先生「バキバキの記憶喪失」   作:地産地消

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第22話 共同戦線

 私は通話を切り、スマートフォンを懐にしまった。

 アビドスからの態度が冷淡を通り越して冷酷になりつつあるが、戦局は好転していた。

 わが身を顧みない伊草ハルカの突破力は頼りになるし、爆発物のエキスパートである浅黄ムツキは思うままに戦場を塗り替えてくれる。アビドスとの連携が不安定になっても鬼方カヨコが即座にフォローする。

 特筆すべきは陸八魔アルの存在だろう。

 狙撃手というだけでもありがたいのに、弾丸に爆発する属性を付加させられる特技は素晴らしい。対人から対物まで獲物は選り取り見取りだ。

 

 ホシノが抜けた穴をハルカが埋めてくれている。盾役にしては前に出過ぎてしまうため、そこはシロコにカバーしてもらう。

 後退したふりをして、ムツキが仕掛けた地雷群に敵を誘引し一網打尽にする。これを繰り返すだけでかなりの大損害を与えられた。警戒する場合、ゲヘナの足が鈍るという事なので包囲される可能性が格段に下がる。

 そして、動きが止まればアルの狙撃が敵部隊のど真ん中に飛び込むのだ。

 戦場の至る所で炎の華が咲く。

 ビルの横腹に狙撃弾が命中し、内部で大きく爆発した。

 

「敵の狙撃部隊を排除。カヨコ、ノノミ」

『了解』

『お仕置きの時間ですよ~☆』

 

 最大火力のノノミをカヨコが護衛してくれるのも助かった。便利屋の頭脳である少女は完璧なタイミングで理想的な位置取りをしてくれる。

 ミニガンによる掃射から逃れようとするゲヘナ生の足元に、どこからか投下されたボストンバッグが転がって来た。目を覆いたくなるような大爆発。

 浅黄ムツキによる追撃だ。地雷による敵の足止めと、猛爆による殲滅。攻守に渡って獅子奮迅の活躍をしてくれている。

 総崩れになった敵の前線に、補給と治療を済ませた伊草ハルカが突撃していく。特攻じみた勢いは見る者に危機感を覚えさせるが、しかしそれでも頼りになる。

 

『先生、重装隊の接近を確認したわ』

 

 アルからの通信に応える。一応は便利屋対策もしてきたという事だろう。盾と防護服を装備した集団が参戦しようとしていた。

 私は傍に設置していた迫撃砲に火を入れた。真正面からやりあえば厄介な相手だが、足元が弱いため機動阻止システムが極めて有効だった。着弾を確認する事もなく、私はムツキに連絡をおこなう。戦車まで投入されている。

 

「戦車が来た。ムツキ」

『言われた所に設置済みだよ~っ!』

 

 戦車の腹で爆発が起きた。専用の爆薬ではないため、決定打にはならないが機動力を大きく削ぐ事が出来た。

 随伴歩兵を失った獲物に、アヤネとセリカの駆るラムセス2型が襲い掛かった。一〇〇ミリ口径の徹甲弾を叩き込まれ、敵車両は沈黙した。

 第一陣を処理できたらしい。攻勢が一時的に弱まる。

 この調子なら問題はなさそうだ。敵は数百人規模だが、その全てを倒す必要はない。何割かまで戦闘不能にすれば、相手は部隊としての形を維持できなくなるからだ。

 今ので全体の一割ほどが減っただろう。この調子なら勝利は難しくない。補給という点を除けば、だが。

 

「カヨコ先生。戦況をどう見る」

『先生って……。アコは予想外の事が起きるとすぐ癇癪を起こすし、それは外からでも良く分かる』

「つまり、まだ今はアコの予想内か」

『だと思うよ。機甲部隊をあの扱いなら、まだ奥の手があるんじゃないかな』

「分かった。ありがとう。各位は補給を済ませてくれ。警戒はアルと私でおこなう」

 

 特に、ラムセスを運用しているアビドス一年生チームは後ろに下がらせておきたい。慣れないポジションであり、アヤネはオペレーターの業務まで平行しているのだ。今の状況では、何かあった時に援護の手が届かない事も考えられる。戦車の投入には神経を使わなくてはならない。

 

『先生、補給品なのですが』

『さすがに限界が来てる』

 

 アヤネ先生と、彼女からドローン操作を一部受け継いでいるシロコから通信が入った。連戦に次ぐ連戦で、補給物資の供給が追い付いていないという事だ。

 弾薬や医薬品はともかく、特に爆薬関係は厳しい。アビドスは正面戦闘を得意とするチームであり、爆発物の運用を最初から重視していない。

 そもそも、数百人規模の戦闘部隊と出先で遭遇戦をする予想など出来ないので、始めから用意していた量が足りていなかった。

 

 多数を相手するにあたって、爆発物の存在は生命線だ。<便利屋68>が所持していた物はアビドス戦時にほとんど仕掛けてられており、それを食らったり利用したりして現在に至る。

 アビドス校舎に行けば物資はある。セリカとアヤネの二人に輸送車を回してもらうという手もあるが、待ち伏せ等の危険もある上に、そもそも間に合わないかもしれない。

 

「アコに奥の手があるように、こちらにもまだ奥の手がある」

 

 奥の手というからには最後の手段だ。切り札というのは先に見せた方が負ける。そういった意味では、便利屋というジョーカーを先に切った私の負けなのかもしれない。

 

『奥の手ってなによ?』

「秘密だ」

『撃つわよ』

「冗談を言うな」

 

 セリカからのじゃれつきかと思ったが、普通にラムセスの砲口がこちらを向く。整備不良でギコギコ鳴っていたのが嘘のようだった、良く整備されているようで安心する。

 ……おや、と思う。てっきり同乗しているアヤネ先生が親友の凶行を止めてくれるものだと思っていたのだが、制止の声がいつまで経っても聞こえてこないのだ。

 にわかに危機感が増してくる。私はここまでかもしれない。耳につけたイヤホンから、ムツキが大笑いしているのが聞こえた。

 

『あははっ! 先生っていつもこうなの~?』

『奇行が多すぎるんだよ』

『私達とはまた違った組織の形ね……』

 

