先生「バキバキの記憶喪失」   作:地産地消

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第25話 アビドス砂漠へ

 シロコとヌルテカになった私が無事ボコボコにされた翌日。

 補給のため私はD.U.で物資の手配を済ませ、そのまま旧アビドス自治区の付近にある<便利屋68>の事務所を訪れていた。

 残り少ない市街地の裏路地に居を構える一件の賃貸物件だ。他の自治区と比較して安価な物件であっても、依頼を蹴る事になった以上、アル達はこのまま居座る事が出来ない。依頼主から襲撃される危険があるからだ。

 おそらくは引き払う事になるはず。そう考えた私は状況を把握するために足を運んだというわけだ。

 

「あ!」

 

 平社員の伊草ハルカが、事務所前のトラックへコンテナを運んでいるところだった。

 こちらを見たハルカの性格からして、取り乱したまま逃走すると予想される。その場合は特に意味はないが全力で追跡し壁際まで追い込む覚悟だった。

 しかしながら、控えめな性格の少女は無防備にとことこと近寄ってくる。少しだけ強張っているが、嬉しそうな表情だった。理由は不明だ。

 

「お、お、お疲れ様です! 先生!」

「お疲れ様、ハルカ。逃げないのか?」

「に、逃げる? え? え? 先生から……ですか?」

「いや、気にしないでくれ」

「逃げた方がよろしいですか? でしたら」

「良いんだ。……引っ越しの準備か」

 

 二トンサイズのアルミバンが駐車している。その荷台には幾つかの荷物が積み込まれている所だった。武器弾薬を納めたコンテナの他に、テレビや冷蔵庫、電子レンジといった家電用品、机や棚を始めとした事務用品もある。こんなもので移動させるのは大規模なリフォームか引っ越しくらいだろう。

 

「うわ、出た」

 

 事務所の階段から現れた鬼方カヨコが、露骨に嫌そうな顔をして引っ込んだ。

 すかさず壁際まで追いかけようとするも、地面に何かが落ちているのを発見する。白い布のようだ。

 

「これはなんだ」

「ちょっ!?」

 

 残像が発生しそうなほどの勢いでカヨコが落とし物を回収する。真っ白な肌が、真っ赤に染まっていた。物凄く睨まれる。

 

「み、見た!?」

「ああ」

「何しに来たの!?」

「様子を見に来た」

「じ、邪魔だから出てって!」

「それは出来ない」

「こ、この変態……!」

 

 半ば強引に下着を見せられただけで怒られる理由が分からない。

 そもそも鬼方カヨコが普段着用しているスカートは極めて短い。それで派手に動き回っているのだから、周囲の人間に見られること前提のファッションなのだと思っていた。でなければあそこまで凝った下着のデザインにするはずがない。加えて、事故とはいえ会った直後に下着を見せつけて来たのはカヨコであり、見せられた私に過失はなく変態という名称は適当ではないのだ。

 気にする必要はないと伝えるべく、そう言ったのだがカヨコの機嫌は直らなかった。むしろ悪化している。ハルカの背後に隠れていなければ射殺されていたかもしれない。

 

「うちの社員から離れて」

「ハルカは喜んでいる」

「喜んでるわけない……ハルカ?」

 

 私の盾にされた伊草ハルカはにちゃっとした笑顔でへへっ……と笑っている。カヨコと私は動揺した。意味が分からなかったからだ。

 こちらとしても、こういった行為は怒られたり困らせたりといった反応を期待しておこなっているので、喜ばれるのは違う。伊草ハルカはやはり新しいタイプの生徒だ。私の眼鏡がぎらりと光った。キヴォトスに生息する生徒の生態を把握し記録するのは先生の責務である。

 頭上からムツキの声が降って来た。

 

「あー! 先生だ♪ なにしてんの?」

「カヨコに撃たれそうになっていた」

「えー? いいじゃーん!」

 

 何が良いのだろうか。

 

 室長である浅黄ムツキから許可を得た事で、便利屋事務所への侵入に成功する。

 ほとんど空っぽのオフィスへ入室すると、社長である陸八魔アルが唯一残ったソファにふんぞり返っていた。

 

「我が<便利屋68>の事務所へようこそ、先生」

「社長、それ運ぶから」

「…………」

 

 私のせいでご機嫌斜めなカヨコがハルカを伴い、最後の荷物を運び出していく。

 残されたのは未だに不敵な笑みを浮かべているアルとニッコニコのムツキ、そして客人である私だけだ。

 

「何か飲む?」

「飲み物があるのか」

「ふふふ……言うわね?」

 

 純粋な疑問にも不遜な笑みで返される。蛇口を捻ってみるが何も出ない。水道や電気も既に止められているようだ。

 私は持っていた鞄から封筒を取り出す。<シャーレ>所属の生徒に渡している書類が収められているのだ。基本的な契約内容や個人、団体向けの細かな特約も記載されており、これは<便利屋68>とそこへ所属している生徒向けのものだ。

 これから先、アル達の助けを借りる事もあるだろう。現在の独立連邦捜査部には各学園から何人かの生徒が所属してくれているが、チームでの加入は<特異現象捜査部>と<対策委員会>以外に存在していない。アビドス生は自治区問題が現在進行形で大変な事になっているため、実動員のみで構成される便利屋は極めて貴重な戦力なのだ。

 

「私のもあるのー?」

「全員分ある」

 

 アルとムツキに書類を渡す。ここを訪れた目的が、この書類だ。前回はなし崩し的に協力関係となったが、便利屋メンバーと私の関係はややデリケートなものだった。

 こうして明確な契約を交わす事で、状況を整理したい。

 だが、社長は書類を封筒に戻して私に返してきた。

 

「……悪いけど、この話は受けられないわ」

「そうか。残念だ」

「勘違いしないでね? 先生にはとても感謝してるのよ。私に大切な事を教えてくれた人だもの……でも、私達は孤高のアウトロー。誰かの配下になる事は出来ない」

「私が経営顧問になるのは良いのか」

「もちろんでしょう?」

 

 アルの考えでは、<便利屋68>が<連邦生徒会>傘下の<シャーレ>に組み込まれるのは許容できないらしい。狐坂ワカモの前例もある。母校であるゲヘナから指名手配を受けている現状、恩赦目的だと思われるわけにもいかないのだろう。

 例外的に、私が経営顧問としてアル達に協力するのは良いとの事だ。契約の主体が<便利屋68>かどうかが問題なのかもしれない。

 

「この事務所は引き払うのか」

「ええ、まあね。<アビドス高等学校>の襲撃依頼はキャンセルしたから、もうここは安全じゃない」

「そうか」

 

 私が彼女達を勧誘したのは頼りになる戦力が欲しかったのもあるが、本題は<カイザー・グループ>への牽制だった。便利屋が依頼を断れば、仕事を果たせなかった彼女らは粛清される恐れがある。保護するためには表面上だけでも加入してもらいたかった。

 これからしばらく、私は<対策委員会>に掛かり切りになるだろう。気を配るにも限界が出てくる。

 

「本当に生徒の心配ばかりしているのね」

「それが仕事だ」

「……良いけれど、私の言ったこと忘れてない?」

「覚えている。賃料が安い物件について調べておいた」

「違うわよ!? もらってはおくけど……」

 

 私に関する事らしい。生徒に対して壁を作り続けている件についてだ。

 ……なかなか難しい話だ。一朝一夕でなんとかなるものではない。だが、柴大将からもアル達からも、肯定的な意見を貰えているのも事実だ。社交辞令の言葉に過ぎないと断じる事は出来ない。

 そう遠くない内に、向き合う時が来るだろう。

 今までの私だったら考慮するまでもなく諦めていた。誤魔化して、有耶無耶にしたまま進もうとしていただろう。

 もし変われたのだとしたら、それはアル達に出会えたおかげでもある。無駄にはできない。

 

「なんとかしてみる」

「自信なさげじゃない? アルちゃんから根拠の無い自信出す方法教わったら?」

「借金まみれになるから断りたい」

「先生? 別に借金なんて無いから」

「これからどこに住むんだ」

「公園でテントかなー☆」

「…………」

「…………」

 

 アルと私は見つめあう。

 彼女が言いたいのは、従業員にテント生活を強いていながら他人に説教できる精神性が必要という事だろう。見習うべき点かどうかは議論の余地があるものの、前向きに検討する事を考慮したい。

 キヴォトスに来たばかりの私では地理に明るくないため、D.U.付近の物件に関する資料を用意してきた。ワカモが暴れたおかげで再開発が進んでいるのだ。<連邦生徒会>内部のゴタゴタの影響で他の自治区へ移動する者も多い。

 事務所を出て、階段を下りる。鍵は郵便受けに入れるだけで良いようだ。エンジンのかかったアルミバンが待ちかねたように車体を震わせている。

 外にいたカヨコとハルカにも念のため、<シャーレ>加入の資料を手渡した。出発直前に荷物を増やしてしまう事を心苦しく思う。

 

「もう行くのか」

「ええ。次の依頼が待っているから」

「体調には気を付けるんだぞ」

「こっちの台詞よ」

 

