先生「バキバキの記憶喪失」   作:地産地消

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第3話 放逐の危機

 ◆

 

 回収作業を終えた<対策委員会>の四人は、校舎に戻るなり荷解きに移った。目覚めたらしい<シャーレの先生>からの指示だ。

 車両を体育館につける。輸送トラックの荷台に張られたシートカバーを開き、小型コンテナに収められた物資をリレー形式で運び込んだ。

 中にはキヴォトスで広く普及している銃弾や爆薬の他、携行できる迫撃砲や対戦車兵器各種、ミレニアム製のセントリーガンや高性能の多目的ドローン、さらには電子兵装まで用意されていた。水と食糧もある。

 これだけ揃えるのに幾らかかるのだろう。少なくとも今のアビドスには絶対に無理なほどの装備の数々だ。

 

(請求されたりしないわよね……?)

 

 <対策委員会>で会計を務める黒見セリカは心配になる。アビドスの生徒はほとんどが穏やかで警戒心が低い。切り込み隊長の砂狼シロコが気を許しているせいもあって、先生を疑問視する生徒はいないように見えた。

 

「これ売り物じゃないよねー?」

 

 セリカと同じ疑問を小鳥遊ホシノも持っていたらしい。いつもはサボってばかりの昼行灯だが、ようやく最年長として振舞う気になったようだ、

 

「先生は『アビドスの物資』って言ってたから違うと思う」

「なら安心かー」

 

 シロコの言葉にあっさり納得したホシノにセリカはがっくりする。

 

「てか、普通に水も食糧もあるじゃん。なんで死にかけてたの」

「そりゃーアビドスの物資だからでしょー」

「ばっかみたい! 死んだら意味ないでしょ!」

「まあまあセリカちゃん。こうして物資は無事に届いたんですし、良いじゃないですか」

「ノノミ先輩……。でも、本当に信用できるの? 記憶喪失なんでしょ?」

 

 <シャーレの先生>は就任前から話題だった。

 あの連邦生徒会長が直々に任命した人物で、途方もない権力と莫大な予算を与えられた大人なのだから無理もない。記憶喪失というのも嘘ではないのだろう。

 なら、どうしてそんな人物に”先生”をさせているのか。仕事をする前に、しっかり治療をしてもらう方が良いに決まっている。

 第一、それだけの権限を持っているにもかかわらず、なぜ一人でアビドスに来たのかもわからない。護衛だって連れてこれただろうし、こちらに連絡する事もできたはず。衰弱死しかけた事もあって、セリカから見た先生はとても頼りになる大人には見えなかった。

 しかし、

 

「先生は信用できる」

 

 シロコが断言すると、もうセリカは何も言えなくなる。

 相手は頼りになる先輩だし、いつもアビドスの事を第一に考えている人だ。かなり変人だが、そこは確かだった。

 発言力も説得力もある感覚派なので、そこに納得できる理屈はない。シロコがそういえばそうなる。責任も取ってくれるから<対策委員会>で反対意見を言える者はいなかった。

 

「どうしてよ」

「先生はもう私たちのために命を賭けてくれたから。方法は変だったけど、良い人」

「ふーん、シロコ先輩って先生のこと好きなの?」

「うん」

「わあ☆」

「なに~!? おじさんの可愛いシロコちゃんが取られちゃうー!」

「セリカたちの事も好き」

「知ってるし! 私が言いたい事はそういうんじゃなくて……あ! 最新型の対人ドローン! キヴォトス中で品切れって話題のやつだ!」

 

 セリカが漁っていたコンテナから、ペットボトル大の装置が出てくる。センサーとプロペラ、爆薬が内蔵されていて、起動すれば体温を検知して対象まで近づき自爆するという代物だ。戦闘でも使用できるし、校内に設置しておけば侵入者の撃退にも使える。

 新しいもの好きな女子高生から大人気の商品だが、まだ流通量は少ない。

 

「これ、ノノミが欲しいって言ってたやつ」

「スーパーマーケットでも通販でも手に入らなかった物ですね。先生はこんな物まで支給してくれるんでしょうか」

「やっぱお金とか請求されるんじゃないの? それか、もっと別の支払い方法とか」

「…………」

「…………」

 

