先生「バキバキの記憶喪失」   作:地産地消

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第17話 悪夢

 砂嵐は半日ほどで過ぎ去った。確かに暴風ではあったが、ただの悪天候の域を出ない規模のものだ。

 それでも、昼間なのに外が暗く染まり、窓を打ち付ける風と砂の音には精神がざわついた。

 夕方になってようやく明るくなったため、外を見る。校舎の敷地内には、また結構な量の砂が堆積しているようだ。

 積もった砂は一〇センチ弱。それも壁や花壇の近くのみだ。風によって運ばれてくる砂もあれば、運ばれていく砂もあったという事だろう。開けた場所ならそこまで積もっていないと見える。

 

 私は校舎の各地を回り、設備関係の異常がないかを確認。現状を撮影してから、<対策委員会>のグループメッセージにアップロードをした。

 その後に防塵用のシートなどを片付けていく。それを畳んで倉庫へしまい、ひとまずの整理は終了した。

 後は近隣の砂を掃除する必要があるのだが、それは明日にアビドス全員でやるとの事である。

 

「おっと」

 

 スマートフォンが連続で受信音を発する。

 <対策委員会>メンバーからの返信に混じって、陸八魔アルからメッセージだった。

 

【お腹空いたからラーメン食べたい!】

「…………」

 

 明らかに浅黄ムツキの文章だ。彼女はどうしてか自身の端末ではなく、社長の物を使用して私に連絡をしてくる事が多かった。

 短い文面だが、柴関ラーメンに行きたいという気持ちだけは理解できた。それは私も同様だった。

 行きたい行きたい行きたい──! 

 昨日の夜から今まで、水とビタミン剤以外に何も口にしていないのだ。当然のように空腹だった。

 メッセージの意味を読み取る。<便利屋68>は現在、資金的に困窮して……いない。なぜなら昨日、数十億規模の資産を手にしているはずだからだ。

 

 強盗事件の翌日にまとまった換金など不可能だから、全てを使えるわけではないだろうが、それでも食費に充てるくらいなら問題ない。なら、どうしてだろう。

 アルがその事を便利屋メンバーに話していないのだろうか。確認しようにも、彼女のスマートフォンはムツキの手にある。

 代金は私が持つから、ツケで食べて良いと伝えた。

 

【やだ】

 

 嫌とのことだ。

 

【早く来て! 今からねー?】

 

 言われずとも柴関ラーメンには駆け付けるつもりだ。昨日の件も含めて、確認したい事がある。

 積もった砂をかき分け、私は猛スピードで魂の安息地へと向かった。

 

 ◇

 

 全力を出せば一〇分で到着するのは分かっていた。タイムを計測していたところ、前回より四〇秒ほど時間は短縮されたようだ。自分の成長を感じる。

 体に汚れが無いかを確認し、二拝二拍手一拝をして暖簾を潜り、店内へ入った。常連の何名かしかいないようだ。片手を挙げて挨拶をする。

 だが、ムツキ達の姿は見当たらなかった。

 

「お、先生! やっぱり来たな」

「お疲れ様です、柴大将。砂嵐の影響はありませんでしたか」

「この辺りは元から被害の少ない土地だからな。客足は少なくなるが、まあ良い休憩だ」

「それは……」

 

 悪天候の日は店を閉めても良いはずだ。アビドスという僻地に店を構えているという事から分かる通り、柴大将は売り上げよりも自身のペースを重視している。

 定休日以外に休暇を取っても問題ないはずなのだ。それなのに、こうして私のような客が神から時間を奪ってしまった。眩暈がする気持ちだった。

 

「配慮が足りませんでした」

「言ったろ? 休憩だ。そろそろ体を動かさないとな! 後ろに団体さんもいる事だしよ」

 

 店の入り口にムツキが顔を出している。セリカがいない事を確認しているのだろう。私が入ればアルバイトがきゃんきゃん騒ぐため、外からでもすぐ分かる。

 

「休憩は終わりだ。木曜だから、先生は豚骨ラーメンだよな?」

「お願いします」

 

 いつもの席に座ると便利屋メンバーがぞろぞろと入店してきた。私と目が合った伊草ハルカが短い悲鳴をあげる。浅黄ムツキはニコニコと楽しそうに、鬼方カヨコは眉間に皺を寄せつつこちらを警戒して、そして最後に入ってきた陸八魔アルは厳しい表情で歩み寄ってきた。

