第1話 始まりの君と
「はあ……はあ……」
アビドス砂漠のどこか。
カタカタヘルメット団Aは強いストレスを感じていた。二〇人ほどの仲間を引き連れて、物資の運搬をしている最中だった。
<アビドス高等学校>の自治区にほど近いこの辺りは、ほとんど人工物が無い。足がかりになるような拠点を設営するのも酷く手間のかかる作業なのだ。見渡す限りの砂の海。崩落したビル達が悲し気に半身を浸している。砂漠の下には捨てられた街が沈んでいた。
工場地帯は遥か彼方。物流も死んでいるから、何をするにも自分達で運ばなくてはならない。
だから、非武装の輸送トラックなどを見つけた時は良いカモだと思ったものだ。
「どうしてこんな事に……」
少し威嚇射撃をして、ビビらせてから積み荷を奪う。それだけのつもりだった。水や食糧、移動手段までは取らない。それは殺しと同じだからだ。
それなのに、その妙に新しい輸送トラックはカタカタヘルメット団から逃走を開始した。それ自体は良い。
カタカタヘルメット団は学校自治区から離れた生徒が結集した武装組織だ。傭兵などに近く、金を貰えば仕事もする。山賊などと呼称される場合もあった。
この砂漠地帯は慣れたものだ。だから単独で行動する妙なトラックを暇つぶしに追いかけることくらいは何でもないという判断だった。反対するものもいなかった。
それがいけなかった。
「おい、A! どういう事だ!? なんでこうなってる!?」
カタカタヘルメット団Bが詰め寄ってくる。
そう、狩る側だと思っていた少女たちは砂漠のど真ん中で遭難するハメになった。得体のしれないトラックのせいで、だ。
追跡開始から少しして、そのトラックは忽然と姿を消した。タイヤ痕も途中から消えて追えなくなった。
その時はまだ自分達をハンターだと思っていた少女たちは、足である武装車両から離れて周辺を探索する。近くに隠れている事は明らかだと思ったからだ。
それもいけなかった。
一〇分ほどして車両のもとまで戻ると、五両あった武装車両は完全に解体されて転がっていた。タイヤもホイールもドアもガラスも、バンパーもエンジンも全てだ。
燃料は抜かれて武器弾薬を燃やすのに使われた。残ったのは水と食糧のみ。
応援を呼ぼうにも、スマートフォンを始めとした通信機器は全て電子制圧されて使用不可。最後の連絡手段である着色した発煙弾は放火されている。
砂漠から抜けるには、あのトラックを奪うしかなくなったのだ。
それから何時間も捜索をした。日が暮れるまで、全員が休みなく動き続けた。
痕跡はゼロだ。
何人かが白い服を着た人影を見たと証言したが、足跡も何もなかったし、怖かったので蜃気楼のせいという事となった。
「遭難したんだぞ!? こんな砂漠のど真ん中で!」
カタカタヘルメット団BはAの胸ぐらを掴み、揺さぶってくる。確かに責任者はAだ。こうなったのは自分のせいかもしれない。
だが、Aは相手の胸ぐらを掴み返し、そのまま額を叩きつけた。お互いにフルフェイスのヘルメットを着用している。痛みは無いが派手な衝撃と音が辺りに響き渡った。
「うっ……」
「トラックを追おうと言い出したのはお前だ。追跡時に車の見張りを放りだしたのもお前。騒げば喉も渇くだろう。水まで無暗に使う気か?」
「だ、だが……」
「ここはカタカタヘルメット団の巡回ルートだ。我々が戻らなければ別動隊が探しにくる。水も食糧も問題ない。それまで燃やされなくて良かったな? 心配しなくても責任ならとってやる。それまでは無事でいたくないか? なあ?」
「うう……」
そろそろ日暮れだ。砂漠の夜は寒い。野営の準備を進めないといけないだろう。
そう思い、Bを乱暴に放してやったのと同じタイミングだった。
カタカタヘルメット団Dが何かを見つけたらしい。指をさして叫ぶ。
「あそこでなんかキラッてした!」
「なに!?」
「トラックの持ち主だ!」
「総員突撃ー!」
わー! と全員が突撃する。考えが浅すぎた。数分後、我に返ったAが戻ると砂場に何者かのメッセージが残されている。
『喧嘩はやめて、仲良く遭難しなさい』
説教文だった。
「…………!」