 風が吹く。アビドス自治区だった場所だが、砂が混じらない良い場所だった。各所を転々としているから、良いアジトを見つけるのが上手いのだろうか。

 きっと、この少女たちなら大丈夫だ。そう思う事が出来る、

 

「先生。あなたがどんな道を歩むのか、期待しているわ」

「ああ。アルもな」

「……<シャーレ>に加入できないのは残念だけど、便利屋への依頼って形なら──」

「先生、これ渡しとくね♪」

 

 ムツキから書類を渡される。独立連邦捜査部への加入申請書だった。室長の署名が書き込まれている。

 

「あ、私も」

「お、お願い致します!」

「…………」

 

 カヨコ課長とハルカ平社員からも申請書が手渡された。一人だけ取り残されたアルが真っ白になって固まっている。

 

「三人とも、いいのか」

「もっちろん! 便利屋じゃなくて個人での参加だもんね~」

「普通に良いバイトだし」

「せ、せ、先生には色々と助けて頂いたので! お金はいりません! な、なんでも仰ってください! なんでもします! 誰でも始末します!」

「ありがとう。だが、給金については間違いなく払わせてもらう」

 

 生徒の善意に甘えて支払いを滞らせたりしたら、<シャーレ>の資産を牛耳って久しい早瀬ユウカに全身の骨を折られてしまう。そんな恐ろしい事は出来なかった。

 

「それと見返りというわけではないが、餞別の品を用意しておいた」

 

 アルへのモモトークへ位置情報を送信する。私は緊急時に備えて、旧アビドス自治区の各所に物資を保管していたのだ。持ち主のいなくなった廃倉庫には、弾薬や爆薬、水や食糧、その他の消耗品が納められている。しばらく活動する分には困らない量のはずだ。

 これを先に言い出すと<シャーレ>への加入を強要したように取られる可能性があったため。今まで黙っていた。

 そういった考えを見透かしたらしいカヨコが呆れたように言ってくる。半目になって、

 

「……ほんと、こういう事ばっかりしてるんだね」

「だが、仕込んでおけば役に立つ。今みたいにな」

「意外とちゃんとしてるんだ。変態のくせに」

 

 私が地面を見ると頬を赤くした鬼方カヨコが小突いて来る。どういう意図かは不明だった。

<便利屋68>が車に乗り込む。別れの時が近づいてきていた。

 

「幸運を祈っている」

「じゃーねー♪」

「先生もね」

「ご、ご武運を」

「…………」

 

 真っ白になった社長と三人の社員を乗せてアルミバンが発進していく。

 だが、どうしてか引き返してきた。

 

「…………」

 

 アビドス校舎へ戻る私の鞄には、四枚目の申請書が納められていた。

 

 ◇

 

 私と<対策委員会>による激闘を挟んで昼食を済ませ、会議が開かれる。

 

「……それでは、今後の活動についての会議を始めたいと思います」

 

 五人相手に驚異的な粘りを見せ続けた私の活躍のせいか、奥空アヤネは疲労困憊の様子だった。最も情報処理が集中するのが彼女のポジションのため、食事騒動の度にプレッシャーを掛けられているのが彼女だ。

 プロジェクターから投影された映像にはアビドス砂漠──自治区が砂嵐に飲み込まれる前から存在していた地点の中の一部が映し出されている。

 これは<特異現象捜査部>の明星ヒマリから提供された情報だ。

 この地点で<カイザー・グループ>は”何か”と戦闘をおこなったそうだ。

 進行役のアヤネが続ける。

 

「これは先生から提示して頂いた位置情報です。付近にはアビドスで用いられた旧鉄道が存在しています」

 

 まだ機能していた頃のアビドス自治区には鉄道が存在していたらしい。大災害に伴う人口流出によって路線も減少、停止したそうだが、<カイザー・グループ>はその鉄道を利用する形で基地を設営したと見られる。

 オーパーツの採掘及び、それを守る基地の設営と維持には膨大な量の物資が必要となる。補給線の確保に鉄道を用いるのは都合が良かったのだろう。

 シロコから訊ねられる。

 

「基地の規模は分かっているの?」

「あくまで凡そだが、地上戦力と航空戦力を含めて一個大隊規模が常駐していると思われる。採掘関係の人員を除けば、前回の<風紀委員会>と比較して、少なくとも二倍以上の戦力を相手にする必要があると考えた方が良いな」

 

 謎の存在から襲撃された経緯から、パトロール部隊も頻繁に巡回しているようだ。仮に基地へ攻め込んだとしても、内部の警備部隊と外周のパトロール部隊から挟撃される恐れがある。

 それも含めて注意を促すが、アビドス生達はのほほんとしていた。

 

「楽しみ」

「好きなだけ暴れられるってことね!」

「お弁当もたくさん作らないと☆」

 

 ホシノを除く実動員三名はキャッキャッとしている。アヤネ先生まで頷いている始末だ。私はなにか深刻なものを感じた。

 食事の度にアビドス生達を相手取っているから分かるが、出会った頃と比較して彼女達は大きく成長しているのだ。<ヘルメット団>や<便利屋68>、<ゲヘナ風紀委員会>との連戦をくぐり抜けた結果である。

 サンクトゥムタワー奪還の折に戦闘した<カイザー・グループ>のPMC部隊と比べても、正面戦闘なら充分に渡り合えると見て良い。

 しかしながら、今回は相手が相手だ。

 私は待ったをかける。

 

「注意して欲しいんだが、今回の作戦の目的は基地の襲撃ではない。あくまで内部の情報を得る事にある」

 

 もちろん、あの基地はいずれ潰す。

 だがそれは準備を整えてからだ。<対策委員会>がいくら強いとはいえ、超大企業相手に五人のみで戦い続けられるはずがない。

 

「はい。これから行われる<カイザー・グループ>との戦いにおいては、どれだけ他自治区を巻き込めるかが焦点になります」

 

 これだけあくどい手段を取り続けている連中だ。違法兵器流出等の件も含めて、他の学園相手からも目を付けられているはずだ。

 作り笑顔のホシノが口を開く。

 

「でも、他の学園が簡単に動いてくれるかなー」

「オーパーツを発見した場合は<連邦生徒会>への届け出が必要になる。そこからの調査も許可が必要だ。もし黙って採掘をしている証拠を見つけられたなら、<シャーレ>主導で監査が出来るだろう。それに伴って基地運営も停止させられる」

 

 敵側が黙って採掘を続けている理由がそれだ。

 キヴォトスの誕生以前から存在しているオーパーツ群には、途方もない力を持つ物もある。それを使用された場合、学園都市全体に影響が及ぶ可能性があるのだ。事実、サンクトゥムタワーが機能を停止しただけで、キヴォトスの動乱に繋がってしまった。

 個人、団体に関わらず過剰な力を持つべきではない。それを制止する目的で、連邦生徒会規則に関してはオーパーツの調査権はあくまでも<連邦生徒会>が保有する旨が記載されている。ミレニアム等に調査・研究を委託する事はあっても、届け出は絶対だった。

 

「…………」

 

 そう、強すぎる力は滅びを呼ぶ。私は”シッテムの箱”を横目に見た。

 不服そうなセリカが挙手する。

 

「じゃあ、戦闘は無し?」

「ううん。たとえ<シャーレ>が相手だとしても、<カイザー・グループ>が素直に従うとは思えない。戦いになった場合と、そこから離脱するための準備は必要」

 

 アヤネ先生の言葉通りだ。

 敵基地へ潜入するとして、相手側の警戒網を潜り抜ける事は至難である。天才美少女ハッカーの力を借りれば電子機器を無効化できるものの、それをするとアビドス以外からの関与を初手から敵に晒す事に繋がる。

 

「まずは近くまで行って、<シャーレ>名義で調査権を使用する。どうしてこんなところに基地なんか作っているんですか、とな」

「素直にどうぞ~って言うかな?」

「これまでのやり方を見るに、カイザーに期待は出来ませんね……」

 

 ホシノとノノミに頷く。

 恐らくはそこで戦闘になるだろう。戦闘になれば包囲される。そこからが正念場だ。ミレニアム製の観測機を基地内部まで持ち込めば地下に強大な力があるかどうかは判明する。その上で採掘施設の撮影等が出来れば他の学園に証拠として提示できるだろう。

 そのためには包囲された状態である程度持ちこたえ、目的を果たしたら離脱できるだけの備えが必要となった。

 ここで問題があった。

 

「前回の<風紀委員会>戦でもそうだったが、対多数戦が深刻化すると体力より先に武器弾薬が底をつく」

 

 加えて、敵陣での戦闘になれば補給問題はより深刻となる。これまではほとんどアビドスの(旧)自治区内での戦闘であり、こちらで事前の準備を仕込む事が出来ていた。

 これからは違う。敵は軍事能力を有した重要施設であり、アビドスは孤立無援で臨む事になるのだ。持ち込める量の武装だけではとても足りないと思われる。

 

「はい!」

「はい、セリカちゃん」

「先生が良く使ってる、あのバカでかいヘリを使えば良いと思う!」

「あのバカでかいヘリを使っているのは私じゃなくてノノミとアヤネだ」

 