 便利屋の面々からコメントがある。アルちゃん社長だけはなにやら感心しているらしかった。

 

『セリカちゃん、砲弾がもったいないので……』

『分かってるってば。あの先生みたいなのがムカついたから』

「やれやれ」

『なによ!?』

 

 キャンキャン騒ぐセリカは元気そうで何よりだが、補給問題は解決していない。物資の追加に目途が立たない以上、相手方の動きを可能な限り予想し消耗を抑えるしかなかった。

 天雨アコ率いる<ゲヘナ風紀委員会>は、アビドスと便利屋が交戦した事を知っていたはず。連戦による肉体的、精神的、物資的な限界を見越していたからこその余裕が窺えた。

 その上で、カヨコが言うような奥の手がある。戦車主体の機甲部隊を超える脅威。

 私は空を見上げた。

 

『先生、敵部隊の再攻勢を確認。さっきより動きが良くなってる』

 

 鬼方カヨコからの通信に応え、こちらも動き始める。私は地面に落ちていたゲヘナ製のカービン・ライフルを借りる事にした。チナツがいるのなら、敵の補給部隊を襲撃して物資を奪う手も通じない。

 ここからは、また賭けになる。それに生徒を付き合わせる自分に嫌気が差すも、そんな事を考えている場合ではない。

 地形情報を確認して、ラムセスの位置を決定する。後退させたいところだったが、これから狙われるのはあの旧式戦車だろう。目印にしやすいからだ。

 

「ラムセスには固定砲台をしてもらう。アヤネ、管制用ドローンで誘導兵器対策をしてほしい。ノノミとカヨコは戦車の護衛。アルは引き続き狙撃を頼む。残りのメンバーは私の所へ集まってくれ」

「せんせー♪ ムツキちゃんに守ってほしいのー?」

 

 最も近い位置にいたムツキが駆け寄ってきてくれた。

 彼女は爆薬物のエキスパートだ。私などよりも遥かに頼りになる。

 

「敵は空挺部隊を使用してくると思われる」

「くうてー? 空から降下してくる部隊?」

 

 ムツキの反応から察するに、風紀委員会が空挺部隊を運用する事はそう多くないのだろう。カヨコ先生からも注意が来ていない事から、前例そのものが無いのかもしれない。

 

「確証は無い。現時点からの推測だ」

 

 陸上戦力での決着が不可能ないし長引きそうなら、それ以外の手段があると考えられる。こちらの位置情報がある程度バレているのなら、ミサイル等の遠距離攻撃が有効だ。しかし、いくら”三大校”といえど他自治区で大規模な火力投射はしてこないはず。

 

「空挺ねー。アコの狙いが先生っていうなら、確かにアリかも」

「…………」

「違うの?」

「それは不明だが」

 

 ニヤニヤムツキから視線を逸らす。便利屋に対して過剰かつ意味の無い大戦力。アビドスと戦う理由もゲヘナには無い。となれば、<シャーレの先生>という存在がアコの狙いなのかもしれない。そうなら最初からゴム弾などを装備していた事にも説明がつくのだ。

 そして、<シャーレの先生>こと私は虚弱極まりない存在である上に殺すと大変厄介な事になる。大火力で薙ぎ払う事は危険だろう。

 要人誘拐が目的なのだとすれば、少数部隊を目的地に直接送り込める手段に限られる。輸送ヘリによる空挺降下の可能性が極めて高い。

 

「じゃあ、先生はムツキちゃんに空挺部隊の相手をして欲しいんだ?」

「そうだ」

 

 ヘリで接近してくるのなら、狙撃手のアルが対応できる。

 彼女の銃弾なら、装甲化されたヘリコプターであっても撃墜できるだろう。当然、アコ側もそれを見越しているから、狙撃手を集中的に狙ってくるはず。居場所が知られたら、アルは最優先で包囲される。そしてそれは逆に、アルの存在で敵を誘導できるという事にもなる。

 陸上戦力を相手にしながら、空挺部隊への対応までは出来ない。しかし、降下ポイントを事前に察知できるのなら、ムツキによって一網打尽が可能になるのだ。

 

「ふーん……」

 

 これまでのやり取りで、ムツキは私がこれからやろうとしている事を全て理解したようだ。誘拐事件の時からそうだが、とても聡い子だと思う。それ故に恐ろしく感じた。自身の空っぽな中身まで見透かされるように思うからだ。

 こんな手しか取れない人間は、先生に相応しくない。いつだって、そう突きつけられている。視界の端に柴関ラーメンの跡地が映った。

 逃げ場は、もう無かった。

 

「出来ないなら言ってくれ」

「出来るけど? ……ただ、先生ってやっぱり手がかかるな~って思っただけ」

「やってくれるのか」

「うん。それしかなさそうだし……でも」

 

 この少女がやるというのなら、現実的に可能という事だ。

 自分の考えを受け入れてもらえた事に安堵した瞬間、浅黄ムツキは一歩踏み出して私の右腕を取る。そして強引に引き込んできた。

 特に抵抗する理由もないのでそのまま屈まされると、ムツキが耳元で囁いて来る。

 

「死んだら、許さないから」

 

 いつもの様子は一切ない、氷のような声音だった。

 その一瞬だけだ。ムツキはぱっと離れると、軽い足取りで離れていく。

 

「ハルカちゃん、あの先生を守ってあげてね」

「は、はいっ! 必ず!」

 

 伊草ハルカが緊張した様子で何度も頷く。シロコも続いて現れた。今のやり取りを見られたらしい。怪訝な視線を向けてくる。

 

「先生。なに話してたの」

「敵が空挺部隊を使ってくる可能性がある」

「狙いは先生?」

「恐らくは」

「そう」

 

 どうしてか怒ったらしいシロコの視線がスッと細まった。

 際立った容姿の美少女がそうすると普段よりも大人びて見え、迫力もかなりのものになる。怯えた私はハルカの背後にすす……と隠れた。これ以上、彼女を刺激するわけにはいかない。

 

「良い度胸だね」

 

 だが、存分に刺激してしまったらしい。シロコが今まで見た事が無いほどにご機嫌斜めになった。盾にされたハルカが気の毒な程にあわあわしている。

 

