先生「バキバキの記憶喪失」   作:地産地消

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第24話 VSアビドス

 便利屋からもみくちゃにされた私は<アビドス高等学校>に戻ってくる。

 小鳥遊ホシノが体操服姿のメンバーからもみくちゃにされているところだった。

 

「なんだこれは」

「あれだけ留守にしときながら、『うへー、ごめんごめん。お昼寝が気持ちよくってさ~』とか言うから」

「なるほどな」

 

 失言は良くない。私がそう言うと、うつ伏せ状態のままぐったりしていたホシノから鋭い眼光が覗いた。

 紅茶の用意をしていたノノミに訊ねられる。

 

「柴大将はご無事だったんでしょうか?」

「事前の見立て通りだ。診断書も貰って来た」

「柴大将から?」

「病院関係者からだ」

「どうやって……?」

「権力を使った。アビドス中央病院を疑っているわけではないが、警備や設備の品質や医療従事者の練度、使用している病室はどこまで清潔なのかを入念に確認する必要があった」

 

 黒見セリカがドン引きしている。

 

「キモ」

「口が悪いぞセリカ」

「気持ちが悪いです、先生」

「それでいい」

 

 地雷の直撃を受けた状態で<ゲヘナ風紀委員会>を撃退したにもかかわらず元気な様子で安心した。セリカ以外のメンバーも入浴と治療、着替えを済ませたらしい。いつもの制服姿なのはホシノのみだ、

 既に遅い時間になっているが、これから対策会議を行うのは当初の予定通りだ。<対策委員会>の面子はホシノをもみくちゃにしても尚、あまり明るい表情ではない。

 自分達が守っていた砂漠の持ち主が、全く別の誰かだったと調べがついたのだろう。

 ノノミの紅茶を味わう。美食だ。柴関ラーメンを喪った今、私の心の支えはもはやこの紅茶だ。

 いや、それは違うな。それは違う。柴大将のラーメンと十六夜ノノミの紅茶はどちらも私の情緒不安定を支えてくれる存在ではあったが、それぞれが違うポジションを担当していた。どちらかがどちらかの代わりにはなれないのだ。

 私は絶望的な気分になった。ノノミは絶対に領収証を発行してくれないだろう。

 これからどうしたら良いんだ……。

 

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

 

 会議が始まる前から暗澹とした空気となる。

 進行役の奥空アヤネが厳しい表情で告げた。

 

「それでは、本日の対策会議を始めたいと思います。<風紀委員会>との戦闘の後、アビドスに存在する土地建物の所有権について調査しました」

「とんでもない事がわかったの!」

 

 アヤネから渡されたのは<アビドス高等学校>の関係書類だった。土地の所有者を示す地籍図と、登記情報が纏められている。

 全てを精読したわけではないが、やはり所有者はアビドスではなくなっていた。

 所有者は法人名義で、カイザー・コンストラクション。間違いなく<カイザー・グループ>の一部だろう。しかも移譲が行われたのは最近ではない。登記簿によれば、今より一〇年以上前に所有者が変わっていた。

 三年生のホシノが入学するよりも前の話だ。

 

「…………」

 

 つまり、アビドスの生徒達はカイザーの土地を守っていたという事になる。

 市街地に砂嵐が来ればボランティアで清掃活動をしていた。チンピラが住み着けば治安維持として追い払っていた。

 資料を読み進めていく。見た限りでは、<アビドス高等学校>が所有しているのは今まで使用されていた複数の校舎とその敷地周辺くらいしかなかった。

 

「以前にカタカタヘルメット団が占拠していた校舎は、アビドスの物だったんだな」

 

 なるほど、と思った。<カイザー・グループ>は<対策委員会>が発足する遥か以前にアビドス自治区のほとんどを手中に収めていた。そして残った僅かな土地も支配するために、襲撃を繰り返していたのだ。

 セリカが持っていた融資に関する契約書を読む。<カイザー・グループ>が<アビドス高校生徒会>へおこなった融資の返済が滞る場合、土地建物の所有権を金銭の代わりに返済へ充てる事が出来る旨の特約が記載されていた。

 この特約に伴い、アビドスはカイザーへ自治区を切り売りしていたようだ。

 今のアビドスに生徒会は存在しない。元副会長の小鳥遊ホシノのみだ。契約の相手方が解体されてしまったから、カイザーは特約を使って土地を手に入れる事が出来なくなってしまった。