 セリカが言ったチヌークヘリなら移動手段として優秀だし、積載量の問題もクリアできる。

 

「撃墜されるから難しいだろうな。アビドスがヘリを使用している事を相手側が知らないとは考えづらい」

「えー」

「私達はなんとかなるかも知れませんが、先生が危ないですもんね」

「しかも、墜落地点で敵に包囲される」

「それはキツイ……」

 

 ヘリ単騎での接近はまず迎撃されるだろう。そうなると私は間違いなく死ぬし、装備を喪失した状態で敵部隊に包囲されると思われる。

 広い砂漠での出来事であれば揉み消す事も簡単だった。

 今回の目的はあくまでも基地への潜入と、そこからの完全な離脱である。その条件をチヌークヘリは満たせない。

 さりとて、輸送用の装甲車などでは装備を積める量に限りがあるし、地雷等で行動不能にされてしまう恐れがあった。

 ノノミが挙手した。

 

「はいっ!」

「はい、ノノミ先輩」

「<カイザー・グループ>が鉄道を使っているなら、それを私達も使えるんじゃないでしょうか!」

「なるほど……どうでしょうか、先生」

「素晴らしい案だと思う。だが、接近にはかなり早い段階で気づかれてしまうだろうな」

「それにも考えがあります!」

 

 十六夜ノノミは席を立つと、スクリーンに投影されている位置情報の一点を指さした。

 

「ここにはアビドスで使われていた廃駅があるはずです。列車であれば大量の装備を運べますし、普段から敵が使用している線路なら罠がある可能性も低いと思います」

「おお……」

 

 彼女の発案で言うと、移動用の列車がそのまま拠点に使えるという事だ。基地付近の廃駅に車両を隠し、そこから補給線を伸ばしていく。

 

「線路についてだが、私は門外漢だ。ノノミに任せてもいいか」

「もちろんですよ~。お任せください☆」

 

 移動手段は列車に決定する。

 十六夜ノノミによれば、この校舎付近にも廃駅が存在しており、そこで棄てられた車両を改造すれば装甲列車を用意できるとの事だ。

 次に手を挙げたのは砂狼シロコだった。

 

「敵から包囲されるなら、どうしても補給は圧迫されると思う」

「そうだな」

 

 今まで補給線の構築にはアヤネのドローンを使用していた。列車を拠点にしたとしても、基地内部への援護までは難しい。潜入となれば持ち込める装備類は質・量ともに限定される。戦闘になったら物資があっという間に尽きてしまうだろう。

 砂狼シロコが手を挙げた。

 

「敵の武器を盗めば?」

 

 カタカタヘルメット団の基地を襲撃した時と同様、敵の装備を鹵獲する提案だ。すぐさまノノミとセリカが飛びつく。

 歩兵用の装備に装甲車両、武装ヘリ、高性能レーダーに誘導ミサイル。選り取り見取りとはまさにこの事だ。売り払えば相当な大金になる。しかし前回とは違い、今回は出所不明の違法兵器というわけではなかった。

 明確に所有者が存在する物品なので、ブラックマーケット以外での販売など出来ない。

 それを言うと犯罪者集団からブーイングが起こった。

 

「でも、実戦では使えると思う。先生、どう?」

「それしかないだろうな。だが……」

「奪ったとして、それを訓練もなく扱えるはずがない?」

「そうだ」

 

 どうしてかほとんどの生徒が戦車を扱えるキヴォトスだが、銃器類に関しては違う。

 アサルト・ライフルを扱っている生徒であっても、違う銃を同じように使用する事は不可能だった。リロードの手順、整備の知識、弾道。なにもかもが違うからだ。そうでなくとも専用のカスタムをしていなければ火力や精度、射程距離などが大きく減衰する。

 それでも敵基地で装備を現地調達するなら、事前の準備が必要だ。<カイザーPMC>が使用している武装を調べ、扱いに習熟しなくてはならない。

 そして既に、私はそれの資料を用意している。こうなる事は予想していたからだ。

 会議を進めれば補給線の問題に突き当たるのは簡単に分かる。銀行強盗で味を占めた美少女達がそこでどういった提案に至るかも手に取るように理解できた。

 先の流れを読んで、あらかじめ用意を済ませておく。これが”大人”と”子供”の違いである。私は待ちかねたとばかりに鞄を取り出した。

 空っぽだった。

 

「ここに、先生が用意していた資料がある」

「さすがシロコちゃん! 偉いですね~」

「<カイザーPMC>装備品についての調査書……サンクトゥムタワー奪還の時から調べていたんですね」

「こういう準備だけはちゃんとしてんのよね……この先生。普段はぼーっとしてるくせに」

 

 私そっちのけで会議が進んでいく。

 シロコめ……。ホシノの鞄だけではなく、私の鞄までも躊躇なく漁るとは。この傍若無人ぶりは誰に似たのだろうか。

 

「シロコ、私の鞄を勝手に漁るのは駄目だ」

「先生は放っておくと信じられない事をしでかすから、目を離すわけにはいかない」

「私は基本的に清廉潔白だ」

「…………」

 

 私の堂々とした態度にシロコが絶句している。生徒達は口々に「あいつヤバい」等と話していた。

 

「反論できないなら私の勝ちだが」

「先生はアビドスに来てから、生徒への粘着行為と戦術指揮と柴関ラーメンでの暴飲暴食しかしてない」

「…………」

 

 完全に論破された私は黙り込んだ。いや、論破されたわけではない。ただ反論できなくなっただけだ。

 シロコ達は私の用意した資料に目を通している。

 

「どれも<カイザー・グループ>で量産されているモデルですね……」

「一般流通はしていないものばかりです」

「じゃあ、ブラックマーケット?」

「ブラックマーケットといえば……」

 

 当てがある。<トリニティ総合学園>所属の二年生。”普通”を自称する闇の支配者。

 阿慈谷ヒフミことファウスト──彼女はブラックマーケットを操る影のフィクサーだともっぱらの噂だ。銀行強盗事件でひときわ異様な出で立ちだったため、首領という事が一般人でも容易に理解できてしまい、そういった風説が生まれてしまった。

 それを抑え込もうとしたアロナと私が情報工作をおこなって思い切り失敗し、ブラックマーケットにおける”ファウスト”は現在、恐怖の象徴にまでなってしまっている。余りにも不幸な事故だ。

 だが、それは今は良い。それはもうどうしようもない事だからだ。

 

「ヒファウストにはコンタクトを取ってある。ブラックマーケット経由で武器の手配は出来るだろう」

「また黙ってそういう事を……。とにかく、鹵獲に向けて訓練は出来るという事で。次は列車の手配ですね」

 

 司会のアヤネからしらっとした視線を注がれた。

 棄てられた列車を整備し、武装を施して装甲化する必要がある。ブラックマーケットから装備を取り寄せる都合上、外部からあまり資材を動かしたくない。チヌークヘリに載せられるサイズが限界だろう。敵から気づかれかねないからだ。

 十六夜ノノミがまた挙手した。

 

「それなら、私がなんとか出来ると思います!」

「自腹を切る以外なら頼りにしたいが……」

「ふっふっふ……それがなんと! アビドスの廃駅には資材がまだ眠っているんです!」

 

 アヤネやセリカといった一年生組が入学する以前に、売れる物がないかと閉鎖された駅を回った事があったらしい。キヴォトスにおいて無賃乗車や列車の襲撃は珍しくなく、それに伴い装甲列車もありふれた存在のようだ。

 アビドスに存在する複数の廃駅には列車用の資材がまだ多く眠っている。改造に使える物も少なくないとの事だ。それを回収すれば移動するための足を入手する事が出来る。

 アヤネが頷いた。

 

「では、装甲列車に関してはノノミ先輩と私の方で担当します。ホシノ先輩、シロコ先輩、セリカちゃんの三人は取り寄せた武装の訓練にあたって頂くという事で。先生には全体スケジュールの管理をして頂き、出発のタイミングまでお任せします」

「わかった。……ホシノはそれで良いか」

「もちろんだよー。いやー、みんな凄くたくましくなっちゃってー、おじさんは安心してお昼寝できるねぇ~」

「ホシノ先輩も訓練しなきゃでしょ!」

「えー? 武器が届くまではだらだらしててもいいでしょー?」

「もう届くぞ」

「はあ」

 

 ダルそうに息を吐く委員長の髪をシロコとセリカがもみくちゃにする。それから会議の内容について詳細を少し詰めて閉会となった。

 取り決め通り、これからは二手に分かれて進める事になる。実動員組はファウストが裏ルートで手配した武器が届き次第、訓練を始められるが、列車の改造を担当するノノミとアヤネに関しては、実物を見ないことには話が進まない。

 棄てられているという列車本体と、それに積み込む装備類。廃棄されているのなら手入れもされていないだろうし、経年劣化をしている事も容易に想像がつく。ここはアビドスなのだ。どんなヴィークルにも防塵処理は必須となる。

