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「あわわ……」
陸八魔アルは白目を剝いて狼狽していた。
浅黄ムツキ室長と鬼方カヨコ課長に社長自らしたためた”挑戦状”を届けさせ、深夜バイトを終えたアルと伊草ハルカは二人で柴関ラーメンの開店を待っていただけなのに。
決戦前の最後くらいは、自分達で稼いだ金でラーメンを食べたいと思っていただけなのに。
どうしてか目的だった柴関ラーメンは吹き飛んでしまった。
爆薬を仕掛けたのはハルカのようだ。
アルが言った『今日で食べ納め。”ここも用済み”になる』という言葉が行き違ってしまい、こんな結果になってしまった。
一〇分前に起きた爆発からこれまで呆然自失だったが、ようやく意識がはっきりしてくる。
何度も目を擦ってみたが、目の前の現実はどうやっても変わらない。ただの悪夢ではないようだ。
気づけば、いつのまにか現れていた先生が泡を吹いて気絶していた。
「あわわわわ……」
あの人にとって、この店がどれだけの価値を持っていたのか。それは彼を知る人間だったら誰でも理解している事だった。生徒の存在を除けば、あの先生がおそらく世界で最も愛していたのが柴関ラーメンである事は間違いない。
アビドスにとっても、便利屋にとっても大切な場所だった。
それを手違いとは言え消滅させてしまった。
挑戦状を届け、正々堂々と決着をつけようとした矢先の悲劇。
仕事を終えたムツキとカヨコのコンビが戻ってくる。元々、ここで待ち合わせる予定だったのだ。尾行対策に回り道をしてきたのだろう。
「社長? いったい何が……もしかして」
「……ふーん。なるほどね~」
二人は状況を見てすぐに理解したらしい。愛用の散弾銃を抱えてあわあわしているハルカを、カヨコが手招きする。
ムツキはアルの傍にちょこちょこと寄ってきて、しゃがみ込んできた。
「アルちゃん? 柴関ラーメンを吹き飛ばしちゃったんだ?」
「…………」
「あーんなに良くしてくれた柴大将のお店を、あーんなに良くしてくれた先生が行きつけにしてたお店を、アビドスの子たちと戦うためにやっちゃうなんて、やるね~♪ さすがアウトロー! って感じ」
幼馴染はいつも通りの笑顔だ。しかし瞳と、纏う雰囲気は全く違う。
何の罪もない店舗を吹き飛ばしたのだ。事故だったとしても、そんな事は誰も信じてくれないだろう。
だから、浅黄ムツキ室長の考えは分かる。叱責でもなければ激励でもない。ただ確認したいだけだ。
どうしたいのか? どうなりたいのか?
アルはへたり込んでいた姿勢で、膝の上の狙撃銃に触れた。
アビドスはすぐにでも飛んでくるだろう。こうなった以上、自分には彼女達へ謝罪する資格など無い。戦う事になる。
ハルカが仕掛けていた爆薬は使い切ってしまった。あちらには先生がいる。
時間を無駄には出来ない。
精一杯の虚勢を張って、アルは余裕の笑顔を作った。
「当然でしょう? アビドスの連中とは確かに色々あったわ。でも、結局は敵同士。これで気兼ねなく戦える……」
ムツキはにっこり笑った。汗だくだったハルカの顔はまだ青いまま。カヨコは押し黙っている。
アルは社長として、チームの方針をまず決めなくてはならなかった。
「ここで戦いましょう。ムツキとハルカは爆薬をありったけ仕掛けて。カヨコは補給品を設置。私は狙撃ポイントをピックアップする」
前回の戦闘で、アルはスナイパーとして完全に封殺されてしまった。なにせ銃弾の一発すらアビドス生に放っていないのだ。
