◆
「ふわ~あ」
一人の女子生徒がコンテナに腰掛け欠伸をした。薄汚れたヘルメットと安物のタクティカルベストを身に纏った、不良集団の一人だった。
今回の”お祭り”はかなり大規模で期間も長い。サンクトゥムタワーの停止でイラついていたところに降ってわいた襲撃の二文字。暴れたいだけの生徒達はみるみるうちに膨れ上がった。
女子生徒は友人たちと共におこなっていた別自治区の生徒と銃撃戦をいったんやめ、<連邦生徒会>の自治区へと向かう。銃撃戦をしていた相手連中も「楽しそうだから」という理由でついてきて、今では大の仲良しだ。
銃声と爆音、歓声と悲鳴。大気と地面が震えるのは心地良い。しかも今回の騒動、こうした”お祭り”で使う道具は参加する者の自腹であるのが普通だが、武器や弾丸がどこかから大量に持ち込まれ、補給に困る心配もない。戦車や装甲車までもが戦列に加わり、傭兵部隊も合流した。規模はどんどんと膨れ上がる。
「ちょっと暇じゃない? ここだとスマホも使えないし」
「分かってないな~。大騒ぎした後は静寂を楽しむもんなの。サウナでもそうでしょ。暑いのと寒いのを交互にすんのが良いわけ」
「整うってやつだ!」
「そう!」
馬鹿話をしながら時間を潰すのは好きだった。一昨日までライフル弾を交わしていた仲だったが、今では強奪したコンビニ弁当をつつきながらこうして話に花を咲かせられる。あの<連邦生徒会>よりも遥かに平和に貢献しているのではないか? そんな考えすら浮かんでくる始末だ。
ここから一キロ弱のところでは暇を持て余した不良集団とお利口な<ヴァルキューレ警察学校>の部隊が激突している。少女たちは昨晩からひとしきり暴れていたため、小休止もかねて後方に下がっていた。
補給をしたらまた警察学校の連中をおちょくりがてらひと暴れをする。気が済んだらまた元の日常に戻るといういつもの流れだ。キヴォトスの危機などと言っているが、そんなのは偉い人達が勝手になんとかしてくれる。ここに集まったのはそんな考えの生徒ばかりだ。
ただ一人を除いて。
「つーかワカモ先輩どこよ? ずっと探してんだけど!」
「ね。ぜんぜん見かけない」
「でも、やっぱ格好良いよなあ。ワカモ先輩。一人で<ヴァルキューレ>ぼこぼこにして、あの黒くてゴツイ車盗んでたし」
「あの可愛くない車?」
不良友達の視線の先には狐坂ワカモが強奪した超高級車が鎮座していた。<連邦生徒会>が所有していた電子戦用の装備らしく、一両につき数十億の金額がついている。警察学校の間抜け連中は騒動を収める事に目がいくばかりにあの装備を襲撃され、ワカモ一人に鎮圧されてしまった。
それでも複雑かつ最先端のシステムを扱えるはずがないと高を括っていたようだが、それもワカモによって起動され指揮系統が分断。混乱状態に陥ったまま態勢を整えられていない。
不良集団では動かし方も分からないため、通信妨害システムを起動状態のまま放置されている。暇を持て余した少女たちによって水玉模様にされているところだ。
「ワカモ先輩どこかなー」
「そういえば狐のお面買ったの?」
「買った! <百鬼夜行>に行ったら狐のお面だけ凄い押し出されててさ! でもそこのお店って甘味処って書いてあったんだよなあ。どうしてだろ?」
「商魂だろーな」
ここに集まってくる生徒のほとんどは狐坂ワカモのファンだ。彼女の圧倒的な強さ、カリスマ性、犯罪歴に魅了される生徒は後を絶たない。普段から不満を買っている<連邦生徒会>に嫌がらせできるのもいい。
「なんかあっちから銃声聞こえないか?」
「おにぎりの取り合いとかでしょ、どうせ」
「そっか」
キヴォトスでは銃声などそこら中で聞こえる。自陣の中であってもそれは変わらない。ごちゃごちゃ言い合いするよりも相手を気絶させる方が手っ取り早いからだ。
「よっし。ウチらもそろそろ出る?」
「そーだな」
「腹ごなしに暴れるか!」
立ち上がり、尻についた埃を払うと自身の銃へ眼を向ける。
「あれ? 私の銃ちゃんは?」
