先生「バキバキの記憶喪失」   作:地産地消

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第15話 伝説の始まり

 一瞬で計画は決まり、それぞれの役割も設定される。

 いつもは指揮官の真似事をしている私だが、今回はホワイトファングとファウストの二人が完全なブレーンだった。生まれついてのベクトルというか、世界の捉え方というか、単純な才覚だけでは表現できない凄みが彼女らにはあるようだ。

 ホワイトファングが計画し、ファウストが情報を提示する。特に議論もなく、五分ほどで話は終わった。後は実行に移すだけだ。

 

 今回の私が担当する役割は囮である。

 理由は不明だが、今の私は衆目を集めやすいらしい。闇銀行の正面入口から入店する。見せかけではあるが散弾銃を装備しており、ヘルメットで顔を完全に隠しているのに、周囲の警備員はギョッとするだけで何も言ってこなかった。これくらい衝撃的な外観の人間はそこら中にいるのだろう。さすがブラックマーケット。だが凄まじい量の視線を感じる。

 行内に客はまばらだ。闇銀行を『利用する側』の客は企業か、またはかなりの資産家に絞られる。アビドスのような銀行から『利用される側の』客は現金輸送車などを用いた間接的な付き合いになるから、わざわざ窓口に来るような者は少ないのだろう。

 待ち合いスペースにちょこんと座ると、知った声が聞こえてきた。

 

「この会社は本当に存在しているのですか?」

「してるに決まってるでしょ!?」

「おっと」

 

 融資の相談窓口に見知った顔がいた。

 <便利屋68>の陸八魔アルだった。

 彼女の背後にある待合席には他の便利屋メンバーもいる。待ちくたびれて全員が眠っているようだ。こちらには気づいていない。

 アルはロボットの銀行員相手に融資に関する話をしに来たようだ。

 

「しかしですね、頂いた書類を確認したところ、経済状況が完全に破綻しているようでして」

「た、たまたまよ! そこにも書いてあるでしょう!? 資金を注ぎ込んだ仕事が思いのほか長びいているの! 回収する当てはあるんだから!」

「それを保証できるものや、またはこちらが融資するに足ると判断できる信用情報を、ご提示して頂く必要があると申し上げいるのです。事務所も賃貸との事ですし、返済が間違いなく可能だとする客観的な根拠が……残念ながら揃っておりません」

 

 囮として既に注目を集めまくっている私は暇だった。

 そのためアルの話を聞こうと近寄っていく。犯罪銀行から金を貸してもらおうと必死な彼女は、こちらに気づく様子がない。黙って背後に立つ。銀行員の顔(ディスプレイ)色がロボットなのに一変した。

 

「!?」

「事務所が賃貸なのは別に良いでしょ! 家賃を滞納しているわけじゃないし……まあ、まだ入居して一月目だけれど! それにうちは、これから成長する企業なの! ベンチャー企業なのよ! 将来性は抜群だから!」

「…………」

 

 私は腕組みをして耳を傾ける。

 確かに自分が<便利屋68>の資本状況を見て、金を貸せと言われたら躊躇するだろう。この銀行員にも家庭があるのだ。極めて近い未来ズタズタにされる職場だとしても、立場だってある。陸八魔アルが現在提示している情報だけでは融資は難しいかもしれない。

 

 アビドスへの襲撃に伴い、<便利屋68>は傭兵部隊の雇用に資金の殆どを注ぎ込んだというのは聞いている話だ。

 いわば背水の陣。にも関わらず、作戦は失敗してしまった。困窮している事は分かっていたのだ。

 見知った以上、先生として生徒を放置はできない。

 本当に危なくなったらアルでなくてもムツキ辺りが連絡を寄越すだろうという考えだったが、現状を知る事が出来て良かった。

 

