サンクトゥムタワー復活の翌日。
「…………」
「…………」
早速だが、<シャーレ>五人目のメンバーが執務室を訪れていた。
「…………」
「…………」
狐面を着けた和装の女子生徒。狐坂ワカモだった。
「…………」
「…………」
襲撃してくるものかと考えていたが、キヴォトスを代表する危険人物らしい彼女は普通に正面入り口から入ってきた。地獄のような書類仕事を一段落させた私は気分転換がしたかった事もあり、ワカモを歓迎してここまで案内した。流石に男子トイレでセクハラ行為に及んだ(らしい)記憶は上書きしたかったのだ。
彼女に要件を尋ねると、<シャーレ>への加入を申し出てくれた。
独立連邦捜査部に関しては裁量のほとんど全てが私個人に委ねられている。部への加入や離脱に関しては、来る者も去る者も拒まないという方針で行きたい所だが、誰でも良いというわけにもいかない。それは無責任だからだ。
<シャーレ>は<連邦生徒会>の中にある組織である。
今は大したことが無いが、機密情報だって扱う事になるだろう。地下施設にはオーパーツも保管されている。様々な学校自治区の思惑が交差する場所になるかもしれず、スパイ行為の温床にもなりかねない。
なによりワカモは指名手配中の生徒だ。母校である<百鬼夜行連合学院>からは事実上の追放状態であり、連邦矯正局を脱獄してここにいる。道中では無数の犯罪、破壊行為があったことだろう。
<シャーレ>が有する治外法権を利用して罪から逃れたいのなら、それに協力する事は出来ない。そういった事も含めての説明だった。
しかし、彼女は本心から私に仕えたいと言う。ただそれだけだと。
「…………」
「…………」
その理由を尋ねたら、この沈黙が始まった。
『先生、何か話題を振ってあげた方がいいんじゃないでしょうか』
アロナからの提案だ。彼女の声は私以外には聞こえないらしい。こうして無茶ぶりもしてくれる。
「…………」
「…………」
「……ご趣味は」
『お見合いですか!?』
「破壊と、略奪です」
『わ、わぁ……』
私はうんうんと頷いた。内容はともかくとして、趣味がある事は素晴らしいと思う。こういう場合は自身の趣味も明かすべきなのだろうが、生憎と私に趣味は無い。判明していない。そのため記憶喪失だという事を伝えた。
「本当なのですか? あ、いえ。もちろんあなた様を疑っているわけではなく……」
「心配してくれている通り、私は実生活にも苦労している。先生としての責務を果たせるのかも怪しい所だ。だから、ワカモの力を借りたいのは事実でもある」
問題なのは彼女の犯罪歴だ。<シャーレ>に加入したとして過去の悪行が帳消しになるわけではない。
ワカモにそのつもりが無くても、今は独立連邦捜査部と私が注目を集めている時期なのだ。お互いの存在が悪い方向に作用する可能性も考慮するべきだろう。<シャーレ>にはワカモと私以外にも部員がいるのだ。
「君を疑っているわけではない。<シャーレ>に加入してくれるというのなら、こちらとしてもありがたいからだ。だが、君は他の生徒と違う扱いを受けるかもしれない」
「構いません。このワカモ、天地神明にかけてあなた様をお守りする所存です」
「その理由をまだ聞かせてもらっていないんだが……」
「…………」
「…………」
「…………」
またワカモが硬直してしまった。仮面と服の間から窺える白い首筋は真っ赤に染まっている。アレルギー反応かとも思ったが違うらしい。
観察する限り、<シャーレ>への加入理由を尋ねるとこうなって会話が出来なくなると見て間違いないだろう。隠しているわけではなく、何か言えない事情があるようだ。
彼女の犯罪歴を鑑みるに、このまま受け入れるのはリスクが伴う。しかし、過去の行いだけで生徒の考えを否定するのは抵抗があった。そんなことをする人間は先生に相応しくない。
「分かった。志望動機については不問としよう。ワカモが話したくなった時に聞きたい。そして先ほども言ったが、君には指名手配が出ていて、特別な対応が必要になるだろう」
「と、特別だなんて……」
「<連邦生徒会>の防衛室に連絡を取るから、ここで少し待っていてくれ」
狐坂ワカモが脱走したのは連邦矯正局であり、そこは<ヴァルキューレ警察学校>の管轄だ。
<連邦生徒会>の防衛室は警察学校への指揮権を有している。防衛室のトップに話を通せば、ワカモの加入も何とかなるかもしれない。