その原因は分かっている。
「…………」
あそこに転がっている大人だ。
ムツキとハルカが与えられた仕事を果たすべく散っていく。足早にカヨコが近づいてきて、
「先生はどうするの?」
そう尋ねてきた。意見は無数にあるのだろうが、いつもの通りの彼女にアルは内心で感謝した。
「捕らえる必要はないでしょう。拘束は効果がないし、あのままアビドスに拾わせる」
「あの人がいたら負けるよ」
「そうね。でも、こっちには爆撃と狙撃がある。アビドスの生徒は先生を守りながら戦うのだから、動きが鈍るはずよ」
「……そうだね」
動きが鈍るのは便利屋も同じだ。
爆破や銃撃に先生を巻き込む可能性がある以上、どうしても奔放な動きはできない。
確実な勝利のためなら、こんな中途半端な真似はすべきではなかった。それでも柴関ラーメンを破壊した以上、もう先生とは敵対しなくてはならない。
今は生徒と先生ではなく、敵と味方の関係。
悲しくはなかった。
「全員、配置について。ここでアビドスとの決着をつけるわよ」
これで、本当のアウトローになれる時が来たという事なのだから。
アビドスの生徒達がやってくる。黒髪ツインテールの少女がいの一番に走り寄って来た。崩壊した自身の勤め先を認め、その表情は絶望から激怒に染まる。
「あ、あんた達……!」
銀髪の少女は、泡を吹いて倒れている先生の様子を確認している。何度か呼びかけても反応がない事から、焦ったようだ。その頬をペチペチと叩き始めた。
ミニガンを抱えた女生徒が戸惑いながら尋ねてくる。
「これは、貴女達が……?」
「そうよ」
「どうして……」
「柴関ラーメンを破壊した事? 深い意味はないわ。<対策委員会>を叩きつぶす……そのために、あのお店は邪魔だったから」
嘘ではなかった。柴関ラーメンはアビドス生と出会った場所だ。食事を恵んでもらい、仲良くしてもらい、お互いの境遇を称え合った。
温かくて、どこまでも居心地の良い場所だったのだ。
だから、邪魔だったのは事実だった。足を運ぶ度に思い出すからだ。自分達はアビドス自治区にとっては敵に過ぎず、それは<便利屋68>である限りは変われない。
闘志や決意が鈍るだけの店だった。
爆破が完全な事故だったとはいえ、あの柴関ラーメンを破壊した事によって、ようやくアルは──便利屋は全力を出す事が出来る。
「な、なら、あの挑戦状は……」
「そう。分かったわ」
「セリカちゃん?」
「超特盛にしてあげた恩も、先生を誘拐した事も、それを見逃してあげた事も、みすみす数十億をあげた事も全部……踏みにじるつもりなんだ。<カイザー・グループ>の味方をするんだ」
「…………」
「そうね。貴女達がアビドス校舎を守るように、私達も守らなければならないものがある。一度でも受けた以上、依頼は絶対なのよ」
「上等……! ならギッタンギッタンにして、二度とアビドスに来れない体にしてあげる!」
怒りを纏ったアサルト・ライフルの銃口がアルへと向く。同時にハルカが前に出て射線を遮った。
「…………」
「…………」
まさに一触即発。何かの拍子に全ての火器が解き放たれる。
現実が戦場に変わる直前の、独特の緊張感。体の芯が凍ったような感触。
それを邪魔する者たちがいた。
「あ、起きた。先生、平気?」
「無理だ……」
「先生?」
「し、柴関ラーメンが無くなってしまった。私はもう無理だ。これからどうやって生きていけば良い」
「料理なら、私が作るよ。これからずっと」
