先生「バキバキの記憶喪失」   作:地産地消

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仕事の方が試験等で忙しく、予約投稿が切れていた事にも気づけませんでした。申し訳ありません。



第10話 復興会議

 今日も今日とて柴関ラーメンだ。

 アビドスにいる期間は毎日のようにここを訪れている。私を締め付けて逃さない包囲網によって制限がかかったとしても変わりはない。

 開店直後を狙うのは当然だった。混んでいる時間に行く事は店の迷惑に繋がるからだ。

 暖簾を潜る前に一礼、気持ちを引き締めて入店。本当であれば柴大将へ向けて二拝二拍手一拝をおこなうべきなのだが、この店唯一のアルバイトから出入り禁止措置を仄めかされているため断念する他なかった。

 『発砲、爆破を含む店内における迷惑行為全般、それを招く言動及び、過度な神格化を禁止いたします』という壁の貼り紙が存在感を放っている。

 

「いらっしゃい。お、先生。今日も一番乗りか」

「失礼します。アビドスにいるからには、ここで食事をしないと」

「それはありがたいがよ、あの子らが先生のために料理するとか言ってたぜ」

「そんな事はさせられません。今は借金返済のみに集中してもらうべきです」

「普通、女子高生の手料理っつったら喜ぶもんだろうに」

 

 変わってるねえ、と言われる。

 実際、<対策委員会>の生徒達からも食事を作るという打診はもらっていた。しかし、私が柴関ラーメンとの比較を持ち出した事で食い止めることに成功している。

 『大将への愛が重すぎて気持ちが悪い』『女の子の料理をプロと比べるとか最低』『出禁にするぞ』といった罵倒や脅迫がされるも、動じる事はない。

 店内において二拝二拍手一拝を断念した私のマナーは完璧であり、理想的な常連客なのだ。常に私を罵倒する事に余念がない黒見セリカですら、穢れの無い信仰以外の欠点を見つけ出せずにいる。

 何度かD.U.へ戻る度に、飲食店を訪れてみるのだが柴関ラーメン以上の感動と衝撃はなかった。もはやこの店は私にとって魂の故郷とも言うべき存在であり、このカウンター席に座っている時だけは、記憶喪失や自身の責務について忘れる事が出来た。

 

「今日は月曜だから、柴関ラーメンだよな」

「お願いします」

 

 頼むラーメンは曜日によってローテーションが組まれており、それは大将も完璧に把握していた。夕方ごろ、アビドス生を伴って訪れる場合はまた別の設定がある。皆から気持ち悪がられるのはこういった部分だった。

 

「ふぅ……」

 

 ここには安寧がある。

 月曜の昼前という事もあり、まだ他の客や常連の姿はない。一週間に一〇回以上も来れば顔なじみも自然と増える。常連のほとんどとは顔を合わせれば挨拶するし、最近の情勢について話すくらいの関係を築けていた。

 柴関ラーメンがキヴォトス中に広がれば、地の底にまで落ちた治安も回復するだろう。

 チェーン展開すればもっと大きな収益も見込めるだろうに、柴大将にそのつもりは無いらしい。神特有の無欲といったところだ。余りにも神々しかった。

 しかし逆を言えば、大将が店を畳めばここのラーメンは途絶える事になる。考えるだけでも恐ろしい事態だ。噂によると黒見セリカにのみはレシピを伝授しているという事だが、それを探る勇気はなかった。

 

 もし真実だった場合、私は一生徒の奴隷になるかもしれないからだ。その場合<シャーレ>はセリカの傘下に入る。ここが本部になるという事だ。

 セリカは戸惑うだろうが、私は戸惑わない。明らかに学園都市全体を巻き込んだ事態に発展するのだとしても、それは何の障害にもならなかった。

 なぜならそれが愛だからだ。私は柴大将を通して愛という概念を学んでいた。

 

「失礼いたしますわ~」

 

 いつものようにそんな事を考えていると、店の出入口から客が入ってくる。常連でないことは空気でわかった。隙だらけだったからだ。

 大将が厨房から顔を出してお決まりの挨拶をする。素敵だ。私も視線を向ける。相手は見知った生徒だった。

 D.U.の精肉店前で美食を説いたゲヘナの女生徒だ。

 