 こうして生徒が自分の立場について責任を持ち、力を尽くしている所を見ると体の奥から活力が湧いてくる。自分も頑張ろうと思える。

 私がうんうんと頷くと、銀行員が見るからに狼狽えた。表情を表す顔面のディスプレイに汗がびっしりと表示される。

 

「な、なによ?」

「え、ええと……お連れ様でしょうか? そ、その、凄い方が先ほどから仁王立ちされておりまして」

「へっ? ……びゃああああああ!?」

 

 衝立で仕切られた隣のブースから座席をガラガラと引っ張ってきて、私は腰を下ろした。防護スーツのパワーアシスト機能のせいで動きずらい。体重も普段の倍ほどある。無駄に勢いがついて、どかりという音がなってしまった。アルと銀行員が短い悲鳴をあげる。

 

「あの……ど、どちら様で」

「この子の後見人のようなものだ」

 

 裏声で応える。ボイスチェンジャーがもオンになっていたため、酷くドスの効いた声となった。アルは私を見た瞬間から白目を剝いて絶句していた。

 

「それで、融資は出来ないという話だが」

「そ、それは! 私たちもボランティアではありませんので! 頂いた書類を精査したところ、誠に残念ながらお力にはなれないかと! 決して、決して生徒さんだからと言って甘く見ているわけではありません!」

「なるほどな」

 

 この銀行員の言っている事は全て正しい。闇銀行で働いているからといって、ずさんな仕事をしているわけではないという事だ。彼のことを気の毒に思う。

 どうしたものだろう。深く息を吐くと、銀行員はひいいいい! という音声を発した。

 そして、奥から武装した警備員が現れる。二体のオートマタだ。騒ぎを聞きつけたらしく、まっすぐこちらへやって来た。

 

「……失礼いたします」

「他のお客様のご迷惑になりますので、これ以上は控えて頂けると」

 

 まずいことになった。いや、まずくはなかった。なぜなら私は囮だからだ。しかしこのままだとアルの迷惑になってしまうかもしれない。

 ……先ほど後見人だと名乗ってしまった。これからの事を考えると完全に便利屋の邪魔をしてしまうだろう。この埋め合わせは何かしらの形でしなくてはならない。

 とりあえず立ち上がると、警備員たちがのけぞった。私と離れた位置にいる方がどこかへ連絡を取り始める。

 

「こちらE4。相談窓口でトラブル発生。緊急対応中につき応援を要請する。相手は筋肉モリモリマッチョマンの変態だ」

「…………」

「そちらのお客様も、続きは裏で窺います」

 

 もう一体の警備員が呆然自失のアルへと手を伸ばした。汚い手で触ってほしくなかったため、その腕部を掴んでしまった。

 当然、相手は抵抗した。

 

「き、キサマ! 手を出したな!?」

「抵抗する気か!? 抵抗する気だな!? 拘束しろ!」

 

 応援要請をしていた警備オートマタまで興奮させてしまった。腕を掴まれている同僚を助けるべく、電流を纏った警棒を振りかぶってくる。引き千切ってしまうと良くないためパワーアシスト機能をオフに。私を振り解こうとしてくる方の重心がちょうど良く崩れたので、力を一度緩めてから、今度は緩急をつけて引き込んだ。

 

「ぬわああおおおおっ!?」

 

 警棒が私の盾となったオートマタに直撃し、電流が迸る。同士討ちの恰好だ。怯んだ隙に私は相手の手から警棒を奪い取り、そのまま持ち主の腹部に押し当てた。青白い発光現象。ライトアップだ。

 

「ぬわおおおおああっ!?」

 

 スパークが収まれば、二体の機械人間は火花と黒煙と共に倒れ伏す。

 これで二人を行動不能にした。それとほとんど同じタイミングで、奥から一〇名ほどの警備部隊がぞろぞろと現れる。

 いずれもタクティカル・ベストにカービン・ライフルを装備していたが、どうでも良かった。どのみちタイムアップだ。

 連中がこちらへ銃口を向けると同時に銀行の照明が消えて、一気に暗くなる。外からの灯りのみとなった。

 そして、銃声が響き渡る。

 

