特級呪霊・黄金郷のマハト   作:Flagile

11 / 13
第九話 呪霊と暴君

 都内の高級焼肉店、その個室の中に鍛え上げられた筋肉質でガタイの良い男がいた。天与の暴君、フィジカルギフテッド、術師殺し、数々の異名を持つ顔に傷のあるその男こそが伏黒甚爾だった。

 

 俺と幸啓が個室に入った時には既に何枚もの皿が積み上げられていた。そして網の上で赤身と脂が綺麗に層を描き出している美味そうな肉が油の弾ける音を響かせながらゆっくりと色を変えていた。

 

「はじめまして。私はフリーランスの呪術師・下鴨幸啓です」

「マハトだ」

「特級クラスの呪霊に木端術師ね。で? いくら出せるんだ?」

 

 入ってきた俺達を見た伏黒甚爾の第一声はこれだった。挨拶どころか、仕事の内容すら聞かずにまず報酬の確認。それも肉を焼く手を止めるどころか焼けていく肉から視線すら動かさない。あまりにもな態度に幸啓は鼻白んでいる。だが、ここまで来ると逆に清々しくすら感じられる。

 

「とりあえずこれだけ用意した」

 

 その流儀に合わせ、持ってきたアタッシュケースの中から札束を取り出し、ドンッとテーブルの上に乗せる。呪霊の討祓で貯めたなけなしの1000万円だった。甚爾は網の上の肉を回収し、タレにつけ口へと運びながらそんな札束をチラリと確認する。

 

「1000万か。悪くねぇな。それで何をやって欲しいんだ?」

 

 原作で盤星教の依頼が前金で3000万円だった事を考えるともっと用意しておきたかった。だが星漿体との同化がいつなのか分からない以上、早いに越した事はない。だからコンタクトを取れるようになった段階で即座に連絡しそのまま会える事になったのだ。

 

 おかげで呪霊の討祓からそのまま直行してくる事になったために戦闘で破れたスーツの替わりだったり、金を運ぶためのアタッシュケースだったりと準備が大変だった。特に大変だったのは銀行だ。いくらなんでも1000万円なんて大金はATMでは下ろせない。なのに既に15時近くだったのだ。閉店間際で飛び込んだ銀行には悪い事をした。

 

「依頼内容は星漿体・天内理子の護衛だ」

「星漿体の護衛だぁ? それは1000万じゃ受けられねぇな」

 

 依頼内容を口にすると伏黒甚爾はようやく肉を焼く手を止め、まじまじとこちらを見る。予想していなかった訳ではないが、依頼を断られてしまった。とはいえ諦めるつもりはない。

 

「これは前金だ。いくら出せば良い?」

「6億だな」

「なっ!? 6億ですか!?」

 

 伏黒甚爾がさらっととてつもない額を要求してくる。交渉には参加しないと言っていた幸啓がたまらずに叫ぶ。とはいえ俺も同感だ。想像していたよりも遥かに高額だった。

 

「んー、教える義理はねぇんだが……まぁ、いい。先約がある。俺を雇いたいのなら先約の倍は貰わねぇとな」

 

 ニタリと笑い、箸を突き付けながら甚爾はそう言う。それは最悪の情報だった。

 

 原作の描写的に伏黒甚爾が盤星教に雇われたのは呪詛師集団『Q』に天内理子達が襲われている最中だ。なのに既に雇われているという事は()()()()()()()()()()()()可能性が高い。

 

 何らかの影響で歴史が変わったという可能性はあるが、最速で動いたつもりだったがそれでも遅かったという事だ。そしてこの段階で想定していた計画のほぼ全てが無意味になった可能性が高い。

 

「呪詛師集団『Q』から星漿体を守って欲しかったんだが先約か」

「はんっ、つまらねぇ嘘つくなよ。星漿体の護衛に五条家の坊が付いているのは知ってんだろ? 『Q』の残党如きに何ができる」

 

 適当にカマをかけてみたらあっさりと確定してしまった。横で幸啓が驚いている気配がする。残党という事は既に『Q』は五条悟達に蹴散らされた後だ。おそらく黒井美里も攫われ、沖縄に運ばれている。ここからはアドリブでどうにかするしかない。

