どうやら俺は呪術廻戦の世界に黄金郷のマハトとして転生したらしい。
黄金郷のマハトといえば葬送のフリーレンの中でも最強格の魔族だ。その魔法は凄まじくありとあらゆる物を黄金に変える事ができるというチートじみた物で、そんな化け物に俺はなったらしい。
「いや、違う、か……?」
自分が『呪い』であるという認識がある。マハトとして転生したというより、黄金にまつわる呪いがマハトの形を借りて結実したという感じだろうか? マハトと限りなく似たような事はできても本質的に違うような感覚がある。
「まぁ、どちらにしても化け物か」
特にショックは受けなかった。ショックを受けなかった事に人間ではなくなったな、と感じる。だがどうしようもない事であるし、気にならない物は気にならないのだからしかたない。
「罪悪感は……、良く分からない、か」
葬送のフリーレンにおいてマハトは罪悪感や悪意を理解する事を目的としていた。とはいえ『俺』の前世は人間だったのだからどんな事に罪悪感を覚えるのか? とか、それがどんな気分なのかも分かるつもりだ。
だが実際にそうした行為を行ってみても罪悪感を覚えないだろうという妙な感触がある。何か根本的に欠落? 変質? したようで世界の見え方とでもいうべきモノが変わってしまった感覚があるのだ。
「……気持ち悪いな」
果たして『こういう時には罪悪感を覚える物だ』と判断できる事が罪悪感を抱いているという事になるのだろうか?
見える世界は何も変わっていないのに受け取る世界が変わってしまった事に違和感を感じる。とはいえ慣れるしかないだろう。
「待て、これは慣れていい事なのか?」
分からなかった。とりあえず殺人衝動のような物はないし、道徳観も失われていない。好き好んで道徳から外れたいという訳でもない。人間の中にもそういった共感性を持たない者がいる事も知っている。それならばとりあえず後回しでいいだろう。そう思い込む事にする。
「これからどうするか?」
自問する。殺人衝動はないと思ったが、食欲や性欲もなさそうだと感じる。睡眠欲もおそらくない。そもそも欲望と呼べるモノがほとんどないようだ。このままこの場所で数年だろうが数十年だろうが立ち尽くしたままでも問題なさそうだと思う。
「それは流石につまらない、か。……そういえばナナミン死んだ時は悲しかったな」
ふと前世で呪術廻戦を読んだ時の事を思い出す。ナナミン、つまり七海建人を救うというのはどうだろうか?もっと言えば原作で死亡するキャラを救うのだ、それはとても人間的な目標ではないだろうか?
「真人を殺すか? ……それでも死滅回游辺りで死んでしまいそうだな。……とすると呪術師全体にテコ入れが必要か? いや死滅回游自体が起きなければ良いのか?」
テコ入れした結果、バタフライ・エフェクトでおかしな事になるかも、と一瞬思ったが
「……あれ以上に悪化する事はそうはないか」
そう呟く。モブは言うに及ばず、主要キャラですら死にまくっていた事は印象深い。というか考えてみると呪術廻戦という物語は『勝負に勝って試合に負けた』という事ばかりではないだろうか?
呪術廻戦を途中までしか知らない以上、何か致命的な見落としがあるかも知れない。いや、絶対にあると思う。むしろないとおかしい。慎重に動く必要はあるだろう。情報収集もできる限りやらなくてはならないとも思う。
「だからといってやらない理由にはならない、か?」
そう軽く目標を決め、適当に動き出す。何ができるのか? 何をすべきなのか? どころか、未だにここがどこなのかも、いつなのかも分かっていない。下手しなくとも呪術全盛の平安時代という事だってあるだろう。
「さて」
改めて辺りを見回す。光はない。だが呪霊だからだろうか? 問題なく周囲の様子を把握する事ができる。とはいえあるのは土と岩、後は足元に僅かに水が流れ、ところどころにある浅い水溜りに苔が生えている程度だ。洞窟、いや形が整っているから古い坑道だろうか?
