先生「バキバキの記憶喪失」   作:地産地消

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第14話 暗黒街へ

 便利屋からの襲撃を退けた二日後、<対策委員会>メンバーと私はブラックマーケットを訪れていた。

 以前から調査する必要のあった項目──アビドスから回収された金が現金輸送車によってどこへ運ばれているのかを調べる目的のためだ。

 

 本日午前、いつも通りにカイザー・ローンの銀行員が集金をおこない、帰っていった。渡すはずの現金に仕掛けなど施すとバレた時に厄介な事になる。

 そこで、現金輸送車そのものに発信機を付ける事となった。明星ヒマリに依頼したところ、あっという間に用意してくれた。<ヴェリタス>の部員には、盗聴を始めとするプライバシー侵害に造詣が深い者も在籍しているという。

 

 服のボタン程度の大きさで自律移動し、車両底部に吸着する発信機は予想通りブラックマーケット内部へと向かって行っている。様々な集金先を回る都合上、最後の目的地まで直行というわけにはいかないため、まだ時間はかかる見込みだ。

 私の極めて強い希望により、私たちは柴関ラーメンで昼食を摂り、所属を隠す変装をした上で乗りこむ事となった。

 

「凄く広いですね……」

 

 地味な服装の十六夜ノノミが周囲を見渡しながら感心している。お嬢様育ちの彼女は溢れ出るオーラを隠すため、その変装にも力を入れられている。チンピラ生徒が来ている無難なセーラー服に、トゲ付きの肩パッド、×マーク付きのマスク、やたらと光沢のある黄色のサングラスという出で立ちであった。

 彼女の言う通り、ブラックマーケットというからには、やや広い市場程度のものを想像するのも無理はない。

 

「確かに。しかも人通りも凄いわ。もっと陰鬱で危ないところだって思ってたのに」

 

 黒見セリカも共通のセーラー服を纏っている。髪型はツインテールではなく、団子のように纏めている。いつも通りのスパッツをスカートの中に着用し、肘と膝にはトゲ付きのサポーター、こちらはシンプルな黒色のサングラスをかけていた。

 

「普通なのは大通りだけ。ここに来るまで、もう何人も私たちの方を見てきた。少し路地裏にいけば、すぐ襲われる」

 

 トゲ付きのピッチャー帽を被った砂狼シロコが、目立たない程度に周囲を警戒している。

 彼女は他のメンバーと違い、特に緊張などはしていないようだ。首には金色のネックレスを幾重にもジャラジャラとつけ、両の手首にはゲルマニウム麦飯石ブレスレットをフル装備していた。セーラー服の上からトゲ付きのやたらとテカるジャケットを羽織り、青いフレームのサングラスを身に付けている。

 

「うへー。もう疲れたよー。どっかで休憩してかない?」

 

 委員長の小鳥遊ホシノは今回の潜入作戦に一際反対していた。変装が気に入らなかったらしい。ややサイズの大きい服に、熊の頭があしらわれたネックレス、トゲまみれのクロッシェ、日焼け防止用のアームガード、それらは全てピンク色で統一されている。しかもサングラスは左右のレンズ部分が星の形をしており、さらには縁がライトアップする特別仕様だ、他のサングラス同様、遮光や防弾、防水機能を有した一品だった。

 ホシノがここまでのフル装備をする羽目になったのは、私とノノミが買ってきた衣装を他メンバーが選んでいる時、居眠りをしていたせいだ。

 眠っている間に着替えを済ませられ、移動用のヘリに乗せられて今に至る。

 

『集団でいると、かなり目立ちますからね……』

 

 一人だけ普段着のアヤネが言ってくる。アビドス生が私を見てきた。ホシノからの視線が特に冷たい。

 私は<連邦生徒会>所属の独立連邦捜査部だ。特に所属を隠さなくてはならないと主張され、いつもの服装から対極のデザインとなっている。

 

 まず、上半身は剝きだしのように見えるが、これは肉襦袢だ。傍目にははち切れんばかりに仕上がった筋肉の持ち主だと錯覚させられるし、銃弾や刃物による切り傷が無数に刻まれているデザインは周囲へ途方もない威圧感を振り撒いている。その上から羽織った袖なしの皮ジャケットにはトゲ付きの肩パッドが設けられており、手から肘に掛けては指抜きのグローブと手甲が一体化していた。

