先生「バキバキの記憶喪失」   作:地産地消

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第29話 漏れ出る劫火

「気が狂っている!」

 

 薄暗い管制室へ飛び込むなり理事は怒鳴り声を挙げた。

 カイザー基地の四方を囲む鉄道の内、三本の路線が使用不能となった。違法改造されたエンジンと増設された推進器によって時速四五〇キロまで加速した装甲列車が三台、特攻してきたのだ。

 鉄道を破壊する覚悟は出来ていた。輸送や補給、通信の要である長大な線路はこちらの生命線であり、剝きだしの弱点でもあった。

 爆薬や砲撃によって狙われるという事は予想していたのだ。しかしながら、無人の装甲列車を突入させて来るのは信じられなかった。

 

「防衛システムはどうした!?」

「ダウンしています! 有線、無線を問わず、基地内のあらゆる通信システムに障害が発生しており──」

 

 椅子に座っていた管制用オートマタを突き飛ばし、基地全体の現状を確認する。半径八キロに及ぶ敷地内の至るところで火災と爆破が起きていた。最新鋭のレーダーや無数の警戒用ドローン、磁力や電磁波、赤外線を用いた防衛・防犯システムのほとんどが致命的な被害を受けている。

 装甲列車の突入とほぼ同時に悪質かつ執拗な破壊工作が行われたようだ。

 戦車や装甲ヘリが納められている地下格納庫も同様だ。地上へと繋がるエレベーターの動力が──非常用電源も含めて──停止している。

 

(なんだ……!?)

 

 更に轟音と振動。基地中に断末魔のような警報が鳴り響いていた。地下に埋設されていた貯油施設八基全てに火の手が回ったらしい。このままだと一〇万リッター近い石油燃料に引火する。既に手遅れとなったオイルタンクが爆発し、空に突き刺さるような巨大な火柱が形成されていた。

 地上部隊の何割かにも消火活動をさせなくてはならない。このままだと敵を追い払うどころか採掘基地そのものが焼失する。

 

「ダメージ・コントロールを最優先にしろ! 被害が……」

 

 この規模はありえない。

 半径数キロに及ぶ軍事施設の主要設備が軒並み破壊されたのだ。なんの前触れもなく。

 そもそも、装甲列車の突入からしておかしかったのだ。妨害電波で埋め尽くされているアビドス砂漠といっても、鉄道を超高速で移動する物体が複数通過すれば基地から数十キロの地点で補足できる。そこをミサイルなり周辺のパトロール部隊なりで対応すれば終わりだったのだ。

 三つの装甲列車は無人だった。まだ調査すらしていないが分かり切っている。突入時の衝撃で線路から飛び出し横転して二〇〇メートルほど滑走したあと、夥しい量のロケット弾や自走式地雷を撒き散らして自爆したのだ。その被害状況すら判明していない。

 

 ──ありえない被害規模だ。

 この広大な採掘基地の内外は専門の部隊が交代で二四時間絶えず巡回している。それらの警戒を潜り抜け、基地の防衛システムをすり抜け、無数の破壊工作を施した後に装甲列車の突入とタイミングを完全に合わせて作動させる。

 完璧に訓練された最精鋭の特殊部隊が最低でも二個中隊、理想的な条件と神に愛されたような幸運を得て達成出来るような快挙だ。

 どんな軍事基地にも、運用にあたって”前提”というものがある。予想される脅威──仮想敵の存在だ。

 この基地は連邦生徒会長指揮下の<SRT特殊学園>による作戦行動にも対抗できるよう設計されている。にもかかわらず、この惨状だ。

 基地機能の七〇パーセントが失われた。たった数分で。

 理事だけではない、この基地に配置されている全ての人員が未曾有の危機に晒されている事を理解した。戦術データリンクで周知させる必要もない。そもそもカイザー自慢の戦術データリンク機能は既に破壊されている。

 

「基地外のパトロール部隊を呼び戻せ! 地上で稼働できる機甲戦力、航空戦力は全て出撃させろ! 復旧作業は通信システムを最優先! 増援部隊を急がせ!」

「し、<シャーレ>を確認! 第四七ブロックです!」

「映せ!」

 

 生き残っていたカメラが捉えた映像が、メインモニタに一台の装甲車両が確認された。カイザーのものではない。既に近場の兵士達によって銃撃が浴びせられているが、あまり効果はないようだった。

 中から三人の生徒が飛び出して来る。いずれも<アビドス高等学校>の生徒だった。

 異常な規模の破壊工作、装甲列車の突入と自爆。基地はあっという間に無茶苦茶にされてしまったが、あちらの狙いは分かっている。

 実験棟へ向かうつもりだ。

 

「<ゴリアテ>を向かわせろ! 全てだ!」

「はっ!」

「戦力を再配備する。VIPルームは無事だな?」

「肯定です」

「よし……私も出る。<クラーケ>を実験棟近くまで回せ」

 

 この基地の建造だけで三〇〇〇億近くかかっている。火器や車両、重機の搬入、人員と設備の維持を含めればその数倍の金額となるだろう。

 そのほとんどが、たった一〇分足らずで失われた。演算回路が焼け付くようである。

 例えこのまま勝利しても、理事の処分は免れないだろう。出世どころか解雇の通知が今この瞬間にも迫って来ている。

 破滅だ。先ほどから実験棟の爆破プロトコルを作動させようとしているが、反応しない。戦術データリンクを含むあらゆる機能が停止・停滞しているせいだ。

 理事自らが実験棟へ向かい、専用のパスコードを入力しなくてはならないが……好都合だった。

 

(ゴミどもめ……思い知らせてやる)

 

 あの青二才を八つ裂きにし、<シャーレ>の資産を全て手に入れる。幸い、最近になって閉鎖された学校の資産や装備が丸々あの組織に組み込まれたのだ。それらを奪えれば、この損失も補填できるだろう。

 待機させていた配下の特殊部隊を引き連れ、出撃する。通路は非常灯のか細い灯りのみで、基地の人員がひっきりなしに行交っている。理事を見ても誰も視線すら寄越さない。普段なら怒り狂うところだが、今は非常時だ。寛大に許してやる。

 エレベータが停止しているため、非常用の階段を使うしかない。機械の体は疲れないが、気分は最悪そのものだった。

 重厚な鋼鉄製の扉を兵士が六人がかりでこじ開ける。嗅覚センサが酷い悪臭を検知する。光学センサが捉えたのは、まさしく地獄の扉が開かれたような光景だった。

 

「これは……」

 

 外の世界は真っ赤に染まっていた。理事も軍事行動には幾度となく参加しているし、もちろん現場での作戦も経験している。銃撃や爆撃、放火などは当然の行為だった。慣れ親しんだものだった。

 しかし、目の前の光景は常軌を逸していた。

 一〇年以上の歳月をかけて建造、増築を繰り返してきたあらゆる建物、施設が炎に包まれて焼かれている。黒炎が絶え間なく吹き上がり、今もそこら中で爆発が散発的に発生していた。あまりの火災の規模で、真夜中にも関わらず辺りは昼のように明るくなっている。

 今はまだ午前二時を回った頃のはずだ。日の出まではしばらくある。

 電力系が無残に破壊された状況で光源に事欠かないのは僥倖だ。

 

「理事、<対策委員会>の連中が実験棟へ移動しているそうです」

 

 こうして、侵入者を見失う事もない。

 

「足止めはどうした」

「はっ。しておりますが、指揮系統が死んでいる状態です。効果は挙がっておりません。しかし……はい、今ほど<ゴリアテ>が到着しました」

 

 重苦しい駆動音が聞こえてくる。地上のハンガーに待機していたパワー・ローダー六機ほどが順次起動していっていた。今も理事達の二〇〇メートルほど先で、崩壊した格納庫を内側から破壊して一機が出撃していくところだ。胸部と背部のロケット・モーターから煙を引き連れながら無理やり飛翔する。

 

「ミサイル・サイロはどうだ」

「作業用のパワー・ローダーで瓦礫の撤去を進めております。巡航ミサイルの発射までには一時間ほど掛かる見込みです」

「急がせろ。発射の承認は省略して構わん。撤去作業が終わり次第、アビドス校舎を破壊する」

「はっ」

 

 ジープと兵員輸送用の軽装甲車がやってくる。混乱はまだ続いているが、こういった非常時の訓練もしているのだ。

 PMCの兵員は脅威の排除。基地要員は復旧作業。簡単な役割だ。怪我人の治療や生き埋めになっているだろう人員の救出は後回しで良い。

 サイレンが耳障りだ。うるさいだけの警報装置を切りたいところだが、遠隔操作を封じられていてそれも満足に出来なかった。

 

「<シャーレ>はどこだ……」

「は、発見できておりません。工作員も……」

「もういい!」

 

 これだけの破壊工作をやった部隊はまだ見つかっていなかった。アビドス生ではないのは確かだった。あのガキどもは装甲列車によって破壊された外壁から侵入してきている。

 つまり工作部隊はそれ以前から秘密裏に忍び込み、あらかじめ破壊工作をしかけているはずだ。あの指揮官気取りはどこからか精鋭を集め、そちらを動かしているのだ。

 この状況では探し出そうにも難しい。狙うべきは<対策委員会>の三人だろう。小鳥遊ホシノの救出のために向かう先は分かっており、あの子供連中を締め上げれば<シャーレ>と配下の特殊部隊も姿を現す。

 幸い、採掘基地の心臓部は地下にある。地上で広がる火災の影響は受けないし、爆発した貯油施設からも離れているためほとんど無事で済んでいる。

 つまり、実験棟にのみ意識を向けていれば良いわけだ。

 建物の瓦礫や倒壊したコンテナを避けて車両は進む。銃声や爆音が近づいてきた。

 砂と煙の混じった熱風が、一際強まる。

 

「うお……!?」

 

 理事の頭上を巨大な影が通り過ぎていく。金属の塊だ。

 それは後ろを走っていた兵員輸送車を下敷きにし、火花を撒き散らして沈黙する。

 パワー・ローダー<ゴリアテ>の上半身だった。

 辺りは障害物だらけだった。仮設式のバリケード、空っぽの武器コンテナ、破壊された基地車両。ここからは徒歩で移動するしかない。

 銃弾がすぐ近くを通過していく。

 

「理事! お下がりください!」

「馬鹿を言うな!」

 

 肩を掴んできた部下を吹き飛ばし、大股で進んでいく。防護服と防弾盾で武装した兵士によって壁が構築されていた。その向こうには頭の足りない連中が健気な抵抗を続けている。

 近くの兵士が持っていた拡声器を奪い取り、叫んだ。

 

「もうやめろ!」

 

 理事の接近に気づいていなかった部下の部隊が動揺する、重装隊が守りを固めるため集まって来た。

 

「キサマら……自分達が何をしているのか分かっているのか!?」

 

 返事は無い。代わりに飛んできた銃弾が防弾盾の表面で弾ける。聞きなれた銃声は、カイザー製のPDWによるものだった。盗人風情が……。怒りが募る。

 

「躾のなっていない連中だな。私を誰だと思っている!?」

 

 返事は無い。代わりに飛んできたグレネード弾が集結していた部隊の中心で炸裂した。あれもカイザー製品だった。

 

「キサマら……!」

「理事、この場は危険です! まだ部隊の展開すら出来ていないのですから……」

 

 縋りついてきた部下を振り解く。理事とて、感情任せに現場へ来たわけではない。

 あの馬鹿な<対策委員会>の狙いは小鳥遊ホシノだが、理事の姿を間近に見て通過できるはずがない。この基地の責任者であり、借金の債権者であり、今回の件の首謀者なのだ。

 倒す事が出来れば、目標を達成したも同然。進撃の速度は間違いなく緩む。そうすれば包囲が可能だ。あの小娘どもが危機に陥れば<シャーレ>も出てくる。あの無力な男を殺せばゲームセットだ。

 今は理事が囮となって時間を稼ぐ。それが最善手のはずだった。

 

「小鳥遊ホシノは実験棟にいる! だがキサマらは近づく事すら出来ん! 起爆スイッチを持っているのはこの私だ! 目の前で吹き飛ばしてやる! あの馬鹿な副会長をな!」

 

 重装隊の一部が防護バリアを展開し、前進する。理事は拡声器を持って叫び続ける。通信システムの一部が復旧しつつあった。

 残りの<ゴリアテ>五機がこちらに向かっている。戦車や迫撃砲、ロケット・ランチャー装備の警備部隊もだ。

 あと数分稼げれば、こちらの勝ちとなる。<クラーケ>が届けば、理事自らがあの<対策委員会>を血祭にあげられるのだ。

 

「そういえば、もっと馬鹿な女がいたな! 砂漠で死んだ、あの愚かな生徒会長だ! 昔、街中でビラを配っていたの見たぞ! 何の意味もない……下らん女だった! キサマらも後を追うが良い! 勝ち目など無いぞ! 希望も、将来もだ! 全て奪い尽くしてやる! 地獄の底で自らの程度を思い知れ!」