 本当に使える状態なのかを入念に確認してからでなければ、予定を組む事も出来なかった。

 まずはノノミの言う廃駅を見て回る必要があるだろう。

 アヤネに出発の準備を任せ、<対策委員会>は解散となった。いつもとは違い、いの一番に退室しようとする生徒を呼び止める。

 

「ホシノ。少し相談がある」

「うへ。おじさんに何の用~」

「そこに座ってくれ」

 

 去り際のシロコがこちらにちらりと視線を向けて行った。

 昨日、彼女がホシノから拝借した書類はヌルテカになったため鞄に戻されていない。つまり持ち主は退部届が無くなった事に気づいているという事だ。

 直前の動きを見る限り、私に詮索されたくない内容だという事が窺える。ここは慎重にいかなくてはならない。

 

「これの事だ」

 

 カピカピになったホシノの退部届をデスクの上に出す。重要書類が変わり果てた姿になったためだろう。相手に動揺が見られた。

 

「まずは、持ち主に黙って内容を確認した事を謝りたい。すまなかった、ホシノ。心から謝罪する」

 

 頭を下げる。

 

「いいよ~別に。逆に、先生は怒っていないの?」

「なにがだ」

「こんな大変な時に、委員長が逃げようとしてるんだよ? 普通は怒るでしょ」

「逃げようとしている……。そういった認識はなかったな」

 

 これだけ追いつめられても<対策委員会>の面々は諦めていない。どれだけ敵を強く殴れるかだけを考えている危険な集団だ。そして、その<対策委員会>を創ったのは小鳥遊ホシノである。組織とはトップの性質が強く反映される。

 従って、ホシノが臆病風に吹かれたという仮説は最初から成り立たないのだ。

 

「でも、そう見られちゃうよ。……見つけたのはシロコちゃん?」

「……そうだ。落ちていた退部届を見つけて、私に届けてくれた」

 

 発見者と違い、私は嘘を言っていない。

 ホシノは困ったように笑った。

 

「やっぱり凄いよね、シロコちゃんは。行動力があって、自分がなにをするべきかいつも分かってる。……私とは違うよ」

「ホシノは違うのか」

「ぜんぜん違う。逆の立場なら、きっと行動できなかっただろうね。手遅れになるまで動けなくて、誰かに助けを求める事も出来ない──」

 

 役立たず。

 その言葉が出てくるのが私には分かった。だから無理やりにでも遮る。

 

「それが、退部届を書いた理由なのか」

「それは……」

 

 強い逡巡が見えた。少女は何かを口にしようとして中断し、そして笑顔を作る。

 

「ゲヘナと戦った時も、さっきの会議も。おじさんの出番なかったからさ~。ちょっとナーバスになっちゃったかも」

「……ホシノ」

 

 気の迷いだけで用意できる書類ではない。他の理由があったはずだ。

 そして私は、その理由を知っている。

 

「風紀委員長の空崎ヒナから、ある話を聞いた。ホシノが勧誘を受けているとな。それが関わっているんじゃないか」

「……あの話は断ったよ」

 

 ホシノは置いてあった自身の退部届を手に取ると、それをビリビリに破いた。

 

「これで良いよね」

「いや、良くない」

 

 問題は退部届を書いたという結果ではなく、それに至った経緯だ。入学当時から受けていた勧誘に対して、どうして今さら前向きに検討し始めたのか。ホシノはアビドスの土地について知らなかったので、それは関係していないはずだ。

 その理由は最近になって生まれたもののはず。それを、私は知らなくてはならない。

 

「おじさんを勧誘している奴の事は……良く知らないんだ。先生と同じ、キヴォトスの外から来たみたいで、”黒服”って呼ばれてる」

「変質者なのか」

「見れば分かるよ」

 

 見れば分かる変質者だと……かなりの危険人物のようだ。私は警戒を強めた。

 その変質者の誘いをホシノは受けようとした。

 

「勧誘の内容を教えてほしい」

「アルバイト。おじさんの能力を買ってくれてるらしくて、あっちで働けば良いお金になるんだって。研究助手みたいなものって聞いたかなぁ」

「なんの研究だ」

「んー。ほら、アビドスって昔はキヴォトスで一番力のある自治区だったでしょ? だから気になる物があるらしいよ? 先生の言ってたオーパーツに関係するものかも」

「どうして、それを受けようと思ったんだ」

「だから、気の迷いだって~」

 

 苦笑を浮かべられる。

 この反応だけを見ると、私がしつこく騒ぎすぎているようにも感じられた。ホシノからしてみれば、現在とは違うアプローチを考慮してみただけなのかもしれない。

 ……などとはとても思えなかった。

 違和感はずっと拭えていない。今までの行動から考えて、退部届を用意する事そのものがおかしいのだ。

 条件の良いアルバイトがあったからといって、<対策委員会>を抜ける理由にはならないだろう。

 そう言おうとするも、

 

「ごめんなさい」

 

 先んじて頭を下げられる。

 

「鹵獲品を売っても当面の返済が何とかなっただけで、大本の借金が解決したわけじゃない。おじさんは三年生で、一番先に卒業しちゃうでしょ? だから、少しでも皆の力になりたいと思ったんだ」

「む……」

「でも……うん。やっぱり良くないよね。ブラックマーケットでも偉そうなこと言っちゃったのもあって、おじさんの柄にもなく責任感じちゃってさ~」

 

 意外だったでしょ~? そういってホシノはまた笑った。

 筋が通った話だ。この委員長が、自身の卒業後のアビドスを憂いていた事は知っている。在学している内に借金の返済に片をつけたいというのも理解できる。ブラックマーケットの件で悩んでいたのも事実だ。

 嘘ではないという事はわかる。全て事実なのだろう。

 しかし──今の言葉が全てというわけでもない。意図的に何かを隠している……ような気がする。

 

(まずいな……)

 

 そもそも生徒の言動を疑うというのが、私はとにかく苦手だった。悩みを理由にされるともう何も言えなくなる。生徒の力になるべく力を尽くすのが先生の仕事だ。心情の吐露を精査している場合ではない。

 だが、相手は小鳥遊ホシノなのだ。私の弱点を熟知しており、そこを突く事に余念がない事で有名な生徒だ。今の言葉も私にクリティカルヒットさせる事で四の五の言わせないために用意されたものなのかもしれない。

 このままではいけない。それでは変えられない。

 女社長から言われた事を思いだす。

 

「ホシノの言う事はわかった。次の話題だ」

「次の話題?」

「私の悩みについてだ」

「柴関ラーメンが無くなった事でしょ?」

「…………」

「無くなってからの先生、見るからに元気ないしね~。大変な時におじさんが変なことしちゃったのは、ごめんなさい」

 

 柴大将から許可を得て、店舗の残骸から製作した神棚をちらりと見やる。流石の<対策委員会>メンバーもあれを設置する事に異議を唱える者はいなかった。ただドン引きしていただけだ。

 神棚は数十個ほど製作し、柴関ラーメンの常連達に配られている。<シャーレ>地下施設には秘密の祭壇が作られてしまった。

 心の拠り所を喪った私の、せめてもの抵抗だった。当然の措置である。

 それは今はいい。

 精神力を補給した私はホシノの目をまっすぐ見ながら言った。

 

「ホシノの言葉を私は信じる。だが、いま言ってもらった事が全てではないように感じる事も事実だ。だから、いつか全てを話してもらえるよう精進する」

「……それ、けっきょく疑ってない?」

「今まで見てきたホシノの言動と齟齬を感じる。それをそのままには出来ない。ストーキングを強化する」

「は?」

「私の事を束縛してきた実績が<対策委員会>にはある。その委員長が今回、こういった事案を起こした。特別対策会議を開いた上で今後の動きを検討する必要がある」

「…………」

「何があろうと、私はホシノの事を絶対に諦めない。それだけは覚えていてくれ」

「あの、凄く気持ち悪いかも……」

 

 決め台詞のつもりで言ったのだが、ホシノはドン引きしていた。

 

「でも、先生はいっつもおじさん達の言う事を聞かないよね?」

「あれはコミュニケーションの一環だ」

「吊るし上げられるのが?」

「そうだ」

「頭おかしいの?」

「私を吊るし上げている時のホシノ達はとても楽しそうだが、違うのか」

「…………」

 

 勝った。

 良い気分になった事が伝わったらしい。ホシノの目がすっと細められる。凍てつくような視線。私と接している時の彼女は、いつものゆるゆるとした仮面が外れる傾向にある。

 

「もう帰るね。先生と話してると疲れるからな~」

「ああ。気を付けてな」

「付いてこないでよ?」

「約束は出来ない」

 

 こういった時、いつもならアビドスのメンバーに私が言った事を広めて悪者にしてくるのだが、今回その手は使えない。退部届の件まで広まってしまうからだ。

 

「……これから<カイザー・グループ>と戦うんでしょ? おじさんがやらかした事を言うのは、作戦が終わってからにしてほしいな」

「それは主犯のシロコと相談して決める」

「もー」

 

 今度の笑顔は作られたものではなかった。それに少し安心する。ホシノは立ち上がって窓を開けると、破いた書類を外へ流す。風に乗って破片がちらばっていった。

 不法投棄及び証拠隠滅かとも思ったが、それを言い出せる状況ではなかった。

 