 豚骨ラーメンを注文した私は彼女らに構わず、厨房の奥でぴょこぴょこと動く柴大将の耳に見とれていた。

 

「…………」

「…………」

「…………」

「……ちょっと」

「いま忙しい。立っているとお店の迷惑だから着席しなさい」

 

 カウンター席の私を囲む形で<便利屋68>が席につく。意図は不明だったが、私はそれどころではなかった。

 四人の美少女からの凝視が数分ほど続き、ようやく私の視線が厨房から外れる。いい加減、気になっていた事を尋ねた。

 

「注文しないのか」

「そうじゃないでしょう!?」

「ここはラーメン屋だ。休憩所じゃない。まあ、私は魂の安息所だと思っているがね」

「…………?」

「ムツキからの連絡を見た限り、また食費が枯渇しているものかと考えたが」

「だ、だから、そうじゃなくて……」

 

 陸八魔アルが私の耳元に顔を寄せてくる。厨房から漂う熱い香りに混じって、甘い匂いがした。

 囁くような声で、

 

「昨日のこと。先生たちが<覆面水着団>だったんでしょ……?」

「何の話か分からない」

 

 訊かれた事に思い切り白を切る。明かす必要性を感じなかった。<覆面水着団>という集団の主体はアビドス生達であり、重大犯罪をおこなったという来歴は彼女達の命運を左右する。協力してくれた阿慈谷ヒフミも巻き込んでしまうような事情を、<便利屋68>に明かすわけにはいかなかった。

 今の返答だけで私の意志を感じ取ったらしいアルは、少し沈んだ表情になる。

 

「……そう」

 

 ブラックマーケットを襲った銀行強盗とアビドスがイコールで結ばれれば、全てが終わる。アル達がカイザー・グループに情報を売るとは考え難いものの、さりとて彼女達に正体を明かすメリットが無いのだ。

 

「まだアビドスを狙うつもりか」

「…………」

 

<便利屋68>が莫大な報酬に釣られて襲撃任務を請け負ったのは知っている。

 しかしながら、資金難は既に解決しているのだ。数十億の金があれば、ブラックマーケットから追放されたとしても活動は余裕をもって継続できるはずだ。

 資金問題が消滅した以上、カイザー・グループからの依頼は破棄できるはず。アビドスを襲う理由は既に無いのだ。しかし荒事になる可能性も大きいから、保護のために私へ連絡をしてきたのだと思っていた。

 

「止まるなら今だと思うぞ」

 

 アルの立場からしたら、金目的でアビドスを訪れ、襲撃対象から食事を恵んでもらい、戦闘ではボコボコにされ、その挙句に莫大な資産を譲ってもらった形になる。結果的な収支は完全なプラスだが、心情はそうではないだろう。

 昨日の発言では、アウトローという概念に対して便利屋なりのポリシーがあると見えた。迷惑をかけた相手から何もかもを与えられ、そのまま姿を消せるのだろうか。

 思いもよらない方向へ向かいかねない懸念がある。そのための警告だった。

 あの数十億があれば、アビドスを滅ぼす事も可能なのだ。

 

「……そうはいかないわ」

「…………」

「一度、請け負ったからには最後までやり遂げる。自分の事情が変わったからって、途中で放り出す事は出来ないの」

「アウトローだからか」

「そう。アウトローだもの」

 

 アルの言うアウトローというのが、私には理解できなかった。<覆面水着団>に強く憧れていたのを見る限り、通常の集団では凡そ不可能であるような計画すら易々と遂行できる力が欲しいのだろうか。

 少し違うような気がする。聞いている限り、もっと広い……それこそ生き方のような規模のように思えたからだ。

 

「昨日、思いがけない副収入があったのよね」

「そうなのか」

「色々な使い道を考えたけど……まだ良い方法は見つからないわ」

「何か、したい事を探したらいい」

「アビドスに勝ちたい……って言ったらどうするのかしら?」

「…………」

 

 視線が交錯する。陸八魔アルは不敵な笑みを浮かべていた。

 銀行から奪った金があれば、数十人の傭兵どころかブラックマーケットの武装勢力を丸ごと動かす事すらできるだろう。

 たった五人の<対策委員会>との戦力差は絶望的なものとなる。

 

