先生「バキバキの記憶喪失」   作:地産地消

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第9話 算術使いの雷鳴

「先生、清算書類の処理が終わりました。確認をお願いします」

 

 ミレニアムの<セミナー>所属、会計の早瀬ユウカが紙媒体書類を渡してきてくれる。独立連邦捜査部の立ち上げから今までに発生した、様々な請求に関する書式だ。簡単なところで言えば<シャーレ>の任務で発生した武器弾薬の消費に関する補填費、破壊されてしまった建物に関する修繕費、協力してくれた生徒に対する報酬などが含まれる。

 

 こういった処理はこれから先、組織が動き続ける限り発生する書類仕事だ。出来るだけ手続きを自動化、書式を簡素化して手間を減らす事が時間的余裕を生み出す事に繋がる。

 完成すればこれからの業務が遥かに楽になるだろう。しかし、<シャーレ>を挟む<連邦生徒会>と他の学園を納得させられるものでなくてはならない。

 もっと言うなら財務室長の扇喜アオイと、各自治区の会計官を満足させられるものだ。

 

「定価の設定が難しい」

 

 ユウカから作成してもらった書類に目を通しながら言う。

 今日はミレニアムの会計を統括している彼女が、当番として<シャーレ>を訪れる日だ。請求書の処理について話をしたいとの事だったので、専門家である彼女に組織の会計システム作成を手伝ってもらっている。

 

「先生はキヴォトスの外からいらした方ですし、記憶も失っている状態ですからね。私を頼るのは正しい選択です」

 

 自信満々の表情は頼もしい。

<ミレニアムサイエンススクール>は学園都市の技術が生まれる場所だ。科学や工学を始めとして、それぞれの専門分野を研究する集団が無数に存在している。それらに対して公正な基準を設定し、予算を分配するのが早瀬ユウカの仕事だ。

 

 その性質上、ミレニアムの会計が扱う予算は他の学園とは文字通り桁が違う。数字を眺めるだけではなく、どんな分野がどのように発展するのか、その将来性や実用性を正確に把握し動かなくてはならない。一クレジットの無駄も許されず、極めて繊細で複雑な仕事なのだ。

 だから、今回のような業務において彼女以上の適任者はいない。

 

「手伝いへの対価についてだが、まず実働業務と事務作業で基本の金額は分けたいと思う。そこから危険手当や交通費を設定したい」

「そうですね。金額については基準より高めにするのが良いと思います。<シャーレ>の仕事は責任があるものですし、求められるものも多いですから」

「ふむ……」

 

 アルバイト感覚では困るという事だろう。さりとて、正規雇用のような形態も難しい。生徒達は皆、学生であり、いずれはこの学園都市を離れていく存在だ。束縛しかねない条件は設けたくなかった。

 なかなか厄介な基準だ。

 

「ユウカに訊いておきたかったんだが」

「はい? なんでしょう」

「負担についてだ。<シャーレ>の仕事は<セミナー>と比べてどうだろうか」

 

 早瀬ユウカは既に、この当番に何度か来てくれている。

 外での治安維持活動よりは中での事務作業がメインだ。詳細な取り決めはない、ふわふわとした条件の中でもテキパキと処理を進めてくれている。ミレニアムで重要な役職に就いている彼女から見て、ここの業務はどう映るのだろう。

 

「ぜんぜん楽ですよ。立ち上げて間もないという状況を考慮しても、処理がとてもスムーズですからね。誰かの活動を評価する必要もないですし、決めたことに文句を言われる事もない。むしろ息抜きになるくらいです」

「そうか」

「もちろん、これは私だから言える事ですからね」

 

 うんうんと私は頷く。ユウカはとても優秀で、計算能力も桁外れに高い。最初の任務でクレイモア地雷に勢いよく引っかかった人物とは思えないほどだった。

 

「それに……先生は提出書類をすぐ確認してくれますし、事前に必要な資料も用意してくれていますから、そういう所は良いんじゃないですか?」

「参考になる」

 

 ワカモが破壊した商店街の修繕費の件も、ユウカに相談した。思えばそれ以来、怒られていない。最近は穏やかな様子が続いている。クレイモア地雷の件を弄らない限り全く問題がないくらいだ。

