特級呪霊・黄金郷のマハト   作:Flagile

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ちょっとしたキャラの深堀りのつもりだったのですが、なにか異様に重い上に長くなってしまいました。

番外編ですので読まなくても問題なく繋がりますが、読んでいただけると作者が喜びます。


番外編 下鴨幸啓 前編

 3級術師、それが下鴨幸啓という術師の限界でした。

 

 その評価ですら加茂家という名門の下駄を履いてどうにかギリギリという有り様で、実態は4級術師に毛が生えたような物でした。

 

 呪術界の名門、御三家の一角、加茂家。父は加茂家の次男として生まれました。ですが相伝の術式を持たず、呪力量も貧弱だった父に宗家を継ぐ事など夢のまた夢でした。そして父は分家の一つ下鴨家の当主となる事になりました。

 

 これは後で知った事です。加茂家はとても保守的な一族でした。伝統を重んじ、家のために動き、個々人の事など考慮しません。そのため相伝の術式を持っていれば分家生まれでも本家の人間になれますし、逆に父のような人間は簡単に捨てられます。

 

 もちろん分家での扱いだって良くはありません。実力もなく血統だけで押し付けられた当主です。重視される訳がありません。

 

 そんな状況に辟易した父はまだ若いにも関わらず隠居し、分家から逃げ出しました。そしてそこで出会った一般人の母との間に生まれたのが私、下鴨幸啓でした。

 

 私は父に輪を掛けて弱い呪力しか持ちませんでした。幸いと言って言いのでしょうか。しばらくは一般人として育ちましたのでそれが問題であるという認識すらありませんでした。せいぜい父が私の事をたまに悲しげな目で見ているな、と思ったぐらいです。

 

 ですが名門の呪術師として生まれ育った父は一般人としての生活能力が乏しかったようです。

 

 母が生きていた間は良かったのです。ですが母が病死してからは悲惨な物でした。それでも父は彼なりに努力をしたのだと思います。

 

 だんだん減っていくおかず、少しずつボロボロになっていく衣服、ホコリまみれの部屋などなど……。最終的に生活は行き詰まり、父は分家に戻る事にしました。

 

……私を連れて。

 

 その頃、私は【悲喜創造】という術式に覚醒していました。喜んでもらえる、と報告に行った時の父の表情は忘れられません。思えばこれが下鴨家に戻る切っ掛けになったのでしょうか?

 

 こうして私は下鴨家で暮らす事になりました。しかし非術師として育ったために術師としての基礎はできていませんし、常識もありませんでした。その上、呪力は一般人に毛が生えた程度です。

 

 フィジカルも足りませんでした。子供の時に栄養が足りていなかったというのも原因の一つでしょうが、根本的に筋肉が付きづらい体質だったのです。呪力量が少ないため強化も弱いのに素のスペックでも劣るのです。

 

 それでも少しでも肉を付けるために無理やり胃に食べ物を詰め込みました。それのせいで無駄飯食らいと陰口を叩かれていましたが。

 

 私はそんな環境に我慢できなくなり、呪術高専・東京校へと逃げるように入学しました。ですがそこでも限界はすぐに見えてしまいました。

 

 私には戦闘のセンスもありませんでした。

 

 技一つ覚えるのにも人の倍は時間が掛かりました。非術師として育ったからだ、と思っていましたがそんな事はなかったという事を突き付けられました。

 

 それでも諦めきれませんでしたから遅くまで一人で訓練していました。ある夜、ふらりとやってきて先生が助言をくれたんです。それ以降、一つの技のみに全てを懸ける事にしました。

 

 幸い先生に習っていた天眼自顕流はそれに向いた流派でした。自顕流を呪術師用に最適化した天眼自顕流。又従兄弟ぐらいの関係にある示現流と同じ様に『一の太刀を疑わず、二の太刀は負け』の精神が根付いた流派でした。

 

一撃必殺。

当たれば勝利、当たらなければ敗北。

伸るか反るかの大博打。

 

 蜻蛉の構えからの打ち下ろし。その一撃のみを愚直に鍛え続けました。そして良い事なのか悪い事なのか博打は得意でした。術式を使い、貯めた幸運を取り崩し、未来の不運を担保にすれば勝てるのです。これでどうにか同期達に付いて行く事ができました。

 

 それでも足りない実力を補うために術式に頼り、借金が嵩んでいきました。真綿で首を絞められるようにゆっくりと追い詰められていく日々でした。

 

 便利なようで使えば使うだけ不運が積み重なっていく事になる術式です。当時の私は積み重なった不運で日常的に死の危険に晒されていました。

 

 歩けば植木鉢が降ってきますし、食べれば食中毒になります。暖房の故障で一酸化炭素中毒になった時は運良く(・・・)見つけてもらえましたが。

 

 それだけ不運を背負い込んでもどうにか3級呪霊に勝てる程度でした。

 

