アビドスに滞在してから、一週間が経過した。
騒動も一段落し、溜まっていた買い物がしたいという十六夜ノノミと、鹵獲品を売却したいという奥空アヤネを連れてD.U.へ。
二人が売却手続きと買い出しをしている間に<シャーレ>オフィスビルへ一度帰る事にした。
飛び出すように出てきてから、まだそう経っていないはずだが不思議と安心する。ここで仕事をしていた期間とアビドスにいる期間はそこまで変わらないのだ。
なんだか不思議な気分になった。
執務室に入ると、<自警団>の守月スズミと<セミナー>の早瀬ユウカが事務作業をしている所だった。
「あ!」
「お疲れ様です、先生」
「お疲れ様。二人とも、留守にしていてすまなかった」
私が不在の期間に当番業務をしてくれた生徒には、給金に手当が付く仕組みだ。しかしそれでも心苦しい事は変わらない。
書類の中には私が直接決済を下さないといけない紙媒体のものもある。今日はそれを消化しに来たのだ。
「アビドス旅行は楽しそうですね、先生」
「そうだな。とても楽しい」
「……へー。そうですか」
ユウカはなにやら不満顔だ。彼女とはアビドスに向かう直前、明星ヒマリ達と出会った後にミレニアムを案内されたきりだ。一緒に<ヴェリタス>だったものを目撃した時はそこまで不機嫌ではなかったのだが。
「ユウカの様子がおかしい」
「先生、ユウカはこの数日、貴方の身をずっと案じていたんです。最初の三日間は連絡も取れず、その間のユウカは食事も摂っていなかったようで……やっと返ってきたモモトークも”人生初めての点滴”という要領を得ないものでしたし、この数日はずっとこうなんです」
「今のはスズミの妄想です。食事を制限していたのは体調管理の一環に過ぎませんし、先生が私の忠告を無視してどこかで餓死しかけていても気になりませんから」
「嘘はいけないですよ、ユウカ。この数日間は暴飲暴食を繰り返しているではないですか。『先生の金だ』と言ってピザや中華を何度も注文したり……」
「当番中のデリバリーは経費で落ちんの! どんだけ暴露すれば気が済むのよ!?」
家計簿の化身であるユウカが浪費をしたとは意外だが、彼女の言う通り当番中の食事等は経費で済ませる事が出来る。一階に存在している<エンジェル24>で飲食物を購入しても良いし、今の話のように出前を取っても良い。
ユウカもミレニアムや独立連邦捜査部の仕事でストレスが溜まっているのだろう。ただでさえ多忙な身だ。私への叱責よりも食欲へ意識を向けてくれるのはありがたい。その方が健康的だし建設的だ。
「話は変わるが、アビドスの件だ」
「カタカタヘルメット団という集団を退治したそうですね」
<シャーレ>公式アカウントを見ているスズミが頷く。広報活動というほどではないが、日々の活動記録はアロナによって随時アップロードされているのだ。
毎日の同じ時刻に更新されるし、内容について訊ねてもスーパーAIは知らなかったりするため自動生成が疑われているが、それでも段々と活動がキヴォトスに知られて行っている。
「機動阻止システムも最高だった。戦闘で使用した時の状況を録画したから、ミレニアムの開発者に渡してくれ」
「機動阻止システム? 初耳ですね」
「非殺傷兵器の一種で、一方的に敵側の動きを阻害できる。スズミも使ってみたら良い。閃光弾とはまた違った用途がある」
「…………」
「どうしたんですか、ユウカ?」
「……いや、あの。なんで先生がそれを持ってるのかなって」
「ミレニアムの購買に売っていたからだ」
そういえばと、件の兵器を作ったらしい生徒が言っていたことを思い出す。いたずらの温床になり、<セミナー>の本拠地をヌルヌルテカテカにしたという話だ。
配慮が足りなかった。
「経験者を差し置いてすまなかった。ユウカは食らった事があるんだったな。感想を教えてもらっても良いだろうか」
物凄く怒られる。
「……全て廃棄するよう言ったのに」
「こんな良いものをか」
ぎろりと睨まれ私は黙る。
「どうして生徒会に非殺傷兵器が投入されるんですか?」
「部長会議ってのがあって、前期に設定した目標を達成できなかったから約束通り予算を減らしたの。そしたら不満噴出よ。ミレニアムのクソガ──いたずらっ子たちがそれ使って私に復讐を企てたってわけ」
