ざまさんは何かを隠している。
間が謎の症状で倒れてから2日後、青桐は腹の内でそう決め込んでいた。天野とも何回か相談したが、結局何一つとして進歩はなかった。
(もう一度江の島へ出向いてみるか・・・・・・あそこに何か残しているかもしれない)
考えにふける青桐がアナグラの廊下を歩いていると、突然携帯が鳴った。
「はい青桐です」
『もしもし? 青さん?』
相手は見かけだけではなく、声にもまだ子供らしさを残す女性の声、天野だった。
「天野ちゃんか、何かわかったのかね?」
『わかったようで、わかっていない』
「はぁ?」
曖昧な答えに、思わず間抜けな声が漏れる。
『ところで青さん、今暇かな?』
「なんだ? デートのお誘いかぁ? 喜んでオーケーだぜ!」
『なるほど、暇なんだ』
青桐の華麗なる振りは見事にかわされてしまった。天野は少し間を置いて続ける。
『暇ならいいや、ちょっと一緒に来てくれないかな?』
「結局デートじゃねぇか! で、どこに?」
『江の島に・・・・・・必要なら東京にも行くことになるよ』
「江の島ってことはやっぱりざまさんについての調査か・・・・・・丁度俺も行こうと思ってたんだ、移動手段は?」
『私が車を出すよ、青さんは神機を持って来るようにね』
「了解、じゃあ地上出撃ゲートで待つのぜ」
青桐は電話を切ると、手短にエントランスカウンターに外出する旨を伝え、ターミナルで神機を調整した後、一旦自室へと戻ってから地上出撃ゲートへと向かった。
装備情報
青桐拓馬
剣:鉄乙女剣新改(ショート)
銃:ガストラフェテス真(スナイパー)
装甲:汎用シールド硬(シールド)
天野雪
対アラガミ装備なし
アナグラ内地上出撃ゲート
青桐はダッフルコートとジーパンに着替え、出撃ゲートで待機していた。しばらくしてどこからか車のエンジン音が聞こえてくる。
やがて、一台の小型車が青桐の前に停車した。天野の小さい顔がひょこっと窓から見える。
「青さん! 後ろに神機を乗っけて助手席に乗って」
「はいよーっと」
青桐は言われたとおりに車の後ろにあった小型マニピュレータに神機をセットし、助手席に乗り込んだ。小動物を思わせる天野は薄いピンク色のTシャツにジャージズボンを履き、もはや膝下まで届いてしまいそうな白衣を羽織っていた。
「それじゃ、デートドライブと行きますか、天野さんよ?」
青桐の冗談に対応する天野も大分青桐の扱いに慣れてきていた。悪戯っぽく微笑み返す。
「初めて二人っきりで車に乗る男性が青さんなんてね、全く実に不幸だね」
「…………ぐうの音も出ない」
「ぐう」
天野は微笑を浮かべたまま、アクセルを踏み込んだ。
午後1時半頃 江の島
「よし、無事に江の島に着けた!」
天野は江の島の前で一旦停車して、目の前の島を見やる。頭上にはまた厚い雲がかかっており、大分薄暗くなっていた。
「なんか最近雲がかかることが多いなぁ、雨は降らないんだが……」
車中でうたた寝していた青桐も起き出して空を見ながらつぶやいた。
(そう言えば、あのミッションの時もこんな天気だったか……まぁこのご時世どんな異常気象だって驚きゃしねぇが)
天野は車を発進させ、アラガミ装甲壁の管制に連絡を取る。装甲壁はゆっくりと開き、天野の車は悠々と通された。フェンリルの人間は通常、階級に限らずアラガミ装甲壁を開ける権限を持っている。
「青さん、間少尉が倒れたのってどの辺?」
「あぁ、あっちあっち……あの灯台の所だ」
運転席でハンドルを握る天野に、青桐が助手席から指さしで指示を出す。やがて天野と青桐を乗せた車は灯台……間が倒れた地点の近くに停車した。
「さて……じゃあ実地調査と行きますか」
青桐は眠たくなっていた身体を起こして後部座席の小型マニピュレータから神機を外す。天野も鞄を持って車を降りた。江の島のヨットハーバーはあの時と変わらず、どんよりとした空気が漂っていた。
(人がいない……まぁあの事態が起こってからまだ二日だし、当然か)
あの後、人々は避難所からの帰宅を許された。が、まだアラガミが潜んでいるかもしれないという恐怖からか住民は中々外に出られず、避難所から帰らない人も多かった。そのためまだ江の島には静寂が保たれたままだ。
