先生「バキバキの記憶喪失」   作:地産地消

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第16話 それぞれの道

 現在地はブラックマーケットの外縁部。周辺自治区との境目にある地域だ。暗黒街の端というだけあって、人の気配は全くない。錆びだらけの倉庫や崩れかけの納屋が散見されるだけの、廃れた場所だ。

 

「陸八魔アル……って、便利屋の?」

 

 面識のないヒフミを除くメンバーが覆面を着用し、銃を構える。私はそれを止めなかった。

 双眼鏡で確認したアルは徒歩でこちらに向かっている。彼女がいた闇銀行からここまで、距離にして四〇キロといったところだろう。

 途中での騒ぎを切り抜け、たった一人で私たちを追ってきたという事だ。敵意があるわけではないようだが、しかし目的が分からない。

 

「先生」

「様子を見よう。どんな理由かは不明だが、アルからは強い意志を感じる」

「……そっか」

 

 しらっとした視線を背中に感じる。理由は不明だが、アビドス生達は私が<便利屋68>の話をすると機嫌が悪くなるのだ。それでいて根掘り葉掘り訊ねてくる。しかも闇銀行で私が陸八魔アルにダル絡みをしていた事も手伝い、言い知れない不満を持たれているようだ。

 ひと気の無い地域で、視界は良好。こちらはヘリとの合流があるため、高台かつ開けた場所にいる。狙撃手のアルからしたら絶対に勝ち目の無い条件だった。それなのに汗まみれになり、息も絶え絶えの様子で一直線に進んでくる様子は異様だった。

<対策委員会>の面々に任せると銃撃しかねず、部外者のヒフミをこれ以上巻き込むわけにはいかない。

 私はヘルメットを被ると、ミレニアム製スーツのボイスチェンジャーをオンにした。見せかけの散弾銃を肩にかけ、威圧するように前へ出る。

 

「それ以上の接近は禁ずる」

「うええっ!? あ、あなたは……」

 

 何か嫌な思い出でも蘇ったのか、アルは白目を剝いて動揺した。

 

「闇銀行にいた客だな。どうしてここが分かったんだ」

「え? なんとなく……かしら? がむしゃらに走っていたら覆面の集団が移動していたから……?」

 

 狙撃手だけあって目が良いのだろうか。追跡対策は万全だと思っていただけにショックも大きい。どれだけ策を弄しても、勘で追いつかれては話にならなかった。

 

「……目的はなんだ」

「敵対するつもりは無いわ……! た、ただ伝えたい事があって!」

「伝えたい事」

「え、ええ。ところであなた、どこかで会った事がある? こうして話すと、妙な感じがするんだけれど……」

「……闇銀行で会っただろう」

「そうじゃなくて!」

 

 私は恐怖した。

 ミレニアムのヒマリとエイミ伝てに製作してもらったこのスーツの性能を、アルは勘だけで看破しつつあった。彼女は無防備にひょこひょこと近づいてきては、私の細部をじろじろと観察し始める。

 

「うーん。妙な親近感……」

「ナンパは困る」

「そんなんじゃないわよ!?」

 

 私とアルの間にシロコが割り込んできた。他の面々も愛銃を構え、いよいよ緊張感が高まってくる。ノノミに至ってはミニガンをキーンとさせ始めた。

 

「……その人は私たちのだから」

「残念ですが、お触りは禁止です!」

「お、お触り? こんなおっかない見た目の人にそんな事するはずないでしょう。それよりも、あなた達の事を知りたいの!」

 

 脅されているのだが、アルは目を輝かせて一歩踏み出してくる。

 

「わ、私! 便利屋の社長をやってて、まだ駆け出しなんだけれど……仲間には恵まれてるのに、あまり上手く行ってなくてね? 資金繰りに困って融資を受けに行ったら、あなた達の銀行強盗を目の当たりにして……」

「…………」

「単純に凄いと思ったわ! 完璧な計画に、統率された動き、当然のように怪我人を最低限に抑えて、目的を達成したら一瞬で消える。徹頭徹尾、完全無欠のアウトローだったもの!」

「…………」

「わ、私……本音を言うと自分がどうしたら、分からなくなってて……そんな時、ずっと目指していた、目標そのものな存在が現れたから……それで、せめて名前だけでもって!」

 