「全員、地面に伏せて。手は頭の後ろに」

 

 正面入口から現れたのは覆面を着用したシロコ、ノノミ、ヒフミだ。威嚇射撃をしつつ、流れるような動作で職員たちを拘束していく。

 同時に警備部隊の背後──バックヤード側からホシノとセリカが飛び出してきた。持っていたグレネードランチャーからネットが広がり、複数人を巻き込んで放電する。ほんの短い間だが、うす暗くなった行内に人工の灯りが戻って来た。

 

 しかし一人が逃れ、通信機に手を伸ばす。私が横から手を伸ばし、それをチョップしてはたき落した。通信網は封鎖したはずだが、念には念を入れるべきだった。

 私を人質にしたいらしい警備員が掴みかかってくるも、彼だか彼女は空中で回転し背中から床に叩きつけられる。そのままスタンロッドを押し当てようとして──黒見・スウィンドル・セリカが通り過ぎ様に顔面へ銃弾を叩き込んでいった。相手を見もしない。

 …………。

 なんてひどい事を……。流れ作業的にトドメを刺せる辺りが完全にキヴォトスだった。

 生徒ほどではなくとも、一般住民も銃撃程度で死んだりしない。目立った外傷こそないが、警備員は完全に沈黙している。

 

 背後ではシロコが銀行員を脅して金庫を空けさせようとしていた。中に記録簿があるからだろう。それを入手して無事に撤退できたら、今回の作戦は成功だ。

 アヤネとヒフミは退路の確保。他のメンバーは拘束した職員が変な真似をしないよう、見張りについていた。

 通信網を遮断したとして、ブラックマーケットが異常に気づいて確認を向かわせるまでは、長くて一〇分弱。余裕を持つなら五分程度で目的を果たさなくてはならない計算だ。

 私も何かしなくてはならなかった。シロコの方へ近寄る。

 

「早くして。現金輸送車の記録簿はどこ?」

「こ、こ、これです! たったいま他の車両も到着したところで、その帳簿は無いのですが」

「別にいい。さっさと鞄に詰めて」

「分かりましたから、殺さないで! 命だけは!」

 

 パスコードと生体認証。ロボットの銀行員にそんな権限と機能があるのかと驚くと同時に、ろくな抵抗もなく金庫が開いた。渡された書類をシロコが確認する。問題なかったらしい。目当ての物はあっさりと見つかり、ひとまずは順調だ。

 そこで私は何かに気づいた。

 

「……おっと、それはなんだ」

「こ、この書類ですか? これはある企業から預かった物で」

「それも貰えるか」

「もちろんですとも!」

 

 安物のボストンバッグがパンパンになっている。記録簿と書類だけでこんなにも膨らむはずがない。親切な銀行員が札束や宝石まで詰め込んでくれたようだ。見上げたサービス精神だ。

 覆面を被ったシロコが不安そうな目を向けてくるが、私は首を振った。今から鞄をひっくり返している時間はない。

 時計を見れば、残り二分を切っている。

 首領という地位のヒフミが馴れた仕草で撤退のハンドサインを送ってきた。ほとんど強制的に銀行強盗という重大犯罪に参加させられ、顔を隠すためとたい焼きが入っていた紙袋を加工した覆面を渡される。もはや虐めの領域ではあるが、彼女はその役割を十全に果たしていた。

 ハンドサインも一〇分前に知ったばかりなのに、彼女は本当にカタギなのだろうか。

 

 強盗団一行は風すら置き去りにするような速さでエントランスホールを後にした。数十個の閃光弾と発煙弾が炸裂。

 三両の現金輸送車がエンジンを震わせて待機している。全て中身満載だった。辺りに倒れている警備オートマタ達はあらかじめホシノ達によって無力化されている。

 