「青さん先行して、私は後ろにつくよ」
そう言うと、天野はぱたぱたと青桐の背後に歩み寄った。丈の長い白衣がふわふわと揺れてなんだか可愛らしい。ぼーっとしている青桐を小突きながら、何故だか嬉しそうに笑っている。
「変な奴だなぁ天野さんも」
「青さんに言われたかないやい、ささ、行った行った」
神機をゆるく構えながら青桐は歩を進めることとなった。湿った風が二人を涼めていく。
(さて……ざまさんが異常をきたしたのは灯台とヨットハーバーだったな…………灯台はあとで調べることにして、まずはヨットハーバーから調べようか)
青桐は駆け足でヨットハーバーまで向かう。天野も小柄な身体に相応しい身軽さでそれに追従してくる。
二人は間がグボロ・グボロ達と交戦していた地点まで問題なく到着した。思い出したように、青桐の傍で天野が残念そうな声をあげる。
「あぁ~しまった。回収班が手がかりを消しちゃったかもしれないなぁ……」
「そうでないことを祈るだけだな」
青桐も内心、かなり惜しいことをしたと思った。もし天野からの報告があったら、あの時ここに残って調べたのだが……。
「どうする? 二人で分かれて調べたいならそうするけど?」
「いや、天野さんも一緒に来てくれよ、どれが重要な手がかりなのか俺には分からん」
二人の同意で行動指針を決め、青桐が再び歩き出そうとしたその時、天野が青桐のダッフルコートをぎゅっと掴んだ。ふと、天野を振り返る。
「どした天野さん?」
「ちょっと、どうしてさっきから天野さんって呼んでるのさ、電話では天野ちゃんとか呼んだくせに」
「う……」
不意を突かれた、とでも言おうか。青桐は押し負けそうになった。そう、青桐は本心では佐々木に劣らず女の子が好きだ。しかし、実際に女の子を目の前にするとどうにも上手く話せなくなってしまうのだ。天野に対しては比較的自然に接していると思っていたのだが、思わぬところでボロが出てしまった。
(不味い……どう言ったものだろうか、下手なことを言うと嫌われてしまいかねない……どうする? どう返す!?)
微妙な表情で固まる青桐に、天野は不思議そうな表情を向ける。天野に見られれば見られるほど、時間が経てば経つほど解答に困る。不思議そうな表情のまま、天野から口を開いた。
「別にどう呼ぼうと自由だけど、こっちはあだ名呼びなんだし呼び捨てにされても一向に構わないですよ? なんなら小さい時の私のあだ名を教えようか?」
「あぁいや……えーと、そのだな……うん、天野さんって呼ばせてもらいます」
「変な人だねぇ……じゃあ、調査を続けようか」
「お……おう」
青桐は微妙な消化不良のまま、改めて再び歩き出した。
ヨットハーバーは以前来たときと変わらず、ヨットが撤去されたためにほとんど空き地同然となっていた。装甲壁外と違いアラガミがいない上、人も外出していないので、江の島内は海のさざ波の音しか聞こえない。
グボロ・グボロの体液が少量飛び散っているためか、潮の匂いに混じって鉄臭さを感じる。
「アラガミの反応はなし、後方クリア」
「ああ…………特に手がかりになりそうなものは無いような……」
青桐はひとまず周りを見渡す、グボロ・グボロの体液以外には、特別不審な物は無いように見える。しかし、天野はそうは思わなかったようだ。天野が前方を指さして言った。
「青さん、あれ何かな?」
指差す方向を追って青桐も前方を見やると、グボロ・グボロの体液とは違う黒い液体がそこに飛散していた。二人は駆け寄ってその場にしゃがむ。
「はて? なんだこりゃ?」
見慣れない液体に首をかしげる青桐。天野もしばらく記憶を辿るような仕草を見せたが、どうもピンと来るものは無いようだった。使い捨てのビニール製手袋をはめて、そっと触れてみる。
「…………乾いてる……のかなぁ」
天野は鞄からアイスピックのようなものを取り出すと、先端を少し舐めてから黒い液体をひっかき始めた。石を削る音が聞こえないことから、どうやらただの液体ではないようだった。
やがて石を削る音が聞こえ、黒い液体の真ん中に地面の石肌が覗く。天野がピックをあげると、液体が糸を引いた。
「なんだよこれ? 随分ねっとりしてるなぁ」
青桐の呟きに、天野も首をかしげる。
