堕ちた勇者との旅路   作:うじむし

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堕ちた勇者 ファーラン

 

『勇者パーティ解散。原因は勇者ファーランの敵前逃亡か』

 

お父さんが机に置いた新聞にはそう綴られている。

外が騒がしい。勇者を信じて様々な支援を行ってきたこの国の国民にとって随分と大きな出来事のようで、痛いほどの喧騒が薄い壁の向こうから耳を刺激していたのをよく覚えている。自分はそれをどこか他人事のように聞いていた。

 

これが一年前の出来事。俺、レインがまだ10歳だった時の話だ。

きっと、その時の僕には他人事だったのだろう。

だってまさかーーーー

 

 

ーーその勇者と旅をすることになるとは思わなかったのだから。

 

 

 

 

 

▲△

 

 

 

 

「そこの坊主!ライバードの串焼き一本どうよ!」

 

客引きの声から逃げるように早足で街道を進む。

屋台から香る串焼きの匂いは肉のジューシーな旨味と適度な塩加減を思い出させる。非常にそそられるが、毎日の暮らしがやっとな我が家の懐事情を考えると好きに飲み食い出来るほどの余裕はない。涎を呑み込み、後ろ髪を引かれながらも、本来の目的を果たすべく足を動かす。

 

道行く人に目を向ければ、素材の違いさえあれど殆どの人が鎧を見に纏い、背中や腰に剣を携えている。素人目にも分かるほど上等なものもあれば、見てるこっちが不安になる程貧相なものもある。

よく分からないが、この街には魔物が沢山襲いにくるらしい。悪い魔王が産み出した魔物がこの街を襲っているようだ。特に一年前からは毎日のように2級程度の魔物が街を襲うらしく、国中の腕利きの冒険者がこの街に集まってた。勇者のせいだと皆、口を揃えて言っていた。

 

かくいう僕も腰に剣を携えているが魔物と戦ったことなどない。保険というやつであるらしい。お母さんに持たせられたもので、何かと物に当たりそうで日常生活で身につけたいものではないが、それでお母さんが安心するなら、と今日も身に付けている。ちなみに一度も役目を果たしたことはないし、素人である僕が実戦で使えるかは怪しい。

 

自分も将来は立派な剣を身に付けて魔物と戦うのだろうか。それともこのまま小さな宿屋をお母さんと経営して死んでいくのだろうか。

どちらでも構わないが、少なくともお母さんは僕が魔物と戦うことを許してはくれないだろうと思った。

 

 

「レイン!大丈夫だった?」

暫く歩いた先の目的地である病院。その前に立っていた金髪の女性がこちら駆け寄ってくる。ちょっぴり心配性で、ちょっぴり精神科の先生にお世話になっている、僕のお母さんだ。

 

「大丈夫だよ。途中、屋台のおじちゃんに串焼きどうかって声をかけられたぐらいで至って平穏だよ」

「そう、よかった。何かあったらちゃんと巡回してる騎士さんに助けを求めるのよ」

「わかってるよ。危ない場所は避ける、危なくなったら助けを呼ぶ、いざとなったら剣を振る、でしょ?」

 

そうしていつも言い利かされている言葉を復唱すれば、お母さんは安心したように笑みを浮かべ、母親譲りの金髪を撫でた。

 

病院の先生にお世話になる日は、こうして僕が迎えにきていた。

それをお母さんは喜んでくれているのだろうか。それとも不安で不安で仕方ないのだろうか。

僕にはわからないけれど、こうして一緒に帰る時間は好きだ。

 

「レインは何か欲しいものでもある?」

「どうしたの、急に。誕生日でもなんでもないよ」

「ふふ、わかってるわよ。ただ、毎日お手伝い頑張ってくれてるし、ご褒美あげたいなあって思って」

 

そう言われて、先ほどの串焼きを思い出した。

久しぶりに食べてみたい。昔は良くねだって食べていたけれど、ここ一年は食べていなかった。お母さんと一緒に食べることが出来れば、それはそれは美味しいに違いない。

それに何より、大した値段もしない。

 

「家の近くの串焼き食べたい」

「もうちょっと贅沢言ってもいいのに。本当にいい子ね、レインは」

 

