先生「バキバキの記憶喪失」   作:地産地消

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第5話 オリジナル笑顔

 カタカタヘルメット団の捕虜たち全てから事情を聴き終えた頃には、すっかり日が暮れていた。

 最初のグループから”依頼主がいる”という情報を得られたため、少し揺さぶると他の捕虜たちも次々と口を割っていった。他の誰かが自白したとなれば、どれだけ固めた抵抗心でもあっけなく崩れ去るものだ。

 おおよその敵戦力、直近の作戦目標、そして黒幕の存在が明らかになった事で<対策委員会>の活動にも方針をつけやすくなるだろう。

 すっかり冷たい目を向けられている私だが、十六夜ノノミは変わらず温かく穏やかな笑みを向けてくれる。

 

「先生」

「なんだノノミ」

「捕まえた不良生徒たちをどうにかするおつもりなんて、最初からなかったんですよね?」

「もちろんだ」

 

 かゆみパウダーは本当に持っているが、無力化した生徒達に向けて使用するのは倫理に反する。尋問や拷問についてもそうだ。訓練を受けていない相手だったら、口を割らせるのは難しくない。そう実例をもって証明したつもりだったのだが、どうしてか危険人物のように扱われていた。

 少し不服だ。

 

「ん、口を割らせるコツを教えてほしい」

「相手に疑心暗鬼を植え付けて不安感を煽るんだ。人生を根本から否定されればほとんどの人間は正気ではいられない」

「せんせ? 具体例を見せた後に危ないレッスンを始めるのはやめてほしいなー」

「でも、私も興味あります! 先生は無表情ですから、本当にやりかねないと相手に思わせられるんですね!」

「ほらー、ノノミちゃんまでー。おじさんは心配だよ、うちの可愛い二年生が二人とも悪い大人に毒されてる……」

「私って怖いのか」

 

 窓に映った自身の顔を見る。確かに能面のような無表情だ。声にも抑揚がないと言われる。

 先生として、数多の生徒と接する身としてこれは不適格だろう。改善するべきだ。

 親近感を抱いてもらえなければ、生徒達だって心を開けない。生徒から心を開いてもらえない先生は不要だ。

 

「ノノミ、笑顔を教えてくれ」

「えっ? わ、私ですか?」

「君の笑顔は周囲を安心させる。私も癒やし系になりたい」

「な、なるほど……」

 

 ノノミの笑顔にひきつりという不純物が混じる。

 

「難しい事はありませんよ。ほらこうして、にぱー✩」

 

 両手の人差し指を頬に当て、笑顔を作るようだ。理想的な笑顔を作り、表情筋の形状を記憶すれば次から模倣できる。

 さすがノノミだと関心しながら同じようにした。

 目を見開き、頬に手を当てて口を閉じたまま限界まで口角を上げる。

 

「にぱー」

「わあ」

「うわ……嘘でしょ、怖すぎ」

「……!」

 

 ノノミ、ホシノ、シロコの順で反応があった。

 講師である十六夜先生の笑顔に明確な亀裂が入る。ホシノは最も酷く、ドン引きしていた。昼行灯の仮面が外れるほどの威力だったようだ。

 

「先生、セリカちゃんがいなくてよかったねー。見られてたら人生を根本から否定されるところだったよ」

「れ、練習あるのみだと思います」

「……シロコはどうした」

「べ、別に……!」

 

 砂狼シロコことコードネーム・ホワイトファング465はこちらに背を向けて肩を震わせている。

 疑問に思った私は回り込もうとした。

 

「シロコの感想を聞かせてくれ」

「ふ……!」

「どうしたんだ。様子がおかしい」

「やめて……!」

 

 正面へ回り込む度にシロコは背中を向けてくる。かなりの距離を彼女の背中で過ごした私にはむしろ安心感しかないが、小鳥遊ホシノと十六夜ノノミは不満気な表情になっている。

 

「なんだ、二人とも」

「いやいやー。シロコちゃんがそんなに笑うとこ、おじさん初めて見たからさー」

「ちょっと妬けちゃいますね~。先生と会ってから、まだ一日しか経ってないのに」

「ホシノは怒ってるのか」

「んーん。怒ってないよー?」

「笑顔が不自然だぞ。ほら、にぱー」

「それやめて」

 

 ホシノからガチ目に言われて私は真顔になった。

 

「二度としないで」

「はい……」

 