「あら?」

「どうも」

「どうも~。お隣、よろしいですか?」

「もちろん」

 

 銀髪の女生徒が腰を下ろす。

 被っていた小振りな帽子を取ると、香水だろうか。上品な香りがふわりと鼻をくすぐる。長く美しい銀髪がさらりと背中へ流れた。柴大将から冷えた水とメニュー表を渡された彼女は難しい表情になり、

 

「なにを頼むべきでしょうか……」

「…………」

 

 真剣に悩み始める。初見ならではの悩みだ。決して間違えたくないからこその苦しみがそこにはある。

 この店を評価する口コミサイト等を見てきたようだ。しかし、だからこそ逡巡する。塩醤油豚骨味噌、そして柴関ラーメン。全ての品にファンがいるからだ。私は常連として口を挟まなかった。最初の選択を奪う権利など誰にもない。

 隣ではメニュー表を閉じる音がした。

 

「この方と同じ物を」

「はいよ! 柴関ラーメンね!」

「…………」

 

 隣の客と視線が交錯する。

 控えていたつもりだが、私から漂う常連のオーラを嗅ぎつけたようだ。迷ったら他の客が頼んでいるものを参考にする。なるほど、只者ではない。というか、なぜ彼女はわざわざ私の隣に座ったのだろう。

 

「このお店には、何度かいらっしゃっているのですか?」

「毎日いるよ」

 

 なぜか柴大将が応えた。

 

「おすすめはなんでしょう?」

「注文した後で訊くんですか」

「貴方からは美食の波動を感じます。数多の口コミより、よほど参考になりますわ」

 

 美食、という言葉に柴大将が少し反応するが、そのまま厨房に戻っていく。

 

「……誰かに勧められるほど、私は美食を理解していません。ただ、このお店について言えることがあるとすすれば、それは好き嫌いではなく──愛です」

「なるほど……」

 

 彼女の悩み方を見るかぎり、ここにはそう何度も来れない事が予想できる。いつでも来られるのなら、もっと気楽に決められるからだ。つまりこの女生徒は、たった一度のチャンスを私を基準として使ったのだろう。

 私がなんと答えようと、柴関ラーメンについて知りたいなら言葉はいらない。無知な私が言葉をいくら並べたところで、それがたった一口に勝る事はないのだから。

 店の名前を冠する品が、私たちの前へと置かれた。

 そこから先は無言だった。

 

 その後に何かあったとしたら、ゲヘナの美食家は店を去る際、二拝二拍手一拝をしていったという事だけだ。

 

 ◇

 

 午後になり、いつもの教室。

 

「はい、それでは定例会議を始めます!」

 

 奥空アヤネが手を鳴らし、開会のあいさつを述べる。

 週の始まりに一度の会議。<対策委員会>メンバーが顔を揃えて情報を報告し、活動方針を定めるための集まりだった。最初は真面目に進むのだが、途中から脱線して雑談が飛び交うことになるというのが前回の流れだ。

 

「先生はまた柴関に行ったの?」

 

 しかし私の左隣に座った砂狼シロコの言葉によって、今日は最初から脱線することになった。

 

「また行ったの!?」

「ずる~い」

「これで四日連続ですね☆」

 

 すぐさま反響がある。

 

「別に悪い事はしていない」

「私たちには勉強しろーとか言っといて、自分は聖地巡礼? 大人って良いご身分ね!」

「勉強をするよう言ったのは、セリカの成績を見た関係者が一様に危機感を覚えるからだ」

「なっ……! そ、そんなことないし!」

 

 黒見セリカが味方を見つけようと周囲を見渡すが、誰も何も言わない。目を伏せられるだけだ。

 アビドス生は学業以外の心配事が常に存在しているため、他の学園と比較すると勉学に集中するための環境が余り良いとは言えない。

 振る舞いから分かる通り、ノノミとアヤネは順調であり、運動大好きシロコも主要教科全般はトップクラス。

 だが、空き時間はアルバイトに充てているセリカは危険域だった。アビドスでなければ落第ラインだろう。

 そして、もう一人。

 

