先生「バキバキの記憶喪失」   作:地産地消

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第19話 地獄の使者

 ◇

 

「気は済んだか」

「まあ、ちょっとは」

 

 陸八魔アルを引きずりつつ戻って来た黒見セリカに安堵しながら、私は言った。

 どうしても<便利屋68>のリーダーをぐちゃぐちゃにしたいと言って聞かない彼女と、もっと穏便な形にしたい私との間で談合があり、セリカに役割を任せてそれをサポートする代わり、気絶させるだけで済ませてもらう事が出来た。

 

「……先生はこれで良いの?」

「良くはないが、アル達の言い分をまずは聞きたい。過失だったにしろ、店舗を吹き飛ばしたのは事実だ」

 

 生徒だからと言って何をしてもいいわけではないし、子供だからと言って何の責任も取らなくて良いわけではない。今回の便利屋は許されない事をした。それは紛れもない事実だ。

 柴関ラーメンの従業員である黒見セリカには糾弾する権利がある。しかし怒りに身を任せるのも良くない。

 便利屋の処遇については、純粋な被害者である柴大将の意見を聞く事も必要だと考えた。それにはセリカも理解を示してくれ、アルを必要以上に痛めつけずに済ませてくれたのだ。

 

「先生、柴大将をアビドスの中央病院まで移送しました! 軽傷のみで、命に別状は無いようです」

 

 純白に塗装された主力戦車から奥空アヤネが降りてくる。純正パーツによって息を吹き返したラムセス2型で火力支援をしてくれたのは彼女だ。ホシノ不在のため、オペレーターの彼女にも戦闘員として加わってもらった。

 

「ありがとう。とりあえずは一安心だな」

「それで……その。<便利屋68>のメンバーはどうしますか?」

 

 アヤネの視線の先にはアル以外のメンバーがいた。

 シロコとノノミによってムツキ室長とカヨコ課長、ハルカ平社員も拘束されている。

 便利屋メンバーが倒された所を目撃するとハルカ平社員は興奮して暴れ出す性質があるため、手足の他に目と耳と口を封じていた。

 

「私としては、やはり<ゲヘナ学園>に引き渡すのがベストだと考える。彼女達はカイザー・グループと取引を交わしている。依頼が失敗したとなれば危険に晒されるかもしれない。それを防ぐためにも、母校へ対応を任せるのが良いんじゃないか」

「……はい。私も同じ考えです。ホシノ先輩にも連絡を取りたかったのですが」

「え? まだ連絡取れてないの?」

「うん。留守電もメッセージも入れてるのに、全然出てくれなくて……」

 

 セリカとアヤネの眼が便利屋に向く。

 ホシノの身に何かあったとしたら、直近の外敵である彼女らに疑惑が行くのも当然だ。だが、ムツキ室長とカヨコ課長は朝からアビドス校舎に挑戦状を届けに来ていたたし、アルちゃん社長とハルカ平社員はほとんど同時刻に柴関ラーメンを爆破している。ホシノを襲撃できるとしたらそれ以前となるが、やはり考えにくいだろう。

 

 全く別件で音信不通となっていると考えた方が良い。

 ホシノの事も心配ではあるが、<便利屋68>のメンバーもこのままにはしておけない。逃げられたりしたら、それはお互いに禍根を残す事になってしまう。

 私としては、まず柴大将にしっかりと謝罪をしてほしかった。だが、この件は<対策委員会>と<便利屋68>の問題でもある。メンバーが揃わない以上、<シャーレの先生>でしかない私がああだこうだと意見を述べるべきではないだろう。

 迷った私は、仕方がないので便利屋にちょっかいをかける事にした。

 

「調子はどうだ」

「良いように見える?」

 

 まずはカヨコに声をかけた。リーダーのアルは気絶中だし、ハルカは厳重に拘束されている。ムツキには口で勝てる気がしないので、残るは彼女だけなのだ。

 

「……何のつもり」

「こちらとしては、君たちの事情を知りたい。逃げられたくない。これ以上の乱暴もしたくない。柴大将へちゃんと謝罪をしてほしい」

 

