先生「バキバキの記憶喪失」   作:地産地消

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第6話 反転攻勢

 敵のアジトに到着し、砂狼シロコと共にスニーキングをおこなっている。

 他のメンバーからは、体調不良の私が威力偵察及び潜入工作の任務に就く事を批判する声も挙がっていた。

 しかし倉庫の中身に細工する係の他、見張り員の無力化やブービートラップの設置、退路の確保と開始前にやる事は無数にあるのだ。

 銃弾一発で他界する虚弱体質だからといって、サボって良い理由にはならない。

 

「先生、こっち」

 

 シロコのささやき声を辿って暗闇を移動する。彼女はこの旧校舎に詳しいらしい。ライトも使わずにすいすいと歩いていく。私は持ってきたバッグから、タイマー付きのプラスチック爆薬を順に設置していった。無線で起爆するタイプは値段が張る上に信頼性で劣るからあまり使いたくない。

 見張りは校舎の内部にいるようだ。歩哨の姿は無い。警備用のセンサーや地雷も無い。今まで攻められたことが無いからと、警戒を解いているのがありありと分かった。

 三つ目の倉庫の裏口から中へと入り、そこで目当ての物を発見する。

 

「あった」

 

 索敵を済ませたシロコの後に続くと、そこには一両の主力戦車が鎮座していた。

 ラムセス2型。やや古いタイプのようで、一〇〇ミリ口径のライフル砲を装備。旧式の均質圧延鋼装甲を採用しているせいで戦車用の徹甲弾にも成形炸薬弾にも脆弱、それでいて重い。サンドカラーに塗装されている。

 整備状態も余り良いとは言えないようだ。管理はずさんで、中へと入るためのハッチには南京錠すら設けられていない。

 

「シロコは動かせるのか」

「ん、もちろん」

「そうか」

 

 リンから聞いた通り、キヴォトスの生徒達は戦車くらい普通に運転できるのだという。専門知識が必要だと思ったが、カタカタヘルメット団が運用しているくらいなのだから、それが常識なのだろう。

 外観の写真を撮影していく。

 車体上部のキューポラからシロコがひょっこり顔を出した。

 

「どうだ」

「動かせはしそう。ただ燃料が心もとない」

 

 ほとんどの戦車はディーゼルエンジンなので、軽油系の燃料が使用されている。ここに来るまでオイルタンクはあったが全て空だった。この場での給油は現実的ではない。

 どうやって回収するのだろう。あと一〇分も経てば、ここは戦場になるのに。だが怖くて訊けなかった。

 

「砲弾は三〇発くらいあるね。装填もされてる」

「ええ……」

 

 そのまま持って行ってくださいと言わんばかりの状態だ。

 

「どうする」

「ん、持っていこう」

「わかった」

 

 シロコが欲しいと言うならそれが良い。

 備品が増えるとわくわくしていたし、これくらいのモデルなら整備用のパーツも手に入りやすいはずだ。

 とりあえず、すぐに動かせるよう暖機状態にし、他の倉庫を回る。

 一二〇ミリ砲を装備したトラックタイプの自走砲や三六連装ロケットランチャーを装備した車両もあったが、シロコが無言で爆薬──こちらは無線式──を設置したところを見ると、琴線には触れなかったらしい。乙女心だと言われたが理解できなかった。

 

 作戦開始まで残り三分。私は単発式のグレネード・ランチャーに照明弾を装填した。これを発射すると同時に各地で爆発が起き、交戦となる。閃光弾の色で動きが変わる取り決めだ。

 シロコはあの主力戦車を使いたいそうなので、今回は赤く光る弾頭を選択した。

 ホシノ達三人は敵本拠地の内情を確認し、複数箇所に爆薬を仕掛け、指定した位置で待機しているはずだ。

 異常があれば通信してくるはずなので、あちらも予定通りのはずだ。

 残り一分を切ったところで、私は通信機の電源を入れた。

 

「開始一分前。無線封鎖を解除。パターンはガンマ3。合図と同時に全武装の無制限使用を許可する」

 

 屋外に出て、真上に向けたランチャーの引き金を絞った。燃焼したマグネシウムの塊が夜空を照らす。まるで花火のようだが、これから火薬がそこら中で爆発するのは空ではなく地上だ。

 ほぼ同時に設置された時限爆弾が残らず作動する。全ての貯蔵庫、火薬庫が派手に吹き飛び、内部の可燃物に引火して被害は更に広がっていった。

 