「アタシのも無い」
「ウチのもだ!」
弾薬コンテナの上に放ってあったはずのものが無い。少女たちがキョロキョロと辺りを見渡すも、どこにも落ちていなかった。
「何かお探し?」
背後から声が聞こえた。
「あ、ああ。私たちの──」
「ではこれをどうぞ」
別の声と共に何かが転がる。ピンを抜かれた閃光手榴弾だった。驚く間もなく、炸裂。
「なああ!?」
「目が! 目が~!」
「なにこれ!? なに!?」
そろって混乱する少女たち。何かを殴るような鈍い音が響き、何かが倒れる音がした。自分以外の声が無くなり、混乱に恐怖の色が混じってくる。
「だ、誰!?」
「誰かしらね?」
「ユウカ、遊んでいる暇はありません。通信車両はすぐそこです」
「遊んでないわよ! あと名前は隠しといて!」
「はあ……」
「なに!? 何そのやれやれした感じ!」
「通信車両を狙う気か!? 誰か! 誰かー!」
「助けを呼んでも無駄よ。この辺りの不良達は全員鎮圧したから。通信網を破壊したツケが回ってきたわね」
「そ、そんな……」
戦域の拡大に伴い、人員の密度が下がっているとは言え、この付近には三〇人近くの味方がいたはずだ。それをたった二人で……!?
やっと視力が回復してきた。涙の滲む目をごしごししながら苦労して開けると、二人の美少女が立っているのが分かった。一人はトリニティの制服を着た銀髪の生徒、もう一人はミレニアムの制服を着た青い髪の生徒。
さらに混乱する。三大校が手を組んだ? そんなはずはない。このキヴォトスで未だかつてない事態だし、もしそうなら情報が来ているはずだ。
「なんだお前ら!? 何者なんだ!?」
「……私たちは独立連邦捜査部<シャーレ>」
「覚えときなさい」
声で分かる。ユウカと呼ばれた少女が持っていたサブマシンガンをこちらに向ける。命乞いをする間もなく、少女の意識は刈り取られた。
◇
スズミとユウカの前衛コンビは首尾よく後方部隊を鎮圧してくれたらしい。同じ生徒とは言っても個人の戦闘能力には大きな隔たりがある。<自警団>所属のスズミはともかく、明らかに文官のユウカも不良生徒くらいはわけなく無力化できるようだ。
私は廃墟と化したビルの中腹から、隣に佇む羽川ハスミに発砲を願った。彼女は狙撃手で、ボルトアクション式のライフルを装備している。重装甲車両の破壊は得意との事だったので、今回の作戦の要となってもらった。
「破壊……するのですか? あの通信車両は非常に高価だと聞きましたが」
「どうせ爆薬を仕掛けられている」
使い方によっては戦力の要ともなる電子戦装備をあの扱いだ。装甲や機動性に難のある車両など、通信網の破壊をした後はブービートラップに使用するくらいしかない。
「付近の生徒は片付けたようです。二人の退避も確認。……よろしいですね?」
「頼む」
二〇〇メートル程の距離があるものの、ハスミは特に狙うわけでもなく発砲した。通信車両のど真ん中に直撃した徹甲弾は装甲を食い破って地面に突き刺さる。それと殆ど同時に起きたのは巨大な爆発だった。
安物の爆薬なのだろうが威力は充分。泡がはじける時のように膨れ上がり、爆炎が中層ビルの屋上辺りの高さまでを覆った。私たちがいたビルにも衝撃波が飛び込んでくる。窓ガラスが事前に叩き壊されていなければ粉々の破片が我々に殺到していたことだろう。
「ご無事ですか?」
長身の女生徒は大きな黒い翼を使って、当然のように私の身を守ってくれていた。クールな外見だが、優しい性格が伝わってくる。
「ありがとう、ハスミ。小銃弾で装甲の施された車両を破壊できるとは驚きだ。狙撃手は皆そうなのか」
「そうはおりません。向き不向きがあります」
「君が招集に応じてくれたのは幸運だな」
礼を述べるとハスミが頬を赤くする。生徒という概念から、どうしても未熟なイメージで接してしまうが、スズミとユウカも数十人の不良生徒を無力化して即座に爆破の予想範囲から人を離してくれた。こと戦闘行為において、彼女達の練度は目を見張るものがある。
