先生「バキバキの記憶喪失」   作:地産地消

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第2話 対策委員会へようこそ!

 ◆

 

「はあ……」

 

 奥空アヤネはため息を吐いた。

 <アビドス高等学校>の一室。<対策委員会>が部室として使用している場所だ。

 既に集合時間は過ぎているのだが、五名の内の二名しか到着していない。個性的なメンバーが多いので珍しい事ではなかった。ため息の理由は別だ。

 アヤネが救援の依頼を出した、<シャーレの先生>。彼が行方不明なのだ。公式アカウントには四日前からアビドスへ出張するという予定が公表されており、それは今現在も続いている。

 更新は毎日定時にされているから無事なのだとは思うが、あらかじめ予約投稿されたものかもしれない。

 

 四日前だ。既に到着していて当然である。

 手紙にも記載した通り、アビドス自治区の治安は劣悪だ。辺境の市街地区は別だが、このアビドス校舎は毎日のように襲撃されている。周辺をカタカタヘルメット団と名乗る暴力組織が徘徊しており、住民も民間業者も近寄る事ができない。

 アヤネの予想であれば、手紙を呼んだ先生から電話なりメールなりで返事が来ると考えていた。地形データは数年前から更新されていないため、アビドス生の誰かが迎えに行く形で案内しようと思ったのだ。

 SNSの更新を見た時から連絡を続けているが、繋がる事はない。最悪な予想が現実味を帯びてくる。

 

「気にする事ないって、アヤネちゃん」

 

 アヤネと同じ一年生が言った。黒髪をツインテールにした、気の強そうな美少女だ。

 黒見セリカ。<対策委員会>で会計を務めている彼女は、その外見に違わない性格をしている。

 

「でも……」

「変な大人なんて信用できないって。こっちからの連絡にも出ないんでしょ? サボってるのよ、きっと」

「けど、カタカタヘルメット団からの襲撃が止んでるのは変だよ」

 

 <シャーレの先生>がアビドスへ向かうと同時に、カタカタヘルメット団からの襲撃がピタリと止まっている。今までほとんど毎日続いていた嫌がらせが、このタイミングで止むのはおかしい。

 

「戦闘があればこっちだって気づくし、連中だって殺しまではしないでしょ。相手は一応、<シャーレ>なんだもの」

「それはそうだけど……」

 

 先生に何かすれば、<連邦生徒会>が黙っていない。カタカタヘルメット団はこの辺りでは最大規模だが、それは田舎のアビドスだからこそだ。他の勢力と戦えば正面から叩きつぶされる。

 加えて、<シャーレ>には破壊のカリスマである狐坂ワカモが所属しているのだ。不良生徒達が先生を殺すという事は考えにくかった。

 

 そうなると、残るのは遭難の可能性だ。これが一番マズい。砂漠では慣れた住民でもなければ目印になるようなものもなく、流砂を起こす地帯も点在している。

 誰にも見つからず、孤独に命を落とす。それも、アヤネが助けを求めた相手が、だ。そうなれば間接的な人殺しだし、大勢の人に迷惑をかけてしまう。アビドスを助けてくれようとした人が、自分の出した手紙のせいで死ぬような事になったら立ち直れる自信がない。

 セリカが鼻を鳴らす。苛立っている様子だ。アヤネにではく、アヤネを落ち込ませている原因に怒りを抱いている。親友の性格は分かっていた。

 部室の扉が開く。

 

「ほら、ホシノ先輩。部室に到着しましたよ~」

「うへー。もう着いたのー?」

 

 現れたのは十六夜ノノミだ。

 アビドス高校の二年生で、腰にくっついているのは小鳥遊ホシノ。唯一の三年生で<対策委員会>のトップである、小柄な少女だった。

 セリカがさっそく噛みつく。

 

「ホシノ先輩! また寝坊!? 今がどんだけ大変な時期かわかってんの!?」

「わかってるよ―。朝ごはんの時間……」

「違うから! 補給が底をついて、<シャーレ>も来ない! またカタカタヘルメット団の連中が攻めてきたら守り切れないって話!」

「えー。でも最近は大人しいんでしょー?」

「だから、偵察に出なきゃって言ってるんだけど!」

「うへー。そうだねぇ」

 

 小鳥遊ホシノは穏やかを通り越した緩い性格で、部員の行動にも口を出すことは少ない。適当な言動も目立ち、セリカのような部員からは毎日のように尻を叩かれている。

 

