ソフィアちゃんがざまさんに惚れてたって可能性も濃厚になって……き……?」
天野はそこで、ピタリと動きを止めた。
「どうした天野さん?」
「…………ちょっと待った。ソフィアちゃんとざまさんの間で【感応現象が起きた】……?」
「それがどうしたんだ?」
「感応現象については憶測が飛び交ってるけど、数少ない記録によると、感応現象が起こると記憶の交錯……つまりお互いの記憶が共有される瞬間があるらしいんだよね……場合に寄るのかもだけど、もし二人の間に感応現象が起こっていたんだとしたら……ソフィアちゃんにざまさんの記憶が流れると同時に【ざまさんにもソフィアちゃんの記憶が流れたことになるッ!】」
天野は深刻な面持ちで青桐達を見渡す、青桐や山ノ丈は薄々勘づいて来たようだが、佐々木だけは違った。
「ど、どういうことなの?」
「部分的とはいえ無くした記憶を取り戻して、真相を知ったざまさんは……目を覚ました後どうすると思う?」
「……まさか」
その瞬間、室内を赤々とした光が満たした。明滅を繰り返すその赤い光は、壁に付けられたパトランプから発せられていた。緊急事態だ。
放送:『こ、こちら救護班及び神機整備班ッ! 療養中の間少尉が病室から脱出、先ほど神機のマニピュレータを破壊し神機を持って脱出ッ! 現在は車で逃走中の模様ッ!』
「……は?」
突然の意味不明な放送に首を傾げる青桐、しかし、天野は事態がどう転じたのか、予想がついてしまった。
「しまった…………皆ッ! 大至急神機を持って出撃ロビーに集合! ざまさんを追うよッ! マッキーも呼んでおいて!」
きょとんとする山ノ丈を強引に引っ張りながら天野達は部屋を飛び出した。
支部長室
「間少尉が逃走中!? た、確か間は病室で眠ったきり起きていないというが……」
高堂は椅子から立ち上がると、赤島とパソコンの画面を見比べた。赤島の顔にも焦りと驚きが伺える。
「どうしますか? 支部長」
「私も彼らを追う! 赤島! ついてきてくれるか!?」
「もちろんです」
「よし、君も神機を持って来てくれ、天野達を追えば間の行先がわかるはずだ!」
スピーカーを掴み取りパソコンの画面を切って、二人も競うように部屋を出た。
勢力が、一か所に集っていく……。
――To Be Continued――
先日は台風で大変でしたね……なーんて、時事ネタを後書きに突っ込んでみます。
さぁ、物語も既に終盤。次回で最終回を迎えます。
エイペックス・プレデターを巡るコヨーテ達の物語、その結末とは……?
稚拙ながら、お楽しみに。