 私を含めて六人いる強盗団は二人ずつ現金輸送車に乗り込んだ。シロコと私、ヒフミとホシノ、ノノミとセリカの組み分けだ。それぞれが全く別の方向へ移動を開始した。

 運転席に乗り込んだ私はアヤネに通信を繋いだ。

 

「マーケットガードはどうだ」

『足止めされています。予想通りですね!』

 

 ヒフミと出会った時、彼女を追いかけていたチンピラ達。アビドス生から問答無用で鎮圧された後も黙ってはいなかった。

 周辺の仲間を掻き集め、自分達に牙を向いた不審な集団を探し回っていたのだ。トラブルの火種になりかねない不審な集団への警戒を強めていたマーケットガードの目は、アビドスではなくチンピラ連合へと向くことになった。

 ガラの悪そうな女生徒の集まりという点では、あのチンピラも変装したアビドスもそう大きな違いはない。そんな考えを明かせばまた吊るし上げられてしまうので黙っていたが、やはり思っていた通りだった。

 

 そして、ブラックマーケットの中心区各地で爆発が連鎖する。停電と通信網の切断。いずれもカイザー・グループの息がかかった店舗のはずだ。あのヒフミが言っていたので間違いない。

 チンピラ連合とマーケットガードの衝突、そして重複する爆破工作。闇銀行への強盗という一大事すら衝撃が薄まるほどの騒ぎを連続させる。

 これで終わりではない。もう一押しする必要があった。

 

「起爆装置を作動させる。タイミングを合わせてくれ」

『やっぱりヤダって! もったいないもん! ちょっ……ノクリスティーナ先輩!? お金持ちだからってこんなイヤアアアアッ!!』

 

 セリカの悲鳴が爆発音によって掻き消された。強盗団によって奪われ、ブラックマーケットの各地に散った三両の現金輸送車。全ての車両の荷台部分で、指向性爆薬が作動したのだ。

 満載されていた現金数十億円が、猛烈な爆風によって車外へと押し出される。街を覆うほどの紙吹雪。周囲の通行人は揃って目を剝いた。

 

「か、金!!?」

「おい嘘だろ! なんの祭りだ!?」

「凄え金だ……凄え金だよ! 夢じゃないよな!?」

「早く掻き集めろ! 全部あたしらのだ!」

 

 そこら中から人が押し寄せ、我先にと落ちた金を拾い、風に舞う紙幣を血眼で追いかける。自らの近くで何が起きたのか、これから何が起きるのか、考えもせずに目の前を舞う紙切れに欲望を向けていた。

 

「綺麗……」

 

 助手席から外を見るシロコがうっとりとした様子で言った。金の奪い合いは銃撃戦へと発展しつつあり、それは醜悪な欲望の具現化に他ならない。

 決して綺麗ではないと思ったが、立場や理性といったコーティングが剥がれれば、人も動物へ変わる。文明や法治といった概念の根本を冷笑するような無常さには、ある種の美しさがあるのかもしれなかった。

 

「…………」

 

 シロコの肩越しに、窓ガラスに映る彼女の表情が見える。

 いつになく満ち足りた瞳だ。得られる大金ではなく、その過程に輝いているように感じられた。

 私のような凡庸な人間には、シロコが本当に望む景色を用意する事はできないだろう。この少女が大人になり、理想を現実に変えられる時が来たらと思うと、言葉では言い表せない気持ちになった。

 その時まで、私はシロコにとっての先生でいられるのだろうか。

 その日、暗黒街には黄金の嵐という新たな伝説が生まれた。

 

 ◇

 

 私達は計画通り、数分走らせた所で不要になった車両を放棄し、爆破する。徒歩で移動し、目的地で集合。アヤネの操縦する輸送ヘリでアビドスまで帰還する予定だ。

 覆面を脱いだセリカが会うなり文句を言ってくる。

 