頭の中でブチりと何かが切れる音がした。カタカタヘルメット団は怒りに任せて何者かの捜索を続行する。
明け方には救助隊が来たが、彼女達は帰ろうとしなかった。結果として救助隊も同様の流れで遭難者に加わり、カタカタヘルメット団と白い蜃気楼の勝負は続く。
それは三日三晩かかる事となった。
◇
奥空アヤネから手紙を貰った四日後。私はアビドス砂漠にいた。というか三日三晩ここにいる。
お揃いのヘルメットを着用した女子生徒の集団から襲撃され、ここでゲリラ戦をする事になったのだ。相手が生徒である以上、怪我をさせるわけにはいかない。
スニーキングとハラスメントで撤退を促したが、相手にも根性があったらしい。救助に来た別動隊まで含めて遭難していた。新しい車両が来ては私に解体されて放火されるという連鎖。始めは二〇人前後だった集団も最終的には三倍近くまで膨れ上がる。
水と食糧には手を付けていなかったが、終盤にはそれも枯渇し、醜い奪い合いが発生していた。どうして助けを呼ばないのか疑問に思っていたところ、気を利かせたアロナが通信妨害をしていてくれたらしい。
「やっと帰ったか……」
泣きながら去っていくヘルメットの集団。フルフェイス越しからでも分かるほどの号泣だ。生きて帰れる事への喜びなのか、それとも私を捉える事が出来なかった悔しさなのか。両方かもしれない。砂漠で水分を無駄にするのは良くないと教えたかったが、いま会えば射殺されて終わりなので見送っておこう。
体の上に被せていた防塵シートを剥ぎ取り、立ち上がる。
ポキポキと骨が鳴った。酷い時は二〇時間以上おなじ姿勢だった事もある。キヴォトスの治安を甘く見ていた。
『先生、大丈夫ですか? 時間もそうですけど、体調も……』
「問題ない。メンチカツを食べたからな」
『それ、ミレニアムに行く前じゃないですか……』
流石の<シャーレ>メンバーも、今の状況の私を見て食事を疎かにするなとは言わないだろう。自分用の食糧を持ってくる事を忘れていた件は隠し通せばいい。
「それより、急がないと」
懐から手紙を取り出す。奥空アヤネから届いた物だ。
文面はこうである。
彼女が所属している<アビドス高等学校>は在校生五人のみの極めて小規模な学校であり、自治区内の人口もそれに比例して少ない。加えて、地域の暴力組織から校舎が執拗に狙われているのだという。
今までは何とかしてきたが、補給もほとんど絶たれ、限界が近い。そこで最近になって有名になってきた<シャーレの先生>へ救援を要請する事にしたのだという。
電子メールではなく、実際の手紙であれば悪戯を疑われる事も無く、本気度が伝わると思ったそうだ。
アロナに調べてもらえば、手紙に書かれていた事は事実らしい。
<アビドス高等学校>は数十年前まではキヴォトスの最大の自治区とそれに伴う戦力を有していたらしいが、災害が続いて人口が流出。現在の状況になってしまっている。
行政組織ともいうべき生徒会まで解散しており、どうして存続できているのか疑問なくらいの状況だ。
ただ、在校生五人の中に奥空アヤネが含まれている事も分かった。
嘘などではなく、純粋なSOS。私は<シャーレ>の輸送トラックに積めるだけの物資を詰め込み、出発する。そしてあのヘルメット集団に襲われたというわけだ。
地理に疎く、また車両の性能的にも振り切る事は困難と判断して応戦した。結果として三日三晩の持久戦となってしまったが、物資の枯渇したアビドスにヘルメット集団を連れて行くよりかは良いだろう。それだと最悪なファーストコンタクトになってしまう。
「アロナ、方角を教えてくれ」
『あ、あっちです』
「本当か。不安そうだが」
『大丈夫です! 地理データが古いだけですから!』
「……ここで終わりか」
『先生!』
少し離れた廃ビルに隠していた車両を引っ張り出し、移動を開始する。
そして、次の問題はすぐに起きた。タイヤのパンクだ。
「…………」
アビドスは砂漠に呑まれた自治区という事で、タイヤの空気圧を六割程度まで落としている。そうする事で地面との接地圧が向上し、砂場で動けなくなるという事態を未然に防止出来るからだ。
