先生「バキバキの記憶喪失」   作:地産地消

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第13話 恩知らずの全面戦争

 ◆

 

『待たせたわね、アビドス!』

 

 モニターの向こうでは、<便利屋68>のリーダーである陸八魔アルが開戦の宣言をしている。

 あちらは校舎から五〇〇メートルのところに戦力を集中させており、アヤネを除く<対策委員会>の面々と睨み合っている状態だった。

 昨日見た時は四人組だったはずだ。一人は先生の監視にあたっているのだろう。そう考えるとアヤネの思考は氷つくほど冷めてくる。

 それは他のメンバーも同じらしい。指揮管制用ドローンが撮影している映像では、全員が無表情で陸八魔アルを凝視していた。

 

『……それで、言いたい事は全部?』

 

 砂狼シロコが静かに尋ねる。異様な雰囲気だった。あちらも何かに気づいたらしい。動揺した様子で、額から汗を流し始める。

 

『ま、まだよ! 私たちも荒事は望まない。そちらが大人しく武装解除するな──あいたあああああ!?』

 

 敵の額にライフル弾が飛び込んだ。それが返事に外ならない。確かに、<対策委員会>のメンバーは一晩中、周辺の市街地を捜索していてベストなコンディションとはとても言えないだろう。

 しかし、そんな事は関係なかった。

 既に結論は出ているからだ。相手に時間を与えたのは、今までのことを謝罪して撤退し、二度とアビドスの地を踏まない覚悟があるならば、見逃してやろうという最後の機会を設けるためだ。

 

 ──既に結論は出ている。

 素性を偽って近づいてきたのは、まあ許そう。なんの後ろめたさもなく、所持金がほとんど尽きた状態で柴関ラーメンの暖簾を潜ったのも、許してやってもいい。先生の金でラーメンを食べたのは皆やっていることなので気にしない。

 

 だが、先生を誘拐したのは絶対に許せなかった。

 あの大人は自分のことになると最強のダメ人間になる。凄くバカで、自分が周囲からどう思われているかについて、一〇〇パーセントズレた事を考えているはずだ。生徒のためなら、自身のこめかみに向けて平気で発砲するような危うさを超えた凄みがある。目を離すと本当に死にかねない、蚕のような部分があるのだ。

 それでいてお人よしだから、変な電話にもホイホイ釣られる。得体の知れない生徒から相談を持ち掛けられただけで、簡単に捕まってしまうのだ。

 <便利屋68>はそこを上手く利用したということだ。

 ──だから、既に結論は出ている。

 

「全面戦争を開始します」

 

 アヤネは静かに告げた。

 

『話しているアル様をヘッドショットするなんて……許さない許さない許さない……!』

 

 便利屋の前衛だろう。闇色の衣服を纏った少女が散弾銃を乱射しながら突撃してくる。傭兵部隊の指揮を執っているのはもう一人のメンバーだ。自身の仲間を単身で特攻させるわけにはいかないと考えたらしい。

 敵部隊は散弾銃の少女を先頭に矢印の形で前進してくる。

 観測している限りでは四〇人前後の戦力だ。

 アビドス側の前衛は小鳥遊ホシノだ。散弾銃を装備した者同士がかちあう。小柄な委員長は至近距離からの発砲を丁寧に盾で受け、その衝撃すら利用して後退した。

 中衛のシロコとセリカは左右に分かれ、戦線を伸ばした敵部隊の両側から手榴弾を投擲する。使用するのは発煙弾と閃光弾。相手の突撃に勢いが付く前に対策を講じる必要があった。

 

 敵の主戦力は傭兵部隊という事もあり、烏合の衆そのものであったカタカタヘルメット団よりもはるかに手強い。怯むことはあっても戦闘不能になる者は皆無だ。しかしそれでよかった。

 閃光と煙幕で敵の足が鈍り、アビドス側の数少ない戦力であるシロコとセリカに注意が向く。二人を無視して進むより、人数任せに包囲する方が良いと考えたのだろう。

 

 思惑通りだった。

 連装機関銃を抱えた十六夜ノノミが姿を現す。彼女の扱う銃は七・六二ミリ弾を毎分三〇〇〇発で掃射できる。電気駆動のため、モーターが回転。六連装の銃身が唸りを挙げた。

 射角を広く取る必要があることから、ノノミは無防備な状態だ。遮蔽物も味方も近くにはいない。

 