「ホシノ先輩もヤバいでしょ!?」

「ホシノ先輩もヤバいのはみんな知っている」

「うへ、そうかなあ? こないだのキヴォトス模試は~」

「受けてすらいないはずだ」

「え!? ホシノ先輩……私には受けたって言ってましたよね?」

 

 ノノミを騙していた事が発覚した委員長は額に汗を浮かべた。

 キヴォトスにおける授業は、BDという映像媒体を用いた個人学習がメインとなる。教職員の役割を有する人型ロボットは存在していても、それはテストの採点や出席率の管理を担当しているだけだ。

 生徒個人の得意不得意と進路を把握し、それに向けた実践的な方針の検討などは行わない。だから成績に関しては、生徒一人一人の意欲がそのまま反映されやすい。

 

 <対策委員会>のメンバーは他の学園と比較してハンデが多い。私はキヴォトス唯一の先生であり、アビドスを訪れた以上、その現状を見過ごすわけにはいかない。生徒達の大切な時間を、借金の返済のみで終わらせるわけにはいかないのだ。

 

「おじさんは別にいいんだよー。将来の事とか考えてないし、今を大切にしなきゃねー」

「良くありません。委員長として、ホシノ先輩には皆の模範となってもらわないと」

「でもでも、ほら、色々と忙しいから。歳のせいで頭も固くなっちゃってさー」

「昼寝のし過ぎ」

「ほとんど歳の差ないでしょ!」

「うへー、集中砲火だ。せんせー、責任取ってよー?」

「何の責任だ」

「おじさんの生活習慣が崩れかかってるんだよー? 先生のせいだよー」

「違う」

 

 机に突っ伏してやだやだと駄々をこねるホシノは、どうにかして私のせいにしようとしてくる。

 

「私は生徒の将来を少しでも良くするために存在しているんだ。もちろん借金の返済や学校の復興もそうだが、生徒個人の問題を放置しておくことはできない」

「おお……」

「たまにマトモになるわね」

「さすが先生ですね~」

 

 ノノミからよしよししてもらって私は自身の勝利を確信した。いつも失言ばかりしていると思ってもらっては困る。

 しかし相手も一筋縄ではいかない。アビドスを一人で背負ってきた委員長はニヤリと笑い、

 

「えー? じゃあ、おじさんがこのままだったら、アビドスにずっと居てくれるってことー?」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

 

 小鳥遊ホシノへの批判路線で一致団結していた議場の空気が、一気に変化する。全員が私に視線を向け、緊張感を含んだ静寂が立ち込めた。

 進行役のアヤネと左隣のシロコは無表情だし、右隣のノノミは笑顔のまま何も言わない。斜め前にいるセリカは頬杖をついた状態で、視線だけこちらに向けていた。

 

「先生もまだまだだねー? こういうので負ける気がしないや」

 

 周囲の反応も、ホシノが勝ち誇る理由も分からなかった。負けたのだろうか。

 

「なんだ、この空気は」

「先生、どうなの?」

「え……」

「生徒個人の問題が解決しないと、アビドスから出られないの?」

 

 シロコからガチの空気を感じる。瞬きをしてほしかった。

 

「す、少なくとも改善の兆しが見られなければ、仕事を終えたとは言えないだろうな」

「わかった」

 

 何がわかったのだろう。

 不安になる私を残して、会議が進んでいく。

 

「先生の決意表明も聞けたところで、本題に入りたいと思います」

 

 プロジェクターから投影された映像に、売り払われた鹵獲品の情報が表示された。D.U.で仕事をした際に話を聞いたチンピラ生徒から、良い店を紹介してもらえたのだ。

 自走砲二両は、アビドスが返済する借金三か月分以上の金額になった。今回の議題はそこではなく、鹵獲品に使われていたパーツについてだった。

 

「やはり、正規の市場に流通していない違法な部品だという事で確定しました。専門家の方々から見てもらったところ、ほぼ間違いなくブラックマーケット由来のものだそうです」

 

 使われていたパーツは規格だけ合わせた物で、強度や精度が正規品と比べて劣る。手の届きやすい金額である代わり、想定されるスペックを満たすことは不可能だ。

 キヴォトスで指定されている検査項目もパスできないので、売却時にその項目で値引きがされてしまった。その際に部品の事を尋ねたら、ブラックマーケットで頻繁に流通されるのものだと教えてもらえたのだ。