「うーん……でもちょっとの水分ですぐに溶けだしたって事はまだ付着して大した時間が経ってないってことだから、もしかするとざまさんと何か関連があるかもしれないね。ちょっとだけ採取して持って帰ろう」
鞄をごそごそと漁って、白い蓋のついた試薬瓶を一つ出すと、同じ方法で黒い何かを削り、出来る限り多めに試薬瓶に採取した。
「青さん、この液体に心当たりは?」
「無い…………と思うんだけど……うーん?」
実は青桐には全く心当たりがないわけではなかった。ただ思い出せない。いつも見ているような……でも、日常的な物ではないような…………深いモヤにかかったようにはっきりとしない。
(どっかで見たことあるような気がするんだけどなぁ……)
天野は試薬瓶を空にかざして眺めた後、鞄に収めた。
その後、間が戦闘を行った地点の周辺や灯台を粗探ししてみたものの、二人は収穫の無いまま車に戻ることとなった。
「さて……次はどこに行くんだ? それとももう帰るのか?」
青桐はシートベルトをかけながら運転席に座る天野に聞く、当の天野は両手に持った茶封筒と書類から視線を上げて答える。
「いや、あと一ヶ所……行くところがあるよ。間少尉が横浜支部に来る前の所属……フェンリル東京本部に行こう」
午後3時頃 フェンリル東京本部
世界にアラガミが出現した直後の対応が比較的早かったためか、日本にはフェンリル総本部に最も近い位置づけを持つ本部署が東京と京都の二ヶ所にある。基本的に国際的な会議には、東京本部長と京都本部長の二人一組で日本代表と扱われることになっている。位置的に近いためか東京本部と横浜支部は仲が深い。
東京駅の近くにある2つの高層ビルを空中回廊で結ぶ形でツインビルと化した東京本部、周りに打ち立てられた対アラガミ装甲壁も横浜支部のそれより強固なものだった。天野を先頭にして、二人は一直線にフロントに進んだ。
「すいません、横浜支部の者ですが……」
天野と青桐はフェンリルのメンバーである事を証明する身分証明書を提示した。受付の女性が身分証明書を本物と確認すると、天野は真剣な表情で要件を切り出す。
「ここ最近の適合試験記録と、入除隊記録を見せてもらえませんか?」
「アポイントメントはおありですか?」
「いえ、ありませんが……お願いします」
「? 少々お待ちください」
小さな女性整備員と長髪の神機使いに疑惑の目を向け、女性はさっさと奥に引っ込んだ。
「警戒されてるなぁ……」
「そりゃそうだ。令状も手紙も無しにいきなり来られたらいくらなんでも疑うわな」
青桐に正論を突っ込まれ、天野は口を尖らせた。周りを見ると、神機使いの腕輪を付けた人達があちこちに見えた。
「やっぱり本部はゴッドイーターの数が違うみたいだね」
青桐もさりげなく周りを見る。確かに、腕輪を付けた者が多い。本部の人間以外にも、外部からの派遣の数が多いというのも理由だろう。
「お待たせしました。こちらになります」
先程奥に入った女性とは違う、スーツ姿の老人が現れた。ふんわりとした白髪をオールバックでなでつけ、肌は南国で焼いたかのように鮮やかな褐色で染まり、腕や脚はまだ衰えを感じさせないハリが窺える。切れ長の目がさりげなく威厳を感じさせる老人だ。
「おや、夏美さん。お久しぶりです」
天野が老人に挨拶すると、老人の顔が明るくなった。
「おぉ、雪ちゃんかい。適合試験記録や入除隊記録を見たいなんて言うから誰かと思ったが……そうか雪ちゃんかぁ」
親しそうに接する二人の横で、青桐は段々思い出し始めていた。この老人こそフェンリル東京本部のトップ、夏美彰(なつみ あきら)本部長だ。横浜支部に以前数回だけ来たことがあった。テレビなどによく出ているらしいが、そもそも青桐はテレビを見ていない。
「さぁ、これが記録だ。本部内で読むなら持って行って構わないよ、ただし外に持ち出さないように。返す時はこの受付に渡しておいてくれれば良い」
「はい、ありがとうございます」
天野は夏美から二つのファイルを受け取り、青桐に目配せしてラウンジ内の壁沿いにある二人用のテーブルに陣取った。青桐もすぐに向かいの席に座る。天野は鞄を置くや否や、渡されたファイルを急いで繰り始めた。