「ユウカだけが被害に遭ったのですか?」
「まあ、大したことなかったけどね。スプリンクラーと組み合わせる手法は見事だったけど。凄い焦ったヒビキが消散剤もってきてくれたし」
「ユウカのせいで生徒会本部が狙われたという事ですか?」
「だからそうだって言ってんでしょ!?」
本当なら笑いごとでは済まないはずなのだが、ミレニアム内で粛清が行われた形跡はない。実験に伴う事故という処理になったのだろうか。
被害者かつターゲットは荒んだ様子で呟いている。
「モモミドコタハレモモマキマキ……ウタヒビハレコタモモマキマキ」
何かの呪文だろうか。ミレニアムタワー襲撃事件に関係しているのかもしれない。
「話を戻すが、アビドスを襲っていたカタカタヘルメット団についてだ」
ヘルメット団というのは大きな組織で、アビドスを襲っていたのはその一部に過ぎない。裏を返せば、あの集団は他の自治区でも活動しているという事になりうる。
それについて確認しておきたかった。
「ミレニアムの自治区内だと余り聞いた事がありませんね」
「私は<自警団>の活動で何度か交戦した事があります。ネバネバとかジャブジャブとか、色々と名乗っていますが、中身は似たようなものです。破壊や略奪、依頼を受ければ護衛や移送等も行いますが、基本的には問題児の集団と変わりません」
「確か、退学とか停学になった生徒が集まった連中なんでしょ? 行き場所が無いから、アビドスみたいな人のいない所を狙うのはわかるけど」
「発足理由は諸説あります。ブラックマーケットに集まった不良生徒達が、大人から食い物にされないよう組織化したという説が一般的ですね」
それについては、カタカタヘルメット団への尋問で既に聞いた内容だった。セリカ救出作戦の後、敵の指揮官クラスとされるカタカタヘルメット団Aという人物を捕らえ、色々と聞き出したのだ。
相手はアリジゴクの底へ沈み込むような状況でも口を割らない根性を見せたが、全身を拘束したうえでかゆかゆパウダーを使用したらあっさりと白状した。
スズミの説明通り、ヘルメット団はブラックマーケットに影響力を持つ生徒の集団であり、その存在目的は自治区を追われた生徒の受け皿となる事。
学生が自治をおこなう学園都市である以上、”学籍”というのは極めて強い価値を持つ。身分を表し、それを保証するものでもあるのだ。本来は守られるはずの存在である子供が、社会的信用を主張できる数少ない手段なのだ。
しかし、どんな集団でも馴染めない者は出てくる。転校手続きに失敗したりすれば、後は我慢して登校をするか休学や退学を選ばないといけない。大人とはまた違った理由で、子供も社会に拘束されている。
行き場所を失った生徒が辿り着くのがブラックマーケットだ。
学生ではなく大人が権力を持っているキヴォトスでも数少ない地域。子供の枠組みから弾かれた生徒達は、大人の思惑に利用される事となる。詐欺や恫喝、賃金の未払い等は日常茶飯事らしかった。
それに抵抗するために組織されたのがヘルメット団だ。顔と身分を隠し、個人ではなく集団となって大人から身を守るためのコミュニティなのである。
そのヘルメット団が、恐らくは大人の手先となって同じ生徒である<対策委員会>を襲撃したのは、救いようのない話だった。
「アビドス襲撃を手引きしたのは、<カイザー・コーポレーション>の疑いがある」
「……!」
「また奴らですか……」
超がつくほどの大企業だが、暗い噂は数えきれないほどある。キヴォトス動乱に紛れてゲヘナとトリニティに違法兵器を流出させていたという話もあるくらいだ。
ユウカが何かを思い出す。
「そういえば前に、カイザー・グループがアビドスの企業を買収しようとしたという話がありましたね」
「アビドスに企業なんかあるのか」
「ありますよ! 失礼な……。まあ、合意は出来なかったらしいですが」
企業買収に失敗したからといって、アビドス校舎を狙う理由にはならないだろう。
明星ヒマリから聞いた『アビドス砂漠でカイザー・コーポレーションの部隊が何者かと交戦した』という話も、調査は進展していない。
いずれにせよ、カイザー・グループがアビドスになんらかの興味を抱いているのは間違い無いのだろうが、簡単に近づくことは難しい。相手は企業であり、表向きは犯罪と無関係な組織であり、三大校に比肩するほどの戦力を有している。
