先生「バキバキの記憶喪失」   作:地産地消

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第12話 裏世界の住人

 ◇

 

「それで私を拉致したのか」

「そ、そうよ!」

 

 陸八魔アルと名乗る少女が高笑いをする。

 彼女は<便利屋68>という会社組織の社長らしい。構成員は全部で四人。いずれも柴関ラーメンにいた生徒達だった。

 ここはアビドス市街地の一角だ。廃れた工業地帯であり、人通りは皆無に近い。知らない携帯番号から電話があり、相手はこの陸八魔アルであった。相談があるからと呼び出され、そうしたら包囲された。目隠しも無しにここまで連れて来られ、ガタガタの椅子に鎖で拘束され、そして自己紹介を済ませたところだ。

 

「怖がらなくてもいいわ。仕事が済んだらちゃんと解放してあげる」

「仕事というのはアビドスへの襲撃か」

「そうよ。大規模な銃撃戦になるから、先生の身柄をあらかじめ保護したというわけ。事前のケアってやつね」

「そうか」

 

 出かける際に、ちょうど近くにいたノノミに行き先を言ってある。拉致された事も”シッテムの箱”で報告済みだ。没収されてしまったせいでここの場所まで伝えられていないが、襲撃に備えた準備もしているはず。

 鬼方カヨコという少女が険しい表情をこちらに向けてきた。

 

「ずいぶん余裕だね。不安じゃないの?」

「不安。なにがだ」

「先生がいない状態で、アビドスの生徒は私たちと戦うことになる。勝ち目は無い」

「…………」

 

 私は首を傾げた。

 

「どうしてそうなる」

「こっちはあらかじめ戦力分析を済ませてから、ここに来てる。指揮官のいないアビドスなら確実に勝てる計算があるんだけど」

「なら、その計算が間違っている」

「どういうこと? 先生を拉致された事で怒り狂うって変数を考慮してないとでも?」

「アビドスのメンバーは、今まで自分達のみで学校を守り続けてきた。いつも通り襲撃者を撃退するだけなら何も変わらない」

 

 別に私がいないからといって、<対策委員会>が機能不全に陥るわけでもない。本来の形に戻るだけだ。問題など何も無いだろう。

 陸八魔アルがこちらにずい、と近寄ってきた。

 

「先生は私たちの強さをご存じないようね?」

「ある程度はわかる。君は狙撃手だろう」

「え!? どうしてわかったの!?」

 

 なんとなくで適当に言ったら当たった。

 戦力分析をする際、もっとも気になるのがスナイパーの存在だ。いたら嫌だし、いなかったらそれで良い。そのためカマをかけてみたのだが、素直に明かしてくれた。

 私はキヴォトスの事情に明るくないが、アビドスの<対策委員会>は学園都市全体で見てもかなり練度の高いチームだという事は分かる。

 これを超えるとなると”三大校”の治安維持組織クラスだろう。

 従って、この<便利屋68>がアビドス勢に匹敵する戦力を有していると仮定しても、それはこの四人に限ったことだ。

 恐らく追加で戦力を用意しており、それ込みで勝敗の話をしている。

 

「君たちの事は少し調べた。会社そのものがゲヘナから指名手配を受けているな。戦力増強をするとして、母校や他学園からの協力は得られないだろう。だとしたらブラックマーケット経由で、急ごしらえの兵員を雇うくらいが関の山だ」

「う……」

「加えて、君たちによる私の拉致には計画性がなかった。ムツキと連絡先を交換した直後にアルから呼び出されたからな。柴関ラーメンでたまたま出会った流れのまま行動している。それはどうしてか。襲撃作戦の日程をずらせなかったからだ」

 

 そもそも、あの出会いからして偶然なのだろう。

 私の左右に座ってきた二人はともかく、アルを含めた残りのメンバーはこちらの素性に気づいていない様子だった。全てが演技だとしたら驚きだが、それだと後の状況に繋がらなくなる。

 

「だとしてー。アビドスが便利屋に勝てるってことにはならないと思うけどー?」

 

 コンテナに腰掛けている浅黄ムツキが言ってくる。ニコニコ笑顔だが、瞳にはぎらついた光が宿っている。自分達のチームではアビドスに勝てないと言われた事が気に障ったのかもしれない。