 ◇

 

「はい……はい、分かりました。先生にはお伝えしておきますね。……えっ!? そんなことは流石にないと思いますけど……き、訊いておきます!」

 

 シャワーを借りた私が部室に戻ると、奥空アヤネは誰かと通話しているようだった。こちらの姿を認識した彼女は少し警戒している。

 

「シャワーありがとう。洗濯機も助かった」

「いえいえ。セリカちゃん達、支給品の開封と戦闘の準備まで終えたそうで、今からこちらに戻ってくるとの事です」

「分かった」

 

 勧められた椅子に座り、二つ目の点滴パックをアヤネに処方してもらう。体の汚れを落とし、充分な水分と栄養を摂取したのでシナシナだった肉体が潤いを取り戻していくのを感じた。

 良く冷えた水を飲む。旨い。これも美食か。

 人口流出だの廃校寸前だのという情報から、日常生活もままならない状況を想像していたが、この校舎内はインフラがしっかりとしていて過ごしやすい。奥空アヤネの服装も清潔できちりとしている。思っていたよりも文化的な生活を営めているようだ。

 そのアヤネが警戒した様子で聞いてくる。

 

「それで……せ、先生?」

「なんだ」

「支給品の中にはかなり高価なものが含まれていたそうで……」

「そうだな」

「あ、アビドスの経済状況だとお支払いが出来ないかな~、と」

「シロコにも言ったが、あれはアビドスへの支援物資だ。対価を要求したりしない」

「金銭以外の支払い方法なども、ないですよね……?」

「金銭以外の支払い方法とはなんだか不明だが、何も要求しない」

 

 先生が生徒に対価を求め始めたら終わりだ。私が支払う事はあってもその逆はない。

 

「アビドスに在籍している生徒の情報は、前もって閲覧してきた。必要となるだろう機甲部隊への対抗手段と、拠点防衛用の装備を集めて来ただけだから、遠慮せずにつかってくれ」

 

 むしろ出発前にアヤネに確認を取った方が良かったのだろう。気がせって積込を急いでしまった。

 そうだ。連絡をしていればカタカタヘルメット団相手にゲリラ戦などしなくて済んだのだ。

 こちらの落ち度だ。私はシナシナになった。

 部室のドアが開き、四人が入ってくる。

 

「お待たせー」

「ん、先生、元気になった……んじゃないの?」

「もう少しお休みになった方が良いんじゃないですか?」

 

 私を助けてくれた砂狼シロコと、目を見張るサイズの胸部装甲をもった女生徒が心配してくれる。

 欠伸をしながら着席する小柄な三年生と、私に冷たい視線を向けてくる黒髪ツインテールの一年生も含めて、この五人が<アビドス対策委員会>だ。

 

「大丈夫だ。ありがとう。私の事よりも君たちの話を聞きたい」

「はい、それではさっそく会議を始めたいと思います。まずは簡単な自己紹介からですね」

 

 五人、といってもその内の二人とは既に話した仲だ。

 三年生で委員長の小鳥遊ホシノ、二年生の十六夜ノノミ、一年生の黒見セリカの順で挨拶を済ませる。

 それからアヤネは手元のノートパソコンを操作し、プロジェクターに映像を投影させた。アビドス自治区の全体マップだ。

 オフィスで見た情報と微妙に差異があるような気もしたが、今は黙っておく。

 

「まず、先生を襲ったのがカタカタヘルメット団。送らせて頂いた手紙に記載した暴力組織というのが、彼女らの事ですね」

 

 アヤネの説明によれば、<アビドス高等学校>は数十年前から続く天災の影響で、自治区の運営が極めて困難な状態にあるという。学校組織による自治がキヴォトスの規則である以上、生徒の数が減ればエネルギー事業やインフラ整備、物流に治安維持などを始めとした行政能力は低下する。そうなれば周辺住民もどんどんと去ってしまい、衰退に歯止めがかからなくなってしまったそうだ。