「発破します」

 

 だから、このタイミングしかなかった。アヤネがボタンを押すと即座に戦場内のビルで爆発が起こる。

 いるかどうかも分からない狙撃手が好むポイントには、あらかじめトラップを用意してあったのだ。アビドスの火力はその大部分をノノミに依存している。これは彼女を優先して無力化してくるであろう狙撃手への対策であった。

 

 この付近に住民はいない。先生とアビドス生以外で近づいてくるとしたら敵くらいだ。

 アヤネ達は敵戦力の詳細を把握していないし、狙撃手の位置情報も把握していない。ノノミが射撃位置についたら、危険なポジションの建造物を爆破する。あらかじめ決められていた事だった。

 どうなったかは知らなくて良い。機銃掃射が行われているという点だけが重要なのだ。

 

 足を止められていた敵部隊にライフル弾が降り注ぐ。遮蔽物に避難しようとした敵はシロコに、煙幕から逃げ出そうとした敵はセリカの餌食となった。

 傭兵部隊の指揮をしている少女がノノミに向けて発砲する。それを横合いから飛び出した小鳥遊ホシノが左手の盾で受け、追撃してきた便利屋の散弾銃使いへ右手で応射。肩越しのノールック・ショットだった。

 顔面に直撃を受けた相手は大きくのけぞるが──倒れない。しかし踏ん張ったところへノノミが手榴弾を放り込んだ。爆発に吹き飛ばされ、窓ガラスの無い廃ビルの中へ飛び込んでいく。

 

 それを見る事も無く、ホシノは敵指揮官に接近していった。拳銃弾を盾でブロックし、足はいっさい止めない。相手がグレネードのピンを抜いた瞬間に合わせて防護盾を投げ込んだ。完璧なタイミングだった。

 顔面に突き刺さるような勢いで飛来する投擲物を便利屋の少女は潜り抜け、手榴弾を投擲した。それでも小鳥遊ホシノはさらに前へ。背後で起きた爆発で態勢を崩すどころか加速した。遮蔽物を乗り越え、相手へと接近する。

 しかし罠だった。

 

 伏兵の存在だ。指揮官の近くに傭兵が潜んでいた。カービン・ライフルの銃口が無防備なホシノの横面を捉えるが、しかし弾丸は空を切る。瓦礫を蹴り、直前に軌道を変えたターゲットに追随できなかったのだ。

 ホシノは空中で姿勢制御をしつつ伏兵を倒すと、拳銃弾を潜り抜けながら盾を回収して後退した。ビルの中から便利屋の少女が復帰してきたからだ。

 

「傭兵部隊は三分の一が戦闘不能。敵残存戦力が集中しています。補給品は指定の位置へ」

 

 こちらに損害は出ていないが、カタカタヘルメット団とは違って相手も一筋縄ではいかない。

 便利屋メンバー三人のうち、陸八魔アルのみ所在が確認できていない。おそらく先ほどのビル爆破に巻き込まれたのだろう。

 アヤネの役割は戦場全体の状況把握及び、補給支援だ。敵が伏兵を仕込み、校舎を狙うようならその対応もしなくてはならない。

 

 会敵からの衝突が過ぎれば、戦局は膠着する。これも台本通りだった。同時に陸八魔アルの姿を確認。瓦礫から這い出てきて、半泣きになっていた。ロックオンをする。

 先生なら、ここで迫撃砲による火力支援をおこなうだろう。しかしアヤネには、砲術の知識がそこまでない。砲の設置地点から着弾地点までの弾道を頭の中だけで描くことができなかった。

 その代わり、上空に待機させていた指揮管制ドローンとは別の無人機から、大量の小型機が輩出される。<シャーレ>の補給品にあった、対人用ドローンだ。ペットボトル程度のサイズで、光学カメラと推進器、高性能爆薬を搭載している。

 

 低速であり、短時間の飛行しか出来ないが、登録した外観を自機で判断して相手が建物の中にいても追跡して爆破する事が出来る。それが上空及び戦場の至るところから五〇機近く起動した。

 敵戦力の頭上、左右、背後から無人機が殺到。新たな狙撃ポイントへ移動しようとしていた敵のリーダーには、二〇機ほどが集中攻撃をおこなう。狙撃銃で何機かを撃墜されるも。ドローンの数が相手の連射性を上回っていた。三機が密着と同時に自爆を敢行して、陸八魔アルは爆炎に飲み込まれる。