 目的を真っ先に伝える事で、コミュニケーションはスムーズに行える。昨日読んだ雑誌に書いてあった知識をさっそく使う事にした。

 周囲の生徒から、私が何を考えているか分からないと数百回にも渡って言われたため知識を取り入れる事にしたのだ。

 ところがカヨコの表情は鋭いものになった。

 

「話す事なんて無い」

「ムツキ」

「私も一緒かな~。何を言っても一緒だよ。アルちゃんも寝ちゃってるし、なーんにも話せない」

 

 責任者の意識が戻らない以上、一切の協力はしないという事だろう。私は胸をなでおろした。コミュニケーションは断絶してしまったが、今回の件で私に非はないとわかったからだ。

 

「それなら仕方ないな。派手に負かしたせいで、気分を害してしまったのかと危惧していたところだ」

「…………」

「…………」

「二人が冷静で良かった。さすが室長と課長だな」

「…………」

「…………」

 

 ビキ、という音が聞こえてきたが、私は瓦礫か何かの音だろうと気にしなかった。

 セリカとシロコが歩み出る。

 

「あんたたち、自分の立場が分かってんの?」

「先生は尋問の名人だから、あなたたちに苦痛と屈辱と恥辱の極みを味わわせる事だって簡単」

「ちょっと待ってくれ」

「先生がとんでもない変態なのは知ってる。でも、こっちだって意地がある」

「先生がどうしようもない変態だからって、カタカタヘルメット団なんかと同じだと思ってもらいたくないなあ~」

「みんな待ってくれ」

 

 シロコの不用意な発言のせいで、便利屋からの警戒度が上がってしまった。拷問に関してもそうだ。私には知識があって躊躇がないだけで、別にプロフェッショナルでもなんでもない。誤解を生むような発言は困る。

 こちらにホシノがいない以上、あちらのトップと話をしよう。

 そう思い、アルの方を見た瞬間、カヨコからの鋭い声が鼓膜に突き刺さった。

 

「社長に何をする気!?」

「いや……」

「ふーん。負けた生徒になら何してもいいんだ~?」

「違う。私は無実だ。前科もない」

「山ほどあるでしょ」

 

 背後から冷たい声を浴びせてくるセリカに抗議の視線を向けるが、睨まれたため目を逸らす。

 

「ノノミ、アルを起こしてもらえるか」

「私ですか?」

「セリカは拳を使いそうだし、シロコは私のほっぺを攻撃した。残るはノノミだけだ。なるべく優しく頼む」

「分かりました☆」

 

 持っていたミニガンを地面にゴトリと置き、ノノミがしゃがみ込んでアルの肩を揺らした。聖母のような優しい手つきだった。

 

「シロコ、人を目覚めさせるにはああやるんだ」

「知ってる。私もああした」

「嘘をつくんじゃない」

「ん、分かった。なら先生の寝込みを襲う。そうすれば嘘じゃないって分かる」

「シロコが何を言っているのか分からないからダメだ」

 

 普段から寝泊りしている保健室のベッドから、どうしてかたまにシロコの匂いがする事がある。決まって私が留守にした直後だ。容疑者へ昼寝に使用したのかと訪ねても否定してくるが、疑念は尽きない。

 その彼女が寝込みを襲うなどと言い出すと凄みが強すぎる。

 ただでさえ、私の事を異常な変態だと断定する勢力が日ごとに力を増しているのだ。誤解を招くような行動は慎んでもらいたかった。

 銀行強盗が趣味の少女との緊張感が高まっていくのを感じていると、陸八魔アルが目を覚ました。

 

「う、うーん」

 

 セリカの銃撃で気絶していたが、特にダメージは残っていないようだ。カタカタヘルメット団のような生徒だと数時間近くは無力化できていたのだが、個人差が大きいらしい。良い勉強になった。

 まずは意識がはっきりしているのかを確認して、話をしたい。

 そう思ったところへ、アヤネからの緊急通信が入った。

 

『先生、防衛システムに反応がありました! 武装した集団がそちらへ向かっています!』

「武装した集団……所属は分かるか」

『それがその……ゲヘナの<風紀委員会>との事です。こちらから通信を試みたのですが、それ以外の返答は得られていません』

「承知した。狙いは恐らく便利屋だろう。戦闘の可能性も含めて、こちらで準備をする。アヤネはラムセスからオペレートを頼む」

『了解しました!』

 

