先生「バキバキの記憶喪失」   作:地産地消

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第2話 財務室長

「連邦生徒会長は行方不明です。捜索は続けておりますが、発見の目途は立っておりません」

「…………」

「むしろ、先生に居場所を伺いたいと考えていたところです。彼女と最後に会っていたのは、先生でしたので」

「そう、なのか……」

 

 視界が暗く染まっていくようだった。

 このキヴォトスという世界において、全くの部外者に異常な権限を独断で与える事の出来る……独裁者のような人物が姿を消した? その部外者と会った直後に? その部外者は現在、記憶をほとんど完全に喪失している状態で──それは、あまりにも絶望的な内容だった。

 現状、私はこの世界にとっての災厄でしかないのだ。

 

「なら、キヴォトス全体が混乱している最中ということか」

「その通りです。お恥ずかしい話ですが、組織運営の中枢を生徒会長個人の能力に依存していた事もあり、学園都市全体の機能が麻痺しつつあります。治安、流通、通信網、インフラまで……」

「このままだと、力を持った学校が立ち上がって<連邦生徒会>の代わりに統治を始めるかもしれない?」

「遠くない未来に、そうなるでしょうね。こうしている間にも、生徒達からの不満は蓄積していますから。元々、<連邦生徒会>に不満を持つ組織は多かったのです。全ての学校への対応が必要な事から、とにかく対応が遅い。ブラックマーケットや企業連に関しては監視が行き届いておらず、トラブルの発見すらままならない」

「そのための<シャーレ>……」

 

 七神リンは頷いた。

 

「代わりの”先生”はいないんだろうか」

「そういった話は全くありません。伝手も……無い状態です」

「わかった。なら、今の私に出来る事を探すしかない。私ではなく、”<シャーレ>の先生”には価値があるはずだ。生徒会長が私に与えた権限を利用して、キヴォトスを少しでも正常な状態に戻す。然る後に私を解任してくれ。……生徒会長が見つからない場合は」

「その前にまずは精密検査です。差し支えなければ、この後すぐにでも」

「もちろんだ」

 

 私は七神リンに頷き、部屋を出る。その際にサイドチェストに置かれていたフレームレスの眼鏡をかけた。なんとなく私物のような気がしたのだ。度は入っていなかったが、着けると何となく落ち着いた。

 今の自分がするべき事は無数にある。

 

 キヴォトスは現在、混乱状態にあり、その原因はこの私にも多分にあった。責任を果たすには、記憶喪失などと言ってはいられない。<シャーレ>に与えられた権限を使い、<連邦生徒会>の動きを正常化させる。

 生徒会長の行方を追えたら良いのだが、それより先に私は自分の事を知らなくてはならない。

 

「これから医療センターへご案内します。私は予定が入っているので、その後は別の者が付くことになるでしょう」

「承知した」

 

 ◆

 

 <連邦生徒会>財務室長。扇喜アオイは手元のタブレットに目を通しながらため息を吐いた。

 鳴り物入りで現れた<シャーレ>の先生が、キヴォトス到着と共に記憶喪失。

 それを聞いた時は絶望的な気分になり、様々なものを呪ったりもしたが──最もそれは今も変わっていないが──今はやや感情が上向いてきた。

 先生の覚醒から六時間ほど経過した現在、精神鑑定を含めた精密検査と、これから就いてもらう業務への適性試験が進んでいたところである。

 

(試験結果は上々……さすがは連邦生徒会長が呼びつけた人物、というだけの事はあるわね)

 

 このキヴォトスは学生達が治める超弩級の学園都市だ。そこへ”先生”として赴任するからには教育者としての各種学業へ理解は当然、必要とされる。端的に言えば生徒から学業に関して尋ねられた時に『分かりません』と応えるようでは話にならない、という事だ。

 

 アオイが最初に危惧していたこの点に関しては全く問題がなかった。学力で言えば間違いなくキヴォトス最高である<ミレニアムサイエンススクール>監修の試験問題を解いてもらったが、教育者に必要とされる知識・技能・思考⼒・判断⼒・主体性・多様性・協働性等に問題は見当たらなかった。

 

 教師として日常生活を送る分には良い。だが、これだけの知識があるにも関わらず自身に関する情報だけ綺麗に欠落している……それは余りに都合よく感じた。記憶喪失を偽る理由はそう思い当たらないが、それは関係ない。ただ事実を突き止めるのがアオイの仕事だ。