<ゲヘナ風紀委員会>の火宮チナツから通信が入った。
『先生、通信状態の回復を確認しました。主席行政官から<ヴァルキューレ警察学校>へ接触して頂き、部隊の再編を進めてもらっています』
「予定通りだ。指揮管制用ドローンの使用を頼む」
『了解しました。戦闘支援を開始します。情報収集と補給はお任せください』
「頼んだ」
ここからは当初の予定通り<シャーレ>のオフィスビルへ向かう。周辺には孤立、捕縛された<ヴァルキューレ>の部隊も散見される。彼女を救出しながら武装集団を挟み撃ちだ。
スズミとユウカには連携しつつ奇襲強襲を繰り返してもらい、ハスミは彼女らには破壊困難な重装甲目標への狙撃を進めてもらう。チナツにはドローンを用いた情報管制と銃弾や爆薬の補給を担当してもらう手はずだ。
「私も移動を開始する。狙撃位置と目標の選定に関してはハスミに任せよう。三発撃ったら移動……これだけ守ってくれたらいい」
「承知致しました。先生は主席行政官のサポートと戦術指揮、ですね」
「そうだ。ハスミが紹介してくれたこれもある。移動には困らないだろう」
私が戦場をうろうろする事を伝えたら、羽川ハスミはガスでワイヤーを射出する装備──グラップリング・ガンの存在を教えてくれた。狙撃手が愛用するこの装備があれば、ビル間を移動するのにいちいち階段を上り下りしなくて済む。
眼下では前衛コンビが銃撃戦を開始していた。二台の装甲車も近づいてくる。それらを瞬時に吹き飛ばしたハスミが、心配そうな表情を向けて来た。
「先生……狐坂ワカモの動向が気がかりです。彼女は指揮系統の破壊を得意としていると聞きました。<シャーレ>が出て来たと知れれば先生を狙ってくるかもしれません」
「そうなる前に終わらせる。気になる事もあるからな」
「……?」
『先生。破壊されていた車両の中に爆薬が発見されたそうです。予想通り、時限式の』
チナツからの連絡が入る。今回の相手は『荒らし、嫌がらせ、混乱』を目的としている。特に意味のない破壊行為を尽くすのは分かりきっていた。
先ほどの通信車両に仕掛けられていたのも時限式の爆薬だろう。狐坂ワカモはサンクトゥムタワーやオフィスビルの占拠を継続する気など端からなく、<連邦生徒会>への嫌がらせに気が済んだら撤退する予定だったのだ。
今まで押し込まれていた前線を押し返せば敵戦力は浮足立つ。極めて高価な電子戦システムの奪還についてもそうだ。可能な限り無傷で取り返そうとすると見越し、爆薬を仕掛けて放置していた。わざわざ守りも手薄にして。
嫌がらせはゲリラ戦の基本だが、それにしても凄まじい悪意だと思う。その技術や頭脳も含めて、狐坂ワカモから話を聞いてみたいという気持ちが強まってきた。
「設置式地雷の使用も予想される。時間は幾らかかっても良い。ドローンを先行させつつ進んでくれ」
『そんなに心配しなくても……味方を巻き込んでまでびゃあああ!?』
早瀬ユウカからの通信に爆音と悲鳴が混じる。敵が味方もろともクレイモア地雷を作動させたようだ。スズミとチナツが呆れたため息を漏らした。私の額に汗が浮かぶ。破壊された窓枠に飛びつくようにして眼下を確認すると、隣のハスミが目を丸くしていた。
C4爆薬の炎が晴れ、撒き散らされた小型の鉄球──ボールペアリングが指向性をもって辺りに散らばっている。
「ぶ、無事かユウカ」
『はい……シールドがあったので』
しょんぼりとした声が返ってくる。息が止まる思いだった。キヴォトスの生徒は地雷程度は大したことそうだが、だからといって気にせず前進というのは困る。タイミングも相まって間が抜けているというのもあり、ユウカは落ち込んだのだろう。
言葉通り彼女はミレニアム製の空間展開式防護シールドに守られ無傷のようだ。巻き込まれた不良生徒も目を回しているくらいで怪我は見当たらない。
『ユウカ、遊んでいる場合ではありませんよ。こちらが優勢ではありますが、警戒は怠らないように』