「まあまあセリカちゃん。今は<シャーレの先生>を待とうって話になりましたし」

「で、でもノノミ先輩……」

 

 十六夜ノノミは包容力という言葉をそのまま形にしたような女性で、アヤネは彼女が怒ったところを今まで見た事がない。それでいて頼りになる先輩なので、セリカの勢いもここで落ちるというわけだ。

 

「まあねぇ、このままってわけにもいかないかー。シロコちゃんが来たら、さっそく会議を始めよっかなぁ」

「シロコ先輩、どこ行ったの? いつもならとっくに来てて、シャワー浴びてるはずなのに」

 

 セリカがそう言うと同時に、部室の扉が開かれる。入ってきたのは<アビドス高等学校>の二年生、砂狼シロコだった。

 何かを背負っている。

 <対策委員会>の全員が息を呑んだ。

 

「……!?」

 

 人だ。白い服を着た大人の──男性。ぐったりとしていて身じろぎ一つしない。

 死体……? 

 

「シロコ先輩!? 何それ!? 誰!?」

「先生」

「どこの!?」

「私たちの」

「はあっ!?」

 

 会話がかみ合わないまま男性が床に転がされる。

 アヤネは駆け寄り、簡単な身体検査をした。脈はある。呼吸もしている。しかし、かなりの衰弱状態のようだ。脱水と、栄養失調。外傷は見当たらないが、このままにしておけば間を置かず命に関わる。すぐに保健室まで運んで、点滴をした方が良い。

 アビドス自治区は凄まじい広さを誇るため、こうして他から来た人間が遭難してしまう事も珍しくなかった。この人もそうなのだろう。

 

「し、シロコ先輩……やっちゃったの?」

「え……? 生きているけど」

「わあ、シロコちゃんが大人を拉致しちゃいました~☆」

「おじさんは悲しいよ……よりにもよって<シャーレの先生>を拉致っちゃうなんてー」

 

 緊張感の無い三人がシロコをからかっている。アヤネは気が気ではなかった。

 ホシノの言った通り、この男性は<シャーレの先生>だ。連邦生徒会の制服を着ているし、首から下げた身分証には独立連邦捜査部の表記がある。

 

「ん、そうじゃなくて。先生はここから一〇キロくらいのところで遭難してたの。カタカタヘルメット団の連中から襲われて、物資を積んだ車両も故障してたから先に運んできた」

「へー? じゃあシロコちゃんがヘルメット団を追い払ってあげたんだ?」

「違う。先生が一人で追い払った」

「えぇ……?」

「三日三晩、ゲリラ戦をしてたって」

「わあ☆ やっぱり<シャーレの先生>ともなるとゲリラ戦もお手のものなんですね~」

 

 十六夜ノノミはのほほんと感心しているが、他の三名は引いていた。見たところ大した装備も持っていない人間が、カタカタヘルメット団を抑え込み、撤退にまで追い込んでいる。

 しかもシロコの説明によると、水や食糧もほとんど携帯していなかったらしい。ゲリラ戦の達人なのに? そんな疑問が湧いてくる。

 

「変な人じゃん」

 

 セリカの言葉を否定する部員はいなかった。シロコはその言葉に頷き、

 

「輸送トラックの回収を依頼されてる。タイヤはバーストしているけど、サイズは控えて来た。アヤネ、お願い」

「はい、ありがとうございます」

 

 シロコからタイヤを撮影した写真が送られてくる。側面には種類を示した印字があるからだ。

 備品係はアヤネが務めている。同じサイズのものはアビドス校の倉庫にあった。ホイールと合わせての交換となるので、準備に少し時間がかかるだろう。

 

「んじゃ、アヤネちゃんとノノミちゃんで出発の準備。シロコちゃんとセリカちゃんは先生を保健室まで運んじゃってー」

「ホシノ先輩は?」

「お昼寝だよー?」

「わかった。こっちの手伝いね。点滴はこっちで用意しとくわ」

「はい、わかりました」

 

 シロコは先生を、セリカはホシノを抱えて退室していく。

 アビドスの生徒は五人のみだ。この五人で支え合って暮らしてきた。阿吽の呼吸は当たり前だ。

 まずは輸送トラックの回収。こちらから向かうための車両も必要になるから、それも並行して用意しておこう。

 

 ◆

 