 そして、新しく人が入ってくる事も無い。

 私のような他所から来た人間が遭難して、命を落とす危険性が高いからだ。交通関係が回復しなければ、復興も難しい。

 

「カタカタヘルメット団についての対処だが、どう考えているんだろうか」

「ん、殲滅」

 

 シロコから即答された。

 当面の目的は武装集団の排除となるらしい。

 

「どれくらい前から襲撃されているんだ」

「んー。色々なところから不良生徒が入り込んでは撃退してを繰り返してるからねぇー。おじさんがまだ若かった頃からだからー」

「ホシノ先輩も大して年齢変わんないでしょ! カタカタヘルメット団が来たのは半年くらい前からじゃなかったっけ」

「ずっといますもんね~」

 

 私がゲリラ戦をおこなった際、あの暴力組織はかなりの物資を運んでいるようだった。実際に燃やしたからわかる。

 聞けば、<ヘルメット団>というのはアビドスにいる集団のみを指すのではないらしい。数々の分派が存在し、その一部が砂漠地帯に根城を構えて悪さをしているのだそうだ。

 

「敵の目標は校舎か」

「そうですね。アビドスはD.U.から近いですし、ここを占拠できれば良いアジトになるのだと言っていました。彼女らの本拠地はブラックマーケットらしいですから」

「なるほど」

「先生が隠したトラックの付近には燃やされた相手の物資があったので、そこからの予想ですが、カタカタヘルメット団はアビドス校舎への大規模攻勢を計画していたんだと思います」

「こっちは補給が途切れてギリギリだったからねー」

「籠城に対して兵糧攻めは基本」

「ノノミ先輩がいなかったら本当にヤバかったかも」

 

 二年生の十六夜ノノミが紅茶を用意してくれる。旨い。これも美食だった。

 

「でも、先生が来てくれたから一安心です☆ ありがとうございました」

「……。まだ、その場しのぎなんだろう。シロコが言うように、アビドスの自治区から追い出さないとまた同じ事になる」

 

 残念ながら、<対策委員会>の戦力がこれから増えるとは考えられないだろう。三年生のホシノは卒業してしまうし、今の状況では新入生にも期待できない。

 

「敵戦力の情報なんだが」

「はい。前線基地の位置は判明しており、構成員の数は一〇〇名前後。戦車等はなかったはずですが……」

「輸送していた物資の中には戦車砲弾もあった。一〇〇ミリと一〇五ミリ口径だ。あとは大型のロケット弾頭も」

「な、なるほど……」

 

 校舎の占拠が狙いだというからには、砲爆等による直接的な破壊行為はしてこないだろうという目論見だったらしい。実際、今までは練度の低い歩兵中心の銃撃戦ばかりだったそうだ。

 それも怪しくなり、アビドスはまた追い込まれた形になる。

 

「直近の危険であるカタカタヘルメット団を排除するとして、相手の動向が妙だ。半年以上経過した今になって、どうして戦車まで導入するのか分からない。加えて、口径から考えるに機甲戦力には幾つか種類があるんだろう」

 

 普通は統一するものだ。主砲のサイズが変われば、車体に関わる部品も変わってくる。有効射程も弾道も変わり、火器管制システムを搭載していれば交換が必要となる。砲手もそれに応じて習熟しなくてはならないから、敵部隊の規模を考えると非効率的なのだ。

 どこかから戦力をかき集めてきたようにも見えるが、違うかもしれない。なんにせよ、相手は何かを焦っている。

 

「…………」

 

 いまいち相手の意図が読めなかった。ブラックマーケットからD.U.への足掛かりとなる拠点をアビドスに築きたいなら黙ってそうすればいい。

 現状の<対策委員会>は五名しかおらず、超広大な自治区をカバーできる力は絶対に無い。校舎を狙うから防衛されているだけだ。既に前線基地を設営し、流通路も確保している状態で立地的に旨味のない校舎を襲撃し続ける理由があるのだろうか。

