不思議な事に書いても書いても終わりませんでした。
個人で呪霊により困っている人を見つける事は困難です。本来は寺社や病院、学校など全国にアンテナを張り巡らせ、窓による現地調査など地道な情報収集の積み重ねて見つける物だからです。その上、蝿頭や4級程度の私にも倒せる弱い呪霊限定となるとその難易度はさらに上がるでしょう。
ですが私の術式悲喜創造を使えば普通に歩いているだけでもそんな『ちょうど良い』被害者をそれなりに見つける事ができます。被害者を見つけるために術式を使うので生傷は絶えませんでした。とはいえ軽い怪我程度です。学生時代のように命懸けという程ではありません。自分のお金のためなら多少の不運や怪我だって許容できました。
それに呪術高専で嵩みに嵩んでいた不運の負債を返済していた頃の方が大変でしたし、負債を返し終わってからも呪霊や呪詛師への恐怖から日常的に少しずつ不運を創り、幸運を貯めていましたので大差ありません。
それでも術式を使いたい訳ではありません。ですから
被害者の方が見つかれば簡単です。適当なタイミングで接触し、症状を言い当ててやるだけです。当然、怪しまれますが、それでも最終的には7割ぐらいの方は縋ってきます。彼等の多くは既に万策尽きた状態なのです。怪しいオカルトにだって縋るしかありません。私はそんな人達の呪霊を祓ってやるのです。
とはいえすぐに祓う訳ではありません。『儀式』を行います。たいていの場合、相手は4級呪霊ですらない蝿頭です。そんな雑魚呪霊の祓除に儀式なんて物は必要ありません。私ですら苦も無く祓う事ができます。
ですが敢えて盛大に儀式を執り行います。なにせその方が『ありがたみ』が出るからです。被害者の方もその方が気持ちよく金を出す事ができます。WIN-WIN の関係というヤツです。
ある時、禪院家の方で何かあったようで術師や窓が動員された事がありました。もちろん私のような木っ端術師は呼ばれていません。そういう時は獲物を探して空白地帯へ赴きます。とはいえ呪術高専などの呪術師達が対応できない部分を埋めてやっているのですから別に悪い事ではないでしょう。
霞ちゃんと出会ったのはそんな時の事でした。霞ちゃんの母親・冬子さんが呪霊に取り憑かれていた被害者だったのです。
何でも原因不明の呼吸のしづらさがあり、病院にも匙を投げられてしまったそうです。そして少しでも空気の良いところで療養したいという事で霞ちゃんの祖父母の家にやってきたという事でした。
ちなみにその霞ちゃんの祖母にはとてつもなく胡散臭い物を見る目で見られました。その後も露骨な塩対応でしたがこんな稼業をしていればよくある事です。効果がなかったら叩き出すといった感じで気の強そうなおばあさんでした。きっと良い方なのでしょう。
冬子さんの呪霊を祓う儀式には他にも冬子さんの娘──つまり霞ちゃん──も参加していました。呪霊の被害は霞ちゃんにも及んでいたようで頭に巻いた包帯の奥から呪霊の気配がしました。
その事について話を聞いてみますと冬子さんは泣き出してしまいます。何でも娘が自分に近付いて来たと思ったら突然、血塗れになりながら昏倒し、病院に搬送されたというのです。
今日も入院している病院から外出許可をもらいこの場にいるそうです。入院中とはいえ霞ちゃんはかなり元気なようです。久しぶりの外出なのも合わさり何が起こるのか、と無邪気にはしゃいでいました。
きっとそんな娘さんを傷付けてしまった、というのが今回の依頼に繋がっているのでしょう。冬子さん自身も体が辛いハズなのですが、何度も何度も真剣に娘が傷付かないようにして欲しいと頼まれてしまいました。
最後にはお金だっていくらでも出しますし、何でもしますから、と言われてしまいます。若干、後ろめたい気持ちを抱きます。なにせたかが蝿頭なのですから。という訳でさっそく儀式を始める事にします。霞ちゃんの相手をしながらこちらの様子を窺っているおばあさんの眼光が怖い事になっているというのもありますが。
身を清め、祭壇を作り、生贄(といっても鰤ですが)を捧げ、護摩を焚き、祝詞を奏上します。この辺りは昔取った杵柄というヤツです。呪術で必要になる場合もありますし、呪術高専は宗教系の学校という事になっていますからそういった事も習うのです。
そして儀式により清められたという
途端に冬子さんが驚いたような表情に変わります。首に巻き付いていた呪霊がいなくなった事で一気に呼吸が楽になったのでしょう。いつも通りの仕事でした。そしてそれを見ていた霞ちゃんがトコトコと歩いてきて、キラキラした目で言ったのです。