 重火器のパーツをまとまった数、生産し続けられるという事はつまり、個人による物ではない。

 学園自治区が違法パーツをブラックマーケットに卸すメリットはほとんどない。デメリットの方が大きい。

 企業がやっている可能性が極めて高いのだ。

 

「じゃあ、やっぱりいつかはブラックマーケットに行く必要があるって事ね」

「そうですね。ただ、あの区域は謎も危険も非常に多いですし、何かを嗅ぎ回れば逆に警戒されかねません。もっと証拠を集めないと……」

 

 ブラックマーケットは非常に広大で、平均的な学園自治区数個分……”三大校”並みの規模を誇っているのだ。

 違法部品のような、他の地区にはない文化や技術も多数あり、独自のネットワークも存在している。もしトラブルを起こせば指名手配犯のような扱いになって侵入すら難しくなるのだ。

 だからこそ入念な証拠集めと、それを辿る道筋の設定が必要になる。

 

「とりあえずは、次回の集金を待ちたいと思います」

 

 どうしてカタカタヘルメット団の包囲網を、<カイザー・ローン>の現金輸送車がすり抜けて来られたのか。そこが黒幕への糸口になるだろう。

 

「そうなると、渡したお金や輸送車に発信機を付けるのでしょうか」

「通常の機器では発覚し、事態の悪化に繋がる恐れがある。こちらが鹵獲品を売却した以上、相手も警戒しているはずだ。私の伝手を使おうと思っている」

「セントラル・ネットワークとかー?」

「あれは卑怯すぎるからダメだ」

 

 アロナの力を使えば、今すぐに現金輸送車の足取りを追う事だってできる。しかしそれは<シャーレ>の権力とオーパーツの濫用に過ぎない。

 ここは情報機器に関しては右に出る者がいない、”天才”から助力をしてもらうつもりだ。

 私がそう答えると、ホシノから向けられていた何らかの疑念は外れる。

 

「遠からず、ブラックマーケットへ侵入する事になると思われます。私たちの制服や学生証をそのままで行く事は出来ませんので、入念な準備が必要になります」

「わあ☆ 本格的な作戦ですね!」

「確かに、スパイ映画っぽくなってきたかも」

 

 所属を隠すことはもちろん、ブラックマーケットに侵入した痕跡も全て消す必要がある。使用している回線や通信機も新調するべきだ。チャンスは一度きりで、それすらまだ掴めていない状況である。

 今ある手がかりを失えば、本当に黒幕を追う事ができなくなり、それはアビドスの滅亡にも繋がりかねない。

 ショッピングだとはしゃぎ始める面々を見ながら、私は喉奥で唸った。

 

「ちょうど水着が欲しいと思ってたんです!」

「水着だと」

 

 ノノミから衝撃の発言が飛び出したために、私は思わず食いつく。すかさず誤解が生まれた。

 

「せんせー? 生徒の水着が気になるんだ?」

「た、確かに、凄い反応速度でした。ノノミ先輩の水着に対して……」

「やっぱり変態じゃん」

「先生は水着が好きなの?」

「違う違う違う。誤解だ。ブラックマーケットに水着で行くのかなって、先生は心配になっただけだ」

「そんなわけないでしょ。どうせみんなで買い物に行くなら、夏物も買おうってだけよ、変態」

「流石に失礼だぞ。先生と呼びなさい、セリカ」

「分かりました、変態先生」

「まったく……教育が必要だな」

 

 重要な作戦を前に水着選びなどされては困る。そういった事は作戦成功後に取っておいた方が良い。なので、ここはもう少し危機感を持ってもらうべきだ。

 そう思い私が立ち上がると、懐から何かがどさりとテーブルに落ちた。

 柴関ラーメンで働く黒見セリカの写真だった。枚数は二〇〇枚を超える。市街地で食事を摂った帰りに現像してきたばかりだったのだ。

 

「おっと」

 

 私は特に慌てることもなく、おちついてそれらを回収した。私に写真の現像を依頼したホシノが顔を両手で覆って震えている。

 