 

 ジーンズを模した防護服の膝部分にはトゲ付きサポーターがあり、カウボーイ・ブーツの踵部分には拍車がついているため、歩く度にガチャガチャと音が鳴る。

 頭は頭部全体を守る事の出来るヘルメットを被り、散弾銃を装備する事でファッションは完成した。

 上から下まで完全な防弾、防刃、耐爆使用だ。全てが普段以上の防御力を有している。

 テーマは危険で邪悪な暗黒街を引率する、ダークサイドな先生だった。

 

「ひっ……」

 

 建物の隙間からこちらを覗いていた不良生徒が、私と目が合った瞬間に悲鳴を逃げていく。私は深い哀しみを感じた。

 どうして怖がられるのだろう。ブラックマーケットらしい服装のはずなのだが。しかし見てみれば、アビドス生はともかく、この服装は威圧感を与えてしまうらしい。殺気だった目つきの獣人やオートマタ達ですら視線を逸らし、可能な限りの距離を稼ぎながら通り過ぎていくのだ。

 

「先生がすっごい目立っちゃってるけど」

「そう? 私は似合うと思う」

「イメチェンですね☆」

「似合うとかじゃなくて、浮いてるんだって!」

「えー? でも、いざって時にはぐれたりしたら困るでしょー?」

 

 これならどこにいてもすぐ見つけられる。

 周囲からの過保護は日に日に増しており、最近では一人での外出さえ罵倒される始末だった。

 

「それに、先生以外は溶け込んでるし~」

『おい、見ろよあそこ……』

『うわあ。筋金入りの危険集団だぜ』

『あのちっこい奴、馬鹿みたいなサングラスつけてね?』

『あそこまで似合うのは逆に可哀想だよな』

『いったい、どういう頭してんだ……』

「…………」

 

 周囲のひそひそ話が聞こえてくる。ホシノが後ろへ回り込み、私の足を蹴りつけてくるが防護服のおかげで痛みはなかった。馬鹿みたいなサングラスのおかげで怖くもない。

 ”シッテムの箱”が点灯し、アロナが呼びかけてくる。

 

『先生……うわっ!?』

 

 アロナは今の私を見るたびに驚いてくる。つまりそれだけイメチェンの完成度が高いという事だ。

 

「どうした」

『そちらに何人かの生徒さんが接近しています!』

 

 直後にアヤネからも同様の警告が飛んできた。今は危険地帯にいるという事で、アロナからも警戒をしてもらっているのだ。

 ヘルメット内部のディスプレイに、位置情報が表示される。”シッテムの箱”が周辺のカメラ映像をジャックしてくれた。どうやら一人の女生徒を二人組のチンピラが追いかけているようだ。

 狙われている生徒は<トリニティ総合学園>の制服を纏っている。

 

「どうする」

「あれってトリニティの生徒? なんでブラックマーケットなんかにいるのよ」

「……先生」

 

 シロコがこちらを見てくる。任せるという意志を込めて頷きを返した。特に指示が必要な場面でもない。

 このブラックマーケットには独自の金融機関や治安維持組織が存在しており、一つの自治区域として完全に独立している。騒ぎを起こせば、目を付けられて動き難くなってしまうかもしれない。

 だが、相手はチンピラだ。私は生徒に戦えと命じる事はしたくない。戦うというなら全力で手伝うというだけの立場だ。

 意図が伝わったらしい。あちらからも頷きが返ってくる。

 

「わわっ!?」

 

 逃げてきた女生徒の足が絡まり、体勢を崩した。倒れ込む前にキャッチする。防護服に備わっているパワーアシスト機能のおかげで簡単だった。

 女生徒は色素の薄い、ベージュがかった淡い金髪を首のあたりで左右に纏めている。スカートの下にはタイツを履いており、背中には不気味な鳥を象った大きめのリュックサックを背負っていた。

 私に抱きかかえられる形になった彼女と、至近距離で目が合う。

 

「あ、ありがとうございま──え? ええぇええ!?」

「…………」

「あ、あう、あううう……」

 