今の<シャーレ>が下手に動けば、状況を悪化させることにも繋がりかねない。
「先生は<カイザー・コーポレーション>をブラックマーケットから辿るつもりなのですか?」
「それもある」
黒幕かどうかの疑いは精査しなくてはならない。
それと同時に、ブラックマーケットという地域に対する影響力も確保したかった。
ブラックマーケットに集まるのは困っている生徒たちだ。<シャーレの先生>が存在する理由は、困っている生徒達を助けるためだ。放置はできない。
カタカタヘルメット団メンバーのように、許されない行為に手を染めた者たちもいるだろう。しかし、そうせざるを得ない理由があることを無視してはならないのだ。
<連邦生徒会>や他自治区の影響力が及ばないという特性は、逆手に取る事も出来る。
「その真面目さを、少しは自分に向けてください」
「……今はアビドスの件に集中するべきです」
私の野望はスズミとユウカから反対されてしまった。
「ブラックマーケットに足がかりを得たいなら、ワカモが適任だと考えます」
「ちょっとスズミ、あんた何言ってんの! この先生は凄いズレ方してるんだから、また変な事になるでしょ!?」
「それはそうですが、苦しんでいる生徒のためなら確かにブラックマーケットを放置する事はできません。ワカモも常に役に立ちたいと言っていましたし、彼女ならヘルメット団とコンタクトを取る事も可能かもしれません」
「先生とワカモをブラックマーケットに解き放つ気!? キヴォトス最強の危険人物コンビなのよ!」
「…………」
そう指摘されたスズミは私の方をちらりと見てから、中空に視線を向けてむむむと唸る。そして段々と顔色が悪くなっていった。良い予想は出来なかったのだろう。
「ワカモはともかく、私は危険人物じゃない」
「証拠は?」
「まだ投獄されていない」
「もう秒読み段階ですよね。アビドスでは不審行動……してないんですか?」
「してない」
私はデスクの上を見る。初日にシロコから貰ったエナジードリンクの空き缶が置かれていた。
「アビドスの子たちもこれから来るんですよね。ちょっと話を聞きたいと思います」
「駄目です」
「良い考えですね、ユウカ。D.U.の外の先生は気になっていましたし、その話を聞けたら牢獄のワカモも喜びます」
「駄目です」
二人は私を無視して話を進めていく。この建物の主は<シャーレの先生>のはずだが、学園都市全土においてその立場は低く設定されているようだった。
「そうやって私を馬鹿にできるのも今のうちだ。これを見てくれ」
懐から領収証の束を取り出した。どうしてかは分からないが、<シャーレ>の帳簿を完全に管理し始めた早瀬ユウカ御大に提出する。
彼女を納得させない限り、私の社会的地位は際限なく低下する気がしてならない。ここで食い止める必要があった。
「これは……」
「この一週間、私の出費をまとめた書類だ。最初の三日間は遭難したせいで入手できていないが、この私がちゃんと自己管理出来ている証拠になる」
「ふむふむ……」
たった一週間分だからか、御大はすぐに確認を終えた。アビドスでは金を使えるところも少ない。
早瀬ユウカはにっこりと笑った。私以外の人間だったら見とれてしまうような、天使のような笑顔だった。
「なんですかこれは?」
地獄の底から響いてくるような声だった。
「言った通りの内容だ」
「全部、同じラーメン屋さんのものじゃないですか。しかも一日に何回も行ってますね」
「その通りだ」
開店直後と夕方の時間帯、そして閉店前の三回に渡って通っている。もはやこれはライフワークだ。
私は砂漠に沈んだ自治区で神に出会ったことをユウカ達に話した。初めて自身の中に食欲を見出したことや、その店主が崇拝されるに相応しい人格と技量と知見を有していること、従業員からは真面目に気持ち悪がられていることなど、様々だった。
この一週間で私が柴関ラーメンに投じた金額は一〇万円を超える。
「行きつけのお店を見つけるのは良い事ですね」
「うむ」
「スズミは黙ってて」
「…………」
「週に十回以上もラーメン屋さんに通って、それで体調管理ですか?」
「凄く調子が良いのは事実だ。心の拠り所を見つけたというか……」