 

 怒りを誘う事は成功したようだった。バリアを貫通された重装隊が全滅する。カイザー製品ではなく、自前の火器を使用し始めた。

 何体かのオートマタ兵がミサイル・ランチャーを発射する。アビドス生が隠れていたバリケードが爆炎と共に吹き飛んだ。そこへライフル弾が嵐のように殺到する。

 ……手応えなし。すばしっこい連中は直前で移動していたらしい。

 後方で展開していた砲兵部隊から無数の榴弾が発射された。絨毯爆撃。これで終わりだ。キルゾーンが形成されている。指定された地点へ向けて、さらに数十挺の小銃が火を噴いた。

 執拗な追撃。相手が子供だろうと関係ない。ヘイローを有する生徒であれば、この程度で死んだりしないのだ。動けなくなったところを拘束して、念入りに痛めつけてやる。一人ずつ、ヘイローを破壊してやる。その様子をあの小鳥遊ホシノに見せつけてやってもいい。

 もうもうと立ち込める煙。僅かな静寂がやってくる。

 それを切り裂いて飛来した五・五六ミリ弾が、理事の持っている拡声器を粉々にした。

 

「……!?」

 

 一〇時の方向から白髪の生徒が飛び出してくる。

 こちらの兵士が照準する前に発砲された。一瞬で三名が戦闘不能。無傷だと? さらに三時の方向から銃撃。黒髪ツインテールの生徒が破壊された車両の陰から銃だけ出して散発的な射撃を行っている。狙いなど付けられないはずなのに、恐ろしい精度だった。五発で五人が戦闘不能。

 動揺の隙を狙う者がいる。倒れた兵士から手榴弾を奪い取り投擲。そして、青いマフラーを揺らして消えた。爆発。一〇人近くがバリケードごと吹き飛ばされた。

 キーンという電動音。ボロボロになったプレハブの向こうから機関銃が掃射された。邪魔なバリケードは吹き飛ばされている。射線を遮る物はなにも無い。扇状の殲滅範囲にいた味方の一個中隊に甚大な被害が出る。

 さらにライフル弾が飛んできた。隣の部下を盾にする。着弾で機械の体が跳ね飛ばされ、きりもみしながら半壊したダストボックスに叩き込まれる。

 発砲した白髪マフラーの生徒は、幾つかの武器を盗んですぐさま戦火に姿を消した。獲物に執着したりもしない。

 

「なんなんだ、あの連中は……!?」

 

 このしぶとさ、この強かさ。仲間を馬鹿にされても激昂すらしない。怒りに耐性があるのか……? アビドス生といえば、損得勘定の出来ない馬鹿なお人好し達で構成されていたはずだ。

 随分前に戦力分析も済ませている。一か月ほど前までは、カタカタヘルメット団程度に追い込まれていた連中だった。

 それが、この勢いだ。精鋭どころではない。何かもっと別のものに様変わりしている。

 戦線が瓦解しかけている。たった三分足らずで。ぞくりと背筋が凍る。敗北の予感が思考回路をよぎっていったのだ。

 

「理事、装甲部隊が到着しました!」

 

 主力戦車が四両、そして地響きと共に現れたのは二機の<ゴリアテ>だ。さらに兵員輸送車から一〇〇名近い兵士が出現する。

 そうだ。こちらの戦力が尽きる事はない。しかも基地外を巡回していたパトロール部隊も帰還しつつある。実験棟周りの防衛戦力も配備済みだ。

 この三人がどれだけ強かろうが、突破には時間がかかる。

 理事はこのまま部下に戦線を任せ、実験棟へ行って起爆装置を作動させれば良い。この時間稼ぎはもうすぐに終わるという事だ。

 もう拡声器は無い。仕方ないので口部スピーカーのボリュームをマックスまで上げる。

 

「降伏しろ! これが最後のチャンスだ! キサマらは包囲されている! 勝ち目などない……今ならまだ間に合う! 全て<シャーレ>の入れ知恵だとメディアに証言すれば良い! お互い、あの得体の知れない変態の被害者だ! あいつを切り捨てろ! そうすれば全て元通りにしてやる! 借金の金利はゼロ! 違約金も無し! どうだ!?」

 

 何も返ってこない。

 

「あの先生とやらはどうした!? なぜ出てこない!? なぜ子供にばかり戦わせる!? 危険な事は子供任せか!? あの卑怯者を出せ!」

 

 二機のパワー・ローダーが両腕の三〇ミリ機関砲を乱射しながら接近していく。障害物を一掃して、生徒が姿を現したら短距離ミサイルを撃つ。そうすれば逃げられない。

 煙と炎の中からライフル弾が飛んで来るが、頑丈な正面装甲に弾かれる。距離が遠く、角度も悪い。背後の推進器や内部の冷却装置へ繋がる排気口を狙われたりしない限り、小銃弾での貫通は難しい。

 戦車等とは違い、銃撃などすれば発射地点へ猛烈な砲撃が見舞われるのだ。

 

「キサマらの負けだ! さっさとあの無能な大人を──」

 

 背後の砲撃部隊が攻撃を受ける。銃弾ではない。もっと大口径の砲弾が榴弾砲の尾部を食いちぎった。弾薬に引火して、連鎖炸裂。合金製のコンテナが空高く跳ね上げられる。

 頭部ユニット内で警報音。赤外線誘導。ロックオンされた事を意味している。狙われているのは理事ではない。

 付近の戦車、装甲車、ロケット・ユニットにミサイルが降り注ぐ。全て頭上からだ。

 オープンチャンネルから、”あの男”の声がした。

 

『私になにか用か』

 

 炎の槍が巨人の頭に突き刺さる。超高速の対戦車ミサイルだった。指向性を持った成形炸薬の爆風によって<ゴリアテ>の上半身が内部から吹き飛ばされる。千切れ飛んだ右腕部が兵舎を薙ぎ倒した。残された下半身は二歩ほど進んだところで力尽きて倒れ込む。

 

「なっ……!?」

 

 残った<ゴリアテ>が両腕部の機関砲を乱射しながら、肩部のミサイル・ランチャーを発射する。

 黒煙に満たされた空を切り裂いて移動しているのは漆黒のパワー・ローダー……理事専用に用意された次世代機<クラーケ>だった。

 

 黒い機体は右腕の四〇ミリ口径の高初速ライフルを発砲した。正確な狙いだ。<ゴリアテ>の右腕部が肩口から破壊された。さらにもう一発。頭部の無反動砲を撃ち抜かれる。

 空の<クラーケ>は迫りくるミサイルの隙間を潜り抜け、背部の推進器を全開にした。近接信管が作動するより早く離脱。爆炎を置き去りにして加速した。地面すれすれを飛行し、そのまま<ゴリアテ>へと突撃した。

 

 金属同士がぶつかる轟音。途方もない衝撃が辺りを突き抜けて行った。二体の巨人が地面を滑走する。何棟かの建物を倒壊させ、理事たちのすぐ近くを通り過ぎ、そしてようやく停止する。

 勝敗は明らかだった。<クラーケ>の細く鋭い腕部が、<ゴリアテ>の腹部に突き刺さっている。それがゆっくりと抜かれれば、内部の冷却ユニットが力任せに引きずり出され──握りつぶされた。

 集結しつつあった地上戦力は、その大半が殲滅されている。当然だ。個人で一個大隊に相当する生徒に対抗できるというのが、<クラーケ>に要求された性能である。

 問題があるとすれば、

 

「<シャーレ>だと……!?」

 

 次世代型パワー・ローダーの胴体部にある、コクピット・ハッチが解放された。

 現れたのは白い上着を着た、不健康そうな優男。いまや<カイザー・グループ>の宿敵となった<シャーレの先生>が地面へと飛び降りてくる。

 基本的に、この基地に存在する機体はオートマタ兵による搭乗を前提としている。神経回路を接続すれば、複雑な操縦システムへの習熟時間が大幅に短縮できるからだ。

 

 しかしながら、兵器に必要とされるのは信頼性だ。それは太古から現在まで変わらない。強力なジャミング、悪天候や故障、被弾による損傷といった内外でのトラブルに対応するため、マニュアル操作は標準搭載されているのだ。

 だから、基本的な知識さえあれば<クラーケ>をオートマタ兵以外の者が操る事も可能なのだ。

 

 重要度の高い機体が眠る格納庫……通称VIPルームは軍事基地の深部にあり、そこに至るまでの無数の防衛システムを掻い潜り、機体本体を守る厳重極まりない認証システムを突破するといった物理的・技術的困難をクリアすれば、可能ではある。

 

「あ、ありえん……」

 

 動かせたとして、戦闘機動まで行えるのは三〇〇時間近い訓練を受けて選抜された専門の操縦兵のみだ。あんな記憶喪失の役立たずが、通常兵器を圧倒するほどの性能を引き出せるはずがない。

 マズい事になった。

 ゲヘナからは空崎ヒナが出撃して来ている。もしかしたらトリニティの剣先ツルギも参戦してくるかもしれない。彼女らを理事自らが<クラーケ>で撃破する算段だった。独立連邦捜査部含め、”抑止力級の個人”を”兵器”が上回れるのなら、途方もない軍事的価値を持つと証明する事が出来る。

 いわば、今回の件のはカイザーにとってのプレゼンテーションでもあったのだ。

 

『また来たぞ。約束通りだ』

 

 抑揚の無い声が耳元で聞こえた。基地の通信システムを通じて、こちらへ呼びかけてきている。

 数々の破壊工作を実行した部隊の姿はまだ発見できていない。<対策委員会>と<シャーレ>のみだ。

 ここは理事が管理する世界だ。なのに、白い服を着た男の態度は度し難いものだった。支配者のようにくつろいでいるのが分かる。

 

「なんの真似だ」

『質問の意図が分からん』

「<シャーレ>が何をしに来た!?」

『ああ……今日は良い天気だから、ゴミ掃除に来た。盛大に片付けて、燃やす。見ての通りだ』

「…………」

『冗談だ。気を悪くしたなら済まない。小鳥遊ホシノがここにいるはずだ。連れ戻しに来た。以前にも言ったが、降伏して全ての施設と装備を明け渡せ。これ以上、恥ずかしい思いをしなくて済む』

「……恥だと?」

 

 通信システムは復旧しつつある。既に複数の狙撃手が<シャーレ>へ狙いを定めるべく、いくつかのポジションへ移動中だった。

 また<クラーケ>に乗り込まれでもしたら困る。戦術データリンク機能が戻れば、理事の権限であの機体を封じる事も出来るが、何にせよ時間稼ぎは必要だった。

 アビドス生の戦闘力は、以前に計測した時と比較して跳ね上がっている。異常な上昇値だ。原因はあの男だろう。基地の通常戦力で対抗するのは難しい。

 

 逆に言えば、あの<シャーレ>さえ殺してしまえばこちらの勝ちという事だ。あちらは小鳥遊ホシノを取り戻せれば勝ちだと思っているようだが、それは違う。

 あんな生徒などどうなっても良い。白衣の男が死ねばこちらの勝ちなのだ。常に位置を把握し続け、全火力をあの男に投入する。それだけで良い。

 だから理事は敵の言葉に付き合ってやる事にした。

 

「連れ戻すとは人聞きが悪いな。あの子供は自らの意志でここへ来た。我々は契約に基づいて、その身柄を保護しているに過ぎない。ここまで騒ぎを大きくしたキサマこそ、恥を知るべきではないかな?」

『恥という概念を理解しているのか。思ったより性能が良いんだな』

「なんだと……」

『周りを見てみろ。貴様らが大事に隠していた秘密基地はぐちゃぐちゃだ。責任者が無能なばかりにな。責任者は誰だ』

 

 爆破と火災による混乱で戦力の集結に遅れが生じている。生身の男との距離は一〇〇メートルほど。この距離なら問題なく射殺する事も出来る。理事の両腕部には二〇ミリの速射砲が内蔵されているのだ。しかし、あのアビドス生には通用しないだろう。

 なんとかして時間を稼ぎ、狙撃を通す。

 理事は肩を竦めて見せた。相手の意見に耳を傾けてやる。

 

「……確かにな。見事な手腕だ。我が基地がこの有様だ。見くびっていたよ」

 

 まだ配置につけないのか、無能な部下め。

 

「だが責任というなら、キサマはどうなのだ? 世論は<シャーレ>の存在を疑問視している。……いや、危険視といった方が正しい。たった五人の子供のために、ここまで事を大きくする。平和的な解決ではなく、危険極まりない対決を選ぶ……。大勢が思うだろう。『こいつは危険だ』と」

『そうかもな』

「この後の事はどうする。小鳥遊ホシノを救出したとして、<カイザー・グループ>からの報復は続くぞ。キサマだけではない。<シャーレ>に所属する全ての生徒と、その関係者が対象になる。全員守ってやれるのか? 永遠に? キサマという個人が、我々という組織に敵うはずがない」

 