 だから廃校に追い込もうとしたのだ。

 

「柴大将はこの事を知っていたのよね……?」

「ああ。だが、セリカの卒業までは店を続けるつもりだったそうだ」

「そっか……」

 

 セリカは膝の上で拳を握り、そのまま俯いてしまった。いつもなら激怒して声を荒げる場面だ。

 そうする事も出来ないくらい、ショックな出来事だったのだろう。

 当然だ。今まで借金の返済は過程に過ぎなかった。目標はあくまで”学校の復興”。だが自治区の九割以上が他人の手に渡った以上、その目標を達成する事は不可能になってしまった。

 

「…………」

 

 私の調べが甘かった。ずっと疑問には思っていたはずだ。所有権の問題は別にして、どうしてカイザーがアビドス校舎だけを執拗に狙うのか。地形情報が古いとは遭難した時に分かっていたのだから、権利周りまで調査するべきだったのだ。

 時間はあった。アロナに頼めばすぐに判明した事実だった。

 

「こんな大事な事に、私達は今まで気づけなかったなんて……」

「自治区は、それを統括する学校のもの。キヴォトスにおいて、余りにも当たり前の常識です。借金の方にばかり気を取られて、こんなにも大切な事に目が向きませんでした」

 

 ノノミとアヤネの話も、どこか遠く聞こえる。

 土地の件も借金と同じで、<アビドス高等学校>が正式な手続きを踏んで<カイザー・グループ>へ売却したものだ。<シャーレ>の権限を使ってもどうにもならない。

 カイザーの不法行為を理由に契約自体を無かった事にしようにも、この契約そのものに違法性はない。数十年前から続く取引の証拠もあった。取り消しは不可能だった。

 双方が合意した契約書が存在しており、その内容に準じて所有権は移譲されているのだ。

 

「自分に都合の良いところは”契約通り”。都合の悪いところはバレないように力尽く? それが大人のやり方なの……?」

「…………」

「…………」

「…………」

 

 重々しい沈黙が続く。セリカの言葉に返す者はいない。今までずっと大人の食い物にされてきた少女たちに、私が言える事はなかった。

 委員長のホシノもずっと無言だ。先の戦闘に不在だった事から、責任を感じているのだろう。昼寝をしていただとか言ったそうだが、それは間違いなく嘘だった。

 私にはヒナから教えてもらっていた情報があるし、そうでなくても小鳥遊ホシノがどういった人物かは<対策委員会>のメンバーなら熟知している。先ほどのもみくちゃは真実を誤魔化そうとする姿勢に対して行われたのだ。私もされた事があるから分かる。

 

 このままの状態を続けるわけにもいかなかった。砂漠にあるという<カイザー・グループ>の基地。そこを偵察するという話はまだ進んでいない。

 とは言うものの……それをやったとして、どれだけの効果があるのかは不明だ。借金を何とかしてもアビドスの土地は戻って来ない。土地の無い自治区に新しい生徒が来るはずもない。

 学校の復興という最終目標は、実質的に不可能になってしまったのだ。

 

「…………」

 

 手詰まりだった。

 なにがあろうと基地の偵察は行わくなくてはならない。キヴォトス全体に関わる事だからだ。しかしそれにもう<対策委員会>のメンバーを付き合わせる事は難しくなってしまった。

 私は先生として、彼女達の意向を尊重しなくてはならない。学校の復興が叶わない以上、他の学校への転校手続き等も必要になるだろう。それであれば、力になれる。その上でいずれ<カイザー・グループ>を消滅させるのだ。

 そんな事を考えていると、シロコがぽつりと言った。

 

「それで、いつカイザーの基地は襲うの?」

 

 私はぎょっとした。

 

「準備も必要ですし、早くても三日後でしょうか……」

 

 ノノミの言葉にホシノもぎょっとしている。

 

「ぜったいボコボコにしたいもんねっ! ね? 先生」

「え?」

「今は物資が底をついている状態ですから、また先生に補給をお願いしないとです。よろしくお願いしますね? 先生」

「……え?」

「負けるわけにはいきませんから! 正面から戦っても勝てるだけの準備が必要です! そうですよね? ホシノ先輩」

「えっ……?」

 

 セリカとアヤネも普通にノリノリだった。ホシノと私は思い切り慄いていた。

 

「…………」

「…………」

 