 ”シッテムの箱”に表示された戦術支援システムには、ここから三キロ近い所に武装集団の反応が確認できた。かなりの規模だ。配置からして砲兵部隊まで用意している。戦闘員は三〇〇人以上といったところか。

 アロナから警報が出ていないという事は、まだそこまで深刻ではない。

 私はアヤネからの情報を周囲の生徒に共有した。

 セリカが混乱を露わにする。

 

「ゲヘナの風紀委員会!? なんでこのタイミングで!?」

「不明だ。こちらからの連絡には応答しないらしい。荒事になるかもしれない」

「補給は万全です!」

「迎え撃とう」

 

 さっそく戦闘の方向で話が纏まりつつある事に私は恐怖した。<ゲヘナ学園>といえば”三大校”の一角だ。そこの公的な武装集団である<風紀委員会>は数千人以上の規模を誇っている。カタカタヘルメット団や便利屋と事を構えるのとは、深刻さがまるで違うのだ。

 今回は不良生徒が相手ではなく、一つの学園が介入してきている可能性が高い。

 

(ホシノの不在が痛いな)

 

 最悪の場合を想定する。戦いになったとして、<アビドス高等学校>と<ゲヘナ学園>が交戦したとなると極めて良くない。学園同士が戦えば、勝っても負けても大事になるだろう。

 アビドス生なら<シャーレ>所属という事で幾らでも守る事が出来る。しかし便利屋は別だ。彼女らの母校である<ゲヘナ学園>から身柄の引き渡しを要求されたら、断るのが難しくなる。

 

「じゃあ、私達が便利屋より前に出れば良いって事?」

「相手の出方次第だ。アル達の身柄を引き渡すのが主目的である可能性が高い」

「ホシノ先輩がいてくれれば……」

「どういうつもりか知らないけど、ここはアビドスの自治区よ! 偉そうな態度で入ってくるのはムカつく!」

 

 セリカの言う通り、ここはゲヘナの自治区ではない。武装した集団が何の連絡もなく踏み込んで良い場所ではないのだ。

 アヤネに通信を繋ぐ。

 

「ゲヘナが便利屋を渡すよう言って来たらどうする」

『今すぐの引き渡しは出来かねます。柴関ラーメンを始めとした被害の調査が終わっていませんし、今回の動きには強引かつ不審な点が多すぎますから』

「もう少し下手に出るよう伝えれば良いか」

『そうですね。ホシノ先輩に話を通してから、連邦生徒会規則に沿った対応を要請するのが良いかと』

「皆はそれで良いか」

 

 アヤネ先生の言葉に、他のメンバーも頷く。

 それを確認した私は、シロコとセリカに前衛を頼み、ノノミには便利屋の監視兼護衛を頼んだ。

 戦闘後に補給は済ませている。場合によっては数百人以上を相手取る事もありうるため、備えは幾らしても不足する事はない。

 アルの下へ歩み寄り、膝をついて視線を合わせた。

 

「話は聞いていたと思う。今度はアル達の話を聞きたい」

「……どういう事? 私達を<風紀委員会>に突き出せば良いでしょ」

「買い手のいない公文書偽造をしたくらいで、ここまで追いかけられるのか」

「…………」

 

 広いキヴォトスにおいて、<ゲヘナ学園>は飛びぬけて治安が悪い事で知られている。犯罪の件数は全学園で間違いなくトップ。領内どころか他自治区でテロ行為をする集団も複数いるほどだ。

 そのゲヘナの治安維持を任されている<風紀委員会>が、これだけの勢力を率いてくるほど、<便利屋68>は悪事を働いたのだろうか。

 

「拉致された時に聞いた話では、アル達はこれから大きくなる問題児という印象だった」

 

 アビドス襲撃を聞きつけて、それを止めるために現れたのだとしたら、タイミングも動きも妙な所が多すぎる。

 口座の凍結も含めて、ゲヘナの便利屋に対する態度は強硬過ぎるかもしれない。

 