 

「<シャーレ>は予算も潤沢ですね。最初はとても心配していたんです。これだけの組織を、先生一人でスタートというのは気が触れているように思えて。しかも翌日にワカモまで抱え込んで、正気なのかと」

「ユウカやスズミがいなかったら破綻していた」

 

 独立連邦捜査部の立ち上げから数日はまともに眠る事もなく仕事をしていたと記憶している。それは母体の<連邦生徒会>がそうだったので仕方なかったのだが、初期メンバーの二人には迷惑をかけた。

 狐坂ワカモにも何度か当番業務──更生活動を実施してもらい、やはり彼女もとても優秀だという事がわかった。

 

 単独での戦闘任務で、カイテンジャーという得体の知れない指名手配集団を鎮圧してもらったし、その後の書類仕事も文句のつけようが無かった。残念な事があるとすれば、仕事の後に二人で出かけたところまた破壊活動に及んでしまい、刑期の延長を余儀なくされたところだろうか。彼女のスイッチがいつ入るのか把握する事が当面の課題となる。

 しかしワカモは特殊な例だ。

 

「<シャーレ>の活動はキヴォトス全域に及ぶ。私がここにいられない事も増えるだろう。外からでも業務を進められるようにしたいんだが……」

「はい。何か問題でも?」

「サイバー攻撃を受けているんだ」

「…………」

 

 ユウカが沈黙し、その表情に汗が浮かんでくる。私の言いたい事に察しがついたのだろう。

 そうなのだ。<シャーレ>はサンクトゥムタワーを奪還した日以降、常にサイバー攻撃に晒されている。

 というよりは<連邦生徒会>そのものが標的にされやすいと言った方が良いだろう。ネットワークを経由した情報は改ざんを受ける可能性があるため、重要書類は紙媒体になっているのだ。

 行政委員会の調停室などは特にひどく、そこの室長はいつも書類の束を抱えて移動しているほどだ。

 

「それは……その。ミレニアムからという事ですよね」

「ああ。逆探知したところ、ある一室から執拗に操作が行われているらしい」

 

 私はほとんど関知していない。ネットワーク関係はアロナに一任している。今のところ彼女の防御が崩される気配は無く、お昼寝中の今も問題が起きている様子はない。

 こういったクラッキングには相手方のやり方に特徴が出る傾向にあり、今は入れない建物にどうにかして侵入しようとしている状態だ。壁を無理やり爆破して押し入るような強引な手法ではなく、窓や扉の鍵をなんとか誤魔化して侵入しようとする所から、相手は愉快犯だと予想される。

 どうしても突破できない壁を見て、好奇心と対抗心が刺激されたようだ。

 

「複数人の操作のようだが、二四時間毎日ともなると健康にも差し支えるだろう。これもユウカに相談しようと思っていたんだ」

「ありがとうございます……心配までしてもらって」

 

 ユウカはさめざめと泣き始めた。

 

「な、なんだ」

「情けなくて……日頃ホワイトハッカーとか名乗ってくるくせにこんな有様で、無駄に執念深くて、逆探知もされてて……訴えられたら負けるのに……ううっ」

「泣かないでくれ」

「泣いてないです……!」

 

 我が子が学校で迷惑をかけた母親のように悲しむユウカを宥めること一〇分弱。ようやく落ち着いてくれた彼女にココアを差し出す。

 

「ほぼ間違いなく<ヴェリタス>という集団ですね」

「聞いた事が無い部活だ」

「はい。ミレニアムで正式に認可された団体ではないので」

「技術は極めて高いようだが、違うのか」

「その……あまり大声では言えないのですが、<ヴェリタス>というのは<セミナー>を監視するために創設された組織なんです。だから予算を支給されていませんし、私も活動については詳しく知りません」

「それなのに分かるのか」

「分かるんです」

 

 ユウカは断言した。

 

「部長含めて部員は五名いて、恐らくはその中の三名だと思います。つい最近までミレニアムのデータベースも破ろうと躍起になっていましたから。それが止んだと思ったら、先生に迷惑をかけて遊んでいたなんて……」

 