 オッドアイの委員長と目が合う。何とか言えと、お互いにテレパシーを送り合うも両者譲らなかった。

 アビドスのメンバーをここまで育てたのは小鳥遊ホシノだ。私ではない。王手を掛けられてから既に何年も経過し手遅れに近い状況にもかかわらず、「とりあえずぶん殴ろう」という内容の会議を始める生徒を育てたのは私ではなく小鳥遊ホシノなのだ。だから全ての責任は委員長にある。

 だが、ホシノは違う考えのようだ。全て私のせいだと思っている。私の影響で後輩がヤバい連中に変貌したと考えているようだった。これだから馬鹿みたいなサングラスをかけてブラックマーケットに潜入するような委員長は困る。世間とのズレを認識できていない。

 そうテレパシーを送ると、ホシノはピキピキホシノになったようだ。少し元気が出たようで嬉しい。そう思うとビキビキホシノになった。

 

「先生。どうしてずっとホシノ先輩と見つめ合っているの?」

 

 ピキピキシロコが訊ねてくる。もはや意味が不明だ。最初から偵察だと言っているのに、どうして襲撃からの殲滅に意識が向いているのか分からない。

 テレパシーを送るだけで怒られる現状に首を傾げながらも、私は確認のために口を開いた。

 

「あの、いいのか」

「何がよ?」

「言い難いが、現状はかなり追い込まれている」

「そうですね」

「カイザーを倒したところで、奪われた土地が返ってくる可能性はほとんどない」

「でも、倒したいです☆」

「なぜだ」

「私達はまだ負けてないから」

 

 シロコがはっきりと言い切る。

 あまりにも堂々としているので、私もそうかな……そうかも、となる。

 カイザーの狙いがアビドス砂漠にあり、そのために<アビドス高等学校>への干渉を続けていた。契約に基づく土地の移譲から、襲撃へと二年前から手口が変わったのは生徒会が解体されたからだろう。その二年間、アビドス生達は不当な扱いを受けていた完全な被害者なのだから、相手にツケを払わせたくなるのはわかる。

 だが、リターンが余りにも少ない。このまま続けたとしても損しかないだろう。

 

「復興の見込みがほとんど無くなったとしても、それは関係ない」

「そうですね。<アビドス生徒会>との契約があったとしても、<カイザー・グループ>が<対策委員会>を騙し、利用し、ずっと奪って来た事は事実です」

 

 二年生組の言い分も理解できる。

 やられた事に対する報復が済んでいない。だから連中の思惑を全て台無しにして吠え面をかかせたいのだろう。

 アヤネが続く。

 

「それにこの件、カイザーにとってはずっと前から計画していた事でしょうし」

「え、どういうこと?」

「<アビドス生徒会>がどうして、悪徳金融業者からお金を借りたのか……」

「それは、他の所からお金を借りられなかったからでしょ?」

「そう。でもどうして、カイザーはアビドスにお金を貸そうって思ったのかな? 生徒はいなくなり続けて、返済能力があるかも怪しいのに」

「それは砂漠に……あ!」

 

 セリカも思い至ったらしい。

 金貸しは慈善事業ではない。返済に伴う利子によって利益を受ける仕組みだ。だが、当時のアビドスは信用能力が低下しており、融資してくれるまともな相手は現れなかった。

 そこで契約を結んでくれる相手が現れたので、当時の生徒会は飛びついてしまったのだろう。だが、貸主には別の目的があった。借金の返済ではなく、その先に求める物があったのだ。

 砂漠のオーパーツである。

 それを欲していたからこそ、アビドスが返せない額の金銭を貸し付け、その代わりに土地を奪う。オーパーツの採掘が済めば、土地にそのまま軍事基地を設営できるだろう。発掘が終わるころには広大極まりないアビドス自治区がそのまま自身の物になっているのだから。

 だが、目的達成を目前にして、アビドス生徒会は解体されてしまった。全てを手中に収めるはずだった場所にたった五人の生徒が残って抵抗を続けている。しかもそこへ厄介な<シャーレ>まで加わってしまった。だから襲撃を強めている。

 それが数十年前から今へと続く話だ。

 

「だから、砂漠の基地を潰すと……?」

「<カイザー・グループ>はめちゃくちゃ悔しがる……ってこと!?」

 