 

「…………!」

 

 本当なら、ここであの自称社長を捕らえてしまいたい。先生ならそうしていたはずだ。だが、相手の指揮官は別におり、その少女はまだ健在だった。切り札の高性能ドローンを使用して、まだ敵の戦線は崩壊していない。陸八魔アルは強固な防御陣形に守られ、手が出せなかった。

 前衛を担当している少女も、今回は飛び出してこない。ホシノの射撃を何度もまともに食らってなお、気絶せずに立ち続けている。

 

 シロコとセリカは二人だけでアビドス側の前線を構築してくれていた。遮蔽物越しの撃ち合いだが、倒れたのは六人のみで、損害は全て相手側だった。じりじりとこちらが圧している。

 ノノミが有効な射撃位置を取れないよう、相手も警戒を強めていた。一度彼女を退かせて、護衛のホシノをフリーにするべきだろうか? しかし、前線での均衡が崩れた時が攻め込む好機になる。だがそれも、陸八魔アルが復帰してしまえば、こちらが不利になるだろう。狙撃手に対応できるだけの余力がこちらにはない。

 

(先生ならどうするんだろう……?)

 

 何度か会議を共にして、戦術指揮の流れも教えてもらっていた。

 敵戦力の分析、地形利用、狙撃手が好む位置や、戦車や装甲車を含む重火器の対処法、火力支援のタイミング、流れの掴み方。

 拉致されている大人がいてくれたら、もう決着はついていたはずなのだ。高価なドローンを使い切る必要もなかった。安価な砲支援のみで済んでいたし、便利屋連中を捕らえる事だって出来たかもしれない。

 忙しなくキーボードを叩き、情報管制を行い、武器弾薬の補給を平行して行うアヤネでは手が足りなかった。

 さらに着信まで入ってくる。

 

「え!? 先生!?」

 

 すぐに通話状態へ。

 

「ご無事ですか!? いまどこです!?」

『アヤネか。私は無事だ。柴関ラーメンに行きたい。そちらへ向かっている。電話は大丈夫か』

「先生を拉致した便利屋さんと戦闘中です! 戦術サポートシステムを同期しますね!」

『ありがとう。……あ、優勢なんですね』

「なんでちょっと肩透かししたみたいなリアクションなんですか!?」

 

 もしかして、アビドスがピンチの所へ颯爽と登場したいとか考えていたのだろうか。

 

『いや、皆が徹夜で私を捜索していたって聞いたから、危ないかなって思ってたんだが』

「当たり前ですよね!」

『気まずくなってきた』

「先生!」

 

 ちなみに、この通話はアビドスの共通回線なので<対策委員会>メンバーにはリアルタイムで筒抜けだ。

 

「指揮をお願いしたいんですが……」

『……うーん。このままで良いと思うんだが』

「駄目です! 私たちを散々利用して、先生のお金でご飯を食べて! しかも拉致までするなんて!」

『私は気にしていない』

「馬鹿なんですか!? 今もこうして攻め込まれているんですよ!? セリカちゃんが攫われた時はあんなに怒ってたのに!」

『あ、アヤネちゃん? 私のことはあんまり……』

「セリカちゃんは黙ってて!」

『は、はい……』

 

 変な大人が戻ってきたせいで、アビドス側の気勢が削がれてしまった。彼が無事かどうか分からない不安が更なる怒りへ繋がっていたのだ。それがこうして、いつもの調子を見せられると安心してしまう。

 憤怒を込めた猛攻に陰りが見え、相手は段々と後退していった。

 

『ほら、あっちも撤退したがっているようだ』

「逃がしませんよ。先生も包囲戦、お好きですよね」

『好きというわけではない。あちらのほとんどは今回限りの傭兵で、中核の便利屋メンバーも消耗している。私が解放された以上、相手方の”四人目”も参戦するかもしれない。深追いは危険だ』

 

 なにより、徹夜の消耗もある……先生からそう言われて、アヤネは唸った。これまでは怒り任せの勢いで誤魔化していたが、やはり疲労はある。ここから便利屋を本気で殲滅しようとすれば、こちらも被害を受けるかもしれない。

 

『……アヤネ、敵戦力の撤退を確認した』

『定時だってさー』

『撤退というより退勤ですね☆』

 