「……もっとはやく──」

 

 そんな呟きが溶けていく。

 聞き間違いの可能性もあるため、内容について訊ねる事はできなかった。

 去っていく小鳥遊ホシノの背中を見送る。

 危機感が消える事はなかった。

 

 ◇

 

 基地への潜入準備を始めてから三日が経過した。

 十六夜ノノミから提案のあった装甲列車の用意は、予想より順調に進んでいる。廃駅に眠っていた車両の状態が極めて良かったからだ。<シャーレ>の格納庫で使用されているミレニアム製のメンテナンス・ロボットによって点検をしたところ、機関部と駆動系の簡単な整備だけで稼働させられることが分かった。

 後は同様に廃棄されている武装類を確認しながら搭載していく。

 既に三一センチ口径の試作型滑空砲が装備されていたので、後は作戦内容に応じた品を選びたい。何両かを連結させ、補給用コンテナを満載した物や中距離の誘導ミサイルや迫撃砲なども必要になる。

 この数日で物資の輸送を済ませ、今は列車への装備と電装系の整備を進めている所だ。

 

「線路が生きていたのは僥倖だったな」

 

 目下の敵である<カイザー・グループ>は、旧アビドス自治区の路線をそのまま流用している。キヴォトス最大・最強の勢力だった<アビドス高等学校>はそれに準じた流通経路を持っていたからだ。こちらが何か工夫しなくても、線路を辿っていけば目的地へ到着する。

 苦い顔のアヤネが頷く。

 

「そうですね。ただ、カイザーの基地がアビドスの本校舎だったなんて……」

 

 しかし良い事ばかりではなかった。明星ヒマリから提示された位置情報は、さらにアビドス生の怒りを刺激する内容だったのだ。

 現在の<対策委員会>が守っている校舎は、あくまでも無数に存在していた分校舎を再利用している物に過ぎない。天変地異規模の砂嵐が到来するまで使用されていた真の本校舎がアビドス砂漠の中心に存在し、そこを<カイザー・グループ>は改築して支配している。

 これから乗り込むのは、単なる敵の軍事施設ではない。旧アビドス自治区の心臓部だ。

 

「……道中には無数のセンサーが仕掛けられていると予想される。接近は感知されてしまうだろうな」

「その件なんですが、先生。アビドス砂漠には無数のドローンや自律型ロボット、武装したオートマタ等が徘徊しているそうで……」

「そうなのか」

「はい。私も、過去の情報を調べた事で初めて知りました。目撃者が少なく噂話程度なのですが、砂漠の下からどんどんと湧いて出てくるそうです……」

「なら、アビドスの特産品という事になるな」

「違いますね」

「観光名所になるかもしれない」

「なりません。そもそも、アビドス砂漠に無数の機械生命体が湧き出てくるというのは、天変地異以前には無かった話なんです。オーパーツの件と関係している可能性があります」

「アビドスで遭難者が続出するのも、その特産品が原因かもしれないな」

「特産品じゃないです」

 

 私からしてみれば、広大な砂漠から出来上がった状態の機械が無数に発生するというのは大きな資産価値を持つように思える。だがアヤネ先生はそれが嫌なようだ。

 聞けば、アビドス砂漠は不規則なタイミングで極めて強力な電波障害が起こるそうで、それが<特異現象捜査部>の調査を阻んでいる一因でもあるらしい。

 しかし仮に、機械生命体の無限発生と電波障害がオーパーツ由来の事象なのであれば、こちらの有利に働くかもしれない。

 列車を使用する以上、敵の感知システムに関しては無視する必要があると考えていたが、これはすこし楽になったのだろうか。

 

「アヤネは砂漠から出土してくる物が嫌いなのか」

「嫌いというか……なんだか怖くないですか? 人の意思を離れた所で、機械が勝手に動き出すのは」

「機械というのは常に主を求めるものだ。ただ飼い主を探しているだけかもしれない」

「うええ……」

「そういえば、アヤネは機械の扱いが得意だったな」

「やです! やめてください!」

「わっ!」

「びゃあああああ!?」

 

 背後から忍び寄って来たノノミに驚かせられたアヤネが、ノーモーションで私の懐に飛び込んでくる。美少女に抱き着かれるというのは他に類をみない幸せを享受する瞬間なのかもしれないが、直撃してきた運動エネルギーの総量だけで言えば完全に人身事故だった。

 遅滞なく私の体力がゼロになり、生死の境を彷徨う。

 

「の、ノノミ先輩! 今は遊んでいる場合じゃ……先生?」

「あら~」

 

 薄れゆく意識の中で、私は幻影を見ていた。どうしてか川辺にいて、美しい川の向こうから柴大将が前足──手を振っていた。

 ……手の振り方が解釈違いだった。あれは偽物だ。怒りの余り私は現世に復帰した。

 少しの間だが、気絶していたらしい。ノノミの膝枕で目を覚ます。私の機嫌が完全に直った。

 二人から謝られるが、その必要を感じない。

 

「す、すみません、先生」

「ふざけすぎてしまいました」

「いいんだ。ノノミのスニーキングは見事だったし、アヤネのタックルも最高だった。次は私以外を相手に披露してほしい」

「それはちょっと……」

「スニーキングはともかく、タックルは先生以外には……」

「…………?」

 

 意味が分からなかった。どうして体当たりを敵ではなく私にしか使えないのだろうか。その理由を知りたい所だったが、掘り下げるだけの勇気がなかった。

 いつものように脱線してしまったが、話を本題に戻す。”シッテムの箱”を見れば、ノノミがヘリで搬入してくれた資材のリストが確認できた。弾薬と爆薬各種、ロケット弾とミサイル用のランチャー・ユニット。複数の電子兵装と燃料類。水と食糧も準備万端だ。

 後はこれらを積み込み、試運転を済ませればこちらの作業は終了する。

 

「今日中には終わりますね」

「自律型ドローンが使えないのは痛手ですが……」

 

 アヤネの言葉に頷く。今回は<対策委員会>と<特異現象捜査部>による共同作戦となる。アビドスとミレニアムが協力する形だが、ノノミやアヤネ達に協力者の存在は明かしていない。知らせているのはキヴォトス最強のサポーターがいる事のみだ。

 電子戦に限ってなら、明星ヒマリが全てを掌握してくれる。いま現在、<カイザー・グループ>がこちらの動きを感知していない事も彼女によって保証されていた。

 そのヒマリから、ドローンのような自律兵器の使用は控えるよう進言があった。敵に制御権を奪われかねないという理由からだ。本当ならミサイルのような誘導兵器も同様の危険があるものの、作戦遂行に最低限必要という事で使用許可が下りている。

 

「ホシノ先輩達の方はどうでしょう?」

「順調といえばそうだが、やはり問題点もある」

 

 阿慈谷ヒファウストは異常な手腕の持ち主だったようで、カイザー製銃器の手配を瞬時に済ませてくれた。それを使った訓練を小鳥遊ホシノ、砂狼シロコ、黒見セリカの三人が進めている。

 盗品に対して適正があるらしいアビドス達は習熟自体にそれほど時間がかからなかった。

 問題は戦闘能力の低下である。

 自身に適したカスタムを施さない装備では、生徒本来の力を十全に発揮できないのだ。銃撃の威力、精度、射程距離などは大きく低下してしまう。

 普段なら一撃で倒せる相手でも、撃破まで余計な手間が増えるという事だ。それは対多数戦において大きな負担となる。

 あくまでも補給線がもたない時の非常手段に過ぎないだろう。

 

「ノノミは少し休憩したら、ヘリで私を校舎まで運んでくれ」

「分かりました。今すぐにでも大丈夫ですよっ!」

「さすが体力自慢だな」

「違いますけど?」

 

 ノノミが最近乗り回しているチヌークヘリにはアビドス校舎へ輸送する物資も積まれている。それに同乗させてもらう予定だった。

 アヤネにメンテナンスを任せ、ノノミに空輸してもらう。

 ここまで大型ヘリの操縦方法を教えてもらっていない。その話題を出すと露骨に話を逸らされるのだ。そこをさらに指摘すると『アビドスから出たいんですか?』と逆ギレされるという研究結果もある。

 怖かった。

 

「先生は何も訊かないんですね」

「えっ」

 

 唐突に言われて私は動揺した。何とかして操縦方法を盗み見しようとしていた事がバレたのかと思ったからだ。ここでノノミを変に刺激すると私は上空五〇〇メートルから自由落下しかねない。

 

「列車の件です」

「ああ……」

 

 十六夜ノノミは線路や列車、それに連なる物事に関して異様に詳しかった。廃駅の位置も、そこに収められている物もそうだ。

 これだけ準備がとんとん拍子に進んだのは、ノノミから案内された場所にあった物資の保存状態が良かったからである。それは、決して運が良かったからだけではない。

<セイント・ネフティス>。

 アビドス自治区にて、鉄道関係の事業を一手に引き受けている大企業だ。<カイザー・グループ>にも対抗できる程の規模を誇っていたらしく、以前は合併の話まで出ていたそうだ。