 陸八魔アルの言う事は信用できる。資金繰りに困窮して、闇銀行の融資すら受けようとしていた彼女が、わき目も振らずにここまで辿り着いているのだ。街中に舞い散る無数の紙幣に目もくれず、武器も持たずに身一つで現れた。

 ちらりと後ろを見ると、アビドス生達も警戒を解いた様子だった。感じ入るものがあったのだろう。少女のように夢を語る姿を前にして、銃口を向けていられるような生徒はいない。

 

 超巨大校である<ゲヘナ学園>を捨てて、自分の道を歩こうとする姿勢は素晴らしいと思った。

 それだけの信念があるという事だ。便利屋のメンバーもアルを慕ってついてきている。

 理想的な条件が揃っているのに、それに応えられない自身を不甲斐なく感じるのは私も同じだ。歯痒さや怒りを自分に向けるしかない辛さも、それを吐露する事も出来ない苦しみも理解できる。

 そんな所に理想の体現とも言うべき存在が現れたら、ここまで必死にもなるはずだ。私が柴大将に向ける感情と、アルが強盗団に向ける感情は同一のものなのだ。

 不意に柴大将を思い出してしまった私は胸に熱いものがこみ上げてきた。

 

「あなた達の雄姿を忘れたくないの。だから──チーム名や通り名みたいなものがあるでしょう? それだけでも教えてほしいの!」

「<覆面水着団>です!」

「!?」

 

 ノノミ──クリスティーナの即答に関係者一同が絶句した。チーム名など無いし、しかしアルの想いを無碍にするわけにもいかない。さりとて、アビドスを連想させるような要素は厳禁だ。

 そこまで考えて頭を回そうとした矢先の、裏切りとも言えるようなネーミングセンス。どうしたら良いか分からない。

 

「<覆面水着団>……?」

「そうです!」

「かっこいい……」

「!?」

 

 うっとりし始めるアルに、また関係者一同が絶句した。どのあたりに魅力を感じたのか分からない。恐らくどんな名称であっても同様の反応を示したのではないか。心酔という表現がぴったりだった。

 

「普段はアイドルをやっていて、裏では正義の強盗集団なんです! 今日は緊急だったので、水着を持ってきていませんが……」

「す、凄すぎるわ! これだけの事が副業ですって!?」

「うへ、目には目を、歯に歯を。無慈悲に、孤高に、我が道の如く魔境を行く。これが私らのモットーだよ!」

 

 ホシノまでノリ始めた。

 ふざけた様子だが、アビドス自治区というある種の魔境で逞しく生きている彼女の言葉に嘘はない。

 アルは感動の余り全身を震わせている。

 

「な、なんですって……本当に、こんな……」

「じゃ、私達はこれで~」

「活躍の場が待っていますから☆」

 

 二〇〇メートルほど離れたところにアヤネの操縦するヘリが降下してくる。機体に思い切り<シャーレ>の文字が描かれていたため私は動揺したが、アルが何かを気づいた様子はない。なにやらふわふわきらきらしている。

 <覆面水着団>の面々が風のように去っていく中、私は取り残された数十億規模の資産をどうするか迷っていた。このままにするわけにはいかない。足がついてしまうかもしれないからだ、

 本当なら<シャーレ>へ持ち帰って中身を調査した後、少しずつ資金洗浄をするのが望ましい。目くらましをしたとしても、これは汚れた金なのだ。

 しかし──と考える。今の<便利屋68>はアビドス襲撃に失敗し、そしてブラックマーケットでも銀行強盗との繋がりが出来てしまった状態となる。資金の融資や援助を受ける事は難しくなるだろう。危なくなったら私へ連絡してもらうよう異様なまでにしつこく言い含めてあるが、テント生活をしていたという実績もある。アルの性格から考えて、そんな大それたことにも使わないだろう。

 アビドスへの襲撃依頼を受けたのだって、資金難に陥っていたからだ。そこが解決すれば、大人しく手を引いてくれるかもしれない。

 

「…………」

 

 一秒間で無限に思考が加速する。汚れた金を生徒の下に置いていく。それは酷く気がかりだった。大人と子供を明確に分けるのは、金への向き合い方である。大金を手に入れた事によって人生が狂うというのは、古今東西ありふれた話だった。

 だが、どうだろう。陸八魔アルは自らの意志で社会へと踏み出した少女だ。尊重するべきではないのか。

 もう時間がない。私はヘルメットの奥で汗だくになりながら、辛うじて声を絞り出した。

 