 

「作戦を起こした時、私の監視はどうする。日雇いの誰かを充てるのか。それはできないはずだ。便利屋の誰かを配置するしかない。そうなれば戦力は激減するだろうな。傭兵でカバーできる穴ではないと思うが」

 

 ラーメン一杯を分け合う財政状況で、周到な準備など出来るはずがない。装備やアジトの充実具合はカタカタヘルメット団にすら劣ると考えられる。

 その上で勝てると判断するのは、便利屋メンバーがそれだけ優秀だからだ。だが、私を監視する人員に誰かを割かなくてはならない。そうしなければ<シャーレ>が脱走するかもしれないからだ。彼女達が私を評価しているのは戦場でこそこそする能力であり、それに大した装備は必要ない。身一つでも良いくらいだ。途中から参戦しても充分に嫌がらせできる自信があった。

 監視してくれるのであれば、それで良い。私一人で便利屋の誰かを抑えられるのなら得にも程がある。

 

「先生を人質にするとは考えないの?」

「君たちが逆の立場になったとしたら、どうする。部外者のために便利屋を諦めるのか」

「…………」

「これはそういう戦いだ。君たちからしたら、ただの仕事かもしれない。しかしアビドスの生徒からしたら生存競争だ。手ぬるい真似はやめて、もっと真剣に考えた方が良い」

 

 鋭い顔つきの少女が黙考する。

 鬼方カヨコという少女が<便利屋68>のブレーンのようだ。広い知識に冷静な判断力、多角的な視野を備えている。

 本来なら私を殺してしまった方が良い。そうすれば、今回の戦いに限れば後腐れがなくなる。その後は<連邦生徒会>から第一級指名手配を受ける事だろう。依頼主からは尻尾切りをされるに決まっているので、損得で考えれば完全にマイナスとなる計算だ。

 私を拉致して尚、<便利屋68>は手詰まりの状態と言える。

 

「えー、じゃあ先生はどうしたら良いと思うのー?」

「便利屋の皆が思うようにしてみたら良いんじゃないか。君たちが負けるというのは、あくまで私の見立てだ」

「ふーん。だってさアルちゃん。どうする?」

「先生をどこかに閉じ込めておけば、私たちはフルメンバーで動ける」

「……資料を見たでしょう。この先生は砂漠で三日三晩ゲリラ戦をする人よ。どんな技能を持っているか分からない。捕らえておくなら見張りは必要」

 

 私を縛っていた鎖がひとりでに解かれて足元にジャラジャラと落ちる。

 

「ほら! こういうところよ! 私が見抜いた通りねっ!」

「社長、喜んでる場合じゃないでしょ」

「<シャーレ>を侮るわけにはいかないわ。誰かを監視係にして、他の三人でしかける」

「はーい! じゃあムツキちゃんが見っ張るーっ!」

 

 私は静かに動揺した。

 よりにもよって一番厄介そうな生徒が立候補してしまった。他の三人なら翻弄できる可能性もあったのだが。

 

「ムツキ? 本当に大丈夫なの?」

「アルちゃんよりはねー?」

「社長と呼びなさい。まったくもう……」

「アルちゃん社長はリーダーで狙撃手だから確定。ハルカちゃんは前線を支えてもらわないといけないから確定。カヨコちゃんは傭兵ちゃん達の指揮があるから確定。ほら、暇なの私だけじゃーん。ね、先生?」

 

 私が狙撃手の存在を気にした事まで見抜かれている。アビドスのメンバーは、射程的な有利を取れない相手に対して脆弱なのだ。一方的に攻撃されかねない。

 しかし、ムツキの口ぶりからすると彼女は遊撃戦力だったのだろう。この性格では何をしてくるかも予想できないため、外れてくれるのなら悪くない。

 

「くふふ。よろしくねー? せ・ん・せ・い♡」

 

 ◇

 

「…………」

「あ、あわわ……」

「…………」

「あわわわ……」

 