 砂狼シロコが先生を拾ってきてから三〇分ほど経過し、いま校舎に残っているのはアヤネ一人のみだ。

 他の四名は交換用タイヤと万が一の時に使用するウィンチを積んだ車両で、<シャーレ>輸送トラックの下へ向かっている。

 先輩らのナビゲートはアヤネの役目だ。寝込んでいる先生の看病もするため、保健室で待機している。

 

(大人の……先生)

 

 年齢で言えば二〇歳くらいだろうか。癖のある黒髪。度の入っていないだて眼鏡。電源の入らないタブレット端末とバッテリー切れのスマートフォン、そして時代遅れのリボルバーくらいしか携帯していなかった。

 到着したらしい四人の会話が聞こえてくる。

 

『見つけた。あそこ』

『……あの大人、こんなところで戦ってたの?』

『戦闘の形跡はほとんどありませんね~。燃やされた車両の破片があるくらいです』

『ここにいるとヘルメット団連中が戻ってくるかもよ~』

 

 一応、索敵用のセンサーを搭載したドローンを随行させてはいるが、予備の弾薬が枯渇している状態で戦闘は行いたくない。いつもよりも遥かに警戒しなくてはならないのだ。

 十六夜ノノミがんしょ、と三トン近い物資を満載しているトラックを持ち上げる。力自慢というと叱られるが、<対策委員会>で最も腕力に優れるのが彼女だ。シロコとセリカがタイヤの取り付け、ホシノは周辺の警戒についている。

 交換作業はすぐに終わり、車二両に分かれて帰還する。

 

『ホシノ先輩、カタカタヘルメット団はどれくらいいたのか分かった?』

『んー。車両の数からして五〇人くらいじゃない? 野宿していた形跡もあったよー』

『わあ、凄い! 先生は頼りになりそうな方ですね☆』

『頼りになりそうっていうか、怖くない? なんでそんなこと出来んのよ……何者?』

『ん、記憶喪失だから本人も良く分からないって』

『…………』

 

 シロコの言葉にまた全員が絶句する。それ自体は珍しいことではない。砂狼シロコは沈着冷静かつ眉目秀麗で、頼りになる先輩だ。しかし謎の行動力と倫理観を有しており、常識を軽々しく逸脱する事が多々あった。

 セリカがひくついた声で、

 

『じょ、冗談よね?』

『違う。先生から話しておいてくれって言われてる』

『……マジ?』

『マジ』

『うへー』

 

 驚くタイミングを逃したような感じがするものの、まだ動揺はあった。<シャーレの先生>が記憶喪失という発表は<連邦生徒会>から一切出されていない。初対面のシロコに対してそんな嘘をつくとも思えないから、公表されていない事だと推察できる。

 アヤネは不安になった。

 <アビドス高等学校>はカタカタヘルメット団による襲撃以外にも、無数の問題を抱えている。今までそれを、五人の生徒だけで対応してきた。

 

 誰も助けてはくれない。

 <対策委員会>などと名乗っていても、正式な認可すらされていない部活だ。だから、もう<シャーレ>に縋るしかないと考えて、決死の想いであの手紙を送った。

 その相手が記憶喪失。考えるまでもなく大変な状況だろう。誰かに手を貸している場合ではない。

 アヤネの願いは届かないかもしれない。ただでさえ死にそうな目に遭ったのだ。もう砂漠など見たくもないだろう。去っていく者を止められる理由は、この学校にはなかった。

 アビドスは、このまま砂に呑まれて消えていくのかもしれない。

 

「…………」

「……う」

 

 先生が目を覚ました。苦し気にうめくと、体を起こして周囲を確認した。頭についていた砂がぱらぱらと落ちる。彼は左腕の点滴を見て、

 

「……助かったのか」

 

 抑揚のない声でそう呟いた。九死に一生を得たような体験なのに、まったく嬉しそうではない。

 

「あ、あの」

「ああ……すまない。ここは」

「<アビドス高等学校>です。シロコ先輩が先生を連れて来てくれました。持ってきて頂いた物資も、回収したところです」

「そうか。なによりだ」

「あ! お水をどうぞ」

「ありがとう。いくらだ」

「お、お金はいりません」

「シャワーも借りたい。いくらだろうか」

「どうしてお金の事ばかり言うんですか……」

 