 暗闇に支配されていた辺りが見る見るうちに明るくなり、兵器の力が昼間を作る。

 校舎やそれに併設されている体育館でも爆破が連鎖した。騒動に気づいたヘルメット団が喚き散らしながら、外へと雪崩れ込んできた。恐怖と混乱で足並みは完全に乱れている。あれでは良い的だ。

 

 今回の作戦において、建物内部の精査はしていられなかった。中にどれだけの装備があるかまで偵察する余裕はなかったし、元より破壊するのが目的だ。本来の持ち主である<アビドス高等学校>の生徒達からも「さっさと終わらせてすっきりしたい」という主張があったため、これだけ爆破を徹底している。

 建造物に対する爆破は数回に分けており、中に潜んでいる不良生徒達を残らず追い出す目的があった。倒壊までに脱出する事が出来る。流石に生き埋めにはできなかった。

 

 グレネードランチャーに色違いの曳光弾を挿入し、今度は敷地内へ投射した。シロコの乗ったラムセス2型が倉庫の壁を突き破って飛び出してくる。

 砲塔がギギギと不安げな音と共に旋回し、曳光弾の軌跡を辿る。そして発砲。重々しい衝撃が駆け抜け、一〇〇ミリ砲弾が指定した地点に飛び込んでいった。着弾点でヘルメット団連中の重厚な悲鳴があがる。

 一発目は試射及び威嚇のつもりだったのが、まさか灯りの近くだからと集合していたのだろうか。

 アヤネからドローンを一機、借り受けている。作戦開始と共に起動しているため、”シッテムの箱”から操作が可能だ。

 

「うわ……」

 

 指揮管制ドローンから撮影している映像を表示。

 着弾地点では一〇名近いヘルメット団が気絶していた。これくらいで死ぬはずがないと言われてはいるが、やはり不安になる。意識が無くなるとヘイローが消えるせいだ。死んでも消えるらしい。気が気ではない。

 

「戦車による火力投射で一〇名制圧。寿命が縮んだ。どうぞ」

『こちらは正面入口付近で交戦中です。八名ダウン……ですかね~』

 

 開始数分で五〇名近くいる敵兵力の四割近くを倒す事が出来た。

 残りは三〇名ほど。後は<対策委員会>の面々で充分に勝てる数だが、油断はできない。シロコのお眼鏡に敵わなかった、複数の車両を敵が使用してくれば厄介な展開になる。そうなった時のために無線起爆式の高性能液体炸薬を仕掛けてあった。

 スイッチ一つで吹き飛ばせるが、資金的に困窮しているらしいアビドスは売り払える物が欲しいとの事なので尊重したい。

 戦車砲を校舎に向けて一度放ってから移動を開始する。

 

「先生、早く乗って」

 

 キューポラから顔を出したシロコに促され、ハッチから車内へ入る。内部は改装されていて、操縦から発砲までを一人で行えるようになっていた。しかし給弾は手動だ。トリニティの巡行戦車は完全に一人で動かせるそうだが、それは資金と技術的に優越しているマンモス校だからこそだろう。

 

「凄い圧迫感だ。それにカビの匂いが凄い」

 

 三人までが同乗できる仕組みだし、本来はそうするべきなのだが、内部は二人で既に満員のようだった。

 装甲材に信用が置けないのもあって、私は鋼鉄の棺桶に閉じ込められた気分になる。淡々と一〇〇ミリ砲弾を装填し、運転手のシロコにそれを伝えた。

 位置的には砲身尾部に私が座り、座席の後ろに操縦士が座っている形だ。視野を確保するために後部座席は少し高い位置にあるため、こちらが振り向くとちょうどシロコの膝が顔の前に来ることとなる。

 

「絶対、こっち見ないでね」

 

 軽はずみな行動で、私はまた吊るし上げられるという事だ。狭い車内に別種の緊張感が漂ってくる。

 

「自走砲を納めた倉庫に敵が向かっている」

「許せない。もうアビドスの物なのに」

「う、うん……」

「盗られたら破壊しなくちゃいけなくなる。早く行こう、先生」

「分かった」

 

 ドローンが上空から撮影してくれている中継映像があるから、案内も楽だ。

 移動先を別動隊へ伝える。

 

『こっちは二三人倒したよー。今からそっちにセリカちゃんを向かわせるね』

 

 敵兵の中には気絶したふりをする者もいるらしい。ホシノは倒れた相手にも入念に二発ずつ撃ち込んでいた。

 とても人道的な行為ではないが、必要な措置でもある。文句を言えない。私もダブルタップされかねないからだ。

 

