東京国際空港、羽田空港と言った方が通りが良いだろう。世界でも有数の利用者を誇る交通のハブだ。そんな空港の駐車場に車を停める。車から出ると肌寒かった朝の空気がすっかりと柔らかな暖かさへと変わっている事に気付く。
「一応フードを被っておいてください。呪霊が見える人がいるかも知れません」
トランクから刀袋や装備の入ったリュックを取り出しながら幸啓がそう言う。
「被らないとダメか?」
「万が一呪霊が見える人がいたら騒ぎになるかも知れません。着てください」
「……分かった」
幸啓の断固たる指示におとなしく服を変形させ、フードを作り出す。呪霊が着ている服は服というより体の一部であり、呪力によって作られている。そして呪力でできているのなら形や色などを変化させる事ができるのではないか?とやってみたところある程度できるようになったのだ。
「角はちゃんと隠せていますね。……それにしても呪力の隠蔽、さらに上手くなっていませんか? これなら呪術師でもパッと見では呪霊とは分かりませんよ」
ここまでは全く問題ない。問題はこの先だ。想像して欲しいのだが、頭の横から伸びる太く長い角を隠せるようなフードとはどんな形になるだろうか?
……獣耳パーカーなのだ。それも非常に耳の大きな。
「これはこれで目立つと思うのだが……」
「問題ありません。ただの変な外人にしか見えませんから。……行きますよ」
「それが嫌なのだが」
獣耳パーカーを被っている事を確認したら、さっさと荷物を持って行ってしまった幸啓を追いかけながらポツリと呟く。
ちなみに今のところ服とは違い角を変形させる事はできない。服と角では何かが決定的に違うらしく変形させる糸口も掴めていない状況だ。物理的に『角を折る』という方法もあるにはあるのだがゆっくりと自然回復する上に意外と呪力の消費が大きく、コスパが悪いためやりたくない。
第1ターミナルに入る。ここはいつも変わらず人で溢れている。人が多いといろいろな意味で周囲に気を配る必要がある。なにせ大半の人には呪霊なんて見えないのだ。そのため躊躇なく突っ込んで来る。それを避けながら幸啓に付いていく。付いていくのだが……
「あっ、す、すみません! 大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫ですよ。お気を付けて」
「
「飛行機に乗ったら止めますよ」
どうやら
それにしても蠅頭のような雑魚ばかりとはいえ呪霊が多い。空港も多くの人が集まる場所だからだろう。それに欠航や遅延、荷物の紛失に盗難といったトラブルも多く負の感情にも事欠かないという事なのだろう。そのせいもあり若干、判別が難しいが空港内に呪術師はいないようだ。
「五条悟は……いないか」
「既に沖縄かも知れませんね」
「ここで会えていれば話は早かったのだがな」
時刻は10時過ぎ。既に朝とは言い難い時間だ。空席の関係でこの時間になってしまったのだ。そんな事を話しながら手荷物カウンターに向かう。到着すると幸啓は刀袋と呪術師の免許証を提示し預けたい旨を伝える。
事前に連絡していた事もあり、すぐに係の人が裏からゴツいケースを持って来てくれる。その専用ケースに刀袋を丁寧に収め、しっかりと固定する。そして何枚か書類を書き、ケースを預ける。
「高専所属なら機内に手続きなしで持ち込めたのですが……やはり面倒ですね」
なんでも呪術高専所属だったり、高専からの依頼の場合は国のバックアップを受けられるそうだ。そのため手続きだって簡略だし、融通も利かせてもらえる。そういう事もあり五条悟達は本当に朝一の飛行機の席を用意できたのであろう。
「俺が手荷物検査をすり抜けて持ち込んでも良かったんだぞ」
「……魅力的ですが止めておきます」
やはり武器を手放す事に不安はあるのだろう。多少グラついたようだが断られてしまう。どうせ俺はチェックインはせずに無断搭乗するつもりなのだ。ならば刀が一本増えたところで大差ないと思うし、職員の目を盗んで持ち込む事もそう難しくない。
「フライト中にバレたりしたら『事』ですから」
「テロリスト扱いか……」
「それよりはロストバゲージの方がマシでしょう」
フライト中は術式を止めると言っていたが素の状態でバレる事だってあるかも知れない。そう考えると面倒を避けるために面倒な事をやっておくというのは賢明な判断なのかも知れない。
「俺の分の座席も取っておいたのもそういう事か」
「乗るんですから料金は払っておくべきです。それに空席がなかったらどうするんです?」
「立っていれば良い。2、3時間程度だ。別に苦という程でもない」
呪霊は一般人には見えない以上、下手に搭乗手続きをする事はできない。搭乗手続きはしたのに乗っていない乗客なんて面倒以外の何者でもないからだ。なのに俺の分のチケットもしっかりと用意されていたのはそういう事だろう。