「セリカだけではない。皆、少し浮かれているように思える。ブラックマーケットへの潜入は極めて大きな危険を伴うんだ。夏に向けての準備はまた今度にしてもらいたい」

「あんたさ」

「はい」

「今のなに?」

「見れば分かるだろう。セリカの写真だ。今はそれよりも」

「そこに座んなさい」

「はい」

 

 促されて正座する。セリカの顔には影が差しており、眼だけがギラついた輝きを放っている。激怒しているようだった。

 

「なに人の写真を携帯しながら説教してきてんの?」

「私は監督者として、危機管理意識を喚起しただけだ」

「危機管理意識が足りていないのは写真ぶち撒けたあんたでしょ」

「…………」

 

 なるほどと思った。

 人から頼まれた物は、もっと丁寧に扱えという事だろう。依頼主である小鳥遊ホシノが会議の開始時間に遅れたために、渡すタイミングを逃している。

 しかしそれなら、もっと違う形で保管しておくべきだったとセリカは言っているのだ。

 

「違うから」

 

 違ったらしい。

 アビドスのメンバーは誰も助けてくれない。撮影していたのは彼女たちなのに、肩を震わせているだけだ。

 

「いま拾ったの、全部出しなさい」

「わかった」

 

 抵抗した場合、殺される。

 私は素直に写真の束を差し出した。セリカは中身を改めて確認したあと、顔を真っ赤に染めた。理由は不明だった。笑顔で仕事に専念する自分の姿が、余すことなく収められているのだ。誇るならまだしも、恥ずかしがる理由にはならない。

 

「こ、このことは柴大将にも言うから」

「良いだろう」

 

 既に撮影の許可を取っているから平気だった。

 没収された写真には邪な目的のあるアングル等もない。注文を取っている姿や、配膳や会計をしたり、テーブルを拭いたり整理している場面、客と談笑しているところばかりだ。お店の宣伝にもなりうる。

 それを見たセリカのボルテージが下がっていくのを感じた。

 誤解が解けたことで安心と共に立ち上がり、中断していた会議を再開しようと着席する。

 その拍子に、携帯していたもう一つの写真の束がテーブルに落下して広がった。

 

「おっと」

 

 落ち着いて回収する。二度目という事もあり慣れている。こちらは不許可で撮影した際どいアングルの物を纏めた束だった。

 二度目という事もあり、セリカもリラックスした様子で離席し、近くのガンラックに収められている愛銃を取って安全装置を外した。

 

 ◇

 

「えーっと、中断していたところから再開したいと思います」

「やっとか」

「先生は静かにしていてください。話の腰を折るにしても、あんなのは初めてみました」

 

 会議中に死人が出かけたというのは、長いアビドスの歴史でも類を見ない事だろう。

 入念なボディチェックを受けた私は神妙な面持ちで頷いた。

 ノノミの水着発言に反応した直後にセリカの写真をぶち撒いた私に発言力はない。議題は移り、<アビドス高等学校>が抱える問題についての話になった。

 借金を返すための手法及び、新入生の勧誘だ。先ほど凶行に及びかけたセリカが手を上げる。

 

「はい、黒見さん」

「これこれ! これ見てっ!」

 

 カバンから出したのは小石が数珠のように連なったブレスレットだった。

 意図が分からない私を除く全員が息を呑んでいる。セリカはキラキラした瞳で語り始めた。

 

「ゲルマニウム麦飯石ブレスレットって言うんだけど、これを付けているだけで運気が上がるんだって!」

「…………」

「しかも今なら、これを三人に売るだけで効果倍増! 売れば売るほど儲かるってわけ! どう!? 凄くない!?」

 

 駅前でこの説明を受けたセリカは複数個購入したようだ。

 様々な疑問点が浮かぶ。意図せず詐欺行為に関与した彼女が会計という役職に就いていることや、限界集落一歩手前のアビドス自治区で詐欺が横行していること、周囲の反応から鑑みるに、騙されるのはこれが初めてではなさそうなこと。

 なんにせよ、マルチ商法を検討するにはまだ早い。却下されたセリカはノノミの胸でさめざめと泣いている。

 次に手を上げたのは小鳥遊ホシノ委員長だった。

 