「前にも言ったが、好きにしたら良い。何をどうするのかも全てはアル達の自由だ」

「やっぱり。そう言うと思った」

 

 理由は分からないが、アルは明るい笑みになった。憑き物が取れたというか、迷いが晴れたような解放感を漂わせている。

 

「負けっぱなしは我が便利屋のモットーに反するわ。正々堂々と戦って、白黒はっきりさせなくちゃね」

「もう人質は無しか」

「当たり前よ! それに人質にはしてないから! そもそも、ムツキが勝手に先生を開放しちゃってたでしょ!?」

 

 アルからじろりと睨まれたムツキは意に介さない様子で、メニュー表を私に見せてくる。

 

「せんせ、私特製味噌ラーメンね! 柴関盛りもおねがーい!」

「わかった。ハルカはどうする」

「え? わ、わわ私なんかが先生に注文を恵んでもらうなんて……」

「ムツキと同じで良いな。カヨコもどうせ皆と同じ物を頼むから……」

「ちょっと」

「なんだ」

「なに? どうせって。私の注文まで勝手に決めないで欲しいんだけど」

「違うものを頼むのか」

「…………」

 

 鬼方カヨコから睨まれるのにも慣れてきた。本人は顔が怖い事を気にしているそうだが、私はもっと怖い顔をする生徒達を山ほど知っているので気にならなかった。

 

「アルはどうするんだ」

「え……じゃあ同じの」

「よしよし」

 

 注文を一通り済ませた所で私は上機嫌になる。この店に一人で来るのも好きだが、生徒と共に食事をするのも好きだった。<シャーレ>から課された制限に抵触しないし、数人分の領収証を一気に入手することが出来る。

 これを言うとアビドスのメンバーから、柴関以外の場所でも食事は出来ると言われ激論に発展し私が怖い思いをする事になるので他言しないようにしていた。

 それでも、私の左隣に座っているムツキは気づいたようだ。ニヤニヤと笑っている。

 

「なにー? せんせー? 可愛い女の子に囲まれて嬉しいんだー?」

「ははは」

 

 私は愛想笑いをした。ニコニコのムツキに背中をばしっと叩かれた。

 右隣に座っているアルも興味深そうに見てくる。

 

「でも、確かに常連っぽいわね。いっつもここに居るし」

「言っただろう。ここは魂の安息所なんだ」

「大人なんでしょう? 普通はバーとかじゃないの?」

「ここはバーだ」

「いや、違うわね」

「バーの定義はなんだ」

「え……? 夜遅くまでやってて」

「ここは深夜まで開店している」

「お、お酒を提供していて」

「午後の営業ではアルコールの提供もやっている」

「ダンディーなマスターが経営していて……」

「いるじゃないか」

「た、確かに……」

「アルちゃんが騙されてるー♪」

「屁理屈大人」

 

 カヨコがぼそりと呟き、私に四人からの視線が集中する。そこへダンディーなマスターが私の豚骨ラーメンを持ってやって来た。余りにもラブリーだった。こうして商品の提供を受ける瞬間が私にとって至福の時だ。

 便利屋メンバーの注文も済ませる。去っていく柴大将の背中を見送った私に、ムツキが呆れた顔で、

 

「メロメロじゃん」

「ああ」

「認めるのね……やっぱり先生って変わってるわ」

「アルも変人だぞ」

「違うわよ!?」

 

 <ゲヘナ学園>というアウトローなコミュニティから”本物のアウトローになりたい”とわざわざ抜け出して、四人だけの会社を立ち上げるのは変人のやることだろう。

 割りばしをとって頂きますをしている私にアルが掴みかかってくる。

 

「やめなさい……」

「せんせ、それ食べて良い?」

「駄目に決まっている」

「やったー♪」

 

 私が格闘している間に、ムツキがどんぶりを奪い取っていった。すかさずカヨコも加わりハルカに食べさせてやっている。

 ぐぬぬ、と唸らされた。アビドス生もそうだが、どうしてか生徒達は私の食事を奪おうとしてくるのだ。ここは彼女達の上司に苦情を申し立てるべきだろう。

 しかし、隣に座っている女社長はカウンターに肘をついた姿勢で部下たちの様子を温かく見守っている。

 