「先生!」

「なんだ」

「あれどういうこと!?」

「なにがだ」

「現金輸送車よ! お金だけばら撒いたでしょ!? 一台だけで何十億も!」

「ああ」

「あれだけあれば、借金だってすぐに返せたのに!」

「そうだな」

 

 ヒフミからの情報で、あの時間には複数の現金輸送車が集まるという事が分かっていた。闇銀行に集まった金を、外部へ運び出すための車両だ。

 車を奪うという話はあったが、それに積んである金を目眩ましに使うという事はセリカには黙っていたのだ。こうやってキャンキャン騒ぐのは分かっていたし、ホシノが説明すると言うから従っただけなのだが。

 

「いつ説明するんだ」

「今からだよ~」

「確認だが、誰が説明するんだ」

「先生かな~」

「私を困らせるのが楽しいんだな」

「当たり〜」

 

 ホシノが着けている馬鹿みたいなサングラスの電源を入れる。星マークのレンズがライトアップされた。さらに頭が悪そうになった。気が済んだ私はセリカに向き直る。

 

「先生! 説明してくれるのよね!?」

「……敵を攪乱する必要があった」

「そ・れ・で・も! ちょっとくらいは残しておくべきだったでしょ!?」

 

 ブラックマーケット中で起きた爆発に乗じて、数十億以上の金がばら撒かれた。あの場にいた住人のほとんどは悪人で、持ち主を探して返してやろうという殊勝な心の持ち主はいないはず。なぜならここはキヴォトスで、騒ぎが起きたのは特に治安が悪い暗黒街だったのだ。暗黒街に住む住人の大半が共犯者になっている。

 今回の作戦で最も危険なのは、こちらの身元がカイザー・グループに判明することだ。<アビドス高等学校>が、違法な取引の証拠を掴むためにブラックマーケットへ潜入したなどとバレたら、どんな事になるか分からない。強盗を働いたアビドスは債務者で、盗みに遭ったカイザー・グループは債権者という関係である。

 

 盗まれたのが、本日の現金輸送に用いられた記録簿だけだったのなら、下手人の素性とその目的を悟られてしまう。そのため、あえて騒ぎを派手にして、金を街中にばら撒いた。闇銀行を嫌う者は無数にいる。今回の件だけでアビドスを特定するのは困難なはずだった。

 その証拠に、アヤネとアロナが通信網を確認しているが、まだ敵は気づいた兆候すらない。全てが思惑通りにいった。

 作戦は掛け値なしの大成功だ。

 だからこそ、少しの金くらいは手元に残しておいても良かったとセリカは思うのだろう。

 今回盗んだ一〇〇億近い金だ。今まで長らくアビドスを苦しめていた一〇倍ほどの金額だ。それをばら撒くのなら、その何パーセントかだけでも懐に入れれば借金返済の大きな足しになる。

 

「シロコ、その鞄を開いてくれ」

「わかった」

 

 砂狼シロコの足元に転がっているのは四五リットルサイズのボストンバッグが三つ。爆発物や変装道具を持ち込むのに使い、その後は金庫の中の物品を納めるのに使用した。一つだけでも数日の宿泊には充分な量の荷物が入る大型鞄を開けば、そこには札束と宝石、手形や小切手、貴金属類、複数の記録媒体が満載されていた。

 

「わわわ……」

「これは凄いですね~。こっちには妙な書類も沢山あります!」

「うへー、こんなに……。本当に盗んじゃったね~」

 

 体積当たりで言えば、紙幣よりも価値のある物は多い。

 あの敏腕銀行員は命乞いのために、これだけの物を詰め込んでくれたようだ。もはや強盗団の一人といっても過言ではない働きだった。

 

「帳簿も確かにある。ヒフ……ファウストが言った通り、それだけ盗むと怪しまれるから、他の物も持ってきてる」

「流石です。リーダー」

「あうう……。せ、先生……どうして敬語なんですか?」

「敬服しているからです」

 