 上司を危険に晒しているこの現状をもっと認識した方が良い。基地中の武器庫が破壊されているとしても、かき集める事は出来るはずだ。

 この好機をモノに出来ない無能な部下たちに、理事は心底吐き気がした。

 

「ここまでやって何になる? この基地には大隊規模の戦力が配置されている。外にはその数倍だ! 増援だって無数に来る! たった数人で戦い続けるのか? ゲヘナとトリニティはいつまでも助けてなどくれんぞ? ”これから”どうする!? 怒りや憎しみといった安い感情に任せて子供を危険に晒すのが大人のやる事か!?」

『…………』

 

 相手の男は左腕の時計を確認している。相変わらず人を苛立たせるのが上手い。

 

「我々は大人だ。前にも言っただろう。自身の地位、名誉、利益を守る。その上で責任を果たす。それが”大人”だ。キサマの行為で誰の地位と名誉、利益が守られる? 誰が得をするのだ?」

『……なるほどな』

 

 そこで相手の男は不可解な行動に出た。周囲を固めている生徒から離れるように、理事の方へ歩き始めたのだ。

 一歩、二歩、三歩。止めようとするアビドス生を手で制し、

 

『損得で動くのか』

「そうだ。利益を最優先する。社会とはそういうものだ」

『そのための犠牲は誰かに押し付けるのか』

「そうではない。誰かが得をすれば誰かが損をする。弱肉強食。弱き者が強き者に道を譲る……それでこそ秩序は守られ、発展が約束される。社会とはそういうものだ」

『だから”大人”が”子供”を搾取するのか』

「人聞きが悪いが……結果的にそうなる場合もある。気の毒ではあるが」

『分かった。はっきりさせてやろう』

 

 <シャーレの先生>は、その上着を脱いだ。両肩や背中に組織の紋章が刻まれている防弾衣が、砂の張った地面に脱ぎ捨てられる。

 後に残ったのは、時代遅れのリボルバー銃を腰にぶら下げた、記憶喪失の男だけだった。

 アビドス生が血相を変えて近寄ろうとする。防弾衣を脱げば、あの男はピストル弾の一撃でも死に至る。付近の兵士達全てが持っている銃を向ければ、運よくどれかが直撃するかもしれない。

 しかし先生を名乗る男は、自身を守ろうとする生徒を視線だけで制してしまった。

 くたびれた黒いシャツから伸びる右腕が、腰のホルスターの留め具をゆっくりと外す。それだけで何を考えているのか理解できた。

 相変わらず気が触れた男だと思った。いま理事は初めて、あの男に好感を覚えたのかもしれない。

 安物の眼鏡から覗く眼光は鋭かった。

 

『”大人”とは──子供が正しい事をする時、自身のあらゆる地位や名誉、利益を捨てて道を譲る者の事だ。それが出来ない者は大人ではない……』

「…………。なんの真似だ?」

『貴様に最後のチャンスをやる。腕の二〇ミリ砲を私へ向けろ』

「馬鹿な……死ぬ気か?」

『暗殺は私に効かない。やるなら今だぞ。……なんなら部下に任せてもいい』

 

 相手の意図が不明だった。この期に及んで、まだ何か手品をする気なのか? 理事を前に釣り出して、伏兵に襲わせる気なのかもしれない。

 しかし……魅力的な提案なのは事実だった。あの薄気味悪い男を手軽に処刑できるのだ。そうなれば勝ちである。

 あの四五口径で理事に傷を付ける事は出来ない。反対に、こちらの二〇ミリ砲は乗用車を粉々に出来る破壊力だ。どうやったって敗北は無い。

 演算システムが誘いに乗れと言っている。しかし、あの男の思い通りになる事を、人間でいう大脳辺縁系の機能を持つ感情システムが拒否していた。強い興奮状態。

 

「下らん真似はやめて降伏しろ! 理解できん!」

『分からないのか……思考回路が安物なんだな』

「……っ!」

 

 お馴染みのオートマタ差別に理事の右腕が跳ね上がる。下腕部のユニットが展開し、内蔵されていた二〇ミリ砲がせり出してきた。

 FCSは正常に作動している。この距離で外す事などありえない。

 

『それでいい』

「なんなんだキサマは……! 気持ちが悪い! 私が願えば発砲までは〇・一秒! 〇・一秒でキサマは死ぬ! 何が狙いだ!? 何ができる!? この状況で!?」

『試してみろ』

「…………」

 

 人間の神経伝達速度は〇・一秒を超える事は出来ない。その速度でさえ、脳からの命令が四肢へ到達するまでのものでしかないのだ。そこから筋肉が収縮し、腰の銃を抜き、こちらへ向けて狙いを定め、引き金を引き、ようやく何の意味も無い銃弾が発射される。

 理事の方は既に照準まで済ませている。あちらが右腕を僅かでも動かした瞬間には、その上半身を吹き飛ばしてやる事が可能だ。

 そうだ。絶対に不可能だ。だからこそ不気味だった。センサー系の異常は復旧していない。何かしらの手段を外部に用意しているのではないか? 

 

「…………」

『…………』

 

 砂漠の中心で、男二人が対峙している。

 月光の下、火と砂の海で、乾いた緊張感が辺りを包んでいる。カイザーの兵士もアビドスの生徒も、身じろぎすら出来なかった。自身が何かしらの動きをした瞬間、決定的な事態が起こってしまうような予感がするからだ。理事もそうだった。また腕時計を確認しているあの男もそうだろう。

 いや──違った。

 

『撃たないのか』

「…………」

『それとも、撃てないのか』

 

 微塵の緊張すら感じていない声。表情も、呼吸も、心拍数も筋肉の痙攣も異常が無い。完全なリラックス状態。

 この場でただ一人、この世界で最もひ弱な男だけが脅威を感じていない。

 器の違いを認識し、抱くのは敗北感だった。理事の思考回路に怒りの炎が灯る。

 何もかも厄介な男め。うんざりだ。面倒くさい。殺してやる。

 

「子供の機嫌取りと戦術指揮しか能のない男が……!」

 

 そう思うが、発砲信号を発する事が出来なかった。このままあの異常者を射殺するのは間が抜けているし、与えられた勝利など欲しくはなかった。

 男は後ろ腰から何かを取り出し、それをこちらへ向かって放り投げた。こぶし大の物体。爆発物かと思ったが、違う。

 それは、ガラクタだった。オートマタの関節部に用いられる、安っぽい電動式のモーターだ。

 恐らくは砂漠に湧き出る機械人形から剥ぎ取った物だろう。何の変哲もない、機械の部品。

 しかし何にせよ、意味が不明だ。

 

「なんだこれは」

『よく見ておくと良い』

 

 男は相変わらずの無表情だったが、理事にはぞっとするような笑みを浮かべているように見えた。

 

『貴様らもそうなる』

「…………!」

 

 怒りと憎悪が発火する。それは発砲信号となって頭部から右腕へ駆け巡った。

 腕部の速射砲に装填されている成形炸薬弾に火が点いて、砲口から吐き出される。寸分たがわず駆け抜けた大口径の砲弾はか弱い肉の体を木端微塵にして、その後方へ飛んでいく。

 そうなるはずだった。

 

『何か勘違いしているようだが』

「ぐ……おっ」

『生徒の機嫌を取る事も、戦術指揮も、死ぬほど苦手だ。私に何か取り柄があるとするのなら──』

 

 理事の右下腕部──速射砲があった部分が吹き飛んでいた。弾薬が誤作動し、暴発したのだ。駆動系に深刻な損傷。腕の中で火災が起こっている。防衛システムがダメージ・コントロールを要求している。頭の中で警報が鳴り響いた。

 黒煙を噴き上げる片腕を抱えてうずくまる理事に、後ろで控えていた無能な副官が血相を変えて飛びついてくる。

 

『──破壊と、略奪だ』

 

 ようやくショックがやってくる。

 

「ぅおおおおおおっ!?」

「理事! う、腕が!」

 

 何をされたか、まったく認識出来なかった。光学カメラの映像を再生し、分析。〇・五倍速……〇・一倍速……ようやく捉える事が出来た。

 別に不思議な事ではない。あの男は腰のホルスターから銃を抜き、そこから放たれた弾丸が理事の速射砲の砲口に飛び込んできただけだ。それによって内部の成形炸薬弾が暴発し、理事は重傷を被った。それだけだ。

 脅威的なのはその速度だろう。動き出しから発砲までに要する時間はたった一フレーム──〇・〇二秒だった。

 人間技ではない。これは神業の領域だ。

 

『……ノロマが』

 

 悪意に満ちた声が聞こえてくる。

 理解をさせられた。視界の全てを埋め尽くす、この世の物とは思えない破壊の嵐。生徒にあんな真似は出来ない。最も警備が厳重なVIPルームにある機体が奪われているのもそうだ。他に人員がいるのなら、指揮官気取りがわざわざ前に出てくる理由はない。

 つまりは、目の前にいる記憶喪失の男が、カイザーの軍事基地を火の海にしたという事だ。たった一人で。

 兵士達が一斉に銃を構えた。濃密な煙幕が張られる。アビドス生が怒り狂った様子で<シャーレ>の男を黒い機体のもとまで投げ飛ばしている。

 

「理事、発砲の許可を──」

「殺せっ!! 連中を!! いますぐだっ!!」

 

 基地の至るところで報知器の悲鳴や爆発音、崩落音が合唱している。そこへ新しい音が加わった。風切り音。

 大口径の砲弾が飛び込んでくる時の音だった。迫撃砲か戦車砲か……いや、それよりも大きい。遥かに、大きい。三一センチ口径の滑空砲だろう。それがアビドスの旧本校舎を要塞化した司令部のど真ん中に着弾し、大爆発した。

 

 続いてクラスター弾が基地の広範囲に散布される。これは基地内部から放たれた物だった。ゼーコムと呼ばれるカイザー製の最新兵器である。それが味方に向かって使用されたのだ。滑走路やヘリポートのある区画が消滅した。

 構っている場合ではない。慌ただしく集まった兵隊たちが持っているライフルやサブマシンガンを乱射する。ポジショニングや連携などは全くなかった。銃を持ったばかりの新兵が集まったようだった。

 

 スモーク・グレネードや火災による黒煙で、視界はすこぶる悪い。ありったけの銃弾を注ぎ込んでも手応えなどまるでなかった。

 煙の向こうから数発の弾丸が返ってくる。敵の銃弾ばかりが命中した。

 彼我の戦力には決定的な違いがあった。

 

「なんだこれは……」

 

 カイザーの兵士達は混乱の極みに立たされている。今まで取り組んで来た訓練や、あらゆる作戦行動で培った経験がまるで役に立たないのだ。

 充分な用意をして、相手を蹂躙しようとしていた矢先だった。完全な勝利を確信していたのに、今は地獄の底で絶望的な防衛線を展開している。極度のストレスが処理能力を圧倒しているのだ。オートマタの兵士であっても平静ではいられない。自分が誰なのか、どこで何をしているのか全く分からなくなっている。

 

 反対に、アビドス生達は冷静そのものだった。移動、射撃、陽動と反撃、濁流のように絶えず動き続け、散開し圧力をかけ、隙を見せた相手を刈り取る。合間合間に略奪を挟む事も忘れない。

 炎と月光のみにも関わらずメンバーの位置を正確に把握し続け、言葉も無しに完璧な連携を維持している。異常なまでに成長した子供の部隊に、<カイザーPMC>は全く歯が立たなかった。

 

 そうこうしている内に炎の壁の向こうから、漆黒の巨人が立ち上がった。奪われた<クラーケ>だ。脚部のパワーだけで一五メートルの高さまで跳躍し、四〇ミリライフルを発砲する。装甲車やSAMといった高脅威目標が瞬時に破壊される。

 

 八割がた復旧した通信システムでは、多数の<ゴリアテ>と戦車がこちらに向かっているようだった。

 いまやカイザーの切り札たるあの機体はもっとも恐ろしい敵となってしまった。破壊するには大変な損害を覚悟しなくてはならないだろう。

 しかし、それで良いのだ。あれには<シャーレ>が乗っている。撃破すれば、こちらの勝利となる。

 

(馬鹿め……)

 

 通信システムの復旧に伴い、戦術データリンクも回復しつつある。理事の権限が通りさえすれば、あの<クラーケ>は遠隔操作で自爆させられる。小鳥遊ホシノを捕えている実験棟もだ。

 あの男はわざわざ機体から降りて手品を披露したいようだったが、それが裏目に出た。あの無駄な時間が取り返しのつかない事態を生むのだ。

 すでに軍事施設は恐ろしい被害を受けているが、最後に勝つのは我々だ。

 理事は軋む体を引きずりながら、メンテナンス・ルームへと向かった。

 

 ◆

 

 数時間前。

 

「やっぱり頭おかしいんだ」

 

 装甲列車に揺られながらの移動中、作戦の説明を受けた鬼方カヨコは首を振った。こんなに呆れた事は今までない。エキセントリックなメンバーが多い<便利屋68>で鍛えられていると思ったが、世の中上には上がいるものだ。