「アル」

「なにかしら?」

「今のを見たか。私の食事を奪われた」

「そうね。取り返したら?」

「無理だ。力じゃ敵わない」

「なら諦めて」

「……アビドスを呼んでもいいんだぞ」

 

 ニヤリと笑われる。

 

「そうすると、困るのは先生の方ね」

「どういう意味だ」

「私たちと一緒にいるところを見られたら、どうなると思う?」

「…………。質問の意味が不明だ」

 

<便利屋68>と一晩を共にした時の事を思い出すよう言われる。

 

「吊るし上げられたな」

「どうして?」

 

 ムツキが写真を送って来たせいだ。それのせいで<対策委員会>メンバーの機嫌が最低まで悪化し、その後の不用意な発言のせいで集中攻撃を受けた。

 彼女達の主張では、便利屋メンバーにほいほいと連れ出された事を問題視しているようだった。

 ……今の状況と同じだった。

 

「なるほど」

「ね? ほーら、私だって先生に勝てるのよ」

「ここで偶然、出会った事にしたら良い」

「柴関ラーメンを戦場にする気?」

「分かった。全てを水に流そう」

 

 そう言うとアルが楽しそうに笑った。柴大将が四人分の注文を次々と持ってくる。食事の強奪を頻繁に目撃している神は、ムツキ達の前にある空っぽの食器を見て全てを悟ったらしい。

 

「先生の注文をまだ聞いてなかったな」

 

 今日は木曜日だ。木曜は豚骨ラーメンの日だ。もちろん同じ注文をするに決まっていた。

 しかし、四人分の視線がまたも集中している。

 

「……彼女達と同じものを」

「あいよ! 少々お待ちを!」

 

 ムツキがニヤリと笑ってくる。彼女が小悪魔と称される理由が分かった気がした。

 

 ◇

 

 翌日となり、私が校舎前にて朝の清掃をしていると十六夜ノノミが登校してきた。

 

「おはようノノミ」

「おはようございます、先生。朝からすみません。お掃除をさせてしまうなんて」

「居候の身だ。掃除くらいする。校舎内も一通りしてあるが、プロから確認してほしい」

「私はプロじゃありませんよ?」

「周囲はそう思っていない」

 

 アビドス校舎が美しく保たれているのは、ノノミが常日頃から掃除役を担当してくれているからだ。

 菓子類や紅茶を始めとした食糧品の管理も彼女が任されており、カタカタヘルメット団から補給線を絶たれていてもアビドスが干上がらなかったのはノノミのおかげなのだ。

 とはいえ、生徒の自主性に甘えていては先生として失格になってしまう。こうして滞在している間くらいは貢献したい。

 

 砂嵐の翌日は全体清掃をするのがアビドスの習わしなので、早めに始めていたというわけだ。

 竹ぼうきを置き、ノノミと校舎内を点検していく。全ての部屋を見て回って水道や電気、窓ガラスが割れていないか確認。そして、現状を写真撮影してアビドスのデータベースに保存するのだ。

 その道中、私はアビドスで二番目に古参の少女に気になっていた事を質問した。

 

「ホシノの事なんだが」

「はい?」

「色々と悩んでいるようだ。ノノミから見て、なにか思うところはないか」

「…………」

 

 空っぽの教室でカーテンを開けていたノノミは少し黙り込み、

 

「その、これはあくまで私から見た事なのですが」

「ああ」

「……ホシノ先輩は、何かを焦っているように見えます。カイザー・グループや天災だけではない、何か。一昨日、私達が帰った後にお二人で何かをお話されたんですよね?」

「そうだ。ほとんどは取り留めのない話だったが、それが逆にな」

「ホシノ先輩が先生と二人きりになるなんて、今まで無かったですもんね」

 

 ノノミは笑顔だったが、どこか寂しそうだった。

 

「きっと最初は、セリカちゃんと同じでホシノ先輩も警戒していたんだと思います。……えと」

「分かっているから気にしないでくれ」

 

 あるいは、アビドスで最も私を危険視していたのが小鳥遊ホシノなのだろう。自治区全体が窮地に陥っている以上、責任者である彼女が部外者を警戒するのは当然だ。むしろ、そうでなくてはならないくらいだろう。

 