「せ、せ先生、下がっていて下さい」

「そういうわけにはいかない。ハルカにシロコ、そして私が揃っている事が重要なんだ」

「……?」

 

 そろそろ頃合いだろう。

 シロコは何度もヘッドショットしているし、ハルカは登場するなり超至近距離で全弾発射した。私は少し武器を借りただけなのに目の敵にされているだけだが。

 飛来してきたゴム弾を撃ち落とす。

 

「見つけたぞ貴様らっ!!」

 

 銀鏡イオリが復帰してきた。

 敵側が空挺部隊による<シャーレの先生>の拘束を計画しているのなら、私の位置を常に把握していなくてはならない。来るのであれば、私の所に降下してくるはずだ。

 逆に言えば、私の動き次第でムツキの爆薬群に相手を誘い込めるという事になる。デリケートな動きが必要になるだろう。となれば、風紀委員会側の最高戦力であるイオリの動向はこちらで操作したい。

 私はともかくとして、恨みを買っているシロコとハルカは固めて配置する必要があった。

 

「何度も何度も卑怯な手を使ってきたな! もう通じないぞ!」

「現れた途端に言いがかりとは流石だな」

「言いがかりだと!? 狙撃したり地雷を踏ませたり、武器を奪ったり散弾銃を至近距離で乱射したりしてきただろうが!」

「それはもう済んだことだ」

「キサマぁっ!!」

 

 良かった。二度に渡って下着を目撃してしまった件は気づかれていないらしい。

 私は胸を撫で下ろした。これ以上の誤解を生むのは困る。キヴォトスで活動し始めてからまだ一か月かそこらなのに、私の前科は目を覆いたくなるような速度で増えているからだ。このままだと危険人物という言いがかりが本当になりかねない。

 さっそくイオリに突撃しようとするハルカと、ヘッドショットを狙い始めているシロコに制止の合図を出した。

 

 敵側の装備は通常仕様と非殺傷仕様に大別できる。イオリの弾丸はゴム弾頭だったから、引き続き私を狙ってくるつもりなのだろう。他の風紀委員構成員も同様の装備をしている可能性がある。

 いくら頑丈なキヴォトス住民であっても、弾丸直撃によるダメージは無視できない。当たれば痛いし、そのぶん消耗するからだ。ゴム弾であればダメージも大きく低下する。

 可能ならば通常弾頭を使用してくる敵生徒の動きを、私の存在で妨害したかった。

 

「そちらの狙いは理解している。私を捉えるつもりなんだろう」

「そうだ。ボコボコにしてやる……!」

「…………」

 

 イオリとは今日が初対面のはずだ。間違いない。

 にもかかわらず、とても強い敵意を感じた。狙撃したり地雷を踏ませたり、武器を奪ったり散弾銃を至近距離で乱射したりしたとしても、ここまで憎まれる理由にはならない。

 むしろ、イオリは柴関ラーメン(跡地)を攻撃してしまっている。宗教戦争になっていないだけ感謝してほしいくらいだった。

 ゲヘナ側の人数は三〇人ほどだ。見ただけではゴム弾装備の人員を判別できない。一度、シロコとハルカの二人と別れた方が良いだろう。私の方に割かれた人員が非殺傷仕様のはずだ。

 それを通信機を使用して二人に伝える。

 

『ダメ』

 

 シロコから即答された。

 

「何故だ」

『ダメだから』

 

 シロコめ……。

 会話をするつもりが無いという事は理解できた。シロコは顔こそゲヘナ側へ向けているが、私を射抜く視線には変なことをすればタダでは済まさないという鋼の意志が宿っている。彼女なら実行に移すだろう。その確信があった。嫌な確信だった。私はいまだにヒリヒリする両頬に意識を向ける。逆らうのは得策ではない。

 ここはハルカを落とすべきだ。

 

『す、すみませんすみません! わ、私も先生の事を頼まれているので! お傍を離れるわけには……』

 

 ムツキめ……。

 ここまで読んでハルカにバトンタッチしているとは恐れ入った。アルが相手なら秒で言いくるめられたし、カヨコが相手なら作戦目的を伝えた上で駄々をこねまくってなし崩し的に実行できたのに、ハルカ相手だとそれは不可能だ。

 ハルカは自己肯定感がとても低く、自身の事を極めて軽く考えている。心酔している便利屋メンバーから頼まれた事を、ハルカ自身の考えで曲げたりは絶対にしない。

 仕方がなかった。私はターゲットを変える事にする。

 

「……今回は随分と大人しいんだな」

 

 銀鏡イオリに言う。

 あれだけ激怒していてなお、こちらに突撃してきていない。チナツかアコから言い含められたらしい。何度も策にハメられているのだから、いい加減に学習しろとか叱られたのだろう。

 それをそのまま言うと、イオリが痙攣し始めた。私の口元に笑みが浮かぶ。どうしてか理由は不明だが。彼女にウザ絡みをしているとテンションが上がる。柴関ラーメンを喪った悲しみが癒えていくようだ。

 

「し、<シャーレの先生>は筋金入りの危険人物だと聞いた。迂闊な事はしない」

「それは残念だな。ようやくイオリと正々堂々と戦えると思ったんだが……」

「正々堂々だと……? あれだけ不意討ちと盗みを繰り返しておいて、今さらよくもぬけぬけと……」

「理解はできる。数百人規模で襲撃してボコボコにされている現状、慎重になるのは当然の事だ」

「……挑発には乗らん」

「怖いのか?」

「なんだと!?」

「かかって来いイオリ! この臆病者が!」

「望むところだ!!」

 

 かかって来いと言いながら私は全力で後方にダッシュする。制止の合図を完全に無視してシロコとハルカが発砲した事に内心で傷つくが、放たれた弾丸はイオリの周囲にいた風紀委員が防御した。イノシシ娘が追跡してくる。

 

「殺してやる!」

 

 さっそく作戦目標を忘れているイオリは狙撃銃を乱射してくるが、放つタイミングが透けて見えた。体幹を揺らし、走る速度に緩急をつける事で容易に回避できる。相手の怒りゲージが満たされていくのが手に取るように分かった。

 

「何者なんだおまえは!?」

「先生だ」

「変質者が!」

 