 厳重を極める敵の軍事基地。そこへ<シャーレの先生>が一人で潜入し、あらゆる破壊工作を行う。放火と爆破を撒き散らすのと同時に、他に用意してある複数の装甲列車を特攻させる。その上でアビドス生が突入し、囚われの委員長を救出するのだ。

 成功すれば、相手は混乱するだろう。隕石が直撃するような事態だ。どんな警備体制も崩壊するに決まっている。しかし隕石が直撃する事を警戒する人間はいない。現実味が無さ過ぎて、考慮にすら値しないからだ。

 

「問題は無い」

 

 しかし、作戦の立案者がいつもの様子で告げる。この男はほとんど手ぶらに近い装備で敵の基地に入り込み、その機能の尽くを破壊するというのだ。正気ではないと判断せざるを得ず、こんな男に騙されてここまで来てしまった自分たちの運命を呪ってしまう。

 カヨコはアビドス生の様子を伺った。いつもなら、ここで怒り狂った彼女らが変質者をボコボコにするだろう。自身を狙う空挺部隊に対抗するため自爆した時からまるで成長していない。自爆の次は自殺とは、周囲の神経を逆なでする事に関しては、この先生は神の領域に到達していた。

 

「……え」

 

 だが、アビドス生の四人は何も言わない。本当はぐちゃぐちゃにしたいようだが、信じられないような自制心で耐えているようだった。

 いつもは愉快犯の浅黄ムツキもドン引きしている。彼女もカヨコと同じ疑問を抱いたらしい。

 

「眼鏡っ娘ちゃん達は先生をぐちゃぐちゃにしないの?」

「そうしたいのは山々なんですが……」

「色々と事情があって……」

「信じるって約束しちゃったのよ」

「今は後悔してる」

 

 なんでも、小鳥遊ホシノの離脱に伴いアビドス生と先生は少し揉めたようだ。小鳥遊ホシノと<シャーレの先生>が抱える問題が表面化し、それが今回の件に繋がった。

 それは良い。そんなのはどこでもある事だ。複数人が集まれば、必ずトラブルは起きる。それをどう乗り切るかで、その集団の価値は決まる。

 カヨコ達の社長である陸八魔アルが『嫌な予感がする』と騒いでいたのと同じ時刻だ。モモトークが返って来なくてしょんぼりしていた社長だが、異様な勘の冴えを見せる時がある。

 結果的に先生と<対策委員会>は結束し、その勢いのまま”三大校”を巻き込み<カイザー・グループ>へ殴り込む事に決めた。

 

「準備も時間も足りないのは分かるけど……」

「それは違う。ホシノが離脱したのは予想外だが、元々あの基地は<対策委員会>と私だけで潰すつもりだった」

「先生が一人で忍び込んでー? ドカーンってやれば良いって思ってたんだー?」

「そうだ」

「へぇー」

 

 ムツキがピキピキし始めている。どうしてかは不明だが、カヨコにもその気持ちは分かった。この先生が危険な真似をする度に怒りが込み上げ、顔面パンチしたくなるのだ。

 今までは便利屋が先生を危険に晒す側だった事もあり行動に移せなかったが、今は違う。ムツキも同じ気持ちのようだ。ニッコニコだが、かなりご機嫌斜めなのが分かる。

 しかし出来ない。二人の上司である陸八魔アルがむっつりと瞑目していて、意志を表明していないからだ。

 

「先生……本気なの?」

「もちろん」

「そう……。悪いけど、こんな酷い作戦は聞いた事が無いわ。無謀そのものね」

「そうだろうか」

「先生! 貴方は私達の恩人だけど、今回ばかりは言わせてもらうわ。こんな事をしても小鳥遊ホシノは救えない。先生が危険な目に遭えば遭うほど、事態は悪化する」

「アルの懸念は最もだ……だが、今回は違う」

 

 先生は眼鏡の位置を少し直し、視線を下げた。ふざけた内容の作戦を聞かされたせいで薄れていたが、今の先生からは普段と違う空気を感じる。

 思い詰めたような切迫感や、自分などどうでも良いというような投げやりさが窺えない。その表情からは何か大きな目標に向かって進む、清らかで実直な意志が感じられる。

 

「ホシノが問題視した点に関しては、改善する用意がある。だが、私が<シャーレの先生>を続けている限り、避けようが無い部分がある事も確かだ」

 

 確かに、と思う。キヴォトスでは銃撃や爆撃が日常茶飯事だ。流れ弾の一発で死に至る可能性が漂うのはどうしようもない事である。そして、独立連邦捜査部という組織は学園都市全域を活動範囲としていて、安全な場所に留まり続ける事も不可能だ。

 生徒が先生を求める限り、最悪の別れが訪れる覚悟は必要なのだろう。

 アルは難しい表情で訊ねる。

 

「それでも大丈夫だって証明するために、基地に潜入するの?」

「そうだ。約束する。私は今回の作戦で、傷一つ負わない。無傷でホシノを連れ戻すし、あの基地も潰すし、カイザーに今までで一番嫌な思いをさせてみせる」

「……私も先生と戦った事はあるから、”無傷で”っていう部分以外は信じられるけど」

 

 この男は究極的な唐変木だが、その実績は凄まじいものがある。サンクトゥムタワー奪還作戦から狐坂ワカモの勧誘、D.U.の治安回復。<対策委員会>と合流してからは便利屋を含む武装集団を軽々と撃破し、暗黒街で伝説的なテロを行い、たった一か月ちょっとで廃校寸前の自治区をキヴォトスで最も注目を集める場所にした。

 それに今回の敵は大人だ。先生が守るべき子供が相手ではないから、怪我を負わせないように配慮する必要もない。一人で基地を潰せるというのなら、きっと可能なのだろう。

 アルの懸念はそこではない。先生の好きにさせていたら、いずれ取り返しのつかない未来に繋がる予感がするのだ。一人で何もかもを抱え込んで、最終的には力尽きてしまう。そんな確信。

 アビドス生が束縛する理由もそこにある。

 

「…………」

 

 アルは考え込んでしまう。今日の社長の勘の冴えは、これまでで一番だ。だからこそ、胸騒ぎを無視できない。

 うーん、とカヨコは唸った。便利屋は依頼を受けてここにいる。必要不可欠な戦力というよりは、カイザーに狙われるくらいなら近くに置いておきたいという思わくから招集されたのだろう。あまり影響力がないのだ。

 こちらがゴネたところで、作戦に大きな支障はきたさない。

 何か言うべきだろうか。そう思ったところだった。

 散弾銃を抱えて列車の壁に同化していた少女が、初めて声をあげた。

 

「あ、ああああの」

 

 伊草ハルカだった。真っ青な表情で大汗を流しながら、

 

「ハルカ……?」

 

 便利屋メンバーは一様に驚いていた。

 ハルカは自己評価が低く、自己主張もほとんどしない。アルや他の仲間が何らかの不利益を被った時だけは誰よりも早く常軌を逸してしまう危険人物だが、こういった会議の場で挙手することは今までなかったからだ。

 意見を発しただけなのに、少女は酷く後悔した様子で、

 

「すすすすすみません! すみませんすみません! 大事なお話の時に、わ、わ、私なんかが口を挟んじゃって……!」

 

 そのまま散弾銃の銃口を口に突っ込み、引き金を引こうとするハルカをムツキがやんわりと抑えてやる。手慣れていた。

 社長と先生の視線が交わり、アルは真面目な口調でハルカに言った。

 

「ハルカ、貴女の意見を聞かせてくれる?」

「あ、あああの。その、えっと……」

「……ハルカ。私からも頼む」

 

 社長と先生から促された事で、これ以上ないくらい動揺している様子のハルカは震えながら、

 

「えっと、あ、あの。確かに、アル様の仰る通り、せ、先生はとてもその、他の方を大切に、さ、される方です。時には怪我をされたり、い、命を危険に晒された事も、あるかと思います……ご自身よりも、周囲の人を優先される所があって……と、とととても、心配になります……」

 

 このままだと破裂するんじゃないか。そう心配になるほどハルカは限界の様子だった。視線は忙しなく辺りを跳ね回っているし、ミイラ化しかねないほど発汗している。極度の緊張と恐怖でカチカチと歯を鳴らしながら、それでも必死に言葉を紡いでいた。

 

「で、でも、先生とお会いしてから、わ、わわ私はすす少しだけ、良い方向に進めたと、思います。そ、それはここにいる皆さんも、そうなのではないかと……あっ、わわ私なんかと一緒にし、してしまってすみません、すみませんすみません!」

「良いのよ。ありがとう、ハルカ」

 

 アルはこの列車に乗って初めて、柔らかく笑った。仲間の成長を感じたからだろう。それはカヨコも同じだった。散弾銃を取り上げたムツキがハルカに抱き着いている。先生の眼鏡がギラりと光った。

 ハルカが言ったように、先生と出会ってから色々な変化が起きている。経営が軌道に乗っていなかった便利屋だが、今は段々と依頼が入るようになり、アルは夢と現実の差で思い悩む事が少なくなった。

 アビドスもそうだ。土地だの借金だのはそのままだが、不思議な活気がある。ラーメン屋で出会った時からそこは変わらない。

 

「……そうね。私は先生を大人として、枠に嵌めた見方をしてしまっていたわ。完璧で完全な存在だと思ってた」

「えぇ……?」

「アルちゃん……?」

「でも、先生だって人間だもの。しかも記憶喪失。今までよりも成長するのは当たり前よね。私に大切な事を教えてくれたように、先生だって日々、より高みへ進んでいる……そんな当然の事を失念していただなんて、社長失格ね」

 

 自戒しているアルを見たアビドスの一年生二人がひそひそ話をしている。どんな内容かは予想がついた。くっついているムツキとハルカへカメラを向けている不審者に人間的な成長など期待して良いものか、カヨコは悩んだが否定する事までは出来なかった。

 アビドスの二年生組にカメラを取り上げられた変質者は、真面目な表情で社長へ訊ねた。

 

「アル、いいのか」

「ええ。私も人間よ。物事を都合の良いように信じる。私が信じるのは、いつも自分を犠牲にしてばかりの先生じゃなくて、いつも部下を成長させてくれる経営顧問の方よ」

「……ありがとう」

「がっかりさせないでね?」

「もちろんだ」

 

 先生はカメラを取り戻そうとして二年生組に拘束されていた。それを見てアルはにっこりする。

 カヨコは考える事をやめ、窓の外へ視界を向けた。

 広大な砂の海の中心で、これから最後の戦いが始まるのだ。

 

 ◆

 

 通信システムが復旧し、指揮管制車に乗り込んだ理事に続々と損害報告が届いて来る。そのほとんど全てが聞くに堪えないような内容だった。

 武器弾薬庫や格納庫、兵舎、電気ガスの供給システム、基地にとっての眼であり耳である電子兵装、そしてオートマタに欠かす事が出来ない燃料や発電装置。全てが徹底的に破壊されている。使用された爆薬や可燃性オイルはもれなく基地内にあった物が使用されたらしい。

 下手人と目される男は現在、盗品を操り基地内をさらに荒らしまわっている。漆黒のパワー・ローダーが地面を駆け回り、砲弾とミサイルをそこら中にばらまいていた。

 ”黒服”から提供された技術を盛り込んだ新型機は従来の兵器を全く寄せ付けない。最上級の生徒と渡り合えるだけの性能を有しているのだから当然だ。逆に言えば、一部の子供はあれと同等の力を持っているのだ。

 

(小鳥遊ホシノを捕えられたのは僥倖だな)

 

 思っても口には出さない。

 破損した右腕部の応急処置もそこそこに、理事は<クラーケ>の撃破を最優先に定めて指揮を執っている。<対策委員会>は研究棟へ向かっているが、そこは歩兵中心の警備部隊で足止めが可能だった。戦術データリンクこそまだ稼働していないが、こちらは指揮に専念できる者がいる。

 あちらは<シャーレ>と別行動中だ。どれだけ精鋭だろうが、敵陣の真っただ中で拙い補給のみでは限界がある。こちらは破壊工作による被害状況の精査も終え、体勢を立て直しつつあった。

 相手方の戦術は……まあ、見事だった。そこは認めてやってもいい。個人の超常的な技量を前提とした点は論外だが、事実としてこの基地は致命的なダメージを被った。

 しかし、計算違いもあったはずだ。

 

「理事、アビドス生を補足しました。二名のみですが、オメガ・チームと交戦中です。重装備の二個中隊を向かわせております」

「分かった。くれぐれも手を抜くな。交戦規定は”三大校”相手のもので良い。全兵力を投入して殲滅しろ」

「了解しました」

 

 理事の言葉に部下が下がっていく。

 こちらの防衛線が復活し、アビドスの進軍速度は目に見えて低下した。実験棟という狙いが分かっているのだから、止められないはずがない。包囲こそ出来ていないが、多勢に無勢が続けばいずれ限界が来る。三人いたメンバーも一人がはぐれてしまったようだ。瓦解はすぐそこだろう。