適合試験記録とは、文字通りその施設で行った神機使いの適合試験の記録である。何時、誰が、誰の指揮下で適合試験を行ったか、またその結果は如何なるものであったかをリスト化して記録しておくものだ。更新する頻度さえほとんど無いが、後々重要な情報になる場合もある。
もう一つの入除隊記録とは、これまた文字通り神機使いの出入りを記したものだ。行方不明、殉職などもここに記される。
青桐は天野がファイルを繰り終えるまで、じっと待った。なんとなく自分が協力するところではないと思ったのだ。
二つのファイルをテーブルに広げてページを繰っていた天野の手がふと止まり、ぽつりと呟いた。
「……………………おかしいな」
もう一度繰り直す。しかしいくら繰っても反応が明るいものにならない。口の挟みどころと見て青桐がようやく口を開く。
「どうしたんだ? そのファイルに何かあるのか?」
天野は上目づかいで青桐をちらりと見ると、二つのファイルを青桐に向けた。
「入除隊記録のここ、間少尉が東京本部に配属されたのが数年前ってことになってるよね?」
「ん? あぁ……そうなってるな」
「でね、こっちは適合試験記録なんだけど…………間少尉が配属されたのと同じ時期の所を見て」
言われた通り、記録をなぞってみる。そこでようやく青桐も違和感に気づいた。
「【適合試験の記録が無い】な……」
青桐がファイルから視線をあげると、こぶし一つ入るか入らないかの距離に天野の顔があった。天野が大きく身を乗り出していたのだ。天野はそのままの姿勢で続ける。
「入除隊記録は転属の場合、普通なら転属元も一緒に記録しておくの、でもこれには……【新規入隊】……転属元が無いことになってる」
「え……あ……お、おう……そうだな……」
天野がやたら小声で喋るので、自然と青桐も声が小さくなる。天野は思案顔で元の姿勢に戻ったが、青桐は危うく高熱でも発しそうになっていた。心臓の鼓動が早まり、呼吸さえ上手くできなかった。
「おかしい……こんなことがあるものなのかな……」
天野は手帳を一枚破り取り、要点だけを書き記して素早く胸ポケットに滑り込ませた。そしてふと、何か思いついたように動作を止めると、手帳をもう1ページ破り取って何事か書き、今度はそれをファイルの中に挟み込んだ。
「さて、青さん。行こうよ。これ返さなきゃ」
「あ……あぁ」
青桐が精神的に落ち着くのを待たずに、天野は椅子から立ち上がった。受付にはまだ夏美が立ったままだ。
「あれ、夏美さん。てっきりもう奥に戻っているものかと」
「おやおや雪ちゃん、もういいのかい?」
夏美は柔らかな笑みを浮かべて二人へ向き直る。天野は先程までの真剣な表情とうってかわって、まるで祖父母に接するような表情になっていた。
「ええ、気になっていたことがあったのですが、どうやら思い違いだったみたいです。忙しい所を申し訳ありませんね」
「いやいや、力になれたなら嬉しいんだけどね」
天野は表情を崩さずに、丁寧に礼をする。青桐も真似るように礼をして、二人揃って受付に背を向けた。
「ああ、そうそう……夏美さん」
直後、天野はもう一度夏美に向き直った。夏美も丁度、ファイルを手に奥へ戻ろうとしていたところだった。
「もしかしたら、ボールペンか何かが資料にうっかりついてしまったかもしれません、出来ればすぐに、夏美さん自身の目でファイルを確認しておいてくださいね。絶対ですよ?」
天野はさりげなく言ったのだろう、しかしその言葉には、青桐でも気づくような強い思いが感じられた。天野は青桐と一緒に、そのまま駐車場に向かった。
天野と青桐が出口から出たのを確認して奥に引っ込んだ夏美は、天野の言葉が引っかかった。
『出来ればすぐに、夏美さん自身の目でファイルを確認しておいてくださいね』『絶対ですよ?』
天野は確かにそう言った…………自分の目で……すぐにでもファイルを確認しろと。
夏美はゆっくりと、重なった二つのファイルの内の一つ、適合試験記録のファイルを開けた。すると、一枚の紙がするりとファイルから抜け落ちた。
(……?)
そっとそれを拾い上げ、そこに書かれた文字を読んで、夏美の表情が一変した。
(……! そうか……雪ちゃん……君は奴の事を探っているんだな……!)