サンクトゥムタワーの奪還後に室長クラスの何人かとは顔を会わせている。防衛室長もその一人だ。スマートフォンからホットラインを繋ぐ。
『はい。防衛室長の不知火です。昨日ぶりですね、先生』
「忙しいところ申し訳ない。少し相談したい事があるんだが、大丈夫だろうか」
『もちろんです。むしろ光栄ですね、先生からの相談事とは……それで、どのような内容でしょうか』
防衛室長の不知火カヤは、いつも穏やかな笑みを浮かべている人当たりの良い印象の生徒だ。
キヴォトスにおける治安問題を担当しており、昨日は彼女の指揮下にある<ヴァルキューレ>に私が特権を使用した事で話をした。カヤ自身はサンクトゥムタワー内で孤立していたため指揮が執れず、それが事態の悪化を招いた面もあるとし、<シャーレ>からの介入も不問としてくれた。
リンやアオイと違い、通報の危険がなく接しやすい相手である。
「狐坂ワカモが<シャーレ>への加入を求めている」
『!?』
「私個人としては受け入れたいと考えるが、指名手配の件もある。君の意見を聞きたい」
『その……だ、大丈夫なのですか?』
「ああ、もちろん犯罪歴についても考慮している」
『そ、そうではなく! そこにワカモがいるんですよね!? 昨日まで<シャーレ>を襲撃していたと記憶していますが!?』
「そうだな」
『今も襲撃されているのではないのですか?』
「それは違う。今日は正面入り口から普通に入ってきてくれた」
『ええと……内容がクレイジー過ぎて、いまいち飲み込めていないのですが……。独立連邦捜査部への加入を条件に、免罪を要求しているとか、でしょうか』
「ワカモからの要求は無い。彼女を取り巻く問題に対して、カヤと話をさせてもらいたいんだ。キヴォトスの刑罰について私は門外漢だが、減刑措置はあったと記憶している」
<シャーレ>の活動には治安維持も含まれるため、アオイから犯罪行為に対する刑罰も教えられていた。
基本的には所属している自治区内の法によって裁かれるそうだが、例外もある。例えば<ゲヘナ学園>の生徒が<トリニティ総合学園>で罪を犯した場合の措置は両校の合意によって変わる場合もあるのだ。
それに伴いトラブルも発生し、<連邦生徒会>による調停が必要となるという流れである。
『はい。農林業や土木・建設業への従事、または福祉活動への参加によって減刑される場合は確かにあります。あまり適用された例はないですけど……』
「<シャーレ>での任務を、更生活動に当てはめる事は出来ないだろうか」
『その場合……報告書類の提出が必要となりますが』
「私が書こう」
『はあ……』
不知火カヤはしばし悩んだ後、
『分かりました。ワカモのような生徒に更生は期待できないと思いますが、檻の中に入れておく事が不可能なのも事実。こちらで預かるより、先生に任せてしまった方が楽で……いえ、改善の余地があるというものですね!』
認めましょう! とカヤから言質を取る事が出来た。
そこから、減刑措置に関して少し話し合い、本日中に草案を提出するという事で纏められた。あくまで減刑であるため、ワカモには連邦矯正局へと戻ってもらう事になるが、それも彼女の出方次第だ。私は執務室へと戻ると、このことを伝える。
「構いません」
「ありがとう。矯正局での拘留も、<シャーレ>での活動に応じて短縮される。”当番”中ならもちろん自由の身だ。それでも他の生徒と比較したら動きは制限される事になる……本当にいいのか」
「私は──ワカモはようやく、生まれた意味を悟りました。あなた様の傍に居られるのなら、どのような困難も嵐の前の塵と同じ……障害にはなりえません」
彼女の言っている意味はいまいちよく分からないが、更生の意志はあるのだろう。どうして私に対してそこまで協力的なのかについて訊けばまたフリーズしてしまう事は想像に難くない。
ワカモに<シャーレ>へ加入するメリットとデメリットを説明し、そのまま手続きを済ませる。飲み物について尋ねたところ緑茶を淹れたいとの事だったので淹れてもらう。客人にしてもらう事ではないのだが、強固な意志を見せつけられた。
美味しかった事を伝えると、ワカモは身もだえして喜ぶ。
「さっそくだが、私に協力してもらいたい」
「もちろんです! 何なりとお申し付けください!」
「昨日の件なんだが」
「あら……?」
サンクトゥムタワーの占領は狐坂ワカモが起こした犯罪の中でも最も新しく、最も規模の大きいものだった。