しかし、空気圧を落とした状態で普通の路面を走行すれば、タイヤのバーストに繋がる。アビドスには思いのほかアスファルトも存在していた。
ヘルメット集団との短いカーチェイスが原因となり、現在、助手席側の前輪から威勢のいい破裂音が起きたところだ。
『せ、先生……』
「大丈夫だ。問題ない。スペアタイヤくらいある。一つだけだが」
問題は車体を持ち上げるジャッキが使用できるのか、というところだろう。不安定な足場では事故の危険性があるし、そうなると私は死ぬ。車両重量の他、三トン近い物資まで積んでいるのだ。
命がけの作業となる。私はごくりと喉を鳴らした。唾液が枯渇して久しい。深刻な脱水症状だった。
背後でブレーキ音。
「…………」
「…………」
振り返れば、銀髪の美少女がこちらを見ていた。青地のマフラーに、標準的なセーラー服。頭頂部には犬に似た尖った耳がある。
乗っているのはロードバイクだろうか。バッグと白いアサルト・ライフルが積まれている本格的な二輪車だ。
活動的かつ神秘的な雰囲気の少女は、私の様子を怪訝な表情で見つめている。
「えっと……車が壊れたの?」
「ああ。タイヤがバーストした」
「ふーん」
「…………」
「大丈夫そう?」
「大丈夫だ。壊れたと言ってもタイヤ一つだけだし──」
残りの五つのタイヤも相次いで炸裂する。
「大丈夫じゃない」
「ん、見れば分かる」
「君は<アビドス高等学校>の生徒か。私は<シャーレ>の仕事で来た」
懐から奥空アヤネの手紙を取り出し、少女に渡す。それが何よりの身分証明になったのだろう。彼女からの警戒心が和らいだのが分かった。
「<シャーレの先生>だ」
「そう呼ばれている。君の名前を聞いてもいいか」
「砂狼シロコ。アビドスの二年生。<対策委員会>に入ってる」
<対策委員会>の名前は知らなかったが、在校生に出会えたのは奇跡だ。これで無事に物資を届けられる。
しかしながら、全てのタイヤが駄目になった以上、車をここから動かすことは出来ない。またどこかへ隠し、偽装工作を施した上で取りに来るしかないだろう。
「シロコは登校中か」
「ん、そう。戦闘の形跡があったから、確認しに来た」
「そうか」
「先生がやったの?」
「恐らくそうだ」
「装備は?」
「これだ」
持っているのはリボルバー式の拳銃と閃光手榴弾だけだ。どちらも使用していない。それを見たシロコが信じられないものを見る目を向けてくる。こいつヤバいと、そう思われているのだろう。もう慣れた。
「カタカタヘルメット団の連中が最近静かだと思ったら……」
「それよりもシロコ、他のアビドス生をここに呼んで来てほしい。今のままだと物資を届けられない」
「……先生はどうするの?」
「私はここで待つ。君は現地人で、ロードバイクを持っているんだからすぐ戻ってこられるだろう。それが一番良い」
「分かった。私が案内する」
シロコはロードバイクを停めると、輸送トラックを慣れた手つきで隠してしまった。
そうして私の手を引いて歩き始める。
「……話が上手く伝わっていなかったようだ。私はここで待つから、シロコは一人で学校に向かってくれ」
「先生の体力が限界。戻ってきた時に死んでたら嫌だし……」
「そうだ。シロコの言う通り私の体力は限界で、栄養失調と脱水症状も併発している。隠さず言うと、もう一歩も動きたくない。口の中もパリパリだ。喋るのもつらい」
「ん、でも久しぶりのお客様だから」
「シロコは会話が嫌いなのか」
仕方ないなあ、といった様子でシロコは自身のバッグを漁り始めた。そして中から一本のボトル缶を取り出す。キヴォトスでは有名なエナジードリンクだった。
渡される。ひんやりとした液体の感触。それだけでも生き返るようだった。
「あげる」
「いくらだ」
「タダ」
「嘘だな」
「ん、なら……あの物資と交換ってことで良いよ」
「あれはアビドスのものだ。私のものじゃないから交換条件を満たしていない」
「先生って面倒くさい」
ゴタゴタ言っていると缶ごと無理やり突っ込むぞと脅されたため、私は大人しくキャップを空ける。飲みかけらしい。なるほど。むしろ価値が上がった。シロコが焦り始める。
「あ、そういえば……」