 私はヒフミに両手を合わせて頭を下げる。それはアビドス生達も同様だった。彼女と出会っていなければ、これだけの成功を収める事は出来なかっただろう。全て彼女とシロコの手柄だ。私は恐れおののいていた。

 

「の、ノノミ先輩。こ、これって幾らくらいになるの?」

「おそらく、三〇億円以上でしょうか」

「え!? じゃあヒフ……ファウスト先輩と山分けしても借金完済できるじゃん! ね、シロコ先輩……シロコ先輩?」

「…………」

 

 シロコに喜ぶ様子は無い。いつも通りの無表情だ。今と比べたら、銀行強盗を計画していた時と、それを実行に移してしまった時の方がよほど興奮していた。

 特に驚く事ではない。この少女は金銭に対して欲求が無いし、金目的で強盗を目論んだわけでも無い。スポーツと似たものなのだろう。自身が納得できる結果こそが目的で、トロフィーそのものに興味は向かない。シロコにとってこの金品はトロフィーと変わらないのだ。

 そこが、さらに救いようの無い話だった。

 そんな彼女は、ぽつりと言った。

 

「反対する人がいるのは分かってる」

 

 私に視線が集まる。

 

「私じゃない。たぶんホシノだ」

「え!?」

 

 今度は委員長へ注目が集まった。計画段階で小鳥遊ホシノはほとんど口を出さなかった。ここまで上手く行って、いまさら何か言うとは思っていなかったのだろう。

 

「そ、そうなの? ホシノ先輩」

「んー、まあね」

「なんでよ!?」

「……だってそれは、アビドスのお金じゃないから」

 

 左右で異なる色を持つホシノの瞳は、足元の大金に向けられている。

 決してふざけているわけでも、正義感に燃えているわけでもないように見えた。乾いているような、枯れているような、遠くの物を見ているような、そんな表情だ。

 普段はサボり魔で昼行灯の委員長が、まったく違う雰囲気を放っている。セリカやノノミは困惑しているようだった。

 

「おじさん達と同じような人達が払ったお金かもしれない」

「意味わかんない! この中には私たちが働いて払ったお金だってあるでしょ!?」

「うん。でも、それは”アビドスの借金”。相手が悪人だったとしても、<アビドス高等学校>が<カイザー・グループ>から借りたお金を返しているだけ。必要なのは記録簿だけで、他の物まで懐に入れるのは駄目かな」

「……私もセリカちゃんと同意見です。確かにこのお金は、沢山の人達が働いて返済に充てたものかもしれません。でも、私たちがそうであるように、必要なのは返済したという記録です。払った後のお金が強盗に遭ったところで、借金が戻るわけでは無いんですから」

「そうよ! 悪党のお金になってたんだもん! それを私たちが学校の復興とか、正しい事に使う方がずっと良い! 私の言ってることって間違ってる!?」

 

 セリカもノノミも、金欲しさに言っているわけではない。私が来る前から、彼女達は一丸となって目的に対処し続けてきた。

 果ての無い借金返済に、解決の目途も立たない気候問題、どこからか流れ込み続けてくる武装集団。学生である<対策委員会>だけでは、絶望的な状況だった。

 

 今回の件は、ずっとアビドスを苦しめ続けてきた相手にやっと一矢報いた形になる。

 ホシノ達の代だけではない。数十年前から続く問題の中で、きっと今日が初めてなのだ。こんなチャンスはもう無いかもしれない。被害者は悪人で、ただ罰が当たっただけ。奪った金を使ったところで、善人が困るわけでもない。

 

「このお金があれば、借金は解決するかもしれない。けど他の問題は? 困った時、また同じような事をするの? シロコちゃんの作ってくれた覆面で顔を隠して、先生やヒフ……ファウストちゃんに協力してもらって、仕方ないねって言いながら悪い事をするの?」

 