「いや柴大将でないと……待った。おもむろに叩こうとするのはやめてくれ。それでなくても頬が痛いのに……シロコ」
「叩いてない」
「隠さなくて良い。意識を戻すための措置だという事は理解している。だが、ここから先はただの暴力だ。大勢を敵に回す事になる……分かるな?」
「…………」
シロコと呼ばれた少女がまたおもむろに手をあげる。不敵な雰囲気を醸し出すことで不貞腐れようとしていた先生はあっさりと折れて立ち上がった。
「……この状況はなんだ」
「先生! あの便利屋が柴関ラーメンを吹っ飛ばしたのよ! 知ってるでしょ!?」
「ああ。一応は第一発見者だからな」
「あんだけ良くしてあげたのに! 許せない! 戦うわよ!」
「…………」
先生の瞳がアルへと向けられる。先ほどとは違う緊張がはしった。
あの男は生徒に途方も無く甘い。誘拐拉致されて一晩拘束されようとも平常運転なくらいだ。あれだけ迷惑をかけてきたカタカタヘルメット団にも情けをかけていた。
しかし、アル達は柴関ラーメンを破壊してしまった。どれだけ生徒に甘くとも、心の拠り所を奪われていつも通りでいられるわけはない。
「……うーん」
「先生も流石に怒ったでしょ!? ムカつくでしょ!? 甘やかすばっかりじゃ駄目なの!」
「そうかな……そうかも」
「先生!」
黒髪の美少女にせっつかれた先生は額に汗を浮かべて唸っている。感情の処理は難航しているようだ。
彼はかけていた眼鏡を直すと、一度息を吐いてから訊ねてきた。
「……昨日、聞いていた話と違うな、アル」
「…………」
「あの挑戦状はなんだったんだ」
「…………」
「事故なんだろう。今なら──」
アルは持っていた狙撃銃を構えた。すかさず先生の周囲をアビドス生が固める。
既に言葉は不要だった。
引き金はこちらから引く。放たれた銃弾はアビドス生の足元ではじけた。
戦いが始まった。
◇
鬼方カヨコは深く息を吐いた。
ため息ではない。意識を切り替え、思考を研ぎ澄ませるための儀礼だ。
予期せぬ決戦だが、どうせいつかはこうなっていた運命なのだ。そんな考えを巡らせながら、愛用の自動拳銃を点検し、薬室内に初弾が装填されている事を確認する。
戦力的に考えて、<便利屋68>は<対策委員会>に不利だろう。戦闘員の数では互角だが、あちらには補給及び情報を管制する一年生がおり、さらには得体の知れない<シャーレの先生>まで後ろに控えている。
既に戦った事のあるアビドス生ならまだしも、あの先生の情報は人伝にしか把握していない。聞いていた話だけでも、極めて大きな脅威になると分かる。
だから油断はできない。
アルがアビドス生達と話している間にムツキとハルカは爆薬をしかけ終わっていた。
あちらの戦力に、あの小柄なピンク髪はいない。先の戦いでハルカを完封した三年生だ。
小鳥遊ホシノ。彼女の名前を、カヨコは知っていた。数年前の情報では、強襲戦を得意とする超攻撃的なスタイルの生徒のはずだった。
今ではのほほんとした様子だが、芯は今でも変わっていない。それがあの一戦だけで分かっている。
不良生徒との闘いでは前線での防御役に徹していたから目立たなかったのだろうが、その役割から解き放たれれば大きな脅威になる。
先生の指揮下なら、小鳥遊ホシノは全力を出せるだろう。あの二人が揃っていない状況はこちらの優位に働く。
(突っ込んでは来ない、か)
小鳥遊ホシノを欠いたアビドス側の戦闘員は三名。自動小銃持ちが二人に、ミニガン装備が一人の構成だ。