『だから遊んでないってば! 身を挺して情報を確認したんでしょ!?』
「しかし凄い声をだしていたからな。びゃあああって」
『そ、そんな声は出してませんけど』
「もう出さないように頼む」
『出しません! 交信終わり!』
怒らせてしまったらしい。早瀬ユウカは集まった四人の中で最も優れた知性を有し、とりわけ演算力に優れているようだが、感情を最も素直に表現してくれる生徒だった。堅物を通り越して金属の域に到達しているリンやアオイで慣れてしまった私からすると珍しく感じる。
「ハスミ、前衛のサポートを頼んだ」
「はい。お任せください」
なぜかほほ笑むハスミを背に、私はワイヤーガンを構えて移動した。
◇
「やはりか……」
私は瓦解状態だった<ヴァルキューレ警察学校>の生徒達を纏めつつ、周辺の偵察をおこなっていた。車爆弾にしてもクレイモア地雷にしてもあまり程度が高くない。武装集団内では味方を巻き込んだ爆破が呼び水となり小競り合いが発生しているそうだ。
救出した警察学校の生徒達にはリンが担当している本隊の再編に加わってもらうより、他にしてもらいたい事がある。
スズミやユウカの援護に加わって欲しいところだが、本来なら<ヴァルキューレ>の指揮権は防衛室長が務める事もあり、<シャーレ>の指示に危機感を示す生徒も少なくない。リンから説得してもらっているが、時間の都合もあり断念した。
問題はまだあった。
私がいるのは無人状態となったオフィスビル群の一棟だ。
一五階建ての建築物だが、その中腹部にも時限式の爆薬が複数仕掛けられていた。
これが作動すれば高層ビルは半ばから折れ、極めて強力な質量兵器となって大地に叩きつけられる。
爆薬の設置個所から予想するに、<シャーレ>オフィスビル前に集結するであろう<連邦生徒会>側の戦力を狙い撃ちにしたいらしい。他のビルにも同様のものがあった。
恐ろしいのは、これが時限式だという事だ。自らがおこなった電波妨害のせいで通信が使えなかったからアナログにしたのだろうが、ここまで周到に用意する狐坂ワカモには感嘆するしかない。高層建築物の爆破には図抜けた計算能力と建築学の知識が必要となる。それを恐らくは一人の生徒が個人で仕掛けてきている。
地上に仕掛けられていた稚拙な爆薬群は目を下に向けるための陽動目的だったという事だ。
「…………」
表示されている残り時間を見る。リンが出動を急いでくれたおかげで間に合ったが、そうでなければ今回の戦闘は大惨事になっていたかもしれない。
とりあえずオペレーターをしてくれている<ゲヘナ風紀委員会>の火宮チナツに通信を行う。
『はい、先生。なにかトラブルですか?』
私は周辺の建造物に爆薬が仕掛けられていた事をチナツに報告する。キヴォトスでは広く普及している安物のC4が発見できただけで六九個。幾つかは移動させており、対応はこちらに任せてもらいたいという事。彼女伝いにリンへの報告も頼みたい事。
チナツは最後まで静かに聞いてくれていたが、
『承りました。<シャーレ>各位及び主席行政官への通達はこちらで行います』
「頼んだ」
『それより先生。作戦前に注意された事、覚えていらっしゃいますか?』
「ああ。私はキヴォトスの外から来た人間だ。すぐ死ぬ」
『それならどうして、単独で爆発物の捜索などされているんでしょう?』
「え……」
火宮チナツは<ゲヘナ学園>の一年生だ。当初は救護関係のコミュニティに属していたらしいが、キヴォトスでも最強クラスの実力を持つ<風紀委員会>の長から直々に引き抜かれたという経歴を持つ。電子戦から補給線の構築、無人航空機の操作から本業の医療行為までこなせる後方支援のエキスパートだ。
大人しそうな印象だったが、今は声に怒気を滲ませている。怒られる。私は怯えた。
「余剰人員がいなかったからだ。手の空いていた私が不確定だった危険要素を取り払ったに過ぎない」
『<シャーレ>の戦術指揮と<ヴァルキューレ>部隊の再編を平行している方の手が空いているはずがありません。先生の行為は自身の命を軽視しているように見えます』