 アビドス戦における私の担当はムツキになったが、それまでは便利屋のメンバーが持ち回りで監視をすることになった。

 今いるのは鬼方カヨコと伊草ハルカの二名だ。する事の無い私がハルカの方をじーっと凝視していると、彼女はどんどんと動揺を強める。散弾銃を装備した前衛担当のとのことだが、人付き合いが得意ではないのだろう。目が合うと謝罪を繰り返しながら縮こまってしまった。

 それでも凝視を続ける。

 

「すみませんすみませんすみません! 怒ってらっしゃいますよね、そうですよね。こんな所に拉致しちゃって、しかもこんな私なんかが先生を監視しちゃうなんて……」

「…………」

「ああああぁああ……すみませんすみませんすみませんすみません」

「もう、ハルカ。先生からからかわれてるんだよ。相手にしちゃ駄目」

「そんな……で、でも、私なんか見てても面白くないでしょうし」

「カヨコも見ていて面白いぞ。安心してくれ」

「は? なにそれ?」

 

 カヨコはただでさえ鋭い目つきを更に尖らせた。

 それからハルカへの視線を遮るように近づいてくる。

 

「私、これでもゲヘナじゃ知られてる方なんだよ。子供だからって甘く見てるなら、後悔すると思うけど」

 

 消音器付きの自動拳銃。薬室には初弾が装填されていた。命を奪うことは出来ずとも、足を撃ち抜くくらいはやってやるぞという脅しなのだろう。

 

「しかしだ、私は君たちの都合でこうして自由を奪われている。話に付き合うくらいはしてくれても良いんじゃないか」

「…………」

 

 アビドスと敵対関係にあるカヨコが、私の都合を考慮する必要はない。なのに『そうかも』という表情を一瞬でも見せてしまう辺りに、その性根が現れている。この少女は理由があれば冷徹になれるが、逆に理由がなければ非情に徹せない性格のように思えた。しかも、その理由には正統性がなければならないと考えている。

 金を貰ったからといって、食事を世話し仲良く接してくれた相手にくっついていた得体の知れない大人に乱暴が出来るはずがないのだ。

 それを見透かされたと感じられたらしい鬼方カヨコは、その白い頬を赤く染めた。

 

「…………」

「……最悪」

「ハルカもこっちに来てくれ。ほら、そこに座って」

 

 先ほどの話し合いの時も、伊草ハルカは散弾銃を抱きかかえながら壁と同化していた。今だってそうだ。私の見張りがあるからといって無駄に体力を消費することもない。私が促すと、彼女はカヨコの方をちらりと見てからこちらへ寄ってきた。

 屋根の隙間から差し込む月明りに照らされたハルカは、ガチガチに緊張している。

 

「私の自己紹介はしたと思うから、今度は二人の事を聞かせてほしい」

「記憶喪失だってのは聞いたけど、それで素直に話すと思う?」

「思う」

「なんで」

「君たちは<便利屋68>という会社を名乗って活動しているんだろう。金さえ貰えば誰からでも、どんな仕事でも受けると言っていた。従業員として、問い合わせには答えてくれるはずだ」

「……内容によるけど」

「ありがとう」

 

 生徒とのコミュニケーションは私にとって必要不可欠だ。いま敵対しているからと言って、相手を知る事をやめてはならない。彼女たちが事業を続けている限り、私から依頼を出す事もあるかもしれない。

 

「じゃあ、まずは普段の仕事内容からだ。これはハルカに応えてもらいたい」

「えっ!? ふ、ふ、普段のお仕事ですか? 日雇いの土木工事とか内職とかティッシュ配りでしょうか……」

「なるほど」

「ち、違うから! それはハルカがプライベートで受けてる仕事! たまに私らも手伝うけど」

「金銭面で苦労しているなら連絡してくれ。<シャーレ>から仕事を斡旋することもあるかもしれない」

「気を遣わなくていいの! まったく……普段は依頼人の警護とか、特定個人の調査、金品の護送とか多いかな。荒事ならかなり得意だよ」

「学校への襲撃というのも、良くある仕事なのか」

「それは……初めてかな」

 