 

ゆっくりと、歩く。

普段は宿屋の経営で忙しいお母さんを独占できる唯一の機会だ。それをお母さんは分かってくれているのか、自分の歩調に合わせて歩いてくれている。それが何よりも大切に思えて、思わず顔を緩ませた。

 

 

 

「魔族だ!魔族が城壁を越えてきたぞ!!!」

 

そんな叫び声が聞こえたのは、串焼きを2人で食べている最中だった。

そちらに視線を向けるとツノを生やした人間のようなものが見えた。話に聞く魔族の特徴と一致する。

 

お母さんの顔を見る。

引き攣り、青ざめた顔。震える身体。泳いでいる目。恐怖の感情を隠すことなく顔に表したその姿は、何も知らない子どもである自分に危機感を与えるに足るものだった。

 

手を取り、人の流れに沿って走ろうと試みるが、お母さんは何かをぶつぶつと呟きながら立ちたくしている。

 

やばい。

一目散に逃げていく人の中には手練だと思える冒険者もいる。魔族というものの恐ろしさを語っている気がした。

 

やばい。

鮮血が舞う。

どうやら声を上げた人の頭何かが直撃したらしい。魔族の方を見れば、そちらに手を翳している。恐らく何かをして、そして殺してしまったのだろう。叫ばれたのが気に食わなかったのか、それとも単なる気まぐれか。理由はわからないが、僕達があそこで首をなくし倒れている彼のようになるのも時間の問題に思える。

 

 

「ファーランはどこだ。この街に入っていくのを確かに見た。出せば殺すのはそいつだけにしてやる」

 

よく通る声だ。

魔族にとって、殺さないことは温情らしい。気を損なえば今すぐにでもここにいる全ての人間を殺し尽くし、何食わぬ顔で去っていくのだろう。

 

危ない場所は避ける。

避けようがない。ついさっきまでは危険なんて微塵もない街道だったのだ。

 

「そこの小さいの。ファーランを出せ。殺すぞ」

 

気づけばすぐそばに来ていた魔族は、何故か僕に話しかける。

ファーランといえば一年ほど前にどこかへ消えた元勇者を指すが、そんな人物の居場所を僕が知っているわけがなかった。

 

周りに助けを求める。

お母さんは既に気を失っている。騎士はいない。冒険者はどこかに逃げてしまった。

気づけば残されているのは、お母さんと僕だけだ。

 

「なぜ出さん。ガランのやつが言うには殺すと言えば要求が通るはずなのだが。あいつ、騙したのか」

 

残されているのは。

腰にある剣に手を添える。持ち手に巻いたボロボロの包帯の感触。初めてまともに握ったのにやけに手に馴染んだ。

 

見よう見まね。お父さんが庭で素振りをしていた時の仕草を思い出す。

魔族はこちらなど眼中にないようで、明後日の方向を見ながら何かをつぶやいている。

 

今。

 

風を切り裂く音。自分の腰から放たれた剣は素早く魔族の胴目がけ進み、そしてーーー

 

 

「ふむ、よくわからんが死にたいらしい」

 

ーー魔族の手の中で、砕けた。

 

剣を握り潰した右手は、嘘のように綺麗でかすり傷ひとつない。

素人が振るったことを加味しても、それなりに上等な剣を片手で受け止めるなんてことが出来るはずがない。しかし、軽くなった剣がこの現実を現実だと伝える。

 

右手をそのままこちらに構える。

先ほど、人を殺した時と同じ体勢。このままあの人と同じように首を飛ばされて死ぬのだろうか。せめて、お母さんだけでも救えたら。

やけに長く感じる意識の中で、魔族の右手に何かが集まっていくのを感じた。

 

 

「このファーランをご所望かい?随分とお高く止まったね。一介の魔族風情が」

 

その何かが指向性を持って自身の頭の上を通過し、背後へと放たれる。

 

 

「緩い緩い。もう少し絞って撃たないと私の服一枚貫けないよ」

 

ゆっくりと、僕の前に歩を進めたその人は、外装に身を包んでいる。背丈は僕より少し高いぐらい。魔族に立ち向かうには随分と小さいその背中は、しかし確かに勇者としての力を感じた。