「でも、今は違うんじゃないでしょうか。出会って一〇日ほどですが、先生は私達の願いを叶え続けてくれています」

「…………」

 

 そうだろうか……。まず、登場の仕方からして最悪だったと記憶している。現れた時から死にかけていて、その後は柴関ラーメンに通いながら<対策委員会>の追っかけをしているだけだ。

 

「だから、きっと接し方が分からないんです。今まで大人は騙してくる相手で、苦しめてくる存在で……。そこに先生のような人が来たんですもんね?」

「申し訳ないが、発言の意図がわからない」

「ふふふっ。ホシノ先輩はずっと一人で責任を負ってきたんです。もしかしたら先生がいらっしゃった事で、それが少し軽くなったのかもしれません」

「…………」

「ま~ったく納得できない、というお顔をしてますね☆」

 

 私が来た事でホシノの負担が軽くなった、というのがまず理解不能だ。まだ借金問題も、復興も、砂嵐の問題も解決していない。むしろこれからという所だ。

 

「ただ、先生のお力に私が頼り切りになったらと思うと、少し怖いです」

「…………」

「カタカタヘルメット団の事も、ブラックマーケットでの騒ぎも、カイザー・グループへの対抗策の糸口も、全て先生と出会ってから急激に進んだことですから」

「…………」

「なんというか、先生がいれば何でも出来てしまうような気がして……。そこが少し怖いと思います」

「…………」

「それになにより、先生ご自身に一切の自覚が無い様子なのが、とっても怖いですね」

「うーん」

 

 何となくだが、ノノミの言う懸念が少しだけ分かった気がする。

 数十年間、ほとんど進捗の無かったアビドスの問題がこの二週間足らずで大きく進んだ。カタカタヘルメット団や便利屋を次々と撃退し、明確な敵が判明したのが今だ。

 勢いが付いているのは確かだろう。しかしそれがかえって危険なのだ。ブラックマーケットへの潜入や、その後の銀行強盗。上手く運びはしたが、同じような事を続けていればいずれは破綻する。

 ホシノの危惧はそこだ。だからこそ、あの数十億を破棄するよう釘を刺した。

 

「先生ご自身の事も解決していないのに、私の事ばかりですみません」

「気にする必要はない」

 

 最後の確認を終え、また校門付近まで戻ってくる。

 校外で集めた砂の撤去には色々と手間がかかるのだ。移送にはダンプが必要になるだろう。アビドスで保有している車両があるとの事なので、手順についてノノミから聞いていると、奥空アヤネが登校してきたところだった。

 

「おはようございます。先生、ノノミ先輩」

「おはようございます、アヤネちゃん」

「おはよう」

 

 アヤネはまだ眠いのか、目をこすっていた。掃除の事もあり、いつもより早い時間帯ではあるが、こういった様子は珍しい。

 

「すみません、お二人に掃除をさせてしまって……」

「良いんですよ~。私は慣れていますから! アヤネちゃんもそのうち慣れます!」

「慣れたくないのですが……」

「アヤネが眠そうにしているのは初めて見るな」

 

 十六夜ノノミと奥空アヤネは、<対策委員会>を支えているコンビだ。お茶を淹れてくれるのもこの二人だし、隙間時間の掃除や洗濯、事務や備品の管理も担当してくれている。欠伸をしている他のメンバーを甘やかす役割なのだ。

 なので不思議に思う。

 

「砂嵐の日はあまり眠れなくて。校舎には先生が居てくださいますし、状況も報告して頂いたのですが……それでもやっぱり」

「……そうか。すまない。配慮が足りなかった」

 

 私と違い、アビドスの生徒は砂嵐という現象に対して特別な感情がある。今回はまだ良いが、また大規模なものが発生すれば自治区が終焉を迎えかねない。表面には出さずとも、恐怖や不安は相当なものだ。

 不適切な質問を詫びると、アヤネがわたわたと慌て出す。

 

「い、いえ! 謝って頂くような事ではありませんから!」

「お詫びに柴関ラーメンを奢ろう」

「それは先生が行きたいだけですよね?」

 

 苦笑していたアヤネの表情がすっと冷たくなった。突然の言いがかりに私は首を振る。

 そんな私に、ノノミが訊ねてきた。

 

「流石に昨日は行ってないんですもんね?」

「…………」

「先生?」

 