 聞く耳を持たないとはまさにこの事だろう。柴関ラーメンに銃撃するような生徒は私の手で修正される運命にある。つまり永遠に私から粘着されるという事だ。

 破壊に破壊に重ねてすっかり廃墟となった無人の市街地を駆け抜け、曲がり角にスズミおすすめの閃光弾を放る。ちょうど曲がって来た無防備なイオリが直撃を食らって大きく怯んだ。

 

「くそ!?」

「かかったな」

「この……っ!」

 

 体を沈ませると、弾丸が頭上を通り過ぎていく。今のでおおよその射撃精度は分かった。

 次に、私は足元のコンクリート片を拾い上げ、イオリの足元に投げ込む。周辺では銃撃と爆撃の音が多重に鳴り響いているのに、イノシシ娘は音の出所へ正確な射撃を見舞っていた。やはり耳は良いらしい。嗅覚も確かめたい所だが、それは風上に立たなければ良いだけの話だ。

 

『先生、いまどこ?』

 

 シロコからの通信が入った。

 

「すぐ戻る。怒らなくていい」

『ん、手遅れ』

「…………」

 

 手遅れとは。

 私は自身を危険に晒して相手側の最高戦力を抑え込んでいるだけなのに、どうしてか別種の緊張感が漂ってくる。

 シロコに危険を感じた私は風のような速度で先ほどの場所に戻った。二対三〇の銃撃戦が繰り広げられているが、不思議と劣勢ではないようだ。ハルカは無暗に突撃せず、無駄弾を抑えつつ前衛を維持。シロコは巧みに障害物の陰へ移動して冷静な射撃を差し込んでいた。先ほどまで敵だった二人だが、感情抜きのドライな連携がこの短時間で出来上がっている。

 私は銃弾の隙間をすり抜けながら、すす……とハルカの近くに移動した。

 

「お邪魔します」

「えええっ!? せ、先生!?」

 

 シロコが相手だと銃撃の片手間で拘束される危険があった。日に数回も縄で縛られているから分かる。戦場のど真ん中だろうが関係なく自由を奪われるだろう。

 

「ハルカ。シロコと私で敵部隊の動きを止める。掃討してくれ」

「え、え。わ、私で良ければ……」

 

 拝借した騎兵銃を生徒に向ける。まったく嫌な気分だ。そんな邪念を振り切るように放たれた七・六二ミリ弾が風紀委員生の突撃銃を弾き落とした。イオリに追いかけられて離脱したはずの私が舞い戻って来た事で相手側に動揺が広がる。シロコが手榴弾を放り込めば、障害物から一〇人ほどが離脱する。そこへ射撃が集中した。十字砲火。逃げ出そうとする生徒はシロコが、飛び出したハルカに銃口を向けようとする生徒には私が対応する。

 ゲヘナ製のカービン・ライフルは軽量で扱いやすい。湾曲式のボックス・マガジン一つに三〇発が装填されており、弾道にも癖がなかった。

 盾を持った生徒が前に出てくる。私が放った銃弾が容易く弾かれてしまうが、素早く移動したシロコが死角からあっさりと処理した。

 

 そうして足が鈍り、混乱した敵部隊にハルカが突入する。彼女が使用する散弾銃は暴動鎮圧を目的として製造された物だが、残念ながら真逆の用途で使用されていた。治安維持部隊の中心に一切の躊躇なく踏み込み、手頃な位置にいた生徒の顔面に向かって銃身を叩き込む。

 振り下ろした勢いのまま銃を構え、発砲、発砲、発砲。ポンプアクション式の散弾銃から一二ゲージの空薬莢が吐き出される度に、ゲヘナの生徒が一人ずつ地面に沈んでいく。ただ撃つだけではない。発砲と暴力の間にしっかりと移動を絡めていた。位置取りも並行して済ませている。

 伊草ハルカといえば、おどおどしているか激昂しているイメージが強かったが、今は極めて冷静に相手を処理していた。母校への愛着も特に無いらしい。

 

「ハルカ、良い調子だ。流石だな」

『も、もっと出来ます! もっともっともっとぐちゃぐちゃに出来ますっ!』

「偉いぞ」

 

 それで火が点いたようだ。

 ハルカの動きが加速した。高速で走り回り、敵側の射線をかき乱す。地面を滑るような低姿勢で移動。

 突撃を止めようと、物陰から散弾銃装備の風紀委員が発砲する。吹き飛んだのは相手の方だった。さらに飛び出してくる生徒に、無表情のハルカは足元の石を蹴り飛ばす。顔面への直撃にのけぞった相手の首に絡みつき、肉盾として牽制に利用し始めた。二人を昏倒させた所で、人質の腰から手榴弾を強引に奪い取り、歯でピンを抜いて敵部隊に投げ込み殲滅。

 

 用済みになった人質の後頭部にスラッグ弾を叩き込んだ。さらに前進。

 味方への誤射を避けるために近接戦に移行した風紀委員を正面から射撃で制圧していく。数発被弾しているがものともしない。シロコへ合図を出す。愛用のカスタム・ドローンが敵部隊の横合いからミサイル数発を叩き込んだ。爆炎が混乱を呼ぶ。これで三〇人近くが戦闘不能だ。

 相手側からの狙撃とドローン攻撃を邪魔していた私は、”シッテムの箱”に表示された戦術支援システムから敵部隊の配置を確認した。問題はない。

 

「ハルカ、後退してくれ。補給が必要なはずだ」

 

 勢いよく前進していたハルカだが、あっさりと転身して引き返してくる。自身の手柄に全く執着しないのは彼女の長所だ。補給用の武器コンテナから弾薬と爆薬を手渡し、手持ちの傷薬で応急処置をおこなう。

 

「こ、これで良かったでしょうか……?」

「ああ、これ以上ない働きだった。アル達は良い仲間を持ったな」

「…………」

 

 ハルカはつい先ほどまで、<対策委員会>や私と敵対関係にあった。状況が変わったとはいえ、敵だった連中に背中を向けて突撃できるのは思い切りが良いという言葉だけで済ませる事は出来ないだろう。

