大きい方の猩々の呪霊が消滅した事を確認し、もう一体の呪霊を足止めしている幸啓の下へと走る。戦闘の影響で多少離れていたがそれでも1分も掛からずに幸啓達を発見する。まだ戦闘中のようだ。既に幸啓が敗北しているという最悪の状況ではなかった事に安堵する。
俺が辿り着いた時、幸啓と小さい方の猩々―とはいっても1.5mはある―との戦いもクライマックスを迎えていた。お互いに何度も被弾しているらしく幸啓も猩々も傷だらけになっている。とはいえ共に動きは鈍っておらず決定打と言えるような傷も見当たらない。そして優勢なのは幸啓の方だった。これは幸啓には悪いが少しだけ意外だった。
俺の方の戦闘が終わった事に気付いていないのであろう。幸啓はこのまま決着をつけるつもりらしい。猩々の方もそれに応じ真っ向から全力で殴り掛かる。止めようと一瞬思う。だが今からでは却って危険だと思い直し
幸啓が大地を強く踏みしめ加速する。幸啓と猩々が交差する。蜻蛉に構えた刀に突進の勢いを乗せ振り下ろす。腹に猩々の一撃を喰らった幸啓が吹き飛ぶ。同時に猩々は真っ二つになっていた。
「幸啓、無事か?」
「ええ、大丈夫です」
幸啓の勝利だった。一瞬だったが幸啓の放った斬撃の方が早かったのだ。ダメージと疲労から倒れ込み大の字になる幸啓。二つに両断された呪霊がのたうちながらもゆっくりと消滅していく。呪力の繋がりが徐々に解けて行き、黒い煙となって空へと溶けて消えていく。
「やったな」
「ええ、どうにか勝つ事ができました」
「腹の方は平気か?」
「これがなかったら危なかったかも知れませんね」
そう言うとネクタイを緩め胸元から下に着ている黄金でできた鎖帷子を見せてくる。それは俺が術式を使い作り上げた防具だった。
「それなりに苦労したが作った甲斐があったな」
「最初の服とか動くこともできませんでしたからね……」
作った時の事を思い返す。人間との橋渡しをしてもらっている幸啓が呪霊との戦闘で死なれては困るので術式の訓練も兼ねて防具を作ってやろうと思ったのだ。そしてこれが意外と難航した。
破壊不能という性質から強度自体は足りていた。というか足り過ぎていた。強度が高過ぎたために変形もしなかったのだ。そんな黄金でできた服は一切たわむことも、伸びることもなく身に付けたら最後、動く事ができないという欠陥品だった。
なら元から硬い素材で作る事を前提にしている鎧なら大丈夫なのではないか? という事になったのだが、まず構造を調べるのが大変だった。その上、苦労して再現した黄金の鎧は非常に重く、動きが阻害されてしまう事が分かった。
ならばと薄くするなど徹底的に軽量化したところ十分に動ける物に仕上がった。だが、着用しての実験で致命的なまでに衝撃が通りやすい事が分かった。
これも俺の術式で作った黄金の性質のせいだった。普通の金属なら変形する事で衝撃を分散・吸収するのに、一切変形しないため衝撃がそのまま伝わってしまうのだ。それでも使えない訳ではないのだがそれなら防刃服など別な物の方が良い。
そして最終的に行き着いたのが鎖帷子だった。これなら鎖同士は独立しているので着脱も可能だし、多少は衝撃も吸収してくれる。そして非常に細かい輪で作ったため刺突にも強いという逸品だった。欠点は黄金でできているため服の下に着ていてもかなり目立つという事だろう。
「周囲の確認をしましょう。まだ呪霊がいたら問題ですから」
多少はダメージが抜けたのか、立ち上がりながら幸啓がそう言う。
「いや、確認は俺だけでいい。傷の手当して休んでいろ」
「ちょっとした打撲ぐらいですから、大丈夫です」
軽く体を動かし、身体の調子を確かめる幸啓。どうやら本当に大丈夫らしい。それならという事で共に目を凝らし、残穢などの痕跡がないかを注意しながら周囲を確認していく。
「討祓の報酬は200万だったか?」
「もう一体いましたし、交渉次第では250万ぐらいいけるかも知れませんね」
戦闘直後なためそこら中に残穢がある。その上、戦闘で発生した呪力によりかき乱され寸断されている。それを絡まりあった糸を解くように一つずつ丁寧に追っていく。そんな面倒だが単調な作業をしながら幸啓と雑談する。
「半分だと125万か」
「別に8割ぐらい持っていっても良いんですよ? 戦闘はマハト任せなのですし」
幸啓がそう言う。幸啓と結んだ契約は単純だ。幸啓が依頼を探し、俺が倒す。報酬は折半。いつでも契約終了可能という内容だ。あといくつか付帯している条件がある程度だ。
「半分でも十分過ぎる。今回に至っては幸啓も戦っている。それに金はあった方が良いが絶対に必要という訳でもないからな」
「そういえば金を貯めて何を……と、すみません。電話です」