 

「堕ちた勇者、ファーラン」

「あら、僕ちゃん私のこと知ってるの?有名になったもんだね。こんな子どもでも知ってるんだからさ」

 

振り向いた拍子にフードから見えたその顔は、不敵な笑みに飾られている。太陽のようなその笑顔に、思わず見惚れてしまう。

 

「お前がファーランか。魔王様を前に逃げ出した弱者が何を言うかと思えば」

「逃げ出した、ねぇ。私達が侵攻してればもうこの世に居なかったはずの死体のくせに、言うじゃん」

 

一触即発。

彼女が本当に勇者だとしたら、今から大規模な戦闘が起こるのは間違いない。まだ死地から逃げおおせたわけではない。

 

緩んでいた意識が再び引き締まる。倒れている母親を庇うように立ち、その戦いに目を向ける。

 

 

「では何故逃げた?怖かったとは言うまいな」

「怖かったのかもね。まだまだ乙女だもん」

「まともに答える気はない、か。魔王様からの命令だ。貴様はここで殺す」

「1人で?」

「1人で、だ。臆病者の貴様など、私のみで十分。魔王様はそう判断なされた」

 

 

逃げ出した理由。そんなこと考えたことがなかった。魔王という強大な存在に畏れをなして、逃げ出したのだろうと。

それは他の国民も同じだろう。世界中からその活躍を期待され、支援を受けていたにも関わらず、怖いという理由から仲間すら置いて逃げ出した。それが世界の認識だ。そして今、堕ちた勇者として忌み嫌われている。

 

「相変わらず見通しが甘いね。君たちの王様は」

「甘いかどうか、確かめてみるか?」

「確かめてみなよ、その身体で出来るなら」

「なに、を、」

 

ふと。気づく。

先ほどまでそこにあったはずの、魔族の胸部。そこには大きな穴が開けられていて、次の言葉を発しようとした魔族の口からは、夥しいほどの血液が流れ出す。そのまま沈んでいくように倒れた魔族の身体はピクリとも動かず、唯一の動くものは真っ赤な血で、ただ広がっていく、それだけ。

 

 

「さっきも言ったけど、こんぐらい絞らなきゃね。聞こえてないか、ただの死体さん」

 

魔族に背を向け、こちらを振り向く。

返り血ひとつ付いていないその顔は、何もなかったかのように笑顔で彩られている。思わず安心してしまう、そんな人々を包み込むような存在感がそこにはあった。

 

 

「君、平気?次はそのボロっちい剣だけで済まないからね。さっさと逃げな」

 

逃げる?お母さんがまだいるのに?自分だけ?

水をかけられたような気分。その笑顔に、その在り方に。思わず憧れを抱き、惹かれていた自分を恥じる。

 

この人は強い。

手練の冒険者が思わず逃げ出してしまう魔族を相手に髪の毛の乱れひとつなく圧勝してしまうほどには。

そして、本人が言うには魔王すら倒せる実力を持っているらしい。

 

では何故、逃げたのか。

所詮は堕ちた勇者だと、今この瞬間に思い出した。

 

 

「この剣は、父の形見です。10ヶ月と16日前に魔物からこの街を守るために死んだ、父の」

「…そう」

「街の人たちは言ってました。あなたが逃げたから魔物が増えたと」

「そうだね」

「後ろで倒れているのは、僕のお母さんです。お父さんが目の前で死んじゃって、それで心の病気になっちゃったお母さんです」

 

声が震える。この一年で僕の生活は大きく変わってしまった。

無愛想ながらも僕達家族のことを愛してくれていたお父さんを失って、お母さんも心を病んだ。

 

「どうして逃げたんですか。魔王だって倒せたんですよね」

 

抑えていた感情が溢れる。

 

「どうしてお父さんが死ぬ必要があったんですか」

 

思わず出てくる涙を堪えながら、ひどい顔で叫ぶ。

彼女が魔王を倒してくれていたら、僕達家族は平穏な日々を過ごせていたはずなのだ。彼女が逃げさえしなければ、今でもお父さんは生きていて、お母さんは突然暴れ出すこともなくて。