 どう応えればいいか分からず、沈黙を貫く。砂嵐に怯えて眠れない夜を過ごしている生徒を尻目に、行きつけのラーメン屋で他校の女子生徒達と豪遊の限りを尽くしていたなどと言って良いのだろうか。

 私は自身の成長を感じた。今までの私なら素直に答えてまた即座に吊るし上げられていたはずだ。だが、今回は危険性を事前に察知して沈黙という選択肢を取る事が出来ている。

 少し感動していると、二人からの疑念が増している事に気づいた。

 

「…………」

「黙りましたね……」

「いつもなら無防備に白状するはずなのに……」

「知恵をつけてきている……?」

 

 黙っていればバレる事はないはずだ。保管されている領収証を見られたり、柴大将や他の常連客に確認を取られたりしなければ問題ない。

 絶体絶命だった。

 

「先生……?」

 

 退路を確認する。よーいドンでスタートなら、私は逃げ切る事が出来るだろう。ノノミもアヤネも私より身体能力が高いが、そこは覆す事が可能だ。一度でも追跡を振り切れば私は無限に潜伏できるのだ。何の予備動作もなく実力行使をしてくるシロコや、私相手なら何をしても良いと考えているホシノやセリカが相手だと流血沙汰の危険性があるものの、この二人ならそこまではしてこない。

 ……ただラーメン屋に行っただけでどうしてここまで考える必要があるのだろう。堂々と答えるべきだ。

 そう私が正気に戻ったところで、校門から何者かが接近してきた。

 

「せんせ~!」

 

 小柄で、長い白髪を一結びにした少女。

 浅黄ムツキだった。背後には低血圧なのだろうか、眠そうにしている鬼方カヨコもいた。

<対策委員会>と<便利屋68>は敵対関係なのだ。ノノミとアヤネの二人は身を固くする。しかしムツキは銃を持っていない。しかも小悪魔は、ノノミ達が銃を向けた場合に私が射線に重なるように位置を調節していた。

 

「おはようムツキ」

「おはよー! 昨日ぶりだね、せんせっ! ラーメンごちそうさま!」

「わあ」

「へえ……」

 

 理由は不明だが、アビドス勢からの敵意がこちらへ向いてきている。ムツキが走り寄って来た勢いのまま私に抱き着いてきたために、銃殺のビジョンが形を持ち始めていた。私は自身のみぞおちに額をぐりぐりしている美少女が死神に見えた。

 

「ど、どうしたんだ、ムツキ。ここはアビドス校舎で、君たちが襲撃を計画した場所だ」

「可愛い可愛いムツキちゃんが会いに来たんだよ? 嬉しくないの?」

「嬉しいとは思っている」

「だよねー♪」

 

 本当にアヤネが銃を抜いてしまった。カスタムされた自動拳銃の安全装置が外され、黒い輝きを放つ銃口がゆっくりとムツキに向けられる。

 見た事がないほどに怒っているらしいアヤネは、ピキピキと音を立てながら、笑顔で訊ねた。

 

「<便利屋68>の浅黄ムツキ先輩……ですよね。どのような御用ですか?」

「こわーい。なにー? 先生が取られちゃいそうでご機嫌斜め?」

「ご用件は?」

 

 ノノミまでミニガンをキーンとさせ始める。冗談ではなく、蜂の巣にしてやるという強い意志を感じた。

 近く、銃撃戦が始まろうとしている。

 私はカヨコに助けを求めた。首を振られる。

 <便利屋68>の中でも特に頭が切れる二人組だ。敵地に乗り込み、包囲される事を考えていないはずがない。ムツキは爆発物のエキスパートだ。離脱するのに充分な仕掛けを既に済ませている可能性が極めて高い。

 アヤネは非戦闘員だし、ノノミは装備の重量的に追跡に向かない。ここでの戦闘は得策ではないのだ。それは二人も理解しているはず。

 

「…………」

「…………」

 

 ピキピキアビドスはそんなの関係ないとばかりに怒気を強めていた。このままだと私を挟んで銃撃戦が始まる恐れがある。

 

「先生から離れてください」

「なんで? 先生はみんなの先生でしょ? しかも、嬉しいってさ?」

「そういう人なんです。それに、ここはアビドスの敷地で、貴女が抱き着いているのはアビドスの顧問です。完全無欠の唐変木であっても、敵対している生徒が気安くしていい理由にはなりません」