 そのまま気絶してしまった。

 

「てめえら、んだコラァ!」

「そいつを離せや! 気絶しちまったじゃねえか! 可哀想だろ!」

 

 トリニティ生を追いかけてきたチンピラ二人から責められる。アビドス生からもしらっとした視線を向けられ、私は戸惑った。なぜ気絶されたか理解できなかったからだ。

 

「どうして女の子を追いかけていたんですか?」

「んなの決まってんだろ! そいつはトリニティの生徒で、トリニティといや、キヴォトスで一番金を持っている学校だ!」

「攫って人質にすンだよ、ビジネスってやつ!」

 

 残念ながら悪人だったようだ。私はトリニティ生を抱えて立ち上がる。肩パッドが当たったが、安全なウレタン製のため問題はない。

 こちらを見たチンピラが青ざめる。

 

「な、なんだそこの、伝説の悪役みてーなやつは……!」

「明らかにタダもんじゃねえだろ……」

 

 重いヘルメットが邪魔だ。首を鳴らす。

 

「…………」

「ひっ……」

「て、てめえ! その子をどうするつもりだ!?」

「…………」

「ウチらよりひ、ひでえ目に遭わせるってんならタダじゃおかねえぞ!」

「そうだ! てめえみたいな危険人物はブラックマーケットでも見た事がねえ!」

「…………」

「こ、このまま放っておくわけには……」

「つーかコイツさっきからなんで喋らないんだよ!? 底知れなく怖えよ!」

 

 とにかくここから離れよう。近くに公園がある。私はくたっとしたトリニティ生と共にチンピラたちから背を向ける。

 

「お、おい! おまえらもアイツの仲間か!?」

「いいのか、あんな奴の手下で!?」

「ぜったいヤベー奴だよ! 脅されてんのか……?」

「そこのちっこい奴、その馬鹿みたいなサングラスも強制されてんだろ? 正気だったら付けらんねーもんな……」

 

 背後から短い悲鳴と打撲音が聞こえた。

 

 ◇

 

 公園へと移動し、どうしてか気絶したトリニティ生をシロコとセリカに任せる。ノノミと私は近くにあった屋台に向かっていた。小休止ついでに軽食を取ろうという事になったのだ。

 たい焼き、たこ焼き、大判焼き、お好み焼きをやっている屋台である。ここで勝負が始まった。

 

「全部、七つずつください☆」

「私はその倍だ」

「なら、その倍をお願いします!」

「ならば、その倍だ。支払いは私がする」

「そう来ますか……ならお店ごと買い取っちゃいますっ!!」

「アンタら何者なんだよ!?」

 

 急に現れ店の買収を始める私たちに、店主が悲痛な声を上げる。ノノミからしたら、ほぼ毎日ラーメンをたかられている私への恩返しがしたい。私はそもそも返される恩など無いから支払いをして領収証が欲しい。

 完全に対立していた。

 

「わかった。こうしよう、ここの支払いは私がもつ。クリスティーナは自販機で飲み物を買ってくれないか。あれは領収証が発行されないからな」

「う~。仕方ないですね」

 

 クリスティーナはノノミのコードネームだ。ブラックマーケットの住民に実名を明かすわけにはいかず、こうした措置をとっている。

 店主と激論を交わした末、イカれた注文はやめて、とりあえず人数分のたい焼きを買うことになった。足りなくなったらまた来てくれという事だ。理性的な発案だった。

 ベンチの付近に戻ると、トリニティ生に膝枕をしていた”スウィンドル”こと黒見セリカがこちらを見てくる。

 

「ほら、あれが引率してる責任者」

「え……!?」

 

 ちょうど目覚めたところだったらしい。トリニティ生が驚きに目を見開く。こちらの出で立ちが常軌を逸していたからだろう。それで良いのだ。今の私を見て素性と紐づけられる人間はいない。驚かれれば驚かれるほど変装の完成度が高いという事である。

 少女は立ち上がり、ぺこりと頭を下げた。

 

「先ほどは助けてくださり、ありがとうございました。<トリニティ総合学園>二年生、阿慈谷ヒフミと申します」

「気にしないでくれ、とにかく君が無事でよかった」

「あうう。外見と口調が一致しません……」

「ヒフミはどうして、こんなところにいるんだ。しかもそんな恰好で」

「あはは……。あまり大きな声では言えないのですが」

 