 悲しみが怒りに変わってきたらしい。ユウカはギリギリと歯ぎしりし始めた。彼女はミレニアムの顔役という事なので、生徒がしでかした不祥事やクレームが行きつく先となる。こういった事は良くあるのかもしれない。

 今回の件は相手がアロナだったから良いが、他の学校や企業だったら重大な損害を被っていた可能性もある。先ほどの話にもあった通り、訴訟から損害賠償までいけばミレニアムもただでは済まないだろう。

 

「いたずらに関しては私の方から釘を刺しておきます」

「いいのか。<セミナー>とは仲が悪いと思ったが」

「いつも叱りつけてますから。先生、一応ですが<ヴェリタス>はキヴォトス最高のハッカー集団とされています。部員は天才揃いでも、しかし倫理観はゲヘナ並み。それがここまで重大な問題を起こしていないのには理由があるんです」

「ふむ。犯行を気づかれていないとか」

「それもあるでしょうが……」

 

 <ミレニアムサイエンススクール>は<連邦生徒会>とも深い繋がりがある学校だ。

 つまり社会的信用がある。制御しきれない凄腕ハッカー集団を抱えていて、それが問題にならない理由。アロナのような存在が他にもいるとは思えない。

 

「わかった。セキュリティを担当しているのが<ヴェリタス>なのか。最高のハッカー集団だからこそ最高のセキュリティシステムを用意できる。予算を支給されなくても組織として活動できる理由もそこにあるはずだ」

「…………。さすが先生です」

 

 正解できて私は気分が高揚した。

 

「マッチポンプだ」

「もちろんそうです」

 

 <ヴェリタス>に侵入されないために<ヴェリタス>の製品を購入するしかない。ミレニアムの予算が付けられないわけだ。規模が大きくなればなるほど、何かあった時の事が怖くなる。

 ユウカに同情の念が湧いた。天才が集まるミレニアムだからこその悩みだろう。才能に年齢が追いついていないからこそ、自分の限界を試したくなる。倫理観より探求心が優先されてしまう。そういった子供たちを守るのは本来、大人の仕事のはずなのだがキヴォトスでは違ってくる。

 

「本当なら、先生には<ヴェリタス>の部長を紹介しようと考えていたんです」

「その部長は常識人なのか」

「いいえ全く。諸悪の根源です」

 

 ユウカは即答した。

 

「ただ、能力だけなら折り紙つきだと保証できます。天才と秀才が集まるミレニアムでも、飛びぬけて優秀な人物ですから……。先生の事情に関しても、協力してもらえるかもしれないと思って」

「そうなのか」

「キヴォトスに来る前は無理でも、学園都市に到着して記憶を失うまでの間に何があったのか。<連邦生徒会>が分からない事でも<ヴェリタス>なら調べられるかもしれません」

「…………」

 

 それは盲点だった。

 ユウカがこれほど言うからには、ミレニアムどころかキヴォトス全体で見ても抜きんでた能力の持ち主だという事だ。記憶の件を抜きにしても、<シャーレ>として活動していくからには良好な関係を結べた方が良い。

 

「近々、ミレニアムには行く予定だった。こちらの仕事が一段落ついたら、すぐにでも会ってみたいと思う」

「簡単に会えるかは分からないですよ。ドの付く変人なので」

「どれくらい変人なんだ」

「先生並みですね」

「私並み……。どういうことだ。私は変人じゃない」

「そうですね。変人じゃないですね。ド変人です」

「証拠は。証拠は何かあるのか」

「”七囚人”の一人を男子トイレで口説いて仲間に引き入れたじゃないですか! あれすっごくびっくりしたんですからね! ネットじゃ先生はもうヤバい人扱いですよ!」

「ワカモは良い子だ。問題にはならない。だから私はヤバい人じゃない」

「サンクトゥムタワーを襲撃した張本人ですよ!? なんで翌日にまた会ってるんですか!?」

「話が逸れているんじゃないか」

 

 ワカモの件はハスミやチナツからも追及されていた。

 基本的に正気を疑われており、自分の命を大事にするという約束を即座に破ったと認識されているのだ。確かにワカモは特定の状況下で半径数百メートルを完全に破壊してしまうが、だからといって危険とは限らない。

 それよりも今は<ヴェリタス>の部長だ。

 