『え、なんで私!?』

『戦車の護衛が必要でしょー?』

『うう……』

『よろしくお願いしま~す』

 

 校舎では二度目の爆発が起き、一部では崩落も始まっている。ほとんどのヘルメット団が外に出てきたようだ。逃げる敵兵もいるようだが、作戦目標は敵前線基地の破壊である。放置するしかなかった。

 後は自走砲を守り切れば、帰り支度を始められるだろう。

 合流したセリカと共に目的を達成し、作戦は無事に終了した。

 

 ◇

 

「あー、ノノミちゃーん。もう疲れたよー!」

 

 小鳥遊ホシノ委員長がノノミの胸に飛び込む。

 作戦終了後、燃料切れになっていた戦車及び自走砲を途中の廃墟に隠し、一度撤収。

 それから補給用の燃料と校舎に拘留されていた捕虜三〇名近くを連れて、破壊された敵前線基地に再度赴く事となった。そこで用済みのヘルメット団を開放し、砂漠のど真ん中で給油作業と簡単な整備をおこない、ようやくアビドスの現校舎に戻ってくることが出来た。

 

 時刻は深夜を回っている。

 二度目の出撃はアヤネと私を除くメンバーのみで遂行した。居残り組と残業組には疲労度で大きな隔たりがあるようだった。

 ぐったりと座り込む<対策委員会>メンバーに、ノノミとアヤネがココアを提供していく。流石にノノミにここまで任せるわけにはいかないと私は立ち上がろうとしたのだが、点滴を処方されている最中だったので却下された。

 

「皆さん、お疲れさまでした。空いた時間を使ってシロコ先輩が鹵獲した、セクストン自走砲と二四〇型自走式多連装ロケット砲の大まかな売却額を調べました」

 

 実働部隊が車両を鹵獲したと知った奥空アヤネは飛び上がるような勢いで喜び、スタミナ切れ寸前の私に抱き着いてきたほどだった。なんとか受け止めるも結果として私は昏睡状態に陥り、こうして治療を受ける事になったわけだ。

 旧式で状態は悪くとも、そこはやはり立派な地上兵器。安くても数百万は下らない。しかもそれが二両だ。

 出所を調べる必要こそあるが、学生からしてみればかなりのまとまった金額になる。

 タブレットに表示された見積もり金額を確認したホシノ達は抱き合って喜び、何かを思い出したアヤネが顔を赤くした。

 

「ラムセスは売らないのか」

 

 私がそうぼそりと言うと、シロコがぴっ! と耳を立てて睨んでくる。

 

「先生、何を言っているの? あれはもうウチの子」

「シロコちゃ~ん、ちゃんとお世話できんのー?」

「戦車の維持費はかなり高額なんですよ。今のアビドスでしっかりメンテナンスできるかどうか……」

「しかも結構傷んでるんでしょ。結局みんなで整備するハメになりそう」

「大丈夫。先生が良いって言ってたし」

 

 言っていない。皆で決めるべきだとシロコには話したはずだ。部外者の身で勝手に決めたと思われたのだろう。黒見セリカから睨まれる。

 しかし、今の<対策委員会>に足りないのは砲火力と長射程だ。維持費の問題はあるが、戦車の存在はこれからの防衛にも使えるだろう。

 悪い話ではない。ここは大人らしく折衷案を提言する。

 

「全て売った金でもっとマシなのを購入した方がいい」

「駄目。私はあの子が良い。もう名前もつけた」

「なんて名前だ」

「ティーチャー」

「なにその名前! 最悪! 却下!」

「なら、白い閃光」

「あれ茶色じゃん!」

「でも、先生と一緒に捕まえた子だから、売るのは無し。思い出の品」

 

 出所不明の盗品を思い出の品と言い切れるのはキヴォトスならではだ。

 私は時計を確認する。それを見たノノミが手を鳴らした。

 

「戦利品の件は明日に回しましょう☆ 今日は皆さんお疲れですし、残りは明日という事で」

「そうですね。戦車と自走砲の調査と、防衛システムの復旧。これからの私たちについて先生とお話もありますから」

「そうね! あれだけの金額で売れるなら、借金の返済も何か月かは余裕が出来るだろうし──」

「あ」

「──あ! 今の無し!」

 

 お開きといった空気だったのに、<対策委員会>のメンバー全員が緊張した様子で私に注目していた。失言の空気。思うに、今のセリカの発言だと推測できる。

 鹵獲した車両を売却し、借金の返済に充てるというのが失言に当たるらしい。

 だが、不安そうな表情をされる理由が分からない。私が生徒の経済状況に口を出すと思われているのだろうか。

 シロコがあれだけ強固に所有権を主張して私の発言まで捏造している以上、抵抗できるとは思えない。

 