 恥ずかし気に苦笑した後、彼女は事の経緯を説明してくれた。

 このブラックマーケットは様々な物や人、情報が集積する地区だ。表の世界では手に入らないものでも、ここでは見つけることが出来る。

 そのためヒフミは、ある”もの”を探して危険区域に立ち入ったのだという。変装もせず、護衛もつけず、単身でブラックマーケットへ乗り込んできたのだ。

 流石にアビドス生からも感嘆の声があがる。

 背負っていた大型のバッグから、さらに耐衝撃性の小型ポーチが現れた。それが開かれて出てきたのが、阿慈谷ヒフミが探し求めた物品のようだ。

 

「こちらなんですが……」

「……これは」

「あ、ご存知ですか?」

 

 太りに太った大型の白い鳥。

 卵のような体形に、一ふさの黄色い毛が頭から伸びている。鋭さの欠片もない嘴と、体に見合わない小さな羽。両目は別々の方向を向いていて舌がだらんと飛び出していた。何かのキャラクターなのだろう。恐らくは違法薬物の根絶を謳うイメージマスコットだ。

 背負っていたバッグと同じデザイン。”モモフレンズ”だとかいう名前でシリーズ化されているのだ。そういえば、街中で見かけた事が何度かある。

 ヒフミが取り出した鳥のキャラクターは、口にアイスクリームを突っ込まれた状態のぬいぐるみだった。

 

「見れば分かる。他殺体だろう」

「そんなわけないですよね!?」

「しかし、どう見ても死んでいるが」

「違います! これはペロロ様が大好きなアイスを頬張っている場面を切り取った、ファン垂涎の限定品なんです。コラボ商品の一つなんですが、企画段階でトラブルがあったせいで流通していなかった物がブラックマーケットに……あっ!? やめてください! 両手を合わせて祈りを捧げるのは! 死んだことにしないでください! もう絶対に禁止ですよ!?」

 

 ペロロ様は不滅なんです! そう叫んでヒフミはぷりぷりと怒った。

 この他殺体にわざわざブラックマーケットへ来てまで入手する価値があるとは思えないが、こういった趣向品に収集癖を向ける人種がいる事くらいは知っている。私には理解できないだけで、ヒフミには大切な物なのだ。私は胸の前で十字を切った。

 

「!? もー! 初対面でここまでペロロ様をオモチャ扱いする人は初めて見ました!」

『オモチャ扱いされているのは阿慈谷さんのように見えますが……』

「何の変哲もない一ペロロ様ファンとして看過できません! お名前を窺ってもいいですか!?」

「先生です……」

「どちらのですか!?」

「<シャーレ>の顧問先生です……」

「ええぇええ!?」

 

 セリカの自信なさげな紹介にヒフミが驚愕する。彼女は胸に抱いた自身のバッグをギュッとしてから、私の頭から足元まで睥睨した。

 

「し、しかし……聞いていたお話と大分違うような」

「どんな話?」

「え、えと、トリニティでは<シャーレの先生>は凛々しく聡明で、生徒の悩みをあっという間に解決してしまうような包容力を持つ、まさに大人の鏡の如き人だと……」

「悪質な印象操作じゃーん」

「こんなカッコしてる大人がマトモなわけないし」

「…………」

 

 トリニティにおける私の印象はともかく、この服装を貶められる理由が分からなかった。ブラックマーケットのドレスコードを完全に満たしているはずだ。

 こうしている間にも道行く人達もこちらを見て驚愕し、足早に去っていく。やはり完全な擬態だと思った。

 

「ヒフミさんは、ブラックマーケットに詳しいんですか?」

「え、ええ。他の地区では手に入らない物でも、ここでは見つけられる可能性がありますから」

「何回くらい来ているの?」

「もう一〇回以上は……」

 

 ノノミとシロコからの質問に、あははとヒフミは気まずそうに答える。自身の行動に思うところがあるのだろう。

 <トリニティ総合学園>はキヴォトス最大のお嬢様学校である。同じ”三大校”であるゲヘナやミレニアムと比べて歴史的価値のある建造物や芸術品を多く備え、そこに通う生徒の多くも由緒ある血筋の持ち主がかなりの割合を占めていた。