 自身の事をどうでも良いと考えている。だから苦痛や負担を端から考慮しない。<便利屋68>のためなら平気で死を選ぶような姿勢は、とても危ういと感じられた。健全とは言い難いが、過去に何かあったのだろう。

 えへ、えへへへへ……と笑っているハルカを狙った弾丸を撃ち落とす。

 私の宿敵が戻ってきたようだ。

 

「待っていたぞ」

「わ、私の部隊が……もう許さないぞ!」

「…………」

『先生、逆探知できたよ』

 

 カヨコからの連絡が入る。アコの位置が判ったらしい。ノノミやアル達が対応している他の地点でも<風紀委員会>は劣勢であり、指揮系統にも乱れが生じている。カヨコ主導、アヤネ補助で進めていた電子戦の効果が挙がり、敵指揮官の位置情報の取得に成功した。

 位置情報を再度確認。敵戦力の中心から大部隊が移動を開始していた。指揮統制車両の周辺を固めていた戦力も含めて、ほとんど全部隊を前進させている。

 このまま正面からぶつかっては敗北は免れない。

 ヘリ数機で構成された航空部隊も現れた。お互いにそろそろ時間という事だ。アロナに奥の手への通達を依頼する。

 

「ムツキ」

『先生から内緒で言われた通り、準備できてるよ~!』

「ありがとう」

 

 相手方の部隊は数を増し、横へと広がっていく。包囲の狙いを隠す気すらない。こちら側も移動をあえて抑えている。このままではアコの狙い通りに包囲殲滅される。

 それでも私を疑う声は聞こえてこない。『浮気者』『変質者』『反省会』『思い知らせる』といったワードは飛び交っているが、共通の敵を前にして統率に乱れが無いのは素晴らしい事である。

 シロコとハルカに前線の維持を任せて後退する。イオリも警戒しつつ追跡してきた。やはり彼女には降下部隊へ位置情報を送り続ける役割があるらしい。

 

「ぐるるる……!」

 

 怒りの余りとうとう野生化したイオリを連れて、市街地の奥へと移動する。ここへ来る時に利用した<シャーレ>仕様の車両がある地点だ。

 地下鉄へ続く階段の横を過ぎ、半ばからへし折れた信号機を超えて走り続ける。

 とっくに人の気配はない。聖地である柴関ラーメンが居を構えているだけあり、アビドス自治区の中ではまだ活気がある地区だったのだが、破壊が進んでしまった。焦げ臭い香りが充満し、黒煙が曇天へと昇っていく。

 このままいけばゲヘナへ損害賠償を請求することになるだろう。それか、今後の事を考えると体で払ってもらう場合もあるかもしれない。責任者であるアコとイオリは厳しい立場になるはずだ。

 

「待てっ! 自分だけ逃げる気なのか!?」

 

 車両へ向けて走る私に、イオリが叫んでくる。

 

「アビドスの生徒達はまだ戦っているんだぞ!」

「ああ」

「止まれ!」

「断る」

「馬鹿が!」

 

 到着まで一〇〇メートルの所で車両が爆発した。

 あらかじめ爆薬が仕掛けられていたらしい。閃光弾を見舞った後、イオリが現れるまで若干のラグがあった。彼女の仕事だろう。指示を出したのはアコだとしても、だ。<風紀委員会>の狙いが私なのだとしたら、ここから離脱されるわけにはいかない。移動手段を奪うのは当然である。驚きはなかった。

 イオリが失望の眼差しを向けてくる。

 

「がっかりだ。……まさか、生徒を見捨てて逃げようとするとはな」

「…………」

「アビドスだけでなく、逃げ回ってばかりだった便利屋連中まで戦っているんだ。おまえのためにな」

「…………」

「どれだけ薄汚い手ばかり使ってきても、生徒を利用するような奴じゃないって思ってたのに……」

「…………」

 

 位置が余り良くない。もう少し接近してほしい。ヘリのローター音が近づいてきた。アルに迎撃はしないよう依頼しているから、空挺部隊はそのまま到着してしまうだろう。

 このままだと狙いが外れる。焦りから私の頬に汗が伝った。それを見たイオリの眼が汚物へ向けるものへと明確に変化する。

 

「なんとか言ったらどうだ? <シャーレの先生>」

 

 周囲を確認する。仕込みは済んでいた。

 

「何か言えば信じるのか」

「クズめ……観念しろ!」

 

 イオリが飛び掛かってくる。

 とりあえずカービン・ライフルを向けるが、相手の装備は狙えなかった。狙撃銃は背後に隠し、自身の体を盾に突撃してくる。生徒自体を撃てない私では狙える箇所がない。

 接近を許してしまった。銃を蹴り上げられる。そのまま掴みかかられるが、伸びてきた両手を掴み、そのまま流す。銃口が向いた。”ピースメーカー”を抜いて発砲。目が眩むような衝撃が駆け抜ける。超至近距離で迎撃されたイオリの銃弾が虚空へと飛んでいった。

 地面に転がっていた閃光弾が作動。爆発的な光を撒き散らすも、もはやイオリには効果が無かった。怯む事すらなく、銃を持った腕を掴まれて捻じ伏せられる。

 

「終わりだな。ようやく捕まえたぞ」

「…………」

 

 七機の輸送ヘリが到着した。ワイヤーで繋がれたパラシュートが開かれ、五〇人近いゲヘナ生が陣形を形作りながら降下してくる。着地、展開、包囲。精鋭として選抜された生徒達なのだろう。動きの精度も速さも段違いだった。

 

「イオリ、よくやった」

「対象を確保。周辺への警戒を徹底しろ。攻撃してくるとは思えんがな」

 

 敵部隊に油断はない。

 最重要任務を与えられる最精鋭達だ。ここで<対策委員会>や<便利屋68>が向かって来たとしても、私の捕獲という作戦目標を充分に達成できるという目算があり、そしてそれは事実だった。それでも慢心を一切見せてこない。

 アコが余裕を持っていた事にも納得できる。

 万が一すら許容できないのだろう。銀鏡イオリが私の懐にある”ピースメーカー”を奪おうとしてきた。無駄だと思った。そんなものを取られたところで私は困ったりしない。

 

「私の勝ちだな」

「…………」

「なんとか言え!」

「時間だ」

 