そう言うと幸啓はスーツの胸ポケットから微かに震えている折りたたみ式の携帯を取り出す。携帯を開くと幸啓が顔をしかめる。どうやら戦闘の余波で画面が割れてしまったらしい。
「周囲の確認を進めておく」
俺がそう伝えると幸啓は一つ頷いて通話を始める。一人でもくもくと残穢を辿り、他に呪霊や異常の痕跡がない事を確認して行く。
そうやってしばらく調査を進めていると幸啓が険しい表情で駆け寄ってくる。どうやら電話は終わったらしい。
「伏黒甚爾が見つかりました」
「見つかったか。これで計画が進められる」
契約する時に俺が出した条件が『星漿体』と『伏黒甚爾』そして『盤星教の会長』の3つについて調査する事だった。その一つが実を結んだという報告だった。
逆に幸啓は自衛を除く殺意を持っての殺人禁止の『縛り』を結ぶ事を条件とした。殺意のない殺人、要するに事故などのやむを得ない場合については譲歩してもらった。
「『術師殺し』などという暗殺者を雇って何をするつもりなのですか? 探偵に調べさせている盤星教の会長を殺すつもりなのですか?」
幸啓が目つきを鋭くし問い質してくる。一瞬戸惑うがロクに説明していなかった事に気付く。
「そういえば伏黒甚爾を雇いたい、としか伝えていなかったな」
「マハト、そろそろあなたの目的を教えてくれませんか?」
しばし考えを巡らせた末、決断する。
「良いだろう。最初から話そう。だがこれからする話は荒唐無稽だ。信じなくても良い」
そこで一旦言葉を切る。幸啓は黙ったまま先を促している。
「俺は限定的だが未来と思われる物を知っている」
「未来ですか……?」
原作知識を持っている事を明らかにする。とは言っても全てをさらけ出すという訳ではなく、あくまで未来の可能性として話す事にする。
そして予想もしていなかった方向性だったのであろう。幸啓は毒気を抜かれたようなキョトンとした表情を浮かべ首をわずかに傾げている。
「そう未来だ。俺はその未来知識に基づき、より良い未来に改変するために行動している」
「……誰かの術式なのでしょうか?」
「おそらくだが違う。俺もなぜ未来知識を持っているのかは分からない。だがもし
本当になぜ転生したのだろうか? 下手したら転生ですらなく呪術廻戦があると思わされているだけの可能性だって否定できない。いつか時間ができたら最初にいた坑道について調べてみる必要があるかも知れない。だが同時にこの疑問には答えは出ないだろうという確信がある。
「それでどのような未来を改変しようとしているのですか?」
「そうだな……大きな話で言えば十数年後に発生する東京の壊滅だな」
「なっ! 何が起こるのですか!?」
渋谷事変を思い返しながらそう返答する。想像していたよりもとんでもない事態だったのだろう幸啓は絶句している。
それにしても幸啓がちゃんと話を聞いてくれる事はありがたい。正直、傍から見れば『人類は滅亡する!』とか陰謀論を語っているのと大差ないと思う。
「大規模な呪術テロだ。そしてその主犯が羂索、いや幸啓は加茂家の分家出身だったな。なら『加茂憲倫』と言った方が分かりやすいか」
「まさか『史上最悪の呪術師』『御三家の汚点』ですか!? そんな人物が生きていると!?」
「そうだ。そして未曾有の呪術テロを目論んでいる」
幸啓は腕を組み、グルグルとその場を回り出す。どうやら加茂憲倫の存在は知っていたらしい。それなら多少は説明が楽だ。呪術テロをやりかねない、まだ生きているかも知れないと思わせるだけの格があるハズだからだ。
「証拠はあるのですか?」
「ない。今のところ俺の妄想に等しい」
「……盤星教の会長が加茂憲倫という事ですか?」
「可能性だがな。これは未来知識その物ではなく、そこからの類推だ。違う可能性も十分にある」
なにせ『盤星教の会長が羂索』などという話は原作には全く出てこない。というかそもそも盤星教の会長自体がほぼ出てこない。せいぜい星漿体の世話係である黒井美里が攫われ沖縄に運ばれた際に使われたプライベートジェットの持ち主という程度しか言及されていない。
だが俺は『盤星教の会長が羂索』である可能性がそれなりに高いと思っている。
まず羂索の目的である『超重複同化』を行うには天元が進化している必要がある。当然、羂索にとっても天元と星漿体の同化阻止は必須となる。
実際、羂索は六眼持ちや星漿体を幼い内に殺し尽くすといった方法で同化阻止しようとし、因果により失敗した事が原作でも語られている。
つまり因果によって守られており羂索にも成し得なかった同化阻止を盤星教は成し遂げたという事になる。
あり得ないとは言えない。だが伏黒甚爾という『因果の外側にいる人間』を偶然雇ったと考えるよりも羂索の策謀だったと考える方が筋が通らないだろうか?