盾役がいない以上、普段は中衛を務めている二人が前に出ざるを得ない。
こちらは地雷を撒いている。
柴関ラーメンを破壊された怒りで誰か一人でも突っ込んで来てくれていたのなら、瞬時に刈り取れていたはずだ。四対二になれば、先生がいたとしても勝利は揺るがないものになる。
『黒髪ちゃんは来ないのー?』
「先生の指揮でしょ。普段は馬鹿にされてても、信頼はされてる」
ムツキからの通信に小声で返す。
開戦と同時に後方へ下がったアルが狙撃位置についた。前回のような”狙撃手封じ”は使えないはず。小鳥遊ホシノがいない<対策委員会>は突破力が低下している。あの厄介なドローンを使用している様子もない。カヨコ達を倒さない限り、狙撃手から一方的に攻撃されるのだ。
時間が過ぎれば過ぎるほど、便利屋が有利になる。
『カヨコ』
「わかった。……ハルカ」
『はいっ!』
社長からの呼びかけに対し、カヨコは用意していた手榴弾のピンを抜いて投げる。物陰から身を出す事もしない。これは相手を揺さぶるための攻撃だ。有効打でなくともいい。
それは、ハルカの突撃も同じだった。爆発と同時に飛び込んだ伊草ハルカは散弾銃を数発放つ。散弾ではない、スラッグ弾がコンクリートの壁に突き刺さった。
すかさずアビドスから応射がある。黒髪と銀髪。
各個撃破を避けるために前衛を固めたらしい。好都合だった。
(こっちには狙撃手がいる……)
頭を出した瞬間には狙いを済ませている。ターゲットはどちらでも良い。二人のうち、どちらかが戦闘不能になれば、残った方も連鎖的に崩す事が出来るからだ。
発砲。
陸八魔アルが本気で放った銃弾は、目標に命中すると同時に爆発する性質を有している。ゲヘナの風紀委員長のような例外を除けば、生徒を確実に仕留められるほどの威力を有していた。
しかし、爆発は空中で起こった。
「…………」
『なんですってーっ!?』
弾丸を放ったはずのアルがおなじみの悲鳴を上げている。
そうだ。銃弾は確かにアビドスへと向かっていた。なのに、着弾した様子がない。
当然だ。
(狙撃を狙撃された……!?)
メンバーに警戒を強めるよう通達を出す。ハルカも後方へ下がらせた。
今の芸当をやったのは誰だ? 伏兵? <シャーレ>の人員には狙撃手も存在していたはずだ。だが、今回の戦闘は突発的なもので、あらかじめ招集できたとは考えにくい。
加えて、あのタイミング。弾丸を撃ち落とすくらいなら、狙撃手をそのまま狙った方が良い。それをしなかった理由はなんだ?
「まさか……」
伏兵などではない。
前回の戦闘で、便利屋は狙撃を完全に封じられている。あらかじめ狙撃のポイントを予測し、そこへ爆薬を仕掛けるようなイカれた指揮官がいた、
スナイパーの位置を予見できて、狙撃のタイミングまで読めるのなら、先ほどの芸当だって可能になる。
カヨコが知っている中で、そんな事が出来る生徒はいない。
なら、あれは生徒の仕業ではないのだ。
アビドスの前衛二人が飛び出してくる。
「ムツキ!」
『はいはーい☆』
ムツキがボストンバッグを放り投げた。あの中には爆薬が満載されている。
だが──
「……やっぱり」
それも撃ち抜かれた。空中で爆発。
瓦礫の隙間から古臭いリボルバーの銃口が覗いたのを、今度ははっきりと確認できた。
戦場が混乱する。爆発の余波は先ほどよりもずっと大きく、カヨコも咄嗟に顔を覆い、姿勢を崩すほどだった。
接近してきているはずの二人から、注意が外れたのだ。それでも仕掛けは残っている。
三度の爆発音。