捕縛した不良生徒から事情聴取をしたが、騒ぎに参加しただけと言い張られてしまって深くは聞き出せていない。オートマタの傭兵連中は早々に<ヴァルキューレ警察学校>の公安局に引っ張られて行ってしまった。
不良生徒のほとんどはワカモの起こした騒ぎに釣られて集まっただけであり、そしてそれはキヴォトスでは当たり前の事らしい。狐坂ワカモが動けばアウトローも呼応するという事だ。
そのギャングスターは、お茶を飲む私をうっとりとした様子で見つめている。変わった子だと思った。
「初めに言わせてもらうと、見事だった。サンクトゥムタワーの強襲と、通信車両の奪取。それに伴う敵通信網の破壊。どれも君にしか出来ない仕事だろう」
ワカモの息遣いが荒くなってくる。大仕事を思い出して興奮したのだろう。私は気にせず話を続ける。
「だが、やはり気になる点は幾つかある。まずは目的だ。サンクトゥムタワーを狙った理由を聞かせて欲しい」
「そんな……恥ずかしいです」
「恥ずかしがらなくていい。ワカモは立派に、サンクトゥムタワーを陥落させただろう。誰にでも出来る事じゃない。自信をもって良いんだ」
「先生……」
『先生……?』
「サンクトゥムタワーは、その、キヴォトスで最も大きくて目立つ建物ですから」
「そうだろうな」
「なんだか目障りで……<連邦生徒会>も平素から随分と偉そうでしたし」
「なるほど」
昨晩の事情聴取で不良生徒達からも聞いた事だが、<連邦生徒会>を良く思わない生徒は少なくないらしい。大半の理由は『なんだかムカつく』という程度のものだが、それは社会情勢に興味を抱かない層からの意見だからだ。
もっと上の──自治区の運営に関わっている層からは具体的な不満点を聞く事ができるだろう。この問題点はキヴォトスを構成する幅広いコミュニティにおいて、リンやアオイの所属している組織は良い感情を抱かれていないという部分だ。
<シャーレ>として役に立つには、この部分に切り込んでいく必要がある。
「なにか政治的な目的があったわけではない、という事だな」
「はい、後悔も反省もしておりません。こうして先生にお会い出来たのですから……」
ワカモの調書を端末に打ち込んでいく。
後悔も反省もしていないという点はちょうどよく聞こえなかったので記載しなかった。
突発的な衝動に伴う破壊行為はキヴォトスでは珍しくないという。
真面目な生徒でも口論から銃撃戦に発展する事は良くあるし、表面だけ見れば、そこら中にいる不良生徒達とワカモの動機は変わらない。ただ彼女には他人とはかけ離れた才能があって、それが事態を大きく深刻にしてしまうだけなのだ。
略奪はともかく、破壊が趣味というのならそれは役立てる事が出来る。先生として、生徒の望みには全面的に協力するべきだろう。そのための<シャーレ>だ。
「では荒らすだけ荒らし、時間になったらビルを倒壊させてその混乱に乗じて撤退するつもりだったんだな」
「その通りです。なんでもお見通しなのですね……」
「だがな、ワカモ。爆破は駄目だ」
「えっ……」
「最初の目的通りに行けば、<ヴァルキューレ>の主力部隊だけではなくて不良生徒の集団も巻き込んでいたはずだな」
当然である。ビルを使った質量兵器は最も人の集まる箇所を正確に狙っていた。つまりは<シャーレ>オフィスビルの手前。双方の主力が集まる最前線だ。
「破壊をしたいなら仕方ないが、ワカモを慕って集まった人まで利用するような方法は良くない。なぜなら、ワカモはそうしなくても勝てるはずだからだ」
「は、はい」
「クレイモア地雷もそうだ。あれが原因で同士討ちが発生し、戦局の悪化を招いた」
「く、クレイモア地雷……?」
「ん……」
「私が仕掛けたのは時限式の爆弾のみですが……」
「そうなのか」
放棄された車両と廃ビルに仕掛けられたのは時限装置付きのプラスチック爆弾だった。確かにそれは全て同じ物が使用されている。ワカモから聞いた話でも、スーパーマーケットへ納入される車両を襲い、安物のC4爆弾を大量に入手したらしいし、それは裏がとれていた。
だが、クレイモア地雷に関してはリモコンで起動し、空間センサで動く物体を感知するやや高価な物だ。こちらは出所が分かっていない。
なら、あのクレイモア地雷は誰が仕掛けたのだろう。
「ワカモは何か知らないか」
「さあ……興味がありませんでしたので。ただ、着の身着のままで集まる不良達ではないと思います」