「その部長と接触できれば、ネットワークのセキュリティ問題はクリアできる」

 

 アロナによって守護されているのは私と<シャーレ>のオフィスビル内だけだ。

 その中のデータであれば無事だが、他の学校とやり取りするような情報は干渉される恐れがある。調停に関わる報告書や請求関係の数字が絡む書類はやり取りが制限されているのだ。

 <ヴェリタス>部員の協力を得られれば問題は解決されるし、それどころか業務の効率化を図る事も可能だろう。

 

「そうですね。ミレニアムの関わる問題に気が付けなかった私にも責任はありますから。<シャーレ>のSNSを見ても異常が無さそうに見えましたし……」

 

 ユウカの言う通り、独立連邦捜査部はSNS上で専用のアカウントを取得し情報を発信している。基本的には活動内容の開示だ。私がいつどこで何をしているか。当日の報告と翌日以降の予定をメインにアップロードしている。

 生徒が先生を頼ってオフィスを尋ねてくれても、肝心の私がいなくては話にならない。加えて<シャーレ>は学園都市の生徒達から見て、まだまだ謎の多い組織である。サンクトゥムタワーの奪還とその後のワカモが加入した件で、今でもキヴォトスの注目を独占してはいるが、実際に頼ってくる生徒はいない。

 リンからの話では支援物資の要請や環境改善、落第生への特別授業、合同演習への参加といった依頼があると言われていた。

 

 メール等で相談が送られてきても、それには何かしらのウィルスが仕込まれていたり、数分前に作成されたばかりのアカウントを使用した架空の生徒からだったり、あとはワカモのファンからだったりする。

 まだ<シャーレ>は──というより私は信用されていないのだ。

 

 活動している地域がD.U.だけというのも良くない。ここは<連邦生徒会>が治める地域だ。極めて多額の予算をかけられて創設された組織が<連邦生徒会>のためだけに活動しているように見えたら、もちろん良く思われるはずもなかった。サンクトゥムタワー停止から奪還までの流れも自作自演を疑われたほどである。

 もっと外に出て、独立連邦捜査部としての本分を果たさなくてはならない。

 

「とりあえずの日取りを決めたいと思う」

「まずは私から話をしてみます。セキュリティを突破出来なかった件であちらは先生に興味を持っているでしょうし、そこは交渉材料にも出来ますから」

「助かる。ユウカ達には、何から何まで世話になっているな」

「べ、別に……先生も大変でしょうから、誰かがお世話をしないと」

「しかし、スズミはともかくユウカは自治区の運営をする人間だ。とても暇そうには見えない。この頻度での当番は負担じゃないのか」

「ん……!」

 

 そう言うとユウカはギクリと体を揺らした。何か隠し事があるのかもしれない。スズミも、ユウカの反応は見ていて楽しいと言っていた。

 

「それは、その……」

 

 彼女はしばらく言いづらそうに唸ったり体を捻ったり目をギューッと閉じたりスマホを構ったりしてから、大きく息を吐いて、

 

「……やっぱり不公平だわ」

 

 そう決心したように呟いた。

 

「これは、本当に内密でお願いしたいんですけど!」

「ああ」

「わ、私……<セミナー>のトップ──つまりミレニアムの生徒会長から、先生の動向を報告するよう言われているんです」

「そうなのか」

「反応が軽くないですか!?」

「いや……別に普通だと思う」

「監視されているんですよ! 先生は私たちを信じて記憶喪失の事を打ち明けてくれたのに!」

「…………」

 

 ユウカだけではなく、スズミを除いたほとんど全員が学校内で重要な役職に就いている。

 キヴォトスに影響を与えかねない<シャーレの先生>が記憶喪失だと知れば、それを上司に報告するのは当然だし、上司がその能力を疑うのも当然だ。トリニティの羽川ハスミとゲヘナの火宮チナツがあれ以降、ここを訪れないのも学園側が私を警戒しているからかもしれない。

 ”エデン条約”を控えている両校は自治区の制御に精一杯なのだ。

 

 しかし、ユウカが言いたいのはそこではないのだろう。本来の目的を隠して私に近づいた事を負い目に感じているという事は分かる。スパイ行為を働いたと思っているのだ。

 