 そう言いながら、シロコにオリジナル笑顔を向けて行動不能にする。理由は不明だったが効果は抜群だった。

 そんなことをしていたら<対策委員会>の部室に到着する。

 

「あっ……」

 

 アヤネと楽し気に談笑していたセリカが、私の姿を認めて顔を引き締めた。見たからに不満気なものになる。

 笑顔の出番だ。

 

「あの笑顔は禁止」

「はい」

 

 委員長から釘を刺されては仕方ない。渋々ながら着席する。ノノミがすぐに紅茶を淹れてくれた。配膳係は彼女の担当らしい。美味だ。いくらなのだろうか。

 カタカタヘルメット団の襲撃で中断されていたが、<アビドス高等学校>の現状について説明の途中だった。

 治安の回復及び、来年からの新入生獲得にむけて話していたところだったはずだ。

 

「ヘルメット団からの聴取は終わったんですか?」

「ええ、先生のおかげで」

「一年生組を連れてかなくて良かったよー。色々と刺激が強かったからねー」

「え? 何があったの?」

「……ふっ」

「なに? なんでシロコ先輩が笑うの?」

「先生のせいかなー」

 

 ぎろりとセリカから睨まれる。私に動揺はなかった。皆からそうされている。もう慣れたものだ。

 紅茶を飲もうとするが、少しカップが震えていて苦労する。

 

「カタカタヘルメット団の大まかな規模と、半年前からの襲撃には依頼主がいる事がわかった」

「本当ですか!?」

「…………」

 

 アヤネは大きく喜び、セリカは不審げな顔になる。しかし同行していた先輩三人が異議を申し立てないのを見れば、信じるしかない。

 説明役をホシノに交代し、聴取の内容を話してもらう。

 カタカタヘルメット団の人員はやはり一〇〇人ほどで、時期によって若干前後する。他のヘルメット団から応援を頼まれたり学校の行事に参加したりするためだ。

 

 ほとんどの構成員は学校を退学、休学、無断欠席して不法行為に手を染めている。幹部クラスになると赤いヘルメットを装着することを許可され、<シャーレ>輸送トラックを襲った集団にその幹部クラスが確認されていたこと。

 

 装備は今までの対アビドス戦で使用されていた通り、小銃や手榴弾、軽装甲車といった歩兵用の装備のみだったが、最近になって戦車や自走砲等の大型兵器が納入されている。どれも”依頼主”からの支給品だ。

 輸送トラックを襲った時はそれらの新兵器用物資を移送途中だったから、誰かに燃やされて大変な事になっている最中らしい。

 それをカバーするために幹部クラスは前線基地を留守にしている。

 

「つまり、カタカタヘルメット団の裏にアビドスを狙っている奴がいるってこと?」

「依頼主については……」

「ブラックマーケットの仲介人経由だったって。その仲介人も、どっかの仲介人を経由しているだろうねー」

「追えないですか……」

 

 明るくなっていたアヤネの表情が曇った。

 カタカタヘルメット団を撃退すれば、とりあえず襲撃をやめさせる事ができると考えていたのだろう。黒幕を倒さなければ、根本的な解決にならない。

 

「問題はそれだけじゃない。先生のおかげで遅れているけど、ヘルメット団の連中はここを本格的に落とそうとしてる」

「本当に良いタイミングで来てくれたね、せんせー」

「…………」

「あの笑顔禁止っ」

 

 不服だった。今のはフリではなかったのか。

 

「それでね、敵の戦力と指揮官の不在が分かってて、しかも三割近い戦力を減らした直後。こっちは補給が済んでて何より先生の存在がバレてない。攻めるなら今しかないかなーって思うんだけど」

「ん、反転攻勢」

「わあ、反撃開始ですね!」

「それ良いじゃん! ずっとやられっぱなしだったし、やっとボコボコにしてやれるチャンスだわ!」

 

 ここに攻め込んできたカタカタヘルメット団は弾薬をほとんど持ってきていなかった。物資の枯渇が目前だったのだろう。ストレス解消と目的の達成を兼ねて、無理やりな攻撃を仕掛けてきた。

 敵の前線基地はここから三〇キロほどの場所だ。車で行けば三時間程度だろう。

 しかも、ヘルメット団は<アビドス高等学校>の廃棄された旧校舎を根城にしているから、こちらには詳細な地形データまである。

 絶好の攻め時といえばそうなのかもしれない。

 

「…………」

 