「……そのバッグは君たちの物だ」

「え……?」

「だが、それが原因でトラブルに巻き込まれたら、すぐに誰かを頼れ。君にも守りたいものがあるはずだ」

「…………」

 

 ヘリが飛び立とうとしている。窓からこちらに手を振るホシノとセリカの姿が見えた。良い度胸だった。

 

「そういえば最近、<シャーレの先生>という存在が現れたらしいな、公式ホームページを確認したところ、こういった問題の解決も業務の範疇らしい。要チェックだな」

「え、ええ……。ところで、あなたって」

「さらばだ」

 

 私は猛ダッシュで離脱した。

 

 ◇

 

 私の極めて強い希望により柴関ラーメンで夕食を摂り、ヒフミをトリニティの自治区近くまで送った後、<対策委員会>の部室に集合していた。

 強奪した記録簿の中身を確認するためだ。

 

「<アビドス高等学校>から八八三万円を集金……その後にカタカタヘルメット団へ五〇〇万円の送金。同様の処理が、これまでずっと行われてきていました」

 

 明るい雰囲気になれる話ではない。アビドスの五人が死に物狂いで集めてきた金で、アビドスを襲う武装集団が雇われていた。<対策委員会>のメンバーからしたら、自分で自分を殴らされているような気分になるだろう。

 仲介者はカイザー・ローン。首謀者も同じだ。

 

「……で、この後はどうするのよ」

「流石に、今までのように素直に返済、というのは……」

「無理ですよね……」

 

 知ってしまったからこそ、もうこれまでのようにはいられない。好き放題しているカイザー・グループに何らかの対抗策を打ち出さないといけないだろう。

 犯罪の証拠がこうして出てきた以上、<シャーレ>として動く事は出来る。ただ、この記録簿自体が犯罪行為によって得られた物だ。<連邦生徒会>へ物証として提出する事は無理だ。アビドスまで裁かれてしまう。

 

「<対策委員会>としてではなく、<シャーレ>として介入する事は可能だ。カイザー・ローンを潰す事も可能だろう。だが、それでは何の解決にもならない」

 

 元々、独立連邦捜査部はいつでも、どこでも、誰にでも捜査権を振るう事ができる。それをしなかったのは、カイザー・ローンを潰したとしても借金が帳消しにはならないからだ。

 <アビドス高等学校>の借金は、あくまでも正式な手続きによって締結されたもの。いくら<シャーレ>でもそれを無かった事にはできない。

 力尽くで倒しても、債権はまた別の、恐らくはカイザー・グループの他企業の手に渡ってしまう。そして黒幕はまた別の手段でアビドスを狙ってくるだろう。今度はもっと巧妙に手口を変えて。

 

「まだ分かっていない事は残っている。カイザー・グループがアビドスを狙う理由だ」

「それは、自分達で統治できる土地が欲しいからでは?」

「それならもっと良い方法があるはずだ。例えばアビドスに自らの息のかかった生徒を多数転入させれば、実権を握る事もできた。カタカタヘルメット団のような連中を雇い続ける理由にならない」

 

 加えて、ミレニアムの明星ヒマリから聞いた情報もひっかかる。

 カイザー・グループは既に、アビドスの砂漠に居を構えて何かの企みをしているという話だ。”神を証明するもの”に関係する何かが、この自治区にある。そのために校舎──というよりは自治権を奪いたいのだろうか。

 悪手のように思える。下手に手を出し続けた結果として、私のような者に嗅ぎつけられてしまった。闇銀行を挟んだ取引の証拠まで奪われてしまった。

 つまり敵にはアビドスの自治区そのものではなく、もっと局所的な思惑があるような気がしてならない。

 そろそろ明かす必要があるだろう。

 

「……これは、私がアビドスに来る前。ミレニアムで聞いた話だ」

 

 私はアビドス砂漠に眠る何かについて、<対策委員会>の面々に明かした。

 キヴォトスが学園都市となる、遥か前の時代。その名残がオーパーツとして各地に点在している事、特に大きい力を持つ何かが、アビドスを含めた複数の自治区に眠っている事、それにカイザー・グループが関与している可能性がある事。

 

「にわかには信じがたい話だと思うが」

 

 この件を明かさなかった理由は幾つかある。まず第一に、証拠が無いのだ。私がヒマリとエイミから聞かされた話は、あくまでも彼女達の言葉だけで、私自身が”神を証明するもの”について直接目にしたわけではない。

