堕ちた勇者との旅路 作:うじむし
あの後、一度病院に戻った僕はお母さんの入院費としてファーランに貰った金貨を渡し、その後僕とお母さんで経営していた宿屋を閉めた。
その後ろを、有り得ないぐらい不満そうな顔で付いてきているのがファーランだ。敵前逃亡した堕ちた勇者、その理由を僕はどうしても知りたい。
「本当についてくるの?楽しい旅行とか、そんな生優しいもんじゃないよ?」
「わかってます。魔物も出てくるでしょうしね」
魔物だけじゃない。本で見た限りでは険しい気候や嘘みたいな地形が山ほどある。少なくともただの子どもが生き抜いていける環境じゃないだろう。
「君死んじゃうかもよ?」
「あ、今丁度そのこと考えてました。奇遇ですね」
「き、奇遇って…」
すんごいオロオロしてる。最初に感じた勇者としての威厳も何も感じない。それだけ嫌なら断って逃げればいいのに、律儀にも僕の意志を曲げるよう働きかけている。
「脅してる訳じゃないけどさ、お母さん、心配するんじゃない?」
一番の問題はそれだ。
お母さんは今、気を失って、目覚めない状態らしい。よほど目の前でお父さんを殺されたトラウマが刺激されたのだろう。
しかしずっと目を覚さないわけではない。いつか目を覚ます。早ければ今日にだって。一応、お医者さんが言うには目覚めてもしばらくは入院が必要らしいが。
その時に息子が街を出ていました、なんて知ったら余計な心労をかけてしまう。今のお母さんに、それは酷い仕打ちだろう。
しかし、僕はファーランが何故逃げたのか。その理由を知らなければ前に進めないと、そう感じてしまったのだ。
それは僕だけじゃない。きっとお母さんもそうだ。
何故お父さんが死なないといけなかったのか。その全容を知ることがもしかしたら必ずしも幸せなことじゃないのかもしれない。それでもお母さんが立ち直るきっかけになれば、そう思う。
だから僕は。
「それでも、ついていかせてください。僕はあなたにお金を返さなくちゃいけない」
「いやそれ絶対建前でしょ…」
バレた。
▲△
早朝。
僕達は荷造りをして、城門の前に立っていた。
「さて、そろそろこの街を立つわけだけど、最後に」
ファーランが真っ直ぐこちらを見つめる。
「本当についてくるんだね。遊びじゃないんだよ」
「それ何回言うんですか。わかってます、僕は死んでもあなたについていく」
この数日で数えるのも億劫になるほど繰り返したやりとりをする。
大きなため息を吐いたファーランは、やっと僕の意志を曲げることを諦めたらしい。
「確認が済んだなら行きましょう。せっかく早起きしたのにここで時間費やしてたら馬鹿らしいですし」
「君、同じパーティだったルミネに凄く似てる。マイペースなところとか特に」
賢者ルミネ。
勇者パーティの一員として魔王討伐に赴いた英雄の1人だ。
「賢者様に似てるなんて光栄です」
「嫌味のつもりだったんだけどなぁ…」
そうこぼしながらファーランはトボトボと歩き出す。随分と閉まらない旅立ちだ。
「歩いてる間、暇だし自己紹介でもする?ほら、お互い名前ぐらいしか知らないし」
「逃げた理由でも教えてくれるんですか?」
「君、それしか興味ないのかい?もっと他にあるでしょ」
「例えば?」
「いや、ほら。趣味とか、特技とか…?」
疑問符を浮かべるファーラン。
どうやら何を言うか決めた上で自己紹介を提案したわけではないようだ。
ここ数日一緒に過ごす中で感じたことだが、ファーランは結構自由というか、すごく適当である。本当にあの魔族を瞬殺したのがこの人なのかと疑いたくなるほどだ。
「趣味はお散歩。特技はお茶を入れることです」
「おじいちゃん?」
「子どもに向かって何言ってるんですか」
確かに子どもっぽくはないが。
「私の趣味は読書、特技は魔力操作かな。ルミネにも良く褒められたよ」
「なんですか、魔力って」
「ありゃ、それすら知らないの?魔法とか使うのに必要なやつだよ。ほれ、こんな感じ」
そういうとファーランは手のひらを上に向ける。
その上には魔族が右手に集めていた何かがクルクルと渦を巻いているのが感じることができた。
「感じることはできるんだ」
「魔族に襲われた時と今の2回しか感じたことないですけどね」
「命の危機に晒されて目覚めたのかな」
ファーランが言うには、命の危機に晒されたことで魔力を感知する力が目覚めたのではないか、ということらしいかった。
そういうことは珍しくないようで、冒険者の半数は魔力を感知し、そのさらに半数は魔力を行使することが出来るらしい。
魔法というものがあることは知っていたけれど、魔力というものは初めて知った。騎士然り、冒険者然り、何かと戦う職に就いている人の間では常識らしいが、お父さんとお母さんから聞いたことすらない。
意図的に隠していたのだろうか。
「良かった、そこからやらなきゃいけないと思ってたから一安心だよ」
「何をやるんです?」
「何って、修行だけど」
…修行?