「それは……」
『主席行政官を始めとして<シャーレ>所属の生徒は皆、先生を信じて本作戦に参加したんです。もちろん私も例外ではありません』
「はい……」
『軽はずみな行動は慎んでください』
「すみませんでした……」
『交信を終了します』
初めての作戦中にガチ説教を食らった私はこれ以上ないくらいにへこんだ。ガチ説教自体はリンやアオイから既にかなりの数されているが、チナツからされるのはまた違う種類のダメージがあった。医療従事者が有する倫理的視点からの言葉だからだろうか。
軽はずみな行動は慎めと言われた私は時限爆弾の近くで少し項垂れてから、とぼとぼと歩いて隣のビルへと移動した。非常用階段に飛び移る。
グラップリング・ガンのワイヤーを巻き戻し、ガス・カートリッジを交換する。そうして屋上へと移動した。
この辺りにハスミがいるはずだ。狙撃手が好むポイントはあらかた予想がつく。地上ではスズミとユウカのコンビが破竹の勢いで敵戦力を攻撃していた。手を焼くような目標はハスミの狙撃が処理し、チナツの補給が戦線を支えている。
今も大穴を空けられた装甲車が爆発し、空中でひっくり返りながら地面に戻ってきたところだ。敵戦力同士での撃ちあいも発生しており、相手方は総崩れ。リンが担当している<ヴァルキューレ>本隊も立て直しが済んでおり、<シャーレ>のビルを占拠する事はもはや不可能だった。
それなのに敵はまだ撤退を始めない。前と後ろから挟撃されている状態では絶対に逆転できないのに、退かない理由があるのか。
非常階段を登り切り、屋上へ出る。しゃがみ込んだハスミの後ろ姿があった。
「──!」
飛び出してくる影。狐の面を着けた女生徒。今回の事件の首謀者。狐坂ワカモ。銃を構えている。発砲。狙いはハスミのこめかみ。驚くほど正確な射撃だった。
拳銃でワカモの射撃を横合いから弾き落す。空中で不自然な衝突音。ライフル弾の弾道が逸れて、コンクリートの塊を突き抜けるだけで終わった。
ハスミは奇襲に動じる様子もなく自身の狙撃銃をワカモへ向け、引き金を引く。相手は身をよじっただけでそれを凌いだ。額を狙った銃弾は狐面の端を砕いただけで終わる。狐坂ワカモは自由落下に身を任せて離脱していく。ハスミと私が即座に確認するが、眼下にその姿はなかった。
「先生……」
羽川ハスミが動揺した様子で視線を向けてくる。狙撃手が奇襲されたのだから当然だろう。
「怪我はないか」
「は、はい。ありがとうございます」
彼女は凶弾が通り過ぎて行った地面を注意深く観察していた。てっきり撃ち落としたものと思ったが、その勢いは毛ほども衰えなかったように見える。
加えて今の攻防だ。狐坂ワカモは羽川ハスミの狙撃位置を完璧に予想して襲撃している。そうでなければ一発撃った直後に出現することはできない。単独での奇襲。飛びあがった姿勢からの正確な攻撃。その後のハスミの冷静な反応と応射。反撃と追撃を即座に捨てて回避と離脱に専念したワカモ。
とても学生とは言えないほどの次元であの瞬間は過ぎ去っていった。
「素晴らしいタイミングでしたね」
「ああ。そろそろ危ない頃合いだと思っていたからな」
今回の作戦で最も厄介なのは狐坂ワカモの存在だ。その戦闘力も去る事ながら、何をしでかすか分からない破壊性は放置できるものではない。正面から戦闘して捕縛するのは難しかった。
『三発撃ってから移動』と私は狙撃手の羽川ハスミに依頼している。彼女の狙撃能力と火力は相手から見ても脅威であるのは明白。優秀な狙撃手ほど敵の注意を引く存在もない。
来るとしたら狐坂ワカモだという事も予想がついた。敵の人員にハスミを捉えられる狙撃手はいない。混乱した戦場では奇襲も難しい。それでも襲撃できて、狙撃の法則性に気づくことが出来る人物は狐面の彼女のみなのだ。
という事を、移動しながら私はハスミに伝えた。
「なるほど……」