 線引きというのは大切だ。そこを確実にしなければ、どんどんと深みにはまっていく。エスカレートしていくのだ。銀行強盗が想定よりもずっと上手く行ったのは、運の要素も大きく絡む。

 

「このお金を自分達のために使ったら、カイザーと同じになる。皆に後輩が出来た時、堂々としていられなくなるんだよ。自分達の力だけで学校を守ったって言えなくなっちゃう……そんなの、おじさんは嫌かな」

「…………」

「…………」

「…………」

『…………』

 

 順当に行けば、アビドスから最も先にいなくなるのは三年生のホシノだ。他のメンバーが進級し、先輩になった時、後ろめたい事があるのは望ましくない。

 学生が自治を行う学園都市で、後輩が頼りにするのはいつだって先輩だ。目標であり続けなければならない。

 力尽くの手段で問題が解決するなら、これまでにもうやっているはずだ。金が無いなら、他の自治区から奪えば良かったし、砂漠化した土地から逃れたいのなら他の領土を奪えばいい。そうしなかったのは、<アビドス高等学校>という”居場所”が歪んでしまうからだ。

 

「じゃあ、このお金は捨てて、また今まで通り借金を返していくってこと!?」

「うん」

「アルバイトしたりボランティアしたり、指名手配犯捕まえたり、宝探ししたりするってこと!?」

「そう」

「ぜんぶ今まで通りってこと!?」

 

 簡単な手段なら、転校や退学といった選択肢も常に用意されている。

 それらを選択しなかったのが、たった五人の<対策委員会>だ。

 彼女らは残されたのではない。立ち向かう道を選んだ。選び続けた。

 生徒たちがアビドスを去らなかったのは<対策委員会>が好きだったからだろう。<対策委員会>を立ち上げたのは小鳥遊ホシノだ。

 答えは既に出ているように思えた。

 

「ぐぬぬぬ……」

『セリカちゃん……。私もホシノ先輩に賛成。いつものアビドスのやり方が一番じゃないかな』

「ん、そう。皆と一緒にいつも通りが一番」

「ぐぬぬぬぬぬ……! ノノミ先輩?」

「多数決ですからね~。それに私も、ホシノ先輩のやり方をずっと見てきましたから。それをセリカちゃんとアヤネちゃんにも受け継いでほしいです☆」

「うう~。やだあ……また馬鹿みたいに働いてちまちまお金を返すのはやだあ……」

 

 セリカはノノミに抱き着いてぐずってしまった。『アビドス潰れろ!』と毎日のように言っていたとしても、紫関ラーメンでのアルバイトを始め、会計担当として借金返済に最も精力的だったのは黒見セリカだ。自身が楽になりたいのではなく、アビドスの問題を解決したいという気持ちが人一倍強いのだろう。

 しかし、最後に選ぶのはこれまでに積み上げてきた<対策委員会>での”日常”だった。

 

「…………」

 

 小鳥遊ホシノの姿勢は、確かに馬鹿みたいだ。先達の遺した負の遺産を引き継ぎ、それと正面から向き合う。どれだけ辛かろうが苦しかろうが、自身の納得できるやり方を貫く。

 そうして生まれた日常が、後輩達の中にもしっかりと息づいているのだ。

 受け継がれていくものがある。それは、私には何よりも美しく見えた。

 

「それにね。おじさん達が悪い事をしたら、先生も黙ってないだろうし」

「確かに。こうしてお金を前にした私たちがどうするのか、さっきからずっと見てるし」

「<シャーレ>から狙われるのはヤだよねー」

 

 盗んできた書類をヒフミと一緒に物色していた私は、思い切り虚を突かれた。

 

「えっ……」

「ここでお金を盗んだら、手伝ってくれたヒフ……ファウストさんまで悪人になってしまいますもんね☆」

『教え子が悪の道に逸れそうになったら、それを正すのが大人の役目……流石です』

「こういう時だけ真面目ぶるんだから」

「…………」

 