「……ふーん?」

 

 存分に焦ったところで小悪魔が満足したらしい。ぱっと離れる。

 

「ま、いっか☆ 眼鏡っ娘ちゃんもからかえた事だし……またね。せんせ!」

「ああ。気を付けて帰るんだぞ」

 

 ムツキとカヨコが去っていく。私は彼女達に付いていきたい気持ちでいっぱいだった。

 

「先生?」

「また浮気ですか……」

「意味が分からない。便利屋と食事をすると背信行為に当たるのか」

「当たります」

「…………」

 

 当たるらしい。

 

「拉致されましたよね? 数日前に」

「…………」

「しかも、彼女達はアビドスを襲撃してきた相手です。まだ滞在している事から、計画を諦めていないんでしょう」

「……お金に困っている様子だったから」

「困っているわけないですよね!? 数十億を手に入れたんですよ!?」

 

 完全に論破された私は黙り込む。

 どうしたものか。正直な話、便利屋と会っただけでどうしてアビドス生がそこまで怒るのか理解できないのだ。確かに私は<対策委員会>の顧問ではある。だがその前に、私は<シャーレの先生>なのだ。アビドスの利権を侵害しない範囲で他校の生徒に接するのは何ら違法ではない。むしろ一つの学校を贔屓する方が問題になるだろう。

 それを言うと彼女らの機嫌をさらに損ねる事になるので、口にする事はできない。

 言葉に窮した私が眼鏡の位置を直すと、何かに気づく。懐に見覚えの無い封筒が入っていたのだ。

 

「これは……」

 

 間違いなくムツキの仕業だろう。封を解いてみれば、中には一枚の書類が収められていた。

 ”挑戦状”。達筆でそう描かれている。

 内容はこうだ。

 明日の正午。アビドス校舎からほど近い──前回の戦場となった区画で、<対策委員会>と<便利屋68>の最後の決戦を行うという事だった。

 その時の結果をもって、便利屋は今回の仕事を完遂したものとするらしい。勝つにしろ負けるにしろ、二度とアビドスの自治区に踏み入らないと記載されていた。

 筆者は陸八魔アル。

 

「…………」

「…………」

 

 書類を見せられた二人は、厳しい表情で押し黙っていた。

 便利屋の背後にいるのは<カイザー・グループ>だ。連勝を重ねているアビドスですら、関わるのを躊躇うような大企業である。

 仕事を失敗すれば、切り捨てられるだけでは済まないだろう。母校からの加護も受けられないアル達は、今よりも遥かに厳しい立場に置かれる事となる。

 届けに来た者はいつもの軽い様子だったが、これは紛れもなく果たし状の類いだ。<便利屋68>はいまいち緊張感のないチームではあるものの、この文面には真剣な想いが込められているような気がしてならない。

 昨日のアルを思い出す。

 私は、挑戦状を可能な限り丁寧に仕舞った。

 

「皆を集めよう」

「そうですね……。ホシノ先輩達にもこの事を伝えませんと」

「便利屋には、あの数十億もありますから、きっと今まで最も厳しい戦いになるでしょうし……油断は絶対にできません。私達もすぐに準備をしましょう!」

 

 頷く。

 相手が本気なのなら、こちらも本気で向き合わなければならない。アル達はアビドスを奇襲する事も出来たはずなのに、こうして事前の連絡をしてきている。あの数十億まで持ち出してくるとは思えないが、それも含めて準備する方が良いだろう。

 <対策委員会>の装備も以前より充実してきている。前回の戦闘で見せていない手札もあるのだ。最悪の事態を想定しても、勝率は残っているはずだ。

 

「……駄目ですね。ホシノ先輩は電話に出られないみたいです」

 

 ノノミがスマートフォンを片手に言った。

 シロコとセリカはもうすぐに登校してくるだろう。残るは、遅刻の危険性を常備している小鳥遊ホシノ委員長だ。直前の様子に違和感があった事も含めて、ノノミは即座に連絡をしたかったのだろうが、今は難しいようだった。