「せ、先生……今のセリカちゃんの言った事なんですけど」

「セリカは借金を抱えているんだな」

「違う! ”アビドス”の借金!」

「それを私に聞かれると都合が悪いのか」

「そ、そういうわけじゃないけど……」

 

 言った本人のセリカが見るからに落ち込み始める。失言のプロである私はその気持ちが手に取るように分かった。

 せめて気持ちを楽にしてもらいたい。そう思い口を開く。

 

「セリカ、失言は恥ずかしい事じゃない。失言をする事によって救われる者もいる。この私がそうだ。今、私はとても安心している。失言するのはいつも私の役目だったから、別の人間が失言するところを初めて見る事が出来た。だから、失言を気に病む必要はない」

 

 アヤネがセリカを励まし始める。

 

「セリカちゃん、落ち込まないで……」

「だ、だって、こんな唐変木に慰められて……うぅっ」

「気持ちは分かるけど、私たちも慣れていかないと」

「失言失言ってしつこく言ってくるし……」

 

 一瞬にして私が悪者になった。まさしくプロの仕事だ。

 両手で顔を覆って悲しんでいるセリカを尻目に、委員長のホシノが咳払いをして話を引き継ぐ。

 

「ま、近いうちに言おうと思ってたけどね。この学校、借金があるんだ」

「……金額を聞いてもいいか」

「だいたい九億六千万くらいかなー。ね、ノノミちゃん」

「そうですね。利子の返済だけでも月に八〇〇万円弱といったところでしょうか」

 

 なるほど、と私は頷いた。

 借金自体は別に珍しい話ではない。キヴォトスが学生による統治で成り立っている世界である以上、行政組織である学校自治区は経済活動をおこなっている。何らかの理由で融資をしていたり、また融資を受けているのは当然の事だ。

 むしろ、月額八〇〇万円近い支払いを五人の学生がこれまで継続していた事の方が、よほど問題だろう。学生の本分は学業を通した成長であり、果ての無い労働活動ではないからだ。

 

「アビドスは天災によって縮小したと聞いた。理由はそれか」

「……そう。異常気象なんてのはどこでもあるけど、ここのはちょっと致命的でね」

 

 決して楽しい話題ではない。小鳥遊ホシノの声も表情も暗く沈んでいた。

 聞けば、<アビドス高等学校>衰退の理由は大規模な砂嵐とのことだ。キヴォトス最大の面積を誇っていた自治区に比例したスケールの災害は、人の手ではどうにも出来ない。

 どこからともなく急に発生し、被害に遭った地域は例外なく致命的な被害を被った。交通網、通信網が寸断されて、後に残るのは砂に埋もれた廃墟だけ。

 復興どころではなかったらしい。大規模な砂嵐は一度ではなく、何度も何度も、執拗にアビドスを襲った。

 

「──まるで滅ぼそうとしているみたい」

 

 自治区の運営は瞬く間に立ち行かなくなった。ここ何年かは砂嵐も落ち着いたそうだが、もはや住める土地ではないと住民に判断されたのだ。怒涛の勢いで人口流出が始まる。

 当時のアビドス生徒会は、災害対策のために莫大な予算を投じるしかなかった。しかし効果は挙がらず、資金は枯渇。金融業者からの借金に手を出すしか方法はない。

 それでも生徒達は退学と転校を選択し、砂に沈んだ市街地はそのままになる。

 学校に残ったのは結局、ホシノとノノミだけ。

 その後にシロコが編入して来て、そしてセリカとアヤネが新入生として加わった。何の罪もない在校生たちは、災害に怯えながら先人たちが残した負債を今でも返済し続けている。

 

「…………」

「そういう、つまんない話だよ」

 

 その言葉には疲労と諦観がこもっていた。

 なんと言っていいか分からない。

 ただ、救われない話だと思った。

 

 ホシノ達が仮に借金を返済したとしても、問題は解決しない。原因不明の大災害が再来する可能性は常にある。そうなったら終わりだ。アビドスは滅ぶ。

 それは明日かもしれないし、来年かもしれない。少女たちが青春を捧げてまで行う行為には、なんの保証も対価も用意されていない。

 

「…………」

 

 頭の芯とみぞおちの辺りが煮えたぎるように熱かった。視界が真っ赤にそまる。怒りとは無縁ではない。だが、その感情が何に向けたものなのか分からなかった。

 