左右に道が続いていたが左に行くことにする。特に理由はなかった。ごく自然に時間はあるのだし、間違えても問題ないと思ったのだ。
「……ろくに状況も分かっていないのに?」
果たして前世の『俺』はそんな判断をする人間だっただろうか? 自分の感覚を疑う。前世との感覚のズレ。
「そういえば何か身体も動かしづらい……? いや動かしやすいのか?」
手を閉じたり開いたりしてみる。が、良くわからない。前世の俺の感覚からすると非常に精密かつ高速で動かせる。だがもっとできるような感じもする。
そう言えば、と落ちていた石を拾い上げ、魔力……いや、呪力を使い魔法……でもなく術式か、を発動する。
『
術式が発動する。先程拾った石が手の上で黄金の塊に変わっていた。歩こうと思ったら歩けたぐらいに当たり前の事が当たり前にできた、という感じだ。同時に妙に嬉しく心躍る。
坑道をゆっくりと進みながら術式の実験を続ける。踏み出すと同時に地面を黄金化させてみる。
「ふむ……?」
そうなるだろうと思っていた範囲よりも黄金化できた範囲が狭い。
次の一歩でも同じようにやってみる。
次はもっと範囲を広げられるか?
今度は範囲を狭められるか?
足元ではなく遠隔なら?
作り出した黄金を操作できるか?
実験を繰り返す。発動するのが遅い、黄金化の進行も遅い、黄金化できる範囲も狭い。とりあえずだが視界内なら遠隔でも黄金化できる。実験結果が貯まっていきだんだん分かってくる。
弱体化しているらしい。
葬送のフリーレンにおいてマハトは街一つ丸ごと黄金化できる程の力があった。それと比べるまでもなく弱い。おそらく『俺』という異物が邪魔しているのではないかと思う。馴染めば解消されるのだろうか? 訓練すれば解消されるのだろうか? 分からない。
だが
「それでも十分に強い、か。少なくとも術式の強さとしては最上位だろう」
問題はそれを扱い切れるかどうかだが、そこは努力するしかない。この理不尽な世界でやっていくにはそれしかない。
そんな風に自分の能力を確認しながら歩み続けていると段々と周囲に人工物が増えていく。頭上には古びた配線と豆電球が増え、地面にはトロッコの線路がある。坑道の幅も広く、天井も高くなっている。坑道が広がった分、崩れないように補強として木の枠といった物も定期的に設置されている。
どうやら当たりの道だったらしい。頻繁に使用する入口の方だから整備されているのであろう。
そしてついに光が見える。光に向かって走り出す。坑道を抜け、この世界で初めての光に目が眩む。その時だった。
「喰らえ!」
そんな声と共に突然、周囲に何か『圧』のような物が現れた事を感じる。同時に目の前に俺を睨みつけてくる目の化け物が現れる。
驚き、咄嗟に後ろに飛び退こうとする。だが動くことはできなかった。全身を何か硬い物で固められたかのような感触がある。
「躯倶留隊、行けぇ!」
「扇さん! 長くは持ちません! こいつ、想定以上に強いです!」
「分かっとるわ!! 死んでも抑え付けておれ!」
先程の『圧』を感じた場所に人がいるのを視認する。そして理解する。
あの『圧』は呪力の気配だったのだ。
こいつらは呪術師で奇襲されたのだ。
呪力を隠蔽し隠れていた呪術師が攻撃に打って出たために突然現れたように感じたのだ。
正面から坊主頭の男が二人、大柄な男は斧、小柄な男は槍を手に突撃してくる。命の危機、だが妙に落ち着いている。
『
金縛りにあったように動く事はできなかったが、術式は問題なく発動できた。足元の地面を黄金化させ、その黄金を操り二人の進路上に壁を設置する。
「なっ?!」
「くっ、こいつ長寿郎さんみたいな術式を使うぞ!」
斧を持っていた男は急に現れた壁に対処する事ができなかったようで、かろうじて身を捩り肩口から激突し鈍い音を響かせる。もう一人の男は警告を口にしながら槍を地面に突き立てる事で勢いを殺さずに棒高跳びの要領で壁を乗り越えてくる。
が、壁から黄金を伸ばし、壁を乗り越えた男の足を絡め取る。急に足を固定され、男はつんのめるように地面に叩きつけられる。