また羂索が暗躍していると仮定するとなぜ攫われた先が『沖縄』だったのか?にも理屈が付けられる。
死滅回遊の描写からすると沖縄は天元の結界の『外』である可能性が高い。であるならば結界の外でも因果は働くのか?を確認しようとしていたのではないだろうか?
そしてこれらの状況を作る上で最も適した人物が盤星教の会長なのだ。もっと言えば盤星教自体が羂索が作った物である可能性すらあると思う。
とはいえ何の証拠もない。現時点では点と点を存在しない線で結んでいるだけの陰謀論に過ぎない。だから盤星教の会長を探るのだ。
「それでどうやってその羂索?であるかを見分けるつもりなのですか?」
「額の縫い目だ。それがあったのなら
「ありません。……爪弾きにされていたためかも知れませんが。それにしても縫い目ですか」
額を指で叩きながらそう答える。加茂憲倫も縫い目があったので伝わっていないかと思ったのだがそういう話は残っていないようだ。
「おそらく他人の身体を乗っ取る術式だ。そして縫い目は乗っ取って脳を入れ替えた痕跡だな」
「つまり加茂憲倫も被害者という事ですか……」
「そうなるな」
呪胎九相図の作成など数々の凶行を行った史上最悪の呪術師が実はただの被害者に過ぎないというのはなかなかに悲惨な事だと思う。なにせ本当の加茂憲倫からすれば自分がやった訳ではない悪行で忌み嫌われている事になるのだ。
「そんな荒唐無稽な事を信じてもらえると思っているのですか?」
「最初に言っただろう? 信じて貰う必要はない。俺が何をしようとしているのかを説明するのに必要だっただけだ」
幸啓は考え込んでいる。突然、荒唐無稽な話をされてどう受け取れば良いのか分からないのだろう。じっくり悩めば良い。できれば協力してくれればなお良いと思う。
「……もし、もしですよ? 盤星教の会長に縫い目があったら殺すつもりなのですか?」
「殺した方が良いとは思っている。だが縛りを破るつもりはないし、縛りとは関係なく単純に勝てない可能性が高い」
縛りを破るつもりはないと言うと幸啓は若干安堵したような表情を浮かべる。その様子に黄金化による封印という抜け道の存在を今は黙っておく事にする。
「強いのですね」
「間違いなく強い。特級術師の九十九由基は知っているか? あれと正面から戦って勝つような相手だ」
原作での描写を思い返す。領域展開を封じていたとはいえ九十九由基と1級術師相当の脹相の二人を相手に終始優勢に事を運び続けた戦闘能力は脅威的だ。強力な術式を持っている事もそうだが、それ以上に恐ろしいのが『戦闘が上手い事』だ。術式の対策をしてもどうにもならないような相手なのだ。
「それはまた……ああ、なるほど。それで術師殺しですか」
「いや、微妙に別件だ。関係があるのは星漿体の方で放っておくと術師殺しによって星漿体が殺される。それを避けるために先に星漿体の護衛を依頼し、味方にしたい」
とはいえ確かに伏黒甚爾を雇えば羂索を打倒できるかも知れない。ここで羂索を打倒する事ができれば原作で発生する悲劇の大半が防げるといっても過言ではない。一考に値する計画だった。
「星漿体を守るため、なのですね?」
「その通りだ。まだ盤星教の会長が加茂憲倫だと確定した訳ではない。ならば優先すべきは星漿体を守る事だろう」
「分かりました。加茂憲倫はともかく星漿体を守る事には協力しましょう」
「感謝する」
十分過ぎる結果だった。居場所を確認しておきたかっただけで元々現段階で羂索に手を出すつもりはなかった。天内理子を守る事に協力してもらえるのは本当にありがたかった。
「それでは伏黒甚爾について分かった事をお伝えします」
今回と前回、最初は1話の予定だったんですよね……
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