夏美は表情を不敵な微笑に変えた。力強く出口を睨みつけ、紙を握りつぶした。
東京本部の駐車場から車を出したとき、天野の雰囲気はいつもの小動物を思わせる可愛らしいものに戻っていた。それを見た青桐はとりあえず安堵する。
「さて……とりあえず行けるところは行ったし、帰ろうか?」
今度は天野が青桐に聞いた。さっき天野と物理的に急接近したショックがいまいち抜けきっていない青桐は生返事しか出来ず、どう答えようか考えていたその時、ふと青桐のポケットが震えた。携帯に電話が入ったようだ。
「はい青ぎ『青さぁぁぁぁん!!!!!』
突然の爆音に弾かれたように携帯から頭を遠ざけた青桐はそっと画面を見る。そこには『佐々木 竜太郎』と表示されていた。目を丸くする天野に向かって肩を竦めてみせると、ため息交じりに携帯を耳にあてがう。
「…………なんだよ」
一気に疲れが増した青桐とは裏腹に、佐々木の方は何故かやたらテンションが高い。
佐々木:『青さん!? 今どこにいるんだ!?』
青桐:『あー? フェンリル東京本部を出るところなんだが……』
佐々木:『なら丁度いいや! 迎えに来てよ! 俺今品川駅だからさ!』
青桐:『はぁ……? ちょっと待ってろ……』
あまりの大声に聞こえていた天野は、苦笑しながらも了承した。
青桐:『いいってさ、品川駅だな? 駅のすぐ横の道路で待ってろよ』
佐々木:『ほいほーい!』
(このやけに高いテンションは任務終わり……?)
青桐は電話を切ると、ふと天野に聞いた。
「いいのか? ざまさんの事は黙ってるんだろ?」
「うん、上手く隠してね。青さん」
(他人事のように言いよる……)
天野は車を公道へ入れた。公道といっても陥没や瓦礫崩れなどが多く、もはや道路とは呼びづらくなっているが。
瓦礫やひび割れた箇所を避けながら、天野は小型車を運転する。その姿を横から見ていると、『小さいけど出来る上司』と『身体だけ大きくて何もしない助手』という構図が出来上がっているようで青桐はため息が出る。
旧品川駅の近くに来ると、青桐が起動したPDAに反応が示された。フェンリル支給のPDAは任務外でも、設定さえすれば指定対象の場所を位置表示してくれる。執拗な恋人がいる人にはタチの悪い機能だったり組織内でストーカーの心配があったりと不満が多いが。
「青さん、それ使わなくても位置は分かるよ……」
「あぁ、そのようですな」
二人が前方を見やると、残骸のような物の近くで、神機片手に手を振っている佐々木の姿が見えた。一人らしい。天野は佐々木のすぐ横で車を止める。
「やぁ佐々木軍曹、御無沙汰してるね」
「お! 雪ちゃん久しぶりぃ!」
青桐が窓を開けて外を見てみる、佐々木の後ろにある残骸はどうやらヴァジュラのようだった。
「ほーヴァジュラを一人で倒したのか、単独で任務に出るなんて珍しいな」
「まぁたまにはな、たまたま動きの鈍くさい個体で助かったよ」
そう言いながら佐々木は残骸を蹴っ飛ばす。ライオンのような迫力や威厳もこうなると微塵もない。
「神機は荷物スペースに入れてください、予備の小型マニピュレータがあったと思います」
「おう、じゃあ最後に捕喰しとくか」
そう言って佐々木が神機の口を開け、今まさにヴァジュラに喰いつこうとしたその時だった。
「ああッッ!!?」
突然青桐が声をあげた。天野はもちろん佐々木さえも身をすくませる。普段あまり声を上げない青桐がいきなり大声をあげたのだから無理もない。
「天野さん! ちょっとあれ見ろ!」
二人が訳もわからぬまま、青桐は車を降りて佐々木の神機に飛びつかんばかりに駆け寄った。それに続き天野は鞄を手に慌てて飛び降りた。
「何々!? 何があったの!?」
「昼間からずっと気になってたんだよッ! 佐々木の神機をよく見てくれッ! 牙の部分ッ!」
興奮する青桐が指さしているのは、捕喰形態を解放させて口を開けている佐々木の神機だった。天野はすぐに青桐の言いたいことを察する。
「牙から何か滴ってるね……?」
天野の言う通り、佐々木の神機の牙に当たる部分から、何か黒い液が滴っているのだ。それは旧江の島で見つけた。あの謎の黒い液体と似ていた。
青桐は急いで車から自分の神機を取り出して捕喰形態にする。やはり同じものが神機のそこかしこから滴っていた。