「……小鳥遊ホシノ委員長。あの、他にどなたかいないんですか?」

「アヤネちゃんひどーい。おじさんだってちゃんと考えてるよー」

 

 えへん、と咳払いし、ホシノはいつになく真面目な表情になった。

 

「生徒数を増やす事。これが一番大切だよねー。学校の力は生徒の数で決まるし、学校の力が増えれば<連邦生徒会>に議員を輩出することも出来る。そうすればキヴォトスでの発言力が向上して、借金返済も楽になる。簡単な話だよね」

「そ、それはもちろん。でも、ホシノ先輩。その生徒数を確保する方法をまず考えなければならないわけで……」

「簡単だよー。各学園のスクールバスを襲撃するの」

「へっ!?」

「もちろん、ただ攫うわけじゃないよ? 襲撃するグループと、それを救出するグループの二手に分けるの。そしたらさ、『ピンチを救ってくれたあの学校はどこ!?』って有名になるじゃーん! 転校生も新入生もがっぽがっぽだよねー?」

「…………」

 

 奥空アヤネが気の毒に思えてくる。

 委員長という立場の人物が、誘拐と救出を絡ませたマッチポンプを嬉々として語っているのだ。親友のセリカは危機感を覚えているらしい。アヤネの様子をチラチラと窺っている。

 

「却下です」

「えー? 良い案だと思ったんだけどなー」

「次の方……」

「はい」

「…………」

 

 満を持して手を挙げたのは砂狼シロコだ。

 委員会の中でも独特な立場を有する影の首領である。冷静沈着であり、どんな時でも頼れる美少女なのだが、どうしてか周囲からの反応は冷ややかだった。

 

「あの、本当に良い案なんでしょうか……?」

「もちろん。最高に冴えた、たった一つの方法を考えてきた」

「で、では。二年の砂狼シロコさん、お願いします」

「銀行を襲うの」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

 

 結末を悟り、何かを受け入れた黒見セリカが両手で顔を覆う。

 これは……冗談ではない。色々な意味で。

 シロコはジョークを言わない。こうしている間も、本人は真面目な表情でプレゼンテーションをしている。

 

「監視カメラの位置、警備員の動線、治安組織が駆け付けるまでの時間、退路の確保、全て考えてある。五分で一億は簡単に稼げる」

「…………」

「どう、先生?」

「え……?」

 

 意見を求められた私は混乱した。

 助けを求めるべく辺りを見渡すが、ホシノとノノミは笑っているし、セリカは諦観したまま動かない。アヤネは無表情だが、『お前がなんとかしろ』と言わんばかりの圧を向けてくる始末だ。

 こんな状況で馬鹿を言うなと突っぱねる事は簡単だ。しかし、生徒が真面目に考えてきた案を無碍には扱えない。銀行強盗自体は良いが、今はタイミングが悪かった。

 セリカの反応からして、アヤネを怒らせるとまずい。私も怒らせた事があるから分かる。素朴で穏やかそうに見えて、異様に芯が強いのが奥空アヤネだ。

 詐欺だの誘拐だので場を温めてからの銀行強盗。ガソリンの近くでバーベキューをするかのような危機感が高まっていた。

 

「し、シロコはどんな銀行を狙おうとしているんだ」

「どんな銀行でも良い。難易度が高ければ高いほどやりがいがある」

 

 良いわけがなかった。

 せめて入念な計画性を披露し、現実味を帯びさせてもらいたかった。今の発言は銀行強盗そのものが目的と捉えられる危険がある。

 

「覆面も用意してきた」

 

 シロコが鞄から六枚の目出し帽を取り出した。額に〇から四までの数字が振られている物と、Sの文字がある物。いずれも手作りであり、彼女が本気である事を表している。

 アヤネが冷たい声で言ってきた。

 

「……先生、言ってあげてください」

「シロコは編み物が得意なんだな」

「そうじゃないですよね!?」

 

 一喝される。

 私が追いつめられると楽しそうにする小鳥遊ホシノは覆面を被りながら、

 