「オートマタのPMC……」
「その可能性は高いかと存じます。あのガラクタ達は<シャーレ>──ここに向かう途中でいつの間にか合流していたと記憶しております。騒ぎに乗じて、何か別の目的を果たそうとしていたのかもしれませんね」
ワカモの言葉に私が頷くと、彼女は熱い息を吐いて体を震わせた。彼女がここを標的にしたのは<連邦生徒会>指揮下の戦力が<シャーレ>に集結していたからだという。
サンクトゥムタワーよりも大事に守っているからには、ここによほど大切な物が保管されていると予想したのだ。ワカモからしてみれば、占拠した建物の三〇キロ先に敵戦力が集結していたのだから目障りに感じる。目障りなものは破壊する。証言に矛盾はない。
「オートマタの部隊は最初から<シャーレ>オフィスビルを狙っていたが、そこにワカモが率いる武装集団が来たからちょうど良く合流したのか。狙いは──」
地下施設のオーパーツ。”シッテムの箱”と”クラフトチェンバー”か。それらがあればサンクトゥムタワーの制御権、ひいては学園都市全土を手中に収める事が出来る。
(だが……)
ここに”箱”がある事は主席行政官の七神リンしか知らなかった。しかも地下施設は重厚なシェルターに、起動権はアロナによって守られている。侵入は困難を極めるだろうし、奪取したとしても思い通りには出来ない。
リンとの会話を思い出す。
──どこかから情報が漏れたのでしょうね。
<連邦生徒会>内部に内通者がいる、という疑いは晴れていない。室長クラスならリンが各学園から戦力を集めようとしている事にも気づけただろう。扇喜アオイも<シャーレ>の稼働を知っていた。
ここに戦力が集結していた以上、重要な物が保管されている事も予想できる。連邦生徒会長がリンにしかオーパーツの事を話していないなら、内通者には何があるかまでは分からない。
私が目覚めた以上、<シャーレ>を襲えるタイミングは限られているから襲撃を急ぐ理由になる。
黒幕から指示を受けたと思われるPMCは、警察学校の公安局に連れていかれて行方は追えない。
公安局は<連邦生徒会>防衛室の指揮下にある。
「…………」
私は書き込み途中の調書が開かれているディスプレイを見た。
これは防衛室長へ提出されるものだ。あまり余計な事を書くべきではない。
「そういえば、<シャーレ>に戦力が集結しているという報告をされたのは覚えております」
「知り合いだったか」
「いえ……」
ワカモは肩を落とした。同情の余地が無いとはいえ、彼女は何者かから利用された形になる。落ち込むのは理解できた。
「つまりその者は……」
「…………」
「キューピット、という事になりますわね♡」
「…………」
「そうでなければ私がここを襲撃する事もなく、先生と出会う事もありませんでしたから」
「…………」
「いま思い出しても体が熱くなります。私が撃った銃弾を、先生に撃ち落とされた時……全身に電流が奔りました。まさに運命、赤い糸。ああ……なんて甘美な」
男子トイレでの件は忘れてくれたらしい。私は胸をなでおろした。
そうこうしているうちにスマートフォンへ通知が入る。私が目を通すより先に、アロナが読み上げてくれた。
『先生! 治安維持活動の要請が届きました。不良生徒達がD.U.自治区内の商店街で小競り合いを起こしたそうです!』
「どうされたのですか?」
「騒ぎが起きたらしい。<シャーレ>への出動要請だ」
「ならばこのワカモにお任せください! あなた様に完璧な勝利をお約束いたします」
「いいのか」
「ぜひもございません。私とあなた様の逢瀬を邪魔する輩は例外なく地獄の業火で焼かれる運命ですから」
「助かる」
◇
D.U.は<連邦生徒会>によって統治されている自治区だ。他の学園から干渉を受けない代わりに呼ばない限り助けもこない。
本来なら警察学校がメインとなって治安維持活動を行っているのだが、キヴォトスは未だ完全な状態ではない。<シャーレ>によるサポートがまだ必要とのことだ。
「うぅ……」
「大丈夫か」
ボロ雑巾のようにされた不良生徒に駆け寄る。到着して五分足らずで騒動は収束した。狐坂ワカモの戦闘力は図抜けており、私を感嘆させるのには充分以上だった。
「せ、先生……?」
「私だ。また会ったな」
昨晩事情聴取したばかりの生徒だった。釈放と同時に犯罪行為に及んだらしい。