 しかし、不安もある。

 それはカタカタヘルメット団の練度だ。不良学生が組織の皮を被って活動しているだけの、なにもかもお粗末な集団だった。烏合の衆そのものである。

 

 しかし彼女らに依頼をした黒幕は半年間……恐らく、それよりも前から雇用した武装集団に資金と装備を供給し続けている。息切れするどころか更に装備を拡充するほどだ。かなりの力を持っていることは明白で、それほどの”誰か”があのカタカタヘルメット団を使い続ける理由が分からなかった。

 

 <対策委員会>がどれだけ強かろうとも、やはりたった五人の学生で構成される組織である事に変わりはない。半年間かけた資金を使い、もっとマシな者をもっと大規模に雇う事もできたはずだ。

 なぜ、カタカタヘルメット団によるアビドス襲撃にこだわったのか、その理由を突き止める必要がある。

 

「先生? 考え事ですか?」

「上の空だったんでしょ。さっきからぼーっとしてたし」

「セリカは私を良く見ているんだな」

「はー!? 見てないから!」

 

 セリカが顔を真っ赤にして否定し、ノノミがほんわか笑顔になる。

 

「それで、先生? カタカタヘルメット団への反撃なんだけどー」

「うむ」

「顧問としての意見を聞きたいかなーって」

「賛成しよう」

 

 今は日が暮れて、辺りが暗くなってきた。これから準備をして向かえば、到着する頃には夜襲にちょうど良い時間になる事だろう。敵の寝込みを襲えるかもしれない。

 

「捕まえたヘルメット団連中はどうすんの?」

「拷問担当の先生に訊いてみよー」

「拷問担当ではないが、今回の作戦を終えたら解放して良いと考えている」

 

 もう情報も持っていないだろうし、前線基地が陥落すれば、その呼び水となった彼女らは冷遇される。アビドスには捕虜を長期にわたって確保していられる余裕もない。

 

「奇襲は良いが、皆の体力は大丈夫なのか」

「問題ない」

「これくらい平気!」

「<対策委員会>は丈夫な娘ばかりですから☆」

「私としては、先生の体調の方が心配ですけど……」

 

 私の主治医である奥空アヤネ先生は、まだ点滴が不足していると考えているようだ。

 

「大丈夫だ。四割くらいは絶好調だからな」

「はい、絶好調の定義について後で話し合いましょうね。本当なら止めたいところですが、ちゃんとした指揮官は必要不可欠ですし、今回ばかりはお願いします」

 

 主治医からの承諾を得られた事で、私の参加も決定する。

 アヤネ先生は悩ましいとばかりにため息を吐いてから、敵前線基地の情報を表示した。

 

「では、このまま作戦会議に入りますね。カタカタヘルメット団の前線基地である、アビドスの第二七分校校舎の地形図を基に、奇襲作戦を計画したいと思います」

 

 かつての<アビドス高等学校>はキヴォトス最大の規模を誇る自治区を有していた。広大な自治区には本校舎の他に複数の分校があり、天災による人口流出と規模の縮小に伴い、主要施設の移転を繰り返してきたそうだ。

 今回襲撃する予定の建築物もその一つで、廃棄された建物をカタカタヘルメット団がそのまま使用していると、聴取した内容にあった。

 

 距離はここから三〇キロほどで、ブラックマーケットに向かった指揮官に二〇人近くが同行したそうだから、基地に滞在しているのは全体の半分近い五〇人前後。

 見張りはいるだろうが、闇夜に紛れて襲撃する事は充分に可能だ。

 

「アビドスの戦力で脅威となるのは、歩兵よりも装甲兵器だ」

 

 <対策委員会>のメンバーは重装甲高火力長射程の地上兵器に対して、有効打を持たない。

 小鳥遊ホシノは散弾銃、砂狼シロコと黒見セリカは突撃銃で対歩兵に対応した装備だ。

 唯一、十六夜ノノミだけは回転式多銃身機関銃を持っており、戦車クラスの装甲も貫徹できるが、射程距離が足りておらず接近には危険が伴う。

 

 サンクトゥムタワー奪還作戦の折はタンクキラーである羽川ハスミの存在や、七神リン指揮下のヴァルキューレ本隊がいたから容易く捻れたが、基本的に歩兵で戦車を制圧するのは避けた方が良い。

