妖怪と暮らしてます。但し2m超え、ついでに男   作:吉凶未分

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第1話

 

 それは数年前の夏の日のことだった。

 屋根を叩く雨の音が煩わしく、ただでさえ鬱屈とした気分に、蹴りを入れられたのをよく覚えている。

 

 

 

 大人への道を半ばという歳、僕は両親を亡くした。

 盆帰りの土砂崩れ、衝撃で僕だけ外に投げ出され、両親を包んだまま崖を落ちる車、どうしようもない事故だ。君は軽症で済んで良かった。と人はいうが、それで全てを飲み下せるほど大人ではなかった。

 現実感もなく迎えた祖父母の家での通夜で、見上げた両親の写真は焼け落ちたように顔だけが僕には見えなかった。

 目を擦っても別の角度から見ても、何も見えない。綺麗な笑顔だと親戚のおばちゃんはいっていたが、僕には何も分からない。

 

 夢の中を歩くように浮ついた意識のまま、何時の間にかお坊さんの話は終わっていて、通夜に参加する大人達は挙って酒を飲み始めた。

 酒の場で僕の知らない父さんと母さんの記憶を話しているのがつまらなくて、可哀想にと僕を撫でる手が気持ち悪かった。

 

 だからトイレに行くといって抜け出した。暗闇の中に何処までも続くような気がした廊下を歩いて、着いた先はトイレではなくこの家で一番特別な奥の間だ。

 

 そこには一つの木箱が鎮座している。何時作られたかも怪しい古めかしい様相だ。

 中に何があるのかは知らない。おじいちゃんがいうには、助けて欲しいときに助けてくれるもの、らしい。

 へー、と聞き流していたが、中々どうして僕の記憶力も侮れないものでそれだけはしっかりと覚えていた。

 その記憶に縋り、時間をかけて漸く地に足が付きかけた僕は、助けて欲しいと思ってしまった。

 

 木箱に手をかけて、開けようと力を込めたとき。

 

──港

 

 聞き慣れた、母さんの声が僕を呼ぶ。

 勢いよく振り向いて右に左に目を動かすが誰もいない。

 耳を劈く雨の音だけが残されて、気の所為かと木箱に向かい合おうとすれば、また。

 

──港

 

 今度は父さんの声だった。

 心臓が弾む、耐え難い苦しさが迫り上がり、息が詰まる。

 

 目の前で死んだ筈なのに、顔すら見えなくなったのに。縋りたくなってしまう。

 

 もう一度、振り向いて何もなければそれでお終い。この声は気の所為だ。そう決めて、振り向こうとした。

 

 途端、香の匂いが鼻を突く。

 

 ふわりと大きな何かが目を覆い、まだ小さかった僕の体が大きな手に抱かれた。

 

「まず先に、其の方等にお悔やみ申し上げる。幼子を置いて亡くなるは気掛かりであろうな」

 

 怒りを抑え込んだ男の地を這う声は、僕を通り過ぎて襖の向こうへ突き刺さる。

 少なくとも先程までの式では聞いたことのない声だった。

 

「しかして、残滓に寄せられ死者の皮を被った者等よ。縄張りを侵すは我の方だ。謝罪しよう。だが疾く──」

 

 何をいったかは聞き取れなかったが明確な怒声が響き、空気が勢いよく頬を撫ぜて突き抜ける。

 背後の襖が落ち着きなく音を立てて撓み、次第に耐えかねて壁に叩き付けられた。実際に見た訳ではない。そんな轟音がした。

 

 そして空白の後、パッと目を覆う障害が退き、男の顔が見える。

 頭の上に立派な鹿の角を持つ大男、精悍な顔に僕を驚かさまいと柔らかい笑顔を浮かべていた。

 

「稲生の童よ。先のは……いや、遅れてすまなんだ」

 

 この時、申し訳なさそうに謝る男に僕は、罵声を浴びせた。

 

 さっきのは父さんと母さんの声だったのに何処にやった。怪物が。父さんと母さんを返して。

 

 あまり覚えておきたい記憶ではないため、うろ覚えではあるがこんな感じだったと思う。

 

 完全に八つ当たりだ。この男は悪くないのに、一度希望を抱いた子供は道理を理解せずに目の前の存在に当たり散らす。

 男の胸板を殴り、湧き上がる涙を堪え切れずに喚く。男は何もいわずに僕の癇癪を受け入れ続けた。

 

 暫しの後、僕はぐずぐずと鼻を啜るだけとなった。

 言葉に出して漸く地に足が着いたというべきか、今になって父さんも母さんもいないことを理解する。あの木の箱から起き上がって来ることはないし、僕の名前を呼び掛けることもない。将来の夢を話す僕を見て、笑いかけてくれることなんてないんだ。

 それらはこの人の所為なんかでは断じてない。

 

「ごめ……ごめん、なさい……っ」

 

 喉に言葉を詰まらせて、しゃくりあげながら謝る僕を困ったような笑顔で見つめ、わしわしと髪を乱して来た。

 

「童が気にするでない。お前の父母の姿を使って悪さをした者等が悪いのだ」

 

 子供には些か小難しい言い回しを使い、ゆったりとした語調で僕を宥める。その優しさにまた声をあげて涙が溢れた。

 止めたいのに止まらない。手の甲や平、着せられた喪服で拭うが追い付かず、ぼたぼたと男の黒い着物を汚す。それすら怒らずに僕の背中を撫でる。間近で泣かれているというのに。

 

 まあ、横についた鹿の耳を絞ってはいたから騒々しいとは思っていたのだろうけれど。

 

 一頻り泣いたあとずびっと音を立てて鼻を啜り、もう一度男の顔を見た。

 

「もう大丈夫か?」

 

 目を掻く素振りで溜まった涙を拭い、頷く。すると、そうか、と短く笑って僕を腕の中から放して立ち上がった。

 僕に合わせて膝を付いていたが、いざ見上げた男は予想以上に大きい。角が天井を擦り、居辛そうに首を前に出している。

 よくよく考えてみればこの異様な男は誰なのだろうか。誰かも分からない人物に泣き付いていたのを再認識したが今更警戒する気もなかった。

 

「おじさん、名前教えて」

山本(さんもと)だ。童の名前も教えてくれるか?」

「わらべ? あっ、ぼくのことか」

 

 稲生港

 

 そう、僕の名前を教えると男──山本は幾度か反芻して僕の目を覗き込んできた。

 横に伸びる黒い瞳孔にまじまじと見つめられ、体が固まる。怖いことなんて何もないのに腹から怖気が上る。頭に心臓があるんじゃないかと勘違いするぐらいに鼓動が五月蠅い。全身を巡る血が冷たく感じた。

 けれど声は上げなかった。

 

 どれ程時間が経ったか、ふと、似ているな、と呟いた山本は視線を切った。

 

「港、何か願いはあるか」

 

 唐突な質問に首を傾げる。

 意図は分からなかったが、子供という時分に願いなんて山のようにある。中にはどうやったって不可能なものがあるのも理解している。

 だから、一番に思い付いたのは横に置いて、こうお願いした。

 

「一緒にいて」

「相分かった」

 

 簡潔な二つ返事、正直僕にも何が何だか分からぬうちに僕は山本五郎左衛門という妖怪と暮らすことになった。

 どうやっておじいちゃんとおばあちゃんを説得したのかは謎だ。

 

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