 すぐさま自身が用意できるだけの機器と専門家を集め、精神鑑定を行う。

 

 扇喜アオイは中途半端が最も嫌いなのだ。規則に則り、明確な線引きを常に基準として生きている。疑わしいと思えば自身が納得できるまで検証しなくては気が済まない。そういった性質の持ち主だからこそ、財務室長という役職を任せられているのであり、こうして七神リンから先生に対する試験官として呼びつけられる。

 

 噓発見器、という呼び名には幼稚さを感じざるを得ないが、人間の心理状態は化学技術によって明確に計測できる。一〇〇〇近い問題が記載されたマークシートをやらされるのは企業の採用試験などにも用いられているし、心拍数や呼吸、体温、脳波などを計測している医療機器はそのまま言動の精査に使う事が可能だった。

 

 その試験結果も、問題なし。先生は嘘をついていないと証明が出来た。それが良い事かどうかは分からないが。これからあらゆる学園の関係者から問いただされたとしても、これ以上ない精度で検査を行ったと主張する事が可能だ。

 

『射撃試験……ここは学園都市なんだろう』

 

 入院患者用の薄い服を着た成人男性が所在なさげに立ち尽くしている。ここは射撃場だ。トイレと同じくらいキヴォトスでは珍しくない施設であり、トイレと同じくらい生徒達が気軽に利用する場所でもある。

 アオイにとってそれは常識だったが、あの男からしたらそうではないのだろう。トイレを見て不思議そうにしている大人がいれば違和感は免れない。

 

「ええ。ここはキヴォトス。銃撃、砲撃、爆撃なんて珍しくもなんともない。最低限、自分の身を守るための技術は見させてもらうわ」

『生徒を狙う事はできない』

「立派ね。でも先生として動く以上、貴方はいつかきっと銃を取る時がやってくる。その時に使い方が分かりません、なんて言い分は通用しない」

『そうなのか』

「そうなの。早く始めてくれるかしら。一番左のレーンよ」

「…………」

 

 先生とされている男は射撃場のレーンに進み、そこに置かれている拳銃をぼんやりと見下ろしている。アオイが用意したのは<ヴァルキューレ警察学校>の第一七号制式拳銃というモデルだった。防衛室長のコレクションにあった物を拝借している。

 <連邦生徒会>傘下の警察学校が制式採用している事もあり、先生が活動していく中でも良く目にするだろう物だ。フレームはポリマーと強化プラスチックにより軽くて頑丈、構成部品数も四〇個以内で信頼性、整備性共に高い実用的なオートマチック拳銃である。

 現在はマガジンが抜かれている状態のため、装填してから構え、狙い、的に向かって撃つという一連の動作をしてもらう。

 

「質問は何かある?」

『接しづらいと言われたことはあるか』

「試験を開始しなさい」

 

 一緒に置かれていたゴーグルと耳栓代わりのヘッドホンを装着してから、先生は淀みのない動作で銃の簡易点検を済ませ、マガジンを挿入。同モデルの特徴であるトリガー部のセーフティを外して発砲した。

 ホログラムで表示された人間サイズの的の頭部中央に着弾。

 

「空になるまで撃って」

 

 アオイの言葉通り、先生は全ての九ミリのホローポイント弾を撃ちきり、スライドが後退した自動拳銃を元の位置に戻した。放たれた一七発の弾丸は全て目標の頭部と胴体の中央部を射抜いている。本人はその結果に興味が無いのか、ゴーグルとヘッドホンを外すと一息つくだけだった。

 

「銃の扱いは問題ないようね」

『そうらしい』

 

 アオイは測定器に視線を移した。射撃の腕は良いとして、他にも考えておかなくてはならない事がある。それは銃撃の威力だ。

 キヴォトスの生徒達は、その殆どが自身でカスタムした専用の銃を携帯している。それは銃撃戦が身近に存在しているためであり、大抵の場合は自衛の目的があった。

 

 同じ銃、同じ銃弾を使用しても、その威力には個人差が発生する。それは射程や精度、速射性なども同様だが、やはり最も重要視されるのは単純な火力である。なぜならキヴォトスの住民は銃撃で致命傷を受けたりしない。銃撃戦においては相手の無力化が焦点になり、どちらが先に相手を気絶させられるかが問われるのだ。

 

 市販されている銃では自身への最適化が叶わない。だから生徒達はこういった射撃場で自身の特性を把握して専用の改良を加えるのだ。

 

「…………」

 

 説明を始めた。

 先生の銃撃は威力が低い。銃本来の火力のみで、キヴォトスの人間なら当然の特性が付与されていなかった。

 

 外から来たのだから当然だが──これは致命的な問題だ。先生の銃は相手に効かず、対して相手からの銃弾一発で先生は死に至る。

 

 アオイが先ほど告げた通り、キヴォトスでは銃撃、砲撃、爆撃は日常の一つだ。下校後に寄るスイーツショップの選定で揉めただけでも銃弾など容易く飛び交う。こんな射撃場だってトイレと同じくらい普及している世界なのだ。それが全て、致命傷となりえる。

 アオイは眉をひそめた。

 先生と生徒.