「それは信仰対象を見つけたからです。よくもそう、変な方向にばかり突出できますね」
「そういう言い方はよくないんじゃないか、ユウカ。君と私はほとんど同じタイミングで暴飲暴食をしていたことになる。私への批判は自身への批判にもなりうるんだ。体重が多少増加したからと言って──」
スズミがスチャッとヘッドホンを装着する。
ユウカからの雷が落とされ、私は沈黙した。遅れてやってきたノノミとアヤネに事情を聴かれ、私の包囲網が<対策委員会>にまで及ぶという最悪の事態となった。
◇
「先生の扱いはどこでも同じなんですね」
アヤネが感心したように言ってきて、私は傷ついた。
どうして大の大人が食事内容の詳細をほじくり返され、荒探しをされなくてはならないのか。
しかも理解不能な事に、ノノミは私の生活態度を逐一記録していたようで、その事もスズミとユウカにバレた。私はスズミだけは懐柔できそうな気がして接近したが、失敗。
アビドス生が食事をさせようとすると信じられないくらい全力で抵抗することや、夜に自治区内を徘徊していること、捕らえたカタカタヘルメット団を拷問(していないのに)したことを次々と暴露され、また社会的地位が悪化した。
「ユウカちゃん、凄く怒ってましたね~」
「彼女はいつもそうだ」
「先生が『それだけ怒ればカロリー消費も凄いはずだ。ピザ食べ放題だな』なんて言うからですよ」
「本心だ。別に嫌味じゃない」
「それが問題なんですね」
結果として、アビドスに滞在している間はノノミが私の面倒を見る事に決まった。柴関ラーメンは一日に一回まで(ただし生徒同行の場合は起算しない)という特約が設けられ、人権侵害だと激論を交わした末、四対一だったので普通に負けて今に至る。
「先生、燃料の充填が終わりました」
タブレット端末を操作していたアヤネが言ってきた。
ここは<シャーレ>が有する七番格納庫である。独立連邦捜査部が有する装備の中には、戦車や自走砲、兵員輸送車はもちろん、パワーローダーや強襲揚陸艇まで存在していた。どれもキヴォトスで揃えられ最新鋭の装備だが、使えるほど人員がいない。整備もミレニアム製のメンテナンス・ロボットがおこなっている。
そして、この七番格納庫には輸送ヘリが納められていた。
ターボシャフト双発のタンデムローター機で、機体後部には積込用のカーゴランプが設けられている。
最新型の装甲材とガスタービン・電気駆動複合タイプのエンジンが、積載量を限界まで向上させているそうだ。ローターを含めると全長は三〇メートルを超える。
中にはある程度の大きさの車両さえ仕舞えるサイズだ。加えて専用のワイヤーであれば機体と同サイズの物資を吊り下げて輸送する事も出来るらしい。
これらは全てアヤネから説明された。
「やっぱり、<シャーレ>って凄いんですね。最新型の大型ヘリまであるなんて」
「う、うん……」
これ一機でアビドスの借金を優に返せるくらいの値段がつく。当然、私にはこんなヘリの操作など出来ないので、完全に宝の持ち腐れという事になる。金の無駄だ。<シャーレ>へ送られてくるメールの中には、この組織を連邦生徒会長が権力と経済を独占するために立ち上げたものだと断定する物もある。
『サンクトゥムタワーと並び、組織の存在そのものが汚いブルジョワ』という文面で締めくくられていたメールの事を思い出した。
「アヤネは動かした事があるのか」
「私は無いですね。ノノミ先輩ならあるかもしれません」
「ありますよ☆ 実家で何機か所有しているので、操縦した事もあります!」
十六夜ノノミはキヴォトスでも有数のお嬢様らしい。彼女が所持しているゴールドカードがあれば、アビドス学校が抱える借金問題も解決できるそうだ。
学生が持っているカードでそれなのだから、生家は噂に違わない資本を有しているのだろう。
そのお嬢様は買ってきた物をカーゴランプの中へどんどんと積み込んでいた。
「ノノミ。申し訳ないが、アビドスへ戻るのは他の物を使いたい」
「え~。どうしてですか?」
「私には操縦できないからだ」
「でもでも。自動操縦機能がありますよ? ね、アヤネちゃん?」
タブレットを持っているアヤネが目を輝かせて頷く。
「その通りです! 先生、このチヌークヘリは物資輸送や人命救助、ヘリボーン機能はもちろん、少しの改良でガンシップとして運用する事も出来る優れものなんです!」