「囮のように使ってしまってすまない。挙句に目論見は外れた。激怒してくれていい。罵詈雑言も受け入れよう」
「私も部隊を率いる者です。狙撃手の扱いも心得ています。先生が今までそれを私に伝えなかったのは、ワカモに動きを悟られないようにするため、というのも理解しています」
「本来ならスズミとユウカも含めてワカモと戦いたかったんだが、そうは出来なかった。ハスミとワカモの二人が私の予想より遥かに優秀だったからだ」
「…………」
ハスミがジロりと見てくる。チナツに叱られたばかりの私は慌てた。不手際を重ねすぎて、この作戦が終わると同時に私の不信任案がゲヘナとトリニティから提出されるかもしれない。もう縋れるのはミレニアムのユウカだけだ。彼女だけが頼みの綱だった。
「すまない」
「いえ、褒めるのは私だけで良いと思っただけです。マッチポンプとはいえ、助けられたのは事実。私に異存はありません」
「そういってもらえると助かる」
長い髪を肩に流すと、ハスミは給弾を済ませながら尋ねてくる。
「存外、先生は戦いなれていらっしゃるんですね」
「そんなことはないと思うが。私の肉体は貧弱で、キヴォトスのような治安の環境で長生きできるはずがない」
記憶を失う前の私がいた世界は、少なくともここまで派手な場所ではないと思った。キヴォトスで銃弾だの爆弾だの地雷だのが気軽に使用されるのは、それを問題視しなくていい肉体の頑強さが前提にある世界だからだ。私の肉体から予想するに、暴力の密度が大分下の所が出自だと考える事が出来る。
「そうですね。それはそうと……もしかして、今まで戦場をうろつかれていたのですか。ブリーフィングでは後方で待機と聞いていましたが」
「もちろん大人しくしていた」
「ならどうしてグラップリング・ガンに強い興味を抱かれていたのですか? 緊急避難用というのは本当なのでしょうか」
「この話はもうやめよう」
私は強引に話を打ち切った。
<シャーレの先生>が初任務で殉職などというのは悪夢であり、参加していたハスミ達が非難される可能性は否定できない。彼女達の心配は理解できたが、しかし私も今回の作戦責任者として果たすべき責任がある。口論になったら勝てないので言わないが、そういった理由があるのだ。
「作戦は終盤だ。敵戦力に撤退の兆しが見えないのは奥の手があるからだと考える。タイミングとしてはそろそろだろう」
今しがたスズミとユウカの補給も終了した。ハスミの方も問題ない。それぞれのバイタルも安定している。ワカモを取り逃した事を除けば、ここまでは順調だった。
地上で大きな音。見れば大型の砲塔が幾つか覗いている。重々しく履帯を響かせ、ビルや車の破片を踏みつぶしながら進んできた。
戦車が五両。隣の狙撃手が驚いた声を漏らす。
「クルセイダー1型……トリニティの正式装備です。あんなものまで出てくるなんて」
『ちょっと! 戦車いっぱい出て来たんだけど!? ほんとに不良の集団なの!?』
『巡行戦車を使用しているのはオートマタ……PMCのようです。周辺に歩兵多数』
『小銃では破壊に手間取ります。ハスミ先輩からの狙撃を要請します』
ユウカ、チナツ、スズミからの通信に応えながら、私は地上に目を向けた。人型機械──オートマタの集団が展開している。不良生徒とは全く違う出で立ち。動きは統制されており、装備も統一されている。PMC、民間軍事会社だとしたら依頼主がいるはず。それがワカモなのかは分からない。
まずはPMCの動きを止める。不良生徒よりも彼らの方が良い情報を掴んでいる可能性が高い。今まであの機甲部隊は隠れていた。包囲されつつあるこのタイミングで現れたのには理由があるはずだ。
最後の抵抗か、殿を務めるつもりなのか。私にはどちらとも思えなかった。
『先生!』
ユウカからの声に意識を戻す。部隊単位で動く戦車に歩兵を、生徒をぶつけるわけにはいかない。指揮官の仕事は通信機に向かって細々とした事を叫ぶのではなく、確かな勝利への道筋をあらかじめ用意する事にある。生徒が命をかけてくれるのなら、私はそれに見合う手間をかける。そうでなければ先生は務まらない。