「おじちゃんはヒーローだね! 黒いもやもやのうねうねを倒したもん!」
「……驚きました。見えるのですか? あと私はおじさんではありませんよ」
その時は驚きました。霞ちゃんは呪霊が見えているようだったのですから。言うまでもありませんが呪霊を見る事のできる人間は希少です。ですから私の
「カスミ見えるんだよ! でもね、カスミがおじちゃんみたいにやろうとしたらケガしちゃったの」
「祓おうとしたんですか!? 呪霊……このようなおかしな物は非常に危険なんです。たとえ呪力があっても決して近づいてはいけませんよ」
「じゅれい?」
「そう、呪霊です。人を攫ったり食べたりする怖くて危ない物です」
またもや驚きました。どうやらこの娘は母親に憑いていた呪霊を自分の手でどうにかしようとしたようです。そして納得しました。霞ちゃんが倒れたのは呪霊の反撃を喰らったからなのでしょう。運が悪ければ死んでいたかも知れません。その事に気付き背筋がゾッとしました。キツく言っておく必要があると思いました。
「おじちゃんはどうしてじゅれい? をズバッてできるの?」
「それはお兄さんが呪力を持っているからです。ですから呪術師以外は呪霊に近付いてはいけません。霞ちゃんも怪我したくないでしょう?」
「えー、でもカスミもじゅりょくを持っているんでしょ!」
一瞬、なぜその事を、と思いましたが、先程、霞ちゃんに呪力があると口走ってしまった事に気付きます。つまり私のせいでした。
「呪力だけではなく、厳しい訓練も必要なのですよ」
「じゃあれんしゅうすればカスミもお母さんみたいな人を助けられるの?」
「それは……」
おそらく霞ちゃんの方が私よりも才能がある可能性が高いでしょう。それに呪霊の中には見られている事に気付くと襲ってくる者もいます。見える以上、関わらざるを得ないのです。それでも呪術師という道を霞ちゃんに勧める事は私にはできませんでした。言葉に詰まった私を気にする事もなく霞ちゃんは質問を続けます。
「あっ! 桜ちゃんがいなくなったのもそのじゅれいのせい?」
「桜ちゃん、ですか? 分かりませんが可能性はあるかも知れません」
「もしかしておじちゃんが桜ちゃんも助けてくれるの!」
「それは……」
「おじちゃんはズバッてじゅれいをやっつけてくれたヒーローだもんね!」
「お兄さんです」
目を輝かせてそう言われてしまいます。それにしてもヒーローですか。昔はそんな夢を持っていたような気もしますが柄ではないでしょう。とはいえ少し調べてみる価値はあるかも知れません。もちろん手に負えそうにない場合に無理をする気はありません。通報ぐらいはするつもりですが。
その時は上手くやればその桜なる子供の親からもお金を引っ張れるかも? ぐらいの気持ちの方が大きかったと思います。
「まずは聞き込みですね」
という訳でまずは近くにいた霞ちゃんの祖母に尋ねてみます。冬子さんの様子から本当に問題が改善した事を悟ったのでしょう。先程までの胡散臭そうな目はどこへ行ったのか、とても親身に対応してくれました。
そしてそう大きな村ではないからでしょう。孫の友達に起きた事も当然知っていました。その中で連続児童失踪事件の可能性が高い事が分かりました。いきなり私の手に負えない可能性が高くなってきました。冬子さんの事例もそうですが、私に対処できる蝿頭や4級のような弱い呪霊は人一人殺すにもそれなりに時間が掛かります。逆に言えば連続という事はそれだけ力を持つ呪霊の可能性があるという事です。
霞ちゃんの祖母が地図を持ってきて被害者の家や探した地点などについて詳しく説明してくれました。被害者は3人。いずれも学校からの帰り道で消えたようです。特定の場所という訳ではなくわりと村中に広がっているようです。強いて言えば学校を中心にしているように見えるぐらいでしょうか。
それなりに情報が集まりましたから次は事件現場の調査に出る事にします。幸いこういった調査には慣れていました。私の術式の使用方法として偵察はかなり向いており、高専時代にもやった事があるからです。
術式を使えば目撃者や痕跡、呪霊の位置だって発見しやすいですし、もし呪霊に遭遇したとしても生還し、情報を持ち帰れる可能性が高いのです。とはいえ本来は『窓』の方々が行う仕事です。こういった事が得意な事も呪術高専で軽く見られていた原因の一つだったのでしょう。
霞ちゃんの祖母と術式の助けもあり、現場付近に向かうと残穢はすぐに見つかりました。時間が経っている割に強く残っており呪霊の強力さを感じます。そして残穢はしっかり残っているのに追う事はできませんでした。突然その場に現れ、そしてまた突然消えたかのように残穢は途切れていたのです。