 

「そこにお前が加わればどうなるか分からない」

「やっぱり知ってるんじゃねぇか。ん? だから来たのか? まっ、どうでも良い。大事なのはどっちがどれだけ金を積むのか? だけだ」

「ふむ……これならどうだ?」

 

 そう言いながらアタッシュケースをテーブルの上に乗せ、中が伏黒甚爾に見えるように開く。そこにはアタッシュケースいっぱいにギラギラと光り輝く金の延べ棒が敷き詰められていた。あまり良い手とは言えないが時間がない。

 

「……(カネ)で転んだ、なんて悪評は気にしねぇ。だがこれじゃあダメだな」

「足りないか?」

「偽物……いや、別物か? (きん)じゃないだろ、これ」

 

 伏黒甚爾はアタッシュケースを覗き込むと、すぐにそう指摘してくる。確かに万物を黄金に変える術式(ディーアゴルゼ)でそこらの土から作った延べ棒だった。気付かれる事自体は想定内だったが、まさか見ただけで看破されるとは思わなかった。

 

「それにしてもなかなかのモンだな。どうなってんだ? 俺でも壊せねぇ」

 

 ヒョイとアタッシュケースの中から延べ棒を一つ掴み取ると興味深げに叩いてみたり、捻ってみたりしだす。

 

「……そういやぁ、禪院のバカが流出させた呪物が『世紀の大発見』とかニュースになっていたがお前か?」

「禪院家の奴らと戦いはしたな。そんな事になっていたのか?」

 

 伏黒甚爾はクツクツと機嫌良さ気に笑う。禪院家がやらかした事が余程おもしろかったらしい。それにしても俺が残した黄金は回収されていた事は予想していたがそれを一般社会に流出させるとは思わなかった。意外と金に困っているのだろうか? 

 

「延べ棒が本物の金だったらそっちに付いてやっても良かったんだがな……まっ、今回は諦めとけ」

 

 既に当初想定した流れとはかけ離れてしまっているが、ここからどうすべきだろうか? 

 

 ──殺すか? 

 

 万物を黄金に変える術式(ディーアゴルゼ)による奇襲なら流石にフィジカルギフテッドでも……そう考えた瞬間だった。焼肉の香りを纏った風が吹き抜ける。目は離していなかった。だが伏黒甚爾の姿が消える。

 

「!?」

「金にならない仕事はしたくねぇんだ。……分かるよな?」

 

 声がした方を振り返る。逆の肩に重みを感じる。伏黒甚爾がいつの間にか俺の真横で肩を抱いている事に気付く。声の調子は極めて軽い。別にどちらでも良いという風情だ。動きを追う事すらできなかった。正確に言えば動き自体は見えていた。なのに自然過ぎて視界から外れるまで反応できなかった。

 

 そして行動に移すどころか心の中で検討していた段階なのに勘付かれた。嘘発見器の如く僅かな変化から心の動きまで読み切ったという事だろうか? フィジカルギフテッドである事を十分に警戒していたつもりだったがそれでもなお足りていなかったらしい。

 

「ああ。このプランは無謀なようだ」

「そういうこった。まっ、星漿体は諦める事だな。次の機会を楽しみにしているぜ? お前らなら次は金を用意できるだろ」

 

 そして右手を上げ、じゃあなとだけ言うと伏黒甚爾は悠然と外へと歩き去っていく。俺達はそれを見送る事しかできなかった。

 

「……あれが伏黒甚爾か」

「大丈夫ですか? マハト」

 

 言われて緊張していた事に気付く。いつの間にか握りしめていた拳をゆっくりと解く。状況は良くない。伏黒甚爾は既に盤星教に雇われているし、打倒どころか行動を止める事すら困難だ。そして何より懐玉編が開始している可能性が高い。

 

「大丈夫だ。だが想像以上だったな」

「それで、どうするんですか? 目論見は崩れたようですが」

「まずは確認だ。情報屋に星漿体に懸賞金が懸かっていないか確認してくれ」

 