 ノノミはそのネフティス社と深い繋がりがある──それは私がアビドスを訪れた時から知っていた事だった。

 少し妙な話ではある。彼女が<アビドス高等学校>へ入学する頃にはネフティス社はアビドスから手を引いていたのだ。

 であれば、もっと力のある学校に行くのが周囲の人間の意向だろう。当時のアビドスには小鳥遊ホシノ一人しか在籍していなかった。今よりもさらに、廃校に近い状態だったはずだ。

 

「ノノミの生家については知っている。だから、疑問には思わなかった」

「そ、そうですか……」

「実家との関係で不都合があるようなら言ってくれ。他の手を考える」

 

 いま使っている鉄道関連の物はネフティス社が管理していたのだろう。ホシノからそう聞いていたし、実際に至る所に会社のロゴがあった。

<カイザー・グループ>とのもめ事に使用すれば厄介な事になる恐れがある。それはノノミに言っており、『気にしなくても良い』と言われていたが、また状況が変わったのかもしれない。

 

「そちらに関しては気にして頂かなくても結構ですよ。ネフティス社はもう、アビドスからは完全に手を引いているので。あの廃駅にある物を利用されたとしても、文句は言えない立場です」

 

 自治区を見捨てた挙句、自分達の事業で使っていた物まで廃棄した。

 会社組織である以上、利益を追求するのは当然だ。インフラ関係の事業であるなら、住民の流出が致命的なレベルまで進んでいたアビドスにこだわる必要はない。他に注力すべきだろう。

 だが、ノノミには負い目があるように見える。彼女が<対策委員会>のために身を粉にするのは、その罪悪感からなのだろうか。

 

「本当なら、<カイザー・グループ>の事をとやかく言える立場じゃないんです。<セイント・ネフティス>だって似たような事をしているのに……」

「そうだろうか」

「……すみません。これから大事な作戦があるのに、こんなことを言ってしまって。先生はホシノ先輩の事でもう手一杯なのに」

「私がアビドスを訪れた時から<対策委員会>は奇跡的なバランスで成り立っていたように思う。誰か一人でも欠けていたら存続できていなかっただろう。だから、ノノミの心配はまさしく杞憂だ」

「き、杞憂ですか?」

「ああ。なんと言えばいいかな……」

 

 そもそも、今の状態は少し特殊なのだと思う。たった五人しかいない<対策委員会>と共に、キヴォトス屈指の大企業へ挑もうとしている。他からも協力者がいるとしても、本来なら勝ち目などないと思うだろう。

 普段の私なら成功確率を鑑みて、生徒の危険を極力排除しようとする。少なくともアビドス主体のままで進めようとは考えないだろう。

 なのに、どうしてか<カイザー・グループ>にあまり脅威を感じていないのだ。

 当然のように勝てると思ってしまう。

 

「どうしてだろうな」

「わ、私に訊くんですか?」

「ノノミは違うのかと思った。この……妙な感覚は<対策委員会>の皆と共有できているような気がする」

「それは……」

 

 私がいると何でも出来る気がすると、彼女は前に言っていた。その時は意味不明だったが、もしかしたら今のこの感情に類似したものかと感じたのだが。

 

「まあ……そうですね? そうですけど」

「<カイザー・グループ>に殴り掛かる時点で、アビドスにも大きな変化がある。<対策委員会>が固まらないといけない事象に、十六夜ノノミが気後れするのは理解できた。しかしやはり、杞憂だと思う」

「…………」

「ノノミは自分の意思でネフティス社ではなくアビドスを選んだ。<対策委員会>に無くてはならない存在だというのは、これまでの結果が証明している。それを否定する材料が無い以上、議論の余地もない。私も短くない期間、ノノミのストーキングをしたが不審な点はなかった」

 

 どう生まれたかではなく、どう生きたいのかが重要なのだ。

 ノノミの願いには結果が伴っている。だから自信をもって言えた。アビドスにおいてノノミを疑っているのはノノミ本人以外にはいない。

 しかし……こういって喉につかえている想いを吐露してくれるのは嬉しい事である。<対策委員会>は運命共同体であるが故に、こういったことを口に出せないのだろう。

 特にノノミのような性格だと、周囲から甘えられやすい。相手を不安にさせたくないばかりに、悩みを明かせないのだ。

 アビドス生以外だと私くらいしか周囲にいないからだろうが、それでもやはり嬉しい。

 

「先生はいつも、必要な言葉をくれますね」

「今のノノミは正常な判断能力を失っていると思う」

 

 彼女はふるふると首を振った。私の懸念は正しいように思えた。

 

「私達のお願いばかり聞いてくれて」

「今日はもう休んだ方がいい」

「なら、先生のお願いはなんですか? なんでも聞いちゃいますよ☆」

「ヘリの操縦を教えてくれ」

「それは駄目です」

「…………」

 

 ◇

 

 アビドス校舎に戻って、資材の積み下ろしを終わらせた。アヤネ先生がいない今、防衛システムのチェックも私の仕事だった。

 最新型のレーダーに設置したミサイルやセントリーガンを繋げて、スムーズに動くよう調整していく。敵基地では使えないドローン兵器も待機状態にした。<対策委員会>全員で動く以上、この校舎の守りは手薄になる。

 傭兵生徒の雇用は禁止され、現在も厳重に監視されている状態のため、こうして手を尽くさねばならない。

 ノノミとの会話で怖い思いをした私は、訓練を続けている生徒にダル絡みをして気を紛らせる事にした。

 体育館内に設けられた射撃場で訓練している黒見セリカに近づいていく。

 人型の的、その真ん中に命中する徹甲弾。弾道を見る限り、特に悪い銃というわけではないらしい。かといって良い銃というわけでもないようだが。

 

「八二点」

 

 セリカを刺激する時は数字を使うようにしている。意味のある数字ではない。彼女が会計という役職に就いている事にちなんでいるだけだ。

 さらに一発。頭部の中心からやや左上にズレる。

 

「四四点」

 

 ネコ娘がこちらをぎろりと睨んできた。九七点。

 三回目の発砲。今度は狙いが大きく乱れた。右脚の付け根あたりに着弾。

 

「九九点」

「うっさい! なんなの!? さっきから!!」

「セリカ、疲れてないか」

「たったいま疲れたわよ!」

「休憩した方が良い」

「どっか行って! 気が散る!」

「PDWの扱いは苦手なようだな」

「別に良いでしょ? ほっといて!」

 

 現在の<カイザーPMC>では新型兵器の開発、普及に力を入れているらしい。PDWは短機関銃並みに取り回し易く、それでいて高威力、高精度の銃火器だ。

 弾薬も新規開発されており、四・六ミリ口径の専用弾を用いるそうだ。他の銃と互換性の無い弾薬を新造したのは、利権を牛耳りたいからと思われる。

 的までの距離は四〇メートルほど。ホシノと買い出しに向かったらしいシロコが使用していた銃を拝借した。基地に潜入するのは私も同じだ。訓練する必要があった。

 特に狙いもつけずにトリガーを引く。頭部の中心に着弾。もう一発。胴体部の中心に直撃する。

 セリカがこちらをジロリと見てきた。彼女の弾丸はやはり少し狙いを外れているようだ。

 セレクターを調節。三点射。頭部中心点を囲むように貫いた。セリカも対抗したようにバースト射撃をするが、反動の逃がし方が甘かったようで三発とも的を外れてしまう。

 

「交換」

「わかった」

 

 それからマガジンが空になるまで撃つも、結果は変わらなかった。セリカの機嫌が悪くなってくる。九四点。

 いつも愛用のアサルト・ライフルばかり使用しているせいだ。キヴォトスの生徒はその特性上、慣れた武器やポジションに偏重して習熟してしまうのかもしれない。

 ガンラックを見る。自動拳銃に散弾銃、狙撃銃、グレネードランチャーといったカイザー製の武器が一通り並べられている。

 気が済んだ私が体育館の隅っこで体育座りをしていると、同じく気が済んだらしいセリカが隣にちょこんと座ってきた。

 

「お腹空いた」

「二人が買い出しに行っているんだろう」

「なんかあの二人、ピリピリしてる」

「…………」

「先生、なんとかしてよ」

「今まで喧嘩をした事はなかったのか」

「ないわよ。……ああ、アヤネちゃんが怒った事とかはあるけど」

「怒った事」

「うん。アヤネちゃんって良くアルバイト探してきてくれるんだけど、ちょうど体調崩しちゃってね。それで先輩達と私でゴミ掃除に行ったら、ちょっと失敗して……」

 

 廃棄された体育館を買い取って活動していた妙な集団と揉めて壊滅させてしまったらしい。”ゴミ掃除”というワードが圧倒的な存在感を放っている。

 結果として損害賠償と、すっぽかした仕事の違反金で請求が来るハメになり、アヤネから重めの説教を食らった。

 アヤネの重めの説教は辛い。私も一〇回近くされているから分かる。正論パンチによる火力と、純粋な目で投げ掛けられる疑問に返答する事が出来ないいたたまれなさ、年下から本気で悲しまれる事への胸の痛み。どれも身近なものだ。

 

「でも、アヤネちゃんはすぐに許してくれるもん」

 

 それはセリカが相手だからだろう。少なくとも私の時はそうではない。今までは柴関ラーメンを奢ることでなんとかなってきたが、もうその手は使えない。私は絶望的な気分になった。

 

「今回のは毛色が違うからな」

 

 小鳥遊ホシノと砂狼シロコの間にある違和感は、隠し事の存在が原因となっている。退部届という洒落にならない代物が由来となっているのだ。喧嘩ぐらい誰でもするだろうが、これは全く違う。

 

「いつもなら、皆でご飯食べたら仲直りできるのに」

「シロコの好物は分かり切っているが、ホシノの好物は分からない」

「そういえば確かに、柴関ラーメ……あっ」

「ああ~……」

 

 柴関ラーメンが食べたい。今回の件も柴関ラーメンがあればすぐに解決していたはずなのに。あまりの哀しみから私は意識が遠くなって幽体離脱した。眼下で私の肉体を涙目で揺するセリカの姿が見えた。半泣きセリカ! 