 

 伝統や格式、そして秩序を重視する校風である事は、学園都市の関係者なら誰でも知っている。

 その生徒である阿慈谷ヒフミがブラックマーケットに制服着用で出入りしていれば、大問題に発展しかねない。バレたら退学か、良くて停学処分になると見て良い。しかし、そうなってはいない。

 なにか思いついたらしいホシノがニヤニヤし始める。

 

「えー? じゃあ道案内してもらえるじゃーん」

「み、道案内ですか?」

「ここって表とは違うルールとかありそうだし、慣れた人がいると安心なんだよねー。さっき助けてあげたお礼ってことで」

「それは……確かにホシノさんから殴られた不良の方は潰れた空き缶のようになっていましたし、私が助けられたのも事実ですし……あうう」

「んじゃ、けってーい」

「待ってくださいホシノ先輩。少し強引ですよ」

 

 流石にノノミが止めに入る。

 これからの動き次第では現金輸送車の行き先──カイザー・グループの施設に近づく事になるかもしれない。ホシノにもヒフミをそこまで巻き込むつもりはないだろうが、何か騒ぎが起きた時、私たちの関係者として扱われてしまう。そうなったら今後ブラックマーケットに来ることは難しくなる。

 アビドスの面々と違い、ヒフミを助けてくれる人はいない。ただでさえ母校すら敵に回してしまいかねない行為なのだ。

 

 道案内だとしてもリスクが高すぎる。

 だが、ホシノの言う通り、土地勘がある生徒から道案内をしてもらうというのは魅力的ではあった。ブラックマーケットの関係者は信用できない。部外者でありながら知識のあるヒフミは願ってもない人材ではある。

 

「…………」

 

 今回のチャンスを活かせなければ、アビドスは詰みの状態になる危険がある──しかし、ヒフミを利用するだけの形は嫌だった。

 

「……私からもお願いしたい」

「えっ……」

「もちろんヒフミの安全は我々が責任をもって守る。モモフレンズの収集も、<シャーレ>が全力で手伝う」

「わかりました。お引き受けします」

「えっ……」

「いえ、決してモモフレンズに釣られたというわけではなく……ここでお会いしたのも何かの縁。助けられたのも事実。受けた御恩はすぐにでも返さなければならないのです。それがトリニティ流ですから。若輩者ですが、アビドスの皆さんの案内係はお任せください」

「……わ、私の身分はまだ証明できていないはずだが」

「先生が<アビドス高等学校>に出張しているのは知っていたので……まさかそんな恰好だとは思いもよりませんでしたけど」

 

 私がたい焼きを買っている間に<対策委員会>メンバーと挨拶をしていたからだろう。ヒフミはこちらを信じてくれたようだ。

 しかし、この飲み込みの良さ、思い切りの良さはいったい。ヒフミ本人は自身を平凡だの普通だの言っているいるが、単独で何度もブラックマーケットに潜入している事を始めとして、その言葉とは全く逆の印象を受ける。

 アビドス生たちから囲まれてキャイキャイしている協力者に、私は底知れないものを感じた。

 

「ま、まずはヒフミの変装服を手に入れよう。めぼしい服屋はあるか」

「それなら、ちょうど良いお店があります! ではこちらへどうぞ!」

 

 ◇

 

 ヒフミに案内されるまま。私たちはブラックマーケットの内部を移動した。”シッテムの箱”に表示される位置情報システムのアイコンが、ある場所で止まったからだ。

 道中、協力者へ変装用の衣服と大量のモモフレンズを提供し、ブラックマーケットに生息している生徒達について教えてもらう事が出来た。便利屋が雇ったような傭兵を始めとして相当数の生徒が潜んでいるようだ。ヘルメット団のように住み着いている者もいれば、アルバイト感覚で仕事を請け負う者もいる。実際、連絡先が書かれたチラシが裏路地の至る所に貼られていた。

 そういった調査を挟み、遠くアビドスから離れて一〇か所以上の集金を終えた現金輸送車はブラックマーケットの金融機関……通称、闇銀行に到着した。

 どうやらそこが最終目的地のようだ。

 