いつの間にか背後に呪力の気配があった。
「
背筋に怖気が走る。間に合え! そう願いながらマントを黄金化する。同時に全身に力を込め振り返りながら前方に倒れ込もうとする。
俺の左腕が宙を舞う。それを追いかけるように甲高い音を響かせ、炎を纏い燃え盛る刀が折れ飛ぶ。左腕は間に合わなかったが、刀は黄金化したマントとぶつかり折れ飛んだのだ。
マントのような大した厚みもない物で炎の術式を纏わせた一刀を防がれてしまった事に背後の男は驚愕の表情を浮かべる。それでも遅滞なく追撃の拳を放ってくる。
的確に顎を狙い放たれた拳に向かって反射的に『
一人は槍を持っていた小柄な男。足を絡め取られ逆さ吊りになった時に頭でも打ったのかピクリとも動かない。どうやら気絶しているようだ。
一人は幼さを残す若者。おそらく私の動きを止めていたのは彼だ。術式による消耗だろうか? 片膝を地面につき、大粒の汗をかき、肩で息をしている。
一人は斧を持った大男。黄金の壁に激突したが大したダメージはなさそうだ。若者を守るかのように立っている。
そして最後に一人だけ違う和服を着たポニーテールの爺。折れた刀を右手に持ち、左手が肘まで黄金化している。
やってしまった。そう思う。原作で『一度、人を殺したら「殺す」って選択肢が俺の生活に入り込むと思う』と虎杖悠仁が言っていた。それと同じ理由で人を殺したくなかったし、人の黄金化もしたくなかったのだ。なのに部分的にとはいえやってしまった。
そんな事を思いながらも斬り飛ばされた左腕を黄金を操り回収し、傷口を合わせて治れ、と思いながら呪力を流してみる。左手を閉じたり開いたりしてみる。繋がったようだ。呪霊はこんなに簡単に怪我を治せるのか、感嘆する。
「蘭太、今度はちゃんと止められるか?」
「あと一度なら死んでも止めてみせます!」
爺の問いに蘭太と呼ばれた若者が苦しそうに、だが戦意を漲らせて答える。まだやる気らしい。相対し、緊張感が高まる。
「──撤退じゃ」
そう爺が呟いた瞬間、斧の男はどこからともなく取り出した球状の物体を地面に叩きつける。それは猛烈な勢いで煙を吹き出し、同時に呪力の気配も撹乱する。
煙の中から奇襲されてはたまらないのでさらに距離を取る。奇襲を警戒するが何事も起こらない。そして煙が晴れた頃には3人の姿は消えており、宙吊りになった男だけが取り残されていた。
「あれが呪術師、か」
今頃になって心臓が痛いほど激しく脈打っていた事に気付く。一つ間違えば死んでいたのだと実感が湧いてくる。だいぶ若かったがあれは呪術廻戦に出てきた禪院扇と禪院蘭太であろう。
「だが生き延びた」
呪術師、それもおそらく準一級以上の力を持つであろう者達の奇襲を喰らっても生き延びる事ができたのだ。この事に安堵する。
いくら葬送のフリーレンの世界で最強格だったマハトの能力を持っているとしても操っているのは戦闘経験などロクにない『俺』だ。素人にレーシングカーを渡しても扱いきれないようにマハトの力を扱いきれずあっさりと殺されてしまってもおかしくなかった。
「……援軍が来る前に移動するか」
生き延びる事ができた喜びを噛み締めていたいところだ。だが、相手が撤退してくれただけで勝った訳ではない。その内、私を倒しきれるであろう戦力を連れて戻ってくるだろう。
下手したら五条悟がやってくるかも知れない。彼がやってきたら俺はもちろん原作のマハトですら勝てないかも知れない。どちらに行こうかと周囲に視線を巡らせる。
「そういえば置いていかれたのか」
宙吊りになっていた男を地面に降ろしてやる。殺すつもりはない。少し迷った末、動きを封じるために手足に枷と視界を防ぐために頭を覆うようなマスクを黄金で作りあげ、担ぎ上げる。現役の呪術師だ。貴重な情報源になるだろう。今はとにかく情報が欲しい。
「……このままだと残穢が残るのか? だがどうやって消せばいい?」
分からない事だらけだ。どうにか呪力を消せないかと試行錯誤しながら呪術師達が去った方向とは違うと思われる山奥の方へと歩き出すのだった。