 戦力分布図を見れば、ミニガン持ちと黒髪ツインテールの二人は三個中隊に追い立てられて基地中心部から外縁部へ移動しているようだった。進路を塞がれたら、退路を守り切るしかない。戦術の基本だ。

 

 本当なら、既に小鳥遊ホシノを救出していたはずだったのだろう。

 破壊工作で基地を混乱させ、その隙に精鋭部隊による電撃作戦を行わせる。そうしてまともに交戦せず、撤退する。あの小柄な委員長を助け出してしまえば、ゲヘナとトリニティに合流できる。

 そうしてカイザーの本隊と戦う予定だったのだ。

 その作戦が全て狂った。

 

 全てあの男のせいだ。

<シャーレの先生>を名乗るあの人物が、私情により理事との一対一を優先した事が全て悪い。

 わざわざ<クラーケ>から降り、自身を危険に晒し、時間を無為に浪費した。結果としてカイザーの戦力は稼いだ時間を有効に使い、追い込んでいる。

 あの手品には驚かされたが、所詮は”大人”として二流なのだ。感情に流され、負けるべくして負ける。

 

「ちっ……!」

 

 車両の外で轟音と揺れが巻き起こる。車に避難してきて、これで七回目だ。七体目の<ゴリアテ>が胴体に風穴を開けられて地面に倒れ伏す。搭乗者が慌てて脱出し、遅れて大爆発。近くの保管庫が巻き込まれた。空っぽのコンテナが転がり、アルミ製の外壁が強引に剝がされて宙を舞った。

 

 歩兵部隊が対戦車用のミサイルを発射する。高い速度と誘導性能をもった装備だが、戦車と違い強力な電子兵装を備えているパワー・ローダーに効果は薄い。巨体を捉える事は出来ず、近接信管も作動しない。反撃として放たれたグレネード弾で歩兵部隊が全滅する。

 

 それでも兵力を注ぎ続ける。無数の徹甲弾、榴弾、誘導弾、無誘導弾を注ぎ続ける。<クラーケ>は強力な兵器だが、基地攻略を目的に建造されたものではない。最新鋭の装甲材とて無敵ではないし、忍者のような機動性があっても八メートルの巨体では被弾を免れない。弾薬や燃料だってそうだ。強襲用の人型兵器は積載量の問題を常に抱えている。継戦能力の限界が近いのだ。

 漆黒のパワー・ローダーは全身のあちこちから煙をあげながら移動している。最初の時のような軽快な機動ではない。

 それに、そろそろのはずだ。

 

『理事、戦術データリンクシステムが復旧しました』

「……良いだろう。<シャーレ>はこちらで処理する。キサマ等は巡行ミサイル発射の用意を進めろ。四番から九番のサイロが生きているはずだ」

『了解しました』

 

 理事は自身の権限でシステムを起動させてやった。これで巡行ミサイルの発射も可能になる。比較的、被害が軽微だった発射口は準備を済ませているはずだ。巡行ミサイルが発射されれば二〇分ほどでアビドス校舎は灰になる。

 

「手こずらせてくれたな」

 

 そう呟き、<クラーケ>を遠隔操作で停止させる。基地内を暴れ回っていた巨人は見えない力に抑え込まれたように窮屈そうに機動をやめ、前のめりに地面へ倒れ込んだ。

 あの機体は惜しいが……理事は注ぎ込めるだけの火力を集中させる。重量にすれば二トン近い火薬の炸裂によって、<クラーケ>は木端微塵になった。

 搭乗者は即死だろう。

 そして続々と、基地から巡行ミサイルが発射される。超高速で、入力された地点に飛び込むまで一切の妨害を受けない代物だ。迎撃ミサイルなどが無いアビドス校舎は間違いなく破壊される。

 

「あっけないものだ」

 

 戦闘とは派手に始まり静かに終わる。現実にはアクション映画のような輝かしい大逆転など存在しない。強者が勝つべくして勝つ。

 つまらなそうに呟き、理事は指揮管制車両を後にした。

 

 ◇

 

『先生! カイザー側の戦術データリンクが復旧しました!』

「そうか」

 

 アロナからの報せを受け、”シッテムの箱”を見る。一八〇〇メートルほど離れた所で漆黒のパワー・ローダーが破壊されたようだ。

 戦力分布図を再確認。ホシノがいるらしい実験棟周辺の警備はかなり手薄になっていた。

 

「どうしたの?」

 

 壁に背中をピタリとつけて、進路をクリアリングしていた砂狼シロコが訊ねて来る。

 ノノミとセリカと別れて、我々は二人で行動していた。約束通り、ホシノは私が連れ戻す。シロコはそれまでの護衛だ。

 

「敵側の通信網が復旧したようだ。巡行ミサイルが発射される」

「…………」

「心配しなくていい。この程度の事は、織り込んである」

 

 破壊せずに残しておいた発射口から、ミサイルが順番に飛び立っていく。狙いはアビドスの校舎だろう。それはいい。時計を確認する。今の所、作戦は円滑に進んでいた。

 カイザー側は、あの黒いパワー・ローダーに戦力を集中させていた。当然だろう。あちらの最も高価で強力な兵器が奪取されたのだ。しかも信じられないくらい派手に暴れられている。

 加えて何より、あの機体には<シャーレの先生>が乗っている──と思っているためだ。私を殺せば独立連邦捜査部は崩壊する。カイザー側はそれがこちらの弱点だと誤認しているはずだった。

 

「シロコは不機嫌そうだな」

「当然」

 

 何故だろう。私は首を捻った。様々な誹謗中傷や罵詈雑言を受けて、私は自身を危険に晒さないよう、細心の注意を払っている。約束通り、まだ傷一つ負っていない。あのパワー・ローダーに乗ったせいで乗り物酔いが酷く、妙な浮遊感が消えない。しかし無傷で帰還するといった手前、体調不良を打ち明けるわけにはいかなかった。

 それを踏まえてもカタカタヘルメット団からこちら、最も良いコンディションだと言っても過言ではない。

 そういう事にしておきたい。

 

「さっきの早撃ちは聞いてなかった」

「注意を集めるとは言ったはずだ」

「もっと違う方法だと思った」

「これ以上ない方法だった」

 

 小鳥遊ホシノが囚われている建造物には、恐らくだが爆発物が仕掛けられている。起爆の権限を持っているのはあの大きめのガラクタだろう。本人もそう言っていた。

 ホシノをわざわざ、<対策委員会>の目標である採掘基地に置いている理由は考えれば分かる。こちらの狙いは分かっているのだから、ホシノを人質よりも強力な切り札として運用しようとするつもりなのだ。

 馬鹿正直に突っ込めば、敵戦力の集中した箇所を無理やり突破する事になり、しかし目の前でホシノは吹き飛ばされる。そして動揺し、消耗した所を包囲殲滅されるという結末だ。

 

 だが、狙いが分かっているのはこちらも同じだった。

 あれだけ執拗に私を暗殺しようとしてきたのだ。<シャーレ>を排除すれば、全ての件が片付くとカイザー側は考えている。

 そう思うのも無理はない。アビドス側の攻勢が強まったのは私が現れてからだ。それは利用できる。

 だから、あの黒いパワー・ローダーを奪い、散々暴れてから堂々と姿を見せる。そして敵側の最高責任者に手傷を負わせる。

 そうすれば間違いなく思い込むはずだった。あの黒い機体には<シャーレ>が乗っている、と。

 位置情報が割れているアビドス生よりも、遥かに脅威度の高い方を優先する。戦術的に何も間違っていない。だから御しやすかった。

 しかしながら、ヘリすらまともに操れない私が、あんなマシンの操縦を出来るはずがない。あれが動いているのは明星ヒマリが作成した自律型AIの仕業だった。私は本当にただ乗っていただけなのである。

 私が操縦していると誤認させ、敵戦力を集中させ、そして通信システムの完全復旧と共に自爆させる。全て予定通りだ。

 結果的に陽動は成功し、シロコと私はこうして目的地のすぐ近くまですいすいと到達できた。

 

「…………」

 

 しかし、私のボディーガードは明らかに不機嫌だった。匂いで分かる。

 

「怒っているのか」

「ん、キレそう」

 

 キレそうらしい。

 敵陣の真っただ中でやめてほしかった。

 敵の注意を引くという点で追及を受けた時も、私は『心配しなくていい』『約束しただろう』『約束を破るのか?』と懇切丁寧に作戦内容を説明していた。

 そこですれ違いがあったとしたら残念だが、しかし作戦はもうスタートしているし大詰めだ。ここで吊るし上げる事は出来ない。ホシノを連れ戻せばそのまま柴関ラーメンへ向かう事が出来る。そこからホシノを吊るし上げ、その後は事後処理があるからと全てを有耶無耶にすればいい。

 待てよ……? 今この状況では私を吊るし上げる事は出来ない……? つまり、ウザ絡みし放題という事か? いや、駄目だ。そんな事をしている場合ではない。それが許される状況ではない。とても損をした気持ちだった。

 苛立ちが募り、私は<カイザー・グループ>を逆恨みした。

 そんな私の複雑な心境を知らないシロコは、深く息を吐いて気持ちを切り替える。

 

「先生、突入のタイミングは?」

「ミサイルが発射されて三分経つ。もう少しだ」

 

 巡行ミサイルの発射を許したのは私だ。

 破壊しても良かったのだが、こちらの作戦に利用するためわざと残しておいた。今この基地で残っている機能があるのなら、それは何かしらの理由で利用価値がある物がほとんどだった。

 戦術データリンク・システムもその一つだ。

 

「来るぞ。三、ニ、一……着弾」

 

 発車されたはずのミサイル群が帰宅する。

 五発全てが基地の主要施設と、黒い機体撃破のために集結していた敵戦力の中心に飛びこんだ。実験棟付近の兵舎にも一発が着弾する。八〇〇メートル先で大爆発。炎と砂と鉄とコンクリートを含んだ突風が吹き抜けていった。

 基地全体がまたも大混乱に陥る。敵の通信システムが今度こそ完全に停止した。

 明星ヒマリ謹製のウィルス・データのおかげだ。USBディスク内に封入されたものを、基地施設に忍び込んだ私が解き放った。

 

 第一段階は敵から探知され難く、ゆっくりネットワークに全体に浸透する。通信障害等はおきるが、本番ではない。まだ種を撒いたようなものだった。

 第二段階は、物理的な妨害。こちらは私が担当した。電力施設や火力プラント、サーバー・ルームに破壊工作をしかけ、ハードそのものを機能不全に陥らせる。

 最後が第三段階だ。ソフト・ハード両面での障害をある程度取り除き、ようやくシステム全体が再稼働した瞬間にパンデミックが発動する。第一段階で撒いていた種が芽吹き、全てのネットワークが復旧した瞬間に乗っ取られるのだ。

 結果としてあの巡行ミサイルは、発射寸前に指定されていた弾道コースが書き換えられ、基地内部の幾つかの座標に着弾する。

 

 混乱は致命的な規模とタイミングで発生した。

 ちょうど近くを走ってきたジープが異常事態を受けて停車する。シロコが飛び出していった。乗っているオートマタ兵は二体。発砲すらせず運転席の個体を銃で殴り倒し、助手席にいた個体を蹴り倒す。そうして車両のアクセルを固定し、ギアをチェンジ。ジープは猛スピードで発進していく。

 車は実験棟付近に設けられていたバリケード群に突入し、そして爆発した。運転席にいた兵士が装備していた手榴弾のピンをシロコが抜いていたらしい。積んでいた爆薬にも引火し、かなりの規模の破壊が起きた。なんてことを……。私は自分の生徒の手際に恐怖した。

 

「行こう、先生」

「は、はい」

 

 いまウザ絡みしたら、私もあのジープと同じ末路を辿るだろう。従うしかなかった。

 爆発により進路は開かれたが、まだ警備の兵士は残っている。五体ほどがわらわらと出てきた。風に溶けるようなスピードでシロコが駆け寄り、数回の発砲。五秒足らずで制圧してしまう。私は自分の生徒の手際に恐怖した。この少女の趣味は銀行強盗である。

 そんな危険人物に、これだけの力を与えてしまった小鳥遊ホシノの罪は重いだろう。管理者責任が問われる事になる。

 

「強くなったな、シロコ」

「ん……全部、先生のおかげ」

 

 私は聞こえないふりをした。

 とはいえ、これで実験棟への道は開かれた。後は突入して、ホシノを取り戻すだけだ。

 

『先生! 敵戦力の接近を感知しました!』

 

 アロナからの警告通り、戦力分布図に動きがあった。黒い機体が破壊されたにも関わらず、アビドス側の動きに乱れが無い事を敵が察知したのだろう。実験棟周りを固めようとするのは当然だった。

 陽動役を買って出てくれたノノミとセリカの二人は追跡部隊を壊滅させ、こちらに向かってきている。

 

「ここは任せて」

 

 シロコの役目は、私がホシノを連れ戻すまで退路を守る事だ。つまり、ここから先は私一人で進む事になる。

 

「頼んだ」

「ホシノ先輩の事、よろしくね」

「う、うん……」

 

 これまで無敵モードで進んできた私だが、この先が最も難しい。カイザーなどどうとでも出来るが、ホシノに関しては全く違う。

 一度は大失敗した身だ。加えて、小鳥遊ホシノの現状がどうなっているのか、ほとんど分かっていないのである。意識はあるのか、怪我はしていないのか、自分で移動する事は可能か、移動できるとして、歩けるのか、走れるのか、支えが必要なのか。それによって話は変わってくる。

 行けるのか……? 