 目を輝かせるセリカにシロコがうんうんと頷いた。

 気に入らない相手をとりあえずぶん殴る。やられたらやり返す。一番ダメージの出る方法と箇所を的確に選ぶ……アビドスに根付く伝統がしっかりと継承されていく瞬間だった。

 もはや止まるまい。恐ろしい話が形を与えられていく中、私は思案を巡らせる。私はホシノの方を見た。

 

「…………」

 

 表向きはいつも通りだ。不在だった理由を誤魔化している所を見るに、後輩達に明かすつもりはないのだろう。

 様々な情報が出そろい、<カイザー・グループ>と<アビドス生徒会>との契約も判明した。現状を把握し、次の行動も決定している。

 だが、まだ分かっていない事があった。さっさとアビドスに消えてほしいカイザーがカタカタヘルメット団や便利屋を雇用していた理由だ。

 両者とも生徒の集団であり、学校を潰すための戦力としては不確定要素が大きいのだ。数十年もかけてきた計画の最後を詰めるのに的確な選択とは思えない。

 

 この疑問に対してのヒントは既に与えられている。

 ゲヘナの空崎ヒナによってもたらされた情報では、小鳥遊ホシノは何者かからの勧誘を受けているらしい。キヴォトスの外から現れた存在が、この件に関与していると言っていた。<カイザー・グループ>の行動に散見される不審な箇所は、その”何者”かの影響なのではないだろうか。

 これから先に待っているのは最終決戦だ。キヴォトスに広く根を伸ばしている超大企業と直接的に事を構える以上、ホシノの件を放置しておく事は出来ない。

 しかし、この件について安易に触れる事もまた避けなくてはならなかった。明確な理由こそないが、本当に取り返しのつかない事態に繋がる予感がする。

 

「…………」

 

 勧誘。

 別の組織への移籍を条件にされているのだろうか。見返りは借金の帳消しないしは軽減。ホシノは土地の所有権について知らない様子だったので、それは条件に含まれていないはずだ。

 そうか──だから、ホシノは自身がいなくなった後の事をあれほど気にしていたのか。点と点が繋がっていく。となると、委員長は移籍について前向きに考えている可能性が高い。あのホシノが? 後輩達がアビドスを想っているように、ホシノもまた後輩達の居場所を第一に考えている。

 身売りをすれば解決する問題だと、安易に思い至るだろうか。思い至ったとして、今まで蹴り続けてきた勧誘をここまで来て受けるのだろうか。

 記憶のない私は、こういった件に対して弱かった。判断がつかない。

 

「ホシノは良いのか」

「え……なにが?」

「カイザー基地への接触だ。委員長としての意見を聞きたい」

「うへー。おじさんが駄目って言っても聞かないよ、みんな」

「…………」

「これだけ盛り上がっちゃうとねー」

 

 笑って誤魔化される。また違和感が募った。銀行強盗で奪った金に関しては制止したのに、基地襲撃に関しては止めないのか。

 それに、今の言葉。なにかが引っかかる。

 生徒の言葉一つひとつを精査して疑う事は私の領分ではない。それは私が生徒にされている事であり、生徒に対して私がしてしまうと関係が破綻してしまうからだ。ガラスの家に住む者は、他人に石を投げてはならない。

 私からの疑念を躱すように、ホシノが手を鳴らす。

 

「でもでも、最初から襲撃は駄目。ちゃんと偵察して、そこから作戦を考えよ?」

「はーい」

「確かに、そうでないと先生も作戦を立てられませんもんね」

「そうだな」

 

 正直な話、基地施設だけを潰すだけなら難しい問題ではない。内部の兵器をアロナから遠隔操作してもらい、全て起動させれば済むのだ。相手側に生徒がいない以上、遠慮する必要もなかった。弾道ミサイルを撃ち込むだけでも良い。

 しかしながら、学園都市全体を巻き込むオーパーツまで破壊する事は出来ない。不必要な刺激を与えて、最悪の事態を呼び起こす事すらあるからだ。

 だから、内部の調査を行わなくてはならない。<対策委員会>の面々だけではなく、最高のハッカーにもまた手を貸してもらう必要があった。

 

「ちゃんと奥の手も全部明かすのよ」

「また言いがかりか、セリカ」

「空挺部隊に狙われてる! じゃあ自爆すれば勝てるな! なーんて思ってる奴をほったらかしになんか出来ないでしょ」

「…………」

「…………」

「…………」

 

 セリカめ……! 