「私が思うに、ミレニアムの生徒会長はユウカが私に内情を打ち明けると予想していたんじゃないだろうか」

「……? どういうことですか」

「数日だが、一緒に仕事をしているから分かる。ユウカはとにかく真面目で、不正が嫌いで、そして優しい。ミレニアムの会計を任されているのは能力だけでなく、人格面にも信用が置けるからだ」

「…………」

「本当に<セミナー>の会長が問題のある人物だったのなら、もっと違う人間を会計に就けるだろう。横領などの誘惑があるなら、使いやすい人間を好むと考えられる」

 

 だが、実態は違う。

 ユウカは間違っている事を我慢できない性格だ。誰であろうとも正面から立ち向かうだろう。<セミナー>の会長はそんな人間に、自身の急所とも言える役職を任せているのだ。ユウカは癒着など出来ないだろうし、不正があったら大問題になっている。だが、現状ミレニアムは正常に動いているようだ。

 <セミナー>を監視する目的の<ヴェリタス>だって元気に<シャーレ>をサイバー攻撃している。それだけ暇だという事だ。だからきっと、ミレニアムの生徒会長は暗い思惑があって指示を出したわけではない。

 

「ユウカはミレニアムの生徒会長を尊敬しているんだろう」

「は、はい」

「なら、それだけで私がその人を信頼する理由になる。やはり人選に問題はない」

 

 あえて言うなら、指示を出した側の意図が出された側に伝わっていないという点だろうか。

 本当に敵対を目的にしているのなら、ユウカを差し向けたりはしないはずだ。<シャーレ>へスパイを寄越すなら他のミレニアム生でも良いのだから。

 

「それに、私に能力上の問題があるのは事実だ。私自身が自分を疑っている。だから傍で目を光らせてくれる人がいる方が安心だ。ユウカなら、遅滞なく即座に私を叱りつけるだろうから」

「……もう。またそんなことを言って。私を凶暴な人間みたいに」

 

 言葉とは裏腹に、ユウカの表情には安堵が見て取れた。

 私から失望されると恐れていたのかもしれない。しかし失点の数ではこちらが突き抜けすぎていて、とても勝負にはならないのだ。そちらの方が恐ろしい事実であり、それを看過してもらえたのだと思った私の口は思い切り滑った。

 

「きっと<セミナー>の会長も、ユウカの事は怖いと思っているんじゃないか」

「なるほど?」

「おっと……まずいぞ」

「へぇ……。私のどこが怖いんですか? 仕事に細かい所ですか? 遅滞なく即座に叱りつける所? それともこうやって姑みたいにガミガミ言う所でしょうか?」

「…………」

「せ・ん・せ・い~!?」

「パニック発作の症状が出て来た。医務室に行って来てもいいだろうか」

「駄目に決まってます! やっぱりおかしいですよ。普段は卑屈なのに、何の予備動作もなく煽ってくるし……」

「煽っている自覚は無いんだが」

「それが問題なんです! クレイモア地雷の件だって執拗に擦ってきて……」

「七回しか言ってない」

「この……っ!」

 

 席を立って私の後ろへ回ったユウカから、肩を掴まれて前後に揺すられる。そこまで激しいものではなかった。むしろ机仕事ばかりだった身からすると心地よいマッサージになりうる。

 三分ほどで気が済んだらしい。未だご機嫌斜めな様子のユウカが言ってきた。

 

「……領収書類の整理をします」

「助かる」

 

 別につつかれる箇所は無いので堂々と頷く。ユウカは素直な性格で、こうして怒らせても長く引きずったりしない。新しい薪をくべない限りは。

 

「閃光弾を六〇〇個……? ぜったいスズミの影響ですね。……後はミネラルウォーターを三箱と、ビタミン剤のボトルが二つ。飲食店の領収証は全て差し入れですか? 送料が含まれていますけど」

「ワカモの件で壊滅したヴァルキューレに謝罪を兼ねて購入した。飲食店に対する補填も兼ねている」

「なるほど……他にもありますよね? 全部まとめてしまうので出してください」

「いや、それで全てだ」

「えっ」

「生活必需品や事務用品は全てリンから支給されていたから、新しく購入したものはない」

「し、食事はどうされていたんですか?」

「これだ」

 