 超古代文明の遺産が危険な物で、キヴォトス全体に危機を招くものかもしれない等と吹聴したところで危機感と混乱を煽るだけだ。

 

「急にオーパーツとかの話になると、さすがに理解がね~」

「そ、そうですね。私達の借金から、キヴォトスそのものの成り立ち以前まで話が飛躍していますし……」

「でも、それならカイザー・グループがアビドスに執着する理由も分かる。砂漠に眠っているオーパーツを独占できたら、学園都市を支配する事だって可能」

「だとしたら、これからの私達はそこへ踏み込む必要があるという事ですね」

 

 カイザー・グループはキヴォトスでも最大規模の多角化企業だ。軍需産業としての側面もあり、一学園が持つ力を遥かに超えた存在である。

 今までアビドスが彼らと敵対していたのは、九億円近い借金の範囲だけだ。学園都市全体に根を張る超大企業が、数億円のためだけに本気になるはずがない。せいぜい小さな悪事の一つを潰してやろう、というくらいの考えだった。

 だが、キヴォトス全体を巻き込む何かが砂漠にあり、それが真の狙いなのであれば、カイザー・グループも全力を尽くしてくるだろう。<対策委員会>だけで済む話ではなくなってくる。

 

「先生がミレニアム製品を沢山持っていたのは、その件があったからなんですね」

「あの変装セットはそうだな。それに……私がキヴォトスに来てから、その反応は活性化しているらしい。アビドスに来たのは、調査の一環でもあるんだ」

 

 私が持つ”シッテムの箱”に呼応して、妙な力はだんだんと動きを大きくしているのだ。私と無関係とは思えない。

 

「だから、もうこれはアビドスだけの問題じゃない。これから先は──」

「ん、乗り込もう」

「──<シャーレ>が対応する。相手はかつてない規模だ。だから──」

「で、いつ行くの?」

「──この件は私に任せて欲しい。まずは各地自治区に──」

「明日とかー?」

「──相談をして、動きを固める。そして──」

「まずは偵察する必要があるかと思います。砂漠に根城を築いている以上、アビドスの自治権を侵害していますから、こちらから調査をする充分な名目になるかと」

「──然るべき後に、改めて部隊を編制したい。アビドスの皆には悪いが──」

「わあ☆ 今度は敵基地に潜入ですね!」

「──私って嫌われてるのか」

 

 こちらで責任を持つという話をしているのに、私は完全に置き去りになっていた。<対策委員会>の面々だけでカイザーの基地を襲撃する作戦が進められている。

 ブラックマーケットの件を超えて、危険極まりない事になるだろう。これが砂漠の件をこの面々に言わなかった理由だった。

 アビドスの自治区に企業が拠点を構築し、怪しげな事を続けている。それを知れば<対策委員会>は威力偵察を行うと分かっていたからだ。

 学校は生徒の居場所だ。そこを侵されれば、立ち向かわざるを得ない。しかし今回は危険度が桁違いだ。突けばカイザーどころか、もっと危険な”何か”まで呼び起こす事になりかねない。

 

「は? どうせ、『これは私の問題だから、皆に危険な真似はさせられない』~とか言うつもりだったんでしょ」

「そーそー。それで、一人で潜入とかしそうだよねー、先生の性格的に」

「違う。さっき言った通りだ。アビドスだけで納まる問題ではないから、他自治区と連携する必要がある」

「でもでも、先生の性格的に、何の確証も無い状態で他の学校を巻き込めるんでしょうか……?」

 

 ノノミの指摘は最もだった。ミレニアムの<特異現象捜査部>以外の生徒に協力を呼び掛けるとして、今回の作戦には根拠が足りていない。

 ブラックマーケットの闇銀行を襲って得た記録簿と、キヴォトス最高の技術を誇る学園のマザー・コンピュータが瞬時に無力化されたという話は口外できるものではないからだ。

 であるなら、まずは敵基地に潜入して”キヴォトス全体を巻き込む危機”に関する情報を得なくてはならない。それは私の都合なので、アビドス生を連れて行くわけにいかない。

 という事は、私一人で最初の偵察を行う必要があり──結果的に<対策委員会>の面々が言った予想に繋がる。

 私は酷く驚いた。結論に至る前から、動きを完全に読まれていたのだ。

 

「言うんじゃなかった」

「おじさん達に話したのが運の尽きだね~」

 