 この期に及んで冷や汗をだらだらと流し始めた私を、シロコは暖かい目で見ている。

 私の袖を摘まんで、

 

「まだ一か月ちょっとだけど」

「あ、ああ」

「先生と出会えて、良かった」

「ええ……?」

『先生……』

「先生の事、信じてるから」

「あ、ありがとう……?」

『先生……!』

 

 アロナがキレてくる。理由が分からなかった。

 立ち止まっている時間はない。私は実験棟の扉を拾って来た指向性爆薬で吹き飛ばし、建物内部に突入した。

 

 ◆

 

「こんの……っ!」

 

 黒見セリカはパワード・スーツを着込んだオートマタ兵を背負い投げの要領で投げ飛ばした。二〇〇キロを超える巨体が戦車に叩きつけられる。

 そこへ十六夜ノノミのミニガンが掃射された。無数のライフル弾が降り注ぎ、戦車の装甲を貫徹。燃料に引火し大爆発した。

 

「セリカちゃん、大丈夫ですか?」

「ぜんぜん平気! ノノミ先輩こそ、疲れてない?」

「私もぜんぜん平気です☆ 先生とシロコちゃんがホシノ先輩を連れ戻すまで、あと少しの辛抱ですから!」

「……うーん。あの二人、ちゃんとやってるのかしら」

 

 セリカ達が倒したのは三個中隊ほどだ。歩兵が二〇〇人以上、戦車四輌、自走砲二輌、装甲ヘリ三機、<ゴリアテ>とかいう不細工な人型ロボットを二体だった。

 数十キロ離れた所にいるアヤネが三一センチ砲で火力支援してくれているおかげもあり、かなりの大兵力を退けた今でも限界はまだ遠い。

 ここの二人はまだ良かった。セリカは動き回って敵の注意を引き、ノノミをフリーにすればそれだけで勝てる。対して難しい事でもない。

 問題があるのは他の部隊だ。アヤネの乗っている装甲列車は砲撃をした事によって敵から位置情報を割り出されており、基地外部を巡回中だったパトロール部隊と交戦中だった。護衛として残った<便利屋68>なら問題ないだろうが、あの連中はどうにも間が抜けていて安心できない。

 

 そして、もっと安心できないのが先生と砂狼シロコの救出チームだ。

 あの危険人物コンビはとにかく思考が読めない。かなりイカれていて、倫理観の欠片もないのだ。技能自体はとてつもなく高いのに、物事をスムーズに進められるのか強い疑問が残る。なにかとんでもない事をしでかさないか、非常に心配だった。

 

「ノノミ先輩は心配じゃないの?」

 

 弾切れのPDWからマガジンを交換し、倒した敵兵から予備兵装を奪う。少し喉が渇いた。バックパックから水筒を取り出し、シロコから勧められていたエナジードリンクを一口煽る。あまり美味しくない。

 

「そうですねぇ~。先生とシロコちゃんだったら、きっとホシノ先輩を連れ戻してくれます。そこは心配していないのですが」

「ですが?」

「なんというか、ここまでスムーズだと逆に不安になっちゃうかも……なんて」

「た、確かに」

 

 背後の軍事基地を見渡した。半径八キロほどもある、極めて広大な軍事施設だ。これを自分達はたった数十分で火の海にしてしまった。

 委員会で会計を務めているセリカにも、多少の知識はある。今日破壊したものの被害額がどれだけになるか……数十億や数百億では済まないだろう。

 

「あの先生、ほんと碌でもないから」

 

 アビドス生も見違えたように強くなった。二人だけで余裕をもって三個中隊を撃破できるくらいには、力をつけたはずだ。

 しかし、この基地に与えたダメージのほとんどは<シャーレの先生>によるものだった。たった一人で忍び込み、あらゆるものを破壊し、操り、奪ってしまった。他の誰にも真似できないような、恐ろしい破壊工作。

 

 カタカタヘルメット団を一人で相手にしていた時から頭のおかしい男だと思っていたが、遥かにそれ以上だった。

 どうりで砂狼シロコが懐くはずである。

 銀行強盗の時もそうだが、あの大人はシロコが望む景色を作る事ができるのだ。だからノノミが寂しそうな顔をする。

 あの二人は、いつか誰の手も届かない場所へ行ってしまいそうな不安があった。

 だから周りの人間が手綱を握っておかないといけないのだ。

 そう言おうとした時、通信が入って来た。

 

『ノノミ先輩、セリカちゃん、応答できますか?』

「アヤネちゃん? そっちは大丈夫?」

『うん……便利屋の皆さんが頑張ってくれたから。浅黄先輩がやたらとくっついてくるけど』

「そっか……良かった」

 

 通信障害が酷いアビドス砂漠だが、”シッテムの箱”を経由した専用回線なら問題なく電子機器が扱える。アヤネから送られてきた情報によれば、この基地への増援として向かっていた大部隊は<ゲヘナ風紀委員会>の委員長によって全滅したらしい。

 アビドス校舎を狙った方の増援は傭兵部隊とカタカタヘルメット団の奮戦と、トリニティの砲兵部隊に<正義実現委員会>によって対処された。

 これでカイザー側戦力の大半は撃破されたという事になる。

 

「なら、これでほとんど勝ち……という事でしょうか」

『それが……。地下のエネルギー反応がどんどん強くなっています。前回の計測時と比較して現在は三倍以上にもなっていて、非常に危険な状態です』

「それは……」

 

 ノノミの表情が曇る。

 先生から伝えられた地下のオーパーツ。休眠状態だと予想されていた前回のエネルギー量だけでも、自治区の一つや二つを余裕で賄えるほどの規模だった。それが今は、三倍以上にまで膨れ上がっている。

 

「さっさとホシノ先輩を連れ戻さないといけないってわけね」

『敵戦力の位置情報を送ります。大隊規模の戦力が三つ……相手も死に物狂いですね』

 

 砂漠の向こうに目を凝らせば、砂塵を巻き上げてこちらに向かってくる大部隊が見えた。歩兵、重装歩兵、戦車、パワー・ローダー、戦闘ヘリ。

 うんざりするような戦力差だったが、もう慣れたものだった。

 セリカはため息を吐き、全身に力を漲らせる。

 

「上っ等!! とことん相手になってやろうじゃない!」

 

 ◇

 

 至るところに亀裂が伸びている八階建てのビル。この実験棟の最上階に小鳥遊ホシノは幽閉されているはずだった。

 電源が断たれているためだろう。建物内は闇が支配していた。枠組みだけになった窓とひびの隙間から炎の灯りが差し込んでいる。

 当然ながら、出入口付近で騒ぎがあった事は察知されていた。オートマタ兵の足音が近づいてくる。私は装備を確認した。ピースメーカーでは機械人間にダメージを与えられない。あの理事のように意味のない内蔵火器でも持っていれば別だが、わざわざ狙うのは手間だしナンセンスだ。

 

『先生、その装備を使うんですか?』

「証拠品だが、仕方ない。品番は抑えてある。最悪の場合は破棄してもいい」

 

 私が持っている武器は<オート・サーティーン>と呼ばれる多目的自動散弾銃だった。キヴォトスのどこにも流通していない超高級・超高性能・超最新鋭の一品である。

 スラッグ弾や散弾はもちろん、擲弾や粘着榴散弾、短距離の超小型ミサイルまで扱う事が可能で、基本的な射程距離は五〇メートル程なのが普通な散弾銃というカテゴリにあって、その五倍近い距離の精密射撃まで出来る。

 マクスウェル社が開発した新型銃で、本来はまだ技術試験段階の代物だった。実戦配備まで五年近くはかかるだろう。

 これは連邦生徒会長直下の<SRT特殊学園>に納入されるはずだった武器だ。それが何故か、<カイザーPMC>の武器格納庫に眠っていた。<連邦生徒会>の中にいるという内通者に繋がる証拠となるかもしれないと思い、拝借した。

 

『先生……』

「分かっている」

 

 アロナから再三警告を受けているのが、地下に眠るというオーパーツの存在だ。そしてカイザーがこの砂漠で戦闘したという”神を証明する者”に関係する存在──データベースにあった情報が正しければ──<デカグラマトン>。これらの活動が活性化している。

 アビドスにカイザー、ゲヘナにトリニティ、そしてミレニアム。さらには超古代の遺物達。この砂漠はどんどんと賑やかになっているようだ。

 

 あまり長居は出来ない。する気もない

 私は黒い散弾銃に初弾が装填されているか確認し、通路の角から姿を現した。

 正面に見えるのはPMC兵が六人。死んだと思われていた<シャーレ>が突然出てきたせいだろう。反応が遅れた。どうでも良かった。

 腰だめに構えた散弾銃をフルオートで発砲する。

 三二連ドラム・マガジンから、一二ゲージ規格の散弾が分間三〇〇発の速度で連射された。濃密な鉄の雨。最新鋭のガス・システムは反動の九割を無効化してくれる。瞬く間に敵部隊は全滅した。

 武器の性能だけで、一対六の戦力差を無視できる。

 

「悪くない銃だ」

 

 大股で通路を歩く。向こうからさらに増援が近づいているようだ。地面伝いに練度が分かる。気配と足音の消し方がまるでなってない。

 私は倒れている敵兵士の腰からグレネードを奪うと、安全ピンを抜いて投擲した。床と壁を跳ね、曲がり角の先へ飛んでいく。悪態と悲鳴、そして爆発。三体程度が巻き込まれたようだ。残った二体が懸命に射撃してくるが、こちらの散弾銃の一発で沈黙した。

 この武器なら、オートマタやドローンといったマシンを相手にしても充分にダメージを与えられる。本来なら、護身用の装備はこのくらいの性能が必要とされるのだろう。時代遅れのリボルバー銃など選んだ私を、七神リンがあれだけ蔑んだ目で見てきた理由も分かるというものだ。

 

「アロナ、道案内を頼む」

『はい! ホシノさんはすぐそこです!』

 

 ◆

 

 愛銃を担ぎ直して、空崎ヒナは息をついた。特に疲労しているわけではなかったが、普段なら眠っている時間だ。貴重な睡眠時間をどこで補填しようか考えると、憂鬱な気分になる。

 ヒナが依頼されたのは、アビドス校舎へ向かうカイザーの増援部隊の迎撃だった。敵は歩兵、砲兵、戦車と装甲車、パワー・ローダー混成の一個大隊相当だ。

 到着したのは一〇分前。決着は既についている。小柄な少女の周囲二キロメートルに、食い散らかされた敵戦力が放置されていた。

 

『ヒナ委員長、お疲れ様です。素晴らしいご活躍です!』

 

 サポーターとしてヒナにくっついて来た天雨アコが言ってくる。

 今回、旧アビドス自治区へ出向しているのはヒナの他に銀鏡イオリと火宮チナツの三名のみだ。<シャーレ>からの依頼とは言え、<風紀委員会>から大人数を動かすわけにはいかない。深夜の時間帯に動員するのも嫌だったので、少数精鋭で臨む事にした。

 ヒナは正面から敵戦力の撃滅。イオリは後詰め、チナツは後方支援を担当している。アビドスで大問題を起こしたアコを連れていけるはずもなく──指揮権限を有する幹部をゲヘナに残しておきたかったのもある──留守番を命じたのだが信じられないくらいの勢いで号泣されたため、こうして遠方からのサポートに就いてもらう事になった。

 

『あ、アコ行政官。周辺の警戒は私の方でやっておきますので……』

『チナツ。心配は無用です。私は名誉ある<風紀委員会>の行政官なのですよ? 反省文一〇〇〇枚を書き上げながら全員分の事務処理を行いつつヒナ委員長のサポートをするくらい造作もありま──』

 

 アコのマイクから、別の生徒の声が聞こえる。管制官を担当している二年生だ。

 

『天雨行政官。プリンターいつまで使ってるんですか? というか、反省文をコピーなんてしたら絶体委員長にバレると思いますが……』

『──ちょっ!?』

「アコ、反省文一〇倍ね」

『委員長! 違うんです! これは私を陥れようという陰謀なんです! 信じてください!』

『アコちゃん……』

 