 手榴弾を流し込め等というのはごめんだ。こういった作戦では最初に潰しておいた方が良い。

 アビドスで足りていない物があるとすれば、狙撃手や砲兵といった長い射程を持った人員だ。戦うのであれば、ここをケアして<対策委員会>の得意とする近中距離での殴り合いへ持ち込むのが理想である。

 

 第一破壊目標は戦車や自走砲となるだろう。幸い、対戦車兵器群は<シャーレ>支給品の中にあるので数両くらいは問題ないはずだ。

 そう話す私をホシノはじっと見ていたが、特に冷やかしたりもせず何も言ってこなかった。

 

「校舎の敷地内には幾つかの倉庫が点在している。いずれかが戦車等を納めていて、他は弾薬庫や補給品貯蔵庫だ。敵主戦力が控えている校舎そのものより、こちらを優先して攻撃するべきだと考える。私からは以上だ」

「ありがとうございました。どなたか、ご意見や質問のある方は……はい、シロコ先輩」

「戦車とその弾薬は鹵獲したい」

「確かに、もったいないもんね」

 

 敵前線基地の襲撃を目的とした作戦会議で、もったいないという言葉が出てくるとは思わなかったが、確かに一理ある。相手の戦力を鹵獲する事は戦略上、極めて有効だ。

 

「た、ただ、中断前の会議で話があったと思うが、敵戦車には複数の種類があると考えられる。鹵獲したとして、維持をしていくコストも考えた方が良いかもしれない」

「選り取り見取りって事ですね☆」

「違う」

「えー、何にしよっかー」

「全部盗って、いらなかったら売ればいいじゃん」

「楽しみが増えた」

 

 アヤネ先生と私を除く四人がにわかに盛り上がる。完全な皮算用だった。遠まわしに鹵獲は遠慮して欲しいと言ったのだが、どうしてか全て盗もうとしている。

 加えて、危険な作戦なのにこのテンションだ。恐怖したり緊張したりする場面ではないのだろうか。油断や慢心ではなく、シロコが言うように襲撃を純粋に楽しんで計画しているように窺えた。

 やはり、キヴォトスの常識はまだ私の遠くへあるようだ。

 私の制服の袖をアヤネ先生がくいくいと引っ張ってくる。

 

「先生、鹵獲が現実的ではないのも分かりますが、敵戦力の出所を探るには効果的かもしれません」

「なるほど。確かにそうだな」

 

 考えてみれば、サンクトゥムタワー襲撃にも謎の戦車部隊が参加していた。あれは<カイザー・コーポレーション>傘下の民間軍事会社だったようだが、破壊されたパーツを調べたらブラックマーケット由来のものだと判明している。

 それと同じように、カタカタヘルメット団に戦力を供給している者について調べられるかもしれない。

 

「…………」

 

 しかし、だ。戦車や自走砲を盗むとして、それが可能かは現地に行かなくてはわからない。起動に必要な物がそのままになっているか不明だし、そもそも物資不足で動かないかもしれない。

 現地に行ってから、流れに任せて判断するには危険が伴う。下手をすれば奇襲がバレて包囲されるかもしれないのだ。<対策委員会>最大の弱点はいつだって頭数である。

 生徒を危険に遭わせる事には強い抵抗があった。その危険をわざわざ増やすのにも同様の抵抗がある。しかし私は部外者で、あくまでこれはアビドス生たちが決める事だ。

 それを尊重するべきなのだろう。

 

(いざとなればアロナや”カード”もある)

 

 あまりフェアではないから遠慮しているが、私にはアロナを含むオーパーツの力がある。もしもの時はこれを使うしかない。

 与えられただけの力を。

 

「先生。いいの?」

「反対はしない。だが、戦場での軽はずみな行動がアビドスの皆を危険に晒す可能性がある。余計なお世話だと思うが、それを常に意識して行動してくれ」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

 

 シロコと私を除く全員が呆気に取られている。

 

「なんだ」

「いやー、急にまともなこと言うから、おじさん驚いちゃった」

「そうですね~。そういえば大人の方でした」

「…………」

「し、<シャーレの先生>ですもんね。忘れがちですけど」

「忘れがち……」

 

 私が彼女らと出会ったのは今日が初めてなのだが、どうしてかもう役職を忘れられている。私から<シャーレの先生>という要素を取ったら、記憶喪失を患ったただの不審者になってしまう。

 ともあれ、これで大まかな作戦の流れは決まった。

 準備をして休憩を取り、出発をしよう。

 小鳥遊ホシノ委員長の号令で、それぞれが動き出した。

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