 校舎そのものが欲しいのなら乗っ取ればいい。武器ではなく転入届を持ってくればいいのだ。数十人単位で転入すれば学校の実権を握ることができる。今は解散しているようだが、正式な手続きを踏んで生徒会を発足させれば、この五人も抗えない。

 不明慮な目的に、謎の戦力増強。

 

「ハッキリさせておきたいんだが、<対策委員会>の皆が私に望むのは、カタカタヘルメット団の排除を含む治安の回復と、新入生の誘致等の復興への協力で良いんだろうか」

「そ、そうです。ですよね? ホシノ先輩」

「んー、そうだねー」

「分かった。私に出来る範囲で協力したいと思う」

 

 復興関係はともかく、カタカタヘルメット団の排除はそこまで難しくなさそうで安心していた。<対策委員会>メンバーの実力は不明だが、現状の独立連邦捜査部メンバーで充分に鎮圧できる。ブラックマーケットに関わりがあるらしいのも良いポイントだ。

 だが、私の反応が思ったものではなかったらしい。アビドスの生徒達は驚いた様子で固まっている。

 

「……い、良いんですか?」

「もちろん。困っている生徒達のために<シャーレの先生>が存在しているんだ」

 

 そう言った瞬間にわっ、と歓声が上がって少し怯む。小鳥遊ホシノと十六夜ノノミが黒見セリカに両側から抱き着いている。

 

「良かったです……!」

 

 アヤネに至っては涙すら滲ませているほどだ。協力すると言っただけでここまで喜ばれるものだろうか。私は物資を持って来たとはいえ、砂漠の真ん中で遭難しアビドス生に車両を取りにいかせ、自分は治療を受けてシャワーを浴びていただけなのに。

 どちらかというと迷惑をかけている気がする。そんなダメ人間相手にこの様子なのだから、本当に五人だけで今までやってきたのだろう。

 

「…………」

 

 私は急速に不安になってきた。

 家族ともいえる深い繋がりを持つコミュニティに途中参加する事の危険性を、全く考慮していなかった。

 仲間外れにされたらどうしよう。役立たずの烙印を押されて追い出されるかもしれない。物資を定期的に送るだけの関係に陥る可能性が極めて高いのではないか。

 安請け合いしてしまった気がする。

 

「先生、顔色が悪いけど大丈夫そう?」

「大丈夫じゃないかもしれない」

「具合悪い?」

 

 椅子に座っている私と視線を合わせるためだろう。シロコは膝に手をつき、覗き込むように窺ってくる。透き通るように整った顔立ちには、純粋な心配が浮かんでいた。

 

「具合は……これから悪くなるんだ、きっと」

「また変なこと言ってる」

「ちょっと! ホシノ先輩もノノミ先輩も離れてよ! 暑いから!」

「セリカちゃん……私、安心したよ~」

「三人目も来た!?」

 

 セリカを中心に美少女たちが抱き合っている。私は閃いた。この場面を撮れば新入生も来るのではないだろうか。良い値段になるだろうし、財政に貢献できる。

 

「シロコもあそこに混ざったらどうだ」

「あんまり……人前でする事じゃないから」

「私とはあんなに密着したのにか」

「もうしない」

「どうしてだ。快適だった」

「……匂いとかの問題もあるし」

「それも含めて快適だった」

「…………」

「あそこの二人ヤバい会話してる!」

 

 真っ赤になったセリカが指をさしてくるが、私にはヤバいというのが何のことか分からなかった。

 

「せんせ~☆、女子高生におんぶしてもらって快適だったんですね?」

「そうだ」

「変態じゃん」

「変態じゃない。シロコも喜んでいた」

「喜んでない。エナジードリンクの缶、返して」

「絶対返さないが、その話はまた今度しよう」

「先生、まさか飲みかけを……」

「違う。ところで、写真を撮りたいから皆で抱き合ってもらっていいだろうか。これからに役立つ良い案が浮かんだんだ」

「……こいつ、砂漠に放り出した方が良いんじゃない?」

「うへー、おじさんも手伝っちゃおっかなー」

 

 一見して四面楚歌のようだが、穏やかな空気が流れる。

 それを外からの銃声が切り裂いた。

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