 ホシノがにへらと笑った。私は敗北感でいっぱいだった。また変装する際は、彼女にもっと酷い恰好をさせようと思った。

 

「だ、だが。明日というのはやめた方が良い。闇銀行を襲った翌日にカイザーの施設を襲えば、相手に不要な情報を与える事になる。陸上兵器を売った金で、返済資金には余裕があるだろう。最近は忙しかったんだから、ここは少し休養を挟むべきだ。そういえば明日から砂嵐の予報だったな。天候的にも良くないんだから、やはり羽を休めよう。そうしよう」

「凄い早口です……」

 

 アヤネがドン引きしている。

 威力偵察を行うとして、やはり時間を置くべきだ。兵装を整える必要もあるし、事前の調査も進めなくてはならない。まず向かうべき拠点の位置すら詳細が分かっていないのだ。

 時間を稼ごうとする私の言動を、アビドス生達は怪訝そうに見つめてきた。私が一人で校舎の敷地外に出ようものなら瞬時に包囲されるだろう。銀行強盗まで共にした仲なのに、深刻な人間関係の捩じれが窺えた。

 

 とりあえずは一週間。それだけの期間を置くとして、今回の会議は終了した。

 

 ◇

 

 天気が悪くなるという事で、疲労の色が濃い<対策委員会>の面々はそれぞれ下校して行った。私だけはこの校舎に妖怪のように住み着いているので、このままだ。日課である防衛システムのチェックをしてから、シャワーを浴び、歯を磨き、柴関ラーメンの方角に祈りを捧げて眠りにつく。

 明日は休校日になるとの事なので、<シャーレ>の事務作業を片付けよう。セントラル・ネットワークを使用したと七神リンに言った事が原因で、凄まじい量の始末書を提出するよう強制されている。

 メールの返信が遅れたせいで事態が悪化したのだ。このままだと電話口での暴言でショック死しかねない。

 そんな事を考えながら資料の整理をしていると、最後に残っていた生徒が教室の入り口から顔を出して来た。

 

「先生」

 

 小鳥遊ホシノ委員長だ。アビドス生で最も小柄な彼女だが、まだ体力には余裕があるようだ。最上級生であり、底知れないものを感じる相手だった。

 

「どうした」

「ちょっと、お話しても良いかなって」

「良いだろう。何か飲むか」

「キンキンに冷えたいちご牛乳の気分かな~」

「わかった」

 

 私は熱々のココアを淹れて、ホシノ専用のマグカップを差し出した。

 冷蔵庫にいちご牛乳はあるが、あれはアヤネの物だ。無断で使用すればまた怒られてしまう。先ほどのはそれを見越しての注文であり、確かな悪意が見え隠れしていた。

 高度な心理戦に敗北したホシノはピキピキしていたが、諦めたように息を吐いて受け入れる。

 

「…………」

 

 ホシノはしばらく喋らず、窓から見えるアビドスの夜空を眺めていた。幼げな容姿ながら、その横顔はだいぶ大人びて見える。

 昼間は寝てばかりで、サボりや遅刻の常習犯。何を言われてものらりくらりと躱す昼行灯。しかし、そんなものは表面上の偽装に過ぎないと初日から分かっていた。

 滅亡寸前のアビドスで、最後に残った五人の生徒。彼女らを纏めている委員長が、ただの怠け者であるはずがないからだ。

 

「明日から砂嵐なんだってね」

「ああ」

「もうそんな季節かー」

「そこまでの規模ではないようだ。その……掃除は私がしておく」

 

 砂嵐と言えば、アビドス自治区が抱える問題の根幹だ。カイザーだの超古代文明の遺産だのといった厄介事を解決しても、自然災害だけはどうにもならない。もし全てが上手くいって、この学校が他と同じように運営できるようになっても、必死の思いで守った校舎が砂に埋もれてしまっては全てが無駄になってしまう。

 だからこそ、センシティブな話題だと感じる。

 私が困るとホシノは楽しそうにする傾向があり、今回もそうだった。ココアを口に含み、あちちと呟いた。

 

「先生さ、おじさんをストーキングしてたでしょ。セリカちゃんの時と同じで」

「ああ。していた」

 

 というか、アビドス生全員の生活習慣を無断で把握している。

 この自治区は治安が悪く、またインフラも完備されているとは言えない。人目も少なく、何か起きた時は防犯カメラの映像も、目撃者の情報も辿る事が難しかった。黒見セリカが誘拐された時もそうだ。