 余計な事を言われたせいで、シロコ、ノノミ、アヤネが無表情でこちらを凝視してくる。<カイザー・グループ>を悪者にする事で意見の統一を図りつつ私の事はうやむやにするという作戦が台無しだった。

 

「先生は私の言う事をぜんぜん聞いてくれない」

 

 戦闘中、私の合図を無視しまくったシロコがそう責めてくる。

 

「あ! 私にもやられたフリしろとか言って来たでしょ! おかげで地雷踏んじゃったじゃん!」

 

 確かに言った。陸八魔アルをどうしてもぐちゃぐちゃにしたいと聞かなかったセリカに、狙撃手に近づく作戦を提案したのは私だ。便利屋は爆発物を頻繁に使用してくるから、力尽きた演技をすれば注意を外す事が出来る。そう確かに言った。勢い余って地雷を踏み、根性でそれを耐えたセリカは偉いが、アヤネから事前に警戒しろと言われていた罠に引っかかったのは良くない。

 

「そういえば~、<風紀委員会>の銀鏡イオリさんに異様な執着を見せていましたね」

「ノノミ、それは違う。イオリは柴関ラーメンの跡地を攻撃した。本来なら許されない行為だ」

「先生、すっごい雰囲気でしたもんね~☆ それで、もう許してあげたんですか?」

「許すとかじゃないんだ。粘着行為は永遠に続ける。健康のためにもな」

「健康のため?」

「そうだ。粘着していると体調が回復する」

「うわ、キモすぎ……」

 

 うえ~と舌を出したセリカが私を罵倒してくる。生徒に対して粘着行為をおこなうと、私のバイタルが高水準で安定するのは確かな事だった。アビドス生や便利屋にウザ絡みをしている時の健康状態は目を見張るものがあり、かなりの絶好調になる。

 しかし、それは隠しておかなくてはならない事だ。バレた場合、またあらぬ誤解を受けてしまう。柴関ラーメンを喪って精神が不安定になっている以上、そんな危険は冒せない。

 隣のアヤネからパソコンの画面を見せられたセリカがガチ引きをしているが、詳細を訊ねる勇気はなかった。

 これだから一年生組は……。

 

「先生は自分が狙われてるってわかっていながら、イオリと二人きりになろうとしてた」

「また浮気ですか? 便利屋に続いて?」

 

 二年生組からも冷たい視線を向けられている。

 

「シロコ、あれは違う。イオリはああ見えてかなり強い生徒だ。周辺の風紀委員と連携されていたら大きな脅威となった。私は自身の存在を有効活用することで相手の動きを制限したんだ。だからこの件に関する質問や指摘はいっさい受け付けない」

「わかりました。では、どうしてイオリさんと無理やりヌルヌルテカテカになろうとしたんですか?」

「ノノミ、それも違う。全て違う。あの時、私は広大な爆破範囲から迅速に離脱する必要があった。そのための位置取りであり、機動阻止システムだ。全て必要な措置だったんだ」

「でも、銀鏡先輩を抱きかかえて滑走する必要はありませんでしたよね? 空挺部隊と一緒に爆破しても良かったのでは?」

「アヤネ。違うぞ。とにかく違う。違うんだ」

「キモ」

「よし分かった。一〇〇〇人単位の敵を退けて尚、こういった扱いを受けるなら先生にも考えがあります」

「何する気?」

「今日から柴大将の病室で寝ます。おやすみっ」

 

 そう言って教室を飛び出す。即座に複数人からのタックルが迫って来た。

 七重のフェイントを絡める事で混乱を狙ったがアビドス生達はまったく動じず、凄まじい勢いで私は網で捕らえられて重厚な監視の下、一晩中拘束された。

 

 ◇

 

 翌日、力任せに食事を摂らされた私が書類仕事をしていると砂狼シロコがやってきた。こんな状況でも日課の早朝ランニングを欠かさない彼女は忙しい。ミイラのようにバンドでぐるぐる巻きにされた私をほんわかした眼で長時間見守っていた集団にはシロコも含まれている。

 それでいて日課を済ませシャワーを浴び、朝食の準備をして私へ食事の強要までおこなうのだ。今はようやく一段落ついた時間となる。

 ノノミとアヤネは物資調達の準備、ホシノとセリカは巡回に出てしばらく経った。シロコが一人で訪ねて来るならそろそろだと思っていた。

 

「先生、いま大丈夫?」

「ああ」

 