 やはり、と思った。<ゲヘナ学園>の生徒が金銭の供与を受けて他の自治区を襲撃する。彼女らの母校からしたら悪夢のような話である。だが、<便利屋68>は母校からしか指名手配を受けていない。他の学校へ大きな被害を与えていたら、そこからも大々的に動かれているはず。

 ゲヘナからもそこまで積極的に追われていないのを見る限り、カヨコが説明してくれたような仕事がメインなのだろう。

 

「なら、今回の仕事はノリで受けたんだな」

「……ノーコメントで」

「ハルカに訊こうかな」

 

 口の前でバッテンを作って黙秘される。彼女一人だったら聞き出せたかもしれない。そのためにカヨコがいるのか。さすが”課長”と呼ばれているだけのことはある。ハルカは”平社員”らしい。

 なんにしろ、彼女ら便利屋からはカタカタヘルメット団のような雰囲気は感じなかった。個々がしっかりしているし、アルを中心に纏まっている。色々な苦労があるようだが、それが逆に結束を強固なものにしているという点では、アビドスに似ていた。

 

「今からでも中止する気はないのか」

「ないね。裏稼業では信頼が全て。途中でやめるくらいなら、最初から受けないよ」

「そうか。失礼した」

 

 便利屋は便利屋の気概があるようだ。私からすれば、カタカタヘルメット団も便利屋も”依頼主”に利用されているだけの存在であり、本格的な敵対はしたくない。セリカの誘拐を経てカタカタヘルメット団には痛い目を見てもらったが、カヨコやハルカにはそうなってほしくはない。

 前回は中途半端に追い詰めたから、事態を大きくしてしまった。今は私の拉致程度で済んでいるからいいが、明日の襲撃作戦に失敗したら<便利屋68>も後がなくなるだろう。後ろに控える黒幕の存在が、そうさせるのだ。

 

「…………」

「あ、あの……」

「どうした」

「先生、怒ってらっしゃいますよね……?」

「いや、ハルカ達のことじゃないんだ。誰かが金をチラつかせて生徒同士を戦わせている。本当なら<シャーレの先生>が食い止めるべき案件だろう。だが私は、まだ事件を解決できずにいる」

 

 アビドスも便利屋も、本当ならこんな所で小競り合いをしている場合ではない。一方は防衛になど時間を取られたくないし、もう一方は学校を襲撃などしたくない。

 

「もしどうにもならなくなったら、私のところに連絡をくれ。対価を求めたりしない」

「私たちが失敗すると思ってるんだもんね」

「そうだ。そうなれば依頼主から圧力がかかるだろう。カヨコ達が危険に晒されるかもしれない」

「……あのさ。結果が出る前から保護者気取りはやめてくれる?」

「危機に陥った時、<便利屋68>を助けてくれる存在はいるのか」

 

 どうして黒幕が便利屋に依頼したのか。それは後ろ盾がないからだ。

 カタカタヘルメット団には<ヘルメット団>という大本の組織、母体があって、それがブラックマーケットから生徒を守ってくれる。しかし便利屋にはそれがない。使い捨てに出来て、始末も楽。仕事の裏にはそういう思惑がある。

 校舎のあるアビドスとは異なり、便利屋にとって確たる居場所は存在しない。アルを始めとするメンバーがいる所がそうなっているだけだ。だから警戒心が強くなり、こういった手段や態度を取る。

 それを選んだのは彼女たちだからといって、追い払って終わりという関係にするべきではない。だから、こういった時は堂々としていなければならない。表層だけでも頼りになる所を示しておかなくては、いざという時に役割を果たせないからだ。

 

「だからなに? 私たちは、先生を信じることはできない」

 

 私の意識レベルが最低まで低下した。

 

「ご、ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」

「な、なんでハルカが謝るの……効きすぎでしょ、ごめんって」

「気にしないでくれ。い、今のは演技だ」

「そうなんですか?」

「ぜったい嘘だ。何なの、この大人」

「私の連絡先はムツキが知っているし、アルの連絡先を私は知っている。何かあったら連絡してくれ」

 

 ハルカは恐縮しきりだし、カヨコからはしらっとした視線を向けられる。ここで意固地になられると私も意固地にならざるを得ない。それを理解したらしい便利屋の課長はため息をついた。

 