 しかしながら、決戦まではまだ一日以上の猶予がある。ホシノと連絡が取れなくとも、残ったメンバーだけで出来る事はやっておくべきだ。

 二人からの視線が私に向く。ここは顧問らしく、指示を出すべきだ。戦術指揮以外だとあまり口を出さないようにしている私は全身にじっとりと汗をかいた。

 その時だった。

 

『先生!』

 

 アロナの悲鳴じみた声が私の耳を打つ。

 弾かれたように”シッテムの箱”を取り出した私に、ノノミとアヤネの二人が疑問符を浮かべるが、それどころではなかった。

 普段のアロナは、緊急時以外は余り干渉してこない。私と二人きりの時はずっと雑談しているが、生徒が近くにいる場合はサポートAIとしての機能を残したまま眠っているのだ。

 だから、今は緊急時であり、極めて良くない事が起こった事を意味している。

 

『アビドス自治区で爆発を確認しました! 発生地は──先生の柴関ラーメンですっ!』

「…………!」

「先生?」

「どうしたんですか?」

「柴関ラーメンが破壊されたようだ。二人とも、第一種戦闘配備を頼む。アヤネは残りの三人を目標地点に向かわせてくれ。ノノミは輸送車で移動。武器弾薬を満載したパトリアがあったはずだ」

「柴関ラーメンが……!?」

「先生はどうされるんですか!?」

「私は現場に急行する。今は少しでも情報が欲しい」

「危険です! 他に選択肢が──」

「柴大将の安否がかかっている」

 

 そう言うと、アヤネは言葉を飲み込んだ。私が柴関ラーメンに向けている感情は彼女も知っているからだ。何をされても意向を変える気はない。

 アロナが自動操縦で<シャーレ>仕様の装甲車両を移動させて来てくれる。

 

「通信チャンネルはインディア6を使う。二人とも、私に力を貸してくれ」

 

 飛ぶように乗り込み、私は全速力で柴関ラーメンへ急行した。

 

 ◇

 

 悪夢が現実になった。

 遠方からも確認できる黒煙がどんどんと近くなり、そうして現場に到着する。

 セントラル・ネットワークで情報収集を済ませたアロナが沈痛な面持ちで集めた内容を伝えてくれた。

 

『せ、先生。その……』

「どうした」

『爆発は事故ではなく、プラスチック爆薬を用いた人為的なものでした。前後の情報を照らし合わせますと、首謀者は<便利屋68>の陸八魔アルさんと伊草ハルカさんです』

「そうか。……わかった。ありがとうアロナ」

 

 爆薬は最近になって仕掛けられた物のはずだ。私は柴関ラーメンに赴く度に周辺の危険物をスキャンして処理している。昨日行った時には存在していなかった爆薬によって、柴関ラーメンは吹き飛ばされたという事だ。

 便利屋から届けられた挑戦状に、今回の爆破。線と線が繋がらない。

 私は車両を停めると、黒煙の発生源へと向かう。

 アヤネからの連絡によれば、シロコとセリカには連絡が取れ、ノノミを含めたメンバーでこちらに向かっているそうだ。

 それでも、今はアロナと私のみで対応しなくてはならない。便利屋の出方次第では戦闘になる可能性もあった。

 先に飛ばしたドローンで現場を見たらしい。スーパーAIが注意を促して来た。

 

『先生! 言い難いのですが、見ない方がよろしいかと……』

「大丈夫だ。覚悟は出来ている」

 

 生徒に銃口を向ける気はない。

 しかし、戦闘となれば逃げる事は出来ないだろう。怪我をさせずに無力化する。全力を尽くす。今の私にはその覚悟があった。

 柴大将の命がかかわっているのだ。アロナの力を借りる事もいとわない。

 

『確認が取れました! 柴大将は無事です。瓦礫による軽傷はありますが、バイタルは安定しています!』

「よし!」

 

 一気に安堵する。そうして私は現場に到着した。

 毎日のように通い詰めた、柴関ラーメン。それが瓦礫の山に変わっている。

 こじんまりとした木製の一軒家が、年季の入った温かみのある暖簾が、大将が直筆でこしらえたメニュー表が、歴史を重ねてきた調理器具が、これから大将の手を経由して客に提供されるはずだった食材が、全て失われたのだ。

 

「ぶくぶくぶくぶく……」

『先生!?』

 

 それを目撃する覚悟をしていなかった私は、泡を吹いて気絶した。

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