地雷が作動したのだ。黒髪の少女がうつ伏せになって倒れている。追撃しようと拳銃を向けるも、アビドス側からスモークグレネードが投げ込まれていた。白煙が立ち込め、視界がどんどんと奪われる。
良い状況ではないが、カヨコに焦りは無かった。アビドス側の位置をロストしていても、こちらの有利は崩れていない。
アルとムツキの居所は相手にバレている。しかし、社長はここより三〇〇メートル離れたビルに潜んでいるし、ムツキの近くにはハルカが待機している。迎え撃つことは容易かった。
機関音が響く。
降り注ぐのは無数の七・六二ミリ弾。アビドス側が最大火力を投じてきた。ミニガンの掃射が戦場を扇状に蹂躙する。カヨコは咄嗟に地面へ体を投げ出した。
コンクリートの障害物が瞬く間に粉砕され、仕掛けていた爆発物も同時に破壊の嵐に飲み込まれる。
そうだ。あのミニガンを抑えられるのはスナイパーが効力を発揮しているからで、こちらはその利点を既に失っている。
相手は射角を取るためだろう、高所に陣取っていた。
カヨコ、ムツキ、ハルカの三人で別方向から攻撃するのが効果的だ。そのためには相手の現状を知る必要があった。
銀髪の少女がこちらに向かってきている。彼女を含め、残りの敵は二人のみという事だ。
四度目の爆発音。アルの狙撃がまた撃ち落とされた。
銀髪の少女が突撃してくる。近辺の地雷群はミニガンによって一掃されていた。
伊草ハルカが迎え撃つ。突撃しつつ放たれた散弾銃の連射を、敵は地面を転がる事で凌いだ。障害物越しの射撃を、ハルカは冷静に回避した。
ここでカヨコ達が取るべき選択肢はいくつかある。
ハルカを援護して、あの銀髪を確実に仕留めるか。
ムツキと二人で、厄介なミニガン持ちを排除するか。
誰か一人を向かわせて、アルを抑え込み続けている不審者を捕らえるか。
便利屋の前衛を務める少女は一年生ながら図抜けた耐久力を備えている。相手も極めて優秀な生徒のようだが、短時間で決着を着ける事は不可能なはず。
不審者に関しては、アルを抑えられるのは痛いが、逆に言えばそれ以上の働きは出来ないだろう。
つまり、今はカヨコとムツキの二人でミニガン持ちの少女を落とすべきだ。
アビドスには終始手を焼かされているものの、その弱点は最初から変わっていない。少数故に、欠員による戦力低下が著しいのだ。
(でも……)
妙な胸騒ぎがする。
誰かの手の内で踊らされているような感覚だ。
「ムツキ」
『ミニガンちゃんでしょ?』
「うん。援護して」
今の状況で最も怖いのは伏兵だ。小鳥遊ホシノを隠し玉にしている可能性もあるが、ここまで温存する意味が分からない。
柴関ラーメンの爆破からここまで、偶発的な展開の連続である。最初から状況を把握できていなければ、戦力の温存など出来るはずがない。
敵側の戦闘員は四名で、そのうち一人は不在。黒髪ツインテールは既に倒した。残りは銀髪とミニガンのみ。あとは何をしでかすか不明な不審者くらいだ。
「…………」
こうやって無駄に思考を巡らせられるのも、相手の術中なのかもしれない。判断や動きが少しでも鈍れば、それはアビドスの有利に働く。
少なくとも、直接的な罠が無いのは確かなのだからこのままで良いはずだ。
「社長、ミニガン持ちを叩く。先生を抑えておいて」
数秒経って、沈黙が続く。
返答がない。先ほどの狙撃から、まだ一分も経過していない。カヨコの思考が凍りついた。
狙撃手が排除された……? 誰に? アルの通信機が故障しただけという可能性は? 狙いは今のままで良いのか?