「道理ですぐに気付かなかったはずだ……やっぱり俺は普段あれと似たようなもんを見ていたんだ……!」
「ちょ、ちょっとそのまま……!」
鞄から手袋と空きの試薬瓶を取り出すと、手袋をはめた手で青桐の神機に触れる。試薬瓶に適量採取して頭上にかざした天野は、すぐに真剣な表情になった。
「確かに似ている……急ごう青さん!」
「早く乗れタロス!」
「あぁ? 一体何なんだよ……」
神機使いの二人が車に飛び乗ると、天野は急アクセルで横浜支部へと戻った。
横浜支部 第三研究室
帰って来るや否や三人は研究室の一部を借り、早速二つの液体を解析装置にかけた。
(不自然に残った記録に……不自然に飛び散っていた黒い液体……もしこれで神機から出ていた液と一致したら……)
流石の天野も焦りが隠せなかった。何か……嫌な予感がしていた。
「……解析率50%……」
未だに状況が読めない佐々木が、ようやっと口を開く。
「なぁ、さっきからなんなんだ? 送ってくれたのは有難いんだけどさ」
青桐も天野も答えられなかった。間の異変の事はまだ黙っている方針を取っていたのだ。しかも青桐の記憶では佐々木はあまり口が堅くない、迂闊に話すわけにはいかなかった。青桐より先に天野から弁解した。
「実は二人で任務に出ててね、上から頼まれた物を採取、解析してるんだよ、その途中過程として東京にいたの」
天野は青桐にさりげないウィンクで意思表示。青桐は背中に嫌な汗をかいていた。やがて機械的な通知音と共に、画面には「解析完了」の文字が表示される。
「出た! ・・・・・・結果は!?」
「・・・・・・・・・・・・完全に一致」
天野と青桐の頭がフル回転し始める。内容がわからない佐々木は近くのデスクに腰掛けて暇そうにそれを眺めていた。
(青さんの神機データを除いて一致率100%ということは、江の島で飛び散っていたヌルヌルした黒い液体は神機の液体と同じということになるけど・・・・・・あの量が飛び散るなんてあり得るの?)
(そもそも神機が口を開けたとしても周りに飛び散る液なんかせいぜい数滴だ・・・・・・あんなモロに嘔吐したみたいな量が神機から飛び散るなんて考えられないが・・・・・・)
無言の思考時間が続く、やがてそれが停滞したとき、三人が一斉に口を開いた。
「天野さん」「青さん」「先帰るぜ」
とりあえず二人は佐々木の意見を尊重して研究室から追い出し、譲り合いの後に天野から意見を述べる。
「神機から出た液ということは、多分あの液体は高濃度の液化オラクルと見て間違いないと思う。問題はそれが何故飛び散っていたかということね」
「実際に神機を扱ってるけど、どう考えたって不自然だぜ、もしかすると神機から出た液じゃないかもしれない」
続けざまに青桐も意見を言う。二人の意見は、ある結論を導いた。
「・・・・・・行こうか、医務室に」
「そうだね、間小尉に直接確かめた方が良さそう、それで答えが出ればいいんだけど・・・・・・」
最もだった、ただの体調不良ではなく、何か重大な事情があるなら、今まで間はそれを隠していたことになる。学生時代は一つ屋根の下で騒いだ仲の青桐達にさえ話さない内容を問いただしたところで、間がそう簡単に話すだろうか。拭うことの出来ない感情に任せるがまま、青桐は天野を連れて医務室……病室へと向かった。
アナグラ内の病室は基本的にいつも誰かが治療を受けている。いくら日頃から訓練に臨んでいるといっても、実践ではどうしても負傷してしまうものだ。
二人は近くの医療班を捕まえ間の居場所を聞くと、早足に歩いていった。聞き出した場所には、ラフな私服でベッドの縁に座り本を読みふける間の姿があった、青桐達に気づいた彼はふと顔を上げた。
「おお、青さんと・・・・・・ええと天野さんでしたっけ? 一流整備士の」
「い、いえ・・・・・・それほどでも」
二人に会って間の表情が明るくなった。青桐は本題を出す前に、少しだけ藪をつついてみる。
「なぁざまさん、どうして江の島での任務が終わったとき倒れたんだ?」
「あぁ、どうもただの貧血みたいだぞ? 今日の夕方頃から復帰できるってさ」
「あの任務の前に体調が悪くならなかったのか?」
「いいや、いつも通りだった。少し油断しちゃったんだろ」
当たり障りのない回答しか返ってこない。歯がゆくなった青桐は本題を切り出した。
「ざまさん、江の島に黒い液体がぶちまけられていたんだが、心当たりは・・・・・・?」