 ナンバー2の不祥事に後輩達はドン引きしている。ヒナとしては、特に驚いたり失望したりするような事でもないので処分だけして捨て置いた。

 何日か徹夜して普段よりおかしくなっているらしいアコがキャンキャン騒ぐのを聞き流しつつ、ヒナはアビドス校舎の方へ視線を向けた。

 先生からの依頼は片付けたので、後は好きに動いて良いと言われている。カイザーの基地に乗り込んでも良いし、このまま帰っても良い。以前の借りは既に返したのだ。

 

「チナツ、トリニティの動きはどう?」

『はい、委員長。砲兵隊の活躍で採掘基地へ向かっている増援部隊が壊滅したようです。指揮官は不明……凄まじい活躍です。調査の必要を認めますが……』

 

 チナツの進言通り、<トリニティ総合学園>からも突起戦力が出撃していたらしい。ヒナが撃破したのと同規模の戦力を、正面から全滅させている。砲兵隊は三個中隊規模で、交戦時間もヒナより長いが、それでも敵部隊を一切寄せ付けない砲戦術は脅威だった。

 剣先ツルギが出てくるという噂もあったものの、それは違ったようだ。トリニティの砲兵隊はゲヘナも詳細を掴んでおり、かなりの脅威ではあるが、それを踏まえても異常な戦果だった。歩兵や戦車のような前衛がいない以上、苦戦は必至。救援に向かおうとさえ考えていただけに、驚きはある。

 装備や人員が短期間でここまで強化される事は考えにくい。つまり、指揮官を任せられた人物がそれだけ優秀だったという事だ。今なら簡単に調べられる。チナツの考えは正しい。

 

「いいえ。今日はやめておきましょう」

 

 トリニティ側だって、こちらの動きを掴んでいるだろう。空崎ヒナが出撃しているのだから、警戒しているに決まっている。

 あの砲撃部隊の指揮官を任せられている生徒は恐らく、桐藤ナギサの懐刀と思われる。そんな切り札をこの状況でわざわざ出して来た理由を考えれば、対<シャーレ>に行きついた。

 恐らくだが、ナギサは先生の事を良く思っていない。懐柔ではなく、将来的に敵対ないしは利用する事を想定している。それは、ヒナにとって極めて面倒な未来を予測させた。

 あの先生は、そこまで簡単な相手ではないのだ。生徒が反抗すればするほど興奮して制御不能になるだろう。見つかった時点で終わりだ。問題を抱えていると認識されれば、永遠に粘着してくる。あらゆる障害や妨害は意味を成さない。そういう相手だ。

 

 それよりも問題があるとすれば、ゲヘナの統治機構である<万魔殿>の方だった。トリニティの戦力配置に妙な点がある。ヒナ達四人の動きと狙いを理解しているとしか思えなかったのだ。カイザー側の情報が送られて来ただけで、<シャーレの先生>からは指示の一つも来ていない。

 どこかからか情報が漏れているか、トリニティの指揮官にこちらの動きが見透かされているか、どちらかだろう。

 

(マコトとトリニティが繋がっている……?)

 

 考えにくい事だが、警戒しておくべき事ではある。良くも悪くも<シャーレの先生>が現れた事を機に、様々な勢力がその動きを強めている。ゲヘナもトリニティも、ミレニアムも。ヒナとしては”エデン条約”を前に、トラブルが起きるのは望ましくないという思いがあった。

 遠ざけたいのは山々だが、独立連邦捜査部を止めることはキヴォトスの誰にも出来ない。

 

(次はゲヘナだ、なんて……)

 

 胃の辺りがどんよりと重くなる。白い服を着た特大の厄介事がじりじりと近寄ってきているのだ。

 

「面倒くさい」

 

 そんな事を呟くと同時に、異変を感じ取った。

 頬を撫でる風の流れが変わり、ひんやりと澄んでいた空気が一瞬で生温く粘っこいものとなる。地面から微細な振動。アコとの通信が途絶する。

 異世界に迷い込んだような感覚。

 一瞬で理解できた。<シャーレ>からの報告にあったオーパーツが、目覚めようとしているのだ。

 戸惑っている様子の後輩に目を向ける。

 

「チナツ」

「い、委員長。通信が……」

「<シャーレ>の専用回線に切り替えて」

「了解しました」

 

 大気が渦を巻いている。風の勢いがみるみる強まり、巻き上げられた砂塵が空を覆い始めた。

 これは砂嵐の前兆だ。

 通信が復旧し、焦燥に駆られたアコの声が高性能ヘッドセットから響く。

 

『ヒナ委員長! ポイントE三〇六五三に高エネルギー反応が発生しました! 対象は地下六〇〇〇メートル。は、反応増大。推定熱量は五〇〇……八〇〇……一八〇〇……』

 

 地響きが強まる。転倒しそうになるチナツをイオリが支え、二人は態勢を低くしつつ辺りを見渡していた。

 アコの声音が驚愕に染まっていく。ありえない事を言葉にするときの表情だ。ゲヘナで日常的に異常事態に対応している行政官でも、この砂漠で起きている異変は全くの規格外らしい。

 

『対象の推定熱量──さ、三〇〇〇万ギガジュール超と思われます』

「そう」

 

 三〇〇〇万ギガジュールというのは電力に換算すると、学園都市全土の合計発電量に相当する。つまり、ヒナ達の足元で活動を開始した”何か”は、それだけでキヴォトスの消費電力を賄えるという事だ。

 地鳴りと暴風は天変地異と呼んでいい規模に成長していた。砂嵐を起こしたと目されるものがいるだろう地点では、砂塵が集中しすぎて真っ黒になっている。

 ちょうど、カイザーの採掘基地がある場所だ。

 

『委員長、周辺に無数の熱源発生!』

 

 足元の砂から銃口が飛び出してきた。発砲。避けるほどの脅威ではないが、ヒナは首を捻っただけで対応した。ライフル弾は髪を撫でるだけだったが、ウェーブのかかった長髪は存分に砂を吸い込んでおり、帰投後のシャワーが酷く面倒な作業だと気づいてしまう。

 地面から飛び出して来たのは機械の人形だった。報告書にあった”特産品”。そのまま踏みつぶす。眉間に皺が寄っていた。

 イオリとチナツの所にも──というより見渡す限りの砂の海に、おびただしい量の機械兵が姿を現していた。オートマタと同型の個体に、パワードスーツに無反動砲とロケットランチャーを装備したフルアーマー・タイプ。大小様々なドローンに、簡素な作りの多脚戦車まで登場している。

 

「伏せて」

 

 そう言うやいなや、ヒナは持っていた重機関銃をフルオートで掃射した。周辺の敵が一層される。粉々にされた金属の肉片が、砂と共に風に舞う。

 

「委員長、どうする?」

 

 銀鏡イオリは落ち着いた様子で高脅威目標を撃ち抜いていた。この物量でガトリングやロケット弾、ミサイルなどを使われると厄介だからだろう。二年生らしい対応力だ。

 反対に、一年生の火宮チナツは狼狽している様子だ。<救急医学部>から引き抜かれた才媛であり、通常の任務では上級生顔負けの働きをする彼女だが、他自治区の砂漠地帯でオーパーツの起動と無数の敵の発生に、いつもの冷静さは鳴りを潜めている。

 

「い、委員長! アビドスの救援に向かうべきかと思いますが」

「駄目よ、チナツ。今は状況が全く分かっていないんだから、発生源に近づくべきじゃない。それよりも護衛部隊がほとんどいないらしいトリニティの砲兵隊が心配だわ」

 

 敵を近づけない火力を持っていたとしても、敵が懐の中に現れては対応できない。逆に、ヒナ達は遠距離への火力投射はできない編制だ。

 アビドスの援護に向かうにしろ、向かわないにしろ、協力してこの場を切り抜けられる方が良い。トリニティ側が嫌だというのなら、

 

『トリニティが協力したくないというのなら、囮にする事も出来ますからね♪ さすがヒナ委員長! 素晴らしいご判断です!』

「…………」

 

 なぜかとても上機嫌な天雨アコに辟易しながら、ヒナはため息を吐いた。この状況で見捨てなどしたら、後に禍根が残る。そうなったら招聘した<シャーレ>の責任問題に発展するだろう。

 そうならないためにトリニティを説得する必要があって、そのための行政官なのだが、アコはアコだった。

 

(……でも)

 

 自分の思考にヒナは苦いものを感じた。<シャーレ>の責任問題を気にする以前に、彼らが生還する事そのものが絶望的なのに。

 

「各員、気を引き締めなさい。見れば分かると思うけど、異常事態よ」

 

 砂嵐の中心で戦っている者達に視線を向ける。漆黒の竜巻、その中心から何かの雄たけびが聞こえた。

 

「もしかしたら今日、一つの自治区が滅ぶかもしれない」

 

 ◆

 

「な、何よこれ……」

 

 黒見セリカは呆然と呟いた。突如として発生した砂嵐。数分前まで満天の星空が広がっていたのに、今は全てが闇の中だった。月光も火炎もかき消され、持っていた発煙筒を全て使用して、さらにゴーグルを着用して何とか視界を確保している。

 胸がざわつく。セリカはアビドスの出身だ。生まれてから今まで、悪天候としての砂嵐は何度も経験してきた。

 しかし、これは違う。根本から違う。この嵐には明確な”意志”が感じられた。

 はっきりとした敵意。

 この砂嵐は、アビドスを滅ぼそうとしている──

 

「ノノミ先輩!」

 

 暴風と砂塵のせいで、息がかかるような距離でも声が届かない。最新鋭の特殊作戦用ヘッドセットがなければ話す事も出来なかった。

 

『遮蔽物を確保しましょう!』

「分かった!」

 

 無数の機械兵が辺りに発生していた。カイザーの部隊はあらかた壊滅させたが、その数倍の敵が砂漠から生み出されている。

 十六夜ノノミは破壊された大型戦車に駆け寄ると、それを片手でひっくり返した。即席のバリケードとしては悪くない。弾丸のように打ち付ける砂粒に意識を向ける事も出来ない。そこら中から弾丸と砲弾が飛んできていた。物量差は圧倒的で、本来なら後退したいところだ。

 しかしながら、セリカ達のすぐ後ろは採掘基地だ。シロコからの通信によれば、五分ほど前に先生が実験棟に突入したらしい。ホシノの救出には時間がかかる。ここで退くと、作戦が失敗してしまうのだ。

 

『ノノミ先輩! セリカちゃん! ご無事ですか!?』

 

 奥空アヤネからの通信だ。この天変地異の中でも、”シッテムの箱”を介した特殊回線はびくともしない。通信が途切れていたら本格的に万事休すだっただけに、少しだけ安心できた。

 

「アヤネちゃん! こっちは平気! そっちは大丈夫!?」

 

 ゴーグルはヘッドマウントディスプレイとしても扱う事ができる。視界に最新の状況が表示された。周辺マップは真っ赤に染まっている。広大な砂漠を埋め尽くすほどの敵が辺りを固めているのだ。

 ノノミからのハンドサインに従い戦車の陰から体を出し、愛銃を発砲した。こちらにロケット弾を撃ち込もうとしていた多脚戦車を一撃で貫き、爆散させる。さらにバースト射撃。空中から接近しようとしていたドローンを撃墜した。

 注意を引いたところで反対側からノノミがミニガンを突きだし掃射。接近しようとしていた機械兵達が全滅する。だが、駄目だ。どれだけ倒しても、その後から敵が無限に湧き出し続ける。セリカ達が持っている弾薬の数よりも、あちらの方が何倍も多いのだ。

 

「すっごい数! どれくらいいるか分かる!?」

『測定不能で……半径三キロ以内に恐らくは数十から数百万以上はいると思う。それも、まだまだ増えてるから……』

「…………」

 

 唇を固く結ぶ。こちらはたった四人。ゲヘナやトリニティから援軍が来てくれているが、彼女らは包囲網の外にいる。恐らくはあちらも機械兵の対処に追われているだろう。

 だから、<対策委員会>はホシノを救出した後、独力でこの地域から離脱しなければならない。

 そんな事、ほとんど不可能だ。

 ここから三人と合流して、車か何かを奪って、アヤネと便利屋の待つ装甲列車まで辿り着く。この嵐の中で、砂漠を埋め尽くすような数の敵を退けながら。

 これまでの戦闘で、何度も包囲されてきたから分かる。アビドスの生徒なら、敵の包囲網を突破する方法を熟知している。そうでなければここまで来れていなかった。

 

 不可能なのだ。装甲列車まで行けたとして、線路が無事な保証はない。セリカ達が到着するまでアヤネ達が耐えきれる保証もない。ゲヘナとトリニティが撤退したら、あちらに向かっていた戦力だってこちらに来るだろう。そもそも、連れ戻したホシノが万全な状態かすら怪しい。戦えない状態だったりしたら、庇いながら離脱など絶対に無理なのだ。

 黒見セリカはアビドス生の中で、最も頭が悪い。それは誰でも知っている。そんなセリカでもはっきり分かった。自分たちはここで終わりだと。

 ここまで来て、終わりなのだ。

 