 生徒に何かあった時、それに一秒でも早く気付けるようにしなくてはならない。アロナの力を借りれば簡単かもしれないが、自分の頭を足を動かすのは先生として当然の務めである。

 

「気づかれていたとは思わなかった」

「気づいてなかったよ? 今の今までね」

「……私を騙したのか」

「誰かさんの手口~」

 

 確認したい事を断定口調で話した時の反応で、相手に自供を促す事が出来る。確かに私が良く使う手法だ。

 観念して、夜な夜な出歩く小鳥遊ホシノを尾行していた事を明かした。

 本人に直接確認したわけではないが、この委員長は夜のアビドスを毎晩パトロールしている。他から流れて来た不良生徒を追い出しては、困っている周辺住人を助けたり、潜在的なトラブルの種を摘み取っているのだ。

 昼間に眠そうにしているのは、夜に動き回っているせいなのだろう。

 

「なんにも言わないんだね」

「どういう意味だ」

「夜に出歩いている生徒がいたら、注意するのが先生でしょ?」

「遊びで出歩いているなら、そうするべきだろうな」

 

 夜の散歩が好きというわけではないと見える。

 恐らく、不安や怒りから来るストレスが原因の不眠症だ。布団にくるまっていてもどうせ眠れないからと、自棄気味の治安維持活動をしている。

 アビドスの現状について、最も責任を感じるのはホシノだ。彼女が卒業すれば、ここに残されるのは後輩と借金だけとなる。負債を押し付けて学校を去る事への考えは、きっと壮絶なものがあるはずだ。

 

 これまでのホシノは押し付けられる側であった。しかし、そう遠くない未来に押し付ける側となる。後輩たちを思えば思うほど、居ても立っても居られなくなるのかもしれない。

 だから、部外者の私がとやかく言って良い問題ではないという事は分かっている。

 

「昼間の校舎なら、まだ眠れるんだろう」

「…………」

「なら、今はそれで充分だと思う」

 

 不安で眠れない夜は誰にでもある。ホシノの場合はそれが何年か続いているだけだ。そうなってしまっただけで、本人に責任はない。

 

「ホシノの立場は、私などよりよほど重責がかかる。頼りに出来るのはアビドスの皆だけだが、ホシノが守るのもそのアビドスの皆だ。心労は計り知れない」

 

 悪いのは、子供である小鳥遊ホシノをそこまで追い詰めた者だ。それを助けてやれない者だ。

 今の私には、自分を信じてくれとは言えない。そんな資格はない。だから、何かあった時のためにあらかじめ入念なストーキングを行う必要があった。誰がなんと言おうとやめるつもりはない。

 そう言うと、ホシノの目がすぅっと細くなる。とても冷たい視線だった。

 

「……変な大人」

「今さら気づいたのか」

「会った時から気づいてたよー?」

「だろうな」

 

 少し笑った後、両手で持っていたマグカップに視線を落とす。

 

「……先生さ」

「なんだ」

「自分の過去とか、気になる?」

「そうだな」

 

 私という人間に興味があるかと言うと全くそんな事はないが、失踪した連邦生徒会長の行方を辿るためには私の記憶が必要になる。キヴォトスへの責任を果たすため、いつかは記憶を取り戻さなければならないのだ。

 

「不安じゃない? 生きてれば、忘れたい事なんて山ほどある。昔の自分を受け入れる事なんて辛いだけかもしれない」

「…………」

「凄く不謹慎なのは、理解してる。でも訊きたいんだ」

「そうだな……」

 

 思案する。

 ホシノはどうしてこんな質問をしたのだろうか。これまで距離を置いていたのに、今になって<シャーレの先生>に踏み込もうとする理由。

 聞き出したいこと……というより、何かはっきりさせたい事があるのかもしれない。

 それが、今の私には予想できなかった。悩んでいる生徒に、気の効いた事が言えたら良いのだが、私は素直に答える事にする。

 

「私は常に不安だ。何をとち狂って<シャーレの先生>などという立場に就いたのか不明だし、自分に何が出来るかも分からない。先生という役割を果たせる自信なんか微塵もない。それに……なんとなく分かる。記憶を取り戻しても、何かが解決したりはしない。ホシノが言う通り、忘れたままの方が良いと思うだろう」

「それでも、諦めないの?」

「う、うん……」

 