 そう呟き、一瞬だけ自由になった左腕と右脚を使って、私の上に馬乗りになっていたイオリと体の上下を入れ替える。少女が混乱するより先に、周辺のゲヘナ生が声を上げた。

 

「発砲信号!」

「迫撃砲だ!」

「馬鹿な……先生がいるんだぞ!?」

 

 着弾地点は彼女達ではない。私のいる地点だった。私とイオリのいるこの場所だ。

 束の間の風切り音。そして何かが炸裂する音。砲弾は三発。全て予定通りだった。

 頭から大量の液体を叩きつけられる感覚。

 

「わあああっ!?」

 

 一瞬で粘液塗れになったイオリが悲鳴を上げた。彼女と私は機動阻止システムの直撃を受けたという事になる。二人してヌルヌルテカテカになったというわけだ。もはや直立すら出来ない。真空パックに包まれた”シッテムの箱”からアロナの声が聞こえる。

 

『三秒前!』

「なんだこれ!?」

「機動阻止システムだ」

 

 暴れるイオリを抱え、粘液塗れの私は手頃な位置にあった瓦礫を蹴った。少し勢いをつけるだけで、静止摩擦係数が限りなくゼロに近い今の体は滑走を始めた。

 

『二秒前!』

 

 目的地は地下鉄への入り口だった。そこまで粘液の道が続いている。

 

『一秒前!』

 

 地下鉄のホームへと続く階段をヌルヌルのまま滑り落ちる。今度は私が下だ。胸の上では混乱の極致に至ったイオリがグルグル目のまま機能停止している。てっきり暴れるものかと思ったが、異常事態が許容値を超えるとフリーズするタイプの生徒らしい。良い情報を得る事が出来た。段差に殴りつけられながらそんな事を考える。

 外は大惨事だ。

 幾重にも共鳴する爆発音。大地震に匹敵する振動と轟音が市街地全体を好き放題に揺らしていた。地下鉄自体は緊急時のシェルター代わりにもなる頑丈な設計となっているが、それでも壁や天井に亀裂が奔りパラパラと塵が降ってくる。

 このままでは、移動もままならない。配線が絶たれたせいで停電している地下は酷く暗かった。地上から差し込む光はあるが、曇りの上に爆発の影響で日光が遮られている。

 スマートフォンのライトが点いた。人工の灯りの向こうから、くふふという笑みが聞こえる。

 

「せんせー、お疲れ様♪ ヌッルヌルだねぇ~」

 

 大爆破の実行犯である浅黄ムツキが現れる。ニヤニヤしているが、目は笑っていない。なにか怒っているらしい。

 手近なベンチの下には、あらかじめ用意しておいた機動阻止システム解除用の添加剤がある。彼女からそれを使用してもらい、ナメクジ状態を解いてもらう予定だった。

 なのに、ムツキはしゃがんだ姿勢で両手の上に顎を乗せたまま、私をただ見下ろしている。

 

「…………」

「ムツキ、どうした」

「アコの狙いが自分だって分かった瞬間、思いついた対抗策が自爆?」

「そうだが、なんだ」

「ふーん」

「……?」

 

 他の手が無かった。

 ついに笑顔が消える。ムツキから笑顔が消える事などあるのかと驚き、そして貴重な瞬間に立ち会えた喜びを感じる。

 それを言うと小悪魔はまたニコニコし始める。ビキ、という音が聞こえたが老朽化した地下鉄施設のものだと気にしなかった。

 

「奥の手、あるんだよね~?」

「ああ。上手く行けばアコを直接抑えられる。だが、今はそれよりも自由が欲しい。空挺部隊の現状を知る必要がある」

「んー、どうしよっかな」

「…………」

 

 この状況で焦らして反応を楽しむ。

 ムツキはそういった事をする生徒ではない。何か別の目的があるのだろう。

 

「その奥の手、聞かせて? また自爆とかされたらイヤだし」

「わかった」

 

 ◆

 

『三〇一、四〇八小隊が戦闘不能! 後方部隊からの回収を要請!』

『か、囲まれてる! 援護を! 誰か援護を……誰か!』

『重装隊の前進遅いぞ! なにやってる!?』

『砂漠地帯なんだから仕方ないだろ! みんな訓練通りやってる!』

『砲兵部隊、狙撃されています!』

「…………」

 

 指揮統制車の中で、天雨アコは首を振った。<ゲヘナ風紀委員会>固定の通信チャンネルの中は阿鼻叫喚の地獄絵図だった。

 こちらは一〇〇名ほどで構成される戦闘中隊を四つ。後方部隊も加えれば五〇〇人近い人員で仕掛けているのに、たった一〇人程度を包囲できないでいた。

 最前線の歩兵部隊は猛爆に晒されて潰走を続けているし、それに呼応して投入した重装甲仕様の機甲部隊は足場を崩されて移動に難儀している始末だった。

 自走砲と迫撃砲を装備した砲兵部隊も効果を挙げられていない。前線部隊が敵の足を止められないから、思うように支援砲撃が出来ないのだ。

 アビドスと便利屋で構成されている敵部隊は火力と機動力に特に秀でており、地の利まで得ている事から、ゲヘナ側が包囲しようとしてもすぐさま突破し、離脱してしまう。

 

「まったく……」

 

 包囲する。ただそれだけで良いのに。何がそこまで難しいのか理解できない。相手の個々の能力は確かに素晴らしいが、五〇倍近い戦力差を覆せるわけがない。急ぐ必要などなく、損害を最小限に抑えつつジリジリと抑え込むだけだ。

 人員も装備も充実している。他自治区に逃げ込まれる事も無い。

 いつもの治安維持活動と比較すれば、決して難しくない仕事のはずである。

 

(とはいえ、少し意外なのも事実)

 

 つい先ほどまで敵対していたアビドスと<便利屋68>がこの状況で結託し、あまつさえ完璧に近い連携を発揮している。

 いくら相手に<風紀委員会>の事情に精通している鬼方カヨコがいるとはいえ、この奮戦はアコの予想を上回るものだった。

 原因はただ一つだろう。

 

「いくら<シャーレ>がいるとしても、これは余りに無様ですね」

 

 四個中隊の運用は、天雨アコが無断で動かせる限界の戦力だ。この作戦が終わったら、自分もイオリと共に反省文地獄に沈むだろう。それは確定した未来だった。

 だが、それでも良いのだ。

 こうして苦戦すればするほど、アコが正しいという事が証明されるのだから。

 

 誰がどう見ても<シャーレ>という組織は危険である。その予算規模や権力もさることながら、学園都市の生徒なら誰でも加入させられるという点も良くない。

 加えて、あの大人だ。たった数人の生徒を指揮下に置いただけで、<ゲヘナ学園>の主戦力たる治安維持組織をここまで手こずらせる、

 立ち上げから間もない今だからこそ、この程度で済んでいる。しかしこれから先、規模を広げていけばどうなるか? 