「修行って、なんのですか」
「うーん、自衛の?ほら、足手纏いいると私困るし、最低限強くなってほしいんだよね」
ファーランの言うことは最もだ。
たった1人だけとはいえ、無力同然の子どもを連れて旅をする負担はかなり大きなものだろう。そのことは考えてはいた。
しかし、あの魔族相手に見せた力量から考えて、なんとなく守ってくれるんだろうと甘く考えていたのだ。
「いつまでもおんぶに抱っこでいるつもり?少なくとも建前上はお金を返すために一緒にいるんでしょ。護衛雇うのってお金かかるんだよ。借金膨らんでくよー?」
ニヤニヤとこちらを見つめてくるファーラン。
イラッとくるが、言っていることは至極当然で、そもそも我儘で同伴させてもらってる以上、文句など言えるはずもない。
「あ、ちなみに借金が白金貨2枚分になったら帰らせるから。白金貨1枚で金貨100枚。元々金貨30枚借金があります。さて、あと金貨何枚分でしょーか」
「…170枚です」
「勇者1人を1日雇うお金。んー、まあ特別に金貨2枚でいいかな。さて、あと何日雇えるでしょーか」
「…85日です」
つまり、あと最長でも85日の間に自衛できる能力を身につけることが出来ないと帰らせる。そういうことだろう。白金貨2枚分、一平民が一生かかっても返すことが出来ない金額だ。それだけの譲歩をしてくれているのだ。
「真面目な話、いつまでも子守してられるほど暇じゃないしさ」
「…わかりました。白金貨2枚分の借金をした時点で、僕は帰ります」
覚悟を決める。
僕は彼女が逃げた理由を知るまで、帰るわけにはいかない。85日でその理由を知る。又は自衛する力を身につけて、理由を知るまで旅を続ける。必ずどちらかを達成してみせる。
お母さんを置いて、故郷を捨ててついてきたのだ。何も得るものもなく、ただ帰るわけにはいかない。
「改めて。ようこそ、勇者パーティへ。歓迎するよ、甘ちゃんboy?」
▲△
「さて、そろそろ暗くなってきたし、野営の準備しよっか」
あれからほぼ休憩なしで歩き続けるという苦行を強いてきた本人は、涼しい顔でそんなことを宣う。
厳しい旅を覚悟していたとはいえ、ただ歩くだけでこんなにきついものだとは想像もしてなかった。
「もう帰りたくなっちゃったかな?」
「…いえ、絶対に理由を知るまで帰りません」
「足なんてもうプルプルなのに、健気なもんだね」
そう言いながら野営の準備を進めるファーラン。
肩掛け鞄から次々と道具を取り出していく。ファーランが言うには魔道具という特別な鞄らしく、明らかに入り切らないような物が次々と出てくる。これのおかげで僕の荷物は腰につけてある水筒だけという、本当に旅に出ているのか疑問が湧くほどの軽装だった。
まあそれでも尚、もう動くことが出来ないほど疲労しているのだが。
「適当に乾いた木でも探してきてよ。火起こしはしてあげるからさ」
渋々了承をして、鉛のように重い足を引きずって近くの森に入り、見た目や触覚で判断しながら集めていく。
慣れてくるとそれなりに楽しさを感じるのは、初めてのことだからだろう。
今日は全てが非日常だった。
家族以外と街の外に出たのも、魔力というものも、こんなに長い歩行も。それだけでなく、歩いていく中で感じた様々なことが新鮮だった。
それと同時に段々と実感が湧いてくる。
自分はもう取り返しのつかない選択をしてしまったのだと。
お母さんとはもう会えないかもしれない。会えたとしても、数年も先の話になるかもしれない。
旅立つ前に感じなかった不安と謎の焦燥感。
本当についてきてよかったのか。今ファーランに頼めば元の街に戻してくれるんじゃないか。
頭を振る。
疲労から気持ちが落ち込んでしまっているらしい。木材も十分集まった。ファーランの元に戻ろう。
「おっ、頑張ったね。初心者にしては上出来だよ」
元の場所に戻ると野営の準備を済ませたファーランが待っていた。一つ一つの木材を確認し、何個か森の方に放り投げて、使える木材を空気が入るように上手い具合に組んでいく。