これは何らかの条件を満たした場合にだけ現れる呪霊が残す残穢の特徴でした。都市伝説などの仮想怨霊に多いタイプです。経験的な物ですが2級以上の呪霊の可能性が高いと思いました。
村中に被害が広がっている点から違う事は分かっていましたが、やはり学校や病院のように『場所』に湧いた呪霊ではないようです。そういったタイプの呪霊はその場所から離れず訪れた人間を襲う傾向が強いため比較的対処が楽だったのですが、違うのですからしかたありません。
場所に湧くタイプは特にですが、それ以外の呪霊も基本的に発生した場所から離れません。当然、この呪霊も村の中、もっと言えば学校で発生した可能性が高い事になります。ならば流布している都市伝説や噂話からどんな呪霊なのか当たりを付けられる可能性がありました。
その事を中心に再度の聞き込みを行います。学校中心という事で手始めに聞いてみた霞ちゃんがそういった事に詳しかったのは若干意外でした。
霞ちゃん達によると最近の学校では口裂け女、てけてけ、赤マント、花子さんなどのたくさんの都市伝説が流行っているというのです。妖怪など他の類の噂はなさそうでしたから都市伝説系の仮想怨霊の可能性が高まりました。
「これ以上は絞れませんか……」
呪術高専では戦闘技能以外にもこれまでに現れた呪霊に関しても学びます。呪霊を祓ったとしても原因となった負の感情がなくなる訳ではありません。そして同じような負の感情からは同じような呪霊が生じます。
そういった呪霊の傾向と対策を学んでおく事で祓除は格段に楽になります。特に戦闘技能に限界を感じていた私にとってそういった情報は生命線に近いものでしたから呪術高専の呪霊データベースにはとてもお世話になりました。そこに登録されていた呪霊を思い出し、該当しそうな呪霊をピックアップしていきます。
とりあえず比較的安全にできる情報収集はこれぐらいでしょうか。これ以上の調査となるとリスクを取ったり、人手を用意したりする必要が出てきます。そして現段階でもこの村にいる呪霊は私の手に余る可能性が非常に高い事が分かっています。となるとこの村で私にできる事はあまりありません。
一つため息を吐き、スーツの内ポケットに入っている携帯電話にノロノロと手を伸ばし、まだ私にできる事をする事にします。そして『次』はお金に繋がれば良いのですが、などと考えながら電話帳から呪術高専を探し出し、意を決してボタンを押します。
「お世話になっております。下鴨幸啓です」
「おや、非術師にもイジメられて出戻ってきた3級術師の幸啓君じゃないですか。また尻拭いのお願いですか?」
電話の相手は呪術高専時代の同期です。彼は高専卒業後、そのまま呪術高専所属の術師となって活躍しています。そして高専での仕事の一環としてこういった窓口も担当しています。
「……呪霊がいる痕跡がありましたので報告です」
場所、失踪者の情報、残穢、流布している噂、私の推測などを手短に伝えていきます。電話の向こうでしっかりとメモを取っている気配がします。あまり仲が良いとは言えませんが、話はちゃんと聞いてくれますし、上へ報告もしてくれるだけでもありがたい存在なんです。
「ま、伝えておきますよ。とはいえ禪院家のいけ好かないボンボン共がまたやらかしてくれましてねぇ。おかげでクソ雑魚フリーランスの尻拭いなんてやっている暇なんてないんですよ」
「ちょ、ちょっと待ってください! もう3人も子供が失踪しているのですよ!?」
「ハァ……さっき聞きましたよ。手が足りないんですよ、手が。それに週に一人程度なんでしょう?」
呪術高専が非術師の事を最優先に考えている訳じゃない事は分かっています。とはいえそんな呪術界の雰囲気には辟易します。
「ああ、そうです。そんなに心配ならあなたがやればどうです?」
「2級呪霊以上の可能性が高いんですよ!? 私には無理です!!」
「まぁ呪術界から逃げたように今回も逃げれば良いのではないでしょうか? それが分相応ってヤツです」
それだけ言うと返事も待たずに同期の呪術師はさっさと電話を切ってしまいます。通話の切れた携帯電話を投げ捨てたい気分になります。ですがそんな事をしても無意味なのも分かっています。
「まだ終わっていないとは禪院家の方で何をやっているのですか。……はぁ、諦めるしかないのでしょうか」
「おじちゃんが大変ならカスミがやってあげる!」
「霞ちゃん!? いつからそこに? まさか聞いていたのですか!?」
いつの間にか霞ちゃんがいました。どれくらい聞かれたのか分かりませんが、マズイ事に通話の内容を霞ちゃんに知られてしまったようです。霞ちゃんはとんでもない事を言い出しました。