 文字通り生きる世界が違うのだと感じる。

 

『わかった。逆よりは良い』

「……どういうこと?」

『この世界において、私は虚弱な存在なんだろう。生徒を力で従わせる事が不可能なら、怖がられる事は少ないはずだ。増長して問題を起こす事も難しい』

「その前に自分の命の心配したらどうかしら」

『それも難しいだろうな』

 

 他人事のように返し、先生は射撃場から退室した。

 

 ◇

 

「まずは<シャーレ>の立ち上げからね」

 

 扇喜アオイという名の女子生徒は淡々とした様子で幾つかの書類を渡してくる。<連邦生徒会>が私の所属する組織を正式に認可するためのものだ。紙媒体にして辞書数冊分の厚みは見る者の精神力を大幅に削ってくる。

 

「サインをしてもらうわ」

「これ全てにか」

「ええ。時間には余裕があると思うけど」

 

 その通りだった。検査を終え、<シャーレ>も稼働前である私には何の権限もなく、それを使った活動を行う事もできない。キヴォトスの人間ですらないからアルバイトも不可能だった。アオイの言う通り、果ての無い書類仕事だけだ。

 

「ふぅ……」

 

 腰を下ろした財務室長が息を漏らす。

 とりあえず用意された執務室には調度品なども置かれておらず、業務用のPCだけが置かれたデスクと、ローテーブルにソファくらいしか設置されていない。

 

「疲れているな。横になったらどうだ。ここには私以外誰もいない」

「……セクハラかしら」

「ここに体調をリアルタイムで測定できる装置もある。このPCでモニタリングも可能だ。装着を勧める」

「セクハラね。<ヴァルキューレ>を呼ぶわ。<シャーレ>は取り潰しで、それを無理やり推し進めた人物の不信任決議に発展するでしょう」

「推し進めた。七神リンか」

「そうよ。連邦生徒会長が残したものを、彼女は愚直なまでに守ろうとしているの。先生もその一つ」

「リンが私の検査をアオイに任せた理由が分かった」

 

 恐らくだが、扇喜アオイは七神リンの業務に対して批判的な立場の存在なのだろう。悪感情を抱いているからというわけではなく、強い権力を持つ者にはそれを監視し、常に反対意見を挙げる者も必要になる。それが健全な統治機構に必要な仕組みだからだ。

 だからこそ、七神リンは私という”爆弾”を扇喜アオイに任せた。彼女が精査し、認可したのなら周囲は口を挟めなくなる。それだけの能力と立場をこの財務室長は確実に持っているからだ。

 

 だが──私はペンを走らせながら目を細めた。まだ女子学生という存在の彼女らが大人が座るべき椅子に座らされている。それは酷く危険な事だと感じた。

 キヴォトスは学園都市だ。生徒が運営するものなのだろう。そこに異を唱えるつもりはない。しかし、大人として見過ごせる問題だとも思えない。

 

(シャーレか……)

 

 誰が見ても危険な組織だ。私がしくじれば七神リンの悪評へと繋がる。しかし、今は必要な存在でもあるのだ。恐らくは反七神リン派筆頭である扇喜アオイが認可手続きに参加している事からもそれは分かった。

 

 書類を見つめながらでも生徒の様子くらいはわかる。ぼんやりと天井を仰いでいるらしい財務室長に声をかける。彼女は明らかに取っつきにくい性格であり、そして<シャーレ>に対しても批判的な立場でもあるはず。話題は慎重に選ばなくてはならない。

 

「リンとは仲が悪いのか」

 

 書類を見つめながらでも生徒の様子くらいはわかる。私の質問によって急激に機嫌を悪くしたアオイからの視線を感じた。

 

「そう見える?」

「七神リンへの悪感情は無いが、立場上批判的な姿勢を崩すことも出来ない。続出するトラブルと膨大な業務量も相まって関係の悪循環が起こっている事に強い苛立ちを抱いているように見える」