 私は現世に復帰した。

 

「発言には気をつけてくれ」

「ご、ごめんなさい……」

「それで、ホシノの好物の話だったな」

「うん」

「クジラ肉とか良いんじゃないのか」

「発言に気をつけんのはあんたの方でしょ」

 

 体育館の入り口からホシノとシロコの二人が戻って来た。

 

 ◇

 

 さらに三日経ち、作戦が開始される。

 装甲列車で鉄道を進み、所定のポイントで下車した。アビドスに点在している廃駅の一つに列車を隠し、連結していた貨物用のコンテナから軽装甲車を取り出して足とする。コンパスを持った小鳥遊ホシノの表情が暗い。<カイザー・グループ>よりも、また別の事象に思いを馳せているようだった。過去にこの砂漠で起きた事についてだろう。

 

「ホシノ」

 

 退部届の件からこちら、私は何度も彼女に接触を取っているが効果は挙がっていない。<対策委員会>協力の下、厳重なストーキングもおこなっている。不審な動きは窺えなかった。

 こうして呼びかけてみても、変わった様子はない。

 

「先生さ。おじさんばっかり見てると」

 

 散弾銃が火を噴いた。

 

「危ないよ?」

 

 吐き出された徹甲弾が、砂の海から起き上がろうとしていた人型機械──オートマタの頭部に直撃する。アヤネの話にあった特産品だ。

 私は動作を停止したオートマタに駆け寄った。既にこと切れている。可哀想に……。彼だか彼女だか不明だが、名もなき機械の冥福を祈った。

 このガラクタはまだ敵意を示していなかった。ただ我々の接近を感知して目覚めただけだ。それをホシノが倒してしまった。このスクラップに人権など無いが、しかし異様に好戦的な生徒を止められなかったのは先生である私の不手際である。

 

「私の生徒がすまない……。恰好をつけたかっただけなんだ。許してほしい」

「…………」

「ホシノ。相手が機械だからといっても、やって良い事と悪い事がある。まず必要なのは確認だ」

「…………」

 

 胸の前で十字を切った。

 そして金属の塊に早変わりしたオートマタを漁る。ちゃんと武装しているのはどうしてだろうか。持っていたアサルト・ライフルにはきちんと防塵処理が施されているし、予備のマガジンまで完備している。質に関してはまだ分かっていないが、この特産品が本当に人権を持たないまま無限に湧き出してくるのなら、凄まじい利益を生み出す可能性を秘めているかもしれない。

 戦車レース等よりも手っ取り早く資産を増やせる。

 

「あ、あの先生に倫理を説かれるなんて……」

「ホシノ先輩、泣かないでください。あれでも一応は聖職者なので……」

「でも悔しいよ、ノノミちゃん。あんなのに絶対、倫理観なんて無いのに……うぅ」

 

 私から注意を受けたホシノはノノミの胸で泣いている。十六夜ノノミの胸部装甲は圧倒的で、ホシノのものと比べるのはそれこそ倫理に違反している。

 

「アヤネ、このガラクタは幾らで売れると思う?」

「先生……」

「ほら~! 倫理観ないよあの先生!」

「言いがかりはやめろホシノ」

 

 倫理観の在る無しなど、そう簡単に判断できるものではない。アヤネからは「こいつ終わってる」というような目で見られ、セリカからはゴミを見るような目を向けられて尚、私は動揺を見せなかった。

 寄って来たシロコがしゃがみ込み、そのオッドアイを輝かせた。

 

「無限に湧き出して来るなら、尽きない資源って事になる。先生が言ってた特産品はこの事だったんだね」

「そうだ。見たところ、量産性を重視して作りはそう大したものではない。アヤネ先生なら簡単に調整できるだろう。アビドスの兵隊として改造する事も容易い」

「ん、売っても良いし、改造して戦力にしても良い。捨てる所無し」

「人権が無いというのは素晴らしいな」

 

 シロコと砂漠の中心でほっこりしていると、周囲の四人からドン引きされる。これからのアビドスの話をしているというのに、反応が薄い。

 

「あのさ、先生」

「なんだ」

「うちの可愛いシロコちゃんから倫理観を奪うのはやめてもらって良いかな」

「シロコに倫理観が無いのは私のせいだと言いたいのか」

「そうだよ?」

 

 なるほど、と思った。

 この小鳥遊ホシノはどうあってもシロコの育成失敗を私のせいにしたいらしい。だがシロコの倫理観の欠如は育ての親である小鳥遊ホシノに責任がある。自分の責任から逃げてはいけない。近い未来、砂狼シロコがキヴォトスを代表する犯罪者になったとしても、それはホシノのせいだ。私ではない。

 

「先生のせいだよ?」

 

 何も言っていないのにホシノが返してくる。恐怖を感じた。

 そんな事をしていると、こちらの行進を妨げようと、複数の機械兵が出現する。オートマタと、それを援護する自律型ドローンの集団だ。

 シロコが目を輝かせる。彼女には人権を持たない機械の集団が宝の山に見えているようだ。深刻な倫理観の欠如が窺えた。

 ホシノにも言った通り、あちらはまだ攻撃をしてきていない。武装をしていたとしても、敵性勢力だと断じる事は出来ないのだ。

 砂まみれのオートマタは普通に発砲してきた。善良な存在ではないらしい。私めがけて飛来したライフル弾を撃ち落とす。無防備に突っ立っていたせいかキレ気味のセリカに腰をパンチされる。アヤネから下がるよう言われた。ノノミがミニガンを掃射して敵集団を蹴散らしてしまう。無残に破壊されていく機械達を見た私とシロコが哀しみにくれた。せっかくの特産品が台無しだった。

 

「せ、戦術指揮を行う。各位、破壊する部位はずらしてくれ。売り物にならない」

「先生とシロコちゃんの言う事は無視して!」

「は~い☆」

「了解!」

「わかりました!」

「え……?」

 

 黒幕との決戦を目前にして指揮権がはく奪された事に私は動揺を隠せない。ホシノめ……。 私は生徒を逆恨みした。

 仕方なく私とシロコは砂漠に積み上げられていく機械の死体たちを漁る事にした。どれだけ無残に破壊されても無事な電子部品くらいはある。出会ってから今まで、敗北必至の激戦を潜り抜けてきた<対策委員会>は個々の力量も連携も桁違いに上昇していた。私の茶々が無かろうが自我の無い機械人間程度、相手にすらならない。

 殲滅が完了し、車両の陰に隠れていた私はすぐさま剥ぎ取り行為に及んだ。記憶は無いが知識はある。簡単に分解できた。砂が邪魔だ。鮮度が落ちる。隣でシロコも舌打ちしていた。

 

「最悪な二人組がいる……」

 

 背後でセリカがドン引きしている。機械についての知識が豊富なアヤネ先生は我々を無視しているし、ホシノとノノミの二人は周囲の警戒を徹底している。その練度が今は悲しかった。

 散々な扱いだが、これが”神を証明するもの”に関係するなら調査をする必要がある。アロナに解析を任せ、専用回線で明星ヒマリへ情報を送ってもらうつもりだ。

 移動用の車両に売れそうなパーツを積み込み、そして落ちていた銃器を拾う。必要最低限の性能を与えられただけのアサルト・ライフルだが、時代遅れのリボルバーより役に立つだろう。動作確認を済ませ、予備のマガジンを幾つか拝借した。

 周辺をスキャンしていた奥空アヤネが、その表情を曇らせる。

 

「これは……」

 

 情報処理担当の彼女には、ミレニアムからもたらされた技術と情報の一部を共有してもらっている。後方支援が旨のアヤネに現地まで来てもらっているのも、大部分は調査のためだ。

 現時点で<対策委員会>の宿敵が<カイザー・グループ>である事は間違いない。しかし、それよりも遥かに強大な存在がこの砂漠に眠っているのだとしたら、その全貌を把握するのが最優先課題だった。カイザーと戦っている時に第三勢力から横やりを入れられるのは極めて危険だからだ。

 

「砂漠の中に、謎の反応が多数確認されています。ここから先はもっと……」

 