 高専の卒業が見えて来た頃には不運が嵩み過ぎどうにもならなくなっていました。それでも決定的だったのは五条悟の戦闘を見た時でした。

 

 災害に伴う呪霊の大量発生でした。術師は集められるだけ集められました。その中に高専4年だった私とまだ小学校に通っている年頃の五条悟もいたんです。

 

 子供が一人だけ混じっているのですからとても目立っていました。他の術師達が殺気立っている中、つまらなそうにゲームをしていた事を良く覚えています。当時の私は五条家に天才がいる、程度の認識でしたから彼に同情していました。今からするとバカな話です。

 

 そして作戦が始まり特級呪霊も含まれる呪霊の大群がやってきました。初めて見た特級呪霊の強大で禍々しい呪力に私は死を覚悟しました。

 

 ……ですが、その大群のほぼ全ては五条悟により一瞬で祓われたのです。あんなに強そうだった特級呪霊も、です。彼はその時も相変わらずつまらなさそうでした。きっと彼にとって特級もそれ以外も雑草を刈るのと変わらない程度の問題だったのでしょう。

 

 3級呪霊相手にボロボロになりながら、日常生活も犠牲にして戦う意味なんてあるのでしょうか? 

 

 そう思ってしまったのです。他人のために幸運を消費し、その分の不運も自分が負担する。私の術式は少しばかり術師と非術師の関係を意識させ過ぎる物でした。

 

 一度自覚し折れてしまった私にはもう呪術師として戦う事はできなくなっていました。

 

 非術師として生きましょう。

 

 そう決意し、私は呪術界から逃げ出す事にしました。ですがそれも上手く行きませんでした。まず就職先がなかったのです。呪術高専などという怪しい学校の卒業生を取ってくれるような会社はありませんでした。

 

 最初の頃にどうせなら稼ぎの良い仕事と、金融やインフラ関係を受けた事などただの時間のムダでしかありませんでした。それでも何社も何社も面接を受け、かろうじて就職する事ができました。土木関係の小さな会社でした。端くれとはいえ呪術師なのですから力仕事は得意でしたし不向きではなかったと思います。

 

 ですが一向に上がらない給料、苦しい生活、長時間の重労働、劣悪な人間関係など数年も働き続けた頃には私はすっかり擦り切れていました。父もこんな状況だったのかも知れません。

 

 そんな時に偶然、蝿頭に取り憑かれている人の相談を受けたのです。それは数少ない友人でした。

 

 特に何も考えずに助けられるなら、と軽い気持ちで、その蝿頭を祓ってやりました。感謝されました。感謝の気持ちだ、とお金もくれました。

 

 そのお金で友人と普段は食べられないようなレストランで快気祝いをしました。美味しかったですし、楽しかったです。それこそ人生の中で一番だったかも知れません。

 

 それからでした。その友人が自身と同じように病院に行っても治らないような人を紹介してくれるようになったのです。呪霊が原因であれば多少の手助けができました。

 

 それが副業になり、いつの間にか本業になっていました。ネットの普及の波にも乗る事ができました。安全に祓えるのは蝿頭に毛が生えた程度の4級までとはいえ依頼者はそこそこいました。生活に余裕ができましたし、感謝されるのは嬉しかったです。

 

 最初は呪霊と関わりのない依頼者は断っていました。当たり前ですよね。それは私には解決できない問題なのですから。

 

 ですが中には私の評判を聞いて何度も何度も頼んでくる人もいました。そしてある時、効果は期待できない、と念押しした上でしかたなく祓除の真似事をしてやったのです。

 

 感謝されてしまいました。

 

 病は気からと言いますが治ってしまったのです。そして魔が差しました。呪霊と関係のない依頼も受けるようになったのです。そしてそれは儲かりました。儲かり過ぎました。

 

 その頃には今までの生活とは比べようもないような豪華な生活をするようになっていました。痛い思いもする必要なく、簡単にお金が稼げてしまう事に溺れていました。溺れていると分かっているのに抜け出す気になれませんでした。

 

 そんな生活を続けるために努力をしました。いつの間にか稼ぎの半分以上が呪霊と無関係になっていました。呪霊と関係のない依頼者の満足度を上げるためにさまざまな工夫を凝らしました。

 

 蝿頭を取り憑かせて被害者を作ってやれば……という考えも過ぎりました。それは流石に思っただけですが。

 

 それをやれば今よりも儲かるという確信はありました。ですがそれでは完全に呪詛師です。既に呪術師とは呼べない存在かも知れません。それでも呪詛師になるような『勇気』は私にはありませんでした。

 

 これでも加茂家の末端に居たのです。やり過ぎた呪詛師が狩られるのを何度も見てきました。あれは人間の末路ではありません。ああはなりたくありません。

 

 霞ちゃんと出会ったのはそんな時の事でした。




たくさんの評価やアクセス、ありがとうございます。

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