「凄い妄想力。私とあの人が話しているところを見た事もないのに。……主席行政官が何か言っていたの?」

「そういった時間はなかった。ただ、リンの話題が出た時からアオイの言動には複雑な感情が表出している。質問が増えるのは自信がなく、不安を感じている証拠だ」

「ふぅん……今の私の様子からはどんな感情が窺えるかしら」

「私への強い怒りに決まっている」

「洞察力もなかなかね」

 

 アオイは右腕を額に乗せたまま、呆れたように息をついた。

 一〇分ほどだろうか。執務室は私がペンを動かす音だけが響いていた。

 

「……先生」

「なんだ」

「<シャーレ>の設立は認可されるわ。これはほとんど確実」

「そうか」

「その後は、どうするつもり?」

「キヴォトスの現状は聞いている」

 

 この何日かで私の所にも学園都市の情報は入ってきていた。大抵はリンから聞いた事が深堀されただけの……あまり良くない内容である。

 連邦生徒会長の失踪に伴い、統治機構の機能が低下及び停止し、それは一週間足らずでキヴォトス全土へ広がっていった。真っ先に悪化した治安に関しては各学園が率先して鎮圧しているようだが、自治区を飛び越したトラブルに関しては武力衝突の引き金にもなりうる。

 それを調停する立場の<連邦生徒会>が動けない以上は、今この瞬間にも火薬庫へ着火済みの導火線が近づいているという事だ。

 

「まずは<連邦生徒会>に統治能力を取り戻してもらう」

 

 財務室長である扇喜アオイがどうして、ソファに座っていられるのか。

 キヴォトスの中枢に存在する”サンクトゥムタワー”という名の建造物は<連邦生徒会>の本拠地だ。この塔にはデジタル・アナログ関わらず統治能力の殆どが集中しており、ここに問題が発生すると遅滞なく学園都市全体で混乱が発生する。まさに今がそうだ。

 

 なぜサンクトゥムタワーが機能不全に陥ったかと言えば、その全権を握っている連邦生徒会長が行方不明になったからだという。

 トップが失踪したら組織全体が動けなくなる仕組みには恐怖しか感じないが、それによりアオイのような管理職は時間に余裕が出来たようだ。下から上に登ってくる情報を精査、管轄するのが彼女の仕事であり、全ての情報が錯綜し停滞し混沌としている現状では動きようがない。

 

「これは防衛室の方から来た情報だけど」

「うむ」

「筋金入りの危険人物が矯正局から脱走したらしいわ。追跡にあたった<ヴァルキューレ>警備局の二個中隊が壊滅。犯人は今も逃走中よ」

「話と違うな。ここは学園都市と聞いたが」

「逃走した方向にはサンクトゥムタワーがあるって話」

「…………」

 

 機能停止したサンクトゥムタワーの再起動には、必要なものが幾つかある。まずは管理システムへのアクセス権を有する”シッテムの箱”。この持ち主である連邦生徒会長が失踪した事がキヴォトス混乱の理由だ。

 そして、この”箱”を扱える人間はもう一人存在する。

 それが<シャーレの先生>。つまりは私なのだ。

 

 つまり正式に組織が発足した後、私がサンクトゥムタワーへと足を運び、”シッテムの箱”を起動。その制御権を用いてサンクトゥムタワーを復活させる──というのが”先生”の初仕事となる。

 しかしながら、そのサンクトゥムタワーには完全武装した警察学校の生徒達二個中隊を容易く壊滅させられる危険人物が向かっているという。

 

「重要な建造物を警備していないのか」

「防衛部隊は常駐しているけれど……」

 

 私のPCとアオイのスマートフォンが同時に着信音を発した。

 緊急と銘打たれたメールの冒頭には「サンクトゥムタワー陥落のお知らせ」という文面が綴られていた。

 財務室長がぐったりとした様子で顔を両手で覆った。それは私も同様だった。

 

「サンクトゥムタワーの奪還……<シャーレ>のお披露目にはぴったりね。キヴォトス全土が注目するわ」

「私が蜂の巣にされるところをか」

「それも悪くないけど、戦力については主席行政官が手を回しているはず。私の方からも防衛室に話をしておきましょう。公安局は無理でも、警備局くらいは招集できるはず」

「わかった。感謝する」

「なら……その書類、今日中に全て仕上げてね。よろしく」

 

 扇喜アオイは適当に手を振ると退室していった。

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