「ムツキ、待って! 社長と連絡が取れない」
『え……』
「小鳥遊ホシノが来たのかも。バラけてたら各個撃破される」
足を止め、瓦礫の陰で息を潜める。六メートルほど離れた所にムツキの姿もあった。幼馴染の身に何かあったせいだろう。いつもの余裕は見られなかった。
交戦中のハルカにも通達を出さなくてはならない。
銃声が飛び交う方角へ目を向ける。
ちょうど、仲間が倒されるところだった。
「ハル……」
ドローンによるミサイルを背中から受け、態勢が崩れた所に至近距離からマガジン一つ分の集中砲火。挟み撃ちの形だ。
便利屋から初の欠員が生まれ、さらに動揺が加速する。
轟音が鳴り響いた。
カヨコとムツキの潜んでいる瓦礫が綺麗に消滅する。銃弾ではない、一〇〇ミリ口径の徹甲弾がすぐ目の前を通過していった。
アビドスが保有する唯一の戦車が、砲口をこちらに向けている。
障害物が無くなり、こちらは無防備になる。ミニガンが稼働する機関音。
「しまっ……!」
抵抗する暇すらなく、カヨコとムツキは分間二〇〇〇発を超える七・六二ミリ弾の雨に呑み込まれて意識を喪失した。
◆
「なんですってーっ!?」
一対の射線が交錯する。
自身の銃弾が空中で爆発するのを見たアルは絶叫していた。
前回と違い、狙撃が邪魔される可能性はないと考えて放った最初の銃弾。狙いはミニガン持ちのアビドス生だった。
思惑は外された。スナイパーは例外なく視力に優れる。誰の仕業かはすぐに確認できていた。
「先生……!」
時代遅れのリボルバー銃が瓦礫の影から覗いていた。撃ち落とされたのだ。狙撃を狙撃される。それは狙撃手にとって、最もプライドを傷つけられる行為だった。
ギリ、と歯が鳴る。カヨコの言っていた通り、あの先生は危険だ。何をしでかすか分からない。
それでも、これはこれで良かった。アルが狙撃を続ける限り、先生はこちらに注意を向け続けるだろう。アビドス側に小柄なピンク髪の生徒が不在な以上、便利屋側に有利がある。
撃ち落とし続けられるものならしたら良い。一度でも失敗すれば、アルの銃弾がアビドス生を確実に仕留めてみせる。
ポイントを移すためにビルを移動する。
眼下ではアビドス生の二人組が前線に突撃しているところだった。こちらの仕掛けは既に終わっている。ムツキがその外見からは想像できないほどの強肩でボストンバッグを放り投げた。放物線の半ばで風穴が開けられ、満載された爆薬が炸裂する。周囲のビル群が戦慄くほどの大爆発だった。
爆炎と煙で狙撃は無理だ。
三度目の爆発。地雷が作動したらしい。その瞬間は確認できなかったが、アビドスの一年生が倒れているのが見えた。
これで残りの敵は二人。
「…………!」
追撃と狙撃を恐れたのだろう。アビドスはスモークグレネードを使用した。その直前に白い服を来た男と目が合った。
いつも通りの無表情。馴染みの店を吹き飛ばされたというのに、怒りや憎しみは窺えない。さりとて、親しみや柔らかさを感じる事もなかった。
少し心配になるが、そこは問題ではない。狙撃ポイントへ移動中のアルを目視し続けている事の方が、よほど重大だった。
位置を変更しても意味はない。
五分ほどだろうか。眼下の戦場は膠着状態になっていた。
今はミニガン持ちのアビドス生が現れて掃射を開始している。カヨコ達は息を潜めたまま瓦礫に身を隠していた。いくら頑丈なハルカでも、あのミニガンに晒されては瞬時にダウンしてしまう。
ここは狙撃で脅威を排除したいところだが、あいにくと位置が悪かった。射線が通らないのだ。
理由は分かっている。アルの動きと位置を補足し続けている者がいるせいだ。
(いいわ……)
苛立ちが強くなってくる。
しかし、それ以上に充実感も増していた。<便利屋68>は失敗続きの集団だが、それはトラブルが絡んだ場合の話である。こと戦いにおいて、ここまで手こずった事は少ない。<ゲヘナ学園>の主戦力である<風紀委員会>を相手にしても苦戦する事はないのだ。
もちろん化け物そのものな風紀委員長が来れば話は変わってくるが──質と量で互角な相手というのは珍しかった。
「…………」
自分の引き金に、勝敗が掛かっている。あのアビドスに、あの<シャーレ>に勝てるかもしれない。