 無理やりではあるものの休息と食事を終えた私の体調は回復している。それはあくまで肉体のみだ。心は違う。普通なら、今ごろ柴関ラーメンへ行く準備をしていた。開店時間付近の予定は絶対に開けている私に抜かりはない。完璧なスケジューリングを発揮している時間帯だった。

 一人で仕事をしていると失ったものの事ばかり考えてしまう。美少女に囲まれる生活を送っているのに、ここまで喪失感に苛まれるのは異常という指摘もあるかもしれない。だがどうしようもない事だった。

 だから、シロコがやってきてくれるのは嬉しい。戦闘が終わるたびに開催される私の吊し上げパーティーも閉会したため、彼女の言動を警戒する必要も無かった。

 部屋に常備されている冷蔵庫から豆乳のパックを取り出し、ソイプロテインと共にシェイカーを振るう。筋肉お化けなどと言うとキレられるが、事実なのは変わらない。脂質や炭水化物を極力減らし、タンパク質とビタミン、ミネラル満載の飲料にはシロコも柔らかい表情になる。

 

「……ホシノ先輩の事なんだけど」

「うむ」

「これ」

 

 ソファに挟まれるローテーブルに置かれたのは、一枚の書類だった。

 退部・退会届。

 小鳥遊ホシノの名前が書きこまれている。

 

「驚かないんだね」

「これは……」

「ホシノ先輩のバッグの中に落ちてた」

「…………」

「でも、ホシノ先輩にはバレてると思う」

 

 何が、とは訊けなかった。バッグを漁った事なのか、それとも砂狼シロコの本質的な部分なのか、そのどちらもなのか。

 

「先生から怒られるのも仕方ない。叱られて当然」

「叱られたら反省するのか」

「場合による」

「そうか」

 

 罪悪感を仄めかす空気があるという事だけでもわかって良かった。

 退部届の紙を手に取り、眺めてみる。どれだけ見ても内容が変わる事はなかった。

 先ほどと同じ質問をされる。

 

「驚かないんだね」

「シロコもな」

 

 先輩の鞄を漁るくらいだ。ホシノの様子に、シロコも思うところがあったという事である。

 ホシノがこれを所持していた事に疑問はない。疑問があるとすれば、シロコの方だ。

 

「いつものシロコなら、ホシノに直接言うと思ったが」

「…………」

 

 行動力の化身である砂狼シロコであっても、言い出しにくい事があるという事だ。目の前にいる少女は一見していつもと変わらない様子であるものの、少し戸惑っているようだ。

 シロコの中の世界は<対策委員会>のメンバーの存在が根底にある。いつもの日常が他者以外に壊される事など考えた事すらなかったのかもしれない。

 普段ならぴょこぴょこしている耳も、今はシュンとしている。

 

「……どうしたら良いのかな」

 

 ホシノの悩みが分からない以上、シロコには打つ手がない。得体の知れない変態から粘着行為を受けており、恐らくは借金返済を理由に所属を移そうとしている。そんな予想が立つわけがなかった。

 この校舎でそれを知っているのは私だけだ。この少女は私などよりも遥かにホシノに近い人物だ。打ち明けた方が良いのだろうか。シロコだけではなく、他のメンバーにも周知するのが望ましいのかもしれない。

 一か月以上もの間、行動を共にしているといっても私は部外者だ。<対策委員会>の今後を左右する情報を、私だけで保有する事は越権に外ならなかった。

 しかしだ、この事を口外するのは私が負うべき責任を生徒に肩代わりさせる事にもなる。大人として、事態を少しでも良い方へ向かわせられるよう努める必要があるだろう。安易な道へ逃げる事は出来ない。

 

「先生、なにか知っているの?」

「なぜそう思う」

「凄い汗だから」

「今日は暑いからな」

「暑くないよ」

「シロコは筋肉の塊だから気温が良く分からないんだな」

 

 私はシロコに顔面を鷲掴みにされた。理解できない。彼女は筋肉を愛し、筋肉に愛された少女だ。ミサイルの直撃で歪んだ合金製の扉を容易くこじ開けたし、この私を食事の都度恐ろしい腕力でねじ伏せたりする。

 それを称えただけでここまで怒られる理由が分からなかった。だいたい、砂漠地帯に生息しておいて年がら年中マフラーを愛用しているのも異常だ。あらゆる説明がつかない。体温調節機能が常軌を逸していると言わざるを得ず、残念ながらシロコは気温に関する発言権を自ら放棄しているのだ。

 そう言うと私の頭蓋骨がみしみしと音を立てる。

 

「私は真面目な話をしているのに」

「私もだ」

「先生」

「……<風紀委員会>との戦闘の後、空崎ヒナからホシノについて話された事がある」

「それって?」

「む……話す事は出来ない。とてもデリケートな問題だからな。私からホシノに直接……」

「そうじゃなくて、どうして私達に隠れてゲヘナの風紀委員長に会っているの?」

「…………」

「銀鏡イオリの次は、空崎ヒナ?」

「…………」

 

 …………? 