「黙って引き渡すわけにはいかない」

「柴大将に謝ってないから?」

「そうだ。それに、今の<風紀委員会>の態度を見る限り、あまり良い事になりそうにもないと感じる」

「私達の事が心配なの?」

「ああ」

「随分と甘いわね。先生が愛してやまない柴関ラーメンを、私達は吹き飛ばした。もう怒ってないのかしら?」

「あれだけボコボコにしたし、今のアル達を見て、気は済んだ」

「…………」

 

 柴関ラーメンが吹き飛んだ時は、とてもではないが現実を受け入れられなかった。それは今でも変わらない。トラブルが連続して起きているから感性が麻痺している可能性は非常に高かった。落ち着けば咽び泣くだろう。柴大将の病室に住み着くかもしれない。それくらいの事態だった。

 だとしても、<便利屋68>が不当な扱いを受けるのなら、私は阻止する。

 そう言うと、ムスッとしていたアルは目を伏せた。

 言葉には出さないが、強く後悔しているのが見て取れる。その横顔だけで、私は彼女達へのわだかまりが消滅するのが分かった。

 

「頑なになる必要はない。真相は……もう分かったからな」

 

 大切な物を壊されれば、幾ら相手が生徒と言えども思う所はある。全てを受け入れられるわけではない。自分の感情について学ぶことが出来た。まだまだ成長できるという事だ。これも柴大将の導きだろう。私は神に感謝した。

 手を合わせて祈りを捧げる私を、神妙な面持ちで見ていたノノミが恐る恐る声をかけてくる。

 

「せ、先生、ゲヘナの部隊が到着します」

「わかった。ありがとう」

 

 複数の兵員輸送車両が到着する。その先頭から、銀髪ツインテールの少女が降りてきた。左腕には所属を示す腕章。紅い瞳に、浅黒い肌。狙撃銃を装備している。

 キビキビした動きの少女は周囲の風紀委員を従えてこちらに向かって来た。彼女が責任者らしい。

 シロコとセリカが一歩前に出て、警戒感を前面に出す。ここから先は通さないという意思表示だ。

 

「なんだ、キサマら?」

 

 相手の少女は怪訝な顔になった。表情からして、こちらの状況を知らないようだ。疑念が深まる。

 

「それはこっちが聞きたい」

「ここは<アビドス高等学校>の自治区なんだけど! ゲヘナの<風紀委員会>が何の用!?」

「アビドス? まだ存在していたのか。とっくの昔に廃校になったものだと思っていた」

「はあ!?」

「私たちの目的は、そこの便利屋だ。脱走したとはいえゲヘナの生徒だからな。引き渡してもらう」

 

 相手の横柄な態度はアビドス生を刺激する。セリカがまだ発砲していない事には純粋に驚いたし、シロコは見せつけるように安全装置を外している。

 私の横に控えているノノミも、その表情を厳しくしていた。

 言葉の通り、アビドスの現状を知らないのだろう。<風紀委員会>の生徒はこちらの様子を気にも留めず前に出る。

 それを、シロコが真っ向から阻んだ。銀髪の美少女二人が至近距離から睨み合う。

 

「なんだ、キサマ?」

「私はシロコ。あなたは?」

「イオリだ。銀鏡イオリ。……そこをどけ」

「無理」

「怪我をする事になるぞ」

「ん、自分の心配をした方が良い」

「なんだと……?」

 

 凄まじい勢いで交渉が決裂していく。この場合、シロコとイオリは両校の代表として振舞うべきなのだが普通に終始喧嘩腰だった。

 一切の乱れなく整列していた<風紀委員会>の生徒達が一斉に戦闘態勢に移る。

 私がノノミの方を見ると、彼女は首を振った。これからの展開はもはや変えようがないという事だ。

 便利屋の電子錠が全て解除された。

 

「え……」

「どうやら<風紀委員会>と戦う事になるらしい。アル達はここから離脱してくれ」

「逃げろってこと?」

「そうだ」

 

 カヨコから訊ねられた私は頷いた。数百人を相手にする以上、便利屋メンバーを拘束し続ける事も守り続ける事も不可能だ。むしろこちらの動きが縛られかねない。

 怪我をされるよりは自分達で逃げて貰う方がずっと良い。そう考えたのだが、困惑されている。今度はアルから質問される。

 