 いくらアビドスが借金に喘いでいるとはいえ、先生から金を取ろうとは思わない。

 謎の大人はコップの水を一口飲むと、ぼそりと訊ねてきた。

 

「……君はどうして泣いているんだ」

「え……。いや、泣いてません。そんなことはないです」

「確かに、砂漠で水は貴重だ。無駄にするべきではない」

「あの、校舎はちゃんと水道が通っています。先生はアビドスをなんだと思っているんですか」

「君の名前を聞いてもいいか」

「奥空アヤネです! よろしくお願いします!」

 

 マイペースな男だと思った。淡々としているようで、どこか愛嬌がある。こうして見た感じは砂狼シロコと似た印象を受けた。

 

「そうか、君が手紙の送り主か。到着が遅れてすまなかった」

 

 先生はこちらを真っすぐ見て頭を下げる。こちらの準備が全くできていないせいで虚を突かれたが、真摯な思いは伝わってきた。

 

「い、いえ。こちらこそお迎えにあがれなくてすみません。先生を危険な目に遭わせてしまいました」

「気にしないでくれ。砂漠の気候と路面を甘くみていた私の落ち度だ」

「…………。あの、カタカタヘルメット団に襲われていたんですよね……?」

「カタカタ……あのヘルメットを被った生徒達のことか。そこまで危険な集団ではなかった。もしそうなら私はここにいない」

 

 脱水と栄養失調で衰弱しているせいだろうか。先生はぼーっとした様子で淡々と言ってくる。

 サンクトゥムタワーの奪還からここまで、キヴォトスの話題を独占している人物だ。もっときっちりとした、いかにも大人! という人物なのかと思っていたがかなり違うらしい。

 きちんと応答出来ているのを見る限り意識ははっきりとしているのだろうが、武装した敵の近くで助けもないまま過ごすのは外傷以外のダメージを体の内外に刻んでくる。疲労や脱水もそうだし、ストレスだって相当なものだったに違いない。

 

「手紙に書かれていたアビドスの件で話をしたいんだが、責任者は君か」

「いえ、<対策委員会>の部長は小鳥遊ホシノ先輩です。今は回収作業中ですので、戻るまでは休んでいてください」

「……わかった」

「…………」

「…………」

「…………」

 

五分ほど経過し、

 

「駄目だ。眠れない」

「先生?」

「私はいつも決まった時間に就寝して決まった時間に起床している。もしくは眠らない。今は睡眠時間じゃないから自発的に眠ることができない」

 

 子供のような事を言い出した。

 

「もう……」

「アヤネはなにか趣味とかあるのか」

「先生! 子供じゃないんですから、きちんと休んでください。そうでなくとも体調を崩しかねない状態なんですから」

 

 先生は右腕にバイタルチェックの出来る電子機器を装着している。腕時計として使える他、温度や湿度の確認、脳波や脈拍、体温の測定機能がついたものだ。

 治療のため過去の記録を閲覧したところ、この先生の健康状態は酷いものだった。睡眠時間は言っている通りだが、食事などはまともに摂っていない事が分かる。休憩等もそうだろう。仕事ばかりで疲労が蓄積しており、カロリーを始めとした栄養は欠乏状態。

 そこから砂漠で三日三晩の遭難だ。放っておくと本当に死にかねない。

 アヤネは先生をベッドに押し込むも、相手に眠る様子はなく、こちらをじーっと見てくる。

 さらに一〇分ほど経ち、根負けした。

 

「……先生は記憶喪失、なんですよね。シロコ先輩から聞きました」

「そうだ」

「その、大変な時期にお呼びしてしまってすみません」

「快復の見込みは無いから気にしなくていい。迷惑をかけるとしたら私の方だろうしな」

「…………」

「むしろ、こんな人間がアビドスの力になれるのか極めて強い不安を感じている」

 

 先生は深刻そうな表情になった。

 だから、先ほどからソワソワと挙動不審なのか。納得したアヤネは自然と笑顔になる。しっかりとした大人の男性を想像していただけに、なんだか肩の力が抜けてしまった。

 ちょっと頼りないし、変なところが散見され過ぎるが、妙な気安さというか話しやすさはある。生き方に隙が多いからだろうか。

 杓子定規な役人タイプよりも、よっぽど良い。

 

「先生、皆が帰ってきたみたいです。点滴をもって移動しましょう」

「ああ。……ところで、点滴はいくらなんだ」

「…………」

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