 アビドス生は私が反対側の人間だと思っているらしい。

 他校生を無理やり巻き込んで銀行強盗をおこなった時点で、<アビドス高等学校>の犯罪者率は一〇〇パーセントを達成している。

 悪人がどうのと言うなら、既に手遅れなはずだ。この金だって好きにしたら良いと思って持ってきた。今だって使えそうな書類がたんまりとあったから、ほくそ笑んでいたところだ。

 なのに、妙な勘違いをされている。

 素直に言うのは得策ではないと思った。

 

「……そのとおりだ」

 

 そう言うと、ホシノ達はやっと笑顔になった。セリカも仕方ないとばかりに首を振っている。

 

「ヒフミはどうする。アビドスが所有権を放棄した以上、ここにある物は全て君のものだ」

「あはは……。私は皆さんを手伝っただけですので、その決定を尊重します」

「これはどうする」

 

 私は封筒に収められていた書類の束をヒフミに見せた。

 それは、モモフレンズに関する企画書だった。あの金庫に保管されている所を見つけ、重要そうな物だったので包んでもらった。

 

「こ、これは……!」

「なにか分かるか」

「企画段階のイラストが沢山載っていますね……。キヴォトスにまだ存在しない、モモフレンズ・グッズの数々です!」

 

 モモフレンズがどの程度普及しているのか不明だが、世に出ている物が全てというわけではないだろう。コンペティションで落とされる物、予算的に折り合いのつかなかった物も無数にある。

 ヒフミがブラックマーケットまで探しに来たあの他殺体だって似たような経緯があった。

 

「これだけでも価値がありますが、ここに描かれているペロロ様達が世に出る事はもう無いでしょうね」

 

 ブラックマーケットの金庫にある以上、ヒフミの持つ企画書がそのまま公表される可能性は極めて低い。出所を探す必要はあるが、まともな経緯があれば辿り着かない場所にあったのだ。

 

「<シャーレ>には3Dプリンタがある。欲しいなら作成できるだろう」

 

<シャーレ>オフィスビルの地下には”クラフトチェンバー”と呼ばれるオーパーツが存在している。

 アロナから聞いただけで使用した事はないが、質量保存の法則を無視してあらゆる物を作成できる機能を有しているという。

 企画書には形状から材質まで詳細な情報が記載されているため、作成する事は簡単だ。

 

「もちろん、流通させれば足がついてしまう。建物の中にヒフミ専用の部屋を作って、そこに保管する形になると思うが……」

「……私専用の、お部屋?」

「モモフレンズグッズを集めた部屋だな。今回の件に報いるためには、それくらいの措置が必要だろう」

「お願いします」

 

 驚くほどあっさりと頷かれた。

 ヒフミは『ちょうど自室から溢れそうだったので助かりました』などと言っている。<シャーレ>のほとんどの区画は未使用なままなので問題はないだろうが、ブラックマーケットの方角を見て瞳を輝かせるファウストの様子からは底知れないものを感じた。彼女からしたら暗黒街も宝島と変わらないのかもしれない。

 

「……合流時間まで残り五分か」

 

 アヤネの操縦する輸送ヘリがこちらに向かっているはずだ。警戒はしているが、マーケットガードを始めとする勢力が接近してくる気配はない。

 後は阿慈谷ヒフミをトリニティ自治区付近まで送り、アビドスに戻れば作戦は完了する。

 そこへ、ヘリ担当から通信が入った。

 

『先生! そちらに何者かが接近しています!』

「そうか。確認する」

 

 ”シッテムの箱”にリンクしているセンサーには、確かにここへ一直線に向かってくる反応があった。複数人ではない。個人の生体反応である。

 オーパーツの機能で測定まで済まされていた。見知った相手だ。アロナからの警告が無かったのも頷ける。

 双眼鏡を覗くと、<便利屋68>の陸八魔アルが、こちらに向かってきている所だった。

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