「連中と戦って、アビドスに何の得があるの?」

「少しでも損得勘定が出来ていれば、アビドスは今の状況になっていないと思う」

「それは確かに……」

「あちらのやり方が気に入らないから戦うだけだ。アル達を守るわけじゃない。だから気にせず離脱すると良い」

 

 アルは俯いて深刻な表情になった。彼女達からすれば何の損も無い展開なのに、何か思う所があるのだろうか。

 私からすれば、一触即発の雰囲気を放ちに放っているシロコ達の様子が気になる。ノノミも向かってくれたが、緊張度の上昇は留まる事を知らない。

 今は便利屋よりも<風紀委員会>への対応に注力するべきだ。

 だが、アルは逃がしてくれない。

 

「私達がこのまま逃げるとは考えないの?」

「ああ」

「……アビドスだけじゃなく、私達まで信じる気?」

 

 どれだけ余裕がない状況でも、生徒からの問いかけを無碍には出来なかった。焦燥感に身を焦がしながら、私は頷いた。

 

「私も人間だ。物事を都合の良いように信じる」

「…………」

「だから、私が信じるのは柴関ラーメンを破壊したアル達じゃない。これを書いて、私に届けてくれたアル達だ」

 

 懐の書類を取り出して見せる。

 どれだけ言葉を重ねても、記憶の無い人間では薄っぺらいだろう。だから信じてもらえるとは考えていない。それが私の限界だ。

 言葉ではなく行動で、示し続ける事しか出来ない。

 

「……そう」

 

 ようやくアルは納得してくれたようだ。

 万が一、柴大将への謝罪から逃亡するような事があれば地の果てまで永遠に追いかけて行くだけである。

 それは決して私が柴関ラーメンの狂信者だからというではなく、生徒の今後を考えての事だ。するべき事を投げ出してはいけない。それは生徒のためにならない。

 私はシロコ達の方へ向かう。

 今はアヤネがアビドスが持つ主権の観点から抗議をおこなっていた。

 

『これは明確な侵略行為です!』

「<風紀委員会>本部の決定だ。私には翻す裁量がない。事を穏便に済ませたいなら、おまえ達が道を譲れ」

 

 銀鏡イオリの言動は一方的ではあり、同時に違和感がある。今はエデン条約の締結に向けて、ゲヘナとトリニティ双方が事を荒立てないように努めている時期のはず。

 なのに、ここまで堂々と他の自治区に踏み込んで来ている。イオリは誰かからの、直接の上官からの指示で動いているようだ。

 

 学園同士の武力衝突を起こしてまでアル達を捕まえる意味があるのだろうか。

 私はシロコ達の方に向かいつつ、スマートフォンを取り出した。<風紀委員会>には知り合いがいる。明らかに協力的ではない銀鏡イオリよりも、事情の説明を期待できる生徒だ。

 火宮チナツへ回線を繋ごうとした矢先、その相手から着信が来た。

 

「私だ」

『先生! お久しぶりです。<ゲヘナ風紀委員会>のチナツです。その……現在、私達はアビドス自治区付近まで来ておりまして』

「イオリという生徒が見える」

『そ、そうですよね。私も今ほど確認しました。先生がアビドスに滞在している事は知っておりましたので、もしやとは思ったのですが』

 

 後方担当のチナツは医療部隊を率いているようだ。前線部隊担当のイオリが足を止めたから状況を確認したところ、そこにアビドスと私がいたという流れらしい。

 チナツの口ぶりからは、アビドス侵攻が目的ではないと読み取れる。

 

「便利屋はこちらで拘束していた。彼女らが目的か」

『エデン条約締結を控えている現状、他自治区でトラブルを起こす生徒への取り締まりを強化しています』

「いま他自治区でトラブルを起こしているのはチナツ達だな」

『え……』

 

 既にイオリを始めとした構成員は戦闘態勢に移行していた。今は便利屋メンバーが姿を消した事に激昂している。

 スナイパー・ライフルから吐き出された弾丸が私の横を通り過ぎ、柴関ラーメンの跡地へ着弾した。

 余りにも上等だった。

 振り向いたアビドス勢が一様に『あっ』と声を漏らし、私の様子に注目する。

 