 

「今はホシノの話だ」

「それは先生が何とかしてくれるんでしょ?」

「う、うん……」

「ホシノ先輩が私達に話せない事があるのは知ってる。それは私だけじゃなくて、他の皆もそう」

 

 なるほど、と思った。私は<対策委員会>を侮っていたようだ。小鳥遊ホシノの様子がおかしい事など、全員がとっくに感づいていた。ゲヘナ生との戦闘時に不在だったという前ぶりもあるのだから当然だ。

 先ほどの会議では、あえて触れなかったのだろう。言葉が無くても伝わる事がある。

 

「だから、ホシノ先輩の事は先生にお願いするの」

「私に、か」

「ん。いつもは変だけど、肝心な時だけは誰よりも頼りになる人だから」

「ホシノは確かにいつも変だが、肝心な時は頼りになるからな」

「誤魔化さないで。今のは先生の事」

 

 私の頭部からシロコの手が離れた。美少女から優しく微笑まれるが、私には疑問しかなかった。いつも変だと言われたせいだ。周囲から数千回言われているが、どうにも実感がなかった。

 スマートフォンから通知音が鳴った。<対策委員会>の共有グループに、私が空崎ヒナと密会していた事が公表されていた。

 

「シロコ。これは何だ」

「先生の動向は共有する事に決めてる」

「理由を聞こう」

「何をしでかすか分からないから」

 

 悪い冗談だと思った。銀行強盗が趣味のシロコが、顧問の私に対してこんな事を言っている。棚に上げるとはこの事だろう。私が一か月にも渡って積み上げてきたものがこういった形で立ちはだかってくる事には遺憾の気持ちしかないが、今は別の事を考える必要がある。

 それぞれの仕事を終えた看視者たちもこの校舎内を徘徊しているのだ。つまり、もう少しすると私は包囲されて吊るし上げられる。

 シロコが自信満々に言った。

 

「先生が来てから、私達もかなり強くなった」

 

 それは私という共通の獲物を得たからではないのか。シロコはなにやら良い顔をしているが、窓側を完全に塞いで獲物の逃走経路を潰している。

 甘いな……。私は内心でほくそ笑んだ。何度も奇襲、包囲、拘束をされている私だ。こうなる可能性もあらかじめ考慮していた。

 くくく……。この部屋の四隅には機動阻止システムが仕掛けられているのだ。スイッチを押せば炸裂する仕組みになっている。

 アビドス生達は私がイオリ相手にヌルテカテカになった事を怒っているようなので、今度は彼女達にヌルテカになってもらう。消散剤を有しているのは私のみだから、全力ダッシュで離脱するよりも可能性は遥かに高くなるだろう。

 監視者達が揃った所で使用し撮影する。それでどうなるものでもなかったが、<シャーレの先生>がやられてばかりの大人ではないという事を示す事が出来るはずだ。

 ……どうして、一丸とならなくてはならないタイミングでこんな事を考えなくはならないのか。私はアビドスに対して機動阻止システムなどあまり使いたくはないし、彼女達がヌルテカになる姿を見たいとも思わない。いや、本心を言うなら見たい。

 ポケットに入っているはずのスイッチを漁った。

 

「先生、これはなに?」

 

 そのスイッチをシロコが持っていた。私の頭を鷲掴みにしていた時に入手していたらしい。

 相変わらず危険な少女だ。銀行強盗と私への束縛以外に趣味を見つけた方がいい。このままでは危険人物ルート一直線だろう。

 私は彼女を刺激しないよう、穏やかな表情を心掛けた。これで野生動物に近い感性を持つ砂狼シロコの警戒心も緩める事が出来るはずだ。

 

「なんのスイッチ?」

「押すと私が困るスイッチだ」

 

 ためらいなく押された。

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