 幸啓にそう言うと彼はすぐにボロボロの携帯を取り出す。それを横目に思考を巡らす。状況は良くないがやる事は単純になった。

 

 元のプランでは伏黒甚爾を星漿体暗殺に関わらせない事で『因果』を守るつもりだった。当然、天内理子が同化してしまう可能性が高い計画だった。

 

 というか羂索の妨害と天内の生存が両立しないのだ。少なくとも俺には両立させる方法が分からない。だから前者(羂索の妨害)を選ぶつもりだったのだが問題が変わった。

 

 なぜならこの段階で天内理子が同化を拒否する条件はほぼ揃っていると思われるからだ。伏黒甚爾による暗殺にせよ、同化拒否にせよ、天元の進化はない。つまり羂索の妨害は既に失敗している。後は天内理子を守りきれるか? 否か? だ。

 

「星漿体に3000万円の懸賞金が懸かっているようです。情報屋からメールが来ていました。……見落としていたようです。すみません。私のミスです」

 

 幸啓が割れて画面の半分以上見えなくなった壊れかけの携帯を渡してくる。かろうじて残っている画面で星漿体に懸賞金が懸かったというメールを確認する。ちょうど猩々の呪霊との戦闘中に送られてきたらしい。その戦闘により携帯は壊れ、直す間もなくここに直行してきたのだ。しかたないだろう。それに数時間早く知ったところで状況は変わらなかったと思う。

 

「確定か。小手先に過ぎないがやって欲しい事がある」

「何をするのでしょうか?」

「星漿体にONLY ALIVE(生け捕りのみ)で懸賞金を懸けて欲しい」

「はぁ?」

 

 幸啓が間の抜けた声を出す。これは原作を知っていなければ意味の分からないプランだと思う。

 

「それに何の意味があるんです?」

「五条悟が星漿体の護衛に付いているのはさっき聞いたな? 五条悟は油断()()()()()不意打ちを喰らう。懸賞金が取り下げられた後、気が緩んだ所を奇襲される。……『偽のゴールを用意する』とか言っていたな」

 

 その上、奇襲してくる相手は呪力を全く持たないフィジカルギフテッドだ。警戒していても探知をすり抜けて来る。むしろ背後からの完璧な奇襲に対して不完全とは言え反応できた五条悟の方がおかしい。

 

「ああ、なるほど。別の懸賞金を懸ける事でまだゴールは遠いと思わせる訳ですか……本当に小手先ですね」

「だがやらないよりはマシだろう? あと天内一行は沖縄に行くハズだ。俺達も行くぞ」

 

 五条悟達に接触し、伏黒甚爾が狙っている事を伝えておきたいのだ。そのためには沖縄へ行く方が都合が良い。伏黒甚爾の襲撃は呪術高専内だから東京に戻ってきた後でも大丈夫といえば大丈夫なのだが、敵と誤認される可能性を考えると余裕は持っておきたい。

 

「沖縄ですか! 一度行ってみたかったんですよね。分かりました。そちらの準備もしましょう」

「頼む。面倒を掛ける」

 

 妙に嬉しそうに幸啓が答える。現在の時間は21時。今から空港に行っても沖縄行きの飛行機はもうないだろう。という事は明日の朝の飛行機だろうか? そんな事を思いながらアタッシュケースに札束を戻し、閉じる。

 

「では、さっそく……あっ」

 

 幸啓が何かに気付いたようで、テーブルの伏黒甚爾が座っていた側に歩み寄る。

 

「どうした?」

「伝票が残っています」

 

 その手には伝票の挟まったバインダーがあった。積み上げられた皿とグラスを見る。どうやら伏黒甚爾が食べた分の支払いを押し付けられたらしい。顔を繋いだと思えば支払いぐらい別に良いのだが。

 

「……20万か」




いつも評価やアクセス、感想、誤字の指摘ありがとうございます。もっと頻繁で更新したいのですが2週間に1回ペースですね……

投票者数:142人
総合評価:5249pt
お気に入り:3483件
UA:126239
3/30時点
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。