 本音を言うなら諦めたい。

 どうせ碌な人間ではないのだろうし、知ったところで自己嫌悪が消え去るはずもない。思い出したら発狂する可能性すらある。

 もっと言うなら記憶という連続性を欠いている以上、私にとって過去の自分は他人に近い感覚だった。

 

「もっと恰好良く言って欲しかったな」

「……諦めない。何があっても、私は私に向き合い続ける」

「もう遅いんだよねー」

 

 しまらないなぁ、とホシノは呆れたように呟き、ため息を吐く。

 そこから、また沈黙が降りる。私がキーボードを叩く音のみが部室に響いていた。

 相手のマグカップが空になった頃を見計らって、私は口を開く。

 

「気になっているのは、あの金か」

 

 ホシノの意志で放棄された、数十億円相当の金品。いや──その前からだ。無関係の阿慈谷ヒフミを巻き込んだ辺りもそうだが、今日の小鳥遊委員長は普段とやり方が違うように感じる。

 思えば、彼女とこうして二人きりで話すのは初めてかもしれない。

 私は端末を脇にどけると、ホシノに向き合った。

 

「…………」

「ホシノはいつも、自分がいなくなった後の事を気にしている。あの金があれば、アビドスの借金問題は解決するのにその選択肢を選べなかった。それが悩みだ」

 

 後輩達に向けた言葉に嘘はないだろう。しかし、自身を納得させられるものでもなかった。

 

「所見だが、あの選択は正しかったと思う。小鳥遊ホシノとしてではなく、<対策委員会>の委員長としての判断だ。私は支持するよ」

 

 資金問題を解決したいのなら、十六夜ノノミに頼れば解決する。<シャーレ>が借金を肩代わりしても良い。いや、本当は良くないのだが、カイザー・グループという悪徳金融業者へ返済を続けるよりはマシだ。

 それをホシノは断固としてしなかった。アビドスの生徒会から受け継いだものを、馬鹿正直に背負い続けるとう覚悟があるからだ。

 それでも、やはり不安はあるだろう。ホシノがいなくなれば、アビドスの抱える問題はそのまま後輩達に引き継がれる。今度は自分が背負わせる側になる。だから、今日の判断は正しかったのかと強く悩んでいるのだ。

 そう話すと、小鳥遊ホシノはむすっとした表情で、

 

「……私、なんにも言ってないんだけど」

「ホシノが言いたくなさそうだったから、私が勝手に話しただけだ。どう思ってくれても良い」

「言っとくけど、全然違うからね。ぜんぶはずれ」

「どの辺りが外れていたんだ」

「さてと~、そろそろおじさんも帰ろうかな?」

 

 小柄な少女は立ち上がって伸びをする。マグカップを簡単に洗い、所定の位置に戻した。

 

「ココアごちそうさま、先生」

「それはアビドスの備品だから、礼を言うなら買ってきたノノミに言うと良い」

「うへ、ほんとに変人だね~。頼りになるんだか、ならないんだか分からないや」

「これから天候が悪化するらしい。気を付けて帰るんだぞ。不審者がいたら助けを呼ぶこと」

「ストーカーなら目の前にいるよ?」

「私以外のストーカーの話をしている」

「こんな貧相な体に欲情する奴はいないって~」

「そうだな」

 

 ホシノが私が座っている椅子の足を蹴ってくる。

 

「でもさ、アビドスに来てからちょっと変わったかもね。表情が豊かになったような……」

「そうか」

 

 窓に映った自分の顔を見る。特に変化は見受けられない。背後に映ったホシノがいたずらっぽく笑っていた。

 

「う・そ。じゃ、またね~先生」

 

 そう言って、逃げるように帰っていく。

 一人になった部室で、私は背もたれによりかかって息を吐いた。柴関ラーメンが食べたい。もう営業時間外だという事実に絶望する。

 

(逃げるように、か)

 

 やはり、一筋縄ではいかない生徒だ。

 ホシノが使用した後のマグカップが視界の端に映り込んだ。

 彼女が抱える不安の一端を垣間見たが、それだけだ。何か安心させられるような言葉を言えたら良かったのだが、それは叶わなかった。

 ──危機感が大きくなる。頭の奥に小さく鋭い痛みが奔った。

 もう一度、窓の外へと視線を送る。

 

「…………」

 

 夜空に星は見えない。

 嵐が、近づいてきていた。

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