「・・・・・・」
この質問で間の様子が急変した。口を固くつぐみ、探るような視線を青桐に向け始めた。
「さっき江の島に行ってみて、黒い液体を採ってきて調べてみた。そしたら何故か神機から採れる液体と一致したんだよな」
淡々と告げる青桐の報告を、間は黙って聞いている。まるで答え合わせをする出題者のように。
「あの量が神機から出てくるとも思えない。それに任務中にざまさんの腕や神機に出てきた黒い何かも気になる」
「・・・・・・!!」
青桐の最後の一言に間はビクリと身体を跳ね上がらせた。目は見開かれ、腕は変に強ばっている。
「不自然にあがった戦闘力じゃん? 江の島にあった黒い液体じゃん? 他にもわからない所がたくさんある。どうなんだよざまさん? 本当に心当たりはないのかよ?」
間の視線が鋭いものになった。天野は横から間の様子を事細かく観察していたが、心理学の専門家でなくとも何か隠していることは明白だった。間もこれ以上は無駄と判断したのか、急に肩の力を抜き、弱い声で答えた。
「・・・・・・・・・・・・すごいな青さん、それ、全部一人で?」
「いや、基本的に天野さんが調べてくれたことなんだ・・・・・・じゃあ認めるんだな? 何を隠してるんだ?」
「別に隠してたってわけでもないんだが・・・・・・何せ、私ですらわからないんだからな。話しようがなかったんだ」
間は自分が定期的に具合が悪くなること、具合が悪くなるとアラガミへの食欲が増し、黒い何かが神機や腕に浮かび上がること。黒い液体を吐くこと、悪夢を見ること等、知っていることを全て話した。青桐達が旧江の島で採取した液体も、自分が吐き出したものだと明かした。しかし、その話の全てが青桐や天野の常識から外れてしまっていて、天野でさえ、理解するのに数分を要した。
「・・・・・・私が話せるのは今んとここれが全部だ。正直、なんでこんな症状が出るのかもわからない。症状の正体もわからんままだ・・・・・・」
間は最後にそう言った。その口調は弱く、いつもの調子ではないのがすぐにわかる。天野が恐る恐る次の質問に移る。
「間小尉、私からもう一つ聞きたいことが」
「ざまさんでいい、それと敬語も出きればやめてほしいぜ。正直階級をつけられて敬語を使われるのは好きじゃない」
「失礼、じゃあざまさん・・・・・・実は今日フェンリル東京本部へ出向いて入除隊記録と適合試験記録を見せてもらったんだけど、ざまさんの適合試験記録がないの。どうして?」
その質問のどこがどう影響したのか、間は答えづらそうに額を掻いた。
「実は・・・・・・それも私にはわからない。どうやら私は、配属されたときにはもう神機使いだったらしいんだ」
「らしい? 覚えてないのか?」
青桐が長髪をいじりながら口を挟む。間はうつむき、口調がさらに弱くなった。
「ああ・・・・・・東京本部の医務室のベッドで目が覚めて、初めて配属を知った。その時には既に腕輪がついていたんだ。いつ腕輪をつけたのか、東京に配属される前は何をしていたかも覚えていない。神機使いになる前の記憶として新しいものといえば・・・・・・具合が悪くなるとき決まって見る夢がそうだ」
二人は増々ワケがわからなくなったが、とりあえず辻褄は合う。
(なるほど・・・・・・? 確かにそれなら適合試験の記録は残らないし、転属元も白紙のまま記録せざるを得なくなる。やっぱりファイルに手紙を挟んで正解だったな・・・・・・)
天野がベッドの上の間を眺めていると、青桐が話を進めた。
「それでざまさん、この事、マッキーとかには話した方がいいんじゃないか?」
こればかりは彼らの問題だと判断した天野は、無言で病室を出た。それを見送ると、青桐はもう一度間に問いかけた。間の答えは・・・・・・歯切れの悪いものだった。
「わかった。あいつらに話そう・・・・・・青さん、すまないが召集をかけてくれ」
間はゆっくりと立ち上がってサイドテーブルの水を飲み干すと、そそくさと病室を出た。
間の私室
たまたま誰も出撃していなかったので、一時間と待たずに、間の私室には間、佐々木、青桐、山ノ丈、藤牧の全員が集まった。佐々木は先程青桐に会っているので、他の二人よりも意外そうな顔をして入ってきた。
「なんだ? 今日は青さんも変な行動が目立つな、いつもだけどさ」