その後は幸啓が多少の不幸に見舞われた以外は特に何事もなく、飛行機に搭乗し、沖縄までのフライトを楽しむ事ができた。節約のためエコノミークラスだったのだがそれなりにフライト時間が長いからだろうか? 座席にはディスプレイが装備されており、サービスの一環として映画を観る事ができた。
マハトとなってから鍛錬や情報収集ばかりで久方ぶりの映画だった。それも俺からすると懐かしい物が最新作として観る事ができ不思議な気分だった。空港に住む事になった男の映画をじっくりと堪能し、余韻に浸っていたら沖縄に到着していた。
(……めんそーれ)
小声で幸啓が呟く。飛行機の外に出た途端、夏の熱気が襲い掛かってくる。東京は春だったが、沖縄は既に夏だった。到着ロビーまでの通路の窓から翠に輝く海が見える。幸啓は眼前に広がる南国な光景と空気に心を奪われているようだ。
「「「あっ……」」」
「灰原、呪霊です!」
「呪術師か」
無事に届いていた荷物を受け取り、到着ロビーから外に出たところで二人の青年と出くわす。金髪を七三に分けた背の高い青年と元気で人懐っこそうな青年だ。共に呪術高専の制服を着ている。
「隣の人物は呪詛師の可能性があります」
「了っ解!」
七海建人と灰原だ。ちょうど良い。どうするかは現地に行ってから臨機応変、つまり行き当たりばったりの予定だった。彼等と遭遇したのなら仲介を頼むのが早いだろう。それに彼等なら最悪戦闘になってもどうにかなると思う。
「待ってください。呪術高専の呪術師ですね? 私はフリーランスの呪術師・下鴨幸啓です。こちらは私の仲間で呪霊のマハトです」
「マハトだ」
名乗りながら幸啓が呪術師の免許を提示する。それを確認し僅かに警戒が薄まる。とはいえ未だに臨戦態勢だ。ジリジリと距離を測っている。ここは幸啓に任せる方が良いだろう。万一に備え術式を発動する心構えだけはしておく。
「……先輩でしたか」
「灰原雄です! よろしくお願いします。先輩!」
「灰原……高専出身だからといって呪詛師である可能性はあるのですよ?」
「えっー、でも悪い人達じゃないと思いますよ?」
そう言うと俺にもニカッと笑いかけて来る灰原。どうやら良い人判定には俺も含まれているらしい。そしてその事に七海建人は頭を抱える。
「呪霊ですよ? 全く……さて、貴方方は沖縄へは何をしに?」
「五条悟に伝えたい事があります。あと星漿体護衛を手伝いたいと思っています」
「増援という事ですか……? ですが呪術高専からは何も連絡はありませんが」
「高専とは別で独自に動いています。とはいえ目的は一緒です。敵対する意味はありません」
高専とは別、という言葉を聞いて一段と目が鋭くなる七海建人。敵対する意志はないと示すために肩をすくめ、両手を軽く上げる。
「……分かりました。五条さんに連絡してみます。灰原、頼む」
「分かった! 五条さんに連絡してみる」
どうやら五条悟に連絡してくれるらしい。灰原がジャケットから赤い携帯を取り出し電話を掛ける。灰原がハキハキと、かつ端的に状況を電話に説明している。その間も七海は欠片も警戒を緩める様子はない。こちらが僅かでも動くとジロリと睨みつけてくる。
「──―手が離せないんですか! えっ……九十九由基??? 特級術師!? あっ、ちょ、何が、待ってくださ……切られちゃった」
「……五条さんはなんと?」
「何か取込み中、こちらで対処しろだってさ」
その時、七海の方からブツリと堪忍袋の緒が切れた音がしたような気がした。それにしても聞き捨てならない言葉が聞こえた。『九十九由基』彼女は本来この場所どころかこの事件に関わるハズのない存在なのだが、なぜその名前が出たのであろうか?
「九十九由基と聞こえたが、
「いるみたいです!その関係で五条さんは取り込み中みたいなのでちょっと待ってもらえますか?」
「灰原! 敵かも知れない相手に安易に情報を渡すな!!」
「あっ……ごめん。七海」
灰原が七海に叱られているのを横目に思考にふける。なぜ九十九由基がこの場にいる? 原因は分かる。俺だ。俺の行動によってバタフライエフェクトが起きたのだ。それ自体は良くはないがいつか何かが起こる事は覚悟していた事だ。なので問題は九十九由基が何をしに沖縄に来たのか? だろう。
「マハト、これは完全に予想外の事態ですよね?」
「予想外だ。なぜ九十九由基が……ん? まさか」
こちらを警戒しながらもこれからどうするかを検討していた七海と灰原に声を掛ける。
「すまない。待っている余裕はなくなったかも知れない。五条悟と九十九由基が戦闘になっている可能性がある」
「特級術師同士の戦闘!?」
「そうだ。そして最悪の場合、天内理子が殺害されるかも知れない。頼む。五条悟の居場所を教えて欲しい」
そう言い。俺は七海と灰原に頭を下げるのだった。
タイトル詐欺気味ですね!そして書きたかったシーンに近付いて来ました。
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