「カスミに何があった?」
俺は幸啓と悲鳴が聞こえた方向に向かっていた。呪術師と呪霊、祓う者と祓われる物、本来は相容れない二人が同じ方向を向いて走る。
とはいえ呪術師である幸啓は未だに警戒を解いていない。その証拠に俺の左斜め後ろという戦闘になった時に有利な位置をキープしている。そんな不自然な状況の中、幸啓に状況の確認をする。
「本日の夕方、カスミちゃんが失踪しました」
「呪霊の仕業なのか?」
「現在、この村では毎週一人ずつ子供の失踪事件が発生しており、カスミちゃんで4人目です。また微弱ですが残穢を確認しました」
少なくとも失踪事件に呪霊が関わっているのは確定という事だ。カスミの行方が分からなくなってから既に数時間。絶望的な状況だと言えるだろう。
だが悲鳴が聞こえたのは『今』だ。どこで何をしていたのかは分からないが、まだ生きている可能性はある。
「残穢は追えなかったのか?」
「六眼でもあれば追えたかも知れません」
わずかに悔いを滲ませながら幸啓はそう言う。しかし彼が思い付く限りの事は全て行ったから六眼がなければムリという発言に至ったのだろう。そしてだからこそ先程は目を血走らせ、焦り、無謀にも一人で
「他に術師はいないのか? 俺の事は報告したのだろう?」
「……いません」
戦闘中から気になっていた事を尋ねるとしばし逡巡した後、幸啓はそう答える。呪霊である俺に呪術師側の状況を伝えるべきなのか迷ったのだろう。そして伝えてくれたという事はとりあえず味方扱いする事にしたと思われる。良い傾向だ。
「待ち構えていた訳ではないのか」
「ただの偶然です。カスミちゃんを探している最中にあなたの事を思い出し、調査していた結果です」
「前に会った時に増援を呼ばなかったのか?」
「……報告はしました」
つまり報告をしたが呪術師は送られて来なかったという事だろう。どうしてなのか気になるところだ。とはいえ今知らなくてはいけない事でもないし、そこまでは教えてくれないと思う。
「こちらからも一つ、あなたは本当にカスミちゃんを助けようとしているように見えます。なぜですか?」
「子供が助けを必要としてたら助けてやるのが人間だ」
「……」
返答が返ってこなかったので、チラリと幸啓の方を振り返ってみると麦茶と間違えて麺つゆを飲んでしまったような微妙な表情をしているのが見える。
「信じなくても良い。好きなだけ悩め。だがカスミを助けたいのなら俺がいた方が良い」
「それは……そう、ですね」
そんな会話をしながら悲鳴がした方向へとひた走る。するとカスミが身に着けていた麦わら帽子が落ちているのを発見する。麦わら帽子は大きく切り裂かれており、水色の髪の毛が数束落ちていた。
「これはカスミの麦わらか」
「こっちです!」
麦わら帽子を拾い上げ、見ていると幸啓がそう声を上げる。そして俺が付いて来るかも気にせずに駆け出す。俺は急いでその後を追う。幸啓は脇目も振らずに全力疾走している。俺への警戒もかなぐり捨て、カスミの元へ早く辿り着きたい一心のようだ。
追いかけながら丹念に呪力を探ってみると幸啓が駆け出した方向に微量の残穢が残っている事が分かる。残穢にすぐに気付けなかった事にまだまだ基礎が足りていないと痛感する。
「ここのようですね」
「学校か」
残穢を辿った先にあったのは学校だった。呪霊が近いのだろう。呪霊の物と思われるジメジメとした暗く重い呪力が感じられる。その時、教室の一つからガラスの割れる音がする。
「カスミちゃん!」
幸啓が飛び出す。俺も付いて行く。辿り着くとそこには教室の隅でしゃがみ込んでいるカスミと、コートを着た髪の長い女のような呪霊がいた。
「ねえ、わた、わタ、わたし、きれい?」
呪霊がカスミに向かって問いかけている。カスミはそれに答える事なく震えながらもどうにか距離を離そうと何度も床を蹴る。だが、壁に背を押し付けるばかりでどこにも行く事ができない。
同時にカスミは筆箱や消しゴム、ラーフルなど手近にあった物を片っ端から呪霊に投げ付ける。が、呪霊は気にも掛けずに同じように問い掛け続けている。そこで気付く。気にしていないのではなく、そもそも当たる前に不自然に停止したり逸れている。