「でも、私には過剰な装備だ」
「<シャーレ>の任務に過剰なんてありません。いいなあ。アビドスにもこれくらいの装備があれば……」
「私、買ってきましょうか?」
「駄目です! ノノミ先輩のカードには頼らないというのは、<対策委員会>における鉄則です!」
いくらこのヘリの性能が良かろうと、私が普段使いするにはやはり過ぎた物だ。
アビドスへ最初に行った時のように補給品を届ける際は重宝するだろうが、その気になれば一五〇人近くを収容できるほどのベイロードは過剰だろう。汚いブルジョワという批判は適切だった。
「荷物、降ろしちゃうんですか?」
「…………」
ノノミから見つめられた私は目を逸らした。彼女のような美人から望まれたら、大抵の人間は言う事を聞いてしまうだろう。だが私は大人で、公共物を扱う<連邦生徒会>の一員なのだ。装備の無駄な使用はできない。
こういう時はハッキリ言うべきだ。
「仕方ないな。これに乗って帰ろう」
忖度という概念がある。相手によって有利になる便宜を図ることで、見返りにこちらの有利になる便宜を図ってもらうことだ。
つまりwinwinの関係であり、誰も悲しまない。ノノミとアヤネが私の私生活を監視する監査官である事とは無関係だが、アビドス生はこれまで苦労してきたのだし、これくらいの事はしてもバチは当たらないはずだ。
私は汚いブルジョワとして生きていく事を決めた。
「ありがとうございます、先生♡」
「ノノミもアヤネも、いつも苦労しているんだから、こういう時くらいは楽をしても良いだろう」
ここに来る際は補給品を運ぶのに使った輸送トラックを足にした。砂漠での長期運用は推奨されていない車両だったし、どのみちアビドスへはヘリを使うつもりだったのだ。荷物もあるし、その方が速くて快適だったからだ。
そう、だからこれは生徒のためなのだ。
「後で操縦方法を教えてくれ」
「良いですよ~。……あ」
「なんだ」
「動かし方が分からないなら、先生はずっとアビドスに居てくれますね☆」
「帰れなくなるからな」
流石に徒歩でアビドス自治区を脱出できるとは考えていない。ノノミの操縦で校舎へ向かったとして、私の習熟が遅れれば滞在がそれだけ延びる事となる。
そういった旨の発言だと思ったのだが、どうしてか二人はヒソヒソと話し始めた。
「いざとなれば自動操縦もある。アヤネ先生に教えて貰えば良い」
「そうですね。後でお伝えします……後で」
「頼む」
確かに考えてみれば、これからの活動にこの積載量は頼りになる。流石に戦車は無理だが、充分な物資と車両を空輸できる装備は使い勝手が良い。広大な砂漠を短時間で移動できて、簡易拠点としても使用できる。
何故かニヤニヤしている二人を連れて、私たちはアビドスへと戻った。
◆
時刻は夜になり、D.U.の中央区に位置する超高層ビル。最上階の一室に呼び出し音がなった。
広大な執務室だ。テーブルからソファ、カーペットや棚、あらゆる調度品が黒と金で纏められ、その全てが贅を尽くした品々で埋め尽くされている。
『私です』
受話器は必要ない。この部屋──というより、このビルの主はオートマタ、人の形をした機械だからだ。電子回路の中で応答を選択すれば、その通りになる。
頭部の中で再生された相手の音声は不可思議なものだった。成人男性のものにも聞こえるが、女性のようでもあった。中性的というわけではない。両方なのだ。複数の声帯が重なって出力されていて、どんな相手にも不快感を与えないよう人工的に調整されている。そんな不気味さがあった。
『夜分に申し訳ありません。まだお仕事の最中でしたか?』
「……なんの用だ」
『ではさっそく要件を。<アビドス高等学校>へ向かわせていた戦力が全滅していた件について……。進捗をお尋ねしたく、連絡いたしました』
「またその話か」
アビドスの校舎へ襲撃を続けていたカタカタヘルメット団は壊滅した。充分な期間と資金、装備を与えても惨敗したゴミ共だ。その気になれば、あんな学校くらい攻め落とせただろうに。
それが目的ではなかったとはいえ、敗者に用は無い。粛清するべきだったがブラックマーケットに逃げ込まれていたところだった。
『彼女らは目的を果たしてくれました』