 

 これまでのキヴォトスは危うい均衡の上に成り立ってきていた。

 ”三大校”の中で比較的新しい<ミレニアムサイエンススクール>はともかくとして、<ゲヘナ学園>と<トリニティ総合学園>は長きにわたって睨み合いが続いている。最大規模のマンモス校たる双方が明確な敵として存在し続けるからこそ、緊張感が生まれ、戦力は発展する。

 決定的な何かがあれば、全面戦争にもなりかねない危うい関係だ。しかしそれが今まで必要だった。互角の力を持つ学校同士が戦えば、どちらもただでは済まないだろう。キヴォトスそのものが滅びる可能性すらある。

 お互いに許容できない結末になるのは誰でも理解できた。

 しかしその均衡が、<シャーレ>の発足によって崩れようとしている。

 

 あの大人はさっそくミレニアムと懇意にしているらしい。

 最先端の技術や知識が揃う”三大校”の一角だ。聞くところによれば、生徒会で会計を担当している少女が足繫くオフィスに通っているようだ。なにかあった時、<ミレニアムサイエンススクール>が<シャーレ>に付くのは決定的である。

 

 それだけでも看過できないのに、今度は<トリニティ総合学園>とも交流を始めた。諜報部から上がって来た情報では、トリニティの最高機関である<ティーパーティー>へアビドスへの支援を求める要請が挙げられたと聞く。何があったかは不明なものの、トリニティがミレニアム及び独立連邦捜査部と組めば、ゲヘナは簡単に滅んでしまうのだ。

 

 だから早急に動く必要があった。

 今回の件はアコの独断だ。強引であり、処罰も受けるだろう。しかしこうして<シャーレ>が危険性を発揮してくれればしてくれるほど、懸念が正しかったという事になるのだ。

 管制官に訊ねる。

 

「空挺部隊の用意は?」

「まだ完了していません」

「一〇分で済ませなさい。足止めだけで良いといっても、被害を許容しているわけではありません」

 

 こちらは虎の子である精鋭部隊まで投入している。

 ゲヘナの<風紀委員会>はキヴォトス最強との呼び声も高いが、その戦力のほとんどを風紀委員長である空崎ヒナの戦闘能力に依存していた。つまりは組織としてではなく、個人の力によって成り立っている所が大きい。

 風紀委員長不在だと大きく弱体化するという点を解決する。

 そのためにアコが主導したのは、現在は凍結されてしまった<SRT特殊学園>から流れてきた情報を得て、そのノウハウを活かした空挺部隊の創設だった。

 

 ゲヘナの生徒会である<万魔殿>を騙して予算を調達し、人員を選抜して短期間ながら演習も済ませている。ピンポイントで要人を狙うのは運用目的にこれ以上ないほど合致していた。

 だが、練度不足は否めない。実戦投入はギリギリ可能かどうか、といったところだろう。

 奮発して編成していた機械化重装部隊すらあっという間に撃破されてしまった。普段なら発狂ものだが、今は良い。

 ここまでやれば、相手も手札を出し尽くしている。

 一昨日まで寝かせておいた火宮チナツからの報告書で、サンクトゥムタワー奪還作戦における<シャーレ>の異常性は把握している。何をしでかすか全く不明だが、どんな指揮官であっても勝ち目が無い状態から逆転は出来ない。

 先ほどの言葉通り、便利屋の参戦が最後の奥の手だったはずだ。その先は無い。これまでの被害はそれを確認するためのものでもあった。

 

「行政官、空挺部隊の投入準備が完了しました」

 

 時計を見る。先ほどから一八分が経過していた。

 

「欠伸が出るような遅さですね……」

「私に言われましても。訓練通りだと思いますが」

 

 二年生の管制官を睨んで黙らせる。

 

 そこで、アコのスマートフォンが着信を拾った。

 いつもなら舌打ちをするところだが、専用の着信音を設定している相手からのものだったので飛びついて応答する。管制官から冷たい視線を向けられてもアコは気づかなかった。

 電子機器を耳に当ててから汗が噴き出す。

 

「ひ、ヒナ委員長!?」

『お疲れ様、アコ。今どこにいるの?』

「ゲヘナ区域内のち、ち、治安維持活動中です!」

『……あなたが?』

 

 滝のような汗を垂れ流しながらアコは何度も頷く。意味のない行為だが気にならなかった。

 今回の件は風紀委員長に無断でおこなっている。ヒナが聞けば激怒されるだろう。だから事が済むまで隠し通さなくてはならない。

 そして、今の問答でヒナはアコの言葉に疑問を持ったようだった。行政官であるアコの仕事は折衝や事務処理であり、作戦指揮を出すのは重要な大規模作戦の時くらいだ。そして、そういった時は風紀委員のトップであるヒナも必ず同席している。

 アコ単独で、ヒナに何の連絡もなく動く事は今までなかった。前例が無い事と突然やれば疑われる。当然の事だった。

 

「どうして言い訳を用意していなかったんですか……?」

 

 生意気な管制官を血走った眼で睨む。

 

『どこで何をしているの、アコ』

「…………」

『私に言えないような事?』

 

 既に過呼吸気味だった。酷い動悸と耳鳴り、発汗と脳波の乱れ。末端神経はかつてないほど混乱しており、手足の震えが止まらない。

 