「その、上手い返しが思い浮かばない。すまない。今の私には……皆に敬意を示すことくらいしか、できない」

「別に良いよー。憐れんで欲しいわけじゃないし。これはただの説明、かな。先生に助けを求めといて、ずっと隠しとくわけにはいかないからさ」

 

 ホシノが他のメンバーに視線を向けると、セリカ以外からは頷きが返ってきた。ノノミがその様子に気づく。

 

「セリカちゃん?」

「……これ以上、助けてもらうの? この人に」

「え……」

「ヘルメット団の事も、借金の事も……相談して、頭を下げて、助けてもらうの? なんとかしてもらうの?」

「セリカ」

 

 様子がおかしいと思ったシロコが立ち上がるも、間に合わなかった。

 

「私たちだけで何とかしてきたじゃん! 今までずっと! どれだけ言っても、誰も助けてなんてくれなかった! 今さら出てきた”大人”なんか信用できない!」

「…………」

 

 癇癪でない事は一目でわかる。

 誰も口を挟めなかった。セリカの言葉はアビドス生なら理解できる内容だからだ。

 キヴォトスでも類を見ない災害に見舞われ、膨れ続ける借金の返済をたった五人で進めてきた。助けを求めたのは<シャーレ>が初めてではないだろう。

 <連邦生徒会>はもちろん、他の自治区や、もしかしたら去っていくアビドスの住民達にも手を伸ばし続けてきたのかもしれない。

 だが、その手を取ってくれる者はいなかった。

 予想だが、この五人は既に”最後まで”を含めたある種の覚悟をしていた可能性すらある。

 

「あんたもそうでしょ! 記憶喪失なのに、私らの事なんか構ってる場合じゃないじゃん! もっと自分を大切にしなよ!」

「…………」

「とにかく、私は反対!」

 

 セリカは勢いよく立ち上がると、椅子をもとに戻して教室から去ろうとする。

 ノノミとアヤネが引き留めるべく席を立つが、

 

「セリカちゃん!」

「今日は帰る! お疲れ様でした! じゃーね! また明日!」

 

 ぴしゃりと扉が閉められ、足音が遠ざかっていく。

 残ったメンバーはしばらく沈黙した後、ノノミが困ったように笑いながら、私に言ってきた。

 

「す、すみません、先生。セリカちゃんも、先生に思うところがある──」

「という口調だった」

「──とは思いますが、嫌いとかいうんじゃないので。まだちょっと、混乱しているんです」

「いや、セリカの反応が正しいんだ」

 

 <対策委員会>のメンバーは、シロコを始めとして私に良くしてくれている。むしろフレンドリーすぎるくらいだ。

 しかしそれが、セリカには怖いのだろう。

 今までアビドスが存続してこれたのは、五人が結束していたからだ。だから途方もない借金を返済しながら得体のしれない嫌がらせ行為にも耐えてこれた。一人でも欠けたら、一瞬で瓦解しかねない危うさがある。

 

 そこへ、私という外的要因が現れた。そいつは五人で完結していた<対策委員会>というアビドス最後のコミュニティを破壊するかもしれない。

 セリカの居場所を奪うかもしれない。そういう懸念なのではないだろうか。

 

「本当なら、セリカを安心させられるような実績を提示出来たら良いんだが、私には難しい」

「先生は悪くないです。私たちが頼り過ぎちゃったから……まだ出会って一日目なのに」

「確かに。先生って変な馴染み方してるよねー」

「ホシノ先輩。今はそんなこと言ってる場合じゃないですよ」

 

 ノノミに叱られたホシノがはーい、と気の無い返事をする。それまで黙っていたシロコが静かな口調で言った。

 

「……先生の事を一番心配していたのは、セリカだった」

「確かに。私たちはヘルメット団の事から借金の事まで、先生から協力してもらう事を前提に考えてしまっていました」

 

 私の腕に繋がっている点滴に視線が集中する。

 

「明日、セリカには私から話したいと思う。一対一のほうが、思っている事を吐き出しやすいだろう」

「大丈夫なの?」

「わからない。もしかしたら立ち直れなくなるかもな」

「ちょっとー。そこは『俺に任せろ!』って格好良く言ってくれなくちゃー」

「心配しなくても、セリカちゃんは凶暴なだけで危険性は無いですから」

 

 アヤネ先生のフォローは安心を促すものではなかったが、これ以上の会議もできない。

 明日の予定をうっすらと決めて、アビドス最初の日は終わりを迎えた。

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