「チナツ。残念だが、これから戦闘になる。覚悟をしてくれ」

『!? ち、ちょっと待って下さい! これには事情が……!』

「かけ直す」

 

 スマートフォンを切り、イオリ達へと歩み寄った。どうしてかシロコ達は冷や汗を浮かべながら緊張した面持ちで私の方を見ている。

 

「なんだキサマ?」

「最後の機会だ。ここから引き上げろ」

「アビドスもおまえも、何様のつもりだ。我々の職務を邪魔する者は、例外なくこの私が倒す……なんだチナツ? 忙しいから切るぞ。……そっちこそ、戦う気か?」

「その意思表示は既に済ませている」

 

 アヤネから示されたアビドス側の言い分は『一歩も譲らない』だ。ここは自分達の居場所であり、武装したままズカズカ踏み入ってくる連中には毅然とした態度で立ち向かう。

 ならば、私はそれを支持するだけだ。それと同時に銀鏡イオリには粘着し続け、先ほどやった事を一生反省してもらう。生徒の更生は私の職務なのだ。

 

「たった五人で何ができる」

「それは、これから知る事になる」

 

 イオリと、その脇を固めていた二人が私に銃を向ける。同時に三人分の銃器が、その手から弾かれた。

 

「勉強の時間だ」

 

 彼女らの武器が地面に落ちるより早く、あらかじめ投擲した複数の閃光弾が炸裂した。<風紀委員会>が一瞬で混乱に陥る。私は落ちていた狙撃銃を奪い、それと全く同時にシロコがイオリにヘッドショットを叩き込んだ。元の持ち主である少女から予備弾倉も頂戴し、そしてアビドス勢と共に身を隠す。ここまで三秒。

 

「便利屋が仕掛けた爆薬群はまだ生きている。利用出来るはずだ。位置は覚えているか」

「…………」

「…………」

「…………」

『…………』

 

 どうしてか四人は汗を浮かべながら黙り込んでいる。危険人物を見る目を向けられていた。だが、<ゲヘナ風紀委員会>の前線指揮官と目される銀鏡イオリを無力化したのはシロコだ。シロコがやった。

 相手が混乱している隙に可能な限り優位を取りたい。

 私がピースメーカーから使い終わった三発の銃弾を抜き、ポケットから新しい弾丸を流し込む。

 

 今はこんな古くて使い難い物よりも、ちゃんとした銃が手に入った。銃床部分に意味不明な装飾が施されているが、ちゃんと手入れされていて状態は良さそうだ。

 どうして、こんなにトゲトゲさせているのだろう。イオリはブラック・マーケット関係者なのかもしれない。

 

「アヤネ、敵側には狙撃部隊がいるはずだ。管制用ドローンは前に出さないでくれ」

『り、了解しました』

 

 巨大校の治安を担う武力組織というだけあり、相手はカタカタヘルメット団や傭兵部隊よりも練度が高いようだ。イオリが率いる部隊の後方には、火力支援を担当する砲兵隊やチナツの所属する救護隊が控えている。

 その全てが連動しているから、配置を見れば伏兵の存在も予測できるのだ。

 便利屋はアビドスと同じ少数精鋭であるから、それに効率よく対処できるスナイパーは運用されていて当然だ。

 そして敵対目標がアビドスへ移った以上、狙撃部隊の仕事も変わる。連携の肝である情報収集を行うドローンの処理をしてくる可能性が高かった。

 

 今は前線指揮官と目される銀鏡イオリを戦闘不能にしている。敵部隊の動きは鈍ると見て間違いない。

 アビドスが一〇〇倍近い戦力を有する<ゲヘナ風紀委員会>に勝利するなら、先手を取り続け、弱点を突き続ける必要がある。

 問題は、敵戦力の情報が少なすぎる点だ。現状だとチナツが若干協力的で、イオリはカモにしやすいという事くらいしか分かっていない。

 

「今のうちに出来るだけ数を減らしたい。作戦目標は敵戦力の半減。正念場が続くが、ここで持ちこたえよう」

 

 私の声に肯定が返ってくる。アビドス側の発砲を契機として、<ゲヘナ風紀委員会>との戦闘が開始された。

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