「ファウスト、闇銀行とはなんだ」

 

 加入に伴い、ヒフミにもコードネームが設定された。案内係兼情報屋であり、お嬢様学校在学中の阿慈谷ヒフミは真面目な表情で頷いた。彼女はここまでの道のりで買い占めてきた変な鳥のグッズを大切にバッグへ仕舞いながら、

 

「ブラックマーケットで最も大きな銀行の一つですね。地理的にも規模的にも、この区域の中心と言ってしまって良いかもしれません」

「闇銀行って……いかにもな名前すぎない?」

「このブラックマーケットに居を構える時点で、自ら犯罪行為ないしそれに近い行為をおこなう宣言をするという事ですので、あまり気にする方はいませんね」

 

 ファウストがこれまで調査してきた情報では、あの闇銀行には現金の他にも宝石や芸術品、権利書や何らかの地図といった資産的価値の高い物が山ほど納められているという。そのどれもが強盗や誘拐、恐喝、詐欺、といった方法で集められたらしい。

 こういったところも暗黒街の中心と言われるだけの事はある。

 

「という事は、警備もそれだけ厳重なんですね」

「確かに、そう見えるかもしれません」

 

 クリスティーナの疑問にファウストは頷く。それはホワイトファング465も同じだった。銀行強盗に興味津々な彼女はいつもより生き生きとしている。

 

「……たぶん、襲われた事はないはず」

「ホワイトファングさんのおっしゃる通りです」

 

 アウトローにはアウトローの秩序がある。表とは違う、裏世界の法というものがあるのだ。

 それはきっと、単純な”力”なのだろう。学校自治区では、一生徒が行政機関である生徒会に逆らおうとも、大した処罰は課されない。

 <セミナー>本拠地のミレニアムタワーがヌルヌルテカテカになった際も首謀した生徒達は謹慎にすらならなかった。

 それは当事者たちが生徒と生徒だからだ。

 

 しかし、このブラックマーケットは異なる。

 ここは大人が支配する、キヴォトスでも珍しい地域だ。逆らうという行為の重みがまるで違う。

 中心である闇銀行に一度でも襲撃など許せば、周囲から侮られる原因となるだろう。支配者層の顔に泥を塗る行為の重さは他の自治区と違って、冗談では済まされない。例外なく”責任”を取らされる。ここに遊びはないのだ。

 

「金と権力が集まる場所だからこそ、襲われないと思っている。これまでもそうだったから」

「はい。治安維持組織の最上位であるマーケットガードも、常駐はしていません。お客様を威圧しないためであったり、余裕を見せる目的があるそうです」

 

 ブラックマーケットの地図情報は無いのだが、ファウストは手製の物を所持している。モモフレンズのキャラクターであるビッグブラザーのシールが貼られた箇所を順に指差し、

 

「しかし、すぐに駆け付けられる位置にマーケットガードの拠点が点在しているので、もめ事を起こしたとしてもすぐに包囲されてしまいますね」

「それは先生がいるから大丈夫」

 

 まだアビドスの金が闇銀行に運び込まれたという所までしかわかっていないのに、ファウストとホワイトファングの二人はいつの間にか襲撃についての具体的な計画を話し始めている。

 私は他のメンバーに向き直った。

 

「どうする」

「そうですね……少なくとも私たちが用意したお金が、違法なところに運び込まれている所までは分かりましたが……」

「まだ証拠が足りてないんじゃないの? 先生が仕掛けた発信機だけなら、いくらでも白を切れるだろうし」

『送金時の履歴も残っていないでしょうね。外部に露見しないための現金取引でしょうから』

 

 ホシノがサングラスを外しながら言った。シロコが持ってきた鞄をゴソゴソし始める。

 

「現金取引なら、当事者間の名前を書いた記録簿があるんじゃない? ほら、おじさんたちがいっつもサインさせられてるやつ」

『確かに! デジタルではなく、アナログの管理方法ですね。私たちのお金が、闇銀行の誰宛てに届けられているかの証拠……それも、決定的な物になります!』

「え、じゃあ……」

「本当に?」

「銀行を襲う」

 

 シロコの手に、手製の覆面が握られていた。

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