 デスクの引き出しからビタミン剤のボトルを取り出す。一日一錠で栄養を管理できる優れものだ。ボトル一つで三か月もつ。

 

「…………」

「なんだ」

「先生がここで働き始めてから、もう一週間近く経ちますけど……」

「ああ。そこにある領収証が全てだ」

 

 そこまで言って不安になる。

 支払いは全て得体の知れない”カード”で済ませていた。普通に使用できるものだから安心していたが、会計のユウカからすると良くないのかもしれない。

 確かにそうだ。そもそもカード会社すら不明なのにどうして使えるのだろう。

 

「ユウカが言いたい事は分かる。支払い方法に不服があるんだろう」

 

 だが、私の事情も鑑みてほしかった。通常、各学園の生徒は所持している学生証がクレジットカード機能も含んでおり、各学園が管理している個人口座から引き落とされる。保証人は学校そのものだ。

 しかし私はキヴォトスの外から来た存在。この学園都市において何の社会的信用もなく、カード会社からの審査に通るとは思えない。

 そういった事を理論立てて説明した。結果として火に油を注ぐ形となった。

 だぁん! と机を叩いて勢いよく立ち上がる。

 

「どうしてそんなに馬鹿なんですか!?」

「そうかな」

「普通、食事を錠剤で済ませたりしません! しかもそれを毎日だなんて! 倒れますよ!?」

「バイタルデータは常に計測している。危険域になったら……」

「先生! 今ご自分がすっごく頭の悪い事を言ってるって分かります!? 危険域になってからじゃ遅いんです! 倒れてからじゃ遅いんですよ!」

「で、でも……」

「おかしいって思ってたんです。何回来ても仕事ばっかりしてて何も口にしないから……ここまで変人だなんて」

「でも、ミレニアム製の錠剤だし……」

 

 ぎろりと睨まれて私は黙る。

 

「ミレニアムにも先生みたいなのはいません」

「それは天才と秀才が集まる学校だからだろう」

「本当にもう……お仕事以外の全てが破綻しています。ダメ人間っ」

 

 しかし、あまり食欲が湧かないのも事実だ。

 なにより私の給与は<シャーレの先生>に対して支払われている。職責を全う出来ていない私が自由に使うのは憚られるのだ。他人の金を使っている気分になる。

 だがそんなことをユウカに言えば更にヒートアップするのは目に見えていた。本当に物理的に炎上するかもしれない。生徒を点火させるわけにはいかなかった。

 

「自分にはお金を使う資格がない、とか考えてますよね」

 

 私はぞっとした。出会って一週間ほどの生徒から心を完全に読まれ始めている。

 彼女は深々と息を吐いて怒りを落ち着けると、

 

「……分かりました」

「な、なにがだ」

「私が先生の支出を管理します。特に食事。もっとお金を使ってください」

「お金を使う」

「このビルの一階にはコンビニもありますし……さすがに利用した事くらいはありますよね?」

「いや、前を通り過ぎるくらいだ。他に利用者もほとんどいないのに、なぜあるのかと疑問に思っていた」

「筋金入りですね……。先生の代わりになれる人はいないんですよ。遠慮ばかりして餓死する方が無責任です」

 

 無責任。響く言葉だ。

 

「……そうだな」

「あっ……いえ、その。思いつめるのも分かりますが、先生はちゃんと仕事をしているんだから、他の人と同じような生活を心掛けた方が良いです。食事だって、記憶を取り戻す手がかりになるかもしれません」

 

 ユウカの言う事は全て正しい。

 周囲から見れば私が自罰的な行為に終始しているように映るのだろう。実際そのとおりだ。この世で最も有害で嫌いな生き物に餌をやりたいと思えない。しかしそれは、まさに無責任なのだ。

 私は<シャーレの先生>なのだから。

 

「わかった。取り組んでみる」

「はい」

「コンビニにもエナジーバーは売っているかな」

「なんにもわかってないみたいですね……」

「確かに。ディスカウントストアの方が安いからな」

 

 遅滞なくユウカの雷が落とされる。

 結局、私のプライベートは食事睡眠入浴に至るまで彼女に管理される事となった。

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