「大丈夫です。幸啓お兄さんに任せておいてください。私がこの事件を解決します。……なにせ私はヒーローなのですから」
霞ちゃんと視線を合わせるためにかがみ込み、できるだけ力強く聞こえるように意識しながらそう伝えます。諦めるつもりだったのに何を言っているのか、という思いもありましたが、今は霞ちゃんの無茶を止めるのが優先です。
「でもヒーローが大変な時には仲間が頑張るんだよ!」
「大丈夫。霞ちゃん、大丈夫です。信じて待っていてください。ちょっと問題がありますがこれぐらいちゃちゃっと解決してみせます。約束です」
「約束?」
自分がヒーローだとは全く思いませんが、霞ちゃんを止めるためにそう言います。そして小指を差し出します。霞ちゃんはすぐに指切りげんまんだと気付いたようで、パーッと明るい表情になり小指を絡ませます。
霞ちゃんは指切りげんまんに満足したようです。これで大丈夫なのか多少不安ですが、ずっと霞ちゃんを見ておく訳にもいきません。母親の冬子さんの元へ霞ちゃんを送り届けてからより詳しい調査に向かう事にします。
そして私は『彼』と出会ったのです。
そこに居たのはこめかみ辺りから太い角が生えている事を除けば、『人』にしか見えない呪霊でした。他はせいぜい長い赤紫色の髪や貴族めいた服装、日本人離れした風貌が目を引く程度でしょう。
ですが視認した瞬間、本能が逃げろ、と絶叫しました。実際、私にできる事など何もなかったでしょう。逃げるべきだったと今でも思います。それでもなぜか逃げる事ができませんでした。
見ただけで気持ち悪くなる程の濃密な呪力。五条悟が祓っていた特級呪霊と比べてもなお格上。明らかに特級呪霊、それも上澄みも上澄みでした。
勝てるとか勝てない以前に挑む事自体が間違いなのだと思い知らされました。こんな気持ちになったのは五条悟以来です。そして何より衝撃だったのは霞ちゃんに呼び掛けられ視認するまで気付く事ができなかった事です。
そんな化け物が霞ちゃんの隣に立っているのです。そんな化け物の攻撃範囲に私も立っているのです。それからしばらくは何をどうしたのかよく覚えていません。気付けば特級呪霊は居なくなっていました。なぜか霞ちゃんがプンスカと怒っていた事は覚えています。その後もしばらくは動く事ができませんでした。
「おーじーちゃん?」
「………何も、何もされなかったかい?」
どれくらい経ったでしょうか、怒っていた霞ちゃんが反応の薄い私を心配しだした頃、ようやく絞り出すようにそう尋ねる事ができました。
「んー? 全然平気だよ?」
「じゅれいは怖いって言ってたけどそんな事なかったよ! おかあさんの首にいたのとはぜんぜん違うの!」
霞ちゃんはまるで恐怖を抱いていないようでした。あの濃密な呪力を感じなかったのでしょうか?
「あれが桜ちゃんを攫った呪霊だったらどうするのですか?」
「わかんない! でも違うって言ってたよ?」
「聞いたんですか!?」
「うん! あとね、おじちゃん……じゅれいのおじちゃんとも約束したんだよ!」
話を詳しく聞きますと呪霊に呪霊には近付かないようにと言われたそうです。呪霊が何を言っているのだ、という思いと、もっと言ってくれ、という思いが交錯します。
今回は病院に戻る途中で偶然出会ったという事でしたが、とにかくできる限り呪霊の恐ろしさを語り、近付かないように何度も言い含めました。ですが霞ちゃんが本当に近付かないか不安です。返事は良かったのですが、逆に好奇心を煽ってしまったかも知れません。
それから数日、私はまだ村にいました。これは身の安全を考えての事でした。あの特級呪霊は同じ場所に留まるようなタイプには見えませんでした。そしてそういうタイプの呪霊は逆に同じ場所に戻って来る事は稀です。つまりある意味でここはあの特級と出会う可能性が低い場所になったという事だからです。
それに不本意とはいえ霞ちゃんとの約束があります。おそらくですが、あの特級呪霊と連続児童失踪事件の呪霊ではありません。本当にごく僅かですが残っていた残穢も事件の物とは感じが違いました。もし再度この村に現れたとなれば話は別ですが別件と考えて良いと思います。というか先程の特級呪霊が関係しているのは未だに続いているという禪院家由来のゴタゴタの方なのではないでしょうか?
そうどうにか自分を納得させ、あまり進捗のない調査を続けていた日の事でした。その日、霞ちゃんがいなくなったのです。
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