「カスミちゃん! 大丈夫ですか!?」
「ゆ、幸啓おじちゃん!! 呪霊のおじちゃんも!?」
「無事で良かった」
俺達という闖入者に呪霊がゆっくりと振り返る。その顔は包帯塗れで耳元まで広がった口には釘のように尖った歯が並んでいた。
そして今度は幸啓に向かって問い掛ける。わたし、きれい? と。その問い掛けと同時に世界が部分的に塗り替えられる。冷たく、重く、湿った悍ましい気配が世界を侵蝕する。
「簡易領域ですか!? このっ、カスミちゃんから離れなさい!」
呪霊の問い掛けに答える事なく幸啓が刀を蜻蛉に構え、全身全霊を込めて呪霊に振り下ろす。
……が、渾身の一刀は当たらず、不自然に空中で止まってしまう。
その異常に幸啓は飛び退き距離を取る。確信する。こいつは伏黒甚爾との戦いで夏油傑が使っていた呪霊の一つ【口裂け女】だ。
「不可侵を強制する能力だ。おそらく質問に答えたら襲ってくるぞ」
「カスミちゃんは答えずに逃げてくれていたのですか!」
「おじちゃんとの約束守ったの……」
喜色もあらわな幸啓の言葉に納得する。カスミが質問に答えなかった事で口裂け女は自分で課したルールに縛られ、攻撃できなかったのだろう。偶然だが俺とした約束が役に立ったらしい。
俺も簡易領域に巻き込まれているので効果はないと思うが一応黄金の鎗を飛ばしてみる。やはり口裂け女に届くことはなく不自然に止まり落ちてしまう。とはいえ気を引くことはできたようで呪霊の脇をすり抜けて幸啓がカスミの元へと辿り着く。
「カスミを連れて退避しておけ」
「……頼みます」
「これが終わったら話ぐらい聞いてくれ」
カスミを確保した幸啓は一瞬迷った後、カスミの安全を優先し逃走を決断する。幸い呪力量の多い俺を警戒しているのだろうか? 大事そうにカスミを抱えた幸啓の方は見向きもしない。
そして今度は俺に向かって「わたし、きれい?」と問い掛けてくる。原作では伏黒甚爾が「趣味じゃない」と答えていたが、どうするか?
「ああ、綺麗だ」
「わたしィ、きれい!!!! あアア、あなたも同じにし、てあげるぅぅゥゥウうう!!!」
俺が綺麗だ、と答えると同時に口裂け女は狂乱する。そしてその手には禍々しい和包丁が現れていた。それが振るわれるのと連動して、口元から耳元まで頬が切り裂かれる。いつの間にか巨大な和包丁が顔の横に現れていた。
「やはりどちらにしても、か」
「きレいになっタ??? もっと? モットォオ!!!」
傷を手でなぞり確認する。甚爾戦ではハサミはゆっくりと閉じていたがあれは甚爾の肉体強度が高かったからのようだ。俺の頬は一瞬にして口裂け女の如く切り裂かれていた。確認している間に巨大な和包丁がさらに幾つも現れ、体中を切り裂いていく。
「天与呪縛は耳まで硬いんだな」
呟きながらマントを顔に巻き付け、マントと服を黄金化する。甚爾は和バサミが現れた瞬間に叩き落としていたが、そんな事は俺にはできない。あれはおそらく落花の情と同種の技術なのだと思うが、あいにくそんな高等技術なんて練習すらしていない。練習した方が良いだろうか? そんな事を思いながら呪力を流し全身の傷を修復していく。
「ナンデ? なんでぇえエエェ゙エェ!!!!」
包丁が一切通らなくなり、傷も治ってしまった事に口裂け女が絶叫し、今までほとんどただ立ち尽くしているだけだったのが一変し、和包丁を腰だめに構え突撃してくる。意外にもかなり足が速い。突撃に合わせて黄金の鎗を口裂け女の進路上に設置する。
「アアああ亜あぁっぁぁああアアア」
狂乱し絶叫しながら口裂け女は避けもせずに鎗に突っ込む。そのまま自ら腹部を抉りながら真っ直ぐに突き進んでくる。
「きれいに! きれいにぃぃぃいいいい! わタしィきれいィィいい! あナたァもきレイにぃぃイぃいいいにィイィィ!!!!」
腹部に風穴を空け、ボタボタと血液や内臓をこぼし、譫言のように『きれい』と繰り返しながら和包丁を何度も、何度も、何度も、何度も振り下ろす。ガンッ! ガンッ! ガンッ! という重い音が耳を撃つ。だが黄金は小動もせずに包丁を弾き返していく。