「…………」

 

 絶望感に吞まれながらも、射撃の精度は衰えない。体に染みついたリズムで発砲を繰り返し、手榴弾を投げ込む。交戦開始数分で一〇〇以上の敵を破壊している。凄まじい戦果だ。他の学校だったら、きっとちやほやされていただろう。ゲヘナだろうがトリニティだろうがミレニアムだろうが、どこでも通用できるほどの力が、今のセリカにはあった。

 なのに、この無力感。

 ライフルに給弾する。予備のマガジンはもう無かった。被弾も無駄弾もゼロだ。良くやった方だと思った。

 どんなに強かろうが、意味がない。どんなに優れた銃だろうと天候を変えられないのと同じで、この抵抗に意味はないのだ。

 そんな事を考えていると、一緒に戦っている先輩の声が聞こえた。

 

『大丈夫ですよ、セリカちゃん』

「え……」

『ホシノ先輩を連れ戻して、シロコちゃんとアヤネちゃんと、先生と一緒に帰る。何が起ころうと、私達がやる事は変わりません☆』

「…………」

 

 ゴーグル越しではあるものの、いつも通りの笑顔にのしかかっていた重圧が軽くなっていくような気がした。セリカのすぐ近くを通り過ぎた銃弾が、戦車の装甲を叩く。銃だけ出して応射。射線をなぞる事で見もせず当てる。

 そうだ。冷静になって考えてみると、そもそもの作戦からして本来ならありえない内容だったはずだ。

 超大規模な軍事施設に五人だけで乗り込んで、馬鹿な先輩を助けだす。銃弾一発で死ぬ馬鹿な大人任せの、無茶苦茶な考えだった。

 異論がなかったわけではないが、誰も口を挟まなかった。なんとなく、あの大人ならやると思えたからだ。自分達ならやり遂げられるという確信があったからだ。

 そして、その確信は正しかった。

 

「まあ、確かに」

 

 あの変態は言った通り、無傷で実験棟に侵入していった。途中でガンマン気取りのアホな事をしてくれたせいでぶん投げてしまったが、それでも有言実行している。

 そして、セリカはここを死守すると彼に言った。

 

「……分かったわよ」

 

 持ち前の負けん気がぐんぐんと大きくなってくる。あの変態が出来ているのに、自分が投げ出すわけにはいかない。

 だいたい、<対策委員会>に所属しておいて勝ち目があるかないかだの、損得勘定だの、そんな事を考える方がおかしいのだ。悲しい話だが、今までセリカは有利な状況での戦闘というのを経験した事がない。いつだって不利で、絶体絶命。ひいひい言いながら何とか乗り越えてきた。それは、きっとこれからもそうだろう。

 それで良いと思えた。

 どうなるかなんて関係ない。セリカもノノミと同じ気持ちだ。絶対にホシノを助け出し、あの校舎に戻る。委員長と先生を皆で吊るし上げる。それが心からの願いだった。

 自分の願いに正直になるというのは、あの先生から学んだ事だ。

 

『セリカちゃん、私は歩兵を中心に狙いますね☆』

「オッケー! じゃあ私はデカいやつ!」

 

 なけなしの手榴弾を放り込み、生じた隙に精密射撃を叩き込む。障害物越しにされた攻撃を基に、敵の位置情報や装備はなんとなく分かっていた。雑魚はノノミが掃除してくれる。セリカの仕事は大物狩りだ。

 荒れ狂う砂塵と暴風の中で、狙撃などとても出来ない。普通の生徒ならそうだ。しかし、アビドス生には当てはまらない。

 スコープなど意味がなかった。八メートルサイズのパワー・ローダーが肩部の大型ロケット砲をこちらに向けていた。好都合だ。セリカのアサルト・ライフルから吐き出された銃弾が、ロケット砲のジョイント部を正確に貫いた。固定が外れ、がくんと向きが変わる。斜め下へ照準が逸れた。発砲。地面に着弾した推進弾が爆発する。安物の爆薬や燃料に続々と引火し、前方で大きな火柱が生まれた。

 その衝撃波で、ほんの一瞬、砂塵が吹き払われる。

 

「ノノミ先輩! あそこ!」

 

 敵に追撃するよりも優先する事があった。補給だ。セリカもノノミも手持ちの弾薬が底を尽きかけている。それをなんとかしない限り状況は好転しない。

 指さした先には、<カイザーPMC>のロゴが入った輸送車両が転がっていた。荷台の扉が開き、中に満載された銃火器が覗いている。

 セリカ達は残っていた爆薬と発煙弾全てを使用して、輸送車両まで全力疾走した。

 足りない物資は略奪で補う。<アビドス高等学校>の校訓だった。

 二トン近い物資が手つかずの状態で入手できた。

 近い場所にあった武器ラックから、とりあえずサブマシンガンを拝借し動作を確認する。ノノミはロケットランチャーを取り出していた。

 

『さすがセリカちゃん! 偉いですね~』

「ふ、ふふん。まーね」

 

 ノノミに褒められると悪い気はしない。他の先輩は大問題を起こしている最中の小鳥遊ホシノと、朴念仁コンビの片割れである砂狼シロコと、ろくなのがいないせいだ。

 とりあえずはこのまま、アヤネに周辺状況をスキャンしてもらい、少し後退してでも補給品を確保して時間を稼ぐ。十六夜ノノミとその方向で戦術を固めていると、またもや異変が起こった。

 凄まじい地鳴りと揺れ。地雷の爆発などではない。

 大地が水面のように震えている。しっかりと立っているはずなのに、プールで体を浮かせている時のような漂っている感覚。

 次いで、機械兵軍団の後方に大きな爆発が起こった。なにか途方もなく大きなものが、地面の中から突き出してきた。

 

「な……!」

 

 真っ白で、ところどころにイエローに輝くエネルギー・ラインがある。一キロか、二キロほど離れたところだろうか。距離感がつかめない。あまりにも大きいせいで、脳が認識しきれてないのだ。

 ヘッドセットから、アヤネが息を呑む音がした。

 

『こ、これが先生の言っていた……』

『アヤネちゃん? あれが何なのか分かりますか?』

『えっと、こちらからは肉眼で把握できます。スキャン情報ですが、詳細は不明です。る、類似するデータがありません』

『それは……』

 

 アヤネとノノミが会話している間も、セリカは応戦を続けていた。機械の兵隊はこんな状態でも動じることなく、こちらに攻撃を続けていた。

 不幸中の幸いがあったとしたら、謎の物体を中心に大流砂が発生した事だろう。敵部隊の大部分が流砂に巻き込まれて姿を消した。

 謎の物体が何なのか、何も分からない。アヤネから送られて来た映像を確認すると、それは機械で出来た純白の塔のように見えた。円錐状の形で、空にそびえている。サンクトゥムタワーのようなサイズ感だ。

 頂上付近に、塔を囲むような機械のリングが浮かんでいる。

 

『異常な出力反応を検知……二人とも、首のリングに注意してください!』

「え、首……?」

 

 アヤネからの警告を理解できない。リングというのは目視できていたが、首というのが分からない。それではまるで、あれが何かの生き物のような……。

 オーパーツに変化が起きた。各部の装甲が展開し、そこから無数のドローンが輩出されたのだ。空を埋め尽くすような量だった。

 ドローン群は攻撃を目的としたものではなかった。砂漠に散らばる機械の破片を回収し、破損部分を修復し、つなぎ合わせ、電力を供給する。砂漠から湧き出した兵器群だけではない。

 破壊されたカイザーの兵器も同様に修復され、支配されていく。セリカ達が先ほどまで遮蔽物に使っていた大型戦車も無人状態で稼働してしまった。

 あのドローンは修復と補給を担う物のようだ。

 そしてまた、オーパーツに変化が起きた。塔のように空へ向かって一直線にそびえ立っていた巨体が折れ曲がっていく。周囲一帯を取り巻く砂嵐は濃度を増し、辺りは真っ黒な壁によって遮断されてしまった。

 機械の塔は地面にとぐろを巻き、咆哮した。

 先端部がぱっくりと──まるで口のように──二つに分かれ、そこから極光が漏れだす。

 回避など不可能だと、本能が告げていた。

 

『セリカちゃんっ!』

 

 光に包まれた次の瞬間、セリカの体から五感が失われた。衝撃や痛みすら知覚できず、全ての感性が強制的にシャットダウンされる。

 どれくらいの時間、そうなっていたのかは分からない。気が付けば、砂の上に倒れ込んでいた。三半規管が平衡感覚を手放しているせいで、どこが上なのか下なのかも認識できなかった。

 視界はぼやけていて、耳も聞こえない。体も奇妙な浮遊感に包まれている。

 死んだらこんな感じなのだろうか。曇った思考でそんな事を考える。

 

「う……」

 

 いや、まだだ。やらなければならない事がある。なんとか仰向けになり、酷く重い右腕で自身の頬を叩いた。感覚が戻ってくる。

 そこで思い出した。

 

「あ……ノノミ先輩」

 

 同行していた先輩の存在だ。家族同然の人なのに……僅かな時間でも忘れていた自身への怒りが、セリカの体を動かしてくれた。ボロボロになったブレザー制服から砂が流れ落ちる。

 動けば痛みも戻って来る。左の二の腕から激痛がはしった。頭に火花が散る。全く動かせない。経験が無くても骨折している事くらいは理解できた。

 右の足首も捻挫しているらしい。あまりの痛みに吐き気がする。

 明白なくらいの、戦闘不能状態。混乱のせいで危機感すらやって来ない。

 歩く事も出来ないまま、セリカは跪いた姿勢のまま辺りを確認した。

 

「なによこれ……」

 

 すぐ近くに、抉れた砂漠があった。あの光が通り過ぎたせいだろう。地表面は真っ赤に赤熱化し、ジュウジュウと音を立てている。あまりの熱量にガラスになっている部分すらあった。

 それだけではない。まるで大蛇が通った跡のように、枯れた川の名残のような、太く長い破壊の形跡があった。

 これをやったのは、あいつだ。

 天を衝く機械の塔。先端部が折れ曲がり、バチバチとスパークを散らしている。くぐもった駆動音が聞こえてきた。

 あれに勝つのは無理だ。逃げるしかない。そう思い、首を回す。

 同行者を見つけたセリカは息を呑んだ。

 

「ノノミ先輩……」

 

 すぐ近くにその人はいた。恐らくだが、あの光からセリカを逃がすべく突き飛ばしてくれたのだろう。だから比較的軽傷で済んだ。

 だが、助けてくれた本人は退避しきれなかったのだ。

 うつ伏せで倒れている十六夜ノノミが重体である事は、医学的な知識に疎いセリカにもわかった。

 良く手入れされていた長い髪は半ばから消え去り、服も焼失したせいで背中が覗いている。皮膚がぐつぐつと煮立つような、酷い火傷だった。

 傍らには、ノノミの愛銃だったミニガンも転がっていた。束ねられた銃口部分だけで、他は完全に破壊されていた。

 それだけではない。

 

「ノ……」

 

 ノノミのヘイローにヒビが入り、そこからだんだんと崩れていく。

 それはキヴォトスに住む生徒にとっての死が目前に迫っている事を示していた。見るのは初めてだが、もはや手遅れだという事も分かっている。

 左腕と右脚をかばいながら、なんとかノノミの所まで這いずっていく。体を揺らして呼びかける事もできない。ヘイローと同じで、この先輩の体も崩れてしまいそうに思えたからだ。

 機械の塔はまた光を放とうとしている。その直下には、砂漠を埋め尽くす機械の軍団。歩兵も戦車も自走砲もドローンも数えきれないほど向かってきていた。

 周囲は強大な砂嵐に包囲されている。外から助けが来る可能性はゼロだ。

 

「なによこれ……なんで」

 

 地面にぺたりと座り込み、セリカは呟いた。

 もう少しで勝てたのに。万全の準備をして、皆が完璧に動いて、ヘルメット団も便利屋も、ゲヘナもトリニティも味方をしてくれて。

 あとはホシノを連れ戻して、いつもの日常に戻るだけだったのに。

 

「助けてよ……」

 

 ボロボロと涙が零れる。どれだけ泣いても、何も変わらない。ただ砂に吸い込まれて、終わりだ。

 それは自分達の結末と同じように思えた。

 子供のように叫ぶ。

 

「なんとかしてよ! 先生っ!!」

 

 一足先に涙が蒸発する。

 セリカ達は光の渦に呑まれて消えた。




感想、評価、誤字報告ありがとうございます。
しれっと投稿しておりましたが、長期間空いてしまい申し訳ございませんでした。まだ読んで下さる方がいるとは思っていませんでした。
エタっていたわけではないのですが、プライベートの方で忙しくタイミングを逃し続けておりました。
アビドス編は全30話にしたいという無駄なこだわりが裏目に出ています。
今週中に最終話を投稿し、その後は何話か挟んで次の章に移る予定です。よろしくお願い致します。
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