今この瞬間、僕は彼女が魔王よりも憎い、そんな存在に思えて仕方なかった。

 

 

「…ごめんね。ごめん」

 

ポツリと溢れた言葉は、求めていたものではない謝罪の言葉だった。

どうして、と呟き続ける僕の身体を、僕よりもちょっとだけ大きい身体で抱きしめる。

 

どうしていいか分からなくなった僕は、騎士の人が僕達に声をかけるまでそのまま泣き喚いた。

 

 

 

▲△

 

 

魔族がファーランによって倒された、その次の日。時は夕暮れ。

お母さんはしばらく入院が必要な状態で、お家に帰るのはいつか分からないそうだ。僕が1人で生活すること、高額な入院費を心配するお医者さんに心配はいらないと返して、病院を出る。

 

あの後、僕は騎士の方に保護され、事情を聞かれたあと、暫くして解放された。お母さんはそのまま病棟へ。ファーランはどうやら偉い人と話すそうで直ぐにどこかへ消えていった。

 

嘘のような出来事だ。

一日でまた、何もかもが変わってしまった。

結局、なぜファーランが逃げ出したのかは分からない。ただ、理由なく人類の期待を不意にする、そんな人物ではないことはなんとなくわかった。きっと、何か理由があるはずなのだ。僕が家族を失ったことを納得できる、そんな理由が。

 

だが、そんなことを考えている場合でもなくなってしまった。

お母さんは再び入院。費用は嵩み、ただでさえ限界なのに僕1人で稼がなければならない。僕、1人で。

 

 

 

「やあ、お困りかな。少年」

 

俯いていた顔を、あげる。

そこには外装を纏ったファーランが眩しい笑顔を浮かべていた。

 

「なんですか、堕ちた勇者さん」

「ひ、皮肉をいう元気はあるようでよかったよ」

 

少しだけ、その笑顔が引き攣った気がする。

憎らしいその余裕をちょっとは崩せたようだ。少しだけ清々した。

 

「逃げた、理由でも言う気になったんですか?」

「…いいや。言えないよ。申し訳ないけどね」

 

綺麗な目だった。

意地悪で言わないとか、私利私欲のために言わないとか、きっとそんな理由ではない、ちゃんとした訳があるのだろう。

 

「ただ1つ。私は逃げたことを後悔はしてない。もう一度あの時に戻れるとしても、私は同じ道を選ぶよ」

「そう、ですか」

 

言葉が詰まる。胸が痛い。また涙が出そうになる。

それら全てを押し込んで、ただ返事をした。

 

「君は強いね。君が勇者なら、きっと世界を救えたと、私はそう思うな」

 

 

「さて、そんな君にご褒美だ。金貨30枚、大金だ。お母さんの治療費にでも当てなさい」

 

そうやって手渡された布袋は、ずっしりと重い。僕達の宿屋で平均して一月に稼げる額が銀貨3枚であることを考えると、その100倍にもなるこの金額はパッと渡せるようなものではない。

 

「…返しませんよ」

「返せるなんて思ってないよ、君のような子どもに。ただの偽善さ、気にせず受け取ってくれ」

 

 

これだけあればお母さんの当面の入院費は払える。僕が抱えていたお金の問題は解決したと言っていいだろう。

あと、僕が今解決しなきゃいけないこと。

 

「やっぱ、返します」

「いやいや、強がらなくていいよ。どこにそんなお金があるのさ」

「稼いで返します」

「どうやって稼ぐのさ。そもそも私、直ぐこの街から出るよ、返すタイミングなんてない」

 

 

 

「ついていきます」

 

「…ん?」

「ついてきます、あなたのせいで家族を失った可哀想な子どもを、無下にはしませんよね」

 

 

城壁から覗く綺麗な夕焼けが2人を照らす。

凄くメチャクチャなことを言っている自覚はある。それでも。

 

 

「えぇぇぇーーー!!!!」

 

僕は彼女を知らないと、前に進めない。そんな気がした。

 

 

 




拙い部分も多々みられると思いますが投稿してみました。
どこか設定や言葉遣いなどで気になる部分がありましたら教えてください。

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