 ここから先──我々の目的地のある方角に向けて、反応が強くなっているようだ。やはりカイザーの採掘基地付近には何かがある。

 小鳥遊ホシノに訊ねられた。

 

「先生、作戦は変更なし?」

「ああ。採掘基地にはホシノと私の二人で乗り込む」

 

 事前の会議で決めた内容はこうだ。

 まず、<対策委員会>と私の総勢六人。実際に乗り込む我々二人に、バックアップ担当のアヤネ、それ以外の三人の三グループに分ける。

 今回の目的は基地内部の調査だ。他の学園を動かせるだけの証拠を掴む必要があった。だが、”神を証明するもの”はミレニアムのマザー・コンピュータすら瞬時に無力化させられるほどの存在である。通常の計測機器は効果を発揮できない可能性が高く、潜入する以上は持ち込める物の大きさにも限界があった。こればかりは明星ヒマリにもどうにも出来ない難題だろう。

 

 しかし、たった一つだけ対抗できるオーパーツがこちらにはあった。”シッテムの箱”だ。これさえあれば基地内部においても充分な活動が出来る。そして、このオーパーツを扱える唯一の存在である私が潜入メンバーになる事は確定。

 その私の護衛となるメンバーには小鳥遊ホシノが立候補した。銀行強盗事件以来の強い意志を見せてきたため、これも確定する。

 シロコ、ノノミ、セリカの三人には基地内部から脱出する際の補助を頼んだ。<カイザー・グループ>には一切の信用が無いため、どうせ碌な事にならないだろう。後詰めを配置するのは当然の措置だった。

 アヤネには調査の補助と、前線メンバーの回収という役割がある。彼女の車両で廃駅に隠している装甲列車まで到達できれば、高い確率で離脱できるという算段だ。

 

 オートマタやドローンを撃退しつつ移動する。今のところ機器には異常なし。道中では<カイザー・グループ>と特産品が戦闘をおこなった形跡も確認できた。偽装には見えない。やはり両者は敵対関係で間違いないようだ。

 あらかじめ設定していた地点に到達し、奥空アヤネと別れる。スキャンしたデータが確かなら、特産品から襲われる可能性は低いはずだ。書記の彼女は私を心配していたが、どちらかというと危険なのは孤立するアヤネの方だろう。

 そして徒歩で進み、次の地点に到達した。ここで更に二手に分かれる。ピりついた様子の砂狼シロコが私の服の裾を掴んできた。

 

「先生」

「どうした」

「凄く心配」

「出会ってから今までの私を思い出してくれ」

「ん。だから凄く心配」

「理解できない」

 

 アビドスに来てから今まで、最も大きな危機に陥ったのは砂漠でゲリラ戦をした時だ。それ以外で死にかけた事はない。

 

「こないだ自爆したでしょうが……!」

 

 黒見セリカがキレてくる。敵地の近くでやめてほしかった。

 

「意図的な自爆だ」

「だから何ですか?」

 

 ノノミまでキレ始めた。作戦会議の時から様々な悪罵を投げかけられたが、まだ納得は得られていないようだ。

 

「私の予想だが、そこまで大きな荒事にはならない。なにより護衛のホシノがいる」

「…………」

 

 そう言ってホシノを見る。四人分の視線を向けられて尚、委員長の意識は採掘基地の方角に向けられていた。普段のゆるゆるとした雰囲気は微塵もない。作戦地点が近づくにつれ、彼女から一切の余裕が消え去っている。凄まじい緊張感だ。

 これだけ殺気立っているホシノが、今回の作戦に肯定的である事は予想外ではあるが幸運だった。他のアビドス生も異は唱えられない。

 

「行ってくる」

 

 そう告げ、三人と別れた。

 砂の海に敷かれている線路を辿って歩く。

 気候は安定していた。気温はかなり高いが、湿度が低いためそこまでの体感温度ではない。野良の特産品を委員長と共に倒しつつ進んでいく。

 一時間ほど歩いた辺りで、ホシノが口を開いた。

 

「先生さ」

「ああ」

「その……”シッテムの箱”だっけ? 先生がいっつも持ってるタブレット」

「これがどうかしたか」

「”奇跡”が納められてるって聞いたから」

「…………」

 

 ”シッテムの箱”について、私は話していない。知っているとしたら<連邦生徒会>の七神リンくらいだろうが、彼女がホシノに話したとは考えられない。つまり、小鳥遊ホシノに粘着している悪質な変質者の仕業だろう。

 勧誘のために色々と言葉を弄したのかもしれない。

 

「そういった話もあるな」

「そっか」

 

 ホシノはそれ以上、詮索してこなかった。借金や土地を始めとした、様々な問題を抱えているアビドスには”奇跡”という単語は魅力的に聞こえるのかもしれない。だからこそ変質者もホシノをかどかすためにこの情報を使ったのだ。

 どうしても気にはなるだろう。”奇跡”とやらを持っていながら、私は<対策委員会>と共にここまで来た。超常の力を振るえば、今この瞬間にでも全ての問題を解決できるのに、そうしていない。

 手を抜いている。遊んでいると思われるのは仕方のない事だ。

 

「吹き込んだのは例の変質者だな」

「…………」

「奇跡を使えば、アビドスを救える。そう言われたのか」

「ううん。違う」

 

 ちらりと、横目でホシノの様子を窺う。彼女の事だ。顔ごと向けると話をうやむやにして、今までの事を誤魔化そうとするだろう。相手の出方を見るしかない。

 ホシノは何かに怯えているようだった。これから起こる事に恐怖している。<カイザー・グループ>との接触か、それとも自身を勧誘してくる変質者に対してか……そのどれでも無いように見えた。

 恐らく、その恐怖が原因だ。あの退部届も、委員長の様子がおかしくなったのも。

 

「……先生は、奇跡の使い方を知っているの?」

「ああ」

「それって、使う時に対価が要る?」

「無理やり使おうとすれば、対価は必要となるだろうな」

 

 記憶を失った私だが、”シッテムの箱”を開ける方法は知っている。アロナと出会った時に思い出した。

 対価についてもそうだ。懐にしまっている”カード”が熱を放つ。

 

「…………」

 

 小鳥遊ホシノは黙り込んでしまった。私の返答がまずかったものと考えられる。私は動揺した。今の言動の何が彼女の”恐怖”を刺激したのか理解できなかったからだ。

 この少女の根源にあるのは、アビドスの前生徒会長の死だ。当時、ホシノを含めて二人しかいなかった<アビドス生徒会>は生徒会長の死を契機に活動を停止した。ホシノの様子が変わっていったのもそれが理由なのだろう。

 前生徒会長の死がこれ以上ないほどの傷になったのは理解できる。当然の話だ。不眠症だってそれが理由だという確信がある。

 しかしそれが、”シッテムの箱”に納められている奇跡と何の関係があるのか分からない。

 

(いや、待て……)

 

 奇跡を使えば、アビドスの前生徒会長──梔子ユメを蘇らせる事も不可能ではなかった。

 ホシノからすれば、それは当たり前の願いだ。だから対価の話が出たのか。そう得心がいった。

 私の命を使えば箱を開く事は可能だ。梔子ユメを蘇生できる。それで元通りになるなら喜んでそうしよう。だが、それは<アビドス高等学校>の問題を解決してからだ。

 

「む……?」

 

 しかし、今の推理とホシノの退部届が繋がらない。私に奇跡を使ってほしいからといって、居場所を去る必要は無いからだ。自己嫌悪が原因だろうか? だが、これをホシノに直接確認するのは憚られる。明らかに訊いてはいけない質問だからだ。

 うんうん唸っているとカイザーの採掘基地が見えてきた。そのまま進む。

 真っ黒な一団が待ち構えていた。オートマタの集団だ。特産品ではなかった。

 

『ようこそ、<シャーレの先生>。お会い出来て光栄だ』

 

 大柄なオートマタが馴れ馴れしく話しかけてきた。ホシノが発砲しないところを見るに、彼には人権があるらしい。

 

『私は<カイザーPMC>の理事を務めている者だ。<アビドス高等学校>が借金をしている相手でもある……』

 

 自己紹介をされているが、私の意識は常にホシノへ向けられていた。相手方の大物──図体と態度も含めて──が現れたが、特に変わった様子はない。警戒と嫌悪が全面に出ているだけだ。

 となると、奇跡の事を吹き込んだ変質者に話を聞いた方が良いだろう。ホシノ本人に訊ねると取り返しのつかない事態になりそうな気配がする。

 

『こんな所では話も出来ん。大したところではないが、中へ来てくれ』

「ああ、はい」

 

 出発前に公式SNSからカイザー基地への視察を行う旨の通知は発信している。とりあえず正面から接近して、抵抗されるようだったら小鳥遊ホシノのフィジカル任せで強襲。私は単身で基地内に潜入して調査がてら破壊工作でもしようという考えだったのだが、相手から迎え入れてくれて助かった。明らかに罠だが、それはどうでもいい。それよりも遥かに気になる事象が隣に存在するからだ。

 私はうんうん唸りながら、<カイザーPMC>の採掘基地へと足を踏み入れた。

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