「……ま、考えとく。それよりも今日は疲れたでしょ? そろそろ休んだら──」

「じゃあ、次の話題だ。君たちが所属していた<ゲヘナ学園>について。トラブルが頻発する自治区だと聞いている。どういった環境だったか、知っている範囲で教えてほしい」

「…………」

 

夜は更けていった。

 

 

 明朝になり、交代の時間だ。夜通し私のウザ絡みを受けたカヨコは疲労困憊の様子で下がっていく。

 襲撃作戦当日だが、決行は昼過ぎらしい。午前中の監視は陸八魔アル社長と浅黄ムツキ室長の二名だ。

 しかし、カヨコから引き継ぎを受けているのはアルちゃん社長のみだった。

 

「おはようアル」

「おはよう先生。あの二人をヘトヘトにするとは流石ね」

「ああ。快適だった」

「そ、そう? 聞けば、我が<便利屋68>の事業内容に興味深々だとか」

「そうだな」

 

 アルはルンルンといった様子で近くの椅子を用意する。見た目は成熟した大人っぽい要素で構成されているが、その瞳は純真無垢な子供のようでもある。

 思い出したように彼女は長い足を組み、横柄な態度で腰を下ろした。いかにも冷徹かつ敏腕な女社長の空気だ。

 

「生徒だけで会社を立ち上げるというのは、他に見た事がない。大したものだと思う」

 

 そう言うとアルはキラキラした目で身を乗り出した。

 

「でしょう!? そうでしょう!? さっすが先生! 見る目があるわね! 我が便利屋が歩むのは前人未到の覇道、誰にも負けないアウトローなんだから!」

「あのカイザー・グループから依頼をされるのも納得できる」

「まあね! ブラックマーケットでも私たちの勇名は轟きに轟いているから、時間の問題だったんだけど!」

 

 彼女らは本当に<カイザー・グループ>から依頼を受けたらしい。これで黒幕の形が固まってきた。後は証拠を揃えるだけだ。

 アルは輝くような笑顔で自らの悪事を披露し始める。

 母校から指名手配されたのは公文書偽造罪によるもので、逃走する際に<風紀委員会>の部隊を蹴散らしたらしい。それからは根無し草でアジトを転々として今はD.U.に居を構えている。仕事は順調だが、そもそも騙されたり、気に入らない依頼人だったらもろとも派手に爆破するような事もあり、資金の回収が難航するくらい一流のアウトローだそうだ。

 独自の理念のもとに起業したと見える。なにをもって順調とするかは議論の余地があるものの、こうして話していると、彼女の人格というのも理解出来てきた。ムツキやカヨコ、ハルカが集うような、ある種のカリスマがある。

 

「しかし、食事代まで投資に充てるのは関心しないな。体調管理は基本中の基本だ。社員の健康を守ってこそ、一流のトップだと思う」

 

 今の言葉を<シャーレ>の部員が聞いたら、躊躇いなく私をボコボコにしてくるだろう。しかし悪党を自称するアルは素直にうなずく。

 

「はい……それは仰るとおりね。口座が凍結されていなければ、もっと余裕もあったんだけれど」

「口座の凍結。指名手配の影響か」

「ええ。<風紀委員会>の行政官が、なぜか私たちを目の敵にしてくるのよね。まあ? それだけ便利屋を脅威に感じているのでしょうけど?」

 

 公文書偽造罪はかなり重度の罪だと思われるが、アルはため息くらいで済ませている。ゲヘナ側からも遭遇した場合に交戦となるだけで、積極的な追撃は受けていないそうだ。

<連邦生徒会>の調停室から送られてくるリストにも<便利屋68>の名前はなかった。安心してもらおうとその事を言ったら、アルはどうしてか落ち込む。

 

「どうした」

「名前が売れていない……」

「他の売り方を考えなさい……」

「悪名が良いんだもの……」

「公文書偽造といっても、何をしたんだ」

 

 罪名から考えるに、免許証や身分証、保険や戸籍にかかわる重要書類に手を出したのだろうか。

 アルは片手を胸にあて、自信満々に言う。

 

「よくぞ訊いてくれたわね、先生! 何を隠そう、私は”欠席届”を偽造して販売したの!」

 

 どう!? 凄いでしょ!? 私のやった悪行の中で一番の悪事なんだから! 