組み終わると鞄から取り出した何かでその木材に火をつける。それも鞄と同様に魔道具というものらしい。随分と便利な代物だ。
「はい、完成。あとはご飯食べて、そのあとは好きにすればいいよ。寝るなりなんなりね」
「誰か1人は起きてないとですよね。ファーランさんが起きててくれるんですか?」
「いんや。なんか危険なことがあったら勝手に起きるから大丈夫、大丈夫。伊達に長いこと旅してたわけじゃないわけよ」
「信じていいんですかそれ」
「失礼だなー、君。私はこれでも勇者だよ。そんぐらいはお手のものよ」
勇者とはそんな万能な言葉なのだろうか。
よくわからないが、起きてれる気もしないので信じることにした。
ご飯は硬いパンとスープ。貧相なご飯だなと思ったが、スープに野菜と肉が入っているだけマシなのだそう。
どんな疲労よりも、ご飯の味気なさの方が精神を削る、そんな気がした。
▲△
「あ、忘れてた。寝る前にちょっといい?」
味気ないご飯を食べ終わり、そのまま倒れるように寝ようとしたその時、ファーランが唐突に口を開く。
「なんですか?」
「君さ、武器なんもないじゃん?だから、はい」
そういって鞄から出されたのは、僕のお父さんの形見の剣と同じ大きさの剣だ。成人男性が片手で振れるほどの大きさで、子どもの僕には少し大きい。
「これから修行してく中で、得物は決めといた方がいいしね。それあげるよ」
ずっしりと重いその剣。柄の部分をよく見ると見慣れた包帯が巻かれている。あの時、壊れてしまったはずの剣、父の形見だ。
柄すらもなくしてしまったと思っていたが、ファーランが回収して、荷造りをしている間に鍛冶屋にでも頼んで直してくれたのだろうか。
「お金なんて払えませんよ。これの代金が借金に加算されるならいらないです」
「うわ、超疑われてる」
心外です、とでも言いたげな表情をするファーラン。
これで借金が膨らんで、はい解散とでも言われたらたまらない。それが例えお父さん形見であっても、ここまで来て帰りたくはなかった。
「そんな汚いことしないって」
「本当ですかね」
「君のお父さんの形見、馬鹿にしちゃったじゃん、私。だからせめてもの罪滅ぼしだよ。許されるとは思ってないけどさ、何もしないのは性に合わないから」
彼女なりに、気を遣った結果なのだろう。
壊れたのは彼女のせいではないし、馬鹿にした件も形見であることを知らなかったのだ。特に恨んでなどいない。それでも、気にして彼女なりに考えて、剣を直してくれたのだろう。
「ごめんね」
心底申し訳ないという顔で告げる彼女の顔は、ひどく幼く見えた。
「大丈夫です。そもそも僕も汚い剣だと思ってましたしね」
「…お父さんの形見だよね?」
「はい、そうです。お父さんの形見です。お父さんはお母さんが妊娠するまで、冒険者として活動してたそうです。僕が生まれるから、と今まで貯めていたお金で命の危険のない宿屋を開いたとお母さんが言ってました。冒険者の中には、そんな父を馬鹿にする人もいました。それに一切構うことのなかった、お父さんの形見です」
「…そう。素敵なお父さんだったんだね」
絞り出すように、ファーランはそう告げる。
「でも嬉しいです。もうなくしてしまった物だと思っていたので。本当に借金に加算されないなら受け取っときます」
暗くなってしまった空気を払拭するようにそう告げる。
「もー、疑いすぎだよ。大丈夫、嘘はつかないよ。それは元々君のものみたいなもんだしね」
「なら受け取っときます。ありがとうございます」
よし、と呟いたファーランはそのまま何も言わずに寝袋に入っていく。
僕もその後を追うように横に置かれている寝袋に入った。
お父さんの形見を馬鹿にしたことを申し訳なく思い、壊れてしまった肩身を直してくれた。やはりファーランが身勝手な理由で魔王討伐から逃げたとは思えない。怪我でもしてしまったのだろうか。しかしそれならば隠す必要などないだろう。わざわざ世界に恨まれてまで隠す理由が、何かあるはずなのだ。
彼女と旅をして1日目。
まだまだ何も分からないけれど、もっと彼女を知りたいと、そう思った。
年齢の割に聡いヨォ( ; ; )
気になります?