望んでいた形とは全く違ったが、ここで勝利を納めれば理想的なアウトローに近づく事が出来るのだ。
もう金はいらない。
カイザーとは手を切り、アビドスから貰った金は柴関ラーメンと、学校を失った少女たちに全て渡す。そうしてこの自治区から去るのだ。それ以外のエンディングは許されない。
<対策委員会>がこの闘いに負けたとしても、数十億の資金があれば借金だって完済できるはず。そうすれば居場所を奪われたりしない。
もちろん、アル達が勝たなければ、アビドスはこちらの話に耳を貸してくれないだろう。それだけの事をしている。
だから──
「これで……!」
仕事を成功させなくてはならないのだ。懐のスマートフォンが鳴っている。着信音だった。
陸八魔アルが三度目の狙撃を行う。銃口から吐き出された銃弾が、ミニガンを掃射し続けている生徒のこめかみへ、まっすぐに飛んでいく。
爆発。また迎撃された。
スマートフォンが鳴り続けている。突発的な戦闘のため、電源を切る事を失念していたのだ。
画面を見る。
先生からだった。
説得か、妨害工作の一環だろう。出ている場合ではない。アルは電源を切ると、愛銃のスコープを覗き込んだ。
背後で扉が開く音。地獄から響くような声。
「見~つ・け・た……!」
「へ!?」
アルは首を一八〇度回転させるような勢いで振り返った。
部屋に入って来たのは一人のアビドス生だ。煤けた紺色のブレザーに、スパッツ、膝にはサポーター。
長い黒髪をツインテールにしている。何度か見た顔だった。
柴関ラーメンでアルバイトをしていた少女だ。
「あ、あなた。じ、地雷でやられたんじゃ……」
「やられたフリよ。残念だったわね」
アルバイトちゃんは持っていたスマートフォンを懐にしまい込む。あれは先生の所有物だ。奪って来たわけではないのだろう。
便利屋が爆発物を仕掛けるのは予想されており、アビドスはその爆発を利用して一芝居うったのだ。自分の仕掛けた罠を疑う狩人はいない。少数対少数の戦場で、誰かを完全にフリーとするのは困難だ。しかし、撃破したと誤認させられれば、こうやって注意を外す事も出来る。
地雷が作動した直後の煙幕も、作戦を通すための目くらましだったのだろう。
そうして自由に動けるようになった目の前の少女は、スマートフォンの着信音を頼りにここまで辿り着いた。先生の端末を持っていたのは、アルの連絡先を登録していたのが彼の携帯のみだったからだ。
全ては誰かの思惑通りだったというわけになる。戦闘前にカヨコから言われた事を思い出した。皮肉な現実と、それに安堵している自分に失望したためか、口元に笑みが浮かぶ。
「なるほどね。随分と頭に血が上っていたように見えたけれど、冷静だったのね」
「最近はずっとキレっぱなしだからね。もう怒り慣れてんの」
「カイザーの行いを見れば、当然だと思うわ」
「……? いや、先生と一緒にいるとこうなるのよ」
「えっ」
黒髪の少女は間違いなく激怒している。眼光には貫くような殺意が常に宿っているし、アルの得物が屋内戦には全く向かない事も理解した上で、こうして会話に付き合っている。すぐに襲い掛かってこないのは、トラップを警戒しているからだ。
その冷静さが、今は恐ろしい。
相手は一年生だったはずだ。それが、ここまで容易く狙撃手の居場所を割り出し、補足した。感情に任せず冷静に、こちらの選択肢を奪ってくる。
先に銃口を向けたのはアルの方だった。相手の少女はニコリともせずに、
「勝てると思ってんの?」
「それはこっちの台詞。やられたフリなんて言っていたけれど、元気そうには見えないわ。それも演技なのかしら?」
「試してみる? 謝るなら、聞いてあげてもいいけど」
「私達はアウトローよ。謝るくらいなら、破滅を選ぶの」
「そっか。じゃあ──」
アルの背後で轟音が響いた。弾かれたように振り返る。メンバーの伊草ハルカが倒れたところだった。
続いて障害物が吹き飛ばされる。
戦車による砲撃だ。桁違いの破壊力によって、ムツキとカヨコが無防備になってしまった。機関銃弾の嵐が二人をズタズタにした。
悪夢のような光景に頭が真っ白になる。
「──続きは地獄で聞いてあげる」
声は耳元で聞こえた。