 そう自慢げに告げられた私は反応に困った。

 

「売れたのか」

「売れなかったけど……でも指名手配だもの! アウトローでしょ!?」

「確かに、そうだな。アビドスを潰せばそれが最大の悪行になると思うが」

「う”ぅ”」

 

 女社長は変な声と共に力なく着席した。一気にテンションが最低まで下がった。反応が素直で、見ていて面白い少女だ。

 

「あ、あの……先生」

「なんだ」

「仮に……仮によ? 私たちがアビドスの連中に勝ったとしたら、まあとーぜん勝つんだけど……そうなると廃校になっちゃうのかしら?」

「依頼主の意向に沿うなら、間違いなくなると思う」

「う”っ……」

 

 陸八魔アルはえづいた。

 私は便利屋の前任であるカタカタヘルメット団について、彼女に話した。半年に近くにわたって襲撃を続けていた事や、その資金や装備、練度。最終的には重火器の付与までされていた事。

 アル達はそういった支援を全く受けていないらしい。手付金等も含めて全くだ。

 受け取るのは成功報酬のみ。便利屋のモットーとの事だった。

 

「軽はずみに受けたりしなければ良かったな」

「ホントよね……って、ちゃんと考えて受けたわよっ!」

「でも悩んでいると」

「ええ……って悩んでないから! ぜんぶ想定内だから!」

「でも本当は?」

「時間を巻き戻したい……ってもう! 先生! 遊んでない!?」

「楽しい」

 

 極めて短時間の間にしょんぼりとぷんぷんを繰り返したアル、は肩で息をしている。

 

「だが、心配する必要はない」

「……アビドスが勝つから?」

「そうだ。それでアル達が追いつめられたら、その時は私が何とかする」

「…………」

「だから、全力でやると良い。やりたいようにやった後でこそ、分かる事もあるだろう」

 

 勢いで決めた事で、アルには後悔や逡巡があった。今の状態では勝つにしろ負けるにしろ、残るものがあるだろう。それはよくない。

 彼女は社長であり、三人の仲間を心から大事にしている。あらゆる結果の後に起こる事だって考えなくてはならないだろう。だからえづいたりする。

 生徒が本気で何かに打ち込みたいなら、後の事はサポートするのが先生の役割だ。だから今は目の前の事に集中してもらいたい。

 全力を尽くすという行為には、結果以上の価値があるのだから。

 

「……アビドスを信頼しているのね」

「一方通行だがな」

「ちょっと、あの子たちが羨ましいかも」

「どういうことだ」

 

 どうして今の流れで、アビドスを羨ましがるのか理解できなかった。仲間内の結束が強いという点や、金銭的に困窮しているという点は共感できるのだろうが、だとしても羨望の対象にはならないだろう。

 砂漠に沈んだ自治区であっても、根無し草の彼女からしたら眩しく見えるのかもしれない。

 私はアルを気の毒に思った。

 

「でも、先生が心配するのは私たちじゃなくてアビドスの方よ。仕事が終わったら、絶対に助けてあげて」

「わかった」

「ふふっ……変な人ね。敵の私たちを応援するなんて」

「…………」

「そこで見ていなさい。私たち<便利屋68>が、本当のアウトローになるところを……ね」

 

 そう言い残し、アルは倉庫の出入口に向かっていく。迷いが晴れたのか、全身から吹き上がるようなカリスマを纏っていた。

 彼女が扉に手をかけた瞬間、たまらず私は呼び止める。

 

「アル」

「……なに? 今さらアビドスが心配になったのかしら?」

「見張りはどうするつもりだ」

「…………」

 

 悪のカリスマは顔を真っ赤にして、とことこと戻ってきた。

 

 ◇

 

 時間になり、浅黄ムツキを除く便利屋メンバーは出撃していった。アビドス校舎付近に雇用した傭兵部隊を集合させているらしい。賃金をケチったために時間的余裕が無いようだ。