「な、何が起きたんだ? 出所祝いにアタシが買ったクレープのイチゴが連れのより小さくて、あ、暴れただけなのに」
「それでクレープの屋台を破壊したのか」
「へへっ、バチが……当たったんだろうな」
「ああ」
まだここは危険だ。私は不良生徒を抱き起こすと、往来の端まで運ぶ。女生徒は何のつもりなのか私の胸に額をぐりぐりしてきた。
「やっぱ先生は優しいや……」
「…………」
周囲では彼女のような重傷者が至る所に倒れている。
人数は凡そ四〇人前後だろうか。不良生徒達はその中の四分の一程度で、他は警察学校の生徒達だった。ほとんど全員がワカモの射撃によって無力化されている。見境が無かったわけではない、全てが急所狙い。
恐ろしいほど正確な射撃だった。しかも恐ろしいほどの早業だ。なにせ<シャーレ>専用の移動ヘリからワカモが飛び出して行き、私が追いついた頃にはこの惨状であったのだ。
不良生徒を寝かせてやる。もう少しで医療班が到着するだろう。
この辺りは安全そうだと考えたのだが、そうではなかったらしい。女生徒の急所を狙って飛来してきたライフル弾の横腹に銃弾を与えて逸らす。
「ワカモ」
「どいてください先生! その薄汚い泥棒猫は万死に値します!」
「負傷者だ。手出しは許さない」
「し、しかし……」
私は頭を悩ませていた。怒り心頭といった様子の<シャーレ>メンバーは加入してすぐにこの惨状を引き起こした。不良生徒たちどころか<ヴァルキューレ>の生徒まで全滅させたのだ。
周辺は銃弾の痕、爆発の形跡まみれであり、うめき声や助けを求める悲鳴で埋め尽くされている。最初の騒動が原因のものも確かにあるが、我々によって悪化した被害も無数にある。
「…………」
「せ、先生?」
今回の働きでワカモの刑期は確かに短縮された。しかしながら追加された刑期も含めると、残念な結果になるだろう。短縮どころか延長だ。
何か行き違いがあったのかもしれない。指名手配中の狐坂ワカモが<シャーレ>に加入したのはつい先ほどの出来事だ。実働部隊にまで連絡が行っておらず、不良生徒と同様の措置を取られた可能性はあるだろう。そうであるならワカモの落ち度だけではない。
「これは……」
やりすぎだ。商店街の一角がほとんど全壊状態である。不良生徒が暴れただけではここまではならない。まるで重爆撃の直後のようだ。私が遠目で見ただけでも、ワカモが投入された途端に重傷者数が数倍に跳ね上がったのが分かった。
可能な限り庇うが、やはり刑期延長は免れない。
「どうされたのですか? 私、何か粗相を……?」
「張り切り過ぎたんだ。また次、頑張ろう。ずっと見守っているから」
「先生……」
<ヴァルキューレ警察学校>の護送車両が到着する。医療チームもだ。ぞろぞろと隊員が現れ、私には敬礼を、ワカモには動揺を向ける。
「せ、先生! ワカモが!?」
「<シャーレ>の部員だ」
「!? いつからですか!?」
「さっきからだ」
「えぇっ!?」
警察学校の隊員たちがひそひそ話している。
「何が起きてる?」
「何者なんだ……?」
「昨日までワカモと戦ってたよな……」
「土下座もしてたし」
「只者じゃない……」
私が昨日やったのは土下座ではなく正座だ。土下座はこれからする事になる。山盛りの始末書も併せて。
「残念だが、ワカモ。今日はここまでにしよう」
「あら、もうですか?」
警察車両の窓から手を振るワカモを見送ってから、スマートフォンを取り出す。連邦生徒会長代行に就任した七神リンに繋げる。”災厄の狐”こと狐坂ワカモが組織に加入した事。減刑措置を図りたい事。刑期がたった今延長された事。きっとまたゴミを見る目を向けられるだろう。どうしてかやる気が出た。
なんにせよ、頼りになる生徒がまた加わってくれたのは喜ばしい。その論法で乗り切ろうと思う。
『──はい。会長代行の七神です。先生、今度は何をしでかしたんですか』
「会って話そう。でなければ誠意が伝わらないからな」
ひそひそ話が聞こえる。
「誰かに電話してるよ。悲痛な表情で」
「また土下座するんだ……」
「いったい何者なんだ……」
もう警察学校の生徒からもこんな扱いだ。私は肩を竦めると、サンクトゥムタワーへと向かうバスを待つことにした。
『先生、凄い数の問い合わせが来ています……ワカモさんの事で』
「ああ。有名人だからな」
更生への道のりは遠く険しいが、だからこそ価値があるというものだ。根気強く、接していかなくてはならない。