「えー? でも良いよこれー。確かに細々と借金を返すより、ガツンと一発大きいの狙うのも悪くないよねー」

「可愛いです☆ ほら、セリカちゃんも!」

「え、私は良いから!」

 

 全員に覆面を被ってもらい、写真撮影をおこなう。

 

「却下という事で」

「ど、どうして」

「言わなきゃダメですか? 詐欺も誘拐も強盗も、犯罪行為は駄目です!」

「でも、先生は良いって言ってたし……」

「シロコ、私の発言を捏造するのは良いが、本人の目の前でやるのはやめなさい」

「…………」

 

 覆面を取ると、ふくれっつらで不満を露わにするシロコが現れた。銀行強盗に対して強い執着があると見える。

 現金輸送車を追う予定がある以上、この覆面を使う場面もあるだろう。しかし今はアヤネをこれ以上刺激するわけにはいかない。

 

「ど、どなたか他の案がある方はいらっしゃいませんか……?」

「それでは、私から」

「に、二年生の十六夜ノノミさん、お願いいたします。本当に」

 

 進行役からしたら、ノノミは最後の砦だった。

 これまでの犯罪会議にはノリノリであったとしても、良識の塊のような少女だ。しかも自身満々の様子。期待が高まる。

 

「アニメで見たのですが、廃校から免れるとっても良いアイデアがあるんです」

「それは……」

「スクールアイドルです☆」

「おお……」

「先生は反応しないで」

「<対策委員会>のみんなでアイドルをすれば、キヴォトス中で人気が出て借金も返済できますし、新入生も確保できます! 如何でしょうか!?」

「…………」

 

 悪くないかもしれない。少なくとも犯罪性は無いし、アビドス生は美少女のみで構成されている。売り方次第では多大な収益も期待できる。

 私は手元のノートパソコンで簡単に検索してみた。いま現在、キヴォトスで精力的に活動しているアイドルはいない。学園都市の生徒は美少女のみだし、住民もロボットや獣人がほとんど。それぞれ趣向が異なり、人気商売は普及が難しいかもしれない。

 

「却下」

「え!? どうしてですか、ホシノ先輩!」

「おじさんはもう歳だし、歌とか踊りなんて頭も体もついていかないってー」

「歳ほとんど変わんないでしょ」

「セリカちゃんはやりたいんだ? アイドル」

「はっ!? そんなわけないから!」

 

 なぜかセリカからキッと睨まれる。

 それから会議の場はしばらく議論で湧く事となる。詐欺はともかくとして、アイドルと銀行強盗は両立するのではないか、という意見が出てしまったからだ。

 人気を出すためには資金が必要となり、それが今のアビドスには無い。だから銀行を襲撃することで元手を確保し、アイドル活動で資金洗浄をおこなう。ホシノから出た誘拐からのマッチポンプも広報活動に活かせるかもしれない。

 ツアー等でファンが移動するバスを襲撃し救出すれば、良いイベントになるからだ。グッズ販売には詐欺の要素も含まれるため、セリカの案も加味することが出来るだろう。

 形になりつつあった、それらの案をバッタバッタと切り伏せたアヤネが疲労困憊の様子で私に言ってくる。

 そろそろ柴関ラーメンに向かう時間だ。

 

「はあ……もう。先生からも何かお願いします」

「何かとは、私も案を述べればいいのか」

「最後に何か、何かお願いします」

「……わかった。これはあくまで思いつきなんだが」

 

 柴大将の顔が頭から離れない。

 夕暮れとなり、赤く染まっていく空を眺めていると無性にラーメンが食べたくなる。中毒ではないが、それ以外考えられなくなるのだ。アビドスでの生活で得た贈り物の一つであった。

 

「アイドル活動や銀行強盗も悪くはない。だが、アイドルをするとなると時間が取られ過ぎる。売れっ子になればなるほど、プライベートは削られるだろう。銀行強盗には捕縛のリスクがあって、何度もやれるかどうかわからない。すなわち、<対策委員会>の時間を奪い過ぎず、また世代交代を経た後でも恒久的に続けられる事業が良いと私はいま考えた」

「いま考えた……?」

「それはいったい……」

「ギャンブルだ」

「ギャンブル……?」

 