「くだらん。連中にいくらつぎ込んだと思っている」
『クックックッ……懐は痛んでいないはずですが』
「時間の話をしている。貴様の手法は回りくどいのだ」
<アビドス高等学校>を襲わせていた黒幕同士の会話だった。
通話をしてきた相手はビジネスパートナーで、こちらは首謀者。ある目的のために協力関係にある。
この性別すら定かでない相手の目的は、アビドスの生徒に対するものだ。人体実験の真似事がしたいらしい。
そして最近になり、あちらの目的にある組織の調査が加わった。
独立連邦捜査部<シャーレ>。キヴォトスの支配者が立ち上げた、謎多き組織。
その存在は<カイザー・コーポレーション>を始めとする企業群からしてみれば疎ましい事この上ない。あらゆる組織、個人、団体へ無制限に介入できる超法規的権限など許容できるものではなかったからだ。どんな”大人”だって探られれば痛い箇所がある。だからこそ、あの組織の調査は進める必要があった。
「貴様のような存在が気にするとはな。キヴォトスの外から来た者同士、繋がりでもあるのか?」
『いえまったく。ただいずれは干渉する事になるでしょう。その時に手ぶらではいけない。相手に興味を持つこと……ビジネスの基本です』
それは一理ある。
ただ、あのヘルメット団を使いつぶしてまでやる必要があったのか疑問なのだ。<アビドス高等学校>を疲弊させ、ある条件を呑ませる。それだけの話だったはず。
なのに無理やり兵力を増強させ、大事になるよう仕向けた。随分前には調査を終えていた、敵戦力の解析という題目で。
あの役立たずどもは、たった一日でほとんど壊滅した。これは予想外だった。こちらはアビドスには勝てずとも負けない戦力を維持させていたつもりだったからだ。
指揮官不在の状況で、無理やり襲撃して壊滅させられたという報告には聴覚センサを疑ったが、仲介人経由で脅しをかけ、アビドス生を誘拐させることにした。充分な戦力を再び与え、人質をとれば交渉事も上手くいく。
しかし、それも失敗。流石に耳を疑った。
原因は明らかだった。<シャーレの先生>という存在だ。そしてその存在こそ、この通話相手が興味を示すものだった。
『つきましては、次の実験を行いたいと思います』
「既に見繕ってある」
『さすが、仕事がお早い』
「貴様の指図だろうが」
『生徒には生徒を』。そう言ったのは、この通話相手だった。<シャーレ>は生徒相手に本気を出せない。ヘルメット団連中を消す機会は何度もあったのに、無力化だけで済ませている。
サンクトゥムタワー襲撃事件の際、<カイザーPMC>所属のオートマタに対しては執拗な爆撃に加え、倒壊したビルまで叩きつけてきた男が、生徒の命には明らかに配慮しているのだ。
あの指揮能力は脅威だったし、頭のネジが外れているのも明白である。
であれば、生徒をぶつけ続けるのが効率的だった。
あんな烏合の衆ではなく、もっと強力なチームを。
「<シャーレの先生>とやらは、そこまでの脅威なのか」
『底が知れない相手です。なにせ彼は究極の奇跡を扱う事を許された、ただ一人の存在なのですから』
「奇跡とはなんだ」
『クックックッ……ご存じないのですか?』
「知っているとも。戯言の一種だ」
<シャーレ>は脅威だが、それを任されたのはたった一人の人間だ。しかもそいつは、銃弾一発で死ぬようなか弱い存在でしかない。消そうと思えばいつでも出来る。狙撃だろうが爆撃だろうが何でもいい。暗殺は簡単だ。
組織の脅威は代わりがいる事である。それは企業も軍隊も変わらない。社長や総帥が消えても変わりはいる。何事もなかったかのように存在し続けられる事が組織の強みだ。
それが、あの<シャーレ>には無い。
奇跡だか何だかしらないが、個人で出来る事などたかが知れている。
「数日後には襲撃させる。データの提出もだ」
『承知いたしました。それでは良い夜を……』
通話が切れた。
今度はこちらが発信する。数回のコールを経て、電話を取る音。女の声がした。
「急ぎの仕事を頼みたい。ある学校への襲撃だ」
『お任せください。ゲヘナでも、トリニティでも、ミレニアムでも襲ってみせましょう。私たちは、金さえ貰えばどんな仕事でもこなす──』
電話口の相手が、余裕の笑みを浮かべるのがわかった。
『──便利屋ですから』