 私にも余裕がない。午後一時を過ぎたというのに、柴関ラーメンに行けていないのだ。空腹感が徐々に強くなっており、手足の震えや末端神経の混乱に繋がっている。思考も乱れ、脳波も酷く弱まっていた。アルたちが話し相手になってくれていなければ、もっと悪化していただろう。

 

「せんせー! ムツキちゃんがいなくて寂しかったー?」

「夜通し出かけていたそうだな。体調は大丈夫なのか」

「もー。質問に答えてないし」

 

 私の鎖を解いたムツキは、怪しげな笑みを浮かべる。彼女はボディランゲージの激しいタイプらしい。立ち上がった私の至る所にくっつき、ぐりぐりと額をおしつけては自撮りをしていた。

 

「実はさ、アビドスの偵察……してたんだよねー」

「そうなのか」

「さあ問題です♪ 昨日の夜、アビドスの子たちは何をしていたでしょーか?」

「戦闘の準備に決まっている」

 

 私が拉致されたという情報は、ノノミを通して<対策委員会>に伝わっているはずだ。<便利屋68>が下手人とは知らないはずだが、直前の情報から推測は容易なはず。校舎付近の防衛を固め、戦闘準備を固める。私の身に何かあったら、無理に動かず連絡を待つ。

 これは事前の会議で決めていた事だった。

 

「半分せいか~い。でも半分はハ・ズ・レ」

「なに……」

「もう半分の正解はね~。アビドスの子たち、一晩中誰かさんのことを探してたってこと♪」

「誰かさん……」

 

 誰か。誰だろう。

 アビドスに味方してくれそうな周辺の学校組織だろうか。私の拉致を材料にすれば、<連邦生徒会>に働きかけることも可能かもしれない。

 

「大ハズレ~! 先生の事を血眼になって探してたアビドスの子たちは、一睡も出来ないままアルちゃん達と戦ってるってことだよ~?」

「…………」

 

 私は言葉を失った。ムツキの言っている事を理解できなかったからだ。

 一晩中、私を捜索していた。なぜだ。

 

「ぜ、全員か」

「もっちろん!」

 

 ホシノだけならまだ分かる。彼女は夜な夜な出歩いては、アビドス自治区のパトロールをしているからだ。普段から眠そうにしているのも、昼寝ばかりしているのも、全ては昼夜逆転の生活を送っているという理由からである。

 だが、全員となると私の考えから全く外れてしまう。

 

「あははっ! せんせ、凄い焦ってるじゃーん?」

「あ、ああ」

「だよねだよねー? アビドスが勝てるって予想は、あの子たちが万全の状態だったらって事だもんね? 夜通し先生を探し回ってヘトヘトの状態じゃないもんね?」

「そうだな……。だが、ムツキは」

「私ね、先生の弱点が分かっちゃったんだ♪ 生徒の事ばっかりで、自分の事なんかどうでもいいんだもんねー?」

 

 言われた通りだった。しかしそれは大した問題ではない。

 アビドスが危険な状態に陥っていて、それには私が関わっている。すぐ動かなくてはならない。時間がなかった。

 私の懐で”カード”が熱をもった。銃や”シッテムの箱”は取り上げられたが、これは別だ。七神リンたちがそうだったように、生徒達が私から奪ったりは出来ない物体なのだ。

 この”カード”を使えば、まだなんとかなる。これの使い方は理解していた。

 

「ムツキ、悪いが──」

「はい、これ」

 

 奪われていた装備品があっさりと返却される。小柄な少女は軽い足取りで出入口まで駆け寄ると、

 

「行くんでしょ?」

 

 倉庫の扉を開放した。薄暗い空間に光が差す。

 

「見張りじゃないのか」

「このままだと、良くないことになりそうだし。楽しくないのも、先生から嫌われちゃうのもヤダもん」

「……感謝する」

「くふふっ、またラーメン奢ってねー♪」

 

 彼女には敵わないと思った。背中にムツキの声を聞きながら駆け出す。

 ”箱”の画面が点灯した。

 

「アロナ、道案内を頼む」

『はい先生! それと、アビドスの方々から着信とメールが、計一八〇〇回ほど来ていますよ!』

「…………」

 

 気勢を完全に削がれた私の足が、僅かに鈍った。

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