私は気づいていないふりをしながら、ゆっくり缶を近づけた。
「こ、コップを……」
ぐい、と飲む。普段はただの水しか摂取していない私にとってエナジードリンクの刺激は余りにも大きかった。
何かあったのか、シロコがそわそわしている。私は気づかないふりを続行した。
「ありがとう。これで当面の危機は去った。シロコは私の命の恩人だ。この缶は私の方で処分しておくから安心してくれ」
「…………」
何か言いたい事でもあるのか、彼女は顔を赤くしてむすっとしている。しかし時間を無駄にはしていられない。私はシロコを促し、歩き始める。
足場はやや不安定だ。アスファルトの地面には亀裂や隆起、陥没が至る所に広がっている。そこに風で運ばれた砂が被さり、最悪な路面を完成させていた。もはや病人と読んで差し支えない状態の私には、辛いを通り越して責め苦だった。
シロコは慣れているのだろう。そんな所をすいすいと進んでいく。
「ここまでだいぶ苦労したみたいだね」
「ああ。<連邦生徒会>で保管されている地形データはかなり古いもののようだ」
本来ならここは大きな交差点があるはずだ。私の常識であれば人工衛星で撮影された情報をもとに地上のデータは更新されていくものだが、キヴォトスでは違うようだった。
数年で卒業していく学生が統治するという特性上、宇宙開発のような長期計画はそもそも認可されないか、頓挫しやすいのかもしれない。
「ここには街があったはずだ。砂漠化が進んでいるのか」
「ん、そう。市街地はあるけど、アビドスの郊外まで行かないといけない」
だから買い物も大変、とシロコは続けた。
女子高生にとって、ここの不便さは耐え難いものだろう。インフラにしても流通にしても、他の生徒が当たり前に享受できるものが無い自治区。だから人の足は遠のき、こうして過疎化が進んでしまう。
「そうか。私には想像も及ばないほどの苦労があると見える。頑張っているんだな」
「でも、皆がいるから楽しい。ここが私の居場所だから」
「居場所……良い言葉だ」
彼女を含めたたった五名の生徒によって<アビドス高等学校>は存在している。それぞれの負担が大きい事は想像に難くなく、誰か一人でも欠けたら瓦解しかねない。
だからこそ、家族のような強い繋がりが生まれるのだ。シロコにとっての居場所は、このアビドス以外に無いという事だ。
羨ましいと思う。
記憶の無い私は、何者でもなく、帰る場所もない。孤独に喘いでいるわけではないが、根無し草特有の不安感というものは拭えなかった。
「そうなの?」
「私には記憶がない。だから、シロコ達には当たり前の事が眩しく見えるようだ」
「…………」
「そう、私は記憶喪失なんだ」
このカミングアウトで相手が驚く事は織り込み済みだ。<シャーレの先生>を頼ってきた生徒が、この体たらくに失望するところまで含めて。
そのため、言いふらしているわけではないものの、協力する場合にはなるべく早く打ち明ける事にしている。後でバレるよりはダメージも小さい。
しかし、シロコの反応は私の想像と違った。
「本当に……記憶が無いの?」
「キヴォトスで目覚める以前のものはない」
「本当にほんと?」
「嘘をつく理由はないと思うが」
「……そっか」
なぜ嬉しそうなのだろう。
疑問に思ったが、会ったばかりで根掘り葉掘りというのも憚られる。エナジードリンクの件もあり通報の危険が高まるからだ。
他の話題を探そう。かなり歩いてきたが、景色がほとんど変わっていない。アビドスの住民なら無数にある砂丘を目印にして方角や現在地を見失わずに移動できるそうだが、私には絶対に無理だった。
「そういえば、アビドスまではどれくらいあるんだ」
「あと一〇キロくらい」
「…………」
自身の体力を測定……かなりギリギリのラインだ。エナジードリンクのおかげでなんとかなるだろうか。そう思い、歩き始める。
それが間違いだった。
砂狼シロコは頑丈なキヴォトス人の中でもかなりの肉体派で、一〇キロメートルくらいと言えばと五キロ程度の差は些末な物だと捉えているらしい。
自己診断通り一〇キロメートルを歩いた所で体力が尽き、私は産卵を終えた鮭のようにパタリと倒れて意識を失った。