白衣を羽織った山ノ丈が缶コーヒーを片手に呟く。事情を知っている青桐はいつものように流すことはせず、ただ黙って聞き流した。全員が揃ったところで間が口を開ける。
「なぁ皆、配属されたときから今日に至るまで、黙っていた事がある・・・・・・」
間は青桐達に語った内容をそのまま繰り返した。全てを話し終えたとき、場には沈痛な静けさが漂う・・・・・・・・・・・・かに思えた。
「ふーん・・・・・・で、何?」
さも当然かのようにそう言ったのは、藤牧だった。佐々木もそれに続く。
「そうだよ、だから何?」
冗談で言っているのでも、励ますために言っているのでも無かった。間と青桐の方が逆に戸惑い。それに追い討ちをかけるように、山ノ丈までもが釣られて笑う。
戸惑いを隠しきれない間達に、佐々木が告げた。
「お前さぁ・・・・・・俺らは昔夜な夜な語り合った仲だぜ? お前が変な奴だってのは皆知ってんだよ、お前が普通じゃないのは決定事項! 常識! 俺らの共通知識!」
「いや……でも! 私はお前らにそれを隠してたんだぞ!!?」
思わず声をあげる間に、佐々木は怯む様子もない。それは紛れもなく、一片の迷いもない発言の証拠だった。
「だから? 今言ったじゃん」
間はポカンと佐々木を見る。佐々木は得意げになって続ける。
「お前が怪物だろうが変態だろうが俺達の仲間には違いねぇわけじゃん? 何をそんなに深刻になってんの? 馬鹿なの? どうでもいいわッッ!!」
「まぁアラガミになったら全力で潰すけどな」
佐々木の横で藤牧がソファーに横になりながら煙草の灰を落とす。
「まぁでも、なんだ・・・・・・ざまさんがやれっていうんなら俺の方でも調べておくよ、それでよくね?」
控えめな言葉とは裏腹に、山ノ丈は興味津々と言わんばかりの様子で間の腕輪を眺め回していた。
「てかさ、これってすごくねッ!? 俺らの仲間に新種のゴッドイーターがいるとか! 超貴重じゃん! やばくねッ!!?」
佐々木には、間がどれだけ深刻と見た事態も笑いの種に見えるらしい。当の間は青桐と顔を見合わせて。
「なぁ青さん、どうも私は自分の仲間達を誤解してたみたいだな。しばらく東京にいたからかな」
「だな。俺もこんなにポジティブに受け止められるとは思ってなかったわ」
「なんか・・・・・・今まで隠してた私の苦労は一体・・・・・・」
文句を言う間も、場に釣られて笑いがこみ上げて来た。
実を言えば、青桐はこの展開が予想できていた。特に佐々木はこの手の複雑な事情を全て理解するのを極端に面倒くさがるし、藤牧はそもそも理解できる程の頭がない、それに隠し事をしていたからといって騒ぐような連中ではないと理解していたからだ。
集まった時のギスギスした空気は佐々木と藤牧によって一掃され、今や昔と変わらない学生同士のそれになっていた。間は最後に一言、佐々木達に言った。
「すまん! 隠してた私が馬鹿だった! お前ら最高だッ!」
「それでこそざまさんだ! この変人馬鹿がッ!」
笑顔を浮かべる間の手には、どこからか取り出した炭酸飲料のペットボトルが握られていた。宴会の準備だ。
整備士休憩室
数分後、電話を通して青桐から一連の流れを聞いた天野は、ふう、とため息をついた。
(良い仲間に恵まれたなぁ、間小尉・・・・・・いやざまさん)
天野は白衣を脱いで冷蔵庫で冷やしておいたスポーツドリンクをテーブルにおく。その横には、江の島で採った液体と青桐の神機から採った液体の照合解析データのプリントが置かれていた。
(とすると、青さん達は現時点で持ってる情報を共有したわけか・・・・・・・・・・・・それにしても、結局ざまさんの謎については明らかになっていないまま・・・・・・)
ちらりとプリントを見やると、ふと脳裏を夏美本部長の顔がよぎっていく。
(嫌な予感がする・・・・・・ざまさん達には悪いけど、これはそんなに生易しい問題じゃないみたい)
天野は自分の断崖絶壁な胸が騒ぐのを感じながら、神機の整備の仕事に戻った。
ーTo be continuedーー
なんというか……もう前書きと後書きは書かなくてもいいんじゃないでしょうかね←リアルにちょっとネタ切れを起こしてきました。
ハーメルンに投稿することどころか利用自体が初めてなのですが、皆さん前書きや後書きになんて書いてるんでしょう? 是非ともアドバイスを願います。