「チナツからスモーク・ディスチャージャが補給されているはずだ。それを使用し、安全な場所まで後退してくれ。後はこちらで対応する」
『先生、武装集団が撤退を開始したそうです。退路は三か所。南西及び南東のメインストリートと、放棄された地下鉄です。地下鉄の線路には<ヴァルキューレ>の部隊が配置されていますが、他はがら空きです』
「了解した。チナツは上空のドローンからレーザー誘導を頼む」
『承知しました』
スズミとユウカが使用したのは使い捨ての煙幕装置だ。チューブ型の発射装置からグレネードタイプの弾薬を発射する。使用されているフォッグ・オイルは安価でレーザーの遮断などは行えないが、地上付近に長く滞留する性質を有しており、不良生徒が警察学校への襲撃に使用したものを鹵獲していた。つまりタダである。
この煙幕の良い所は上空からの監視を阻害せず、長持ちする所だ。対戦車ミサイルのレーザー誘導も邪魔しない。
七神リン指揮下の部隊から発射された歩兵用の小型ミサイル群が、上空から敵戦車部隊へ殺到した。濃密な白煙の中で爆発が重ねて起こり、登場から九〇秒で機甲戦力は無力化される。
いや──
「生き残りがいるな」
爆撃から運よく逃れたらしい一両の巡行戦車が白煙の中から飛び出してくる。残念ながらそこは、ハスミの銃口の前だ。乾燥した銃声と同時に敵戦車の背面に着弾。射抜かれた燃料タンクで小規模な爆発とささやかな火災が発生。エンジンにも支障が出たようだ。砲塔の旋回速度が目に見えて低下する。
後はハスミにトドメを刺してもらえば終わりなのだが……スズミとユウカが飛び出していくのが見えた。体が強張る。
二人は戦車に取りつくと車体上部の蓋──キューボラを力づくでこじ開け、中に複数の閃光弾を流し込む。気の毒になるくらいの悲惨な爆発が内部で起き、最後の敵戦力は微動だにしなくなった。
『制圧完了しました。やはり戦車が相手だとこれが一番効きますね』
『計算通り。かんぺき~』
「えぇ……」
キヴォトスだと戦車の無力化にはキューボラのこじ開けから手榴弾の流し込みが定番らしい。勉強になるが、抵抗もあった。
「先生、撤退中の不良生徒達についてはどうするのですか?」
周辺の警戒をしながらハスミが訊ねてきた。離散、孤立していた方の<ヴァルキューレ>部隊は再編して地下鉄の封鎖に当たってもらっている。地上で退散中の敵部隊に関しては阻むものが何も無いのだ。
PMC連中は、蜘蛛の子を散らすように逃げる不良生徒達を盾に離脱する算段だったのだろう。ある程度の所まで逃げた後は車両を放棄すれば追跡は躱せるからだ。警察学校の部隊に戦車部隊と正面からやり合える装備はない。必要となる労力を考慮すれば、徒歩で逃げる不良生徒を捕縛する方が効率的なのだ。
「逃がす気は無い」
キヴォトスでは罰則が軽く、今回のような事件でも一〇日程度の拘留で済む。捕縛する側もそこまで本気にはならず、撤退する戦車部隊を全力で追いかけたりはしない。
しかしだからといって、ここまでの破壊行為をした報いを受けなくて良いという事にはならない。
周辺の建造物で爆発が起こる。
建物の中腹で時限爆弾が作動し、それはビルの脇腹を食い破った。コンクリートの破片が地上に降り注ぎ、自重を支えていた鉄骨と鉄筋が仕事を放棄し引きちぎれる音が辺りに響く。やがて半ばから断ち切れた数棟のオフィスビルがメインストリートに倒れ込んだ。轟音と地震じみた揺れ。
それは、狙いすましたかのように不良生徒達に残された退路を塞ぐことになった。耳につけた通信機から、チナツが息を呑むのが分かった。
退路の完全封鎖に伴い包囲完了。抵抗の意志を示す者はほとんどいない。
「作戦は終了だ。後は警察学校に任せる。<シャーレ>各位は目標地点に集合してくれ」
まだ当初の目的は達成できていない。私は通信機に呼びかけると、ハスミを伴って撤収した。