 ほとんど同時に、戦場へ先生が現れる。

 アビドス生は敵の追跡より先生の確保に専念したせいで追撃など出来なかった。セリカが先生の腰をパンチしているが、誰も止める者はいない。

 取り残された便利屋も機を逃さず、何かを言い残して猛スピードで離脱していった。

 戦火と喧騒が去り、帰ってきた先生と<対策委員会>メンバーだけが立ち尽くす。

 気まずい沈黙が、モニター越しからでも分かった。

 

 ◇

 

「今回のはあくまで小手調べ! 本番はこれからよ! 首を洗って待っていることね!」

「それ、ホント恥ずかしい……」

 

 どうしてかアフロヘアーになったアルが捨て台詞を残して去っていった。とりあえず私の予想通り、アビドス側の勝利で戦闘は終わったようだ。

 

「さて……」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

 

 少し、思っていたのと違う。

 何を言うべきか分からない。夜通し私の捜索を続けていたという彼女らの行動が理解できない以上、軽はずみな言動は出来なかった。

 とりあえず正座をして、しめやかに謝罪をする。これは間違いないはずだ。

 

「あの、まずは……申し訳なかった。大変な時に力になれなかったのは、ひとえに私の責任だ」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

 

 四人に囲まれて、全身をジロジロと観察されている。

 シロコが膝に手をつき、屈んだ姿勢で、

 

「本当に無事? 怪我は無い?」

「無い。さっきセリカからパンチされた所は痛むが……」

「ん、それは別に良い」

「え……」

「先生、便利屋の方たちに乱暴などはされなかったんですか?」

「されていない。話し相手になってもらったほどだ。情報も手に入れられたから、後で話そう」

「ま、アイツらなんか間抜けだったしね。私はあんまり心配してなかったけど」

「えー? セリカちゃん、先生が誘拐されたと聞いた時は涙目で……」

「泣いてないから! やめてってばノノミ先輩! そういうこと言うと」

「半泣きセリカ?」

「半泣きセリカ!」

「半泣き!」

「セリカ!」

「半泣き!」

「セリカ!」

「ほら、また共鳴してうるさくなるじゃん!」

 

 雰囲気からして、てっきり怒られるものかと危惧していたが違ったらしい。私は安堵して立ち上がり、膝についた砂を払った。スマートフォンがメールを受信したようだ。ピコンと音がする。

 ニコニコのホシノが頭に疑問符を浮かべて、

 

「あれ、誰が立って良いって言ったの?」

 

 冷たい声でそう言ってきたため正座をする。

 

「怒ってるのか」

「怒ってないよー。一人だと死にかけまくる先生が、あっさりと敵の罠にかかった事とかー? 自分がいなくなると皆がどう思うかぜんぜん考えてない事とかー? おじさん達が夜通し探し回っている間、便利屋の子たちと仲良くなってただけだった事とか、怒ってるわけないじゃーん?」

「そうか。なら良かった」

「…………」

 

 安堵すると、なぜかホシノの方からビキリと音がしたが、私は気にしなかった。どうして昨晩の私の様子を把握しているのか疑問に思うが、今は刺激するべきではない。

 別の疑問を口にする。

 

「あ、そうだ。どうして徹夜の捜索なんかしたんだ。当初の取り決めだと、校舎の中で防衛に専念するという話だったと思うが」

 

 緊急時こそ冷静な行動を心掛けて欲しい。

 そう含めると、ビキリという音が五つに増えた。一つは通信機越しにアヤネの方から聞こえる。

 

『これは……やっぱり病気ですね』

「そうね。治療が必要みたい」

「私は無傷だ。治療の必要はない」

「先生、これはなんですか?」

 

 ノノミが見せてくれたスマートフォンの画面には、私の腰に抱き着く浅黄ムツキの写真が表示されていた。アヤネを通して全体のグループチャットに転送された物のようだ。

 先ほどのホシノの発言に納得がいった。

 

「お話相手になってもらったとか? 随分とお楽しみだったんですね☆」

「柴関でもいちゃついていた。説明が必要。これはなに?」

「…………」

「その子に会いに行ったら捕まっちゃったんだー?」

 

 じりじりと包囲網が狭まってくる。

 

『先生、なにか弁明はありますか?』

「特に無いが、そろそろ柴関ラーメンに行きたい」

 

 私はもみくちゃにされた。

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