「終わりだ」
黄金の鎗を服の表面から幾本も生やし、口裂け女を貫いていく。それでも口裂け女は黄金の鎗に包丁を叩きつけ続ける。が、段々と動きが緩慢になっていく。
「わたし……きれい、だった?」
そんな言葉を最後についには霧散し消滅していく。呪霊と出会ったらいろいろと実験をしようと思っていたのだが、そんな精神的な余裕はどこにもなかった。
「恐怖は感じるのだな……」
「あの、大丈夫でしょうか?」
幸啓がカスミを背に隠しながら尋ねてくる。口裂け女を祓ったのを確認し、戻って来たようだ。だが、まだ緊張している。当たり前だが俺は警戒されているようだ。
「問題ない。そちらは?」
「お陰様で」
「呪霊のおじちゃん、ありがとう!」
安全と見て取ったのか、カスミは幸啓の警戒も気にせずに俺の下へと駆けてくる。あんな目に遭ったのにまだ呪霊である俺を慕ってくれるらしい。そんなカスミの様子に止めるべきか、と幸啓は懊悩している。
「もう大丈夫だ」
「あれって口裂け女だよね? 倒したの?」
「そうだ。よく頑張ったな」
カスミは俺にギュッとしがみつき、恐恐と周囲を見渡している。助かったとはいえまだ怖いのだろう、そう思い、ゆっくりと頭を撫でてやる。ついでにその
「水色?」
「うん! きれいでしょー! カスミだけの色なの!!」
水色の髪で、名前がカスミ、という事は……
「カスミ、君のフルネームを教えてくれないか?」
「? カスミはねー、
「……そうか」
なんでそんな事を聞くのだろうか? と一瞬不思議そうな表情を浮かべた後、幸せそうにそう答えてくれる。ミワカスミ。三輪霞。この子は交流会編に出てきた呪術高専・京都校の三輪霞に違いない。麦わら帽で髪色が見えなかったとはいえなぜ気付かなかったのだろうか?
それにしても原作ではこんな事件に巻き込まれた、などという話はなかったハズだ。もちろん語られなかっただけであった可能性はある。だが不自然な感じがする。俺が存在した結果だろうか? そんな疑念が生まれる。
「幸啓。この子の家は?」
「…………はぁ、降参です。こちらです。付いてきてください」
未だに警戒していた幸啓もようやく諦めたようでカスミを送り届けようと歩き出そうとする。
「あっ……」
そんな声と共に幸啓が真っ白になる。戦闘の余波で天井に挟まっていたラーフルが落ちてきたのだ。幸啓は無言でチョークの粉で真っ白になった髪や肩を払う。
「幸啓おじちゃん大丈夫?」
「何をやっているんだ?」
「すみません。術式の反動です」
幸運と不運を作り出す術式と言っていたが、幸運のツケを払っているという事だろう。このトラブルで本格的に恐怖がほぐれたのか霞があれこれと聞いてくる。呪術に興味津々のようだ。それを適当に相手しているとすぐに霞の家に着く。
泣いて喜ぶ霞の母親と祖母に霞を任せる。探し回っていたのであろう二人の服には土や泥でできたシミが付いたままだった。そして叱られて大泣きしているカスミと深々と頭を下げる母親に見送られ、幸啓と二人で霞の家を立ち去る。
「さて、一応聞いておこう。まだやる気はあるか?」
「あなたは呪霊です。呪霊なのですから呪術師としてはあなたを祓うべきなのでしょう。……あなたを祓ったら霞ちゃんは悲しむでしょうね」
そこで一度幸啓は言葉を切る。そして幸啓は雲一つない夜空を見上げ言う。
「私は呪術師失格です。呪術師であるよりも霞ちゃんのヒーローでありたいのですから」
「そうか。……俺にとってはありがたいが」
「聞くべきなのか迷いますが、あなたはこれからどうするのですか?」
僅かに緊張しながら幸啓がそう尋ねてくる。呪術師としては見逃すと言ったが、答えによってはヒーローとして立ちはだかる覚悟なのだろう。
「人間と共存したいと考えている。……ところで手始めに俺を雇ってみないか?」
「はい?」
俺の突然の申し出に幸啓は鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をしていた。
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