 また犯罪か? そういう顔をされる。賭け事に良いイメージが無いのだろう。金銭面で困窮しているアビドス生からしたら、触りたい要素ではないかもしれない。それは理解していた。

 明日は火曜だ。火曜日は特製味噌ラーメンを食べる。という事は、今日の夕方に食べるメニューを考えなくてはならない。

 しかし、キヴォトスには様々な学園が存在し、その中にはギャンブル──というよりカジノの経営を中心とした自治区もあるのだ。学園都市中から人が集まり、常に莫大な金が動いている。

 複数の巨大客船で構成されるその学園自治区はとにかく華やかで、宿泊施設や移動手段としても全てが一級品。参加したゲームの結果によってランクが決まり、それに伴い受けられるサービスも上下する。

 一攫千金が狙える夢のような空間との事だ。

 そう、私の食事内容は野菜を欠いているという指摘を頻繁にされるため、今日は野菜ラーメンの野菜マシマシトッピングで行こう。あれは完全な完全食であり、セリカからの好感度も稼げるからだ。

 

「なんか思考が倒錯してるねー」

「これは禁断症状でしょうか」

「でも、カジノをやるとしても基となる資金が必要ですし、治安の悪化に対応するための人手や戦力も用意しなくてはなりません。そもそも、賭場を開発する事が難しいのではないでしょうか」

「それをする必要はないんだ」

 

 アビドスにあって、他の自治区に無いものはなにか、という点だ。仮に事業が上手く行ったとして、それを真似る後続というのは確実に現れる。それはどんな産業においても同様だ。先人の真似をすることで技術も文化も洗練されていく。それは健全な経済活動の一環に過ぎない。

 だが、アイデアを盗まれるのは面白くないだろう。

 だから一番手にも独自性というのは大切だ。

 

「戦車レースというのはどうだろう」

 

 この自治区には他では絶対に真似できない、不毛の大地がある。開発しようにも旨味は皆無で、誰も手を付けない広大極まりないだけの土地だ。

 カジノはもちろん、例えば競馬や競艇、他のスポーツを通しての賭け事には、アヤネの言う通り下準備が必要となるだろう。

 しかし、走らせるのが戦車だとしたら、その問題はクリアできる。もともと悪路を走破するためのヴィークルだし、種類も豊富でキヴォトスの生徒ならほとんどが操縦できる。乗り手を探す必要がないのだ。

 広大な砂漠が部隊だから速度だけが焦点にもならない。燃費や整備性、妨害を行う時とされた時のための火力と装備。乗員数も重要になる。

 様々な要素が絡まることで、純粋な興行として深みが増すというわけだ。

 

「どれだけ火砲を使おうが、アビドス砂漠なら問題ない。戦車が集っている場で騒ぎを起こせばすぐさま鎮圧されるだろう。レースへの参加者が、その観客達が治安維持をしてくれる……かもしれない」

 

 その辺りに関しては賭場の規模を調整することでコントロールできるはずだ。ただ単に戦車を競い合わせるだけの場ではなく、純粋な技術検証の試験場にする事でメーカーからの理解も得られやすい。スポンサーが付けば選手にもイメージが求められ……例えばレースの妨害になりそうな輩は勝手に排除してくれるよう仕向ける事も可能かもしれない。

 

「どうだろうか」

「確かにこれは……」

「戦車レース自体は他の学校もやってる。けど、ここまで大規模に出来るのはアビドスだけ」

「あの砂漠でお金を稼げるなら……いいかも! さすが先生! 大人みたい!」

「ちょうどアビドスには戦車が来たところですし……」

「胴元になれば、寝てるだけでお金が入ってくるー?」

 

 意外と好感触だった。

 ストレスからギラついていたアヤネ先生の視線も、幾分か穏やかになっている。戦車レースはともかくとして、あの無価値なだけの砂漠地帯を使った興行というのは、悪くない観点だったのかもしれない。私は天啓を与えてくれた神に感謝を捧げる。

 気持ちの悪いものを見る視線がこちらに集中するが、心の拠り所を見つけた私に動揺は無い。

 

それから数時間ほど経った夕方、聖地である柴関ラーメンにて新たな出会いが待ち受けていた。

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