「く、空挺部隊の実戦投入をしています……」

『私の許可が必要だったはずだけれど』

「も、申し訳ありませんっ! ヒナ委員長に朗報をお伝えしたくて……!」

『そう』

「処罰は幾らでも受けます! 結果は後ほど改めて報告させていただきます……」

『わかった』

 

 通信が終了する。管制官の傍らにあったマグカップを奪い、コーヒーを一気飲みした。アコが淹れたコーヒーよりも美味かったため、さらに機嫌が悪くなる。

 

「委員長のご予定を訊かなくて良かったんですか」

「確かに!」

 

 それはそうだ。

 本来、空崎ヒナ委員長の予定は日中の巡回と、夜になれば事務処理で決まっていた。<風紀委員会>の部隊が苦戦している地区に駆けつけ殲滅するのが委員長の仕事なのである。アコが動かしたのは日常業務に支障をきたさない範囲の部隊であり、常にゲヘナの治安に忙殺されているヒナから気づかれる事はないという算段があったのだ。

 なのにどうして気づかれたのか。危機感がむくむくと膨らんでいく。

 しかし、今からヒナ委員長に訊くわけにはいかない。不自然だからだ。

 

「かくなる上は早期決着ですね。全ての地上部隊を前面へ」

「ここの守りも薄くなってしまいますが」

「問題がありますか? <シャーレ>側の戦力は全て出揃っています。ここまで届く射程の兵器もない。であれば、相手の生徒達を釘付けにするべきでしょう」

 

 ここまでやったのだ。万が一にも失敗は許されなかった。

 聞けば、<シャーレの先生>個人は大した力を持っていない。指揮下の生徒さえ引き離せば容易く抑えられる。どうしてかイオリは任務を果たせていないようだが、それは別に珍しい事ではない。

 数任せの制圧戦はアコが好むものではなかった。しかし、相手側の位置情報が分かっている状態で迫撃砲やミサイル等の遠距離攻撃をしていないのはアビドスに配慮をしているからだ。こうして付き合ってやっているだけありがたいと思ってもらいたかった。

 指揮管制車内のディスプレイには、数機の輸送ヘリが飛んでいくのが見えた。数分後には決着がつく。

 銀鏡イオリへ回線を繋いだ。

 

「イオリ、よろしいですか?」

『アコちゃん? なんだ、今は忙しい』

「先生を捉えます。移動手段を奪ってください」

『……。そんな事をしなくても、私だけで捕まえられる』

「それは何度も聞きました。もう時間切れです」

『……了解』

 

 通信が途切れ、深く息を吐く。

 まったく、やれやれだ。非力な大人を捕らえるだけでも、こうして自分が何から何まで手を回さなくてはならないとは。

 

「空挺部隊の到着を確認しました」

「あら♪」

 

 最後の懸念は狙撃手の存在だ。鬼方カヨコがくっついている<便利屋68>の社長であれば、輸送ヘリを遠距離から迎撃できる。

 だが、位置情報は把握しているためいくらでも迂回が可能だった。目標地点まで無傷で到達する。

 どうやらイオリが先生を既に捕らえたそうだが、別に良かった。ヘリに連行してしまえば、もうアビドス生達は手が出せないからだ。墜落などすれば間違いなく先生は命を落とすからだ。

 

「迫撃砲の使用を検知!」

「!?」

 

 空挺部隊が装備しているカメラには、一瞬でヌルヌルテカテカになった銀鏡イオリと<シャーレの先生>の姿が映っていた。いかがわしさすらある映像だった。

 どうやらあの大人は特殊な粘液弾を自身とイオリ目掛けて使用したらしい。この期に及んで意味が不明だった。女子高生とローション塗れになりたいだけの変態としか思えない。

 殺しても良いのでは? 

 そんな疑問が浮かんだのも束の間、映像が途切れてディスプレイがブラックアウトした。

 管制官が絶句している。

 

「な、なんです?」

「……そ、その。空挺部隊の降下地点で大規模な爆発が発生しました」

「は?」

「空挺部隊は全滅です。お、おそらくは<シャーレの先生>も」

「…………」

 

 頭が真っ白になった。

 自爆──という事だろう。捕まるくらいなら死を選んだというのか? そこまでする理由はなんだ? この後はどうなる? 

 取り返しのつかない事態になった。その実感を持てないまま、アコはそれでも指示を出した。どれだけ混乱していても、職務を放り出す事はない。

 

「ま、まずは状況確認を。付近の風紀委員を向かわせてください。それから……」

 

<シャーレの先生>を殺したとなれば、<ゲヘナ学園>は<連邦生徒会>から過去に例の無いほどの制裁を受ける事になるだろう。

 それだけではない。アコ達は先ほど、”人殺し”になったのだ。目の前がぐるぐると回る。イオリやチナツを始めとする指揮下の生徒達まで巻き込んでしまった。涙が浮かんでくる。

 だから、気づかなかった。

 

「……!?」

 

 指揮統制車の扉が吹き飛んだ。指向性爆薬。雪崩れ込んでくる複数の武装した生徒。工事現場で良く見るような作業服に、『安全第一』と描かれたヘルメット。安物のマスクとゴーグル。

 

「え……?」

「手を挙げろ」

「誰ですか、あなた達は」

「ただのしがない傭兵だ」

「…………」

 

 思い出すのは<便利屋68>だ。

 アビドスを初めて襲った際、彼女らはブラックマーケットで傭兵部隊を雇用していた。まだ繋がりがったのか? しかし、であればどうして先の戦闘に参加していなかったのか分からない。全て演技? だとしたら何がどこまで……? 

 

「べ、便利屋からの依頼ですか」

「ん? <シャーレの先生>からの依頼だが」

「簡単な仕事だったな」

 

 ジャキ、とアサルト・ライフルを突き付けられる。ここにはアコと管制官しかいない。全ての抵抗は無意味だった。

 

「戦闘を停止させろ」

「お前を依頼主の所まで連行する」

「な……」

 

 あの変態は無事だったのか? 安堵する間もなく、アコは愛用の自動拳銃を抜いた。

 にっこりと余裕たっぷりの笑顔を向ける。

 

「舐めないでもらえますか? 私は<風紀委員会>のナンバー2。貴女達程度……」

 

 一瞬で額にライフル弾の直撃を受けたアコは昏倒した。

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